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六章 探求の魔女アンタレス
142.孤独の魔女と異変発生
しおりを挟む朝日が昇るか昇らないか、そんな時間からエリス達は野営を終わらせ 旅立ちの支度を始める、距離的にもうエリッソ山は目と鼻の先だ、今日の昼頃には遺跡にたどり着いて帰路につけるだろう
寧ろその予定でいるから、そうであってくれなければ困るのだが
一応出発前に周辺を確認してみたところ、エリス達を追い抜いて夜間も強行軍で移動した存在はいないようだ、それか 闇の中無闇矢鱈に進んでルートを外れて明後日の方向に向かってしまったとかかな
ともあれエリス達が一番早い事に変わりはない、ならこのリードは確保したままでいたいな
ということで昨日の今日で申し訳ないがガニメデさんには御者として頑張ってもらう、一応ラグナもエリスも手綱は握れるが、昨日見た感じ馬の扱いはガニメデさんがピカイチだ
流石は軍トップの子息、とても頼りになる…
「ねぇねぇエリスちゃん」
「はい?」
なんて考えているとデティに肩を揺さぶられ意識が明瞭になる、しまった ウトウトしていたか?、昨日は寝ずの番だったから流石に眠いな
意識を取り戻すと共に周りを見れば、まぁ当然動く馬車の中、昨日と同じく鮨詰め状態だ一日同じ姿勢でいると流石に腰を痛めそうだが
これ以上スペースは確保できないし、もっと大きな馬車にすると移動速度も落ちる、我慢でなんとかなる部分は我慢だ
「どうしました?デティ」
「これ何?」
すると暇に明かしたデティが積荷を漁っていたようで、手にはビスケットが握られている、これは…緊急時に備えて用意していたものだな
と言っても ここらは資源が豊富だし、食料が尽きてもその辺の森に入ればラグナが適当に獣狩ってくるし、もう必要ないものだ
「見ての通りビスケットですよ」
「おやつ?」
「いえ…そう言うわけではないですよ、でももう必要なさそうですし、食べてみますか?」
「いいの!?」
この空間では彼女もストレスが溜まるだろう、ストレスとは体に悪い 少しは発散させてあげないとね、これでそのストレスが晴れるなら…あ でも
なんて思う間も無くデティは容れ物からビスケットを取り出し一枚パクリと食べると…
「な…んか、パサパサしてるし…甘くない、というか…味もない」
「そりゃそうですよ、旅用の保存食ですからね 水に浸してオートミールにしたりして食べる用ですから、美味しくはないと思いますよ お砂糖も控えめですし」
「そうなんだ…」
思ってたの違ったのかポソポソ音を立てながら口の中のビスケットを頬張る、懐かしいな エリスも昔甘いものと思って食べたら口の中カラッカラになるまで水分を取られたものだ
だからこそ、美味しい食べ方も知っている
「デティ、ちょっとそのビスケット貸してください?」
「ん?どうするの?」
「こうするんですよ」
積荷の中に手を突っ込み取り出すのは果実のジャム、買ったものではなくエリスが少し前に作ったものだ、真っ赤なジャムの瓶を開け それにビスケットを浸す、ヒタヒタにして それを抉り抜くように取り
「はい、食べてみてください」
「う…うん、あーん」
パクリと音を立てジャムのついたビスケットを一口で食べてしまうデティ、すると 瞬く間にその目が輝きで彩られる、美味しかったようだ
「美味しいですか?」
「んっ!んっ!、おいひいぃ!おいひいよエリスひゃん!」
ジャムの甘さと程よく柔らかくなったビスケット、そして甘味に飢える馬車旅美味しさは一入だろう、ビスケットもジャムも保存が効くからな エリスも昔は旅の最中良くこうして楽しんでいたものだ…
「もう一枚食べていーい?」
「いいですよ、でもあんまり食べると喉が乾いてしまうので、程々に」
「はーい、えへへ」
エリスからジャム瓶を受け取りいそいそとジャムにビスケットを浸し始めるデティ、可愛いなあもう…
すると
「ん、ちょっと出てくる」
とラグナが険しい顔をしながら進んでいる最中の馬車の扉を開け外に転げ出るのだ、どうしたんだろう…いや 彼があの顔をするときは一つしかない、目の前に闘争が差し迫った時だけだ
「おおラグナ君!、ちょうど呼ぼうとしたところだ!」
「どうしたんですか?何あったんですか?」
馬車から上半身を出し外を見る、どうしたんだ なんて聞くまでもない、外に出た瞬間それが見えたからだ
「魔獣だ、それが4~5匹出たんだ」
ラグナが凝り固まった肩を解しながら歩く先には長い耳と血走った目をした小さな鼬型の魔獣がいる、小汚い茶色の毛並みと鼬よりも一回り大きな体と鋭い牙…あれはマリスウィーゼルだ
マリスウィーゼル…協会指定危険度F、特有のすばしっこい動きと鋭い牙での攻撃が脅威の魔獣、イタチと言いつつイタチではない 見た目が似ているだけであれも肉食、放牧地なんかに現れて牛とかを食べてしまう恐ろしい魔獣なのだが 強さ的にはそこまでだ、剣を持った人間ならある程度倒せる雑魚の木っ端 ざこっぱだ、エリスも旅の最中たくさんみた
因みに あれはウィーゼル系と呼ばれる系統の1匹だ、ああいう鼬の姿をした魔獣は色違いの種が沢山おり、真っ赤な体が特徴のバーニングウィーゼル青い体が特徴の水棲 オーフィングウィーゼルなんてのもいるが、皆総じて危険度は低い その中でもマリスウィーゼルは一番弱い
だがウィーゼル系は弱いものと油断してはいけない、特に黒い肌をしたウィーゼル系最強種 インクブスムステラなんて個体は危険度Bの列記とした怪物、偶にウィーゼル系はみんな弱いと勘違いして喰い殺される冒険者が後を絶たないんだ
「キシャァァァ!!!」
「馬でも食いに来たか?、悪いがコイツはウチの大切な仲間なんだ、餌なら他所を探しな」
今回はそんな恐ろしい個体はいないようだ、全部雑魚のマリスウィーゼルだ、どうやらエリス達の馬を狙って現れたようだな
こういう魔獣に対する対処も課題のうちの一つか、旅には魔獣はつきものだ、危険な魔獣は事前に退治してあるらしいが、このレベルならお前らでなんとかしろって事だろうな
「ラグナ、手伝いますか?」
「いいよ、エリスは休んでて…このくらいなら俺一人で十分だ」
「シャァァァァァァア!!!!」
「やる気か…、追っ払うか」
どれだけ危険度が低くとも魔獣は魔獣、危険なことに変わりはないし 一度誤れば喰い殺される恐ろしい物だ、だがラグナは恐れない…なぜか?
