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七章 閃光の魔女プロキオン
180.孤独の魔女と過去を見る目
しおりを挟む「ミハイル大劇場でエフェリーネさんの前で劇をすることになったぁっ!?!?」
エリス達はミハイル大劇場を後にし クリストキント旅劇団のみんなが戻ってきてからその旨を話した、まぁ色々あって 世界一の劇場で劇することになりましたって
当然、騒然とするクリストキント旅劇団達、幸いみんな仕事は取ってこれなかったみたいだ丁度いいじゃないか、と思っていたのはエリスだけらしく
「そんな、み ミハイル大劇場で?」
「しかも明日って、一週間くらい心の準備をさせてほしい」
「あぅぅ、お腹痛くなってきた」
ウロウロ ワタワタ オロオロ、話を聞くなり皆おたおたと慌て始める、見るからに狼狽している上に やる気になるどころか既に気持ちで折れている
大丈夫かと思う反面、確かにこうなって当然なのかもしれない、万年貧乏三流劇団のクリストキントは 酒場の仕事ひとつ取っても大仕事、だと言うのにいきなり世界一の劇場で世界一の役者に演劇を披露することになったんだ
そりゃ顔に水浴びた犬みたいに慌てふためいても仕方ないか
「しかしよくそんな仕事取ってこれたな…」
「まぁ色々ありまして、なんか僕の両親がどうとか…」
「……エフェリーネさんがそう言ったのか?、妙だな…ルシエンテス夫妻は確かに凄い役者だが、エフェリーネさんが態々気に留め気を使うほどの相手じゃないはずなんだが」
「…え?、クンラート団長 もしかしてエフェリーネさんと…」
「ああ、実は俺 元々ミハイル大劇団に居たんだよ」
ええ!?クンラートさん…元々あの劇場に居たの!?、いやでも確かナリアさん曰くクンラートさんはルシエンテス夫妻の劇団から独立したんじゃ…
いや、ルシエンテス夫妻もミハイル大劇団に居たんだったな、多分ルシエンテス夫妻が独立して旗揚げする時 一緒について行ったとかだろうか
「凄いじゃないですか!クンラート団長!」
「いやまだ当時は見習いも見習いで舞台にも立たせてもらえてなかったんだけどな…」
「でも凄いですよ!、これは心強いね!うん!、僕達ならやれるよ!」
ね! とナリアさんが立ち上がり クリストキント旅劇団の前でおー!と拳と雄叫びをあげる、がしかし それに呼応するものはおらず…
「で 出来るのかな、俺達に…」
「あんまり酷いもの出してエフェリーネ様に批判されたら、私達やってけないよ」
「あの人演劇界の権威だし…、劇団を名乗る資格なしと見做されたら終わりだ」
なんとも情けない声ばかりが湧いてくる、五十人近く劇団員がいながら全員が下を向いてるんだからある意味壮観か?
しかし、この感じ覚えがあるぞ?、アルクカースの第九十部隊 燻ってる頃のバードランドさん達にそっくり、つまり 負け犬の顔をしてるんだ、こう言う人達には成功体験を与えれば案外上手く事が回るものなんだが
この分じゃ難しいかな、バードランドさん達はラグナのカリスマで奮い立たせる事ができたけど、エリスにはそんなもの無いし…
「うぅ…や やれるよ」
当のナリアさんもややへっぴり腰だ、やるしか無いんだから腹くくればいいのにと思えるのは、飽くまでエリスが居候の身だからか、置いて持ってる身分であんまり無責任なことは言えない、けど
「皆さん、エフェリーネさんからの仕事を無理に引き受けたのはエリスです、何かあったらエリスを恨んでくれて構いませんし エリスがなんとかします」
「え エリスさん?」
「それに、いくら気を案じても出来る以上の事は出来ません、なら 皆さんの思ういつも通りをエフェリーネさんに見せればいいと思います、だって皆さんはいつも 最高の劇を見せているはずですから」
「エリスさん…」
「変えたいなら、挑むべきだと思います」
鼓舞する、可能な限り 力の限り
みんな この現状を良しとしていない筈だ、今のまま貧乏劇団暮らしが続けば 何もしなくてもこの劇団は潰えることになる、その転換点が目の前に迫っているならば、無茶でも傷ついても 進むべき
無責任かもしれないが、そうやって生きてきたエリスには、そう言う答えしか出せない
「よく言うよ!、役者じゃ無いくせに!偉そうに言うなよ!」
「っ…」
しかし返ってくるのは厳しい言葉、いや 発したのは一人、若い男 …ヴェンデル・ブレイクだ、余所者へ向けられる厳しい目線は 理屈や理論を帯びておらず、気に食わないと言う感情一つでエリスを否定にかかる
「そう言うお前が!主演のお前がトチッたらオレ達全員おしまいなんだよ!、ついこの間来たばかりのお前に命なんか預けられるかよ!」
「至極真っ当な意見だと思います…、ですが 信じろとは言いませんが、エリスはしくじりません、己に出せる全霊を尽くすつもりです」
「信用できないな!」
ふんっ!と顔を背けるヴェンデル、まぁ 間違ったことではない、一番の新入りで入って1ヶ月も立たないエリスが主導で進めていい話でない、じゃあだからと言って エフェリーネさん相手に頭下げるのか?、我々は舞台一つ上がる度胸のない臆病者ですと
そっちの方がダメだろう、批判されダメ劇団の烙印を押されるよりもダメだ、そんなことしたら 終わる、全てが
「まぁ、エリスちゃんの言うことにも一理ある、失敗ばかり想像するからダメなんだ、逆に考えてみよう、 成功してエフェリーネさんから太鼓判貰えばクリストキント旅劇団も一気に躍進だ、そうだろう?」
な?とやや落ち込む劇団員を激励するように声をかけて回るクンラートさん、その声に応じてまぁ団長が言うならばと勇気付けられていく様を見ているとなんだかまぁ、エリスなんかが言うより信頼ある人間が言った方が効果があるんだなぁと実感する
それと同時に、やはりエリスは どこまでいっても余所者なのだろうな
「俺達がやるべきはここでグズグズすることじゃあない筈だ、さ!仕事が入ったんだ!みんな準備を始めてくれ!、演目は前回と同じシェンバルとフェリスで臨む!、そのつもりで頼むぞ!みんな!」
「おー!、団長!」
「そうだな、ここでグズグズ言ってる場合じゃないか」
「よーし!、仕事だ!今のうちにミハイル大劇場に小道具運び込むぞ!、出演する役者はみんなで稽古しててくれ!」
クンラートさんの号令で鞭を入れたように動き始めるクリストキント達…、そんな動き回る群れの中、ただ動かずこちらを見据える人影が一つ、ヴェンデルさんだ
「クンラートさんが言うから…やるけど、しくじったらお前 この劇団に居られると思うなよ」
恨み言だ、そんなにもエリスを嫌うか まぁ好かれるとは思ってませんが、…そうだな
「大丈夫ですよ、皆さんから預かった役は やり通します」
「ふんっ!」
面白くない とでも言わんばかりにまたもそっぽを向いて何処かへ去っていく彼の背中は、なんだか卑屈だ
「エリスさん」
「なんですか?ナリアさん」
「…ううん、頑張ろうね?」
そう語るナリアさんの顔、いつものように明るいが…影を感じるのはエリスだけだろうか
…引き受けたのは間違いなのだろうか、あそこでエリスはナリアさんの背を押すべきではなかったのだろうか、皆の反応を見ていると 己の選択さえ信じられなくなってくる、どうするべきだったんだ…
…………………………………………………………………………
「よく来てくださいましたね、この劇場の主人としてこのエフェリーネが歓迎しましょう」
翌日、約束通りの時間に劇場に向かうと 昨日と同様のドレスを身に纏ったエフェリーネさんがクリストキント旅劇団を出迎える、そのあまりにも豪華な出迎えにクリストキント旅劇団の面々は色めき立ちつつもふためく、本物だ…本物のエイト・ソーサラーズのエフェリーネ様だと
そんなざわめきすら当然とばかりにエフェリーネさんは受け流すと共にエリス達を劇場へ招き入れる、昨日はあんなに人がいたこの劇場に 今人の気配はない、どうやらエフェリーネさんの貸切のようだ
いや元々エフェリーネさんの劇場だから貸切ではないのか?この場合何?休館?
