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七章 閃光の魔女プロキオン
196.対決 爆炎兄妹アグニス&イグニス
しおりを挟む最終審査前の合格者発表の場に突如として現れた闖入者にして襲撃者、浅黒い肌と灰色の髪を持つ二つの男女は、エリスを前にこう名乗る
大いなるアルカナ レーシュ隊所属の隊長アグニス 副隊長イグニス…と、凄まじい魔力を持ちながら幹部ですらない、いや 最早幹部と変わりないだけの力を持つ二人
彼らの目的は一つ、魔女の弟子の抹殺、つまりエリスとヘレナさんの殺害にある、けど エリスはともかくヘレナさんは冤罪だ
「ヘレナさんは違います!彼女は閃光の魔女の弟子ではありません!」
否定する、一応内緒にしてくれとの箝口令は頂いているが、そんなこと言ってる場合じゃない、ヘレナさんがこいつらに殺されたら…、大いなるアルカナに狙われたら意味がない
…けど
「仲間を庇うか、だが…その可能性があるなら、我々はヘレナという女を消さなければならない」
そう腕を組みながら厳格に答えるは灰色の髪を揺らす褐色の男 アグニス、こいつの言うことの意味は分かる、こいつらは恐れているんだ 魔女の弟子を
魔女だけでも厄介なのにその技を使うのが今増え続けている、放っておけば強くなる、だから減らしたい…、それに魔女の弟子はその殆どが大国の要人ばかり、ならこの国も同じようにヘレナさんが弟子に選ばれる可能性は高い
ラグナ達が弟子に選ばれたのは彼らが王だからではないのだが、だとしても嫌な偶然が重なってヘレナさんの命が狙われる結果になってしまったんだ
「まぁーあ?、私達的には一番の標的はアンタなんだけどね?アンタ」
「エリスですか?」
「カストリアの魔女の弟子は大国を統べる立場故恐ろしいには恐ろしいが、言ってみれば奴らは国に縛られている、脅威度は少ない…が」
「エリスは別…ですか」
エリスは何処にも縛られない、何処にでも現れる、現にディオスクロア文明圏内に点在するアルカナの幹部も基地もいくつも潰した、そういう意味では最も身軽なエリスという存在は 彼らにとって最大の脅威なのだろう
「なら、ヘレナさんの前にエリスを狙いなさい」
「そのつもりだ、お前が目の前に現れたら 最優先で殺すようレーシュ様より仰せつかっている」
「む…」
レーシュか、レーシュとは 大いなるアルカナ No.19太陽のレーシュの事だろう、以前シオさんが持ってきた情報の中に名前があった
確か…、アルカナ幹部の中でも最強の五人と言われる 切り札…通称『アリエ』の一人、つまりレーシュは強いんだ ヘッドよりコフより アインより遥かに、その部下たるこいつらがここにいるってことは きてるんだろう
レーシュも…アルカナ最強の一人がこの国に、何処にいるんだ?何処かで高みの見物ならいいが、もしヘレナさんが避難した先を見計らって待ち伏せでもしてたら最悪だぞ…、ヘレナさんの様子は気になるが
(この二人、無視して先には進めないですね)
舞台から地面に降りれば、先ほどアグニスが放った炎により溶けた雪が水音を立てる、アグニスとイグニス こいつらは倒さねばならない、民衆の只中であんな魔術ぶっ放すイかれた連中捨て置けない
「ンフフ、アグ兄…先に私にやらせてよ、アイン倒した実力ってのを見ておきたいなぁ」
そう言って前に出るのは女の方…イグニスだ、アグニスの事をアグ兄って呼んでるから 多分兄妹か、見た目も似てるし
と言うかエリスここにきてから姉妹とか兄弟とかと関わってばっかだな
「油断するなよイグニス、奴は既にシン様に憂いを抱かせる程の実力を持つ…、やるならば初撃で仕留めろ」
「アイアイサ~」
するとイグニスは黒金の籠手と足当てを装備し始めると…
「いくよぉう?、『イグニッションバースト』ォッ!!!」
その瞬間、詠唱と共にイグニスの手足、いや正確に言うならイグニスの両肘と両踵から凄まじい勢いの炎が吹き出して…
「しゃぁぁぁあああ!!!!」
「ッッッ!!??」
向かってきた、激しい炎を推進力にぶっ飛んできた、まるで燃える矢 否 弾丸だ…!
「あちちっっ!?」
咄嗟に飛んでくるイグニスを前に横に転がるように飛べばイグニスは止まる事なく真っ直ぐ進み、エリスの背後にある木組みの野外劇場へと突っ込んで…
爆発した、木組みの屋台が一撃で炎上してぶっ壊されて消し飛んだんだ、メチャクチャだ…兵器かよアイツ
「ごがぁぁあぁ!!!、避けんなよぉー!アグ兄に初撃で仕留めろって言われてんのにさーぁ!」
しかも 当のイグニスは無傷だ、燃え盛る劇場の残骸を押しのけ陽炎の中から悠然と現れる、ヤバイな アグニスだけじゃなくてこいつも…!
「『イグニッションバースト』!!」
「くっ、『旋風圏跳』!!」
強い!、炎の加速を得るイグニスに対しこちらは風を纏い迎え撃つ、両手足に炎を纏うイグニスは もはやその体一つが広範囲に影響を与える大兵器みたいなもんだ、速く 攻撃力も高く、何より容赦がない
「でりゃりゃりゃりゃっっ!!!」
「ちょっ!あつつ!」
振るう手足は炎の推進力によって神速となり、怒涛の攻めを実現する、エリスの疾風韋駄天の型と同じ手法だが、違う点が一つある
奴が纏っている激烈な炎 それはそれ単体で武器になる、肘から吹き出る炎は腕を振るうと共に熱気を振り撒き、踵から出る炎に任せて足を振り上げれば それは灼熱の衝撃波を飛ばす、打撃を避けても熱気がエリスを攻めてくる
とてもじゃないが肉弾戦になんか応じられない!
(けど…!)
けど、奴の加速が攻撃力特化なら、エリスはスピード特化だ…!
「あれ!?」
イグニスの炎の攻めに乗じて 姿を眩ます、攻めが大振り過ぎる それを加速で補っても 隙は隙、消えはしない
「イグニス!上だ!」
「え!?あっ!」
気がついたか!でも遅い!
「大いなる四大の一端よ、我が手の先に風の険しさを与えよ、荒れ狂う怒号 叫び上げる風切 、その暴威を 代弁する事を ここに誓わん『颶神風刻大槍』!」
イグニスの頭上に飛び上がり両手を前へ突き出し 放つは風の大槍、エリスの呼びかけに応じて風は吹き 鋭い槍となって、今 呆気を取られるイグニスの頭の上に今 降り注ぎ…
「『ブレイネンショック』…!」
しかし、突如飛んできた横槍、爆発するような圧倒的炎によってエリスの風が焼き尽くされる、アグニスだ!傍観を決め込んでたアイツが堪らず援護射撃を行ったんだ…、というか横槍とはいえエリスの風を現代魔術で消しとばすかよ!
「ごめーん!アグ兄!助かったー!」
「油断が過ぎたな、だがこれで奴の力量は測れた…我らでも問題なく倒せそうだ」
「はぁ?、言ってくれますね」
炎を吹き出しアグニスの元へ戻るイグニス、二人は揃って此方を睨み炎を侍らせる、凄まじい魔力と実力、ヘットもメルカバという部下を側において居たが…これはそれ以上だ
アグニスとイグニスはレーシュの部下でありながらアルカナの幹部と変わらない実力を持ってる、それもサメフやヌンと言った上位No.達と同レベル、こんなのが部下程度で収まってるとは…、レーシュとはどれほどの…
「レーシュ様の手を煩わせるまでもないという事だ」
「でもラッキーだよぉ?あんた、レーシュ様と戦わなくて済むんだよ?ここで死ねば」
「ふざけないでください、貴方達の狙いがヘレナさんである以上エリスは引けません 引きません、貴方達二人も レーシュも、エリスが倒します!」
「馬鹿馬鹿しい、我等2人程度に苦戦する者が レーシュ様に指の一つでも触れられると思うな!」
その瞬間アグニスは腕を組み イグニスが再び徒手を構える…、来るか!
