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六章 探求の魔女アンタレス
124.孤独の魔女と四人の海
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「すぅー、はぁー…すぅー…」
照り返す 陽の中、熱を帯びる砂浜に二の足を突き、ただ波音を立てる白浪を背に、エリスは息を整える
両手を腰ために構えて、精神を集中させ…今!
「はぁっ!」
振り下ろす 拳を、打ち付ける 眼下の石に、エリスの頭よりもなお大きな石に、硬く握り締めた精神一到の拳を叩きつけ…
砕く、大きな石はエリスの拳に打ち負けばきりと音を立てる四方に割れる…よし!、割れた!
「割れました!」
「おう、この一ヶ月の合宿でかなり体を鍛えられたみたいだな、そこんとこはオレ様も想定外だぜ、レグルスが手塩にかけて育てるだけはあるな」
エリスは目の前の岩に胡座をかき 頬杖をつくアルクトゥルス様に報告する、この方の肉体強化修行のおかげでエリスの体もかなり鍛えられた、たった一ヶ月でここまで力がつくとは 流石はアルクトゥルス様だ
…エリス達は、アルクトゥルス様の合宿修行を受け 早一ヶ月の時が経とうとしていた、当初は困惑したが 直ぐにこの筋トレづくめの生活にも慣れ、寧ろ日々鍛えられる肉体に楽しささえ覚えつつあるぐらいだ
アルクトゥルス様もあれから暇を見てはこの砂浜にやってきて エリス達に頭のおかしい課題をいくつも投げかけてきた
最初のマラソンが可愛く見えるくらいの無理難題だ、時にエリス達の体重の三倍はある岩を持ち上げスクワット
時に海に足をつけたまま兎跳び
時に突きだけで砂浜に大穴を開けろとか…、肉体だけじゃなく精神も鍛えられるような壮絶な筋トレの末、こうしてエリスは岩さえ穿つ拳を得た
エリスは今 少しでも強くなりたい、魔術でこれ以上の進歩が直ぐに望めないなら、こちらを鍛えるのも悪くない
「今日で合宿は最終日…これでオレ様の面目も保たれたってもんよ」
「いえ、アルクトゥルス様の指導が良いからですよ」
彼女は無理難題は押し付けるが 不可能なことは絶対にやらせない、エリス達が限界ギリギリまで力を出せば確実に乗り越えられるものしか与えない、だからこそエリス達もアルクトゥルス様を信じて修行に打ち込める
…今日で最終日なのが勿体無いくらいだ、だが エリスの師匠はあくまでレグルス師匠だけ、これ以上の浮気は許されまい
「…アルクトゥルス様の修行で私も昔の勘を取り戻せたよ」
するとエリスの隣でメルクさんが笑い、目の前に掲げた拳を開く、すると 握りられた石が砂になり砕けている、握力だけで石を砕いてみせたのだ
彼女もアルクトゥルス様の修行を共に受けた仲、特にメルクさんはエリスと同じくらいの領域にいることもあり、二人揃って同じ修行に打ち込む事も多かった為 彼女の努力はよく知っている、今はお腹もバッチリスレンダー
元軍人…それも真面目な彼女だ、同盟首長に就任する前は毎日のように筋力トレーニングを繰り返していたらしい、故に今回の筋トレは寧ろ昔を思い出して楽しかったとさえ言うのだ
「メルクお前はやはり筋がいい、フォーマルハウトの弟子にしとくにゃ勿体ねぇ」
「いえ、それでも私にはマスターが必要です…彼の方からは戦いの強さ以外のことも多く学ばせて頂いているので」
「そうかい、まぁ そう言うと思って誘ったんだけどなけどな」
「やったー!」
するとそんなエリスとメルクさんの間に割って入る小さな影が現れる、デティだ エリス達の中で唯一体を鍛えた経験のない彼女が嬉しそうに跳ねながらエリスに抱きつくんだ
「わわ、どうされたんですか?デティ」
「ふふん、腹筋50回できた」
ズバッ!と広げる指五本 、出来たというのだ腹筋が50回も、ここにきたばかりの時は3回が限度だったのに、この筋肉地獄生活に晒されてデティの可愛らしいマシュマロボディは今グミくらいの硬さにはなっている
「凄いじゃないですかデティ!」
「えへへーん、でしょ~?これで私もみんなに追いつけたかな?エリスちゃん達は腹筋何回できるの?」
「数えた限りだとエリスは300回ほど」
「私も限界までやったことはないが350回は出来たぞ」
「オレ様は無限に出来る」
「あぅー!、壁が高い…いきなり自信が木っ端微塵」
そんなこと言ったって、デティの仕事は体を動かすものではない、それでもそうやって真摯に取り組めるのは凄いことだと思いますよ、そう言ってデティの頭を撫でてあげればその顔がみるみる笑顔になっていく、可愛い