「おいエリス、何をボーッとしているんだ」
「あぇ…」
ふと、師匠から声をかけられて我に還る、パチパチと目を開閉し周りを見回す、今エリスはミハイル大劇場の控え室にいるようだ
ようだ…って言うのもあれだな、いや実は昨日遅くまでナリアさんと二人で稽古してたから…眠い、流石に本番で寝ぼけたりやしないが昨日は張り切りすぎた
「エリス…、わたしは劇の事などよく分からんが、大丈夫なのか?」
「さぁ、エリスにも分かりません、けど どちらに転ぶか分からない物だからこそ 失敗を恐れてたたらを踏むわけには行きません、その躊躇が明暗を分かつかもしれないので」
「確かにそうだが…、エフェリーネではないがお前は肝っ玉が据わったな、旅に出た頃は一々慌ててたのに」
「それを言わないでくださいよ…」
小さい頃は未知が怖かったからな、ただ 最近分かったんだ、未知とは恐れを持って触れれば刃に形を変え触れた者を傷つけ、勇気を持って掴みあげれば武器になる、だからこそ 無謀でも勇気を持って挑むのだ
「主演は随分お気楽な様子だな、本番前だってのにガキとおしゃべりかよ」
そう言いながら何やら豪華な衣装に身を包んだヴェンデルさんが嫌味を飛ばしてくる、確かヴェンデルさんの今回の役はエリスの演じるシェンバルの恋敵 フェリス姫の婚約者のリータス伯爵役だ
「心の平静を保つのも大切な事ですよ」
「何が平静だ、おいクソガキ!本番前だ!出て行け!」
「なっ!貴様…」
何をイラついたのか それとも本番を前にナーバスにでもなってるのか、怒鳴り声をあげながらレグルス師匠の襟を掴んで外につまみだそうとしよるのだ この輩は、当然師匠も抵抗しようとするが、師匠の手を煩わせるわけにはいかない
「待ってください」
「ぐっ!!」
掴む 逆に ヴェンデルの腕を、そんな軽く掴んだだけなのに 痛そうな顔をしてくれるなよ
「師匠にはエリスから観客席に移ってもらえるようお願いします、けどこの子はエリスの師匠です、次クソガキ呼ばわりしたら四つ折りにして切り刻んで鍋で煮ますよ、ヴェンデルさん」
「お前…チッ!くそっ!」
エリスの言葉を受け舌打ちすると共に悪態をついて、特に何を言うでもなく立ち去っていく、何がクソだ この野郎…師匠に乱暴しようとしやがって
「すまん、エリス…だがあんまり劇団員に乱暴はするなよ」
「いえ、こちらこそ…すみません師匠、観客席の方へ移ってもらってもいいですか?」
「ああ、分かったよ リリア達子供を連れて観客席で見ているぞ?」
控室を後にするその背中を見て思うのは一つ、確かに劇団員に乱暴するのは良くなかった、けどね師匠 エリスがこの劇団にいるのは師匠をに戻すのに都合がいいからなんですよ、そりゃ恩はありますが
この劇団にいる事で師匠が傷つくなら、エリスはもうこの劇団を頼ることはありません
「エリスさん、大丈夫?」
「ああ、すみません ナリアさん…」
「ごめんね、うちのヴェンデルが…本当はあんなに嫌な子じゃないんだよ?」
「分かってますよ」
なんて言うが 本当は分かってない、今のところエリスの中で彼はやややり辛い相手に変わりはない、だがナリアさんが言うのなら 本当はいい子なんだろうな
余所者が主役を掠め取ったか…、彼にとってはそれは由々しき事態なのだろう…、だがあんなことしてもなんの解決にもならないだろうに、…なんて 理屈じゃないよな
「そう?、…ならいいけれど…、僕心配だよ…」
「え?何がですか?」
「ヴェンデルだよ、…彼 今日は主役に一番近い役でしょ?、なんか 浮足立ってるし、ちょっと心配かな」
そう言えばヴェンデルさん 前回は別の役だったな、なのに今日は主役のライバル役だ…そんなにコロコロ役って変わるものなのかな、分からないが
確かに、浮き足立ってるな…エリスへのイラつきと主役に近い役柄、そして大舞台 浮き足立つ要因は色々ある、ナリアさんが心配する理由も分かるな
「彼だってプロですよ、大丈夫ですよ」
「そう…だよね、うん それよりも僕達がミスしないように頑張らないと」
それにひきかえナリアさんはもう覚悟が決まったのか、大舞台を前に益々輝きが増している、流石だな本当に…
「はい、頑張りましょう、エリスも全霊を尽くしますので」
「うん、…頑張ろう」
ナリアさんが拳を前へ突き出す、お互いに 頑張ろうと言わんばかりに、…そうですね エリスとナリアさんは二人でこの劇を完成させる要となる、どちらが欠いてもダメなんだ
決意を共有し合うように拳を合わせ目を伏せる、…でもやっぱり この劇団には恩はある、出来ればそれは返したいな
「おーい、みんな そろそろ公演開始だ、観客はエフェリーネさん一人、だが分かってると思うが あの人は6歳の子役の頃から半世紀に渡って演劇の世界を生きてきた伝説の役者だ、誰よりも舞台のことを理解してる人だ、細かい粗も見抜いてくる 気を抜くなよ」
クンラートさんの号令がかかる、どうやらもう直ぐ始まるようだ、さて 最後の休憩は終わりだ、エフェリーネさんと言う大物を唸らせることが出来るかは分からないが 彼女が望むその目の前で見せるべきものを見せるべきだろう
「よし、行きましょうか ナリアさん」
「うん!エリスさん!」
既に彼は彼女でありエリスは王子である、舞台に上がったら 役者とは台本に書かれた名となる、ここではない 創作の世界へと旅立つのだ、…学園時代 フォルテ先輩より授かった助言が 今まさかこんな風に役に立つとは思いもしなかった
なんて、考えながらエリスは立ち上がる…王子としての装束を身に纏い
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「凄い劇場だよね!レグちゃん!」
「そのレグちゃんと言うのをやめろ」
大きく開かれた観客席、昨日は海のようにいた人間も 今日は無く、ほぼ無人となった席群の只中に 数名の子供達を連れてレグルスは腰をかけている、大人の頃ならいざ知れず この忌まわしき魔術陣により縮められた今の私ではエリスの役には立てない
故に今はクリストキントの子供組を引き連れて 観客席側に回っているのだ
情けない限りだ、あの子にばかり苦労をかけて、あの子がわざわざ劇団にまで所属してルナアールを追っているのは全て私の為…
けど、情けなく思うと同時に誇らしい…何せ
「ほぇ~…おっきい観客席…」