「行くぞ、イグニス」
「アイアイ、アグ兄!…『イグニッションバースト』!!」
「『フレイムアロー』」
そして始まる、今度は2人揃っての攻勢 恐らくこれがあの2人の真の戦闘スタイル!、もはや一抹の余裕もない 疾風韋駄天の型を解放しながらイグニスを迎え撃つ
「おりゃぁぁぁああああいあいあいあいぃぃ!!!」
「くっそ…!一々熱いですね!」
エリスは拳に風を イグニスは腕に炎纏いながらエリスに肉薄し近接戦を挑んでくる、速く そして攻撃範囲が馬鹿みたいに広いイグニス相手に殴り合いはしたくないが、離れてくれない
怒涛の勢いで腕を振り回し 何度も突っ込んでくるイグニス、炎を用いた接近戦スタイル、エリスと同じ加速を用いた戦闘スタイルは徒手空拳一つならエリスと同程度、そこに炎も加わるから…はっきり言えば 殴り合いなら向こうのほうが強い
「我が吐息は凍露齎し、輝ける氷礫は命すらも凍み氷る『氷々白息』!」
「うがー!効かーーん!!」
接近戦を嫌い 氷の息を吹き付けるが、ややたたらを踏むだけで一歩も引いてくれない…それに
「っとと!」
油断してると飛んでくる、炎の矢が…
アグニスだ、イグニスの大振りの攻撃を援護する遠距離攻撃、雨のように飛んでくる炎の矢 これがエリスの動きを縛る!、狙いがあまりに的確だ…、しかもいやらしい! 籠手で飛んできた矢を払い落とすと…
「あはっ!隙みーっけ!」
「っっ!」
「『火流頭撃』!!」
両手足の炎を全解放し、手に入れた全速力を用いての炎の頭突き それがエリスの顎を捉える
「っっぐぅっ!?」
凄まじい威力、爆発で飛んでくる人間の頭突きがエリスの体を容易に吹き飛ばし 広場の壁へと叩きつけ、それさえも砕く…痛い
イグニスに集中するとアグニスの攻撃が飛んでくる、アグニスの攻撃に応えると今度はイグニスが攻めてくる、絶妙なのがアグニスだ 意識を向ければ絶妙になんとかなる角度でなんとかなる威力で突いてくる、だから思わず手が出てしまう…
これが、アグニスとイグニスの戦い方…!
「ペッ…くそ」
「オラオラ!まだまだ行くぞォッ!」
「っ!『旋風圏跳』!」
瓦礫を押し退けたエリスに向かって追い討ちをかけるイグニス、だがただでやられると思うなよ、崩れた一際大きな瓦礫を手で押しながら旋風圏跳で押し飛ばす、久し振りに使う旋風圏跳砲だ
「なめんなぁっ!」
しかし、エリスが子供時代に作り出した戦法が今更通用するわけもなく、イグニスの炎の拳一つで叩き壊され迎撃される…けどな!
「なっ!?、ごぼはぁっ!!??」
瓦礫を砕き生まれた隙 一瞬の隙を突き、旋風圏跳を纏ったエリスの飛び蹴りがイグニスの腹を穿ち、吹き飛ばす
エリスもあれから強くなってんですよ、…相手がいくら強くても、負けないくらいには!
「ぅぐう!くそが…!」
「ふっ、隙…みーっけ?」
「こ…このォッ!、このアマァッ!」
エリスの当てつけにプッツンしたイグニスが再び突っ込んでくる、それと共にアグニスもその手を構え
「『ボルケイノジャベリン』」
紅蓮の輝きを放つ二条の槍が虚空に生まれ、空気を切り裂き飛んでくる イグニスを援護するように、イグニスと共に
「上等ですよ、2人まとめてやってやりますからね!!」
鼻血を拭いてイグニスに向かう、確かに相手の方が近接では強い、この無敵の陣形を支えるのはイグニスの猛烈な近接戦能力の高さ、だが逆に言えばそこが相手の要 ぶっ潰せばエリスの勝ちだ!
「がぁぁあぁっっ!!!」
「ッッーーーー!!」
二本の炎の槍をヒラリと躱し、火炎の拳を前に悠然と躍り出る、イグニスの直線的に拳を避ければエリスの髪がチリチリと焼け 皮膚が火傷を覆うが、こんなもん我慢すれば…!
「はぁっ!」
「がぼぉ!?」
撃ち抜く、更に撃ち抜く 拳の連打でイグニスの顔を 脇腹を顎を連打で叩きのめし…
「きしゃぁっ!」
「ぐっ!?」
しかし、エリスの連打に怯むイグニスではない、拳を受けながらも火炎の蹴りでエリスの腹を蹴り上げればそれだけでエリスの足が少し浮く、というか 熱い 焼ける!
「くぅ!」
「『フレイムタービュランス』」
「ぃぃっー!」
火傷に悶える暇もない、傷ついても猛然と攻めてくるイグニスとそれを知ってか全く心配する素振りも見せず援護を続けるアグニス、ダメだなこりゃ 気合い入れて突破出来る相手じゃない
やり方を考えよう…
「ぅぉあああああ!!!『火流爆撃』ィーッ!!」
「チッ…!」
全身に炎を纏い突っ込んでくるイグニスを旋風圏跳で飛び越える、が 避けられてもなお無理矢理炎で軌道修正して何度も何度もこちらへ突っ込み石畳を溶かし砕きながら攻めてくるのだ
「ふむ…ならば、『スカーレットムスペルヘイム』」
刹那、イグニスの攻めに乗じてアグニスが指を鳴らせば、虚空に生まれるは炎の大瀑布、空気を燃やし 世界を焼く灼熱は瞬く間に広場を覆い エリスから逃げ場を失わせる
いやいらおいおい!やり過ぎだ!こんな炎を出したら 最悪王都が全て燃えてしまう!
やられた 何とかするしかない、エリスが何とかするしかない…!
「水界写す閑雅たる水面鏡に、我が意によって降り注ぐ驟雨の如く眼前を打ち立て流麗なる怒濤の力を指し示す『水旋狂濤白浪』!」
イグニスの攻撃を焼けた瞬間 天に向かって大量の水を放ちながら極限集中にて、もう一つの魔術を編み込む…
(『颶神風刻槍』!)
放った水を巨大な風の槍で穿ち全方位に向けて雨を降らせる…、名付けて 『天鎮雨降の矢』!、エリスの水に鎮められ アグニスの放った火炎の世界は瞬く間に鎮火し…
「アグ兄!ナイスアシスト!」
しかし、残った火をその身に纏わせるイグニスが、その隙を見逃すはずがなく…
「『火流螺旋灼撃』ィィィィイ!!」
「ッッッ……!?」
炎を纏い 回転しながらの頭突きか、もはやイグニス自身が大火力の魔術と言っても過言じゃない、そしてエリスにはそれを防げる手がない 身を捩り回避を試みるが…
「ぐぶふぅっ!」
イグニスと言う名の炎は意志を持つ 視覚を持つ、逃げても追尾しエリスの腹へと爆炎を侍らせながら突っ込み…、そう 文字通り爆裂する
ああくそ、師匠から貰ったコート…あれがあったら 話は違ったんだがな…
「ぐっ…うう…」
「ヒャッハー!どーよ!、私とアグ兄のコンビは!」
爆発に吹き飛ばされ、腹から黒煙を放ちながら地面へと転がるエリスの頭の上にイグニスの声が響く
…強い、やはりと言うかなんというか、普通に幹部クラス2人相手にしてるみたいだ…、どうする 何か妙案は浮かばないか…
「ぐっ…ふぅ…ふぅ、もう 勝ったつもりですか?」
「げ、まだ立つの?すげータフ…」
確かに傷は負ったが、もう動けない程じゃない、今まで負ってきた傷はこんなもんじゃない、なんなら一回死んでますからね!エリスは!
