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七章 閃光の魔女プロキオン

185.孤独の魔女と王都アルシャラ

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芸術の大国 エトワール、今でこそエトワールという名は定着しているが、実はこの国がエトワールと呼ばれ始めたのはほんの200年程前からなのだ

それまで、この国はなんと呼ばれていたか それは歴史を物語る本を読めばすぐに分かる

雪華王国 アルシャラ、それがこの国の真の…いや古き名だ、閃光の魔女プロキオンによってこの国が打ち立てられた際、彼女が雪のその美しさに準え名前をつけたと言われている

ならなんで今 エトワールと名前を変えているか、それは二百年前の王が変えてしまったとされている

何故変えたかは判然としないが、一説ではアルシャラが芸術の国として他国に強く知れ渡ったタイミングと被っている為、それを前面に押し出し 国をアピールする為 芸術を前面に押し出した名前に帰る、という施策の一つだったのでは とも言われている

そうしてアルシャラはエトワールとなり、エトワールの中央都市である王都にその名を残す事となった

つまり、今アルシャラと言えば国の名前ではなく 街の名前、そう 魔女大国中央都市の一つ 王都アルシャラを指す言葉になっているのだ


今、その話がなんの関係があるのかと?…そりゃ勿論……


…………………………………………………………

エトワールの港町についてより、エリスの旅路には色々あった、閃光の魔女の弟子 姫騎士ヘレナさんと出会い 月下の大怪盗ルナアールと出会い、師匠小ちゃくなって そしてナリアさんやクリストキント旅劇団とも出会い…苦手意識を持っていた役者にもなって 色々あった

たった二ヶ月強だというのに、色々あった…そんな色々あった旅路の果てに、エリスはようやくたどり着いたのだ

「エリスさん!レグルスちゃん!見て見て!」

「はい?なんですか?」

「んんぅ…」

それは朝方 まだ日も登り切らぬ朝であった、馬橇の中で眠るエリス達にナリアさんが興奮したように声を上げる、何か見て欲しいと

「ほら見て!見えて来たよ!王都が!」

「王都…?、え?本当ですか!」

「エリスぅ…寒い」

抱き合って寝ていた師匠をそのまま抱き上げ外の景色を見に向かう、相変わらずの雪景色ではあるものの、確かに見える 雪の向こうに…

「あれが、王都アルシャラ…」

だんだんと近づて来て 見えてくる、エリス達のいる丘から見下すような地点にある その街を

雪の白の中、ドンと現れた巨大な街…この国の街はどれも星型だったり ハート型だったりと変な形をしている場合は多いが、不思議なことにこの街は普通の円形だ

いや、普通と呼ぶにはいささか丸すぎるな、まるで何か型にはめて作ったような綺麗な丸だ、あれもああいうデザインなのかな

「丸いですね…」

「ほう、王都についたか…、あの街はプロキオンが八千年前に設計してより ずっとそのままの形を留めているようだな」

記憶のままだと寒そうにエリスを抱きしめ毛布に包まる師匠が呟く、なるほど あれ昔のままなんだ、街を何かの形にする という文化は後年生まれたものらしいし、歴史ある王都はその限りではないということか

「ようやく王都に着いたね!、僕も王都に来るのは本当に久し振りだよ」

「ありがとうございます、エリスの我儘で王都に立ち寄ってもらえて」

「いいんだよ、僕も王都でマリアニールさんに会いたかったし、何より 今はクンラートさんも あの街に用事があるみたいだしね」

「クンラートさんが?」

「うん、実はさ まだ内緒の話だなんだけどね、ノクチュルヌの大ヒットでお金が大量に入ったから 小さいけれど王都に劇団を持てるかもしれないんだ、そういうお話も入って来てるしね」

そんなヒットしてるの?、まぁ確かに方々で公演しましたけど 国のど真ん中に小さくとも劇場持てるなら相当だが…、いや 多分今ノクチュルヌはブームの最絶頂にある、演じてるエリスがこういうこというのはあれかもしれないがあとは落ちる一方かもしれない

なら、今のうちに無理してでも劇場持っちゃった方が得かな?、いや知らないけれどさ 劇団の運営のノウハウなんて無いし

「あれっ?てことはクリストキント旅劇団は旅劇団ではなくなる、ということですか?」

「まだ話がどんな風にまとまるか分からないけれど、クンラート団長はそのつもりらしいよ」

「でも、長い間旅劇団だったんですよね、そんな簡単にやめちゃっていいんですか?」

「エリスさんは他国の人だからあんまりそういう意識はないかもだけど、エトワール人には旅劇団は劇場を持てない溢れ者って見る意識が少なからずあるんだ」

つまり、旅劇団を名乗ってるだけで 侮られるということか、まぁ確かにプルチネッラさんのような酔狂老人はともかく、旅劇団なのに裕福な人達 というのは見たことない

大抵 劇場を持つだけのお金がないけど劇をやってるか 或いは、これから劇場を持つ為、劇団として働いてその金を集めようとしているかのどちらかになる、クリストキントは後者だろうな

「だから、旅を続けるにしても 続けないにしても、劇場という本拠地を持つに越した事はないんだ、本拠地があれば腰を落ち着けられるしね その後また巡業に行けばいいだけだし」

「取り敢えず劇場だけでも確保して、旅劇団脱却をした方がいいんですね、でもそれならなんでわざわざ王都に?、王都は土地代も高いでしょうし 競争も激しそうなのに…」

「それは…まぁ、僕の事を気にして…かな」

それだけ言うと ナリアさんは立ち上がり、馬橇の中で荷物をまとめ始める、僕の事を気にして…か、なんでだろうか

なんて考えるまでもない、ナリアさんがあんな顔して かつナリアさんに関する事 となると一つしかない、彼の夢に関する事だろうな

「エイト・ソーサラーズ候補選は王都で行われるからね、王都に劇場を持つ劇団の方が圧倒的に有利なんだ」

「有利不利とあるんですか?」

「うん、候補選の第一審査は投票制だからね、そしてその期間中は全ての国民の目は王都に向けられる、目の向けられたところにいる方が有利でしょ?」

むむ、確かにそうだ、というか 有利ってレベルじゃない、王都に劇場がなければ参加しても無意味なレベルだ、しかし エイト・ソーサラーズになるには投票を乗り越えないといけないのか

投票にいい思い出はないな…

「あ、エリスさん、しばらく旅には出ないし 荷物まとめておいた方がいいよ」

「ええ、そうですね…師匠、エリス達も…って師匠…寝てるし」

エリスに抱きついたままスゥスゥと寝息を立てる師匠を抱き上げてため息をつく、こうしてると本当に子供ですよ…、まぁ 朝に弱いのは元々ですが

…しかし、王都に着いてしまった、前回ルナアールが出てから二ヶ月強…、奴は三ヶ月のスパンを開けて行動に出るという、つまり 奴が動き始めるのはもう目の前と言うことになる

ヘレナさんはもうルナアールの動向を掴んでいるだろうか、出来るなら早く合流して 奴を捕縛したいな…

寝息を立てる師匠を見つめるエリスを乗せて、馬橇は進み続ける… 王都アルシャラに向けて、エリスの エトワールでの戦場に向けて……


………………………………………………………………

エリス達の馬橇が王都アルシャラに着いたのは、それから暫く経ち 朝日が昼の陽光に変わる頃だった

キラキラとパウダースノーが降り積もる まさしく雪華の街 アルシャラ、エトワールの街には今まで多く立ち寄ったエリスから言わせてもらうと…

エトワールの街々はどれも非常にユニークなフォルムをしていた、目がチカチカするくらい色鮮やかだったり、家屋がヘンテコな形をしていたり、一つとして ここでしか見られないだろうな…っていうくらい変な物が多かった

なら その街の頂点に立つ中央都市 この王都アルシャラはどうか?、ヘンテコの中のヘンテコか と言われればそうではない

「ここが、王都アルシャラ…」

感想を一言で述べるなら 『綺麗』だ、美しいではない いや美しくはあるが…整っている

普通の街並みだ、エリスが見慣れた家屋の形、だというのにどうだ?目に見えて変わった部分はないのに どうしてこうも綺麗に見える

それは一つ一つの建造物が主とするテーマが他の街と違っているからだ、他の街は奇をてらった奇抜なテーマだとすると、この街が主とするテーマは『調和』

もし ここに立ち並ぶ建造物の一つを切り取って 何もない平原にズドンと置いても エリスは何も思わないだろう、だがそれがこうやって並ぶとどうだ?、それぞれがそれぞれを補い合い 一つの芸術品として成り立っている

この風景そのものが街を描いた名画のようだ、そうだよそうだよ 美しい街ってのはこう言うのでいいんだよ

数十 もしかしたら百を超えるかもしれないくらい街を見てきた街並みソムリエのエリスを唸らせる物がここにはある、ううん綺麗だ 百点

「おいエリス、何街の入り口でボーッとしてるんだよ」

「あ、ヴェンデルさん」

ふと、振り返ると馬橇から出てきたヴェンデルさんが口をへの字に曲げながらこちらを見ている、その背後には街の外れに馬橇を留め 馬車馬達を宿泊させる馬小屋を探しに行く団員達の姿が…

