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七章 閃光の魔女プロキオン

173.孤独の魔女と新たなる土地、新たなる戦い

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この世に永遠はない、どんなに幸せな日々であれ 終わりはある

涙ながらに懇願しても、何を引き換えにしても、終わりは来る…貴方は去っていく

きっとこれがそうなんだろう、今なら分かる 我が前から去っていく最愛の人を前に、白く息を吐くエリスは頬に一筋の涙を流しながら声を上げる

「楽しかった 今まで、貴方と過ごせた時間だけじゃなくて、貴方と出会えたおかげで今まで生きてきた人生の全てが貴方で彩られました」

ポツリと置き去りにするように言葉を紡ぐエリスは、嗚咽することもなくただただ涙を流しながら手を前に出す

去っていく、去ってしまう 最愛の人が、行ってしまう 向かわせれば帰ってくる事は二度とない、止めなければ死んでしまう、もう 再会することは絶対にない

そんな事、分かってるのに 今ここで万の言葉を尽くしても立ち去る足を止める事は絶対に出来ない、それもまた分かっているから 涙を流すことしか出来ないのだ

「希望も絶望も、喜びも悲しみも、涙も笑顔も…全て、全て貴方から与えられました、この胸にあるものは全て貴方が与えてくれました」

そこでふと過ぎるのは、彼女と過ごした楽しい旅の日々…、楽しかった この旅はなんと楽しかっただろうが、笑い 泣いて 傷つき 戦って、この人生においてなんとも得難い経験を彼女にはさせてもらった、重ねているのか?多分重ねているんだ

だからこそこの言葉には重みが出るのだ、今胸にある言葉こそが正解なんだ、旅の中 いいや…この生涯をかけて探し抜いた一つの答え、きっとこれが…エリスの言いたいことなんだ、ずっと…ずっと 消えていた言葉の答えがこれなんだ!

「…だから、贈ります 貴方に この言葉を…、聞こえるなら 聞いてください、受け取ってください、貴方との出会いが与えてくれた 私の言葉を…私の答えを…」

去っていくその背中に、手を伸ばす

それは別れの言葉か?感謝の言葉か?、それとももっと惨たらしい物か あっさりしたものか、涙か 笑顔か…それは誰にも分からない、分からないからこそ皆が皆言葉を紡ぐのだ

その人にとって、最高の言葉を…

だから受け取ってくれ、その魂が白刃の海にあろうとも その身が死に向かおうとも、これが別れであったとしても、この言葉が胸にある限りきっと貴方は そしてエリスは、救われるはずなんだ

両手を広げ、力の限り 声を届ける

「ーーーーーーーーーーーー、ーーーーーーーーーーーーーー、ーーー ーーーーー…ーーーーーーーーーー!!!」

きっと、届いていますよね…ねぇ?








…………………………………………………………………………

「ほぇー…」

迫り来る白浪を切り裂き 大陸を隔てる青き巨壁を超える、人の作り出した叡智の結晶は道無き道を進み 別たれた大地を繋ぐ

潮風に髪を揺られながら甲板でボケーっと見る、上も青 下も青、青と青にサンドされた白い境界線を見続ける

意味はない、ただ することもないので呆けているのだ

「エリス、そんなに面白いか?」

「あ、師匠」

ふと、背後にいる師匠に声をかけられはたと意識を取り戻す、その顔はやや呆れ顔だ

エリスと師匠は今 カストリア大陸からポルデューク大陸へ移動するための大客船 ジェニミ号に乗り 優雅な船旅を続けている、と言っても エリスがカストリア大陸を出てからもう数週間経った