決まっている、アルクカースじゃあんなもの魔獣のうちにも入らないからだ、その辺の道を歩いたらDランクがうようよ出てくる魔境、普通に歩いてるだけでAランクの魔獣が出てくる地獄のような国出身の彼からすれば 可愛いもんだろう
牙を見せ威嚇するマリスウィーゼル、数にして5 少ない あまりに少ない、ラグナという男を相手取るには…あまりにも
「シャァッ!!!!」
飛びかかる 身を一瞬縮めバネのように跳ぶマリスウィーゼル、それは獣の勘か 或いは彼らはそうやって生きてきたのか、五体全く同時に飛びかかるのだ、例え2~3体が空中で迎撃されようとも残った奴が相手を喰い裂き肉を食らう
弱きは死に強き者だけが生きる、自然の摂理をそのまま表したかのような戦法を前に、ラグナは驚くことも反応することも 動くことさえしない
いや、違う…動いたゆったりとした動きで手を前に突き出して…
「奥義…!」
そして、掴んだ 何をだ?、分からない 何もない空間をグッと力を入れて掴んだのだ、そうとしか形容できない、魔力は感じない ただの行動、ただの…
「『空壁返し』!!」
刹那、爆音 轟音 破裂音が響き渡る、投げたんだ 空間…いや この大気をラグナは掴み、ひっくり返したんだ、あり得るのか?空間を人間が掴んでひっくり返し投げるなんて…
い いや違う、空間を投げたんじゃない 投げるかのようなフォームで風を起こしたんだ、腕を振れば風は起こる、当然のことだ それくらいエリスにもできる、が…彼はそんな誰にもできる行動を
一種の攻撃へと昇華させたのだ
「ギャブァッ!?」
巻き起された風…否 空気による不可視の衝撃はマリスウィーゼルの群れを空中で纏めて迎撃する、まるで見えない壁に殴られたように体を折り曲げ弾き返されるのだ、いや あれもう魔術級だぞ…人間って鍛えたらあんなことできるようになるのか
「ラグナー!殺したのー?」
「殺してねぇ、気絶させただけだ、なんか弱い者いじめしてるみたいで気がひけるしな」
デティの言葉に軽く返し彼はこちらに戻ってくる、見ればマリスウィーゼル全てヒクヒクと足を動かし気絶しているのが見える、ラグナくらいになると あのレベルは触れずに倒せるのか
「終わったよ、ガニメデ」
「ああ、ありがとう…魔獣がいると馬が怯えるからね、手綱を離すわけにはいかなかったんだ」
「いいよ、一日御者任せてんだ、このくらい俺がやるよ」
「はははは!、頼もしいね!…おっと どうどう」
ラグナはやや退屈そうに馬車に戻ってくるなり、再び窓からを見続ける…
魔獣退治は彼に任せておけば良さそうだな、魔獣も大した奴も出てこないし 安全だって確保されている、気候も道も安定している 食料も物資も潤沢
イージーだ、レグルス師匠との旅もまぁまぁイージーだが この旅はそれよりイージー ベリーイージーだ、これなら ちょっと居眠りしても大丈夫そうだな
「ふぁ…すみません、ちょっと眠りますね」
「ん?、ああ 君は寝ずの番をしていたんだ、ゆっくり休みなさい 何かあれば私やラグナで対応するから」
「ありがとうございますメルクさん、…それでは少しだけ」
「え?ちょっと!?エリスちゃん!?なぜ私を抱きしめてぇー!?」
デティを抱き枕がわりにしてコテンとその場に寝転ぶ、うん 馬車の揺れが心地いい…デティもあったかくてふにふにだし、これなら直ぐに…眠れ……
「あの、エリスちゃん寝ちゃったんですけど、私のこと抱きしめて」
「さっきのビスケットの礼だと思って付き合ってやりなさい、それともラグナ 代わるか?」
「な 何で俺!?」
………………………………………………………………
それからどれくらい眠ったろうか、エリスがデティに起こされた時 既に馬車は停止しエリス達は山の前にいた、実物は見たことないが 多分エリッソ山だろう
既にラグナもメルクさんも外に出ているようだ、エリスは寝ぼける頭を振り払い 気合いを入れる、よし 無事到着したようだな
「すみません、今起きました」
「おう、エリス よく眠れたか?」
「おかげさまで」
デティの両脇を掴み抱き上げながら外に出て空を見れば…、うん まだ昼頃って感じかな
周囲の地形と記憶を照らし合わせる、確かにここはエリッソ山だ
エリッソ山、なだらかな平原にボンと浮き出た小さな山で、遥古の時代はこの山を中心に村があったらしく 、村人はこの山の恩恵を受けながら生きていたと言う、ムルク村と同じ文化形態だろう
残念なことにこの山付近の村は数千年前に滅んでいるらしく、今は文献の中ででしか確認出来ない存在となっているが、この山には未だ価値がある
それは何か?、遺跡だ 名をアルヘナ遺跡、エリッソ山付近に村ができるよりも遥かに前からあったとされる遺跡、山の内部を丸々くり抜いたかのような広大な遺跡、成立時期はおよそ5000年前と言われており 何のために作られたものかは不明
人間が生活していた痕跡のようなものが見られるため恐らく居住区画として使われていたのだろうが、それでも態々山をくり抜いて住む場所を確保する理由が不明な為、結局なんのための遺跡かは分からない
そんなエリッソ山を見上げ、一息つく とりあえず目的地には着いた あとは遺跡に入って、烙印の押された木版を持って来れば良いだけだ
「なんか思ってたよりも大した山じゃないな」
「どんな山を想像してたんですかラグナ」
「カロケリ山みたいなの」
あんなデカかったらヴィスペルティリオの街からでも見えるだろう…、それに登るだけでも一苦労だし 旅に慣れてない生徒が登ったら死人が出るぞ、アジメクのアニクス山 アルクカースのカロケリ山 マレウスのテンプス山はこのカストリア大陸の三大富岳と呼ばれるような山だ
そんな山がホイホイあったら大変だし、そんなところに行かされるのもちょっとあれだ
「では登るか?」
「ちょっと待ってくれ!、馬達はどうする!?」
ふと、登ろうとすると ガニメデさんに止められる、馬か…その辺の木に括り付けておけば逃げることはないだろうが、この辺にはマリスウィーゼルみたいな肉食の魔獣がいるし そいつらが寄ってこないとも限らない
「うーん、木に括り付けて 帰ってきたら魔獣に食べられていた…とかは怖いですね、見張りをつける必要がありますね」
しかし見張りにつけるなら誰がいいだろうか…ガニメデさんは遺跡攻略に必要だし デティはちょっと可哀想だし、メルクさんでもいいが…ここは実績ある男に任せたほうがいいだろう
「ラグナ、馬の見張り頼めますか?」
「えぇーっ!、俺も遺跡見てみたい!」
「そんな子供みたいなこと言わないでください、魔獣が寄ってきてもラグナなら平気ですよね」
「そうだけどさ…、いや 我儘を言うのはあれだな、分かった 行ってきてくれ」
ラグナを置いていく、戦闘になるかもしれないが ここにいるメンバーならそれも大丈夫だろう、遺跡に行って木版取ってくるだけだ、大したことはしない 直ぐに戻って来られるしね
「では、エリス達は行ってきますね」
「うん、直ぐ帰ってきてくれ 寂しいから」
「そんな子供みたいな…ふふふ、お土産話期待しておいてください」
「じゃーねー!見張りのラグナ~?」
「馬を食うなよ?ラグナ」
「俺のことなんだと思ってんだよ!早く行け!」
シャァー!と怒るラグナに苦笑いだけ残しエリスとメルクさん デティとガニメデさんの四人で登山を開始する、と言っても道は整備され階段は出来ているので登山感はあまりないですがね
エリッソ山は十数年前にアルヘナ遺跡の調査を完全に終了し学園にその所有権を明け渡している、言い換えれば発見されてより数百年は調査が続けられていたと言うこと、当然遺跡までの道は出来ているし 今でも観光客が入ると言うこともあり大した危険はない
整備された道 刈られた草、魔獣は巣を作らず崩落の危険もない、極めて安全な登山、初めての冒険にはうってつけだ、これを発案したのは元冒険者のボルフ先生らしいが 教師としての腕はともかく冒険者としては一流だ
「よいしょ よいしょ」