「しゃあない、もっかいやろうか アグ兄」
「……気をつけろ、アイン達を倒した女が このまま終わるとは思えん、シン様曰く エリスは敗北に背を預けた瞬間 凄まじい力を発揮するという」
「ふぅー…」
シンってぇと、確かアルカナで上から二番目に強い人だったか?、随分エリスの事を評価してくれているんだな
情けない話ながら、エリスは負けを実感した瞬間が一番良く動ける、頭が冴える
故にこそ、伝う汗を拭いながら立ち上がる、さて…どう動くか
「関係ないよう!、私とアグ兄のコンビは最強なんだからさぁ!」
「ま 待てイグニス!」
されどアグニスの制止も聞かずイグニスは突っ込んでくる、その様を見て 思うことが一つある
二ヶ月ほど前戦ったアルザス三兄弟だ、まぁ あの三人とこの二人は比べるまでもない程明白な実力差があるのだが、だが 信頼の置ける相手とのコンビネーションを武器にするという点では一緒
そして、エリスは前回学んだことがある
「ふぅーっ、『旋風圏跳』!」
疾風韋駄天の型を用い、イグニスの炎拳を避ける 避けながら考える
アルザス達もアグニスイグニスも、数の優位を武器に戦ってくる、数の優位とは強い 、なんせ手数が二倍だ、連携して戦うだけで相手を圧倒出来る
だが…同時に弱点もある、それは 驕りだ
「シャァッ!」
「ふっ!」
エリスの蹴りとイグニスの蹴りが交錯する、驕っている イグニスは今数の優位に驕っている
数で勝ってるとそれだけで勝った気になる、昔師匠から教えられたこともある
『有利 とはそれだけで弱点になり得る、数の有利 武器の有利 地理的な有利、確かに戦局的に考えれば不利より有利の方がいいに決まってる、…だがな 同時に有利な人間には見えず 不利な人間にだけ見えるものがある…、それは』
それは…
「オラオラ!早く死ねよ!」
「……っ」
油断だ、不利なエリスから丸見えだ イグニスの油断が、最初は油断なく戦っていたのに、自分が有利とわかり 勝ちが近づいた瞬間、雑な動きが更に雑になった
こういう相手の崩し方は心得ている…!
「いい加減に終わらせようや!『火流頭撃』!」
「それはもう見ましたよ!」
両手足のブーストを強めエリスに頭突きをかまそうとするそのイグニスの動きはもう学習済み、完全にイグニスが炎の推進力を得る前に、その頭を足で押さえつけてやる…すると
「あ あぇっ!?」
グルリとイグニスの体が炎の推進力を御しきれず前ではなくあらぬ方向に向かい、その場でグルリと回転してしまう、炎の推進力は確かに脅威だが 速度が乗るまでに時間がかかるという弱点もある
そして、進行方向に障害物を置いてやれば その推進力は前ではなく別の方向に進もうとするものだ、その力はイグニス自身でも制御出来ない…!
「くっそ!、おい火ィ!私の言うこと聞けって!」
グルリとその場で回転し体勢を整える…がしかし、この高速の乱打戦においてその隙は致命、既に こちらは終えていますよ!貴方を倒す手を!
「稲妻を纏い 降り掛かれ豪炎、我が意に応じ 天より現れ地上の全てを焼けよ閃雷 産めよ爆炎、神罰招来 悪鬼調伏 天号来々、その威とその意が在るが儘に、全てを罰し 煌めく天の恵みを分け与えよ!」
「し しまっ…!」
続けざまに放つ 雷の魔術、イグニスが制御を失い動けない間に行われる詠唱、それは天を指差して…
「『土雷招』!!」
放つ、火雷招 八つある姿のうちの一つ土雷招を、それはアグニスでもイグニスでなく 天へと飛んでいき 雲の中へと消えていく
この魔術がどんなものかは…まぁ、置いておいて…
「あ?、ミスって上に撃った感じ?、折角のチャンスだったのにぃ!」
「精々油断していなさい!」
既に態勢を整え直したイグニスは再び殴りかかってくる、だがやはり 噴射された火が速度を得るまで 一秒程の時間がある、なら 初撃はエリスが打てる 先手はエリスが打てる!
「行きますよ!!」
「はぇ!?」
両手を大きく振りかぶり 手を叩くようにイグニスの鼻先目掛け手を振るう…これは攻撃ではない、直接的な攻撃ではない、これは
(ね 猫騙し!?)
イグニスは察する これは猫騙しだ、目の前で手を鳴らし その音で相手をびっくりさせる、子供のいたずらのような手だが、これも立派な戦術 それを今この場で使う理由は分からない、いや…もしかして
(バカにすんなよぉ、そのくらいでビビるかよ!)
エリスの魂胆は読めたとイグニスは笑う、猫騙しで隙を作って必殺の一撃を叩き込むつもりだ、だがそれをさえ読めて仕舞えばこちらのもの、今目の前で振るわれる手が音を鳴らしても目を瞑らなけれないいだけの話
猫騙しで隙が生まれると浅はかにも思う目の前のクソアマが、無用心にも攻め込んできたところをカウンターで仕留めればいい、これならアグ兄の援護もいらない!
(取った…!)
ギヒリと笑うイグニスの前で、エリスは手を打ち鳴らす イグニスの予想通り猫騙しだ、だが そこに誤算があったとするなら、この場で ただの猫騙しをエリスがするわけがないという事!
「『鳴雷招』!!」
「へ…!?」
刹那、猫騙しと共にエリスの手から放たれるのは鳴雷招…、衝撃特化の雷魔術、それは激しい音と光を生み出す広範囲攻撃魔術、それを 猫騙しをするために手を合わせるその瞬間 手の中で発生させたのだ
そうするとどうなる?、決まっている…エリスの猫騙しは 立派に一つの攻撃となる
「ーーーーーッッッッ!!??」
手を叩くと同時に放たれた鳴雷招、それが引き起こす激烈な『音』、強烈な『光』、苛烈な『衝撃』が、油断したイグニスの目の前で発生する、するとどうなる?
ただ音と衝撃でびっくりさせる猫騙しだと思っていたイグニスは面を食らう、圧倒的な音と光と衝撃が目の前で炸裂し、即座に その意識が吹き飛ぶ…!
「は…はにゃ…」
あまりの衝撃に白目を剥きふらりとバランスを失うイグニス、そりゃそうだ どんなに強くても彼女も人、目の前で叩き出されるそれは即座に脳に響く 意識は混濁する
学園にいた頃 ラグナ相手に編み出した近接戦の搦め手 猫騙しの上位互換
名付けて『びっくりキャット・ショックスタン』!、ラグナには何故か効きませんでしたけど イグニスには効果覿面のようだ!
「イグニス!」
「さぁて!今度は貴方です!アグニス!」
「くっ!」
イグニスはしばらく動けないと立ったまま気絶するイグニスを放ってエリスは飛ぶ、風を纏いアグニスへと
「させるものか…、『フル・フレイム タービュランス』」
迎え撃つべくアグニスが放つのはフレイムタービュランス、広範囲炎熱魔術としてポピュラーなそれも 炎熱魔術の達人で在る彼が使えばそれだけで固有のものとなる
建物一つ覆ってしまうような巨大な炎の渦巻きを作り出し、連射する 炎の雨礫へ、それがまさしく雨のようにエリスへと飛ぶが…!
「颶風よ この声を聞き届け給う、その加護 纏て具足となり、大空へ羽撃く風を 力を 大翼を、そしてこの身に神速を 『旋風圏跳』!!」
風を纏い炎を避けながら 右へ左へ飛んで避けながら、炎の掃射の先にいるアグニスを捉え…、極限集中による跳躍詠唱 そしてそれを用いた合体魔術を作り出す、合わせるのは…
(『火雷招』!)
普段使う火雷招を魔力の流れてコピーし作り出す、それを旋風圏跳を纏い跳ぶエリスの体にさらに纏わせて…!