「いや、この街並み綺麗だなって…、ヴェンデルさんもそう思いません?」

「は?そうか?、地味なだけだろ、お前案外感性が乏しいんだな」

こいつ張り倒してやろうか、そう思ってなくてもそう思いますよって言うくらいの器用さ身につけておく方が身の為だぞ、青タン作ってからじゃ遅いかんな

「あはは、ごめんねエリスさん、ヴェンデルはこの街出身だから あんまりそう思わないんじゃないかな」

「ナリアさん…、って ヴェンデルさん王都出身なんですか?」

何やら重そうなリュックをギッシリと音をたてながら背負うナリアさんが現れ言うのだ、ヴェンデルさんがこの街出身だと、ヴェンデルさんは家出してクリストキントに所属していると聞いていたが…

「どこの街で生まれてどこの街で育ったかなんて、別にどうでもいいだろう」

「まぁそれに関してはエリスも同意しますが、でもヴェンデルさん家出してきたんですよね、なんで家出してきたんですか?」

「お前は取り調べをする憲兵か何かか?、何でもかんでも聞いてくるなよ」

ごもっともな怒られ方をした、教えて攻撃はウザいからやめろといつぞや師匠に言われた気もする、でも気になるし…

「あ…おーい、エリスさーん」

今度は誰だと目を向ければ…、寄ってくるのはタバコ咥えたリーシャさんだ、珍しいな 最近は執筆してるか消えてるかの二択だったのに、向こうから寄ってくるなんて、最近嫌われてるんじゃないかと思ってましたよエリスは

「どうしました?リーシャさん」

「クンラート団長はこれからこの王都で活動するための準備を進めるらしいのですが、それが少し 時間がかかるそうなのですよ」

活動する為の準備か…、多分劇場を確保するって話だな、いや 買うんだったら団員達に話はあるだろうから まだ打診の段階だろうが、これは確定かな…

「それで、エリスもそれに着いていった方がいい感じですか?」

「いえ、それに付き合う必要はないそうなので、エリスさんはこの王都でするべきことをして欲しいとのことです、ナリアさんも ヴェンデルさんも、最近劇に出ずっぱりだから今くらいは休めって」

この王都でするべき事、エリスがヘレナさんに接触したいと言う旨伝えた事、まだ覚えてたんだな…律儀な人だ、でも時間を作ってくれるありがたい

「師匠…」

「ああ、そうだな プロキオンの弟子…ヘレナに会いに行こう、ルナアールを取り逃がした責任についても謝罪せねばならんしな」

「そうですね、ナリアさん達はどうします?」

「僕も着いていっていいかな、エリスさん 王城に行くんだよね、もしかしたら騎士のマリアニール様に会えるかもだし」

女でありながら男役であるスバルを演じた伝説の役者 マリアニールさんに会うには王城に入らねばならない、しかし 流れの劇団員であるナリアさんが王城に簡単に入れるかと言われればそうではない

ならエリスに着いてくるのが一番だろうな

「分かりました、じゃあ一緒に行きましょうか?」

「うん、そうだね 、行こっか ヴェンデル」

「なんでオレも!?勝手に行けよ!」

「って言ってもさ、ヴェンデルどこ行くの?、行くとこないなら王城行こうよ、中々行けないよ?」

「嫌だ!お前らとは嫌だ!」

「まぁまぁ」

「まぁまぁまぁ」

なんとなく、本当に意味もなく、なんとなく ヴェンデルさんの手をナリアさんと共に引きながら大通りを進む、別にヴェンデルさんを連れて行く必要はない けれど、一瞬思ってしまった

彼は家出をしてこの街を出た、この街にいい記憶はないだろう、そんな中いきなり休めと放り出されどうするのか、幻視してしまうのは一人雪の積もる街の中しゃがみ込みのの字をクルクル書き続けるヴェンデルさんの姿、それは流石に可哀想だ

「しかし、…この街は随分落ち着いているな」

引っ張られるヴェンデルさんの横を並走するように歩く師匠は 街の大通りを見てポツリと呟く、理由は単純 路上に芸術家がいないからだ

路上芸術家はとても悪い言い方をすると職業難民だ、職に困る人間を出さないのも良い政というもので その政のお膝元で職に困る人間など出るわけがない、そんなものがこの王都で出る時は 国家瓦解のその時だけだろうな

「…ん、変わってねぇな、この街…」

「変わらないよ、王都だもん」

「なんだよその理屈…」

気がつくとヴェンデルさんも観念したのか、自分の足で歩きナリアさんと共に街を見回している、こうしてみると子供のカップルのように見えるが 両方とも男なんだよなぁ、しかしナリアさん凄いな 全然男に見えない

美容にも体作りにも気を使い、服装もギリギリボーイッシュな女性に見えなくもないものにして、歩き方も極力男性臭さを消している…声変わりだってしてるだろうに 中性的だし

この人 柔らかい物腰の割に激烈にストイックだな…

「エリス」

「はい?、どうされました?師匠」

「いや、お前はプロキオンについてどう思う」

どうって…会ったことも話したこともないからどうとも思えませんよ師匠…、と師匠の問いに眉を八の字にしていると

「いや聞き方が悪かった、プロキオン個人についてではない…、奴が姿を消しながら弟子を取ったという話ついて どう思う」

「どう…ですか…」

こうしてエトワールを旅して思ったことが一つある

プロキオン様は確かにエトワールに居る、虚空に消え散ってしまったとか 存在を抹消してしまったとか、そんなことはない 確かに居る

それはこの国の豊かな作物が証明している、だって年中雪が降るのに この国には不作の概念がない、葡萄や林檎などの果実も普通に取れる だから酒造業も成り立っている

姿は見えないだけで この国には魔女の加護がある、けれど 人前には姿を絶対見せない、姿を見せないけれど弟子は取った…、おかしな話だ 何か意図があるようにしか思えない

その意図は、分からないが

「プロキオン様には何かしらの意図があると思います、そしてそれを知ってるのは弟子であるヘレナさんかと」

「かもな、…これからヘレナに会うんだよな」

「会えたら、会います」

「なら、見定めろ…ヘレナと言う女が何者かを、奴は何かを知った上で我等に隠している、その内容如何によっては…」

「そうですね…」

もし、ヘレナさんがとんでもない事をエリス達に隠して…もしもだが、エリス達の事を嵌めるようなことがあるのなら、もしかしたら 彼女と友達になる話はエリスが想定しているよりも難しいものになりそうだ

「そう言えばエリスさんヘレナ様と知り合いなんだっけ」

「ええ、と言うか以前言いませんでしたか?」

「言われたけど…イマイチ実感湧かなくて、でも今ならなんか納得かも、エリスさんが魔女大国のお姫様と知り合いって言われても、ねぇ?ヴェンデル」

「そうだな、色々めちゃくちゃだしな…、案外 こいつカストリア大陸の魔女大国の王様達とも知り合いなんじゃないか?」

「あはは…」

とからかうような目で見るヴェンデルさんには悪いが実際そうだ、デティ ラグナ メルクさん イオさんとは友達どころか昨年まで同じ学園に通ってた、言うとまた面倒そうなので言いませんけども…

「にしてもヘレナ様かぁ、どんな人なんだろうなぁ、お姫様を見るのは初めてだなあ」

お姫様か、エリスが見たお姫様といえば誰だ?、デティはお姫様ではないし アスクさんは元お姫様だから…、あとはホリンさんか…あれお姫様か、なんかやだな…

「僕 お姫様に会うの楽しみだなぁ、まぁ エリスさんの付き添いでも会えるかは分からないけれど」

「それはエリスも同じですよ、一応知り合いですが 会えるかどうか…、ん?あれは」

なんて ナリアさんと話していると、街の奥に見えてくる…荘厳なりし大理石の城、雪で化粧をしたその威厳は 他の魔女大国の王城にも引けを取らない

「あれが…」

「うん、あれがこの国の王族の住まう王城 『ディオニシアス』、別名世界最大の彫刻作品」

「世界最大の…彫刻?」

その美しき城を目の前にナリアさんは頷く、曰く あの城はこのエトワール…いや、雪華王国アルシャラが誕生したその時 巨大な岩山をプロキオン様が剣で削って作ったらしい、岩を積み重ねて ではない、元ある岩から削り出して作られた城なのだ

故に彫刻 、美に理解ある魔女が手ずから作り出した世界最大の彫刻作品、確かに遠視で見れば壁面一つ一つに細かい彫刻が彫り込まれている、凄まじいな 見てるだけでうっとりする

「でも数千年前の岩城が、こうも完璧に現存してるなんて凄いですね」

「そこはプロキオンの力あってのことだ、奴はあの城を保存する為に 不老の法の亜種、不壊の法をあの城に施したのだ」

不老の法って、師匠達 魔女が歳をとらない理由ですよね、その亜種 不壊の法ってことは、魔女同様どれだけ時が経っても壊れないってことか、いや凄まじい魔術があったもんだな