大陸から大陸へ移動するには 大きく外側に迂回して進む必要がありそのせいでやや時間がかかるのだという

「いえ、海を見ていました…」

「海?、この方角は…テトラヴィブロスか」

エリスが見ている方角は大陸と大陸の間にある内海、名を巨絶海テトラヴィブロスなる巨大な海があるらしい

テトラヴィブロスの名は都度都度聞いている、なんでも船で乗り込めば二度と帰ってこられない魔の海だとか、何があるかは分からない 帰ってきた人間がいないから

だから何があるもんかと、遠視の魔眼を限界まで使い、水平線の彼方を見て回ってるんだが、特にこれと言って何かがあるわけじゃない

「テトラヴィブロスを見ていたのか?」

「はい、何か…他の海とは違う何かがあるのかと思いまして、けど 今の所何も…」

色が違うとか 見るからにおどろおどろしいとか、そんな雰囲気はない 、エリスの遠視では観察しきれないだけかもしれないが

「ここから遠視で見たって見えるわけないだろう、テトラヴィブロスと言っても 大陸と大陸の間にある海の、一区画だけだからな」

まぁそうですよね、でなければ大陸間の内側の海で漁とか出来ないですもんね

「テトラヴィブロスは大陸間の海の ちょうど中央に存在する区画の名だ、国一つ覆えるほどの広大な土地だが、まぁ船で行こうとしなければ行けないくらい遠くにある」

「そうなんですね、師匠はテトラヴィブロスに行ったことはありますか?」

「昔…いや、テトラヴィブロスが海の底に沈んでからはいったことがないな」

海の底に、…ああ そういえば

「テトラヴィブロスって元々は陸地だったんでしたね」

元々はこの海…大陸と大陸を隔てる巨大な海は存在していなかった、というか元々はこの二つの大陸は一つの大陸で 今海がまたがってる部分も元々は陸地だったのだ

しかし、八千年前 シリウスと八人の魔女の最終決戦を経て陸地が消し飛び、大陸が二つに裂け、結果として大陸は二つに別たれ今の形になったのだ

テトラヴィブロスはその時できた謂わば大陸の裂け目でしかない、それが超巨大な海として今残っているんだから 、当時の戦いの激しさを物語るようだ

「そうだ、元々テトラヴィブロスがあった地点には オフュークス帝国という大国があったのだ、その中央都市の大城の只中…、そこが最終決戦の場だった」

「そのまま国どころか大陸を消し飛ばしちゃうくらいすごい戦いだったんですね」

「いや、壊したのはシリウスだ…奴が最後の足掻きとして地面にはなった一撃が 何もかもを消し飛ばした、あの時は流石にこの世が終わったかと思ったよ」

一撃でか、そりゃシリウスの所為で人類の九割が死滅したって話も強ち嘘じゃなさそうだ…

「でも、その裂け目に海の水が流れ込んでテトラヴィブロスという巨大な海が出来たのだとしたら、あれですよね 海の水って減らないんですかね」

指を入れたコップに水を注いで、そのあと指を抜いたら水の量が減る、なんてのは常識だ…それと同じことがこの海で起こった筈だ、だって大陸の半分くらいが消し飛んでるんだ 当然そこを補完するように流れたら 海の水だって少しは減りそうなのに、それとも減ってこれなのか?

というか海の水ってなくならないのかな、みんなでゴクゴク飲んだら無くなるのかな

「この世界の八割方は海だからな、その程度では目に見えては減らん」

「えぇっ!?この世界って陸地より海の方が多いんですか!?」

「何言って…ああそうか、エリスは世界地図を見たことがなかったな…そもそもあれも貴重な代物 そうそう目にはかかれんか」

知らなかった、この世界って海の方が多いんだ… なんとなく陸地の方が多いと思ってましたよ、え?それじゃあ人間が住める領域ってこの世界の二割ほど?、はえ~世界って広いなぁ

「この海には色んな場所がある、南にずっと進み続ければ氷だけの大陸もあるしな」

「氷だけの!?、寒そうですね!」

「寒いさ、肺が凍るほどにな…、当然人は住んでいないし 生き物も少ない、魚みたいな鳥がいるくらいか」

「どんな鳥ですかそれ」

「他にも砂だけの場所や暑苦しい森ばかりの場所や…、色々あるな」

そう言えば師匠は、八千年の隠居生活の中 千年かけて世界を巡った経験があると言っていた、千年かけて 世界を見て回ったんだ、ディオスクロア文明圏だけでなく 他の文明や大陸を

どんなところなんだろう、どんな人がいて どんな風に住んでるんだろう、気になるな…見てみたいな、行ってみたいな

「いつか行ってみたいですね」

「うぅむ、難しいと思うが 無理とは言わん、そういう生き方を選ぶのも良いと思うぞ」

エリスは師匠みたいに悠久の時を生きることはできない、多分 この文明圏を出れば生涯戻ることはない、それどころか旅の半ばで寿命尽きて死ぬことになるだろう

この身だけでは全てを識ることは叶わない、そう思うと激烈に悔しいが…仕方ないんだろうな、人はそういう生き物で そんなにも小さいんだ

「……ですよねぇ」

まぁいいや、そういう生き方を選ぶにせよ 選ばないにせよ、今は目の前の旅だよね、浮気は良くない

「…むむむ」

「なんだ、まだ遠視の魔眼で海を見るのか?」

「はい、ちょうどいい機会なのでエリスがどれだけ先まで見えるのか、限界まで試してみようかと」

遠視の魔眼でどこまで見えるのか、それを試せる機会はそうそうない、遠くまで見ようとすればするほど視界の精度が悪くなる…、多分 エリスの遠視は街一つをぐるりと見渡せるくらいのものなのだろう

グロリアーナさんが大国全域を見渡すレベルだったことを考えると、あの人との差を感じるな

「そう言えばエリスにはアルクカース以来魔眼の修行をつけていなかったな」

そういえば と師匠は言う、たしかにアルクカース以来エリスは魔眼の修行をしていない、てっきりエリスにはまだその資格がないものと思っていたが、単純に忘れていただけなのか…

魔眼が使えたら便利だった場面はいくつかあったが、魔眼がないとどうにもならない場面というのは少なかったから別にいいですけど…

「エリスの今の実力なら 遠視だけでなく魔力を見る魔視の魔眼くらいまではいけるだろう」

「マシですか?」

「マシだ」

マシ…ではなく魔視の魔眼、気の抜ける名前だがこれはその名の通り相手の魔力が見える魔眼術だ、相手の力量を計ったり 相手の居場所を探ったり出来ることは多い
がしかし、これを取得するにはこれより下位の魔眼術、遠視 熱視 暗視の三つを取得しなければならない

魔眼術とはそうやって順番に上の段階を取得していかなければならないという、やや面倒な技術なのだ、一足跳びに上を目指すことは出来ない

ちなみに魔視を覚えたら次は透視の魔眼だが、透視は魔眼の中でも最上位に位置する物らしいので、エリスにはまだ難しいかもしれない

「魔眼が増えれば出来ることも増えますし、何よりこれから新しい大陸に挑むわけですしね、技が増えるはありがたいです」

「フッ、そうだな…本当ならフォーマルハウト随伴の方が良かったが、呼び出すわけにもいかんし 仕方ないか」

フォーマルハウト様は世界最高の魔眼術の使い手でしたね、だって魔眼で魔術を発動させるとか訳の分からないことができる人ですし…

…そう言えば…

「師匠、聞いた話になるんですけど…世界には未来を視る魔眼もあるんですか?」

ふと、どこかで聞いた話を質問として投げかける、この世には魔眼術の才能を持つ人間というものがいる、そういう人達は透視の魔眼さえも超えて多くの物を見ることが出来るという