整備された石階段だが、デティは若干上り辛そうだ…手を貸すべきかな
「デティ、手伝いましょうか?」
「エリスちゃん、お願い」
「はい、では捕まってください」
「はーい!」
そう言ってデティをおんぶする、しかしデティはなんでこんなに小さいんだろう、この一年デティはまるで成長していない、ここで成長がストップしたかのようだ、魔女のように不老ってことはないんだろうけど…ここまで大きくならないのは異常だ
思い浮かぶ原因といえば魔蝕の子ということくらいだが、エリスもバシレウスも普通に成長してたしな、…それとも手に入る才能の代償にみんな何かしらを失ってるのかな
だとするとエリスも何か失っているのかな、…なんだろう 無い物を理解するとは難しいことだ、視覚的に見えないならなおさらだ、魔蝕の子については分からないことだらけだからな…魔女の皆さんも魔蝕の子については詳しくなさそうだし、分からないな
「お、見えてきたぞ あれじゃないか?」
ふと、メルクさんが上を見て声を上げる、釣られてエリスも見れば 山の山腹に岩造りの遺跡が見える、入り口だあれは、なんて説明せずともわかるくらい入り口だ
本当になんと危険もなく行き着くことができたな、まぁ旅で疲れた人間に更に試練を与えるほど学園側も鬼畜ではないか、ここに辿り着くまでが試練みたいなものか
なんて思ってる間にエリス達は入り口に辿り着く…
「これが遺跡かい?なんだか思ったよりもしっかりしているね!」
「コルスコルピはこう言った遺跡の保持や修繕にもお金をかけているそうですよ?」
「なるほど!だからいつもケプラー家はカツカツなのか!」
「ケプラー家というより コルスコルピ全体がカツカツなんですよ」
「ねぇエリスちゃん、これからこのくらいところに入るの?、なんか暗くて怖いな…」
キュッとエリスの服を掴む手が強くなる、暗いか 確かに光源はなさそうだな、まぁエリスには光魔晶の指輪があるから松明はいらないんですけどね、指輪に魔力を込め光らせれば視界は明瞭になる
「おお、いいもの持ってるね エリスちゃん」
いや本当に便利だなこれ、いつか機会があったらリバダビアさんにお礼を言いたいな
「では…行きましょうか」
ゴクリ そんな固唾を呑む音が聞こえた気がした、どれだけ安易な旅路であれど 迷宮探索は皆初心者、エリスも始めてだ 初めての経験をするとは新鮮で楽しくありつつも、未知という恐ろしい闇が立ち込めるものなのだ
指輪の光で遺跡の闇を切り裂きながら進んでいく…コツコツと音を立てて進んでいく、…何もない 何もない、筈なのにな 何故か胸騒ぎが止まらない
…………………………………………………………
アルヘナ遺跡 山の中に作られた遺跡であり、なんの為に存在するか不明とされる遺跡、ただこの遺跡の調査は百年以上かけて行われており
数多くの学者により この遺跡そのものから発見できることはもうないとされ一般人も訪れることが出来るよう解放されている
ただ、一般に入れるようになり 国によって管理されているとはいえ、ここは何千年も前からある遺跡、ボロいことに変わりはない、山の溜め込んだ地下水が湧き出て常に湿気が立ち込めており、天井からポツポツと雫が滴り不気味を醸し出している
そして何より広い、物凄く道が分かれており光源もない為 下手したら迷いそうだ、この中から木片を探すのは至難の業だ…
と エリスは事前に予測していた、だから対策を取っておいた 直ぐに見つけられるように
「こっちだよ!エリス君!!!」
ぐわんぐわんと暗い遺跡の道の中ガニメデさんの声が木霊する、彼の先導に従うようにエリス達は着いて行く、途中ある分かれ道にも迷わず真っ直ぐ進み続ける
「ねぇ、本当にこっちなの?エリスちゃん」
エリスにおんぶされたデティが不安そうに呟く、もう結構歩いたからな 引き返すだけでも一苦労だろう、これでやっぱり間違ってました じゃあ力が抜けてしまう
でも多分大丈夫だろう
「大丈夫ですよ、ガニメデさんがこっちって言ってるんですから」
「ああ!、僕に任せてくれよ!!」
そう叫ぶ…否 吠えるガニメデさんの方を見る、そこにいるのは人ではない やや大きめな犬だ、それが地面をクンクンと嗅いでは進み 嗅いでは進みを繰り返しているのだ
「なるほどな、ガニメデに犬になってもらい 匂いで木片の匂いを辿るとは、考えたなエリス」
そうだ あの犬はガニメデさんなのだ、元々このつもりで彼に声をかけたわけだしね
「遺跡に全チームが取得できる量の木版を置いておくとなると、それなりに匂いも出る筈ですからね、犬の嗅覚があればそれも可能かと思いまして」
ガニメデさんに犬になってもらい、匂いでの探知を試み そして成功しているのだ
遺跡じゃ痕跡は見つけづらいが木の匂いまでは隠せない、それを犬の嗅覚を使って進んでいるんだ、人間には出来ない芸当だが犬なら出来る、そして犬に出来るならガニメデさんにも出来るのだ 、或いはラグナなら匂いで探知とかも出来るかもだが 犬の方が鼻はいいからね
「しかし、ありがとうございますガニメデさん」
「ん?、なにがだい!」
「いえ、この旅でガニメデさんには助けられっぱなしですから、何から何まで助けて頂いて」
「ハハハハハ!、力を求められたら答えるのが友の役目さ!、それにね!そういうお礼は全部終わってからでも遅くはないよ!!、ほら こっちだ!」
スンスンと匂いを嗅ぎ 幾つにも分かれた道の中から迷わず道を選ぶガニメデさん、一応この国でも随一の貴族の子息である彼を犬扱いするのは気が引けるが、彼の性格の良さに助けられているところが大きいな
大型犬になりエリス達を先導してくれるガニメデさんに着いて行く、途中分かれ道があるも全て無視 迷う時間が無い分非常に効率的に進むことが出来る
「なんだか、遺跡探索と聞いて…想像していたのと違うな」
「え?、メルクさん?」
「いや 、私が昔読んだ冒険小説ではな?遺跡の奥底に眠る宝とその行く手を阻む守護者と罠の数々、それを潜り抜けて進み 果てに掴む栄光…なんて感じだったから、遺跡と聞いて少しそういう展開を期待してしまっていたんだ」
なるほど、でもそういう小説に出てくる遺跡って大体未開の地とかにありません?、こんな半ば観光地化している遺跡に罠も守護者も無いですし、あっただろう宝物も回収されてしまっているだろう
悪いが、そういうスリルやロマンスは安定と安全の中では生きてはいけないのだ
「っと…」
なんて話をしていると足を踏み外してしまい、バランスを崩す もう床も古くなっているのか踏んだだけで地面が歪んでしまい、そこだけベコリと凹むのだ
メルクさんのいう小説とやらなら、ここで岩石の一つでも降ってくるんだろうが…
「…………」
「どうした?エリス」
「いえ、なんでもありません」
やっぱりな、何もない これは床が外れていただけ、罠スイッチとかではない、寧ろスイッチを押さないと発動しないなんて罠 効率が悪すぎるしな、うん
「エリス君!!!匂いが近いよ!目的のアイテムは目の前だっ!」
「大分下におりましたものね、そろそろかと思ってましたが…見つかって良かったです」
どうやら目的地ももう目の前のようだ、それを回収すれば遺跡の旅も終わり 特に何かあるわけでもなくただ時間がかかるだけの冒険だったな、まぁいい 指を動かし目の前を照らせば廊下の奥に部屋が見える、感じ的にあそこだな
「じゃあ…」
回収に行きましょうか、そう言葉にして皆の方を振り向こうとした瞬間…目に入る
正面を見るメルクさんとデティ…エリス達より先に行くガニメデさんは気がつかない、エリスだけが気がついた その姿、闇が迫り上がるように膨れ上がり 人の形を取っていることに、剰えその影が 硬く拳を握りメルクさんとデティに振り下ろそうとして…
「メルクさん!デティ!」
咄嗟に二人の襟を掴みエリスの後方へと投げ飛ばし影の一撃を籠手で受ける、凄まじい一撃だ 受け止めたところに籠手がなければエリスの腕が吹き飛んでいたぞ!?