「凄い魔術ですね」

「凄いも何も、奴にしか使えん…、あの城全域に魔術陣が埋め込まれているんだ、あれだけ膨大な魔術陣は 詠唱では再現出来んからな」

「はぇー、あの城全部に魔術陣が…おっきい魔術陣ですねー」

「小並な感想だな…」

だって見たこともないものについては饒舌に語れない、でもやっぱりプロキオン様の魔術陣は凄まじいようだ、何せ数千年前から永遠に魔術が発動し続けていると言うことだ、色々と別格過ぎる

…会ってみたいな、どんな人なのか、師匠曰く優しい人みたいだけれど、ヘレナさんと話をつけたら会えるのかな…

なんて、むにゃむにゃ色々考えながらエリスは向かう内に見えてくるのは、この国 この街の中央中心、王城ディオニシアスの重厚な城門が見えてくる

城門でありながらそれは美である、天から降り注ぐ陽光の恵みを全身で享受する人々と その間の虚空で祈る女神の如き女性、それが彫り込まれた美しき城門をはぇーと四人で見上げながら接近すると

「あー、止まりなさい、この城門を見るならそこのラインを超えちゃいけませんよー」

「え?」

ふと、足を止める 城門を守る衛兵が面倒くさそうに声をあげ、城門に近づくエリス達を手で制止する、見ればエリス達の足元にはラインが引かれており…、って もしかして観光客だと思われてる?

「あの、エリス達は…」

「はいはい、大丈夫大丈夫 罪に問うたりしませんから、ただね?いくら芸術品のようでもここは王城な訳だから 無闇矢鱈近づかれると我々 仕事しなきゃいけないから」

「す すみません」 

と言いながら慌てて後ろに下がってしまうのはナリアさんとヴェンデルさんだ、いやまぁ一市民たる彼等からしたら衛兵に止められては怖くて言うこと聞いてしまうか

だが、この本を通らなければヘレナさんには会えない

「……君は、戻らないの?」

「エリスは姫騎士ヘレナ様に用があって来ました、ここを通してください」

「通してくださいって、今日は来客の予定はないが」

「ええ、連絡してませんから、でもすみません 急ぎなんです、話だけでもさせてもらえませんか?」

「…難しいなぁ、君達が何者か分からないからな」

そりゃそうだ、けどアポ取りか…時間掛かりそうだな、もうルナアールが次の予告を出すまで時間がない、出来れば直ぐにでも会っておきたいんだが…

「あの、一応ヘレナ様とは知り合いなんです、エリス達のフェロニエールの街でヘレナ様と一緒にルナアールを追っていまして…」

「なんだって?、それはおかしい ヘレナ様はフェロニエールでそんなことをしたなんて仰られていない、…嘘をついてないか?」

「えぇ!?」

はぁ!?なんで!、なんで部下に通達してないんだ!?というか…そもそもの話だ、ヘレナさんはエリス達がどうなったと思ってるんだ?

あの夜、ヘレナさんに言われてルナアールを追って その後返り討ちに遭いクリストキントに保護されて、その次の日にはヘレナさんはフェロニエールの街を去っていった

エリス達の事を探そうともせず、思えば不自然すぎる

だって、エリス達をルナアールの共犯者として消えたと勘違いするにしても しないにしても、普通1日探すくらいはしないか?、それさえせず退散するように城に戻るなんて、あの人何考えてるんだ

「あの、嘘じゃありません!ヘレナ様に確認を取ってください!」

「ヘレナ様は忙しいんだ、…いや待て お前まさか…ルナアールか?」

なんでそうなる!、いや…ヘレナ様は忙しい?、もしかしてもうルナアールの予告が出ているのか!、もう次の行動まで数日を切っている、もう予告が出ていてもおかしくはない…

だとしたら引くわけにはいかないが

「…お前には話を聞かなくてはならないな、ルナアールは卓越した変装技術を持つと言うからな」

「待ってください!エリスはルナアールじゃありません!、ヘレナさんを呼んでください!」

そう訴えかけながら一歩踏み出すと共に、エリスの鼻先に剣が向けられる、衛兵が抜剣したのだ

「やめろ、動くな…」

「止めるのはあなたの方です、荒事にはしたくありません」

「え エリスさん!、やめようよ!ここは引こう?」

「そうはいきませんよナリアさん、ルナアールが動いているかもしれないんです、ここで引いたらまた次の三ヶ月後まで待たなきゃいけなくなります!」

それは即ち、師匠に不自由を強いる時間が三ヶ月増えるという事、それは弟子として看過出来ない、だが…ここで衛兵とやりあってもなんの解決にもならない、出来れば国を相手にしたくない

大国を相手にする思いはデルセクトでさんざ味わった、ああいうのはもうごめんだ

「…人を呼ぶぞ」

「…………っ」

引くしかないか、今回は見送るしかないか…、何故だ 何故エリスの事を無視した、ヘレナさん、貴方はエリスの事を友と呼んだじゃありませんか、なのに何故…

仕方なしと一歩、後ずさろうとした瞬間、目の前の重厚な門がゆっくりと開き…

「なんの騒ぎだ」

現れる、あんなにも大きな扉を一人しかも片手で開ける、一人の女性が…紫の髪を揺らす女騎士が、見覚えのある顔が 現れる

「マルアニール様!、今 不審者が城を訪ね ヘレナ様に会いたいと…」

「不審者?…、ん?貴方は」

マリアニールさんだ、悲劇の騎士 マルアニール・トラゴーディア・モリディアーニ、この国最強の騎士にして 、エリスの母 ハーメアの親友を名乗る人物、それが門より現れ エリスの顔を見て、はたと表情を変える

「確か…、そう!確か エウプロシュネを演じていた!、名前は…」

「エリスです、マリアニールさん お久しぶりです」

「え?、エリスさんマリアニール様と知り合いなんですか?」

そういえばナリアさんには言ってませんでしたね、一応知り合いです、一回会って 少し話をしただけですが…

マリアニールさんはエリスの名前は聞くなり喜びに顔を彩り、両手を広げながらこちらに寄ってくる、ああ嫌な予感がする

「おお!エリス!エリス君!、いやエリス殿じゃないか!久し振りだね!、ああいい 彼女は不審者じゃない、私が保障する」

「し しかし、ルナアールの変装かも…」

「ルナアールが白昼堂々訪ねてくるわけがないし、何より予告の日はもう少し先だ、今日来ても意味がない」

「確かに、す すみませんでした」

「それよりエリス君、まさか私の劇団に入りに?、いやぁ 嬉しいな、貴方の演技力歌唱力の高さは存じています!それがまさか私の所に来てくれるなんて、大丈夫 私に任せておけば君をエイト・ソーサラーズに入れるくらいの大女優に育てて見せますよ!、ええ!必ず!」

「い いや…」

まずい、話を聞かない感じだ、面倒具合じゃあんまり変わってないぞこれ、とは言え エリスは今はクリストキントの役者、そうホイホイ移籍出来るか、ギュッと強く握られる両手を無理矢理引き離し 出来る限り、今のエリスに出来る限りの作り笑顔で愛想を振りまき

「違うんです、エリスはヘレナ様に用がありまして」

「ヘレナ様に…………ほう」

すると、マリアニールさんの顔つきが変わる、目つきは鋭く 睨みつけるような恐ろしい顔つき

ヤバいな、この顔はあれだ…グロリアーナさんやタリアテッレさんが偶にする顔だ、この顔をしている人間に対して言動を誤ると戦闘になる、剣術だけでタリアテッレさんとやり合える怪物とだ 

何故、ヘレナさんの名前を出しただけでこんなに警戒されなきゃならないんだ、そこの衛兵は兎も角 エリスの素性を貴方は知ってるでしょう

「…なんですか?」

「いえ、何故か聞いても?」

「何故って、エリスはヘレナさんと一緒にルナアールを追ってるんです、その件についてお話がしたくて」

「ルナアール?、ああ そっちか…、分かりました 取り次ぎましょう」
 
そういうなり、いつのまにか腰の剣に当てていた手を退け、案内します と踵を返す…、なんだ 『そっちか?』、そっちってどっちだ

そちらがあるならこちらがあると言う事 マリアニールさんが想定するエリスが訪ねてくる理由が二つあると言う事だ、だがエリスはそれに覚えがない…が、もし そっちではない方を選んでいたらどうなってたんだ…

…やはり何かあるな、マリアニールさんもグルのやつが

「えっと、僕達も入っていいのかな」

「貴方達は?」

「ええっと、エリスさんの所属する旅劇団の人間で、サトゥルナリアと言います、こちらはヴェンデル…一応 エリスさんと一緒にルナアール追ってます」

「サトゥルナリア…?、ルシエンテスの息子ですか?」

「はい!、そうです!…確か、マリアニール様は僕の両親と知り合いなんですよね!」

「…ええ、知り合いですそれはとても、因縁深い」

エフェリーネさん曰く、ハーメアとマリアニール そしてルシエンテス夫妻の四人は幼い頃からの知り合いで、四人で劇団を立ち上げ スター街道を登り切った仲だと聞いた、事実 マリアニールはハーメアと親友であると自称し その面影残るエリスには友好的に接してくれる

だがどうだ、ルシエンテスの名とナリアさんの顔を見たマリアニールさんの顔を、泣きそうな顔でギリッと歯を噛みしめている

こりゃ…異常だぞ、ルシエンテス夫妻とは友達じゃないのか?