「ぐぅっ!?」
「劣化版!旋風 雷響一脚!!!」
エリスが第二段階に入った時だけ使える 全ての魔術を乗せた必殺の一撃、それを旋風圏跳と火雷招だけで再現した劣化版旋風 雷響一脚を放ち、アグニスの炎を切り裂き その胸へと…
「ごはぁぁっっ!?!?」
放つ、いくら劣化版とはいえ旋風圏跳と火雷招の合わせ技だ、エリスが一番得意とする二つの魔術の、当然 それによって作り出される威力は他の合体魔術とは比べ物にならない
エリスの雷を纏った蹴りがアグニスを捉え、そのまま激しい火と雷によってアグニスの体が広場の家屋へと吹き飛び大穴を開ける、後であそこの持ち主に謝っておかないと…
「ゔゔゔ!!、あ!アグ兄!、てめぇ!アグ兄に何すんだ!」
「…………」
「やい無視するな!」
そして、気絶から意識を取り戻したイグニスが叫ぶが…、別にエリスは彼女を放置したつもりはない、彼女はもう…倒したから相手にしてないだけだ
「この…ぶっ潰す!『イグニッション…』」
「無駄ですよ、上を見なさい」
「へ?」
そう言いながら上を指差す、それにつられイグニスも上を見れば…、その顔色は青く染まる
「ななな なんじゃありゃ!」
ゴロゴロ ガラガラと崩れるような音が天井の暗雲の中から響く、おかしい さっきまであんな雲なかったはず、いやあったとしてもこんな急に天が荒れるなんて事あるわけない、あったとするならばそれは…
「お前が何を…」
ここでイグニスは選択を誤った、彼女の気性とでも言おうか、負けん気で勝気なその性格が選択を誤らせた、これが何か 相手が何をしたかなんてのははっきり言えばどうだっていいんだ、ここで取るべきは敵の攻撃と想定される天の暗雲に対する防御行動及び回避行動
しかし、イグニスはそのどちらもせずエリスに向けて噛みつくように怒鳴ってしまった、もし 兄アグニスが居ればそんなことはどうでもいいから避けろと叫んだろうが、生憎彼はエリスに吹き飛ばされ 今瓦礫の中だ
そして、そんな彼女の過ちを然り飛ばすように天が一条の光を放つ……
「ッッッーーーーー!?!?!?」
広がるのは無音…、否 音さえも吹き飛ばされたのだ、それほどの衝撃がイグニスの頭の上に落ちてきたのだ
…落雷だ、だがそれがイグニスの都合よく落ちるか?このタイミングで しかもイグニスの頭に、当然落ちない だってこれは落雷ではなくエリスの魔術ですから
「『土雷招』…、これを放った時点で貴方の負けは確定していました」
両耳に手を当てながらエリスは呟く、この落雷こそが土雷招…火雷招 八つある姿のうちの一つにして、全八種の雷の中で二番目の火力を持ち 火雷招を大きく上回る威力の一撃だ
その内容は単純、まるで大地に種を蒔くように 雷の種を天に突き刺し、魔力によって落雷を形成 それを操り叩き落とす、自然そのものの雷を扱う魔術
当然、自然界最強クラスのエネルギーである落雷ともなれば 絶大な威力となるが、この魔術にはいくつも弱点がある
まず効果範囲、これはエリスが魔術を発動させた場所を中心に落ちる、つまり雷が落ちる瞬間エリスは移動していなくてはならない
そして発動時間、雷が形成されるまで時間がある為これを撃ってからしばらくの間相手をその場に縛り付けねばならない
エリスは移動し相手は移動しない、そんな限定的な状況でしか使えない魔術だが、言ってみれば時間差攻撃にも使えるのだ、当然 頭から落雷を受けた奴が無事でいられる筈もなく
「……か…かか……か…」
光と音が収まったその空間の中心に立ちながら黒焦げになる影が一つ、それは口からもうもうと黒煙を上げ 頭もボンバーヘアーだ…が
(まだ立ってるのか、あいつ)
土雷招は全雷招系の中で二番目の威力だ、三番目の火雷招に大きく水を開けての二番目だ、すなわちエリスの持つ魔術の中でも単体トップクラスの威力、それを受けて倒れないばかりか意識まで保ってるとは
幹部でもトップクラスに位置する実力故か?、だがこれ程の女が幹部にもならず部下に収まる程 こいつらの親分 レーシュは隔絶しているとでも言うのか…
「こ…こ…こ…、こいつゥ~~」
「まだやりますか?オススメしませんよ」
「無論だッッ!!!」
するとエリスの背後の瓦礫が、アグニスを吹き飛ばした先の瓦礫が吹き飛ばされ 中から傷だらけのアグニスが息を荒くし現れる、向こうも痛手は負ったが まだ戦闘不能にはならないと
こいつらタフ過ぎるだろ、他の幹部クラスもここまでしつこくなかったぞ…
「我等は誇り高きレーシュ隊…、それが全霊を出して負けたなど許されることではない!」
「そ…そ…そうそう!、私らが負けたらレーシュ様の名前にも泥がつくんだよ!、それだけは…それだけは許容出来ねェーッ!!」
「チッ、…部下の意地ですか」
こいつらは自分の主人たるレーシュの為に命をかけている、それは幹部達にはない覚悟…、主人が負けぬ限り自分たちも負けないと言う凄まじい覚悟と執念がこのタフネスを実現しているのだ
強さ以上にこいつらを折るのは 苦労しそうだ…
「エリスは構いませんよ、ここで決着をつけると言うのなら それで!」
だがこいつらの弱点は把握している
アグニスは近接戦が弱い、炎を操ると言う性質上接近されると有効な物理防御手段が無いのだ、先ほどのように魔術を纏って突っ込めば 突破出来る
イグニスは精神的に脆い部分がある、調子に乗りやすく 影響を受けやすい、アグニスが動けない状態ではブレーキも効かないので 搦め手にも容易に乗ってくる
こいつらの攻略法は編み出した、もうエリスは負けませんよ
「行くぞイグニス!燃え尽きるまで我らの炎威を!、我等のアグニの魂を見せるのだ!」
「あいよアグニ兄!、こいつが焼け焦げるまで私らの火力を!」
見せつける! そう意気込み良く構えを取った瞬間……
……太陽が傾き、赤い夕日が 影を伸ばし 広場の半分を包み アグニスの立っている場所が、影に飲まれた
「ッッ…!、夕日?もうこんな時間か!?」
先程まで意気込み良く構えていたアグニスが顔色を変える、青く 血の気が引くように、赤く染まった空を見て眉を顰める、まるで やってしまったとでも言わんばかりに
「どうしようアグ兄!」
「なんですか?、門限が近づいているなんてくだらない理由なら…」
「門限ではない、刻限だ…終わるのだ 遊びの時間は」
何言ってんだこいつと訝しむとアグニスはちらりと目を移す、その先には アグニスが背負っていた棺桶がある…
…そういえば、なんだあの棺桶、最初は『俺は殺した相手をいつでも埋葬できるように棺桶を背負ってるんだぜぇ、げっげっげっ』って感じの人かと思ったが、アグニスはそう言う変にキャラ付けするタイプでも無いし
だとすると、あの棺桶には何か意味がある…、一体なんだとなんとなく魔視の魔眼を開眼し棺桶を見てみれば…
「なっ…!?」
その目に入り込んできた光景に驚愕する、あの棺桶から 溢れてきている、いくらアグニス達に気を取られていたとはいえ あんな馬鹿みたいな魔力になんで今まで気がつかなかった!
だって、あの魔力…棺桶から溢れるそれは、アグニスもイグニスも…いや二人を掛け合わせてもなお圧倒的な差を持つほど、エリスの数倍ほどの魔力がもうもうと煙のように漂っているのだ
「なん…ですか、あれ」
「この世の太陽が沈み、そして浮かび上がるのだ…第二の太陽…地上の来光が」
もはや戦う気は無いとばかりにアグニスもイグニスも構えを解き、そして駆け寄る その棺桶に、恭しく跪き…向かえるように
その様とあの魔力で察する、おいおい まさか…あの棺桶の中身って…
「ッ…!!」
ドンっと一つ、強く棺桶が震えると共に…その蓋がゆっくりと開く、隙間から黒い手が覗き 気怠そうに 眠たそうに、見てるだけで気がどうかしそうなくらい絶大な魔力を持った それが起き上がる
「んんんんぅーーーーー、よく寝たぁぁーー、気分さっぱりだねぇ「?
女だ、長い手足を持った高い背の女、黒いコートと黒いスーツ そして、まるで登る太陽の如き明るいオレンジの髪と鋭い目 鼻 口を持った、見るからに凶暴そうな女が、機嫌良さそうに伸びをしている
あれが…
「お早う御座います、レーシュ様」
「安らぎの一時を妨げてしまった無礼、強くお詫びします」
アグニスとイグニスが恭しく迎える、彼らが跪く相手は一人 彼女達が崇める相手は一人、ただ一人
地上に登る唯一無二の太陽にして、大いなるアルカナ 最強の五人が一角…No.19 太陽のレーシュ、それが あの女だと言うのだ
(い いやいや、差があり過ぎるでしょう!なんですかあの魔力!、アインやペーとでは比べ物にもならないじゃないですか!!)