「ぐぅっ!」
「エリスちゃん!」
「どうした!一体何が…」
痺れる腕を振り影に向き直り指輪の光を影に当てその姿を確認する、そこに居たのは…いや あったのはと形容した方が正しいか
「…ゴーレム?」
「……………………」
ゴーレムだ、岩の体 無機質な肉に魂を宿し意のままに操る魔術…、魔術科筆頭教授リリアーナ・チモカリスが試験などで用いることのある魔術だ、それが目の前にいた ドカンといつのまにか現れていたんだ
体長2メートル程のどデカイ石人形がだ、こんなのが接近していたのに全く気がつかなかったなんて…どういう事だ
「なんだこれは…遺跡の罠か?」
これが遺跡の罠?考え難い 今の一撃はエリスが戦い慣れていたからこそ受け流せてたものの 普通の人間なら一撃で頭を叩き割られていた程だ、殺す気の一撃だった そんなのが未だに放置されているとは考え難い
なら学園側が置いた試練?なおの事ありえない、さっきも言ったが今の一撃は人が死ぬ威力、流石の学園も課題で死人を出す気は無い筈だ
なら……なんだこれは、一体どこから現れ何のためにいるんだ、全然わからん
「………………」
「チッ!速い…!」
丸みを帯びた特徴のない人型をしたゴーレムは容赦なく拳を振り回す、それが速いのなんの、ゴーレムの強さは作った人間の技量によって変わる つまりこれを作った人間は相当な手練れという事だ
しかも、引っかかるんだ…こいつが拳を振り回す姿が、何かと被る 何かに似ている というのにエリスともあろう人間が思い出せない、何に該当するか分からない というか必死に考える暇もないほどの激烈な攻めを交わし 籠手で防いでいるのだ、今はこいつを倒すのに集中するか
「っ!そこ!」
「………………」
腕を振った隙を突き、懐に入りその胴に手をつく、どんなに強かろうがゴーレムはゴーレム、内側の魔力の通り道を潰してやればいい ゴーレム試験でやったのと同じ……
「なっ!?」
ゴーレムに手を突き 内側の魔力を探って驚愕する
複雑、あまりに複雑だったのだ 何がどうなっているか理解できない程に複雑だ 何百 何千…下手した何十万もの血管の如き、細かい糸がギッシリ詰め込まれていた、こんなの何処をどう弄ったら動きを止められるのか分からない
な…んだこれ、試験の時作られたゴーレムとはまるでレベルが違う、これは…お遊びじゃない 本物の
「しまっ…!」
己の失策を悟る、手を突き接近し 何もしないエリスを前に様子見をしてくれるほど優しいやつでないのは知っている、ふと顔を上げれば既にゴーレムはエリスの頭を果実のように潰すため 高く高く振り上げている、避けられない 間に合わない 死んだ…!
「『ウインドウアーム』!」
「ぴゃっ!」
刹那、咄嗟に体が引かれる 風だ デティの声だ、風がエリスの体を掴み後方へと引っ張ったのだ なんて感じる間も無くさっきまでエリスがいた場所にゴーレムの拳が叩きつけられ 石階段は粉々に砕ける…
やっぱりこいつおかしい、元々遺跡にいたゴーレムなら 或は遺跡を管理する立場にいるはずの学園が用意したものなら、遺跡を壊すほどの力で地面を殴るなんてありえない
「チッ!、硬いな…!」
エリスがデティに救出される頃には既にメルクさんが銃を作り出しゴーレムに向け撃っているが、聞いている様子はない、見た目はただの石なのだが 銃弾さえ弾き傷さえ受け付けないほどの硬度を持つようだ
「どうする!エリス!」
「エリスが決めます 皆さんは危ないので下がっていてください!」
恐ろしい相手だ 殺意を持ってかかってくる相手とはいつも恐ろしい、だが恐ろしいだけだ どうにもならないくらい強くはない、或いは相対したのが普通の生徒だったなら この場は恐ろしい惨劇の場になっていたろうが
(生憎…この程度の修羅場ならもう何度も潜ってきました)
「…………!」
駆け出しゴーレムへと突っ込むエリスに呼応するように迎撃行動を開始するゴーレム、腕の関節を無視した鞭のような連撃 人型をしてるだけで人間の攻撃ではないその連撃を避ける、上体を反らし 時に地面スレスレに跳び、或いは籠手で迎撃し 或いは捌き受け
近く、一歩…また一歩と、そしてその歩みの中 エリスは静かに口を開く
「雷を侍らせ 滾れ豪炎、我が望むは絶対なる破壊 一切を許さぬ鏖壊の迅雷、万雷無炎 怨敵消電 天下雷光、その威とその意が在るが儘に、全ての敵を物ともせず 響く雷鳴の神髄を示せ」
我が魔力が滾り 形を変えて迸る、手の中に集うのは雷…しかし、光を放ち燦然と輝く雷ではない、黒々とした闇に紛れるような恐ろしい見た目の雷だ、それがエリスの腕の中でグルグルと渦巻き…そして
「…『黒雷招』ッ!!!」
放つ、相手の拳撃の間を縫って、その土手っ腹に食い込ませるように漆黒の雷を、この魔術の名は『黒雷招』、エリスの得意とする火雷招 その八つある姿のうちの一つらしい、意味合いはよく分からないが…
この黒雷招は相手の破壊に特化した魔術だ、物資に浸透し内側から叩き砕く黒の雷はいかなる防御も意味がない、ただし注意するべきなのはこの魔術は火雷招と違い全く熱量を持たないという点にある
まぁその分周囲に余計な被害を与えず便利なのだがね
「…………!!」
ゴーレムの石の体に黒い雷が杭のように何度も突き刺さり 内側からも貫くように何度も暴れ狂う、ナイフで何度も布を引き裂くようにゴーレムの体は人の形を失い始め…
「ふぅーっ、いっちょ上がり」
目の前でガラガラ崩れるゴーレムを前に息を吐く、造作もない 面をくらいはしたが今更このくらいじゃ苦戦しないからな…ただ
「なんだったんでしょうか、これ…」
ゴーレムは所詮内部にコアをつめただけの石人形、壊してしまえばただの石塊だ 一体誰がこんなことをしたのかなんて、分かるはずもない…かといってあのまま残していてもヒントは何も得られなかっただろうしな
「こんな危険な代物が出るとは…一体どうなってるんだ学園の課題とは、最初についたのが我らでなければ死人が出ていたぞ」
「ほんとほんと!、文句言ってやる!」
「やめてくださいデティ、先生達もこれを全く予期していなかったのでしょう…責めても意味ありませんよ」
「すまないみんな!犬の僕が匂いで気がつけないのは 不覚だった!」
「仕方ありませんよ、ガニメデさんも犬そのものなわけではないんですし 何より調査に集中しているガニメデさんを守るのはエリス達の仕事ですから」
…それでも、何やらきな臭さを感じてならない、一体何がどうなっているんだ…と 疑問を感じるのはおかしなことではないはずだ
「さて、では木板を回収しましょう…またゴーレムが出るかもしれないので ゆっくり慎重に」
「ああ、分かった」
「はーい!」
「ああ、木板はすぐそこだからね」
なんて会話もほどほどに 踵を返す、もう危機はないだろう、予期せぬ事態が起こった以上 こんな遺跡には長居できない、とっとと木版を回収して先生に報告するに限る…
「あったよ!エリスちゃん!」
ふと、デティが叫ぶ エリスの目算 そしてガニメデさんの鼻の通り、たどり着いた最奥の部屋には綺麗に並べ積み重ねられた木版が安置されていた、多分あれのことだろう
一つ手にとって確認する、手に収まるくらいの小さな長方形の木板には 学園の紋章 アリスタルコス家の家紋が烙印されている、これを持って帰れば課題は晴れて終了だ
「これが木板か…、遺跡の最奥にある宝にしては ややチャチだな」
「そんなこと言わないのーメルクさーん、そりゃ私も冒険活劇みたいなの期待してたけどさー、拍子抜けとは言わないけどさー、終わりくらい夢みさせてくれてもいいとは思うけどさー」
「ぶつくさ言っちゃいけませんよデティ、これはあくまでお試し、本物が体験したければ本物に挑むしかありませんよ」
「その通り!!、真の苦労こそが!真なる栄光の引換券になるのだ!、苦労とは金銀の種さ!よく父も言っているよ!はははははは!!」
「うぅー、ガニメデうるさーい…」
爆音響かせ笑い木霊させるガニメデさんに思わず耳を塞ぐ、言ってることは素晴らしいがなにぶんボリュームが凄まじい、しかもこの密閉空間だ もう反響しまくって逆に何言ってるか分からないまである
「ともあれ課題はこれで終わりだ、エリス とっとと帰るぞ、あんまりラグナを待たせると馬を食べてしまうかもしれん」
「ですね、早く戻りましょうか」
「はー、行きはよいよい帰りはよよいのよい」
「ラグナ君は馬を食べないと思うのだが!?食べないと思うのだが!?」
なんて 話しながらエリス達は踵を返し木板の置いてある最奥を後にする……………と
そんな中エリスは、一人 立ち止まり…何か引っかかるような違和感を感じて再び振り向く、木板が置かれているその最奥を
「………………?」
違和感だ、エリスの直感が告げている なんか変だと…、しかし何が変なんだろう