「あ あの、どうされたんですか?マリアニール様?」

「…いえ、別に…、ただ 貴方達を入れる訳にはいきません、旅劇団が正当な理由なく謁見出来るほこの国の王は軽くはない」

「なんでだよ!エリスは良くてオレ達はダメなのかよ!、エリスだって旅人だろ!」

「ダメです、エリス殿はただの旅人ではありません、彼女はカストリア大陸随一の要人です、少なくとも国王に謁見出来るだけの実績と格を持ちますので」

「エリスは普通の旅人なんですけど…」

「貴方がそのつもりでも 国としてはそうは扱えません、…故にヘレナ様も苦心しているのですから、ともあれ この城に入れるのはエリス殿と魔女レグルス様だけ、お二人は…そうですね 後日でよければ私個人が話を聞きますので、外でお待ちを」

せっかく着いてきたのにナリアさん達は入れないようだ、…いや ナリアさん…落ち込んでいるところ悪いが多分これは入らない方がいい、マリアニールさんの様子もおかしいし 下手に城に踏み入れば針の筵だ

「すみません、ナリアさん…着いてきてもらったのに」

「ううん、いいんだ…僕としてはマリアニールさんと話が出来ればそれでいいから、後さ エリスさん」

「なんですか?」

するとナリアさんは徐にエリスに顔を近づけ コソコソと耳を打ちをし

「気をつけてね、なんかここの人たち 隠してるよ」

「隠してる?、分かるんですか?」

「嘘って即ち演技だからね、僕演技のプロだから分かるんだ、ここの人たちの言動は少し芝居臭い」

いつぞや言ってた芝居臭さか、役者として 人が何かを演じる時に出る芝居臭さか、エリスには感じ取れないそれをナリアさんは感じられると、凄いな まるでデティだ…デティが特別な才能を用いてやることを技術で再現するとは

しかし、隠してるか…確かにそうですね

「分かりました、気をつけます」

「うん、僕は力になれないけれど 、気をつけて」

まぁ、隠し事イコール荒事って訳じゃないから大丈夫だろうけど、警戒することに越したことはない

「では、案内します こちらに」

「はい、マルアニールさん、では二人とも 少しの別れです」

「うん、待ってるねー!」

門が開き その奥へ、ラインの上に立つナリアさんとヴェンデルさんに見送られ エリスはディオニシアス城へとマリアニールさん案内の元足を踏み入れる



「では改めて、私が案内しましょう…ようこそ ディオニシアス城へ」

「ほわぁ…」

門をくぐれば 遠くに見えていたその城が目の前に現れる、魔女プロキオン様が剣一本で岩山を削り作り出したと言われる冷厳なる巨城…、その威容を前にエリスは思わず間抜けに口を開く

いや、いやいや凄いぞこれ…、城にしか見えない、石煉瓦を積み上げたような綺麗な彫り込みが等間隔に壁に羅列するが、それが寸分の狂いもないのだ、おまけに装飾とばかりに掘られた龍などの模様はどれも絶妙のバランスで作り込まれている

良い仕事 というのだろうな、こう言うのを…、これこそを…

「凄いお城ですね、師匠…」

「プロキオンの芸術の才は万能と言ってもいい、執筆させても キャンバスの睨み合せても、彫刻刀を持たせても 歌わせても踊らせても、全て人並み以上にこなした」

その上ご覧の通りの派手好きの目立ちたがりだ とエリスと手を繋ぐ師匠の言葉に、エリスは考えを巡らせる、確かにプロキオン様は目立ちたがりのようだ

だってこの城…、いや 美しくはあるが普通に組み立てたほうが良いものが出来ただろう、手間をかけたほうが良いものが出来るというのは幻想だしね、なのに 態々こんなパフォーマンスじみたことをするとは…

目立ちたがりだなあ…

「…陛下に伝えろ、孤独の魔女の弟子が来たと」

「はっ…」

ふと見れば目の前でマリアニールさんが城の衛兵に耳打ちしているのが見える、声は潜めているが 悪いが口の動きが見えている、読唇術くらいエリスだって出来ますよ

しかしなんだろうな、エリス達が来たことを王様に伝えろと?、歓迎パーティを開いてくれるって感じじゃあなさそうだ

なんだろうなぁ、ホイホイ来てみたはいいけれど 妙にきな臭いぞ、やたら警戒されているような気がするし

「あの、エリス殿?失礼してもいいかな?」

「え?、あ はいなんでしょう」

「そちらのお子様は誰でしょうか、先ほど言ったように この城に入れるのはエリス君とその師匠だけ、出来れば無関係の人間は…」

お子様?、ああレグルス師匠の事か…って師匠!ムッとしないでください!、いやいやそっかそっか エリスがあんまりにもナチュラルに連れてきたから向こうも困惑してるのか

「大丈夫、この人がエリスの師匠です」

「なんと、魔女様を見るのは初めてですが…まさか、孤独の魔女様がこんなに小さかったとは、うむ 今後エイト・ソーサラーズの選考基準に身長も加えるべきか」

「いやいや!師匠は本当はもっと高身長なんです!、今はただ色々あってこうなってるだけで…」

「悪かったな、だがわたしが孤独の魔女であるという証明は今のところ出来ん、わたしが信用出来ないというのなら 追い出しても構わんぞ」

何言ってるんだ師匠!、師匠が追い出されたら意味ない!というか!、師匠を無理矢理追い出そうというのなら エリスも黙ってるつもりはないですよ!

「いえ、信用しましょう、弟子であるエリス君の素性はしっかりしている以上 彼女の証言は正しいと見るべきです、なら 貴方は紛れもなく魔女レグルス様なのでしょう、今は事情で小さくなってるだけで」

ええそういうことにします、と半ばエリスの意見を無理に飲むような口ぶりでそのまま背を向け歩き続けるマリアニールさん、…信じてないなこれ いや 信じるに値しないのか、人間は風船じゃない、成長で背が伸びることはあれど 縮むことはままない

まぁ、師匠がいいというのならいいですが…

なんて思っている間にエリス達はディオニシアス城内部へと足を踏み入れる、その中が美しいことなど今更いうまでもないだろう、煌めくシャンデリア 絵画のようなカーペット、壁に立てかけられた絵画の美しいこと…

ん?…

「あの絵画に書かれた女性、あれって誰ですか?」

ふと、壁に立てかけられた絵画のうちの一つが目に入る、短く切り揃えられた中性的な人物、美しくやや白が色褪せたような髪色に美しい藍色の目、それが下腹部辺りに手を揃えまっすぐこちらを見る絵画が…ある

けど、なんだ なんか見覚えがある、どこで見た?この人物を エリスは知っている…、記憶を辿っても この人と結びつく情報が出てこない

「あれはプロキオンだ」

「プロキオンって 魔女プロキオン様ですか!?」

師匠の呟きに思わず声を荒げる、いやだって この絵に描かれてる人物がプロキオン様!?、うっそ めっちゃかっこいいじゃん!…ではなく

何故エリスはこの絵に見覚えがあるんだ、どこで出会った?どこで見た?それとも他人の空似か?…

「これは魔女プロキオン様自身が鏡を見ながら描いたとされる名画の一つ、タイトルは『閃光の奥の景色』だそうです、我が国きっての名作と知られています」

我々はプロキオン様が消えてから生まれた身 、故に魔女様の顔はこの絵画でしか知りませんとマリアニールさんは続ける、自分で描いた自分の絵を自分の城に飾るのか…いやいいけどさ別に

でも、そっか この人が魔女プロキオン様なのか…、めちゃくちゃ顔がいいな、魔女様達は誰も美人美女だらけだが、その中でも群を抜いていると言ってもいい

「まぁ一番かっこいいのは師匠ですけど」

「急にどうした独り言など、だが…こんな絵 知らんな、いつ描かれたものだ?」

「大体五十年六十年前…、プロキオン様が行方不明になる直前と言われています」

「行方不明になる直前…、これを描いて消えてしまったと?」

「そうなります、何故消えてしまったか 分からないので、一時はこの絵に何かヒントが隠されていないか探ったりもしましたが、有力なものは何も…」

「でも、プロキオン様 もう見つかったんじゃないんですか?」
 
「え?」

「いや え?って、ヘレナさんはプロキオン様の弟子ですよね、だからそれは即ち行方が分かったってことじゃないんですか?」

一応国内では未だプロキオン様は行方不明ということになってる、だが その弟子であるヘレナさんがいるということはプロキオン様は今この城にいる 若しくはその居場所が分かっているということではないのか?

なんだその顔…、あ!って顔…

「あ ああ、そうですね…行方不明の期間が長かったので間違えてしまいました」

そんなことあるか?、何考えてるんだみんな…ん?