私の隣で観客席の大きさに驚いているこの子…リリアはちょうど、私と出会ったエリスと同じくらいの歳だ、故にどうしても思い出してしまうのだ
出会った頃を 小さい頃のエリスを、…だがまぁ はっきり言ってエリスは今のリリア程愛嬌があったわけではない
寧ろ今だからこそ分かるがエリスはあの頃から異常に物分かりが良く そして聡明理知だった、全くと言っていいほど手がかからなかったしな
「ねぇねぇレグちゃん」
「引っ張るな」
「あの人だあれ?」
服を引っ張られややストレスが溜まる、と言うか知るか この国に明るくない私が知る人間など…
「お隣いいかしら?」
「む?」
と思ったら知ってる顔だった、確か名はエフェリーネだったか、凄い役者らしい と言うか実際演技は素晴らしかった、役者としてならプロキオンに匹敵するかも知れない程だ
が、それ以上に…こいつは カノープスの あの我が親友の役を演じることを許された女、というのも印象深い、実際こいつの演じるカノープスの再現度は凄まじかった、顔や声は全く似てないのに 纏う雰囲気がそっくりなのだ
カリスマを砲撃として放つことが出来るという珍妙な技を持つカノープスと同程度のカリスマをこいつも持っていると言える
「私もここで 貴方達クリストキントの劇を拝見させてもらうわ」
「構わんが、他にも席は空いているだろ」
「寂しいじゃないの」
そんな歳で何を言うか、まぁ別に減るものでもないし反論はしないが…、するとエフェリーネは私の答えも待つまでも無く我が隣に腰をかける、よりによって隣か…
「…一つ聞いてもいいか」
「なんですか?」
「何故クリストキントの劇が見たいと言い出した、お前ならもっと上等な劇など山ほど見ることが出来るはずだ、それとも何か?ルシエンテス夫妻の子がいるからか?」
正直こいつがクリストキント達の劇を見たいと思う理由がわからない、クリストキントが悪いとは言わない だがこの国で栄華を極めた人間が目にするほどではない、理由があるとすればこいつが接触してきた理由
ナリアがルシエンテス夫妻の息子だから と言う理由くらいだが…
「違います、ルシエンテス夫妻は私の可愛い弟子達でしたが、その子供だからと優遇するつもりはありません、あれは建前よ」
だろうな、実際そこまで優遇するならあんな貧乏劇団に任せず自分で世話するくらいするだろうしな、しかし違うのか…じゃあなんだ?道楽か?酔狂か?、それとも 貧乏劇団を呼びつけ劇をさその稚拙さを笑う趣味でもあるのか?
だとしたら 見かけによらず外道だな、そんな奴にカノープスの役を演じられたくない、カノープスは絶対に懸命に生きる人間を笑う女ではない、人の傷を讃え 苦しみを認め 奮い立たせることが出来る素晴らしい人物だからな
「ならなんで、このような催しを企んだ」
「…ふむ、貴方は 悲恋の嘆き姫エリスという劇を知っていますか?」
「ああ、大昔一度見たことがあるだけだが」
というか、その嘆き姫エリスが初めて舞台化する時に見たのだ、あれはプロキオンが作り プロキオンが企画して プロキオンが主演を務める劇だったからな…、八千年の隠匿生活の中 唯一私が魔女大国にお忍びで赴いた事例だ
「そう、なら あの劇には続編がある…と言ったら 貴方は見たいと思う?」
「続編?ないだろ?」
「ええないわ、あれはあれで完成された劇ですもの、でも…見たいと思う?」
なんだその質問は、無い物 あり得ない物を見たいかだと?…微妙なところだな
…ふむ、悲恋の嘆き姫エリスは、姫であるエリス姫とその配下の一兵卒であるスバル・サクラとの身分違いの大恋愛を描いた作品にして、最後はスバルがその国の戦乱に巻き込まれ 帰ることの無い死地へと赴き、立ち去るスバルにエリス姫が別れの言葉をかけ終わとるいう悲恋を描いたものでもある
そう、スバルはエリス姫と別れて そこで劇が終わるのだ、だから万人は気になるだろう…スバルはどうなったか エリス姫と再会できたか、それを知るには続編が出ない限り知ることはできない、だから望むものは多いだろうが……
はっきり言おう、私は スバルとエリス姫がその後辿った運命を知っている、何せ同じ時代を生きていたからな
もし 事実をそのままに続編として出せば それはもう悲恋では済まなくなり 、目を覆い耳を塞ぎたくなる悲劇になってしまう、だから執筆者たるプロキオンはここで終わらせたのだろう
なんせ、この後スバルとエリス姫は…いや スバルは、…またあれを見たいとは思えん、スバルの末路は私の中で未だに残る心の棘なのだから
「私は見たいとは思わん」
「そう、私は見たいわ…だって気になりますもの」
「ああ そうか、で?それがクリストキントを呼びつけた理由となんの関係がある」
「つまるところ、そういうことです」
どういうことだよ…!、つまるところってどういうところ!?、思わせぶりな言い方は嫌いだ!、私もよくするがな!、するのとされるのは違う
どうする、胸ぐら掴んで聞き出すか?それとも自白魔術を使うか…って今は魔術が使えないんだった、くそう 魔術が使えないなんて状態 生まれて初めてだ、物心ついた時から魔術を使えたから…こんなにも不便とは
「あら、もう始まるみたいですよ」
「む…」
もう少し聞いていたかったが、別に劇を引き裂いてまで聞くことのものでもないか、仕方ない この一件については記憶の片隅に置いておくとしよう…
なんて座り直している間に舞台の幕が開く、演目は前回と同じ シェンバルとフェリスだ、面白いかと聞かれると 可もなく不可もなく、手を叩いて喜ぶほどのものではないにせよ 細かい粗も見つからない、そんな平行線のようなという印象だ
『昔、昔々あるところに フェリス姫なる大層美しい姫が、平和な国にて 王や家臣達と仲睦まじく暮らしておりました』
劇が始まった、あいかわらず姫役は男であるナリアが演じているようだ、そして王子役はエリスと、いやしかしエリスの男装はこれでもかというくらい様になっている
デルセクトでは執事に扮して行動していたこともあるが、もしそれを今やったら大変なことになるだろう、幼さのなくなり逞しくなったエリスの男装はもはや美の凶器、私でさえため息が出るほどだ
…こうしていると思い出すな、プロキオンもまた男装を好む奴だった、騎士として紳士として振る舞い、ついたあだ名が王子サマだ …しかもそれが上っ面だけでなく内面まで王子なんだから凄いやつだよアイツは
「少しいいかしら?」