カストリア大陸に居座るアルカナ最強戦力と言われたペーや魔獣皇子の一人 アクロマティックの分け身 アイン、あの二人も凄まじい実力の持ち主だった、アインなんか 今までに無いくらいの辛勝でなんとか倒せたと言うのに
レーシュは文字通り別格だ、感じる魔力が桁外れだ、エリスが今まで戦ってきたアルカナの中で間違いなく最強の存在、強いのは分かってはいたが 想像を遥かに上回っている…!
ヤバイぞこれ、勝てる勝てない以前の問題だ…
「…んぅ?、アグニス イグニス…こりゃあどう言うことかな?、君らなんで街中で暴れてるんだい?」
しかし、エリスには目もくれず眠そうにボリボリと頭を掻くレーシュはあくび交じりに周りを見る、炎で溶けた床と 激戦の傷跡残る周囲の建物を見て、眉が八の字に曲がる
それを見て、あのアグニスがピクリと肩を揺らし
「じ 実は、目標のヘレナを見つけまして…暗殺しようと…」
「え?、で?暗殺できた?」
「いえ、そこにいる孤独の魔女の弟子エリスの妨害を受け取り逃がし、そして交戦になりまして」
「んー…?」
「っ…」
レーシュの目がこちらに向けられる、ようやくエリスを認識したのか…、欠伸をやめ ギロリとこちらを見る、それだけで竦みそうになる程の威圧感だ
「あれがエリス…、シンがやたらビビり倒してるからどんなもんかと思ったけれど、ふぅーん…、で?あれと戦って?どうしたのかな?」
「そ それで…仕留め切れず…」
「何故、居場所を確認した後 夜を待って私が起きるの待たなかった、ヘレナとエリスがこの街にいると分かったなら、そいつらの寝床特定しておけば良かった筈、なんで独断専行で動いた」
「それは…レーシュ様の手を煩わせるまでも無いかと」
「じゃあ何かな?、私は手を煩わせるまでも無い仕事のために態々こんなところまで寒い思いして連れてこられたって?、君はそう言いたいのか?アグニス…」
「い…いえ」
レーシュの詰るような言葉にアグニスは玉のような汗をかき怯える、あれだけの力を持つ男が まるで子供扱いだ、わからされているんだ アグニスはレーシュに、逆らっても無駄であることを…!
「私達の仕事は暗殺、初撃外したならとっととズラかるのがベスト、だというのにこんなに目立っちゃって、目をつけられた上顔まで覚えられて、魔術まで見せたのか…、アグニス やっちゃいけないことのロイヤルストレートフラッシュだ、反省しなさい」
「す すみません…」
「でもレーシュ様!アグ兄はレーシュ様の事を思って…!」
と イグニスが口答えした瞬間レーシュは一瞬で手を動かし、その唇に指を当て黙らせると
「イグニス、そんなことはわかってる…君達二人が私の事以外を考えて行動するとは思ってない、だけど仕事は別 しくじったなら反省する、いいかい?」
「う…うん」
「なら良し、アグニス!イグニス!、私のベッド抱えてとっとと退散!、隠れ家まで一直線!」
そう言いながらレーシュはコキコキと関節鳴らしながら棺桶から這い出て現れると…
「あの レーシュ様は」
「私?私ほら 追っ手が来ないよう部下が逃げ終わるまで殿兼…、可愛い部下をボコボコにしてくれた彼女にお礼をとね?、この拳でさ」
「っ…来ますか」
アグニスにベッドを抱えさせ、代わりに相手をするとばかりにレーシュがこちらに現れる、拳を鳴らし余裕の笑みとともに、…今からレーシュと戦闘か
正直ヤバい、アグニスイグニスの傷と消耗が残った状態であれの相手はまずい、万全で戦っても危うそうなのに …
それに戦闘のつもりで来てないから、ポーションも持ってきてない…、つまりこのまま戦うことになる
けれど…
「さぁて、シンが警戒する魔女の弟子の力を、味見くらいは許されるかな」
「む…むぅ」
エリスの前で見下ろすレーシュ、うう こうして目の前にするとなお大きい、というかその威圧が余計巨大に見せる、臆している エリスが…!
「では、レーシュ様 後ほど」
「遊びは程々にね!レーシュ様!」
「あいよ、軽く捻って私も帰るよ」
「ナメてくれますね、エリスが軽く捻られるとでも?」
「ん?んー」
逃げるアグニスとイグニスを見送ると、レーシュは何やら伺うように顎に手を当て…ふむふむと笑うと、その高い位置ある頭を下げてエリスの前まで持ってくると
「じゃあ証明してみてくれ、君が強いって、サービスで一発殴らせてあげるから」
「…いいんですか?」
「大丈夫大丈夫、ほら 強いの一発」
ナメやがって、いやナメられる程の実力差があるのはわかってる…けど、こいつもまた有利の油断に蝕まれている、なら
お言葉に甘えて 全力の一撃をかましてやる
「炎を纏い 迸れ轟雷、我が令に応え燃え盛り眼前の敵を砕け蒼炎 払えよ紫電 、拳火一天!戦神降臨 殻破界征、その威とその意が在るが儘に、全てを叩き砕き 燃え盛る魂の真価を示せ」
「へぇ、それが古式魔術…って、古式魔術で殴ってくれるの!?」
「『煌王火雷掌』ッッ!!!」
炸裂されるは炎雷の拳、ありったけの魔力を込めた破壊の一撃、それを無防備に差し出されたレーシュの頬へと衝突し 弾け…眩い光と激しい音ともに
「ぐへぇっ!?」
吹き飛ばす、レーシュもこのレベルの一撃は想定外だったか、容易く吹き飛び情けない声とともに置くの商店へ突っ込み 瓦礫の山へと消え…
「だあーーっ!、いきなり容赦ないなぁ~も~」
と思ったら直ぐに瓦礫を吹き飛ばして現れた、おいおい…煌王火雷招ぶち当ててビクともしてないとか人間かよ、この人…
「しかし、…んんぅ 今ので色々分かったよ、君が何を考え どう生きてきたどう言う人間かがさぁ、いい一撃だ アグニス達が攻めあぐねるわけだ」
んふーと何故か満足そうな顔をしながらエリスの与えた傷を大事そうに撫でながらレーシュは徐にこちらに歩いてくる、効いてないどころか応えすら無いのかよ!
違いすぎる、エリスが今まで戦ってきた相手とは、別格すぎる…
「怯えているね?」
「っ…!」
「今のは君の自信のこもった一撃だった、つまりあのレベルの一撃で倒せる相手と戦ってきたと言える、まぁ確かに見事な一撃だったから 自信過剰になるのも無理はないか」
「何が言いたいんですか…」
「いや何、褒めてるんだ そして認めている、君と言う女性を」
何言ってんだこいつ、一撃加えた途端エリスのことを認めたのか態度も恭しいものに切り替えて、徐にエリスの手を取り愛おしげにエリスの手を撫でて…ってぇ!?