「まぁ、壁の高さや自信の話をするなら…我々も彼との差に愕然としているよ」
そう言いながらメルクさんは砂浜の奥、大きな岩が転がった岩場を後ろで指を指す、…そこには、一つ 影がある
「ハァー…スゥー…」
ラグナだ、呼吸を整え構えを取りながら瞑想をする、その様は武における静の心得を体現するが如く、まさしく静水 一点の揺らぎさえもなく 一縷の乱れもない
明月すらも写す水鏡は、刹那 大きな波を立てる
「…ッッ!」
振るわれる…否 振るわれた、既に振るわれていた、エリス達の意識さえ追いつかぬ程の速さで拳が振るわれ目の前の巨岩に叩きつけられる、その激しい動きはまさしく激流 されど拳を叩きつけられた岩は微動だにすることはない、あんなに激しく拳を一発叩き込まれたというのに 小揺るぎもしない
…そう、思われた…ほんの一瞬前までエリスもそう思っていた
「ほう…」
走ったのは亀裂…いや そんな汚い物ではないな、岩は突如真っ直ぐ断面が入り 綺麗に真っ二つに割れたのだ、まるで上から包丁で切った蕪のように真っ二つに岩が割られた
拳でだ、拳で殴りつけてああなるものか?少なくともエリスは出来ない、足元の岩を見れば弾けるように割れている、ラグナのものとは全く違う
恐らくあれは拳を叩きつけた時の衝撃が分散せず、真っ直ぐ衝撃が一点に集中して飛んでいるんだ、だからあんな風に岩が割れる、衝撃が乱れればエリスのようにバラバラになってしまう
それに、もしあれが人体に打ち込まれれば…、真っ直ぐ衝撃が体を突き抜け内臓を叩き、一撃で人間を昏倒させられる、腕力以上に技量が凄まじい…流石はアルクトゥルス様より武術の手解きを受けている男だ、いや それ以上にラグナの才覚も凄いのか?
「フッ!ハッ!せりゃっ!」
その様はまるで演舞、流れるように無駄のない動きで拳を蹴りを放つ、極めた術技は何事も美の輝きを帯びると聞くが、彼の武術はまさしくそれだ
綺麗だ、…ただ 振るわれた手足の先にある岩がバカンバカンと音を立てて真っ二つにされていなければ…、美というよりギャグだなあれは
「フゥー…よし 準運運動終わり!」
「今ので!?」
「え?、あ 悪い…トレーニングに夢中になりすぎた、なんか話してた?」
ふと、ラグナの視線がこちらに向く、いやみんなラグナを見ていたからか…まぁ見るなって方が無理だろう、街中でやったら銭投げられそうだ
「甘いなラグナ、オレ様なら割らずに岩の中身だけ砕けるぜ」
「流石に師範の技量には及びませんよ」
「もう原理が分かりませんよ…」
「おいアルク、今日のトレーニングは朝のうちで打ち切るという話だろ、いつまでやっているんだ」
「あ!師匠!」
するとそんな様を見て呆れたようにため息をつく師匠の姿が見える、師匠もまたこの特訓に付き合ってくれたのだ、アルクトゥルス様も四六時中ここにいることができるわけじゃないから、アルクトゥルス様がいない間は師匠がエリス達の修行を受け持ってくれていたりと
エリス達はこの合宿の間 二人の魔女から修行を受けたのだ
それも…今日で終わりだが
「お前達、荷物はもう纏めてあるか?」
「はい師匠!昨日のうちに!」
「と言っても俺たち、ここに必要最低限のものしか持ってきてないしな」
「纏めなければならんほど物も持っていない」
「ほぼ着の身着のままだよね」
エリス達は今日 家に帰る、長期休暇の期間は一ヶ月半あるが、合宿は今日この一ヶ月目で終わりだ、というのもアルクトゥルス様の事情があるのだという、いくら直ぐに帰れる 時折帰っているとはいえ、この往復生活をあまり長いこと続けられないのだ 彼女も仕事のアある身
特にアルクカースは魔女が見張ってないとすぐ戦争する、今はラグナもいないし アルクトゥルス様が取り締まらねばならないのだ
だから、このデルフィーノでの生活も今日で終わり 色々苦労もしたが、終わるとなれば些かながら寂しいものだ
「では今から…と言いたいところだが、別に今から移動しても数分で帰れる、最後に四人で出歩いて遊んでこい」
「おいレグルス、そんな話してねぇだろ 勝手に決めんな」
「構わんだろ、この子達は私達と違いまだ若い その人生全てを修行に打ち込ませるのは可哀想だ」
「修行とは人生だ 人生とは修行だ、己の命かけて取り組むもんだろうが」
「だから!、そう言う価値観の押し付けは師の傲慢だ!」
「テメェは尊重しすぎだよ!甘いんだよ半端に!」