なんて、劇の最中にエフェリーネが声をかけてくるんだ、今ちょうどエリス…じゃなかった、シェンバルとフェリスが出会う大事な場面だろうに、集中して見ろ 私の弟子の舞台だぞ
「…今は上演中だろ見なくていいのか」
「私にとって舞台とは水と同じようなもの、水を飲むように 舞台を見ることもできます」
「水を飲みながら話すとは器用な奴だ」
「ふふふ、そう 意地悪を言わないでくださいませ?」
…む、口が過ぎたか、今の私はクリストキントに預かられている子供の一人、それがこの国の大物相手に聞いていい口ではなかったか…、だからと言って子どもらしく振る舞うなどごめんだがな
「で?なんだ」
「先程貴方 レグちゃんと呼ばれていましたね?、もしかして 孤独の魔レグルス様ではありませんか?」
「ほう…、驚いこの姿でも分かるのか?」
「伊達に三十年 レグルス様の恋人役を演じてませんよ」
だから!カノープスは私の恋人じゃないって!、…そりゃあ まぁ、ちょっとアイツの事、いいなぁと思ったこともあるし そういう目で見たこともあるけど、でも恋人ではない アイツはそう呼んでたけど、恋人ではないんだ
「しかし、驚きました レグルス様がこんなに小さなお子様だったとは、カノープス様の性癖も大概ですね」
「言っておくが、これは私の本来の姿ではない、今ちょっとした事情があってこういう姿を取っているだけだ」
「なるほど、しかし クリストキントは貴方を敬う様子はないようですが?」
「奴らにとって魔女とは舞台の中の登場人物という印象が強いのだろう、故にレグルスと名乗ってもこのザマだ」
「レグちゃんレグちゃん、なんの話ししてるの?」
グイグイ引っ張られながらエフェリーネ相手にため息をつく、魔女は創作の中の存在…それはプロキオンが長く行方不明であるため この国の人間は絵画の中 舞台の中でしか魔女を見ていないのだ
故に敬う という事をしない!別に敬われないならそれでいい 変に恭しくされるのは苦手だからな、だからと言って侮られるのが好きなわけじゃないがな
「そうでしたか、…私は以前 と言ってももう半世紀ほど前に一度だけプロキオン様の姿を目にしたことがありましてね」
「ほう、そうだったのか」
「ええ、皆 私を世界一の役者と言いますが、とんでもない…世界一の役者は間違いなくあのお方です、私はただひたすら あのお方のようになる為懸命に努力を重ねているだけなのです」
「そうか、プロキオンはまだ役者をやっていたか」
プロキオンは昔本で読んだ王子様や騎士に憧れて 騎士に必要な全てを会得した真なる騎士だ、騎士に必要だからと剣技も会得し シリウス相手にも立ち回れる程の実力さえ得た剣豪だ
史上最強の剣士がスバルだとするなら プロキオンは史上最高の剣士と言ってもいい、スバル亡き今なら 世界最強の剣士を名乗ってもいいくらいだ
「しかしプロキオンはどこへ行ったんだ?、聞けばかなり前から行方不明だとか」
「分かりません、五十年前 いきなり消えてしまったのです…、一冊の本を残して」
「本?…」
「ええ、確か…タイトルは 『刃煌の剣』…でしたか」
「刃煌の剣…それは」
…それは…それは……、なんだっけ?
あれ?思い出せないや、ああダメだ この体になってから昔の記憶が飛び飛びで、聞いたことあるんだよ 絶対、でも分からない なんだったか、喉元に骨が使えたような気持ち悪い感覚だ
「知っているのですか?」
「知ってるはずなんだが、思い出せん…実物を読めば思い出せるはずだが」
「そうですか、いや あれはプロキオン様が最後に残したものなので、内容は市場には出回っていないのですよ、読むには 王城の機密書庫に入らねば読めないでしょうね」
「そうか…、分かった」
機密書庫か、プロキオンが残したものなら もしかしたら奴の居場所のヒントになるかも知れん、出来るなら 奴の居場所も突き止め暴走しているなら元に戻してやりたい、この国に未だ魔女の加護がある以上 奴も必ずこの国にいるはずなんだからな
「…レグルス様、出来るなら プロキオン様を連れ戻して頂けますか?、やはりこの国には彼の方が必要ですので」
「無論、そのつもりだ」
「ありがとうございます」
この国の演劇を引っ張る者としての視点からか、やはり この国にはプロキオンが…魔女が必要なのだろう、何せ魔女がいるから魔女大国としての体裁を保てるんだ、もし 何かの拍子にプロキオンの残した魔女の加護がこの国から消え失せたら…どれだけの被害が出るか分からんしな
『お前に!フェリス姫は渡さない!…あれは僕の物だッ!!』
『彼女を物呼ばわりする人間に、彼女を任せるわけにはいかない…』
む、こんな事を話している間に劇は一種の盛り上がりどころ、シェンバル王子とリータス伯爵のフェリス姫を巡った口論と対決の場面へと差し掛かる
…が、しかし なんだ?
『なら…決闘だ!、ここでお前を斬り殺して フェリス姫を手に入れる!!』
『分かりました、私が勝てばもう彼女につき纏わないで頂きたい』
お互いに剣を持ち、決闘へと発展するが…、何か違和感を感じる、ライバルのリータス伯爵を演じるヴェンデルの演技にやや力が入り過ぎている気がする、目は血走り 息は荒く…
そういえば、シェンバルを演じるエリスのことをやたら敵視していたが、…まさか
「おやおや、これは…」
「ああ、まずいかもしれんな」
どうやら、アクシデントが起きているらしい……
……………………………………………………
フェリス姫を巡って二人の男が決闘する、シェンバルとリータスの剣による一騎打ち、二人の男の熱き決闘でどちらがより彼女を愛しているかを証明する そんな場面だ
シェンバルとリータス、二人の剣による決闘は激しく ある種の見所と言っても過言じゃない、そんな熱の入る場面にありエリスは
困惑していた
「はっ!やぁっ!!」
「っ!」
リータスの…ヴェンデルさんの振るう剣を受けて、面を食らったのだ…おかしい どう考えてもおかしい、攻めが激しすぎる
これじゃあ反撃出来ない、台本じゃシェンバルが終始押して 最後に鍔迫り合いの後シェンバルが勝つ、という台本のはず こんな大激戦ではない
「どうした!そんなものか!」
「そんなものも何も…!」
ヴェンデルさんの鋭い剣撃をエリスの剣で着実に弾きながら後退する、いくら偽物の剣とはいえ 鉄で出来たこの剣で打たれりゃ痛いなんてもんじゃすまない
いやそれ以前に!、このままじゃ劇が台無しになるぞ!何考えてんだよ!