木の板は綺麗に並べられ 積まれ、まるで正方形の箱のように乱れなく安置されているんだ、あれだけで結構な数だ きっと全てのチームがちゃんと確保できるように数を確保してあるんだろうな
エリス達は一番乗りだから その綺麗な立方体を目にすることができたんだ…しかし違和感とは…
「え…………」
ふと、気がつく エリス達はその立方体のど真ん中から一枚木の板を取った、だから中央のそこだけ欠けている 、いやそこだけが欠けているべきなのだが…
少し 視線をズラし、立方体の右の角に…
そこには、一枚 エリス達とは別の人間が木の板を取った跡がある、そこだけが 欠けている
エリス達より前に ここにきた人間が…いる
そんなバカな…
「エリス!来い!、何をしている!?」
「え?メルクさん?」
すると闇の奥から怒声が聞こえる、メルクさんの声だ 何か様子がおかしい、どうしたんだ
「いいから早く来てくれ!外の様子がおかしい!」
「外の様子?…くっ!」
なんだ 今度はなんなんだ、メルクさんの声に従い旋風圏跳で加速し一気に来た道を戻る、ガニメデさんの案内がなくとも来た道の暗記くらいエリスにはわけない、来た道をただひたすら真っ直ぐ戻る……
…………………………………………………………
途中合流したデティ達から聞かされたのは『外から異様な魔力を感じる』との報だった、デティがわざわざ血相変えていうのだ 余程のものなのだろうとエリスはメルクさんデティガニメデさんの3人を連れて 遺跡の外へ飛び出る
遺跡の出口 光溢れる外界へと躍り出る、するとそこには
「なっ…なんですか、これ」
エリッソ山、エリス達が登った時は何も無い 平和極まりない山道だった、筈なのに 今は
「グルォォォォォォオオオ!!!」
「キシャァァァァ!!!!」
「ズズズズズ!!」
魔獣だ 魔獣が群れをなしてウヨウヨと溢れていたのだ 遺跡の入り口から山の麓にかけて何十 下手したら何百というのも量が、一体どこからこんなに湧いたんだというような数がひしめき合っていた
しかも…
「ここにいる魔獣…どれもCランク以上ですよ…!」
すぐそこで胸を叩いている巨大なゴリラ、名をハザードコング 危険度Cランクの巨獣であり 一撃で大岩を砕く力を持つ
大空を舞い咆哮を轟かせる巨大な鳥、名をラフィアンファルコ 危険度C 別名大空の破壊者の名を持つ最悪の猛禽類、牛だろうが人だろうが大空からの一撃で仕留め食べてしまう恐ろしい魔獣
山の木々を食い散らかしている巨大な虫の大群、あれはデストロイヤーアント 危険度Cランク…群れでの危険度はAランクであり 群れをなして山一つ食い散らかす恐ろしい魔虫だ、あれが出現するだけで冒険者協会が総出で駆逐にかかる危険生物
どれもこれもプロの冒険者が複数人で討伐することが義務付けられている怪物達ばかりだ、こいつらだけじゃ無い 他にも山のように魔獣がいる、なんでこんなことになってるんだ
こんなの生徒になんとかできるやレベルじゃ無い、というか こんなのが一堂に会するだけで軽い小国なら滅ぶぞ!
「こ これも課題なの…?」
「絶対に違う!、誰も意図しない緊急事態が起こったと見るべきだろう…!」
「何が起こったか分かりませんが、放置しておけません!やりましょう!」
「勿論さ!、正義の味方として 悪の跋扈は見過ごせん!」
何が起こったか 把握は後だ、この魔獣の群れに生徒達がかち合ってしまったら直ぐに食い殺されてしまう、そうなれば課題どころでは無い
故に、構える…四人揃って臨戦態勢を取った瞬間
「グロロ…」
「カロロロロ…」
「ジジジ…」
魔獣が一斉にこちらを向いた、まるで…そう まるで何者かに指示でも受けたかのように、奴らもまた意思を持って 徒党を組んで、こちらを見たのだ
そして
「グギヤァァァァァァ!!!!」
「ッ……!」
飛びかかってきた 同時に、魔獣が同じ種族で徒党を組むこと自体は珍しく無い、だが 別々の種が協力しコミュニケーションを取り、まるで軍隊のように同時に襲ってくることなんかあり得ない、獅子と虎が協力するか?しないだろ それと同じだ
「燃えろ魔力よ、焼けろ虚空よ 焼べよその身を、煌めく光芒は我が怒りの具現『錬成・烽魔閃弾』!」
「大いなる四大の一端よ、我が手の先に風の険しさを与えよ、荒れ狂う怒号 叫び上げる風切 、その暴威を 代弁する事を ここに誓わん『颶神風刻大槍』!」
「『デリュージバースト』!」
メルクさんの銃が火を噴く、放たれる緋色の光芒は魔獣の群れを一閃し爆炎と共に吹き飛ばす
エリスの風の大槍は不可視の刃となり直線状に存在する魔獣を吹き飛ばし切り刻み消しとばす
デティの詠唱に呼応し虚空に現れた小さな水球は 瞬く間に増幅し、刹那 弾ける その圧倒的な衝撃は如何に強靭な魔獣の五体とはいえ易々とぶっ飛ばす
魔女の弟子3人による同時広範囲爆撃、一切の容赦はなく 一抹の隙もない、如何に高ランクの魔獣とはいえこちらの全力の魔術をぶつけられれば生きてはいられない…がしかし
「なっ!?、こいつら…」
「チッ、他の魔獣を盾にして…」
瞬時に悟る、今の突撃は攻撃ではなく防御であったことを、体格の大きな魔獣が前に出てエリス達の攻撃を身を呈して防ぎ その隙を別の魔獣が突く、策を用いたのだ 魔獣が人間の隙を突くために
捨て身の攻撃を仕掛けてきたのだ、魔獣だって己が可愛い筈なのに 命を投げ出して…いや、違う 違うぞ、『そこ』じゃない!
「デティ!」
「あい!」
咄嗟にデティを抱えて風を纏い飛び上がり デストロイヤーアントの顎を回避する、するとまるで分かっていたか 或いは待っていたかのように上空からラフィアンファルコが襲来する、空は己のものであると言わんばかりに 飛び上がるエリスの頭上から爪を剥き出し 降りかかる
「『フレイムウォール』!」
しかし 今度はデティがエリスを守るように降りかかるラフィアンファルコに向け炎の壁を作り出す、鳥の急降下はそんな簡単に止まれるほど簡単なものではない、哀れな怪鳥はは炎に包まれ焼き鳥と化す
「ありがとうございますデティ」
「いえいえ、それよりエリスちゃん 気がついてる?」
「ええ、…やっぱりこの魔獣達、おかしいですね」
デティも気がついているか、そりゃそうだよな こいつら、ただ単に連携して攻撃してくるだけじゃない
エリス達の戦い方を知っている、しかもその攻略法を共有している あり得ない、だって最初に体を盾にする行動…あれはエリス達の攻撃力の高さを知らなければ出来ない行動だ
エリス達はこの魔獣達と戦うのは初めてなのに、なんでこいつらはエリス達の戦い方を知ってるんだ?誰かが教えた?、んなことあるわけがない…一体どういうことだ、何から何まで今までの魔獣達と動きが違い過ぎる
「ヴゥォォオオォオォオ!!!」
「チッ、数が多い…」
地上に着地する頃には小さな犬から巨大な獣人へと変貌したガニメデさんとメルクさんが魔獣と戦っていた、メルクさんの銃弾は容赦なく魔獣を貫き ガニメデさんも必死に魔獣に食いつき爪を突き立て戦っている
個々で見れば善戦している、だが…数が多すぎる、オマケに奴等は一匹二匹やられようが構わないと言わんばかりに誰かがやられている隙に攻めてくる、…山の麓にいる奴らもドンドンこちらに殺到してきてるし、なんなら山の外からも魔獣が現れる
ジリ貧だ、このままでは…離脱しようにも エリス達が逃げれば他の生徒達が山に来た時のことを考えると…
(どうする…、どうすればいい…纏めて吹き飛ばそうにも またさっきみたいに肉の壁を使われては…)
そう考えながらも火雷招をぶちかますも やはりハザードコングやアイアンアルマジロのような硬く大きな魔獣が壁になり背後の魔獣を守る、そしてその肉片を押しのけてデストロイヤーアントやバーニングウィーゼル達 素早い魔獣が突っ込んでくる、避ければ空から奇襲が来る
まるで…、誰かが エリス達のことを知る誰かが俯瞰で戦場を見て指揮をしているようだ、いるのか?何か 指揮をするような魔獣が、でもそんな魔獣聞いたことが…
ん?、聞いたこともない動きをする魔獣?、そんなの最近見たな…確か
「エリスちゃん!危ない!」
「あ…しまっ」
デティの叫びに反応し咄嗟に動く、首を ほんの少し 右に傾ける、すると魔獣の群れを引き裂いて遥か後方から鉄の槍…否 槍のような尻尾が飛んできてエリスの左頬を掠め 鮮血が舞う
「シュロロロ……」
見れば魔獣の陰に隠れ 鋼の鱗を持つスケイルアナコンダが舌を出していた、危なかった デティの声がなけれな奴の尾に脳天ぶち抜かれていた
「この…っ!起きろ紅炎、燃ゆる瞋恚は万界を焼き尽くし尚飽く事なく烈日と共に全てを苛む、立ち上る火柱は暁角となり、我が怒り…体現せよ『眩耀灼炎火法』!!」
怒りのままに鋼の尾を掴み詠唱を言い放つ、エリスの腕から溢れた炎は瞬く間にスケイルアナコンダを包み、鋼の鱗ごと燃やし溶かす
余計なことを考えるな!エリス!、今は状況把握なんて後でいい!、今はこの状況を生きて乗り切る事だけを考えろ!