「どうしました?師匠、そんな絵画をマジマジと見て」

師匠がエリスの手を離れ その絵画をジッと、いろんな角度から見て首を傾げているのだ、何かを考えるように…

「いや、ただ…気になることがあってな」

「気になる…ですか?」

「ああ、プロキオンは基本自分が大好きだ、だというのに…大好きな自分の絵を描いているというのに、表情が落ち着いている…普通ならもっと自分を花で彩ったりポーズを決めたりしそうなものだが」

プロキオン様がどういう人なのか知りませんけど、確かに自分の絵を自分の城に飾ったりするくらい自意識の高い人の割には、絵の雰囲気は落ち着いている こうしてみると冷静沈着な人物にも見える

が、この絵から感じる雰囲気と師匠が実際に抱くプロキオン様の印象は乖離しているという、やはり プロキオン様に何かあったのだろうか

「ともあれ、今はこの絵について議論するべき時間ではありません、陛下がお待ちです…こちらへどうぞ」

「あ、はい すみません」

どうやらエリス達はこのまま謁見の間に通されるようだが、おかしいな エリスはヘレナさんに会いたいと言ったのに、なんで王様に会わされるんだ?それともそこにヘレナさんもいるのかな…

一応プロキオン様作 自画『閃光の奥の景色』をもう一度目で見て記憶に留める、この絵画から感じる違和感の正体は宿題として持ち帰ることにしよう

「ではこちらに」

そう マリアニールさんの言葉と共に開かれる最奥の扉、なんの扉か考えるまでもないくらい豪華な扉、世界各地の魔女大国の城に訪れたエリスには分かる ここは謁見の間だ、間取り的にも 見た目的にも

ゆっくりと開かれ その奥の景色が露わになった瞬間 そう、その瞬間だ、瞬きの間も置かずにそれは高らかに鳴り響く

「な なな なんですか!?いきなり!?」

いきなり そう口にするのも無理からぬ事、何せ謁見の間を開けた瞬間 とんでもないくらいの大音量でラッパ…いやファンファーレが鳴り響いたのだから

「失礼、魔女様とそのお弟子様の謁見なので、歓迎の意を示そうかと思い、楽団を配置しました」

「やり方!」

見れば謁見の間にはラッパを高く持ち上げ吹き鳴らす楽団が道を開ける様が見える、いやこう言うのは外でやりません?普通、ラッパの音が石で出来たこの城の中でグワングワンの木霊する

うるさい…、耳抑えてもうるさい

「……ら…が…の国……ト…」

「いや聞こえないんで!、とりあえずラッパ止めてもらえません?」

「失礼、…演奏!やめ!」

爆音のラッパをも上から押さえつけるマリアニールさんの声が辺りを支配し、ラッパの音は嘘のようにピタリと止まる、凄いな あの音の嵐の中で声を通すなんて、流石舞台俳優も兼任する騎士、声が違いますね…

「では、改めて…こちらが我が国の国王 ギルバート陛下になります」

「へ?」

マリアニールさんが涼しい顔で指し示すのはラッパ楽団のさらに奥、上へ上へ続く階段のその上に輝く黄金の玉座に座る 一人の老王であった

いたの?、…ラッパに気を取られて 全然気がつかんかった

「うむ、ワシがこの国の王 ギルバート・ブオナローティである、孤独の魔女様とそのお弟子様よ、よくぞ参られた 歓迎しよう」

両手を広げ歓迎の意を示してくれるのは鼻先が赤く染まった気の良さそうなお髭の老人だ、垂れた目元 皺くちゃの顔はどこかこちらの警戒心を薄れさせ、それでいて その有様は王そのもの

この人がこの魔女大国の国王 ギルバート・ブオナローティ、姫騎士ヘレナ・ブオナローティの父…

「本来ならば魔女様の御入国とあらば 港まで迎えを寄越すが礼儀である事は重々承知の上だったのですが、こちらも何分立て込んでおりましてな 、今日まで 挨拶を遅らせた事、誠に申し訳ない」

しかし、とエリスは目を左右に走らせる…、ヘレナさんの姿がない、エリスはヘレナさんに会いたいと言ったはずだ、国王であるギルバートさんと挨拶しなければいけないのは分かってる、けど 姿も見せていないのはどう言う了見か

「ギルバートと言ったな、こちらも 城への謁見が遅れた事を謝罪しよう」

「おや、そちらのお子様は…」

「陛下、こちらは魔女レグルス様です、諸事情によりこのような姿を取っておりますが…」

師匠を見て訝しむギルバートさんにこっそり耳打ちをするマリアニールさんの声になんと と顔色を変える、って…いつのまにあそこまで移動したんだ…

速いな、流石は世界最強の剣士と謳われるタリアテッレさん相手に、剣技で対抗出来ると言われる人だ、やはり マリアニールさんもまた絶対的な強者なのだろうな…

「悪いな、本来の姿で挨拶したい気持ちはあるが…、まぁ こちらも立て込んでいると言うやつだ」

「なるほどなるほど、しかしどのような姿であれ魔女様は魔女様、我が国の永遠なる護り手プロキオン様の盟友、歓迎の意を示しましょうぞ、差し当たってまずエイト・ソーサラーズを招集し 世界最高の舞台をご覧に入れて…」

「御託はいい、我々がここを訪ねた理由…分かるな?」

「……むぅ」

師匠の声がぴしゃりと響く、その声のうちに秘められた煩わしいと言う気持ちが届いたのか 目の前の老王の顔がより一層皺に塗れる

ギルバートさんの態度は真摯だが誠実ではない、こちらの要件も聞かず 聞き入れず、一方的に話を進めようとする様は、まるでこちらの意識を逸らそうとしているようにさえ感じる

「お前の娘のヘレナを出せ、居るのは分かっている」

「し しかし、我が娘は未だ未熟な身、魔女様の御前に出すには些か…」

「良い、わたしはヘレナと話をしに来た、それとも何か?国を以って 国王を以って匿わねばならぬ、何かがあるとでも言うのか?」

おいおい師匠 大丈夫なんですか?、そんないつもの高圧的な態度とって、もしこの場で『ええい!無礼者め!、この狼藉者達を引っ捕らえ打ち首にせよ!』とギルバートさんがキレたら、戦うのはエリスだ、周りの衛兵はまだいいが マリアニールさんの相手はエリスにはきついよ?大丈夫?

「いくら魔女様とはいえ…、流石に国王にその口の聞き方は…」

ほらマリアニールさんのオロオロしてるじゃん!、ねぇ?師匠?大丈夫?ほんとに大丈夫?

「エリス…狼狽えるな、お前はビシッとしていろ」

むしろ逆に怒られた…

「よいマリアニール…、ですがすみません 我が娘はここには出せませ…」

「いいや!私は出よう!父上!」

「ヘレナ!?」

するとエリス達の問答を断ち切るように玉座の後ろからピョンとヘレナさんが飛び出してくる、そこに隠れてたのか…、もしかして師匠はそれに気がついていたから…、なるほど ならビシッとするべきだな

なんせ、相手は王族である前に魔女の弟子だ…、同じ魔女の弟子としてナメられるわけにはいかない

「…はぁ、久しいねエリス、まさか生きているとは思わなかったよ」

「はい、ヘレナさん お久しぶりです…」

ヘレナさんの目つきは険しい、口振りも口調もお世辞にも友好的とは言えない、ともすれば敵意とも取れるような気配をビンビン漂わせながら彼女は玉座のある階段をゆっくりと降りてくる

「へ ヘレナ、隠れていなさい!」

「いやいいんだ父上、それもこれも私の責任 私の責務、姫騎士を名乗る以上 ここで親を盾にはできない!」

カツン カツン と、一段一段ゆっくりと噛みしめるように歩く彼女を見て、エリスもまた目を険しく尖らせる

何考えてるんだ彼女は、エリス達を置いていったばかりか エリス達と組んだことさえ他の兵士には言わず、剰え訪ねてきても隠れている始末、オマケに出てきたかと思えばこれだ…、エリス何かしたか?彼女の気を損ねるようなことを

ルナアールを取り逃がした件で怒ってるってんなら、悪いが責任はエリス達だけでなくそちらにもあるだろう、そこを責任転嫁しようってんなら 少々頂けない

「エリス、…さぁ 私はここだ」

「ええ、そうですね…えっと…」

「さぁ!、言いたいことがあるだろう!、言え!」

「え…えぇ」

な 何?その剣幕、なんでそんな怒鳴るの?怖いよ、ほんとにエリス何しました?、言え?言えって…何を言えばいいの?