「何するんですか!」
と引っ張って振り解こうとするが ダメだ、力が強すぎて手が引き抜けない…!、そんなエリスの焦りも他所にレーシュは はう と悩ましげな息を漏らし
「綺麗な手だ…」
「へ?」
「とても綺麗な手だよ、白く 美しく 華奢で、だと言うのに力強く …持ち主の人生を物語るような手だ、おや?この中指の傷はかなり昔に付けられた傷だね?、こんなに若い頃から修羅場の中に身を置いていたとは、指の表面も柔らかなようでいて固い…これは握り慣れた者の手だ、この握り拳で一体どれだけの人間を傷つけてきたのか、是非 全て聞いてみたい」
「な 何言ってんですか!貴方は!」
と吠えるとレーシュはグッ!と顔を寄せ その鋭く赤い目をエリスに向けて、微笑む
「私はね、こう言う傷の残り香のする物が好きなんだ、そういう意味では 傷だらけの君はモロタイプだ」
「はぁ!?傷の残り香って…」
という間にそそくさとレーシュ離れ、たかと思いきや今度はレーシュがコートを下ろその黒いスーツを脱いで…
「見てくれ、私の体を…私の全てを」
「ギャーッ!いきなり何するんですか!!」
「見て欲しいんだ、君だからこそ…私を」
「私をって…っ!?」
服を脱いだレーシュの体には無数の傷がつけられている、異様な数だ そう…異様だ、ありえないくらい傷跡だらけなんだ
「なんですかこれ」
「私は、これから立ち会う相手には一撃当てさせる…という挨拶を行うのが好きでね、この傷一つ一つが 私と戦った相手がこの世に残した最期の証明ばかり、この胸の傷 この腹の傷…この肩の傷、そのどれもが私にとって大切な絆なんだ」
うう寒々と言いながら服を着込むレーシュ、つまり何か?こいつはさっきみたいなのをエリス以外の人間相手にもかましてるということか?、戦う前に一撃入れさせ その上で戦い、勝ってきたと
あの傷 少なく見積もっても百以上はあったぞ…、なんでそんな薄気味悪い真似を
「私はね、傷や苦しみ 痛みや破壊と言った言葉が好きなんだ、当然 それが世間では認められないのは知っている、けれど考えて欲しい …昨晩食べた物を思い出せない人間も数年前つけられた傷の痛みは思い出せるだろう?、傷とは痛みとは人の頭に強く残る…最も色の濃い記憶なんだ、人の一番深くて柔らかいところにあるのが痛み…私はそれを愛さずには居られない」
「イかれてますね、貴方」
「よく言われるよ、けど 私は寂しがり屋なんだ…誰かと一緒じゃないと 朝もおちおち寝られない、けれど この傷は この傷をつけた人達の記憶は常に私と共にある、そう思うだけで 私は孤独じゃなくなるんだ…、今 君が刻み込んだこの傷も 私と君の間に生まれた絆なんだ」
なんだこいつ…、何言ってるか全然分からない
でも、傷が色濃く残るというのは理解できる、エリスも 今までつけられた傷は全て思い返せる、この記憶能力が無くとも…幼い頃の地獄の痛みは思い返せるだろう
人は 痛みを嫌いながらも、その記憶を永遠に保存する…、それがトラウマとなって人を永遠に傷つけ続ける、だというのにこいつはそれに絆を見出しているのだ
おかしい…と言わざるを得ない
「私は君を忘れない この傷がある限り忘れない、だから君も私の事を忘れないでくれ…忘れられないようにしてあげるからさ、傷つけ傷付き合い 友達になろう エリス…、人を傷つけることに慣れ切った君なら 私と友達になれるはずだ」
「い 嫌ですよ!貴方と友達になんか…」
軽ステップを踏み助走をその場でつけるとともに、気色悪く言いよるレーシュに対して そのニタニタ笑う顔に…食らわせる!
「なりません!」
回し蹴りを打ち込む、顔の側面に鉄槌の如く与えられるその打撃は相手の脳を揺らし意識をも揺らし、相手の平衡感覚に致命的な…
「いい蹴りだ…、素晴らしいよ」
「なぁっ!?」
されどどうだレーシュの顔は、まるで効いてない、ニヤニヤ笑い嬉しそうに頬を赤らめ エリスの足を掴み 力づくで退かすのだ
「体重移動も完璧、足の芯で的確に相手の急所を叩くその鮮やかな腕前 いやぁこれは足前かな?、強く蹴りつけるその足の威力もさることながら私への嫌悪感と拒絶感がありありと伝わってくる、君は優しい子なんだね よく分かったよ」
「こ この…」
「今度は私の番だ、今から君を壊す だから私の事を…」
グググッとレーシュの拳が握りしめられ音を鳴らす、それと共に…
「忘れないでくれェッ!!」
「ぐほぉっ!?」
放たれた拳はエリスに抵抗も防御も許さず、真っ直ぐ頬を射抜き 衝撃で遥か後方まで吹き飛ばす、魔術も何も纏ってないのに イグニスの炎拳よりも速く 重い…!
「くぅっ!…どういう体してんですか!」
「ははははは!、絆を拒む人間がいるか!友情を嫌う人間がいるか!、エリス!痛みを与えてくれ!私はそれを忘れない!だから…だから!」
その体から魔力が放たれる、全身から吹き出る魔力の光 それはまさしく…天の陽光と変わるよう現れた地上の陽光であり、って スッゲー魔力!
「『サンライトフラッシュオーバー』!!」
放たれる 全身から無数の光弾が、まるで太陽のように当たりを照らし溶かし焼き尽くす、最早災害だ…
サンライトフラッシュオーバー…、かつてデティから聞いたことがある、灼熱の光線弾を放ち 攻撃する高等炎熱魔術に部類される魔術、人間相手には過剰火力と言われ 主に拠点破壊用に使われる事が主なのだが
問題は威力じゃない 量だ、この魔術は光線弾を一発放つだけの魔術、ただの一発で拠点破壊が可能とされる魔術、それを 全身から連射しぶっ放すってどんな魔力量してんだよ!
「アハハハハハハハハ!、忘れないでくれ!人よ!街よ!国よ!忘れないでくれ!、その為に私がここにいたという傷跡を残そう!永遠に消えぬ破壊と恐怖の爪痕を!」
「何なんですか!貴方は!」
旋風圏跳を駆使して跳ぶ、面は食らうがこの手の攻撃はアインで学習済み!、今更当たりませんよ!
「エリス!?何故避けるんだ!?」
「避けますよ!そりゃ!」
何故かエリスが四方八方に飛び回り光線弾を避けて回るのが不思議でならないのか目を白黒させ はちゃー!と驚くレーシュに思わず声を荒げる、何言ってんだ 死ぬよ!エリス!これ食らったら!
「そんなに痛いのが好きならば!焔を纏い 迸れ俊雷 、我が号に応え飛来し眼前の敵を穿て赫炎 爆ぜよ灼炎、万火八雷 神炎顕現 抜山雷鳴、その威とその意が在る儘に、全てを灰燼とし 焼け付く魔の真髄を示せ 『火雷招』!!」
これでも食らっていろ!と体を空中で旋回させ光線弾を躱すと共にレーシュ目掛け炎の雷を放つ
しかし、レーシュとてエリスの攻撃が見えていないはずがない、あいつなら避けて…
「うぉぉぉおぁぁぁぁっっっ!?!!」
「ってぇ!?なんで避けないんですか!?」
両手を広げて火雷招を受け入れ盛大に悲鳴をあげるそれを見て呆れる、…あいつ どこまでトチ狂ってるんだ
「むはぁー!素晴らしい!、これが古式魔術の痛み!、うぅん 重厚かつ味わい深い激痛だ、歴史を感じるね まるで何年も寝かせたワインのようだ、私の体をズタズタに引き裂くこの痛みは得難いものだ、はぁ~いいもんもらったなぁ」
「痛みの感想を言うのをやめてください!」
しかもまるで効いてない、もうもうと口から煙を吐きながら嬉しそうにニッコニコ笑っている
いや 痛みは感じてるから効いているとは思うが、奴にとって痛みとは倒れる理由にならないのか、どれだけのダメージを与えたら奴は倒れるんだ…!
「いい痛みだ、こんな痛みは初めてだよ!、嗚呼!愛しい!愛しいよエリス!、君は私に未知の感情を与えてくれる!、他にはどんな魔術が使えるんだい?、どんどん私に見せてくれ!」
「この…マゾヒスト!」
「マゾヒスト!?私が!?違うよ!、私はマゾヒズムに興味はない!、蝋燭を垂らしてもそこに絆は生まれない!鞭で打たれても相手のことを感じない!、熱した鉄の棒で殴りつけ ナイフでこの肌を傷つけるくらいじゃあないと、私は満足できないよ!」
それをマゾヒズムというのではないのか!?エリスの学習不足でした!すみません!、貴方はもう被虐を超えたところに心があるんですね!くそ!