…レグルス師匠とアルクトゥルス様の仲は険悪ではない、ただ二人とも素直ではないだけだ、こうして言い合う様は合宿中…いやアルクカースにいる時から垣間見えたが 仲は悪くないとは思うんだよなぁ
「はぁ、師範達はああなると長い、遊んでいいなら遊びに行こう、土産も買わなきゃならんしな」
「じゃあお魚を買いましょう、今日は海魚でパーティです」
「やったー!じゃあ私はお菓子買うー!」
あのまま師匠達に付き合っていたら 夕方になってしまう、どうせエリス達がいようがいいがあの二人は今お互いのことしか目に入ってない、ならこのまま抜けても問題はなかろう、トレーニング用の衣服から着替え 最後にデルフィーノ村へ行くため準備を進め
「じゃあ師範、俺達村の方に行ってますね」
「レグルス!大体テメェ 昔から変わりすぎだろ!なに人の事慮るような口聞いてんだよ!昔のお前ならもっと…こう!あれだ!人のこと気にしなかったろう!」
「それは関係ないだろ!、私だって変わるんだよ!」
「変わりすぎだろバカ!」
「筋肉バカに言われたらおしまいだな!」
「ンだとテメェ!」
「事実を言われてキレるな!」
「行ってもいいってさ、行こう」
「はい、ラグナ」
「行こう行こう」
「さて、何を買おうか…」
いがみあい睨み合う師匠達を置いてエリス達は砂浜を後にする、近くにいたら巻き込まれかねない ここはおとなしく退散するに限る、まぁ 帰って来る頃には仲直りしてるだろう
…………………………………………………………
デルフィーノ村…、この地方の領主の多大な努力と尽力により、この村の文化は観光客を楽しませるよう改修されている、それに その観光のお金によりこの村の廃れかけた文化は根付き広まりつつある、文化保存という観点から見ても このデルフィーノ村は良い成功例とも言える
まぁ、見世物にされることを嫌い 村から離れた所に居を移した者もいるようだが、観光に来てしまったエリス達が気を回す事ではないしな
なのでそういうことは気にせず 楽しむことにする
村には多くの店がある、食べ物もある 衣服もある土産もある、この村の文化を体験するコーナーまであるんだから選り取り見取りだ
「エリスちゃん!私あれ欲しい!」
村に着いたエリス達はさて何をして楽しもうかと村を歩いていたところ、デティが目を輝かせながら指をさす、その先にあるのは…
「ヤシの実ですか」
ヤシの実、温暖な地方の海岸沿いに生えると言われる木の実だ、外殻は硬く石を叩きつけても割れない恐ろしい硬さを持つが 中にはなんとたっぷり果汁が詰まっているというのだ、腹の足しにはならないが 喉を潤すことができる面白い実だ
そのヤシの実に穴が開けられ筒を突き刺した物が売られている、なるほど ヤシの実が飲めるのか…美味しそうだ
「私あれ買ってきていい?」
「いいですよ、お金は…」
「持ってるよ!私を誰だと思ってるの!」
まぁ、彼女も魔術導皇だしな、年収という一点を見ればエリスなんかとは比べものにもなるまい、デティは可愛らしいがま口のお財布を取り出しテケテケとヤシの実の出店の方へ走っていく
「…あれ?、ラグナは?」
ふと、振り返るとラグナがいない エリスの隣にいるのはメルクさんだけだ、おかしいな さっきまで居たのに、と思っているとメルクさんが苦笑いしながら後ろを指差す
「見ろエリス、…ラグナはさっきからこの村の伝統的な漁具とやらを見てニマニマしている」
メルクさんの言う通り、ラグナは少し離れたところでこの村で使われる漁具…銛や網などを見ながら何故かニマニマしている、ああいう物にロマンを感じるのか エリスにはよく分からないが、少なくとも 彼も男の子ということだろう
「あれ止めなくていいですかね、…漁具とか買ってこられても、家じゃ使い道ありませんよ」
「ラグナとて王だ、そんな無駄使いはせんだろう…多分な」
多分ね、ということでエリス達はヤシの実を買いに行ったデティを待つついでに、エリス達も何かないか辺りを探してみることにする、思えばメルクさんと二人きりというのは懐かしいな
「こうしているとデルセクトを思い出しますね」
「そうだな、二人であちこちの国を行き来して、苦しかったが 今となっては良い思い出だ」
エリスもですよ、あの旅でたくさんの人と出会った…ニコラスさん ザカライアさん レナードさん セレドナさんジョザイアさん、…ソニアやヒルデブランドとも出会った
みんな今何をしているんだろう、どうしているんだろう 元気かな