「師匠、なんて言ったらいいでしょうか」

「知らん」

「そんなぁ…」

「エリス!茶化さないでくれ!私の覚悟を!」

覚悟をって…、ああもう面倒だ 

「…ルナアールを取り逃がした件については、すみませんでした 奴を取り逃がしたばかりか銀飾りまで盗まれて」

「ああ、それはいい」

「いいんですか?」

「いいんですかって…、もしかしてそれだけ?」

「え…ええ、一応 もしルナアールが予告を出しているなら、またエリス達にも手伝わせてほしいなって事を言いにきたんですけど…、ダメですか?」

「私を試しているのか!!」

「なんで怒鳴るの…、試すも何も エリスが試されているような気がするんですけど、それ以外に用件はない…です、はい」

ヘレナさんの剣幕に気圧され震えながら答えれば彼女は、ゴクリと固唾を飲み マリアニールさんとギルバートさんに目を向ける

マリアニールさんは首を横に振り、ギルバートさんは首を縦に振る…どう言う意味?なんの話ししてるの?エリス達は

「……はぁー、いや、すまない…少し取り乱した」

「取り乱しすぎでは?」

「本当にね、いや ルナアールの件はいいんだ、不甲斐ないのは我々で 貴方達は巻き込まれた形なのだから、寧ろ 消えた貴方達をろくすっぽ捜索もせず、逃げるように立ち去ってすまなかった」

「あの、なんで立ち去ったんですか?…エリス達をルナアールの共犯者と疑って…とかじゃないですよね」

「それはない、と私は判断している…」

「じゃあなんで…」

「それは…えっと、色々あってだ!」

そうか、色々あったなら仕方ないな うん、いやいや何があったんだよ、今の問答はなんだよ、エリスなんで怒鳴られたの?何を隠してるの?

そう訝しむような目で見ればヘレナさんはキョドキョドと目を泳がせる

「黙って立ち去った事、怒ってる?」

「いえ、怒ってはません、けどさっき怒鳴られたのは気にしてます」

「わ 悪かったよう、けど 我々も色々警戒していたんだ」

「警戒?、やはりルナアールが予告状を?」

「え?、あ ああそうだね、いや そうだ そうだよルナアールがまた予告状を出したんだ、しかも 今回はこの城に、ほ ほらこれ!」

何やらいよーに挙動不審になりながら懐から取り出すのは一枚のカード、それはいつぞや見たルナアールの予告状と寸分違わぬ物、強いて違う部分をあげるとするなら中に書かれた内容か

「読ませてもらっても?」

「構わない」

カードを受け取り、内容に目を走らせる…前に、字を見て確認する、これは間違いなくルナアールの字だ、前回のカードの記憶と照らし合わせても、…うん 間違いない、これは本物のカードだ

本物のカードと分かったところで、えーと何々 次は何を盗むつも…り……

「って!こ これ本気ですか、奴 次はここに盗みに入る気なんですか!?』

「だからそう言ってるだろう、ああそうだ 次の奴のターゲットはこの城に保管してある、随一の宝…、その名も!原典 悲恋の嘆き姫エリス!」

そうカードの内容はこうだ 『この王城ディオニシアスにある無二の宝 悲恋の嘆き姫エリスの書籍を頂く』と

この城にある悲恋の嘆き姫エリスとは即ちプロキオン様が手掛けた嘆き姫 その最古の代物 原典を頂くと ルナアールは予告状に書いているのだ、正気かこいつ 地方の領主に盗み入るのとは話が違うんだぞ

「奴が嘆き姫関連のものばかり盗むのは知っていたが、遂に…魔女プロキオン様が手掛けた原典までも盗み出そうとは、不届き千万…!、なんとしてでも そう!何としてでも阻止しなければならないんだ、我が国の威信にかけて」

「ルナアールが ここに…」

誂えたようだ、まるで 誂えたようにエリスがここに来ると同時にこの都に、ルナアールは狙っているのか 或いは偶然か、何でもいい 助かるに変わりはない

「ヘレナさん、エリスもまた警備に加えてはもらえませんか?」

「あ…ああ、構わない…構わないけれど、その…レグルス様の姿は」

「色々あったんです、色々…」

「その状態でも戦えるのかな」

むっ、痛いところをついてくるとエリスと師匠は揃って顔をしかめる、戦えるのかだと?当然戦えません…、師匠ありでも捕まえらなかった相手に 師匠なしで何とかできるのか?

…奴の剣技は異常なレベルだ、ともすればタリアテッレさん 世界最強の剣士に迫るか上回る程の腕前、師匠でさえ手こずる程だ、その力を知ってるから ヘレナさんは言うのだ…、お前一人で何とかなるのかと

「師匠の代わりにエリスが頑張ります、それに 閃光の魔女の弟子と孤独の魔女の弟子が組めば 今度こそ負けませんよ!」

「そ そうだね…うん」

「というかだ、ここにプロキオンはいないのか?」

師匠が聞く、聞きたかったことを エリスが聞きたくて我慢していた事を、何の遠慮もなしにいきなり、その問いにヘレナさんは余計青ざめ…
 
「ぷ…プロキオン様ですか?、いやぁ それはちょっと言えないというかなんというか」

歯切れが悪いな プロキオン様がいるならプロキオン様も一緒に戦ってくれればいいのに、それともプロキオン様はもう自分の作品に興味がないのかな

「……ん?」

そこでふと、ヘレナさんの言葉に違和感を感じる、いや違和感だらけなんだが…、どうしても一つ 気がかりな点がある

「あの、ヘレナさん」

「ん?何かな」

「ヘレナさんはプロキオン様の弟子なのに、プロキオン様のことを『プロキオン様』って呼ぶんですね、師匠とか先生みたいに呼ばないんですね」

これは、飽くまで個人差によるところが大きいだろうが、少なくともエリスの知る弟子たちは皆 それぞれ師として崇める言葉で呼んでいた、『先生』とか『師範』とか『マスター』とか『お師匠さん』…エリスの場合も師匠は師匠と呼ぶ

なのに、ヘレナさんからはそう言った言葉は出てこない、一貫して『プロキオン様』だ

「え?あ…うん、他の弟子のみんなは そう呼んでるのかい?」
 
「はい、みんな先生とか師範って呼んでます、エリスも師匠って呼んでますし」

「そうか、そっか…じゃ じゃ私も何か呼び方を考えようかなぁ」

何で他の弟子に合わせるんだ、そういう呼び方は師弟で話し合えばいいのに…、怪しい 

この師弟怪しいぞ、何から何まで…、やはり嘘をついてエリスたちに何か隠している、ああ こういう時デティがいたら助かるのに

いやあるいはナリアさんでもいいのか?、彼なら人の嘘を見抜けるか?

「ともかく!、プロキオン様の援助は期待しないでくれ!」

「じゃあプロキオン様に会わせてはくれませんか?」

「約束を忘れたかい!?、ルナアールを捕縛したら 話すという約束だったろう?」

「それはそうですが…」

でもプロキオン様に会えたら もしかしたら師匠の呪縛も解けるかもしれないのに…

「いい、エリス 約束は約束だ、駄々をこねるよりルナアールを捕縛する方に労を割け、おいヘレナ ルナアールはいつ盗みに入るのだ?」

「三日後の夜 とカードに書かれています」

三日後、ちょうど三ヶ月後だな…

「その原典は何処に?」

「一応 書蔵庫に置いてありますが、…当日は私が手に持とうかと」

とはいうが ヘレナさんはやや自信なさげだ、当たり前か 前回同じ方法で盗まれてるわけだし、また気絶させられ 盗まれては意味がないからな…

そこでズイと身を乗り出すのは…

「ご安心を、その原典を持つ姫の身柄の保護はこのマリアニールが引き受けます、エトワール最強の騎士の名にかけて、必ずや姫をお守りするつもりです」

そういいながら前へ出るのはマリアニールさん、いやそうか 前回のフェロニエールとは違い、ここにはエトワール王国軍が控えている、当然 この国最強の騎士のマリアニールさんも、とくれば戦力的には申し分ないのだろう

けど、ルナアールは愚か者ではない、マリアニールさんがいることくらい理解している、理解した上で、行けると踏んで 予告を出してきているのだ

「三日後の夜 この城にルナアールが現れる、原典 悲恋の嘆き姫エリスを狙って、こればかりは何としてでも守り抜きたいんだ、だからどうエリス君…不誠実なのは承知の上で頼みたい、また力を貸してはくれまいか」

願ったり叶ったりだ、けど そうやって頼み込むのはヘレナさんなりのケジメなのだろう、ヘレナさん側から見れば諸般あったとは言え 協力者であり友と呼んだエリスを大して捜査もせず置き去りにして逃げ帰ったのだから

それを気にしているのは彼女の態度からも分かる、だからこそ止むに止まれぬ事情があったとも納得しよう

誠実な人だ、隠し事をして挙動不審ではあるが 、根は誠実極まり無いことは察することが出来る

「エリスの方こそお願いしたいです、ルナアールには借りがありますから」

「有難い…、全て終わったら 君にだけは…全てを話すよ」

そっか、全部終わったら話してくれるか、なら今はそれでいいよ 、エリスの内に浮かんだ一つの憶測…、おそらく真実と寸分違わぬであろうこの予測は 今は胸の内に秘めたままにしようではないか