「フゥー…、開化転身・アルベドフォーム、朽ちろ 腐来風!」
メルクさんも本気を出したのか、黒色の塵を纏うまるでアルベドのような形態となり 触れたもの全て腐らせる死の風を放ち、目の前の魔獣を一斉に腐られ殺す、凄まじい力だ…だが魔獣はそれでも恐れない
朽ちる魔獣の影からワラワラと魔獣が現れるのだ
「『ストーンクワイ・イータス』!」
そんなメルクさんを援護するためデティも地面から岩の槍を放ち魔獣を串刺しにする、だが減らない 死んだら死んだ分追加される、もっと…もっと強力なのがいる…もっと
「雷を侍らせ 滾れ豪炎、我が望むは絶対なる破壊 一切を許さぬ鏖壊の迅雷、万雷無炎 怨敵消電 天下雷光、その威とその意が在るが儘に、全ての敵を物ともせず 響く雷鳴の神髄を示せ!」
エリスは口では黒雷招の詠唱を言い放ち左手に黒色の雷を用意し、跳躍詠唱で右手に火雷招を用意する、最大火力 最高威力の合体魔術…
「『黒雷招』…(火雷招…)!」
二種の雷を同時に放つ一撃、同系統の魔術を掛け合わせると威力が普通にやるより威力が上がるのはコフとの戦いで理解している、故に エリスが用意できる最高の雷魔術を同時に放つ
名付けて『双火黒雷衝』!
「ッッッーーーッッッ!!!」
両手から放たれる絶大な力の奔流、二つの雷は一つの光となり目の前の魔獣の群れををぶち抜き消し飛ばす、体を盾にする そんな小賢しい浅知恵など跡形もなく消しとばし後ろにいる魔獣さえも塵にする
正直、エリスの想像を超える勢いだ…エリスが予想するよりもこの二つの魔術は相性がいいのか?
「ぐっ…!」
なんて安堵していると腕が感電したように痺れる、まるでお前にはまだ早いと叱るようにビリビリと痺れ 力が抜けると共に合体魔術は露と消え、エリスが脱力と共に片膝をつく頃にはエリスが消し去った魔獣はすぐに補填され また元どおりになってしまう
「エリスちゃん!大丈夫!?」
「無理をするな!エリス!」
エリス一人が戦線から抜けてしまったせいでエリス達の戦線は均衡を失い魔獣側に傾く、皆善戦している ちょっと敵側に傾いた程度では小揺るぎもしない、なんて魔女の弟子だからな 魔獣如きに遅れはとらない
魔女の弟子は…
「グゥッ!?」
次の瞬間崩れたのはガニメデさんだ、獣人となり戦っていたが 彼は言えば古式魔術が使えるだけで普通の生徒だ、連戦に次ぐ連戦に耐えきれずついに均衡をくずしてしまった
マズい、非常にマズい 殺されるガニメデさんが、なんとかせねばと心は思うが体が動かない、さっきの攻撃の反動が思ったよりもでかい 二つの魔術の良すぎる相性が思ったよりもエリスに負担をかけたのだ
やはり付け焼き刃は武器にならないか!慎重になっていた筈なのにこの状況で手段が選べなかった…!
どうする、ラグナを呼ぶか?いやこの様子じゃラグナも麓で戦っているだろう、もし魔獣がエリス達の情報を持つならラグナにこそ戦力を集中させる、彼がいまだに現れないと言うことはあちらにも余裕はないはずだ…!
なら エリスがなんとかせねば…!
「ぐ!…うぅぅぅぅ…!!」
痺れる体を無理矢理奮い立たせ起こす、もう一度さっきの双火黒雷衝を撃つ 今度はどうなるか分からないが、それでもガニメデさんが死ぬよりは良い結末になるはずだ!
そう思い、魔力を高めた瞬間…山の麓で 爆裂が轟く
「今度はなんだ!?」
「もしかしてラグナ!?」
ラグナが助けに来てくれたと一瞬思ったが!違う 爆裂が起こった方向はラグナのいる場所とは違う方向から、つまり別の存在が何かをしたのだ
じゃあ別の魔獣が現れたか?それも違う、魔獣達の動きがあからさまに動揺しているからだ、まるで こんな話聞いてない言わんばかりに…完全に連携を失ったのだ
「何が…」
そう呟く頃には、エリスは既に答えを得ていた…、山の麓から飛んでくる魔獣の残骸、綺麗に両断された 寸断された その切れ端を目に入れた瞬間理解した、魔獣さえ慄く この国の絶対強者の存在を
「ジャァァァァァァッッッ!?!?」
響く断末、されどそれが最後まで奏でられることは無く 瞬きの間に煌めく線が身体中に走り、粉々にされる…あれは 正しく、微塵切りだ…比喩ではない、正真正銘の微塵切りなのた。
「鏖斬・アッシェ!!」
振るわれる剣撃は形を捉えさせず 目にも留まらぬ速度で魔獣達を斬り殺していく、五匹追加されるまでに十匹殺す 十匹追加される頃に五十匹殺す、ガニメデさんに群がる魔獣もエリス達を取り囲む魔獣もまるで風に吹かれた木屑のように消えていく
それもそのはず、勝てないのだから 例え魔獣であってもこの国最強の存在は揺るがない
そう、コルスコルピ最高戦力 にして世界最強の剣士
「タリアテッレさん!」
「流石魔女の弟子、やっぱり無事だったか …ガニメデは些か危なかったみたいだが」
「面目無い!助けられた!タリアテッレ殿!!」
タリアテッレさんだ、鎧を着込み 愛剣片手にこちらにすっ飛んでくる、ただそれだけの動作で剣閃が四方八方に乱れ飛び 魔獣がバラバラになって吹き飛ぶのだ、デタラメなレベルで強い
これがタリアテッレさんのマジモード、否 仕事モード…剣士としての顔なのだ、やはりエリスではあの領域はまだまだ遠いようだ
「ラグナにエリス達を助けてやってくれって頼まれたからね、食い殺されてなくてよかった」
「ラグナは!無事なんですか!」
「無事も何も、ここよりも強力な魔獣が跋扈する戦場で 馬を守りながら楽しそうに笑ってたよ」
まぁ…そうだろうな、なるほど 彼がここに来なかったのはやはり彼の方に戦力が集中していたからか、しかもそんな中 彼は一人で余裕だったと、やっぱり強いな ラグナは
「しかしどうなってるんだ、課題の前日に強力な魔獣は全部私が倒したはずなのに、…というかこんな強力な魔獣 コルスコルピには出ない筈、どっから湧いたんだこいつら」
「分かりません、ただ…他の魔獣と違って策を弄し連携を取る不思議な魔獣です 気をつけて」
「はっ、…魔獣が策?、エリス そういうのはね…浅知恵ってんだよ」
するとタリアテッレさんは剣を緩りと構える、剣を持った右手を掲げ 剣先を前に向ける構え…それを取るだけで 凄まじい威圧が大地を揺らし
「さぁて…どう料理してくれようか」
……………………そこから先の出来事を一言で片付けるなら そうだな、『蹂躙』と呼ぶ方が的確だろう
タリアテッレさんの強さはエリス達よりも遥かに上だ、あのラグナよりも上なのだ 隔絶した強さと言ってもいい、何せあのグロリアーナさんと剣一本で渡り合うような人だ、魔獣が相手でもそこは変わらない
タリアテッレさんが一度剣を振るえ目の前の魔獣が一瞬でバラバラになる、彼女がフッと消えれば周囲の魔獣が真っ二つになる、あれはもう剣術と呼べる代物じゃない 死そのものだ
「閃斬・エスカロップ…!」
まるで包丁を扱うような斬撃の雨、ただ一人の斬鬼と化したタリアテッレさんは無敵だ、彼女の剣の届く範囲に入った瞬間から魔獣が死ぬ
「輪斬・コルレット…!」
旋回 その場でくるりと砂埃を上げて回転すれば斬れる、魔獣が その背後の木が 岩が 雲が…こりゃ、ステーキナイフで山を斬るというのも強ち嘘じゃなさそうだ
「よっしゃ!トドメの奥義!剣界……あり?、もういなちー?」
気がつけば 魔獣の群れは一匹残らず狩り尽くされてしまっていた、ある段階から追加の増援が来なくなったのだ、それはタリアテッレさんがここに現れ蹂躙を開始してから少し経った後くらいだ
タリアテッレさんも亡き者にしようと動いたのだろうが、これは敵わないと誰かが増援を打ち切ったようにも見えた、やはり…どこかで何者かが魔獣に指示を飛ばしていたのか?、しかし そんな存在いるのか?魔獣を束ねることが出来る存在?