心を見る心読の魔眼、そして未来を視る 流視の魔眼…、はっきり言って反則技だ 

だって未来や相手の考えてるとが見えたら…多分無敵だ、もし手の内を全部こちらから一方的に見られる状態でポーカーなんか出来るか?、それと同じだ そんな物抱えてる奴と戦いになるわけがない

「むぅ、あるかと言われればあるが 無いといえば無い」

「…?、どういう意味ですか?」

師匠お得意の含みのある言い方だ…いや、この場合は答えに迷ってるのか?、あるにはあるが ないといえば無い、定義の問題か あるいは今は現存していないか、どちらかだろう

「まぁその辺も含めて教えよう、では久しぶりに授業と行くか?エリス」

「はい!、望むところです!」

何はともあれ久しぶりに師匠とも修行だ、燃えてきた!一体どんな無茶振りをさせられるか、どんなことでもエリス 答えてみせますよ!師匠!

青く輝く海原の上で、エリスの目はメラメラと燃えるのであった……

……………………………………………………

と、意気込んだはいいものの

「…出来ちゃった」

出来てしまった、魔視の魔眼…会得出来てしまった、時間にして一時間と少し

これはエリスに才能があるからではなく、既にエリスの実力が魔視に軽く届くくらいにまで発達していたからだ、エリスはこの旅の中遠視の魔眼をそれはもうよく使っていた

その使用がエリスに経験値を与えていたようだ…、そしてその経験が丸々身を結び あっという間に上の段階…つまり

熱を視る熱視の魔眼、暗闇を視る暗視の魔眼、そして魔力を視る魔視の魔眼の会得に至ったわけだ、…拍子抜けだ

「いや驚いた、まさかここまでエリスの魔眼術の技量が蓄積されていたとは」

師匠もやや呆れたようにため息を吐く、いや呆れられても…エリスもびっくりですよ

「さて、使ってみろ 魔力を視る魔眼…その真価は身をもって理解するんだ」

「はい、師匠」

ともあれ、使えるようになったものはありがたい、まず使うのは熱視の魔眼…

魔眼術とは魔力操作によって得られる恩恵の一つ、の実態は魔術ではなく 言ってしまえば感覚の強化に近い

(…熱視…)

瞑った目に魔力の膜を纏わせ、瞼を開く…すると

「どうだ?エリス、見えるか?」

「はい、見えます」

熱視の魔眼、熱を視る魔眼…それを通して見る世界はなんとも不思議で、赤と青だけで表現される不可思議な視界が広がる、師匠の体が赤く 床が青い事から恐らく暖かいものは赤く 冷たいものは青く見えるんだろう

……うん、だから何?、これどうやって使うのが正解なの?、物の熱なんて 見たところで役にたつ場面が思い浮かばない、まぁいいや 多分そのうち来るだろ、熱を見なきゃいけない場面が

そのまま目の膜を取り替えるように魔力を切り替える、今度使うのは魔力を視る魔視の魔眼、暗視の魔眼を使ってもいいが この明るい真昼間に使っても意味ないだろうからね

(…魔視…)

すると赤と青の世界は色を変え、ややフィルターのかかったような 曇った眼鏡をかけたように視界が開ける、これが魔視の魔眼で見る世界…

「うわぁっ!、な なんかエリスの周りに漂ってますよ!」

自分の手を見ると、何やら白い靄がふわふわと纏わり付いているのが見える、というか体全体から湯気のようなものが浮いている、なにこれ…いやもしかして

「その白い煙のようなもの…それが魔力だ、その白が濃ければ濃いほどその魔力が強いことを表す」

「な なるほど…」

魔力を凝縮させれば可視化させることは出来るが、こうやって体を漂うようにしているのを見るのは初めてだ…、もしかしてこれがデティが生まれつき見ている世界なのかな?

いや、彼女のはもっと鋭敏で広範囲だ、何せ視界に入れてなくても感知できるんだから…、それにエリスがこうやって魔力を見ても その人の感情が読み取れるわけじゃない

この魔視で出来るのは、精々魔力を視覚的に捉えることだけ、デティみたいに色々出来るわけじゃないんだ

「…しかし、なるほど」

視界を右へ 左へズラす、他の乗客や乗組員のみんなの魔力も見える…、うん 子供の魔力は薄く 乗り合いの冒険者の魔力は濃い、なるほどなるほど こうやって力量を把握するんだな

こうやってみて見るとエリスの魔力は相当濃い…、少なくとも見渡す限りにいる存在達の中では最強と言えるほど強い魔力を持っている

「ん?あれ?、師匠の魔力が見えないんですけど」

ふと、気がつく エリスより遥かに強いはずの師匠の体からはなんの煙も出ていないことが…、普通ならもっとこう 落ち葉を焚くくらい強い白が体から吹き出ていてもおかしくないのに 師匠の体は至ってクリアーだ