「私ばかりじゃ悪いね、お返しするよ」
「え? エリスは別に…」
と 答えた頃には既にレーシュがエリスの前にいて、トン とこの胸を手で押すと共に
「『プロミネンス ボム』」
「ッッーー!?」
声を上げる間もない、レーシュの手から放たれた爆炎にこの身は吹き飛ばされゴロゴロと地面を転がる、デタラメだ いくら殴っても応えず 攻勢に出たらそれだけで絶大な影響力を発揮する
「げはぁ…」
「いい痛みだろ?、これが私の気持ちさ…伝わったかな」
朦朧とする意識、アグニス達との戦闘が効いている…いや、例えアグニス達との戦闘が無くとも 同じだったかもしれない、全身に火傷が周り激痛に苛まれる…
死ぬ…
「いや…死ねない…」
死を意識した瞬間、脳裏にてバチバチと閃光が走る、そうだ 死ねない、こいつは危険過ぎる、街を破壊し笑い 人を傷つけ楽しみ 何もかもを破滅へ導く悪魔だ、看過できない 放置出来ない…そう考えれば考えるほど 意識は冴える、死にかけているというのに
いいや、死にかけているからこそ!
「グッ……!」
「ほう、唇を噛んで意識を保ったか…けど、自傷はダメだ、もし次やるなら私に言ってくれ、代わりに私が君の唇を噛むから…そして私の意思を受け入れてくれ、エリス」
「知った事か…お前の意思なんて!」
魔力が高まる、バチバチとエリスの脳裏で煌めく光がだんだんと外へ向かい表層化し 焼けて落ちかけたジャケットがギラギラとはためく、今なら行ける 行けそうだ!
「魔力覚醒…!」
内側へ向かった魔力が 魂と混ざり混在し一つなり、エリス自身が一つの魔力事象と化す、これぞ…エリスの最強形態!
「『ゼナ・デュナミス』…!」
「…ほほう」
瀕死をトリガーに発動するエリスの魔力覚醒形態 『ゼナ・デュナミス』へと変異する、この体は溢れる魔力で煌めき、髪は具現化した記憶の光で雷鳴に似た閃光を纏いバチバチと揺蕩う
これなら、勝負になるか?アイツはまだ全然本気を出してるようには見えないが…
(これでダメなら もう勝ち目がない…!)
「くふふふ、まさか君が第二段階に入っているとは、流石魔女の弟子 凄いね」
しかし、この姿を見て魔力覚醒と知って尚 レーシュは不気味に笑い…
「さぁ来てくれ!、そこまでして私に伝えたい傷ってなんだい!、そうまでして私を破壊したい君の心を私に刻みつけてくれ!さぁ!」
「本当に、コミニケーションが取れない人ですね…!」
「取っているだろう!、私にとって今この状況こそ!お互いを何よりも知るコミュニケーションさ!、私たちの間には言葉は要らない!そうだろう!?」
うるさいよ…!、軽く足に力を込めて、記憶を引き出す
それは旋風圏跳…それを何重にも重ね 神速の勢いで飛び…ーー!!
「ふぅっ!」
「がふっ!?」
勢いのまま蹴り飛ばす レーシュの顎を、流石のレーシュも効いたか 血を吹きながらすっ飛び…、逃すか!
「はぁぁぁぁっっ!!!」
「ぐっ!?がっ!?い 痛いッ!痛いよ!エリス!」
「知った事かぁぁぁぁっっ!!!」
追いすがり 蹴り飛ばし 追い縋る、高速の追い討ち 宙を飛び痛みに喘ぐレーシュを何度も空中で蹴り上げ…!
「追憶…!『旋風八連閃』!!」
空中で繰り広げる怒涛の八連撃、矢のように何度も飛び 蹴りで轢き飛ばしレーシュの体を空高く打ち上げ、そのまま蹴り降ろす
魔力覚醒を行うだけでこの体の戦闘能力は飛躍的に増加する、それを用いての高速連打 …頼むぞ 効いてくれ!
「ぐぅっ!、…ぁぐぅ!い…いいね、この私が膝に来るとは…、凄まじい痛みだ、ここまで熱烈に感情を示してくれるなんて君への愛しさで爆発しそうだよ!」
地面を砕く勢いで激突したというのに、それでも態度を崩さずヘラヘラと立ち上がる…けど、エリスは見えてますよ 確かに貴方の足はダメージを受けて揺れている
アイツは痛みに強いだけで 体はちゃんとダメージをダメージとして受け止めているんだ!、このまま攻めきれば行ける!
「追憶…!『雷王 墜落蹴』!」
「ぐぶぅっ!?」
火雷を纏った蹴りを加えれば やはり、ダメージが出ているのか 対応出来ずにその腹で受け止めて…って
「ちょっ!?離してください!」
「ははは、私はまだまだ元気だよ!そぉれ!」
どれだけダメージを受けても未だその怪力は健在、エリスの蹴りを放った足を受け止めそのまま地面へと叩きつ大地を砕く
やはり…一筋縄ではいかないか!
「ぐぅぅ…『風雷円転回!』」
「おっと!いたーい!」
全身から咲雷招と薙太刀風を放ち 斬撃と共に回転しその高速を解くと共に
「『煌王火雷連掌』!!」
「ぐぅーーー…かはっ…」
連鎖爆発する煌王火雷掌を叩き込む、その衝撃に耐えきれず レーシュはザリザリと地面を抉りながら後ろへと後ずさる…、今の一撃でも倒れないとか タフ過ぎる…
「っははは!、楽しいねぇ!エリス!、こんなに楽しいお喋りは初めてだ!益々好きになったよ!」
「楽しくありませんよ」
くっそ、思った通り タフだ、さっきから必殺の一撃を叩き込んでるのに 確かにダメージを与えているはずなのに、倒れない…
「いやぁ魔力覚醒者と戦うのは久々だ…、うぅん いいね、君の魂の叫びがこの体に直に伝わってくる、楽しいよ 私は楽しい、この気持ちを分けてあげたいけれど 今の君には中々手が届かないのがもどかしい、奥手なのも困りものだ」
「エリスはあなたをぶっ倒したいんですよ、気持ちを汲んでくれるなら早々に倒れてください!」
「分かってるよ、私を倒したいのは…でもまだ私の気持ちを伝えてないし…ん?」
ふと、レーシュの目が移る、城の方だ 気がつけば既に太陽は落ちきり夜になり始めている、そんな宵闇の中 いくつもの松明の光が城から出てくるのが見える
援軍だ、ヘレナさんが住人を避難し終わり援軍を寄越してくれたんだ、さしものこいつも魔女大国の戦力を前に余裕ではいられまい…
「参ったな、遊びすぎたか…魔女大国全体に気持ちを伝えるのはちょっと難しいな、仕方ない 今日の遊びはお開きにしよっか、エリス 名残惜しいけど私はそろそろ帰るよ」
「待ちなさい!逃すわけないでしょう!ここまでやっておいて!」
逃せない、レーシュをここで逃すのはあまりに危険だ、こいつは強過ぎる こんなのが国の中に居たんじゃおちおち暮らせない、この国の人間のため クリストキントのみんなのため、なんとしてでも ここで倒す
もし逃げるというのなら地の果てまで追いかけて…
「あ、そう じゃあ逃げない」
「へ?、逃げないんですか?」
「君が逃げるなって言ったんじゃないか、それにね 君…追いかけてくるだろ?どこまでも、私に与えた君の傷が言っている 『もし逃げるというのなら地の果てまで追いかけて必ず尻尾を掴み上げて叩きのめすまでだ』ってね」
こいつ…エリスの与えた傷からそこまで読んで、ほ 本物だ…本物のアレな人だ、ここまで極まると凄いな、逆に…
「でもね?流石に追いかけてこられると困るんだ、だから追いかけてくるのをやめてもらう、私の気持ちを真摯に 全霊で君に伝えてやめてもらう…」
そう言うなり彼女はゆっくりと構えを取る、あのレーシュが初めて、この戦いが始まって初めて戦闘態勢を取り
その魔力が強く輝き、燦然とした光を纏う…
「エリスは私が太陽のレーシュって呼ばれてるの知ってる?」
「は?、…え ええ」
なんかいきなり話しかけられた、でも知ってる、知ってるから警戒している
「太陽というコードネームは私のあり方から来ている、…さっきの光の魔術もそう、だけどさ あれはあくまでオマケなんだよね、だって 太陽って名乗ってるのに光の魔術使えないの変じゃん、だから必死に覚えたんだ、ビンタで褒めてくれ」
そんなくだらない理由で覚えたのか、そんなくだらない理由で使ってたのか、そんなくだらない理由で覚えて使っていた魔術があの威力なのか
だとしたら、レーシュが真に得意とする魔術はまた別にあるということになり…
「ご察しの通り、私が真に得意とする魔術は別にある…、ねぇ エリス…太陽が生み出したものって何かわかる?」
「え?、何って…光ですか?」
「その通り、だけどそれだけじゃない 太陽は光を生み出すと共にもう一つの概念を明確にした…、それは」
すると レーシュの体から溢れる光の魔力が一転…暗澹とした黒々しい魔力に…、夜に溶け込む黒へと姿を変える
「それは闇だ、光があるから 闇という物に名がついた、そしてそれこそが私の真の力…」
腕を抱くように身を縮めると、レーシュは …魔力を
「魔力覚醒…」
解放した
「『エクリプス・インウィクトゥス』…」
「なっ…!」
何を驚いているんだエリスは、予測の範囲内 十分予測できたじゃないか、レーシュが…第二段階に至った人間であることなんか!