…思い浮かぶのは伝説に聞いた魔獣王、全ての魔獣の始祖であり親である魔獣王なら或いは可能なのかもしれないが、…魔獣王は八千年前師匠達に倒されているというではないか
一体何が
「エリっち?大丈夫かにゃん?」
「え?」
ふと、顔を上げるとタリアテッレさんがこちらを見下ろしていた、口調はいつもの間の抜けた感じ、でも…その顔は未だ仕事モードだ
「…ふぅ、お疲れさん とんでもないもんに巻き込まれたね」
「いえ、タリアテッレさんが来てくれたおかげで…なんとかなりました」
「そう?、まぁそうだね あれはエリっち達の手には余るか、しかしなんでまたこんなことに」
「分かりません、全くなんの前触れもなく…」
「前触れがあったら私が気づいている、がしかし 私が気がついたのは全てのことが始まってから、…本当に なんの前触れもなく唐突に…魔獣が集まって暴れ始めた、はっきり言って異常事態だ それも前代未聞のね」
前代未聞か…実は、これ いやこの状況、エリスは一度体験している、それはあのデルフィーノ村での合宿の時、邂逅した隠者のヨッドとの戦いを終えた時だ
彼を始末するために現れたスライム…、今回の魔獣と同じように何者かの意思によって動かされていたようにも感じた、 その時ヨッドが口にしたのは
アイン…大いなるアルカナ No.15 悪魔のアインの名だった、もしかしたら これってアルカナの仕業なんじゃ…
「………………」
「そんな不安そうな顔しなくてもさ、課題は続行するから エリっち達は早くヴィスペルティリオに戻んな、私がこの辺見張っとくから また同じように魔獣出たら私がなんとかするよ」
「へ?あ…はい ありがとうございます」
エリスの顔を見て何か勘違いしたのか、課題の続行を告げるタリアテッレさん、確かに未知なる問題は起きたものの 当の魔獣も全て狩り尽くした、なら問題なく続行もできるか
後のことはタリアテッレさんが引き継いでくれるようだし、任せようかな…
「メルクさん デティ、ガニメデさんも 無事ですか?」
「ああ!!、僕は無事だとも!!!」
「私が治癒したからね!、まだ体力は戻ってないんだから ゆっくりしてなきゃダメだよ」
デティから治癒魔術を受け先程の傷も癒えたガニメデさんが吠える、よかった 命に別状はなさそうだ…魔獣の海に飲まれた時は肝が冷えた、即座にエリスが助けに入れればよかったのだが…
「ガニメデさん、さっきは助けに入れなくてすみませんでした、エリスがもっとちゃんとしていたら」
「気にすることはないよ!己の失態は己の物!誰かの所為にするつもりはない!、君も君で全霊を尽くした!それでいいじゃないか!」
「でも…」
「君は悪いことが起きると原因を自分に寄せようとする悪癖があるね!、物事は何も全てが君を中心に回っているわけではない!もっと無責任に生きても問題ないよ!」
逆に励まされ叱られてしまった、何でもかんでも自分の所為と決め付けるわけじゃないけどさ、でもエリスがもっとちゃんとしてたら なんて考えないわけがないだろう、でもきっとそれが良くないんだろうな…
これが逆の立場なら…、エリスも同じ事を言う なんでも自分の所為にしてくれるな、失態くらいエリスのものにさせてくれと 反省くらいさせてくれと、そう言う事なんだ
「…ありがとうございます」
「それはこっちのセリフさ!、さぁ!色々あったが課題続行は変わらない!早くラグナ君のところに戻って学園へ帰還しよう!木板はもう手元にあるからね!」
明朗快活に笑うガニメデさん、さっきまで命の危機にあったというのに彼は強い、誰かの所為にせずただ己の弱さを受け止め、それでも折れずに立ち上がるのだから…もう立派に父の跡を継げる大人物へと成長してきているんだな、ガニメデさんも
なんてエルスも偉そうなこと言えないけどさ
「はい、ラグナが心配です…戻りましょうか」
「そうだな、まぁラグナに限ってやられていることはあるまい、あの男も伊達じゃないさ」
「むしろラグナなら魔獣食べちゃってそうだよね!」
「ラグナ君は魔獣を食べないと思うのだが!?思うのだが!」
ともあれ、分からないことや分かったようなそうでもないようなことを多く抱え エリス達は無事課題を終えることが出来た、結局 無事に帰ること以上の成果はない、ならつまり この結果は最上のものだったと言えるだろう
考えなきゃいけないことは、たくさん増えたけどね……
……………………………………………………………………
エリス達が山を降りる頃と同時刻、エリッソ山から遥か離れたもう一つの名もなき山の頂上 その更に木の上に一人、立ちながら 何やら難しい顔をする影がある
「やはり…ダメだったかぁ」
声が揺れる、残念そうな 脱力するような、それでいてなんとなく 納得するような、やっぱりそうだよな、そう簡単じゃあないよな 分かってはいたが、やはりこうして目にすると気が抜ける
魔女の弟子エリス ラグナ デティフローア メルクリウス、全員が全員圧倒的強者だ 先程の魔獣との戦いを見ていた、ここから遠視を使い観戦していたが
いや強い強い、人としてはぶっちぎりの強さだ 最強とまでは言わないが、選りすぐりの魔獣達が雑兵同然とは、痛快過ぎて笑いがこみ上げで来たよ
やはり魔女とは凄まじい、人として最高峰に立つ彼女達に育てられただけでああも育つとは、隔絶した存在に育てられると強くなる…とは、やはりどこも同じだな、そういうのは
「ちょおーっと!アイン!アインアインアァァァイィィン!!、何納得してんの?何得心いってるの?何一人分かったようなツラしてんの!?、そうやって余裕ぶってりゃ強者っぽく見えると思ってる?思ってる感じ?ギャハハ!ざんねーん!あたしのが強いんダァ?これが?ギャハハハ!!」
一人納得する影の隣でけたたましい女が騒ぐ、ゲラゲラケタケタと笑う馬鹿は 影を呼ぶ、アイン…と、大いなるアルカナ No.15 悪魔のアインの名を呼ぶのだ
「うるさいなぁ…ペー、君は強いが頭が悪い だから今回の一件の指揮を外されたんだろう?、それも忘れたかい?」
「あ?おー?あー…そうだったな!だけどあたしの方が強いんダァ?強いダァ?」
全く と影は額を押さえる、この女は馬鹿だが強い…間違いなくこのカストリア大陸にいるアルカナ構成員の中では最強だ、ヘットもヌンも彼女の前では赤子同然だ こうやって憂う影自身、この女 No.16 塔のペーの前ではちょっと気合い入れないといけない
頭さえ良ければアリエに数えられていたと言われているんだ、つまり 実力だけ見ればアルカナ最強の五人と同格なのだ
「でぇ?どうすんの?アイン!、魔獣あんだけ集めてあんだけ囲んで負けてんじゃん!どうすんの?、あたしに任せる?任せるならアイツら全員踏み殺してこようかぁ?」
「ダメだ、…それとあんまりその名を口に出さない方がいい」
「あぁん?なんでぇ?なんでなんでなんでぇぇ?」
「上司の前だから」
「あぉ?」
アインが指を一本立てる、これは静かにしろというサインだ、ペーはそのサインを見て数秒考えた後 唇を内側に仕舞う、間違えて喋らないように
刹那、アインとペーの立つ木…その隣に落雷が落ちる、この青い空 晴天のど真ん中に音もなく雷が落ちるのだ、自然現象としては考えられない…それも当然 これは自然現象ではない、魔術だ
「随分派手に現れますね、我々が隠密行動中である事をお忘れですか?シン殿?」