「はぁっ!!」
「っと!」
振るわれる剣をこちらの剣で受け止め、鍔迫り合いに無理やり持っていく 一応これで台本通りだが…
「ぐぅっ!!」
牙を剥きながら全力で抵抗するヴェンデルさん、迫真の演技にしてはやり過ぎだ、エフェリーネさんの前で緊張で混乱しているのか?、…いや
ヴェンデルさんのこの目、これは己を見失った目ではない、本気だ 本気でエリスを打ち負かそうとしているんだ
「ちょっと…!ヴェンデルさん 何考えてるんですか、もっと力を抜いてください、このままじゃ劇が成立しませんよ…!」
「うるさい、お前がもっとうまくやればいいだろ…、しくじらないんだろ お前」
囁くように されど牙を剥いて怒りを込めてそういうのだ、こいつ…まさかエリスを舞台上で打ちのめし 意図的に劇を失敗させて、その責をエリスに押し付けて劇団から追い出しそうというのか…そうまでしてエリスを追い出したいのか!こいつは!
ヴェンデルさんの怒りはもっともだ、エリスは薄汚いコソ泥だ けどな!、それを…ヴェンデルさんの感情を リータス伯爵に引き渡すな、ここは舞台上 現実世界ではないのだ
「…そうですか、エリスを追い出したいのですね」
「…そうだよ…!」
「でも、すみません 劇は成立させま」
分かった 分かったよ、けど…そっちがそのつもりなら…
「おりゃぁっ!」
無理矢理剣を弾くヴェンデルさんの力に押され 一歩引く、つまりこの決闘は 演技ではなく本気の斬り合いだと言いたいのだな、本気でやって面食らったエリスを叩きのめして 劇を不成立にしたいと
でも、誤算がありますよ、それ
「はぁぁぁっっ!!」
「ふぅ…」
振るわれるヴェンデルの剣を、切っ先で叩いて全て逸らす、ヴェンデルさんの剣は舞台役者としてはかなり整っているかもしれない、派手で 見栄えして いかにも強そうだ、けど強そうなだけ…その剣術に理念はなく 伽藍堂の剣だ
こんなもの、アマルトさん達のような一線で闘う剣士達に比べれば お飾りの剣技だ、あるいは一流の舞台役者なら 剣技もまた一流なのだろうが、悪いがこれは違う
「くっ!くそっ!、全然当たらない…!」
「…………」
エリスだって剣術は得意な方じゃありません、出来ないと言ってもいい けど、それは飽くまで本物の剣士に比べれば…の話だ、だから
「ふっ!」
「え!?」
弾く ヴェンデルさんの怒り任せの剣を、アマルトさんの真似をしながら軽く弾き飛ばせば、それだけでヴェンデルさんは尻餅をついてしまう…あまりにも無防備に
「うっ…」
「終わりだ、リータス伯爵…」
尻餅をつき慌てて剣を拾おうとするとリータスに ヴェンデルの首元に、剣を突きつける…、そちらが本気で剣による決闘を望むなら、付き合いますよ…けど、それでも台本に変わりはでないでしょうがね
「く…くそっ…」
「では、私はこれで…もうフェリス姫は貴方のものじゃあない、あの子はもう自由だ」
剣を納め、背を向ける…、一応これで台本通りの展開になったはずだ、もうヴェンデルさんの出番もないし、何を考えていたか なんであんなことしたか その話は後で聞く
ほら!ヴェンデルさん!、ハケてください!と睨みを効かせればヴェンデルさんも一応そのまま撤退していく、…さて 後はナリアさんとのシーンで終わりだ
でも……
「………………」
エフェリーネさんを見れば、表情に変わりはないように見えるが、絶対今のアクシデント 見抜かれてたよな、台本通り上手く回したつもりだが…ああ、どうしたもんか
………………なんて、思考しても 行動しても、意味もないくらい既に劇は進んでいる、挽回の機会など与えられるわけもなく、エリス達の舞台は しめやかに幕を閉じることとなった
……………………………………………………………………
『シェンバル!、例え 貴方が死せども私が死せども!この愛は変わりません、永遠に愛し続けます 永遠に!』
ナリアさんの フェリス姫の嘆きの声が木霊して、この舞台は幕を閉じる…最後のセリフを見計らったかのように徐々に舞台は暗転し、ゆっくりと幕が…
「結構!、幕は閉じず 役者は全員舞台へ」
閉じようとしたが、それもエフェリーネさんの言葉によって遮られ 暗転し始めた舞台も再び魔術陣の光によって照らされる、役者は全員舞台へ って…ああ エリスもか
全員呼び出しを食らった、舞台に出ていた人間全員、エフェリーネさんの声音は相変わらず変わりないが…はてさて、褒められるような雰囲気じゃないな
「ふむ、さて 貴方達の劇 とくと拝見させていただきました」
舞台役者が全員出揃ったのを見てうむと頷くとともに声をかける、見せてもらったと…、ただ一人の観客のために行った クリストキントの劇、会心の出来かと言われると怪しいが 失敗ではないはずだ
みんな気合入ってたし ナリアさんもいつも以上に迫真であった、エリスもまた いくつかの劇を見たこともあり 最初よりはまともな演技が出来た気がする、ヴェンデルさんは…まぁ最後以外はよく演技していたと思う
まぁ今は忸怩たる表情で冷や汗かきながら下見てるけど…
「旅劇団として各地で劇を行なっている貴方達の劇、その演技の熟練たる技 この目で見させて頂きました、経験値は流石と言えるほどに蓄えられているでしょう」
するとなんということか、エフェリーネさんはにこやかに微笑みながら手を打つのだ、歓声はないが喝采だ、一人だけの喝采 されどこの国の頂点にただ一人立つ人間の喝采に舞台に上がった役者達の顔色は明るくなる
でも、エリスは素直に喜べない…褒め方が変だ、まるで前置きのようなその褒め方、本題はこの後とでも言わんばかりの…
その直エリスの予感は的中する
「しかし…」
ああ、そうだ やっぱり言ったよ、しかしって
「この私自らの…エイト・ソーサラーズの名を預かる私個人の意見を忌憚なく述べさせて頂き、この劇そのものを評価するならば…そうですね、全体的に鑑みると…、酷いものです」
グサリと刺さる その言葉、酷いものだと はっきり言った、失敗ではなかったはずなのに いやもしかしてヴェンデルさんのことを言ってるのか?
事実その言葉に一番反応しているのはヴェンデルさんだ、一時の感情に任せてしてしまったことが招いた結果を 彼は今味わっているのだ
「勿論、途中のアクシデントには気がついています、一人の役者が個人感情を舞台上で発露させる、心を込めるのと感情を乗せるのとでは訳が違う これは絶対 断じてあってはならないことです、ですがその一件がなくとも私の評価は変わらなかったでしょう」
え?、違うの…?、ヴェンデルさんが暴走しなくとも この劇は酷いものだったと?