「まぁ、抑えているからな、それに…第四段階に至ったもの即ち魔女達の魔力は魔視の魔眼では見えないんだ」

「そうなんですか?」

「ああ、…いい機会だから教えておこう、第四段階とは 己の内側の世界を完成させる…即ち 己の中に異界を持つ者達のことを言うのだ」

「異界…?」

何時ぞや聞いた気がする、古式魔術は自分の内側にある世界から事象を取り出すことで成り立つ魔術だと、即ち古式魔術の使い手は皆自分の内側に異界を持つのだ、それがどう言うものかは分からないが 師匠が異界だってんだから異界なんだろう

「そして、宇宙と人 真理と心理…この世界と己の異界を調和させることにより 無限の魔力を得た者こそを第四段階…通称を『覚者』と呼ぶのだ」

「覚者?」

「ああ、この段階まで来ると 世界に漂う雑多な魔力と覚者の魔力は調和してしまうからな、感じることは出来ても見ることは叶わないのだ」

つまりあれか、魔視の魔眼を手に入れたエリスは海の中で魚を見ることが出来るようになり、魚の大きさを把握できるようになった

けれど師匠達第四段階…通称覚者達は魚ではなく 海そのものと合一した者達、いくら海の中を鮮明に見えても海その物を見ることは出来ない

ってことだろう、いや分かってはいたが 師匠達はやはりレベルが違う、昔はこのレベルの強者達が魔女八人に加え羅睺十悪星とシリウスの合計十九人もいたことも考えるとゾッとする

「凄いですねー…」

「エリスにもいつかこの段階に至ってもらうつもりだぞ?」

「流石に…無理かも」

十年かけてやっと第二段階のエリスが師匠達の第四段階に至るのに一体どれだけの時間がかかるんだ?、…行けても多分その頃はエリスもうお婆ちゃんになってますよ

「ははは、何を言う 私は二十歳になる前にもう第四段階だったぞ?、行ける行ける」

「行けませんよ…」

そりゃ師匠が別格だったからでは…、しかし 第四段階…魔女の領域かぁ

エリスはそこに辿り着けるのだろうか、ラグナ達は辿り着くのだろうか…弟子世代は、どこまで強くなれんだろうか…

そんなエリスの黄昏も乗せて船は進む…ただただ進む、新たなる大地

………………………………………………………………

船での生活は存外に退屈しないもので、常に波に揺られていることもあり体幹も鍛えられるし、何より潮風を浴びているのがあまりにも気持ちよくて…、日がな日な潮風を浴び続ける そんな生活をずーっと続けていたエリスだからこそ 気がついたことがあります

それは

(寒くなってきた…)

明らかに寒くなってきているんだ、今の季節は春の中頃の筈なのに コルスコルピの冬の只中くらい寒くなってきている、しかもそれが日毎に増していくんだ

最初は気の所為とか 海とはそう言うものなのかと思ったけど、違う 絶対に違う、だって

「あうううう…さ 寒い寒い…」

船内に備え付けられた宿部屋のベットから飛び起きるなり慌てて壁に掛けてあるコートを着込む、寒いんだ 明らかに寒い、息は白いし体は震え歯はカチカチ音が鳴る、あまりにも寒すぎて天輪ディスコルディアを外してバックにしまってしまいましたもん、金属製品をつけてるとそこから凍ってしまいそうだ

「昨日よりも明確に寒くなってますね…、はあ ラグナの手袋あったかい…」

ラグナからもらった赤い手袋をまとった手をコスコス擦りながら船室を出る、ちなみに師匠はこんなにも寒いのに平気な顔して寝ている、流石魔女だ

「あー寒い…」

「おおエリスちゃん、今日も早いね」

「あ、おはようございます」

船室を抜け甲板に出れば、船の組員さんが軽く手を挙げ挨拶してくれる、名前は知らないが 少なくとも一ヶ月近く同じ船で暮らしてれば嫌でも顔見知りになる

「今日寒いですね…」

「寒いのに甲板に出てきたのかい?」

「ええまぁ、海見るの好きなので…」

海さんにもおはようしないと、なんてね

「なら今日はいいもんが見せられそうだ」

「え?何かあるんですか?」

「おお、俺たち船乗りが船旅で見る光景の中で一番好きなものが見える、こっち来な」

すると乗組員さんはエリス手招きしながらエリスを船頭へと案内してくれる、びゅうびゅう吹き荒ぶ冷たい潮風に思わず声をあげながら身を縮こまらせつつ、乗組員さんの案内で船の先頭に立ち…その先の光景を目にする