「タリアテッレには気がつかれません、そんなヘマ 私はしませんから」
木の上に、雷で黒焦げになった木の上に立つ女にアインは目を向ける、白い髪と白い目…まるで霞のように淡い印象を受ける女、名をシン…大いなるアルカナ No.20 アルカナ幹部の中では2番目の実力を持つアルカナ最強の五人のうちの一人
『切り札』 審判のシンが風を受けながらアインに目を向けず佇んでいる
「No.20の大役を負う貴方が多忙の中態々やってくるとは、もしかして我々を粛清に来ましたか?」
「いいえ、様子を見に来ました…魔女の弟子抹殺の計画、恙無く進んでいますか?」
魔女の弟子抹殺計画、物騒な名前の通りの指令だ アインは大いなるアルカナのトップから直々にその指令を受けているのだ、その進捗確認とは 相変わらず使いっ走りとして随分重宝されているようだとアインは心の中で笑う
「まぁ、そこそこです」
「ねぇー聞いてよシィーン!、アインってば真っ向から殺せば楽勝なのにあれこれ作戦立ててインテリぶってるんだよぉ~?、インテリは粛清だよねぇ?」
真っ向から掛かれば…か、まぁ 現状手駒として用意してある戦力なら、エリスくらいなら軽くぶっ殺せる、だがそれではあの学園にいる魔女の弟子全員は無理だ
特にアマルト…あの男 全く隙がない、殺す隙も付け入る隙も
だからこうして面倒な手順を踏んでいるともう15回くらいペーちは説明してるんだが、この女には難し過ぎたようだ
「ペー 貴方はアインのやり方に従いなさい、貴方は頭が悪いんですから」
「そっか、分かった!シンが言うなら従う!シンはあたしよりずーっと強いから!」
馬鹿の指標は強いか否か…、だがこの女は分かってない 世の中強いかどうかだけでは測れない物事も沢山あるんだ、だからこいつはNo.16という大役につきながらいつまで経っても都合のいい駒なのだ
アインにとっては都合がいいが
「アイン 必ず魔女の弟子は全員ここで殺しなさい、貴方にペーやサメフ ヌンと言ったカストリア大陸最強の戦力を預けている意味…理解してください?」
「分かってますよ、そんな仕事に不真面目に見えますか?」
「ですが………いえ………」
シンは腕を組んで目をそらす、何か言いたげだ それとも当てようか?
『頼むからエリスだけでもここで殺してくれ』
そう言いたいんだろうシン、ここに来た魂胆が透けて見える割にはプライドが邪魔したか?、エリスがこのまま生きていれば いずれ旅を続けポルデューク大陸に来るものな?シンやダヴ達が活動する本命たるアガスティヤ帝国に魔女側の戦力として現れるものな?
それは困るよなぁ…シンは
「ふぅー…む」
息を吐き 鼻の前で手を合わせるように考え込む、大いなるアルカナの本命はアガスティヤ帝国だ、カストリア大陸で騒ぎを起こすのも ポルデューク大陸のアガスティヤ帝国の目を外に逸らすいわば囮
カストリア大陸側の戦力は囮兼予備戦力、だと言うのにカストリア大陸側の戦力はエリスによって軒並み撃破されてしまった、本部さえも跡形もなく吹き飛ばされた シンの相棒たるコフだってやられた、流石にもうエリスを無視できない
予備と囮を一度に失ったアルカナは後がない、その上エリスがこのまま旅を続けてアガスティヤ帝国に現れれば 間違いなく帝国側と結託しシン達を倒しに来る、ただでさえ悪いアルカナ側の戦況が完全に帝国側に傾くことになる
それは避けたい、だからエリスだけでも仕留めたい…本当ならこの場でシンがエリスのところに飛んで行って自分の手で仕留めたい、だが彼女は守られている 魔女にタリアテッレに…だから出来ない
だから頼ってるんだよな?だから隠密で事を終わらせたいんだよな?、普段何があっても読むことのできないシンの考えが手に取るようにわかる、余程憔悴しているか
「………………」
アルカナも 先がないな、これは
「そう言うことなので アイン、ここは貴方に任せます…ヌンではなく貴方に任せる理由 分かりますね?」
「完璧に殺せってんでしょう?、まぁ やれるだけやりますよ」
「頼りない返事…、まぁいいでしょう では私は戻ります、きっと 私はもうポルデュークを離れられないでしょうから、これが終わり次第貴方達もポルデュークに渡り私たちの援護をするように、分かりましたね」
「お任せを」
「直ぐに終わらせてやるよォ!、なんせあたしは強いからなぁ?」
「……では」
その瞬間 再びシンの体が雷光となり迸る、今度は大地から天に向けて飛ぶ逆雷はそのまま雲を超えアガスティヤ帝国の方へと駆け抜けていく、慌ただしいな…
彼女も不安で不安で仕方ないんだろう、アイツはアルカナの中でかなり早い段階からエリスの存在を認知していた…、デルセクトでヘットを倒した辺りから エリスを知っていた
しかし、その時は何の障害になり得ないとタカを括り放置した、そのツケが今回ってきているんだ、阿呆らしい話だね
(芽を摘む事を辞めた時点で エリスが大輪と育つことは確定したようなもの、これはシンの失態に他ならない、と言うのに尻拭いは他人任せか…いやになるねぇ)
自分の失態から目を背けて尻尾巻いて逃げるのはどんな気分だろうか、いや 分かるとも、クソ情けない気分だよな 世の中じゃそれを負け犬と呼ぶらしい、それは経験したことがあるからよくわかる
いい気味だ
「でさぁ?アイィィンゥゥゥ?どうすんのぉ?あたしがエリス達を踏み潰しに行くんだっけ?」
「違うよ、今はまだ様子を見る」
「何でぇー?」
「もう直ぐだからだ、全ての事が収束するのが…全てが収束した時 それが動く時だ、そのためにサメフもヌンも動いているだろう?、君も自分の仕事をしなさい」
「はぁ~い」
大人しくなるペーの姿を見てほくそ笑む、そうだ そのために細々と準備を進めてきたんだ、当初予定していたよりも話は大きくなってしまったが、問題ない ここで魔女の弟子は全滅させられればいいんだ
あの学園に 五人も魔女の弟子が現れて、剰え対立もしてくれているんだ…それを利用して 全員殺す
エリスも デティフローアもメルクリウスもラグナもアマルトも、タリアテッレもリリアーナも生徒も教師も街人も何もかも全員まとめて漏れなく須らく例外なく…、殺す 殺し尽くす
「…ククク、クフフフ」
思わず溢れる笑みを前にアインは口元を押さえる、あと少し あと少し待てばいいんだ、あと少し待てば…実現するのだからね
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❇❇❇❇❇❇❇❇❇
2024年10月追記
お読みいただき、ありがとうございます。
こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。
1ページの文字数は少な目です。
約4500文字程度の番外編です。
バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`)
ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑)
※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。
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