「まず、貴方達は演劇のなんたるかを求めるばかりで、肝心の事を疎かにしています、誰一人として 己の間違いに気がつかず舞台上で踊っているだけ、こんなもの演劇とは言えません ただの小芝居です」
「ま 間違いって、なんですか」
思わず声を上げてしまう、間違いってなんだ 何が違った、みんな間違えてた?そんな風には感じない、だというのに一方的に間違えていたという話だけ聞かされても納得出来ない
しかし、エフェリーネさんはその朗らかな表情を一気に鬼のように変え
「自分で考えなさい」
ぴしゃりと断られた、…そう言われたらもう何も言えない…どうしろと どうしろというのだ、そんなの
「そして細かい点も粗が目立ちました、演出 動き 稚拙ではありましたが、何より酷いのは脚本です…」
脚本…?、確かナリアさん曰く 当たりはしないが外れもしない、そんな安定した脚本だと…、いや そうか それがいけないのか
「全く、心に響きません 書いている人間の顔さえ浮かんでこない、劇とは人の魂を揺さぶる物、魂のない伽藍の文字に 一体誰が感動しましょうか 一体どの役者が心を込めましょうか、もしこのような台本が他にもあるなら 破り捨て暖炉に焼べる事をお勧めしましょう」
そんな事…そんなにいう必要ないんじゃないのか、誰一人だって手を抜いてなんかいやしない、なのにそんな それを否定するような物言いをして
なんだってんだ たった一人の意見になんか左右される方が、芯がない証拠になってしまうじゃないか…!
「最後に、主演のエリス 貴方はある意味では理想的な役者です、セリフは違えず 台本通りに進める それはある意味では理想です、しかし それだけです、役者にとって理想なだけで客にとってはただの機械的な舞台装置でしかない、我々は人を見に来ている 機械ではありません」
っ…くそ、頭に登った血が一気に下がる、冷静になる…機械的だった?エリスが?、そうかもしれない…
「そしてサトゥルナリア、貴方の演技は素晴らしい…ですが それは演技としてはの話です、貴方の演技からは何も感じません、貴方の演技は独り善がりの一人芝居でしかない」
「うっ…」
ナリアさんの顔が青くなる、血の気が引くとでも言おうか、多分 彼も同じなんだ、エリスと同じで エフェリーネさんの指摘が胸に突き刺さっているんだ
気がつけば全員が青い顔をしている、目は下を向き まるでお葬式のようだ…きっと、エリスも同じ顔をしてるだろうな
「話はそれだけです、エリスとサトゥルナリアはこのまま私の部屋まで来なさい、約束の話をします、では…良い劇をありがとうございました、次はもっと良い物が観れることを願っています」
カツカツと音を立てて立ち去るエフェリーネさんを前に、全員が反応出来なかった…、おっかな…あんな怖い人だったのか?エフェリーネさんって
いや、舞台だからこそ 演劇だからこそ、怖いんだろう…あの人はそうやって己を叱咤して生きて来た人間だからだ
はぁ、にしても…予想出来てたとはいえ 効くなぁ…、あそこまでズタボロに言われるとは
「…ぅ…うぅ…」
「ナリアさん…泣いてるんですか?」
ふと見れば、ナリアさんがポロポロと涙を流しているのが見える、まぁ無理もないか、褒められないまでも あそこまで酷評されることもあるまいと思っていただろうから
「うぅ…なんでだろう…、エフェリーネさんは何も間違いってないのに、涙が止まらないよ…」
「それは、ナリアさんが全霊を尽くしていたからです、全霊を尽くして挑んで…そして失敗したからです、それだけナリアさんも本気だった証拠ですよ」
「そう…かな、エリスさんは強いね…あんなに言われたのに」
気にしてないわけじゃないんですよ?エリスも、でも エリスとしては泣く気にはならない、エフェリーネさんは間違っていないからこそ 泣いてはならない
だって…、最後に言ってたじゃないか
「大丈夫、何もかもてんでダメってわけじゃありませんよ、だってエフェリーネさん言ってたじゃないですか、次はもっと良い劇をって それって次に見せる機会があるって事ですよね、それまでに エリス達がより良い劇を出来るようになっていると 信じてるって事ですよね」
「あ……」
「期待されてんです、少なくともエリス達は 世界最高の役者に期待させるだけのことは出来たんです、だから その期待に応えないと…ね?」
ナリアさんの頭を撫でながら言い聞かせる、未来のない者に期待はしない 期待しない相手にかける言葉はない、もし 本当にダメダメだったとするなら、あんな厳しい言葉もなくエリス達は追い出されていた
あの注意点を エリス達がなんとかできると信じていて、その上 そこを直せば完璧ってことだ、悪い点を注意されるってのは 幸運なことなんだよ
「そうだね…そうだね、うん 期待されてるんだね!僕達!」
「ええ、その通り クリストキントはもっと良い劇団になれる!その可能性を示されたのです!、なら泣くよりも笑いましょう!、我々の限界はここではないんです!」
拳を掲げ 鼓舞すれば、少なくとも 舞台に立っている人間だけでも その顔を上に上げさせることができた、そうだよ 落ち込むのはいい!だけど折れるな!折れたらそれまでだ!
そうなれば エフェリーネさんの評価の役者のままクリストキントは生きていくことになる、それは許してはならないんだ!
「エリスちゃんのいう通りだ…」
「そうだ、俺たちはまだやれるって あのエフェリーネさんに言われたんだ、なら…」
「こんなところで折れてられないわね」
うんうん、完全復帰とはいかないが 少なくとも心が折れるのは防げたと思う、ショックは受けているだろうし 傷ついてもいるだろうが、折れなければいいだろう
…やはり、ヴェンデルさんだけは変わらずだが 彼とは別途で話をするつもりだ、だが今は
「では、ナリアさん エフェリーネさんのところに行きましょうか」
「はい!エリスさん!」
約束は果たした、なら エフェリーネさんから聞くべきとを聞き出すだけだ…、しかしなんで劇なんか見せろって言い出したんだ、文句を言うため?指導するため?、あの人は内心が目や顔に出ないから読みにくいんだよなぁ
………………………………………………………………
エリスとサトゥルナリアは私の部屋へ来なさいと言われたので、演劇の後片付けは申し訳ないが他のみんなに任せてエリスとナリアさんは劇場の支配人室を目指して廊下を行く、幸い廊下に地図が描かれていたので 間取りはなんとなくわかった
「…あの、ナリアさん」
「ん?何?」
ただ、廊下を歩いているうちに エリスの頭は冷えていた、さっき みんなを鼓舞したはいいものの、冷静になって考えてみたら…色々とあれだな
「いえ、すみません エリスがエフェリーネさんの仕事を引き受けようなんて言ったから、あんな事になって…」
元を正せばエリスがエフェリーネさんの仕事を安易に受けたから、クリストキントはあんなにボロクソ言われたんだ、別にエリスはなんと言われても構わない それを指導として受け止めることは日々の修行で慣れている
でも周りは違う、他のみんなは何を言われても気にしない というわけにはいかない、…そこを鑑みず仕事を引き受けたのは安易だった気がして来たのだ
「いいよ、寧ろ感謝してるよ エリスさんには…」
「感謝ですか?」
「うん、僕達 はっきり言って今のままでいいと思ってた、今のまま 努力を続ければ劇団は潤って僕の夢も叶うって、甘く見てた…そんな気持ちにエフェリーネさんは喝を入れてくれたんだよ」
たしかに…、今思えばあの言葉を言えるのはエフェリーネさんしかいない、もしあれと同じ言葉を場末の酒場の酔いどれ親父が言ってたとして、エリス達はそれを聞き入れたか?