「ほら、見てごらん」

「見るって…ああ!、あれって!」

「そう、俺たち船乗りの希望の光景にして絶景、見えるだろ?あれが陸…ポルデューク大陸だ」

見えてくる、水平線に見えるのは間違いなく 陸だ、陸地だ

カストリア大陸とは違いやや白みがかった建物が並ぶ見たことのない街々、あれがエリス達の この船の目的地、新たなる大陸 ポルデューク大陸

「ほあぁぁ……」

思わず興奮して目を輝かせてしまう、だって見たことのない土地だよ?行ったことのない大陸だよ?見知らぬ国だよ?、興奮するな ワクワクするなって方が土台無理な話だ

あそこには何があるんだろう、この街の向こうには何があるんだろう、この大陸の果てには何が待ってるんだろう

すると興奮するエリスの背後で、船室の扉が開かれる音がする

「えりすぅ…どうした、興奮して…」

「師匠!師匠師匠!ポルデューク大陸ですよ!」

師匠だ、レグルス師匠が眠そうに呑気な声をあげながらあくび交じりにこちらに歩いてくる音が聞こえてくる、ようやく起きたか 見てください師匠と振り向けば

「師匠…そんな格好で寒くないんですか?」

簡素なズボンにややはだけたシャツ…際どいと言うか、寒くないのだろうか、エリスこんなにも厚着してても寒いのに

「魔力で皮膚と大気の間に数十の断層を作れば寒くない、エリスも出来るならやってみなさい」

出来るわけないでしょそんなこと…、ほら 乗組員さんがなんかドン引きしてますよ

「それよりポルデュークについたか、ほほう あちらはあまり変わってないな、相変わらず寒そうだ」

「寒そうじゃなくて寒いんですよ、ここ最近寒くなってると思ったら、ポルデューク大陸が近づいてるから寒かったんですね」

「ああ、あそこは地理的にも寒冷になりやすい地区な上、八千年前の戦いで染み付いた魔力のせいで土地そのものが冷やされているからな、あの大陸そのものが冷却剤になっているせいで 近づいただけで寒くなるんだ」

なるほど、つまりポルデューク大陸自体が海に浮かべられた氷みたいなものなのか、ポルデューク大陸そのものにより海が冷やされ 冷えた海水が更に周辺を冷やす、だから海の上にいても寒いんだ

…と言うかそう言う重要な話さらっとしない方がいいのでは、ほら 乗組員さんなんか言葉失ってますし

「あ あんたら何者だい?、そんな話聞いたことないが」

「ただの旅人だ、今のは私の妄想と片付けておけ」

「そ そうは言うが…いやいい、深入りはしないのが長生きの秘訣なんだ、今のは忘れるよ」

「そうしろ、エリそろそろ上陸だ、荷物を纏めろ」

「はい師匠!」

まぁいいや、それよりもポルデューク大陸だ、新しい土地 新しい冒険に心を躍らせながら、エリスは船内を走る 

上陸は、目の前だ!


……………………………………………………………………………………

暗澹なる石室、霊安室の如き気味の悪さを誇るその石の部屋のど真ん中に置かれた机、そこに配置されたるは五つの空席、最強のみが座ることを許された椅子ゆえに 部屋の中で待機する黒服達は壁際に立つばかりで 誰もその椅子に座ろうともしない

あの椅子に一瞬でも腰をかける、そんな恐ろしいことをすれば その瞬間敵に回す事になる、魔女排斥派の中でも一際巨大な組織…実力至上の主義のこの組織における大幹部を

No.1 魔術師のベートは幹部の中で最弱の存在だが、構成員達から見ればあれも立派な強者だ、逆に あのレベルが最弱呼ばわりされていることが驚き以外の何物でもない

No.7 戦車のヘットは怪物だ、人望 策謀 そして組織力、あらゆる点を持ちながら絶大な魔力を持つ怪物…しかし、そんな彼でさえ幹部達の中では中の下となのだ

No.10 運命のコフは最古参でありながらNo.10に甘んずる変わり者だ、嘘か真か その真の実力は幹部達の中でもトップクラスと言われている程だ、が それでもトップ『クラス』だ、トップじゃない

No.15 悪魔のアインに至っては黒服達では理解出来ない領域にいる、魔獣を従え 本人も不可視の刃を操る絶対者、何より彼に関わった人間は須らく死ぬと言う恐ろしい男だ

全員が全員、圧倒的強者 彼ら一人で黒服数百人が同時にかかっても残らず薙ぎ倒されるだろう

だが、だが…そんな彼等も この人達の前では赤子同然、この アルカナという組織の切り札 …アリエ達の前では

「私が一番乗りですか」

大いなるアルカナの秘匿拠点の最奥にある会議室、既に大勢の黒服達が待機するその大部屋の中 扉が開き、一人の女性が現れる

「時間は厳守してほしいものです」

白い髪 白い目をした透明な雰囲気を持つ女性、少女と言ってもいい嫋やかな風格とは裏腹に その身に宿す魔力は絶大、目の前にしているだけで気が狂いそうなほど の魔力を侍らせる 雷神

名を審判のシン、No.20…高ければ高いほど強い力を示す組織のNo.において …全21のNo.においてのNo.20、その意味を深く語るまでもないだろう

「あ あの…あえっと、その…わ わた…私もいます、ここに…」

「おや、いたんですね」

ふと、気がつくと既に中央のテーブルにつく影がある、色白の肌と血のように黒い髪をダラダラと伸ばし顔まで覆われた薄気味の悪い女 それがキョドキョドと慌てながら指を絡めている

座っているのだ、最強にしか座る権利のないその席に

「カフ…、あなたはもう少し自信を持ちなさい、貴方も我らアルカナの切り札…アリエの一人なのですから」

「はひゅ…えひっ、ひゃ ひゃい…」

彼女の名をカフ、No.18.月のカフ…、自信なさげに右斜め下を凝視する彼女もあれでNo.16 塔のペーさえ下に見る強者なのだ、その出現も到来も 誰も察知することが出来ず思わず周囲の黒服が背筋を正す

いつからいたんだ、あんなにも強力な魔力を持っているのに 声を発するまで存在を認知出来なかった…

「…しかし、他はどうしたのですか!、タヴ様は良いとして レーシュやヘエは!」

「しししし、しりま 知りませんよう、別に連絡取り合ってるわけじゃないし友達でもないしむしろ私も来なくていいならこんな人の集まるところに来たくなかったし…」

「遅い…!」

イライラしながら椅子に座るシンとオドオドと右斜め下をじっと見つめるカフ、空気は最悪 水と油のような二人によって場の空気は一気に冷える…すると

「ふあぁあ、おはようみんなぁあ…あれ?今何時?」

するとシンに続くように現れるのはナイトキャップを被ったクリーム色の髪色の青年だ、手には白犬のぬいぐるみが握られており、ピョンピョンと跳ねた寝癖や口元についたヨダレの跡など、まさに寝起きといった様子でこの部屋に入ってくる