レーシュの体から溢れる闇の魔力は 徐々に溢れて…レーシュの体を包み 覆い隠して
「私これ使うの嫌なんだ、だって…これ使うと無敵になっちゃうからさ、傷なんか 一つも負えない、傷と苦痛の語り合いではなく ただただ無機質で一方的な押し付けになっちゃうから…さぁ」
まるで空間に出来た黒点のように シミのように、レーシュの体が闇へ溶け込み、一体化する
魔力覚醒特有の肉体の変容だ、レーシュの体に闇が溶け込み その橙色の髪も赤い目も真っ黒に染まり、…体から黒い煙のような闇が虚空を舐め回すように漂っている
これが、レーシュの魔力覚醒…
「さぁ、速攻で終わらせよう…これはもう対話じゃない、せめて私の声だけでも聞いて、私を覚えておいてくれ」
「えっ!?」
気がついたらレーシュの声が後ろから聞こえていた、というか後ろにいた さっきま本の一瞬前まで目の前にいたのに!?、高速移動?いやこれはもっと速い、最早転移…いや まるで最初からエリスの後ろにいたみたいな
「くっ、追憶 『電雷一斬』!」
電撃を纏った蹴りを振り返りざまに放つ、が ダメだ これはダメだ 撃った瞬間に分かる、だって いないもん!何処にも!
「無駄だよ、今の私はこの闇と一体化し 闇に守られ闇に覆われている、水を泳ぐ魚のように、私はこの闇の中を泳ぐことが出来る…君の声は届かない」
「くっ!この!」
声のする方に無闇矢鱈と電撃の蹴りを見舞うが、その都度 レーシュの姿が闇へと沈み別の場所に現れる、どうやら 闇と一体化しているというのは本当のようだ
魔力覚醒を行うと自身の魔力で体が変異するのは良くあることだ、とある者は鉱石となり とある者は風になり とある者は記憶の象徴となる、それと同じように こいつは闇になったんだ
レーシュと言う名の一滴の水が この夜の闇と言う名の海に落ちてしまったようなもの、レーシュだけを見つけ出して攻撃するなんて不可能だ
「けど、闇の中にいると言うのなら 闇を払えばいいだけのこと!、指輪よ!」
だがエリスには光を生む術がある、リバダビアさんから貰った指輪だ これに全力で力を込めれば 広場全域を照らす光となる、これならレーシュも闇から追い出されて…
「言ったろう、光があるなら闇がある…光を作り出しても 闇は存在し続けると」
「ッッ…!」
声がする、背後だ…そうだ 闇は生まれる、エリスの影と言う名の闇が
「私の姿を闇から追い出したいのなら この夜の世界を遍く照らす光を 太陽を呼び出すより他ない、けど…そんなこと出来る人間が果たしてこの世にいるかな?」
「ぐっ!」
エリスの影からぬるりと現れたレーシュはそのままエリスを蹴り飛ばす、ダメだ…どうやってもレーシュの姿は捉えられない、だって今は夜だ どこをどう照らしたって絶対に闇は生まれる、今 レーシュはこの闇の世界と一体化している、レーシュ自身がこの世界そのものとって言ってもいいんだ
「ぐ…うぅ」
無敵だ、こんなのズルだ…向こうは闇がある限りその中に逃げ込みエリスの攻撃を全て回避できて、一瞬でエリスの死角回れる、闇がある限り そこが奴の逃げ場となり エリスへの攻撃となる…
こんなのどうすりゃ勝てるんだ…
「くぅ…『火雷連招』!!」
蹴り飛ばされ 転がりながら記憶から火雷招を取り出し連射する、やたらめったらに レーシュのいる方向に…されど
「無駄、無駄、無駄なんだよエリス…、もう何をしても君の気持ちは私には届かない、分からないかい?分からないなら分かるまでその身に刻みつけてあげよう」
いくら魔術を撃っても当たる直前でレーシュの姿がまるで煙のように消え別の場所に現れる、どれだけ撃っても同じことの繰り返し
そして
「さぁ、これが 私の悲しみだよエリス、受け止めてくれ!」
放たれる、闇が形を持ち 無数の槍となり エリスを穿つ、本来質量を持たないはずの闇がエリスに牙を剥く、この闇全てが奴の手足だ 武器だ、この世界に遍在に広がる闇全てが…
「ごは…かっ…ぁ…」
倒れる、この身を覆う魔力覚醒も維持できず、エリスの体から閃光が消え去り 闇の中倒れ伏す、体が…限界を迎えたか…
「うん 我ながらいい傷だ、けど 一歩的に気持ちを押し付けるのはやはり嫌いだな…、さて 君も動けなくなったことだし、私も帰るよ 今日はありがとう、楽しかった…ってのはその傷を通して伝わったと思う」
微塵も伝わらないよ!、くそっ!…レーシュが闇の中踵を返し立ち去ろうと言うのに、体が動かない…追えない、逃げられる…
しかも、アホみたいな理由で見逃されて…、くそ!次は絶対に…
「…ふむ、君はきっと私にリベンジを望むだろうね、君は勝気で負けず嫌いそして責任感も強いからね」
「知ったような…口を…」
「知ってるさ、君の与えてくれた傷がそう語ってる、そうだね…それじゃあ教えよう」
そう言うとレーシュはエリスのところまで戻ってくると、倒れるエリスを見下ろすようにしゃがみこむと
「我々の目的はヘレナの命だ、だが彼女は普段厳重な警備の下にいる…だから、我々はエイト・ソーサラーズ候補選が終わり それを今日のように報告する その次期エイト・ソーサラーズ発表の場である 『聖夜祭』を襲撃するつもりだ、その日ならまだ付け入る隙はあるからね…、また会うなら そこで会えるはずだ、その時は 何も気にせずまた二人きりで蜜月の時を過ごそう」
「そんなこと…」
「させない だろ?、私と君の仲じゃないか 言わなくても分かるよ、だから 私が期待してることも言わなくても伝わるはずだ、それじゃあね エリス…愛おしき私だけの理解者よ、私も君とまた会える日を楽しみにしている」
エリスの顔をそれはもう愛おしそうに撫でると共に レーシュは煙のように闇の中へ消え…その気配がこの場から消える
負けだ、完璧な負け…エリスはどこまで 負け続ければいいんだ…、くそ…くそう!
勝つ!勝ってやる!次は絶対に!絶対にレーシュに勝ってやる!、また会える日を楽しみ!?二度とそんなこと言えないくらい完膚なきまでに叩きのめして …それで…それで
「あぁー…ダメだ、気持ちに体がついてこない…もう、動けない…」
ダメだ、もう力尽きた…敵はいなくなった、城から兵士がこちらに向かってる…回収してくれるよう祈りながら、今は眠りにつこう
臥薪嘗胆、この石畳を枕に倒れる感覚を忘れずに…次こそレーシュへのリベンジを誓って…
……ん?、あいつ 一ヶ月後って言った?、一ヶ月後って確か…
「あわわ、ルナアールの日とも被ってない?」
はたとそんなことに気がついた瞬間 フッとエリスは白目を剥き、その場で力尽きる
これは 色々やばいことになってきた…な……
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