「では、その日まで我が王宮の部屋をお貸ししよう」

「いえ、外に人を待たせているので、もし 寝る場所に困ったら頼ってもいいですか?」

「なんと、もうこの国に協力者を作っているとは、流石です」

流石も何もエリスは特に何かしたわけじゃないんだが、外でナリアさん達を待たせているからね、今はそちらと合流すべきだ

「では失礼します、…行きましょう?師匠」

「そうだな、失礼した」

「はい、ではまた三日後…」

そう軽く挨拶をし エリスは踵を返す、三日後か どんな偶然か必然か知らないが、どうやらルナアールはこの街にいるらしい、が 今から街中駆けずり回ったって見つけられる筈もない

今は、大人しく奴が現れるのを待つとしよう…、次こそは 必ずや捕まえて見せる と意気込み来た道を戻る

かつかつと、廊下を歩き この巨岩城を抜け、再び雪景色の見える門の外へと出れば、相変わらず 城の前に引かれたラインの上で、ナリアさんとヴェンデルさんが待っていた

外で待っててくれたんだ、寒くなかったのかな

「終わりました、ナリアさん ヴェンデルさん」

「エリスさん!、どうだった?」

雪の中待っていてくれた二人の元へと戻れば どうだったと、どうとは城の中の加減を聞いているのではあるまい、ヘレナさんに会えたかどうか との話だろうが

「ヘレナさんにはちゃんと会えましたよ」

「本当に会えたんだ…」

「で?、顔を見るに話はついたって感じだけど?」

お、ヴェンデルさん勘がいいですね

「はい、ヘレナさん曰くルナアールが三日後にここに盗みに入るみたいなので、エリスはヘレナさんと協力し 三日後、ここの防備につくことになりました」

「わぁ…、って!ルナアールが!?三日後にここに!?、凄い偶然だね…、何を盗みに来るの?、やっぱり国庫のお宝?」

「悲恋の嘆き姫エリス…その原典だそうです」

「なっ!!」

驚愕に彩られるナリアさんの顔は、その現実を受け止めるに連れてみるみる赤くなり 、珍しくその怒りを顔に出し始める

「何それ!許せないよ!」

まぁ、そりゃそうだろうな、悲恋の嘆き姫エリスは彼の夢そのものであり、彼自身熱気的な嘆き姫のファンだ、だからこそ 許せないと気を吐くのだろう

「別に、良くね?悲恋の嘆き姫ならもう国中に新しい奴あるし、原典盗まれてもその話が失われるわけじゃないし」

「そういう問題じゃないよヴェンデル!、悲恋の嘆き姫エリス…その原典を盗むっていうのは その話の始まりを独り占めしようとしているってことなんだ!、本もお話も誰かの物じゃないし 誰かのためにあるわけじゃない、盗んで手に入れて 隠そうとしていいものじゃないんだ、断じて!」

芸術とそれを作り出す創作家に対する冒涜であり暴挙だ!と、確かに許せないことだとは思います、そもそも盗むってこと自体良くないことですし、何より その作品を愛する大勢の人々の心を無視して自分だけが原典を手に入れてやろうという心意気が気に食わない

「絶対に許せない、原典を盗むなんて…エリスさん!僕にも何か手伝えないかな!」

「手伝いですか?」

「うん!、なんでもするよ!僕!」

なんでもか…、正直人手は足りている 多分王国軍全てが動員されるだろうしね、あとは戦力面だがこちらはナリアさんは専門外、何より戦えないナリアさんを関わらせるのは危険だ

ルナアールは人殺しは絶対にしないと言われているが、それは即ち傷つけないというわけではない、うちの大切な役者の顔に 消えない傷が残ったら責任の取りようがない

「危険です、ナリアさんは大人しくしていてください、相手は物凄く強いですし 戦いになったら守れる自信もありません」

「でも…、戦いだけが 手伝いじゃないよ?」

む、確かに言われてみればその通りだ…、エリスは既にルナアールを叩きのしめて捕縛することばかり考えていたが、何も戦闘にならずとも 解決する方法はある、ナリアさんは一流の役者 エリスにはない視点と技術を持つ

「なぁエリス」

「はい?、なんですか?師匠」

「ナリアを関わらせるのは良いと思うぞ?」

「え!?、何故ですか?」

関わらせていいって、何故か エリスには分からないよ、関わらせた場合の利点と脅威 そう言った部分をいろいろ鑑みても、関わらせない方が安全だ…

「見た所、ヘレナも マリアニールもこの国の衛兵も、なんならエリス お前も…、ルナアールという人間を過剰に大きく見ているところがある」

「大きく…ですか」

「ああ、奴が予告状を出し 派手な格好とマスクを被って現れるのは 自らを大きく見せ本質を見誤せるため、既にその術中にハマった者だけで守っても 結果は前回と同じだ」

「…………」

確かに、エリスは いやヘレナさん達も、ルナアールを正体不明の怪人として認識してしまっている、それがルナアールの策だとするなら 物の見事に絡め取られていると言ってもいい

「だから、ナリアさんを?」

「こいつは己の好きな作品を汚される、その一点にのみ怒りを覚えている、ある意味 その視点は純粋だ、戦いの役に立たずとも その視点は必ずや役に立つだろう、それに …存外 ナリアなら見抜けるかもしれんぞ?ルナアールの変装を」

「あ!」

そうか!、ルナアールの扱う技術の恐ろしさ その一端は変装の練度にある、確かに魔視の魔眼を使えば見抜けるが…、それでも限界がある

しかしどうだ?、変装とは言い換えれば別の人物を演じる 『芝居』だ、先ほどナリアさんが見せた芝居を見抜く眼力、あれがあれば…うん、見抜けるかもしれない

奴が正体を現す前にこちらから気付き包囲すれば!行けるか!

「分かりました、では ナリアさんにもご助力を願うことを、ヘレナさんに伝えてきます」

「エリスさん!」

「ええ、分かっていますとも、でもナリアさん もしルナアールと戦闘になったら、逃げてください?、奴との戦闘はどれほどの規模になるか分かりませんから」

「うんうん!分かった!分かったよ!、任せてよ!うん!」

なんて嬉しそうなんだ、でも なんでだろ エリスもちょっと嬉しい

ここまで旅路を共にしてきた彼と、こうして問題解決に臨めるからだろうか、…うん そうだ、エリスはいつだって一人で戦うわけじゃない、今回だってそうだ

ナリアさんという心強い味方を得て、今度こそ ルナアールを捕縛するのだ

「では!、約束の日は三日後!それまでに出来る準備はしておきましょうか」

「よーし!頑張るぞー!おー!、ほら ヴェンデルも!おー!」

「お前テンション高すぎだろ…」

元気だな、ナリアさん…、もし何かあったら エリスがきちんと守らないとな

「じゃあ一旦作戦会議の意味も込めて戻ろう?、そろそろクンラート団長も用事を終えてるだろうし」

「そうですね、あんまり空けるとあれですし、何よりルナアールの件を伝えないと」

「だよね、うん!」

と ナリアさんはやや意気揚々とヴェンデルさんの手を引いても来た道を引き返していく、クンラートさんの用事とは、例の劇場を持つとかそんな話だろう、エリスも一応劇団の一員、そういう大切な話があるなら 早く戻った方がいいだろうと師匠の手を握り ナリアさんに続……

「おい、交代の時間だ」

「え?ああ、もうそんな時間だったか、悪いな」

ふと、背後で門番が交代する様が見える、時間毎で衛兵が入れ替わる…それはどこも同じなのだろう

新しく現れた衛兵とさっきまで門番をしていた衛兵が入れ替わる、そんな一幕が背後で行われるのを 肩越しに見る

まただ、…また異様な違和感がエリスを襲う、最近会った事もない人に対して異様に既視感を覚える…

「ん?、何かな?」

「いえ…なんでもありません」

新しく現れた衛兵に声をかけられれば、特に返す言葉もないので立ち去る、なんなんだろうな…この感じ、気持ち悪いなぁ

あ、いや…その前に

「すみません師匠、ちょっとヘレナさんにナリアさんのこと伝えてきますね」

「ん?、ああ 手早く済ませて来い?」

と、師匠をその場で待たせて再び城の中へと戻る…、その時 新しくきた衛兵とすれ違う時もまた、やはり エリスの違和感は止まらないままなのであった

……………………………………………………………………

それから、エリスはナリアさんと共にクンラートさんのところに戻るこことなった…一応、その前にヘレナさんにナリアさん達の件を伝えると

『友である君が言うのであれば、協力者として迎える』

との返答とお許しを頂いた、が その口振り…『友である君が言うのであれば』というのは、もしナリアさんがルナアールと繋がっていた場その責任はエリスが負うという事だろう

まぁ、ナリアさんの身の上はエリスが保証するから別に心配はいらないんですけどね

その後ナリアさん達と合流し、その上で更にクンラートさん達の一段とも再合流、クリストキント勢揃いした辺りで 遂に、あの話がされたのだ

『これから俺たちクリストキントは旅劇団を卒業し、この街に一つ 劇場を構える事になった』という話

劇団の主要メンバーはいつのまにか話が通されていたようで 動揺するメンバーの中には明らかに驚いていない人間もいた、が それでも大部分は驚天動地だ

サプライズ と言う奴だろうか、そういうのは相談して決めるのがいい気もするが 劇団のことを深く知るクンラートさんがいきなり発表しても大丈夫と捉えた通り、反対する人間はいなかった