「デルセクトの皆さんは元気ですか?」
「皆変わりないよ、まぁ 問題は山積みだがな」
「問題?」
「ソニアの国クリソベリアの生産量が落ちたせいで国内の銃のレベルが下がったんだ、あそこはソニアあって回る国、兵器関連を全てソニアに一任していたこともあり…、彼女なきデルセクトは軍事力が停滞しているんだ」
ソニアは外道だが天才でもあった、銃を扱うのも 作るのも、彼女との決戦の際持ち出した銃火器は全て魔術級か ともすればそれ以上の破壊力を持っていた、そしてそれを量産するクリソベリアも今は国内の維持で手一杯…か、覚悟の上だったが…それそれとしてままならないな
「ソニアが作っていた銃を流用して今は凌いでいるが、何か手立てを考えねばな…軍事力とは抑止力だ、カストリアを統べる魔女大国の一員として、弱いところは見せられんからな」
「でもどうするんですか?、ソニアの才気は現状の技術力の数十年先をいってるんですよね」
「かといって奴を解放すれば奴はまた同じことをする、…何より アイツがいなければ銃が作れないとソニアに知らしめるのは良くない、より増長し ソニアは更なる力を得る、それだけは避けたい」
「ソニアは反省しないでしょうしね」
「間違いなくな」
あれはそういう生き物だ、侮蔑も唾棄も意味はない 彼女はそれを良しとして嗤う、あれは力を持ってはいけない部類の存在なんだ
「すまん、せっかく遊びに出ているのに お前にこんな暗い話をして」
「いえ、エリスもデルセクトの改革に関わった身、無関係じゃありませんからね」
「本当なら 相応の地位を与えたいくらい君は貢献してくれたよ」
なんて話していると、ふと 人混みの向こうから 怒鳴り声が聞こえてくる
「お前!俺を誰だと思ってんだよ!」
怒鳴り声…それも嫌な類の声、そう こんな風にピエールも怒鳴るし、なんなら同じようなことを言っていた
「で ですから領主様や村長はご多忙で…」
「俺が来たのに多忙も何もあるかよ!、俺が会いに来たって言えばすぐに出てくる!」
「いやしかし…」
「なんだ?、騒ぎか?」
「行ってみましょうか、看過は出来ません」
人混みを掻き分け騒ぎの中心に行くと、チンピラが騒いでいた ラフな格好をしてグラサン掛けたチンピラだ、それが領主に合わせろと騒いでいるんだ…全く なんと迷惑な
「このデルフィーノ村の改修に…いったい誰が金出してやったと思ってんだよ、そこんとこ分かってんのか?」
「な 何を言っているんですか、貴方誰なんですか!」
「あれ?、名乗ってなかったっけ?、普通に分かってない感じ?」
「いきなり現れ騒いだんでしょう貴方は!」
「いやそんなの良いから とっとと会わせろって」
あの男、感じ的に貴族か?この村にはよく貴族が訪れるという その部類だろう奴も、しかし迷惑であることに変わりはない、ここは貴族以外もいるんだ
「止めるぞ、エリス」
「行きますか?」
「ああ、…ここの改修にはデルセクトも多大な金を出している、謂わばここはデルセクトも同然、あんな奴の無体を許して良いわけがない」
「分かりました、ではエリスが行きます」
怒鳴りつけ 騒ぎ立てる貴族の元へ、エリスは一人で歩み出す 貴族だろうとなんだろうと、許されること許されないことは他の人間と同じ 言い含めて退散させる、そう意気込み肩を掴む
「ちょっと貴方、大声出して迷惑ですよ」
「ああ?、口出すんじゃねぇよ 俺はここの領主に貸した金返してもらいに来たんだよ」
肩を掴めば 男はサングラス越しに此方をギロリと睨む、全く怯む気配はない 寧ろやってやると言わんばかりに闘志に満ちていて、…ん?この声…そしてこの顔、サングラスをしていてよく分からないが エリス会ったことある?
刹那の疑問を抱くとともに、どうやらチンピラの側も気がついたのか顔をしかめて
「…お前、エリスか?」
「え?、なんでエリスのことを…」
「なんだよ!エリスかよ!、悪いな睨んで!お前もここ来てたのかよ!いやぁ懐かしいなぁ!」
「ど どちら様ですか貴方は」
「え…忘れられてる?、いやいやお前の記憶力なら忘れっこないだろ、ほら俺だよ俺」
というとチンピラサングラスをクッと上へあげて…、その目元 その顔 ああ!ようやくわかった!この人会ったことある!この人!
「ザカライアさん!?」
「そうそう!久しぶり!」
そう満面の笑みで答えるのはザカライアさん、エリスがデルセクトで出会った人物の一人にして デルセクト五大王族の一人 翠龍王ザカライア・スマラグドス その人だ!