この異様な空気の部屋に、寝起きでだ

「ヘエ、…もう夜ですよ」

「あれ?もう夜?、嘘ぉ…じゃあもう寝る時間じゃん」

「今から会議ですよ」

「会議?、ああそういえば…まだ始まってないみたいだね、よかった 遅れたら嫌だから昨日早寝した甲斐があったよお」

「遅れてますよ!!」

のほほーんと赤色の瞳をパチクリ動かすクリーム色の髪の青年、彼こそNo.17 星のヘエ、これでも列記としたアルカナの幹部 最強の一人なのだ

シン カフ ヘエ、皆が皆それぞれ決まった位置に腰を置き、座ったところで ようやく、最奥の扉がゆっくり開かれる

「あわわわわわ、来てしまわれた…」

「もう一人遅刻してきたやつがいるよ?シン、あれには怒鳴らなくていいの?」

「彼の方は良いのです、彼の方だけは…」

アルカナ最強と呼ばれる三人が、最奥より現れた男を前に姿勢を正す、組織の中でもトップに位置する彼らが姿勢を正す相手など…姿勢を正させるほどの人間など、この組織には二人しかいない

一人はボス…アルカナという組織の創立者 No.0 世界のマルクト、そしてもう一人…

「揃ったか、革命の同胞達」

一歩 その男が奥より歩みを進める、ただそれだけで空間が軋む程の威圧が走る、黒服達の中にはその威圧に耐えきれず呼吸さえままならぬ者もいる

その身に漂う魔力が凄い?そりゃ凄いよ、凄いには凄いが それだけじゃない、肩から羽織った黒のコートが揺れるだけでまるで大地が鳴動する、いや違う 黒服達が揺れているんだ 震えているんだ 視界が振動しているが故に世界が震えているようにしか見えないのだ

「こうして再び 生きて会えたこと、私は嬉しく思う…死の運命に対する革命は成ったようだ」

黒く焦げたような肌、右の顎下から左のこめかみまで走る切り傷の上に眼帯を置き、残った右目は金色に燃える、まるで燎原の跡の如き灰の髪は死を連想させ ライオンの如き恐ろしい顔つきは、万人を畏怖させ 同時に安堵させる、彼が味方でよかったと

それは転じてカリスマとなり、黒服達は彼に絶対の忠誠を誓う、彼こそが我らの王であると 新世界の王になる男であると

「タヴ様、我らアリエ 一人を除き集合いたしました」

No.20のシンが立ち上がり深く頭を下げる、二十一人いる幹部の中でNo.20の彼女に頭を下げさせる人間、それは ボスと彼を除いて他にいない

「ああ、良い…それで良い」

タヴ、浅黒い肌 顔に走る裂傷の燃える金眼、黒のコートを筋骨隆々の肩に羽織るその姿はまさしく魔神…否 宇宙、No.21 宇宙のタヴ、21人いるアルカナ幹部の頂点に立つ 正真正組織最強の男

それが降臨し、徐に席に座る、部屋の中央の玉座へと 腰をかける

「揃ったな、我らアルカナが切り札達…アリエ達よ」

アリエ、No.17から上に与えられる組織最強の五人の異称、この場に集まった幹部 ヘエ カフ シン タヴ、この四人こそがそのアリエ この組織の最強の切り札なのだ

そんなアリエ達が揃い踏みし会議をする、異常なことだ…アリエ達は皆多忙な身、それが一人を除いて四人も集まるなんて 異常事態だ

その異常事態が今目の前で引き起こされている、事の大きさに黒服達は慄き震える

「では、予定通り…我らが会合を始めよう」

「ちょっと待ってよ、タヴさん まだレーシュとボスが来てないよ?」

ふと、眠そうな青年がハイハイと手をあげながらそういう、確かにまだ全員揃ったわけではない

アリエ最後の一人 No.19 太陽のレーシュとこの組織のボス No.0 世界のマルクトが場に現れていないのだ、それなのに会議を始めるのかとヘエは口を尖らせる

「ボスは…マルクトは来ない、今マレフィカルム本部に出向いている、彼の方はこの場には現れん」

「現れん…じゃなくて逃げたんだろ?、組織が帝国と事を構えるなり煙のように消えてさ、本当小物だよね?、世界のマルクトじゃないて愚者のマルクトとでも名乗った方がいいんじゃない?」

「口を慎めヘエ、ボスはマレフィカルムからの招集に従ったまで、彼の方はボスであると同時にセフィロトの一員なのだ」

「よく言うよ、あの人から帝国との戦争おっぱじめめといて、ヤバくなったらトンズラ?仕事を言い訳に?、相変わらず信用出来ないなぁ」

「口を慎みなさいと言っているんです!、タヴ様が良いと言っているのですからそれで良いのです!」

シンは激怒し机を叩く、怒っているのはボスを馬鹿にされたからではない タヴの物言いに反抗するヘエに対して怒っているのだ

審判のシンと宇宙のタヴ、この二大巨頭はアルカナ黎明期より支え合った間柄故に関係が親密であることは皆承知の上だが…、まさかボスを差し置いて庇う程とはとヘエは頭の後ろで腕を組み背もたれに垂れかかる

「まぁ、いいけどさ…それで、他のメンバーは何処に行ったの?、アリエ以外の人達は?」

「No.12の死神は帝国領地内で動いてもらっている、No.11の力とNo.5の教皇はオライオンで活動させていたが…、つい先日 夢見の魔女の弟子のと交戦になり敗北したそうだ」

「ヴァヴはともかく、テッドも?マジ?負けちゃったの?