答えは否だ、例えどれだけ正論であったとしても 口にする人間に実績がなければ信用できない、そういう意味では エフェリーネさんは自分の立場を理解しているからこそ 喝を入れてくれたとも言える
「そういう意味でもさ、エフェリーネさんの前で劇をやれたのは得難い経験だと思うし、あの人のあの厳しい言葉は精進を続ける僕達にとっては宝物とも言える、だから 僕の背中を押してエフェリーネさんの前に立たせてくれたエリスさんには感謝してるんだよ?」
「そんな…いえ、そう言って貰えるとても嬉しいです、救われます」
「救われたのは僕達だよ、…エフェリーネさんに言われた 独り善がり、あれ効いたなぁ」
ナリアさんの演技が独り善がりかと言われると エリスには何も分からない、彼は素晴らしい演技をしていると思う、なのに 何が足りないんだ、何が満ち足りれば独り善がりではなくなる?
というかそもそも独り善がりって…何?
「エリスも舞台装置って言われちゃいました」
「そうだね…、エリスさんはよくやってると思うんだけど、やっぱり僕達 足りないんだろうね、まだまだ」
それはそうだ、きっと 一生を生きて 己の技量が満ち足りたと感じる事ができる瞬間など あるべきではない、足りない足りないと思うからこそ人は求める 更に上の力を、だから その渇望に火をつけてくれたエフェリーネさんには そう意味でも感謝せねばならないのだ
「そうですね、でもやっぱり己のことは己では分からないので…これからは お互いの演技で気になった事があれば遠慮なく言う というのはどうでしょうか」
「相手の悪い点を指摘し合うってことか…いいねそれ」
エリスとナリアさんは多分 これから組んで舞台に上がる機会が多いだろう、互いに互いの演技を見る機会が多いはず、なら 互いに鏡のように向き合うからこそ 見つけられる点もあるはずだ
「じゃあ それで行きましょう?」
「うん、そうだね…っと、エリスさん ここだよね」
なんて話している間に辿り着く扉に書かれているのは『支配人室』…、このミハイル大劇場の支配人にして ミハイル大劇団の劇団長 エフェリーネさんの待つ部屋だ、…ここがか
うう、入りづらい…さっき怒られてそのまま直行だから、どんな顔して入っていいかわからん、とはいえ ここでたたらを踏むのもあれだしな…うん、入ろう
「失礼します、エフェリーネさん」
「うぇっ!?え エリスさんよくそんな直ぐにノック出来るね」
え?あ、すみません まだ心の準備出来てませんでしたか?
「入りなさい」
でもごめんなさい、もうノックしちゃいましたし エフェリーネさんからの返事も返ってきちゃいました、もう逃げられません
両手を合わせて軽くペコペコ謝りながらノブに手をかけ呼び掛け通り支配人室へと足を踏み入れる…
「よく、来てくれました」
数多の本が鎮座する本棚に囲まれるように置かれた長机、その向こうに座るエフェリーネさんの姿は あまりに様になっている、こうやってみると役者というより 一団の長としての顔の方が強く見れるな、まぁ実際 普通舞台に立たないくらい偉い人なんだろうけど
「あぅう…」
「そう怯えずとも、劇場以外であのような物の言い方はしませんよ、あれは役者としての一つの意見です、気に留める気に留めないも貴方次第です、ですので そう深刻に考えないように」
「うぅ…」
そう言われても 無理だよな、ナリアさんの気持ちはよく分かる、怒られてケロッとしてろ と言ったって、そう簡単に出来ることじゃない とはいえ、エリス達はここに怒られに来たわけでも慰めに来てもらいに来たわけでもない
「すみません、それで エフェリーネさんの言いたい話が何か 伺ってもいいですか?」
「ええ、…サトゥルナリア 貴方の夢…男でありながらエリス姫を目指すと言う夢に関してです、はっきり言って 難しいと私は言いましたね」
「は はい…」
「ですが、難しいだけです 不可能ではありません、何せ 前例がありますから」
「え?…」
前例、いや待て、無い……無いはずだ、だって エリス姫を男が演じた前例はないとナリアさん自身口にしていた、エリス姫を目指す彼が態々調べたのその上で見つからなかったなら、そんな前例 あるはずないんだ
「あるんですか?…」
「ええ、二件ほど心当たりがあります」
「二件も!?、そんな…嘘ですよ、だって僕調べましたよ?現存する資料で得られる情報を全て調べました、その上でエリス姫は全て女性が演じていたと言う情報しか出てきてない…筈です」
「ええ、確かにエリス姫を演じたのは全て女性です…ですが、いるのですよ その対になる男役の スバル・サクラを演じた女が」
「あ!」
盲点だった と言わんばかりにナリアさんが口を開く、そうだよ エリス姫を演じるのが女なら 男はスバル・サクラを演じるんだ、それが通例なのは男も女も変わらない…がしかし、そんな通例を破った女性がいるなら
それはつまり、ナリアさんと同じ目標を持ち 成し遂げた人物がいると言うことになる、なその人から何か…アドバイスのような何かをもらえれば ナリアさんの夢はグッと現実的なものになる筈だ!