特徴的な緑髪 乱暴な口ぶり、鋭い犬牙…あの時のままだ、ただちょっと格好が違ったので分かりづらかったが、間違いなくザカライアさんだ
「何してるんですかこんなところで」
「さっき言ったじゃんかよ、俺ここの領主とダチでさ、ただアイツここの改修に金がねぇからって、デルセクトに借金しようとしてな、そん時ソニアが揚々と金を貸そうとしたから 慌てて俺が代わりに金貸してやったんだよ」
なるほど、メルクさんも言っていたな デルセクトも金を出したと、それは恐らくザカライアさんのことなんだ、確かにここをこれだけ改修するには金がかかる、ならば金を借りるには世界一の金持ち国家のデルセクトしかあるまい
しかし、…デルセクトの金融といえばソニアさんだ、彼女ならばいくらでも金を貸してくれる、だが その後は悲惨だろう…掏り取られるだけ掏り取られてここの領主もあの地下室行きだったかもしれない
そう考えると、ここの領主はザカライアさんの好意に助けられたとも言える
「金ならいくらでもやっても良いが、向こうは借金でいいっていうから貸したんだが、いつまで経っても返しやしねぇから こうしてここに来たんだよ」
「なるほど、そう言うことだったんですね」
「そうそう…、でエリスはなんでここに ああ、旅の最中にここに寄ったんだな、よかったら久しぶりに飯でも…」
「ザカライア様?…、だからと言って 大声で喚き立てていい道理はないでしょう」
ふと、エリスの後ろから怒りに満ちた声が聞こえる…鬼のような怒りの声、それにザカライアさんは身震いしながらそちらに目をやり…、叫び声を上げる
「うげぇっ!!メルク!?、お おま お前なんでここに!学園に行ったんじゃ」
メルクさんだけだ、チンピラを止めに行ったと思ったら、そのチンピラが知り合いで 剰え自分のところの王様の一人だったんだから、そりゃキレるし呆れる メルクさんは腕を組み…ザカライアさんを下から睨みつけるようにこちらに歩んでくる、怖い
「今は長期休暇です」
「あ、やべ 今その時期か…」
「その時期です…、さてザカライア様 謝罪を」
「え?」
「いくら金を貸し優位な立場にあるからと それを理由に周りに迷惑をかけていい理由はない!、…謝罪をするんです この村の人に…迷惑をかけた人に」
「わ わりぃな、でっかい声出して」
「そうじゃない!」
「おっきな声出してすみませんでしたー!」
綺麗な直角を描き 頭を下げるザカライアさん、メルクさんが同盟首長で偉いから…ではなく単純に彼女が怖いからだろうな、ある意味 気安い関係とも言えるかもしれない、と言うかザカライアさん全然変わらないな
謝られた村人もやや困惑しながらも分かって頂けたなら と謝罪を受け、面倒臭いことになりつつある空気を察知しそそくさと逃げる、多分その判断は正解だ
チラリ…とザカライアさんがこちらを見る、あの顔は許してくれた?と伺うような目だ 、それを受けメルクさんもため息をつき
「はぁ…、まぁいいでしょう」
「よっしゃー!、しかし奇遇だよなあ メルクがここにいてエリスもいて、あとはニコラスがいりゃあの時のメンバー勢揃いだぜ」
「ですね、懐かしいです ニコラスさんは元気ですか?」
「あんま変わってねぇよ、ただまぁ…最近男に話しかける回数が減ってる…なんて噂話は聞くがな」
どうしたんだろう、同性と同衾するのが大好きなあの人が男性に話しかけていないと?、結構異常事態じゃないか?、とはいえ あの人もよく分からない人だ、彼自身の中で何かあったのだろう そして エリス達がそれを伺ってもカケラも表には出さず誤魔化すはずだ
「そうだ、なぁメルク エリス、俺ここらで一番いい宿取ってんだ 遊びに来いよ」
「すみません、エリスもメルクさんも今日帰る予定で…」
「えぇーっ!、せっかく会えたのにもう帰るのかよぉ~寂しいなぁおい」
仕方ないよ、そう言う予定だったし 知り合いに会えたからって日数を伸ばせばみんなに迷惑がかかる、会えたのは嬉しいが 仕方ないことなのだ
「…ザカライア様」
「あん?、どうしたメルク怖い顔して…ま まだ怒ってる?」
「いえ、怒ってはいません、ただ ザカライア様に相談とお願いがありまして」
その顔と言葉を受け、ザカライアさんの顔もまた引き締まる、メルクさんがこのような口ぶりでもったいぶる時は大体大ごとだからだ、彼もまた佇まいを直し…
「なんだよ」
「実は私達はこのコルスコルピで…大いなるアルカナの幹部と接敵しました」
ヨッドのことだ、ザカライアさんにもそれを共有…いや お願いとはもしかして…