No.5 教皇のヴァヴ No.11 力のテッド、両名共に教国オライオンにて同じく魔女排斥を掲げるマレフィカルム傘下の組織『邪教アストロラーベ』と組んで大規模な破壊工作を行う予定だったのだが…

どうやら夢見の魔女の弟ネレイド・イストミアと戦闘になり敗北したそうなのだ

ヴァヴもテッドも弱くはない、ヴァヴも低No.ながら限定的な状況ならば戦車のヘットを上回る実力を発揮する男

テッドに至っては普通に強い、力の強さだけならNo.16のペーにも劣らない猛者だ、それが纏めて捻り潰されるとは…と、黒服達にも激震が走る

「何を慌てふためく、魔女の弟子はエリスだけではない…既にカストリア大陸にはラグナ メルクリウス デティフローア アマルトの四名の存在が確認されている、そしてこのポルデューク大陸にも二人…夢見の弟子と無双の弟子が確認されているだろう それらは全員我らの敵なのだ」

既に魔女の弟子は七人 確認されている、カストリア大陸にはラグナ達四人…、ポルデュークの夢見の弟子ネレイド、そして

この帝国での戦線にて何度もアルカナ達に辛酸を舐めさせてきた無双の魔女の弟子…、あれと接敵した者は何人もいる

故に分かる、無双の魔女の弟子は強いと言うより恐ろしい、雲のように現れ 逃げれば影のように追い 迎え撃てば霧のように消え、そして悪鬼羅刹が如き強さで蹂躙する…、最強の魔女カノープスの弟子だけあり 戦闘技能と言う点においては他の追随を許さない

「魔女大国だけでも厄介だと言うのに…、ここに来て魔女の弟子まで現れるとは…」

「ねぇシン、一つ聞きたいんだけどさ 魔女の弟子ってそんなに恐ろしいのかい?」

ふと、悔しさに歯噛みするシンにヘエがのほほんと問いかける、そんなに恐ろしいのかと

「いやさ、僕魔女の弟子ってあの皇帝陛下…無双の魔女の弟子としか戦ったことないからよく分からないんだよね、確かに無双の魔女の弟子はおっかないよ?まるで殺意以外の感情がないバトルマシーンだ …殺戮兵器と言ってもいいくらい恐ろしい、けど 他の弟子までそんなに怖いのかな」

ヘエは一度 無双の魔女の弟子と交戦している、アルカナにとっての切り札 アリエたる彼が痛み分けという形で終わるほどに奴は強かった、けど他の弟子も同じくらい強いのかと

この中で他の魔女の闘いぶりを見ているのはシンだけだ、カストリア大陸にいるアルカナ幹部達の連絡係として飛んでいた彼女だけしか他の弟子の強さを知らない

「そうですね、弟子達の強さにはムラがあります、皆が皆 無双の魔女の弟子程強くはありません」

「なーんだ、そりゃ安心…」

「ですが、アルクカースのラグナ そして流浪の旅人エリスに関しては別です、奴らは既にアリエに対抗できる程の強さを持ち得ています」

「……へぇ」

アルクカースのラグナ、あれは一種の天才だ、魔女の一の指導から十を得る、捨て置けば将来確実に世界の頂点に辿り着く英雄の器だ

そしてエリス、彼女の実力に関しては語るべくもない、ヘット コフ アイン…アルカナ幹部の中でも際立って強いこの三人を倒しカストリア大陸に常駐する幹部を掃討して今ここに迫っているのだから

「それに奴らは凄まじいスピードで強くなっています、このままではいずれ…我らの前に立てるほどに強くなるでしょう」

「って言ってもさ、やっとアインやペーに勝てる実力何でしょ?、だったらまだまだ僕には勝てないよ」

「油断するなヘエ、魔女の弟子は謂わば魔女の卵とも言える存在、孵化すれば…必ずや革命を殺す存在となる」

タヴの言葉に驚いたのはヘエだけではない、その場にいる全員だ

警戒しているんだ、あのタヴが…隔絶した強者のアリエ達の中でも更に別格とされる彼が、明確に弟子達を警戒している、いずれ 己さえも殺す存在になると

「今現在七人いる弟子達をこれ以上増やすわけにはいかない…、魔女の弟子が八人揃えば 何が起こるか想像もできん、故に手を打った」

「手?…」

まるで盤上に駒でも打ち込むかのようにタヴはその傷だらけの手を 指先をトンと机の上に置く

「まだ弟子を取っていない魔女は、エトワールの閃光の魔女プロキオンだけだ、故に ここの魔女が弟子を取り 八人目が誕生する前に、その弟子の候補となる人間を先んじて殺しておく」

「なるほどいい案だぁ、弟子も鍛えられる前は弱いもんねぇ…でも、出来るの?弟子になってない弟子を殺すなんて、未だ生を授かっていない人間を殺すようなもんじゃなぁ~い?」