反応は悲喜交々、旅の日々を名残惜しいと振り返る者 ここまで大変だったと涙を飲む者、やっとここまできたと喜ぶ者 これからだと意気込む者、それぞれだ

そんな喜びの最中 

「ありがとうね、エリスさん」

「何がですか?」

ふと、喜び狂う一団の中 ナリアさんがお礼を言う、お礼を言われてばかりな気がする

「いやぁ、エリスさんが来てくれたおかげで こうして劇場を持つに至ったわけだし、僕達としてはそりゃあもう感謝の至りな訳でして」

「そのお礼はもう随分前に受け取りましたよ」

「そうなんだけどさ、このまま貰いっぱなしってのもあれだしさ、折角 この街に腰を下ろすんだし 何かお礼させてよ」

「お礼と言われましても」

そんな漠然と言われても困ってしまう、なんてやや苦笑いをしていると…

「それは私も思っている事ですね」

「リーシャさんまで…」

「ぶっちゃけ、明確に我々が変わったのはエリスさんが来てくれてからですし、貴方が来てから この劇団の流れが変わりました、そこに関して やはりお礼はしておきたいですよ」

流れか…と リーシャさんの言葉を受けてやや考える、昔 似たようなことを言われた

あれはエリスがまだ旅に出始めた頃 、ラグナにそう言われたんだ…君には流れを変える何かがあると、あの時は理解できなかったが 今なら分かる

エリスに流れを変える力があるんじゃない、余所者という刺激を受けて変われる力を持つ所に エリスが偶々流れ着いただけなんだ、もしエリスに才能があるとするなら 流れを変える力ではなく そういう人達の所に自然と流れる才能…

クリストキントは元々ここまで行く力が備わっていたんだ、そう理解しているからこそ 一概に己の手柄とは言えないのだ

「私昔この辺に住んでたので地理には明るいです、なので後でいい所に連れて行ってあげましょう」

「え?、いい所ですか?」

「ええはい、宇宙と一体になれる所です」

どんな所だよ…、一周回って行きたくないよ そこ

「おーい!そこ!話はまだ終わってないぞ!、これからその劇場に移動する、これからはそこの劇場を宿代わりにしつつ 公演の支度をしていくからな!」

とはクンラートさんの言葉、どうやらこれからは馬橇暮らしの流れ旅ではなく、劇場という一つの屋根の下で生きていくようだ

クンラートさんはその言葉のまま これからの活動方針をいくつか説明した後、劇団員を連れて 件の劇場へと案内してくれる

移動しながら、エリスはナリアさんと劇場を持つに至った経緯を聞く…


…劇場、これからはクリストキント劇場と名付けられるそこは 王都の一角にあるようだ

これは、エトワールに限った話ではないが 国の中心にある中央都市とは 謂わばその国の心臓部である、余程例外的な国でない限りそこは商業的な意味でも最も栄える街と言ってもいい

つまり、競争が激しく また土地の値段も高い、故に中央都市に店一つ構える というのははっきり言って簡単な事ではないし、そこに店を構えられるというのは 即ち成功を意味する

クリストキントは最近人気が出ているとは言え いきなり王都に劇場一つ構えられるほど隆盛してはいない 、なのに何故劇場を持てたか

どうやら 旅をしている最中王都側から掛け合いがあったらしい、纏まったお金が入りそろそろ劇場を持とうか悩んでいるクンラートさんのところに 寂れた空劇場を持つ地主が声をかけてきて

『空いている劇場を使ってくれる劇団を探しているから 君達使ってみないかい?』

という、所謂オファーだ、どうやら少し昔 土地を貸していた劇団が空中分解し無くなってしまったようなのだ、その劇場を使っていた劇団が潰えても劇場は形として残る…

地主的にもいつまでも空き家を抱えているわけにもいかない、かと言って潰して建て直すにしても金がかかる、ならいっそ 売れてる劇団に貸し与えた方が余程利益が出る

なので、クンラートさんに声をかけた、一応借家という扱いだが クリストキントが成功して儲かれば将来的に劇場そのものを売り与えてもいいという条件で

当然、クリストキントが失敗した場合 クリストキントは劇場を追い出され再び旅劇団に逆戻り、しかも債務というオマケ付きで

はっきり言ってこれは賭けに近い、成功すれば劇場を持てる 失敗すればクリストキント存亡の危機 危険な賭けだ、だが 賭け皿も賭け皿に乗せるコインも今しか無い、断ればもうこの話は回ってこない 躊躇してる間にクリストキントに向いてる波が消えるかもしれない

賭けに出れるのは今しかない、ということでクンラートさんは二つ返事で了承したらしい

そんな大切な事なら益々周りと相談した方がいい気がする とナリアさんに伝えると、やはり主要なメンバーとは相談していたらしい、あまり多くの劇団員に伝えると 混乱を生みそうなので事後承諾のような形になった件については後々謝罪するようだ

クンラートさんも焦っていたのかもな、長年劇団を続けて始めて手に入れたチャンスを前に

「ここだ、ここが これから俺たちの家になり 仕事場になる劇場、クリストキント劇場だ!」

なんて ナリアさんと話していると到着したのか クンラートさんの紹介するような言葉におお と周りが声を上げる…

第一印象はそこそこ大きなボロ屋、確かにこれを潰すのは金と時間がかかりそうだって感じの、前の使用者が立ち去って時間が経っているのか 結構風化しており、劇場という呼び名より お化け屋敷って呼んだ方が似合うかもな、それか口の悪い呼び方をすると廃墟

「ここの地主さん曰く、自由に使ってくれてもいいみたいだ、改装も修繕も好きにしてくれと、だからこれから俺たちでこの劇場を俺たち色に染めていこう」

それはつまり直すのは自己負担って事じゃないか、いいように使われてないか?クンラートさん…

この劇場についての説明をするクンラートさんを他所にエリスは周囲に目を向ける、今クンラートさんが話しているのは さっきナリアさんが言ってた件と同じだし 聞かなくてもいいだろう

…ふむ、地理的には街の大通りの脇に逸れた小道の通りにあると言ったところか、一通りは普通だ、悪くはない けど良くもない

一応向かいにも画材商店やら今にも潰れそうな劇場がある…、うーん ライバルは少なそうだな、この通りには目を惹く施設がない…良くも悪くも 客入りはクリストキントの実力次第といった所だ

この劇場を前に使っていた劇団は その実力が足りなかったから立ち去ることになったのだろう

「これから一~二週間かけてこの劇場を使える形に整える、それまで劇団の仕事はお休みだ、さぁみんな これからはしばらく肉体労働だが、付き合ってくれるな!」

「おー!、せっかくの劇場だ!、入念に手入れしてやらないと!」

「飾り付けのデザインも今から考えた方がいいわよね!どうしようかしら」

「ともあれまずは掃除からだ、こう埃っぽくっちゃ客も来ないぜ」

何はともあれ 劇場を手入れしなくては始まらないと 劇団員達はクンラートさんに続いて次々とボロい劇場へと入っていく

そうだな、クンラートさんの話じゃ これからこの劇場で仕事をしつつ ここで寝泊まりするんだ、しっかり掃除しておかないと 困るのはエリス達自身

よし、掃除 張り切ってやって行きますか!、と エリスもまた皆さんに続いて歩みだした瞬間

「ぐぇっ!」

踏み出した瞬間襟を後ろから引っ張られ思わず声を上げる、おいおい!

「何するんですか!リーシャさん!」

「エリスさんは行かなくていいですよ」

襟を引っ張ったのはリーシャさんだ、この人…めちゃくちゃだな、ってか力強…

「なんで行かなくていいんですか…」

「エリスさんもナリアちゃんも今日は休みって言われてるでしょう?、なら 仕事はしなくてもいいです、一応クンラートさんからも許可はもらってます」

「え?僕も?」

「僕もです」

つまり、エリスは今日は掃除に参加しなくてもいいと?まぁ確かに休みって言われてましたけど

「えっと、じゃあ エリス何したら」

「さっき言ったでしょ、いい所に連れてくって」

ああ、例の…確か宇宙と一体になるとか言う あれか

「エリスさん ナリアちゃん そしてレグルスちゃん、今からそこに行きましょう」

「いいんですかね…そんな、僕達だけサボるような」

「いいんです、…それに 今はそれどころじゃないんじゃないんですか?、何か差し迫った件が お二人にはあるのでは?」

「……あります」

ある、ルナアールの件だ…、奴は三日後に来る このまま掃除に参加していては準備もろくにできない…

「では、その件についても話をしておきましょうよ、勿論 私も交えて」

「り リーシャさんも?」

「ええ、私だけ仲間はずれはやめてくださいよ、さぁ…行きましょう エトワール名物、蒸し風呂に」

そういうなり リーシャさんはエリス達の手を引いて連れて行く、宇宙と繋がる神秘の空間…蒸し風呂に

って、蒸し風呂に?今から行くんですか?今から?、今から…?

それ、リーシャさんが行きたいだけじゃ……、まぁいいか
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