「なんだと!アイツらこの国にもいんのかよ!、言っとくが俺ぁヘットの野郎許してねぇからな!、俺の国メチャクチャにしやがって…!」
「はい、そしてそれと同じことがこの国でも起ころうとしています、どうやらアルカナはこの国でも何やら企んでいるようで…」
「マジかよ、まぁここも魔女国家だからな、いてもおかしくねぇし企んでてても不思議はない、で?どうすんだ?まさか放置なんてねぇよな」
「勿論、ですが我等にも我等の問題がありまして、学業との折り合いもあり直ぐには動けないのですよ」
「こう言うとき学園とるか?普通、まぁいいけどよ」
「ですので、アルカナの調査はザカライア様にお任せしても良いですか?」
ザカライアさんにアルカナの調査をお願いするのだ、彼はこの国の王ではないが 何やらここの領主に恩があるようだし、エリス達が動くよりも彼の方が動けるはずだ…まぁ彼もいつか帰らなきゃいけないからあんまり多くは望めないことに変わりはないが
「そういうことか、なら任せろ ここの領主に借金チャラにする代わりに調べるよう言ってやる、それに何人か人も雇って裏も探らせよう、それでいいな?」
「ありがたいです、ですが 借金はいいのですか?」
「どうせ端金だし構わねぇよ、どの道恩は残るしな それ以上にアルカナの奴らを許せねぇ、俺の手でアイツらに泡吹かせられるなら万々歳だぜ」
へへへと拳を鳴らし笑うザカライアさん、やはりこの人は味方にすると頼りになる 何だかんだ友達とみなした相手には義理深いし、本当に ありがたい限りだ
「ありがとうございますザカライア様」
「だはははは!、いいっていいって!俺とお前らの仲じゃんかよ、それに奴らは俺の敵であることに変わりはないしな!どはははは!」
すげー自慢げに笑ってる、調子に乗らせすぎたかな…いやいいんだ調子に乗ってもらって、彼の助けを受けるのだ 彼のことを信頼しよう
すると、エリス達の背後の人混みが割れていき…
「おいエリスーメルクさーん、なんの騒ぎだ~?」
「あ、ラグナ」
「なんかこれ、…思ってたのと違う、甘いけど…豆感が思ったより強い…もっと爽やかな味かと思ってた…」
ラグナ…と難しい顔でヤシの実をちゅうちゅう吸っているデティが現れる、というかデティ…豆感も何も それ豆ですよ…
「ん?おお!、アンタ!ラグナ大王!」
「え?、ああ ザカライアさん、お久しぶりです」
「あれ?ラグナとザカライアさん知り合いなんですか?」
「ん、ああ メルクさんと会談した時 ザカライアさんも付いてきていてね、その時知り合ったんだ」
そういえばラグナは他の大国間との関係強化に勤しんでいたな、その時知り合ったのか…というか、ザカライアさんのラグナを見る目が なんかこう…やけに輝いていて
「ラグナ大王!アンタがいるってことは ベオセルクは!」
ああ、そういうことか…ザカライアさん、ベオセルクさんに憧れたままなのか
「あー、兄様は今アルクカースですよ、子供も生まれたようなので忙しいでしょうし」
「子供生まれたの!?やっべー…ベオセルクJr.じゃん、今度会いに行こうっと…、で?そこのチビは?」
「チビ言うなー!」
なんだこいつ とザカライアさんはデティを見下ろす、デティとは面識がないのか…と言うかこのメンツを見たらなんとなく予想がつきそうだが
「ザカライアさん、この人はデティフローア…アジメクの魔術導皇ですよ」
「えぇー!あの魔術導皇がこんなチビなの!?」
「チビ言うなーッッ!」
「へぇー…これが…、すげーチビ」
「チビ言うなって!、…いきなり会って失礼な奴!」
グルルルと喉を鳴らすデティの頭を撫でて宥めつつ、彼女にエリスとザカライアさんの関係を説明する、どうやらラグナもザカライアさんは知っていても エリスとの関係は知らなかったようで、ほうほうと息を吐いている
ザカライアさんとの関係…そして、ザカライアさんに先ほどしたお願いの件だ
「なるほど、外部の人間に協力してもらってアルカナを探る…か、確かに放置よりもそちらの方が良いですね、メルクさん」
「だろう?、ザカライア様はこれでも頼りになる人だ、任せても問題ないとは思う」
「これでもって…まぁいいが、それよりメルク やるんだったらアイツ借りてもいいか?」
「アイツ?…」
「シオだ、アイツはこの手の仕事上手そうだしよ、何より お前のいないデルセクトじゃ仕事がないってボヤいてたぜ」
「シオが?、そうかあの子にも何か仕事をやらせないと可哀想だな…分かりました、ではシオをお貸しします、こき使ってやってください」