「だ 誰ですか!」
「一人は閃光の魔女 プロキオン様、あのお方は記念すべき悲恋の嘆き姫エリスの第一回目の公演にて スバル・サクラを演じたと言う逸話があります」
プロキオン様が、確か 師匠が言うには騎士を目指し普段から騎士然とした振る舞いをしてきた人だと言う、ナリアさんとは丁度対になるような人だ
しかし プロキオン様か、今現在行方不明なこの人を見つけるのは大変だな…少なくとも現状ではプロキオン様の捜索の優先順位は一番低い
いや?、ヘレナさんがプロキオン様の弟子なら その居場所も知っていることになるのか、あの人とはルナアールを捕まえられたら プロキオン様の秘密を教える なんて約束をしてしまっている以上 プロキオン様との邂逅はルナアール捕縛の後になるだろう
どの道、会って話を聞くのはかなり難しい…
「プロキオン様…も もう一人は?」
「もう一人は今も存命ですよ?、…今王都にて劇団を率いているとある女優がいます」
「王都で?…誰でしょうか、エイト・ソーサラーズの一人?」
「いえ、或いはエイト・ソーサラーズさえ上回る人物です」
そんな人いるのか?、エイト・ソーサラーズは女優の頂点だ、が それさえ上回る女性がいるとするなら ナリアさんだって知ってる筈、しかしナリアさんは首を傾げ 誰だろうと呟いているではないか…
「かつて、そうですね もう二十年も前になりますか…、その二十年前の悲恋の嘆き姫エリスの公演にて、異例とも言える 女性二人で主演を務めたその片割れ…、名を マリアニール・トラゴーディア・モリディアーニ…この国最強の女騎士 彼女が、スバル役をプロキオン様以来八千年ぶりに演じた女優です」
「ま マリアニール様って!王都で今プロキオン様に代わって総騎士団長を務められている方ですよね!」
「マリアニール…」
マリアニール…その名 その顔には覚えがあった、エリスがまだ学園に所属している頃 エウプロシュネの黄金冠を演じた後舞台に突っ込んできた人だ
彼女こそが グロリアーナさんやタリアテッレさん ベオセルクさんのように魔女大国の一大戦力を務める人物、この国における最強戦力…まさか そんな大偉業を成した人だとは知らなかったな
「盲点だったな!スバル役の方は全然調べてなかった!、それに!うん!た 確か…そう 確か!、あれですよね!二十年前って言ったら あの伝説の公演ですよね!」
ん?、伝説の公演? なんてナリアさんがエリスの思考を引き裂いて言うのだ、有名な劇だったの?、なのにスバル役の方を調べてなかったって どんだけ…
いや、違う…違うぞ、嫌な予感がする…、そういえばマリアニールはエリスを見て なんと言っていた?、確かあの人は…
「今も語り草となる エリス姫をハーメア・ディスパテル様が演じたあの!」
「ッッ……!!」
は ハーメアが…エリス姫を…?、いや 考えてみれば当然だ、マリアニールはハーメアと親友だと宣っていた、つまりあの人達は顔見知りであり 同じ時期 同じ場所を生きていたんだ
なら、十分可能性はあったが、まさかハーメアが…エリス姫を演じていたなんて
「………………」
「あら、エリスさん?どうかされました?」
「い いえ、なんでもありません、エフェリーネさん」
「エリスさん!ハーメアさんって知ってる!?、凄いんだよハーメアさんは!、デビューして十数年でエイト・ソーサラーズの座を手に入れて そのままエリス姫を演じ、旅劇団となり国外へと消えていった…まさに幻の役者さんなんだ!」
……そうか、彼女…そんなに凄い人だったのか、その末路を思えば 悲しいものはある とてもとても悲しい、けれど どうしても…頭の中のもう一人のエリスがずっと囁くのだ、あいつはお前を捨てた あいつはお前を見捨てた あいつはお前を生贄にしたと
もう、いいのに…許せるなら許したいのに…、かつて抱いた怒りが形を留めて未だにエリスの中に残り続けるんだ、あの時の感情を鮮明に思い出せてしまうが故に ハーメアを許したい気持ちと許せない気持ちが鬩ぎ合う
そのせめぎ合いが嫌だからこそ、もうエリスの中でハーメアはタブーにになりつつある…目を背けてるのと一緒だこれじゃあ、アマルトさんに偉そうに言ったのに このザマか
「エリスさん?聞いてる?」
「え ええ、凄い人なんですね その人…」
「憧れちゃうよね!」
「…ハーメアもルシエンテス夫妻もマリアニールも、元は私の劇団で育った子役でした…あの子達は幼馴染として独り立ち 立派になってくれて、私も嬉しい限りです…、故に サトゥルナリア もし夢を諦めないのであれば王都のマリアニールを訪ねなさい」
「マリアニール様を…わ 分かりました」
マリアニールさんを訪ねるのか、また会いに行かなきゃいけないのか、会いづらいなぁ…あの人は親友の縁故か エリスがハーメアの娘だと気がついている節がある、だからなんだって話ではあるんだが…それでも気分的に会い難い
…はぁ、まさかここにきてこんなにハーメアの事を考えなければならなくなるとは、もうハーメアの件はマレウスで終わったと思ってたんだがな
それともあれかな、…もしかしたら来たのかな…エリスのこの感情に 決着をつけるべき時が…、だとしたら 上手くやれるといいな…
「話は以上です、道は示しました あとは貴方の好きになさい」
「ありがとうございます!エフェリーネさん!」
ともあれ、サトゥルナリアさんにとってはとても有意義な1日になったことだろう、エフェリーネさんから指導を貰い、今まで夢でしかなかった物が現実味を帯び 目標へと変わったのだから
王都にいるマリアニールに会って話を聞く、奇しくも今のエリスの目的とも重なる、エリス的にも王都に向かいヘレナさんやセレドナさんと連携を取っていきたい気持ちはある
その道中でルナアールを捕まえたいが…、多分そんなすぐには現れなさそうだしな
「では、今日はありがとうございました またいつか、今度お会いした時はもっと良い劇をお見せしますね」
「ええ、楽しみにしています」
なんて挨拶もほどほどに、エリス達は支配人室を後にする、一応この街での仕事も終わったし 戻る頃には劇団のみんなも片付けを終えている頃だろう、そうなれば またこの街を発つ事になる
王都にはまだ距離があるが…、そうだな 出来れば王都に着く前にはエフェリーネさんの与えた課題をクリアできるように心掛けておこう
……………………………………………………
クリストキント旅劇団がミハイル大劇場にて公演を終え 小道具を引き払い撤収して行く、そんな様を窓から眺めるエフェリーネは静かに息を吐く
サトゥルナリア・ルシエンテス 彼がクンラート率いるクリストキント旅劇団にいる事は以前から承知していた、確かにルシエンテス夫妻は私の可愛い劇団員の一人だったし 将来有望な若手だとも思っていた
しかし、だからと言って特別扱いする気は更々ない、ルシエンテス夫妻に厳しく接したように エフェリーネはその息子であるサトゥルナリアに対しても厳しく 舞台の先達として言葉を投げかけるつもりだ
がしかし、確かに今日のこれは特別扱いだったろう、私自ら劇団の公演を見て指導する、それはこの国のどんな一流劇団さえ切望する名誉である事をエフェリーネ自身理解している
なら何故そんな事をしたか、当然ナリアがいたからではない…問題は
「エリス…ですか」
エリス、あの金髪の彼女がサトゥルナリアと共に歩いているのを見て驚愕した、あの子が居たから 私はわざわざ彼らを劇場に上げたのだ、何せあまりにもそっくりだったから…ハーメアに
ハーメア・ディスパテル…私の劇団きっての天才の一人にして、マリアニール・モリディアーニとユミル・ルシエンテスと並び エトワールに一時代を作った役者の一人、もう十数年も前に行方不明になったハーメアとそっくりな子が ルシエンテスの子供と歩いていたんだ 、そりゃあ衝撃も受ける
試しに適当な理由をつけて劇をさせて確認してみた所、ハーメアには及ばないが確かに演劇の才能を感じた、声も顔も演技も瓜二つ…間違いない エリスはハーメアの子だ
だがだとするならハーメアは何処に?、それにハーメアの話を出された時のあの苦々しい顔は…、そこまでは聞けなかった というか、なんとなくだが想像はついているから
しかしそうか、今再び ハーメアの子とルシエンテスの子が揃ったか、…だとすると 今度こそ見られるかもしれない
完璧な形でのヴァルゴの踊り子、その再演を…
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