「飽くまで候補を絞るだけなら出来る、今までの傾向を見るに魔女は王族かそれに類する国内の要人を弟子に取る傾向がある」

魔術導皇 大王 同盟首長 学園理事長、カストリア大陸の弟子達は皆要人だ、ネレイドは産まれが不確かであるせいで断定出来ないし、無双の魔女の弟子は出自が些か特殊である為例外とすれば 少なくとも七人のうち四人が要人

とくれば、エトワールで生まれる魔女の弟子 その最有力候補が誰かは容易に想像出来る、シンはなるほどと頷き ヘエはニタリと笑い…

「んなるほど、つまり…閃光の魔女が弟子に選ぶのは王族であり要人、なら…大国エトワールの国王 ギルバート・ブオナローティの一人娘…姫騎士ヘレナ・ブオナローティ辺りかな」

魔女大国エトワールの国王 ギルバート・ブオナローティの娘 ヘレナ・ブオナローティ…、世界最高の劇団『エトワール王国歌劇団』の団長にして姫騎士、姫にして騎士という可笑しな肩書を持つあの女

あれも魔女大国の未来を繋ぐ要人の一人、今までの傾向から魔女の弟子になる割合は非常に高いと言える

「ああ、私も同じ意見だ…、故に刺客としてエトワールに向かわせた No.19 太陽のレーシュを」

「レーシュをですか!?タヴ様!」

思わず声をあげてしまうシンの行動も無理からぬもの、確かにアリエの一人でありながらこの場に一向に姿を現さないレーシュを不思議に思ってはいたが、まさか既にエトワールに向かっていたとは

しかし…

「ああ、既にレーシュはエトワールに入っている」

「しかしタヴ様、レーシュは我が組織でも主力中の主力!、それをこの帝国と事を構えている最中に離脱させるのは 些かリスクが…」

レーシュのナンバーは19、つまりNo.21のタヴ No.20のシンに次ぐ実力者、組織の中で三番手の実力者だ、アインやペーやコフを手先として使うのとは訳が違う、過剰戦力もいいところだ

奴にはこの帝国に残ってシンと共に帝国に残って無双の魔女の手先と戦う役目があるというのに、それを離脱させるなんて…

「シン、分かっている…だが魔女大国の王族の暗殺など並大抵の人間に務まる仕事ではない、この一件は万全を期する必要があるのだ」

それは分かる…分かるには分かる、レーシュならば王族暗殺を成し遂げるだろう、魔女大国最高戦力クラスの強者を相手取っても一歩も引かぬ戦いをすることができるだろう、まさしく万全を期した一手と言える…

だがあるんだ、不安要素が…

「何か不安か?シン」

「はい、…今 あの国にはエリスが居ます、孤独の魔女の弟子エリスが」

「ぷふっ、エリスって 魔女の弟子の?」

エリスが居るんだ あの国には…、それを聞いたヘエは笑い タヴは目を伏せる、それがどうしたと言わんばかりに

「心配しすぎだよシン、レーシュは僕よりも遥かに強いんだよ?、それが魔女の弟子とはいえ未成熟の魔術師一人に敗れるなんて 考えられないないよ」

「シン、お前の不安は分かるが…私はそれさえも想定してレーシュに任せている、今のエリスの実力とレーシュの実力、この差は如何ともし難い…案ずる必要はない」

そう言われてもシンはどうにも納得できない

アイツをエリスが倒せるわけない、そう…何度思ったか、それでもエリスは超えてきた ヘットを コフを アインを、当時格上である彼らを相手にエリスは勝って来た

奴には実力以上の何かがあるんだ、ここ大一番で格上を相手にした時のエリスの爆発力は侮れないんだ、ともすればレーシュさえ超えてしまう程に…

「気にし過ぎだ、それともシン…お前はレーシュの実力を疑っているのか?」

「……っ!」

そこで気がつく、シンの言葉で理解する、そうだ レーシュは違う…アインやヘット達とは違う、格が違う

奴の使う魔術は無敵の魔術だ、本気を出せば魔女にだって仕留められないよう立ち回れる程だ、エリスには勝てない アインやヘットを倒したとてレーシュには勝てない…、奴は確実に勝つ、あのタヴ様さえそう判断したのだ 彼が判断したなら確実だ、覆りようがない

そう考えれば都合がいいじゃないか、未だ産まれ得ぬ八人目とエリス…二人の魔女の弟子を屠れるのだから

「すみません…、恐れすぎました」

「いやいい、その慎重さこそ お前の美徳だ」

「僕はビビリ過ぎだと思うけどぉ?」

「エトワールの件はこれで良いな?、では次に、この帝国での計画の件だが ファーヴニルが……」

俯き 冷や汗を頬に流すシンを置いて 会議は進む

ただ、その内容を聞き入れられるほど 今のシンに余裕はない

彼女はただただ言い聞かせていた、大丈夫だ 大丈夫だと

レーシュの実力とエリスの実力、その二つを比べ合わせても エリスに勝てる確率はゼロに等しい、オマケにエリスにはレーシュのあの無敵の魔術を超える手立てはない、シンだってレーシュの実力は認めている、勝てない エリスは勝てない、絶対に勝てない

だが…もし、万が一 億が一…エリスがレーシュに勝利してしまったら、エリスの手は既に このシンに届き得るまでに成長している事を意味するのだ

やはり、デルセクトで殺しておくべきだった…、その判断をただただ呪い シンは決意する、もしもの事があれば…やはりエリスはこの手で殺そう…と
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