「おうよ」
…シオ?、聞いたことのない名前だ、感じ的にメルクさんの部下か?おそらくエリスがデルセクトを出てからメルクさんの下についた子なんだろうけど、…なんか エリスの知ってる二人がエリスの知らない人の話をするのは、ちょっと寂しい
いい、やっぱりエリスはみんなと時間を共有できていないんだな と感じてしまうから
「んじゃ、そういうことで…またなエリス!今度はお前の方からうちに遊びに来いよ!絶対だからな!絶対絶対…」
「分かってますよ、必ず行きますから」
「おうおう、じゃ 待ってるからな」
とだけ言うとザカライアさんはガニ股でズカズカと肩で風切歩いていく、…エリスだって 久々に会えたんだからもう少しお話ししたかったですよ、ザカライアさん…貴方にはとてもお世話になりましたから
「エリス…ザカライアさんと仲良いんだな」
「え?」
ふと、ラグナの声に反応し振り向くと 彼がなんだか面白くなさそうな顔をしていた、…なんでそんな顔するの?…、ああ いや そうか
エリスがザカライアさんとメルクさんの二人に疎外感を感じたように、ラグナもまた エリスとザカライアさんの関係に疎外感を持ってしまったのか、だからそんな目を…
「すみませんラグナ、でもザカライアさんは…」
「いや、別にいいんだが ちょっと気になることがあってな」
「気になること?」
どうやら ラグナが嫉妬していると言うのはエリスの思い過ごしだったようだ、恥ずかしい
「いや、…多分 ただの思い過ごしだから別にいいんだけどさ」
「ええ、そんな言われ方すると気になりますよぉ」
「またいつか言うよ、多分来年くらい」
えらく具体的だな、まぁ ラグナが言うと言ったなら本当にいつか言うんだろう、ならその時を待つか、胸ぐら掴んででも聞き出さなきゃいけないことでもないしね
「じゃあ、次はどうする?このままショッピングといくか?」
「いや、メルクさん 俺やりたいことあんだ、さっきエリスが魚捌いてくれるって言ってたろ?、だからさ 今から釣りに行かないか?」
釣り?釣りって 魚を買うんじゃなくて、エリス達の手で捕まえると言うことか?、…面白そうじゃないか
「いいですね、でもエリス海釣りの経験ないですよ」
「俺もだよ、みんな初体験でちょうどいいだろ?」
「いいねぇー!釣り!楽しそう!」
「ああ、では私は餌と釣り具を買ってくるから いい場所を見つけておいてくれ」
「アイアイ!」
とラグナが威勢良く返事をし、エリス達は釣りをすることとなった…釣り、この海での最後の思い出を作るために
………………………………………………………………
それからエリス達はしばらく、海で釣りをすることになった
みんな初体験で、あれこれ模索しながらやったから、効率がいいとは言えなかったが、それでも良かった、楽しかったからね
みんなで磯で釣り糸を垂らし、他愛ない話をして 中々かからない魚を待って…待ち続けた、結局 成果はゼロ、当然だ素人が四人集まったところで魚は見向きもしてくれまい
餌が悪かったのか はたまたやり方か場所が悪かったのか、それさえエリス達にはわからない、でもまぁこんなもんさとエリス達が諦めたその時、今日の晩御飯に海魚を期待していたデティが暗い顔をしているのが目に入った
これではいけない、何としても魚を手に入れねばと焦ったエリスとラグナは二人して海に潜り、素潜りででかい魚を何匹か捕らえ 海での魚取りは終了した
釣りでは何も捕まえられなかったが、まぁ いいじゃないかいいじゃないか…こう言うのも思い出だ、きっと 一生の
「んじゃ、魚捕まえたし帰るか」
「そうですね」
びしょ濡れになったエリスとラグナは魚を袋に入れ立ち上がる、うう いくら浜は暑いとはいえ、濡れた体に磯風は厳しい…寒い
「ありがとうエリスちゃん!ラグナ!」
「いえいえ、早く師匠達のところに戻って帰りましょう、魚が悪くなってしまいます」
「そうだな、…ラグナ?どうした?」
ふと、メルクさんが海を呆然と見て立ち尽くすラグナを見て、首を傾げる、ラグナ…どうしたんだろう
潮風を受け、濡れた髪を揺らし 陽光を顔に受け、心なしかキラキラと輝くラグナの横顔…、か カッコいい
「いや、この海での生活を思い出しててさ…、結局海賊現れなかったなぁって」
「現れてたまるか、現れたら私達は海賊と戦わねばならないんだぞ」
「うん、退治してみたかった…それで船奪ってさ、みんなで宝島か探したりもしてみたかったな」
「宝島ですか?あるんですか?」
「わかんねぇ、だから探すんだよ」
どうしたんだろうラグナ、今日はえらくこう…物言いが曖昧と言うか、不確かと言うかふわふわと言うか、するとラグナのその横顔に…エリスは言い知れぬ、悲しさのような悲哀のような…そんなものを見る、ああ…惜しんでいるのか
「ラグナ…」
「こうして見るとみんなとやってみたかったことはたくさんある、悔いがあるわけじゃないが まだまだみんなとこうしていたいんだ」
「…………」
「俺達がこうして何も気にせず集まれるのは、きっとこの三年が最後だろう…それが終われば皆生涯をかけて国を守る人柱として尽くすことになる、海で遊ぶなんて はっきり言っちまえばこれが最後かもしれない、別に国に尽くすのが嫌なわけじゃないが…もう少し 呑気にしてたかったなぁってな」
ラグナは王だ デティもメルクさんも、学生という本分がある故今はこうして呑気にしていられるが、それも終われば みんな仕事がある、こうしては遊べない
ましてや今回は魔女様のご厚意で連れてきてもらったものだ、また行こうといくら口にしても…いけるものではないからな
これが最後、みんなで海辺に立つ時はこれが、そう思うとエリスも無性に悲しくなってきて…
「ラグナよ…」
するとメルクさんがラグナの隣に立ち、ゆっくりと その手を優しげに上げ、ラグナの頭に…
「ていっ!」
手刀をかました
「………あの、メルクさん?これは一体…俺は何故今叩かれているので?」
「ラグナよ、気が早い そう言うのは卒業の日にとっておけ、まだ我らは一年目だぞ、一年目からそんな悲哀に満ちていてどうする、残された先の時間を数えるよりも 今はただ漠然とこの時間を楽しんだ方が、余程いいだろう」
「そうそう!、それになんかの拍子にまたみんなで海に来れるかもしれないしね、これが最後って考えるのはそれこそ気が早いよ」
「…確かにそうだな、これが最後と諦めるより、次もあると信じるか、これからどうなるかなんで誰にも分からないしな」
「そうですよ、どれだけ時間が経ってもいいですから、またみんなで海に来ましょう」
その時は出来ればアマルトやネレイド…未だ見ぬ弟子達も一緒に、いつか揃う八人で 海で遊びたいな
「よーしっ!、じゃ 遊び終わったし、今度こそ帰るか」
「はい、ラグナ 帰りましょう」
そして、…エリス達は帰路につく、四つ並んだの足跡を砂浜に残して、またいつか この海を見ようと誓い合いながら…、また友と一緒に呑気に過ごそうと誓い合いながら、エリス達は前へ進むのだ…
こうして、エリス達の一夏の合宿生活は幕を閉じる、またいつか この生活が幕を開けることを信じて、今は一旦 思い出として持ち帰ることにする、きっとまた 来れるだろうから
ちなみに、この後合流したレグルス師匠達はまだ言い合いをしてました、本当に…元気な人達だ
……………………………………………………………………
「帰ってきた…」
「なんかこの屋敷を見るのも久しぶりだね」
そうしてエリス達は中央都市ヴィスペルティリオに師匠達に連れられて帰還、エリス達四人の住む屋敷の前まで帰ってきた
…なんか、この屋敷はもうエリス達の家 日常の象徴になりつつある、故に屋敷を見るとこう …いつもの毎日が戻ってきた感じというか、押し寄せる日常になんだか圧倒される
「よしっ!、お前ら!一ヶ月間の合宿ご苦労だった!、騙すような真似して連れて行って悪かったな!」
するとエリス達を連れてきたアルクトゥルス様が腕を組みながら謝罪する、いや謝るも何もエリス達はカケラも恨んでいない、寧ろ礼を言いたいくらいだ、アルクトゥルス様は自国とコルスコルピを毎日のように行ったり来たりさせた、一番苦労したのはこの人なんだ
「いえ、アルクトゥルス様のおかげで海で遊べましたし、何よりとても鍛えられました」
「うん!見てよこれ!ふんぬー!力こぶー!」
「アルクトゥルス様には礼をしてもしきれません、本当にありがとうございました」
なんでエリス達の礼を聞くとアルクトゥルス様も照れ臭そうに鼻をかき
「そ そうか?、喜んでもらえたならオレ様も嬉しいぜ、へへへ」
「次は合宿関係なしに お前達全員をどこかに遊びに連れて行ってやりたいな」
師匠もなんだか嬉しそうだ、だが嬉しいのは師匠だけじゃない、久々に師匠と共に暮らせたエリスもまた嬉しいのだ
「それじゃあオレ様は帰るぜ、次の長期休暇でまた会おうぜ」
「はい、師範 お気をつけて」
するともう帰るのか アルクトゥルス様は踵を返し、背中をこちらに向ける…
「…聞いたぜ、お前ら アンタレスの弟子とやり合ってんだよな」
ふと、アルクトゥルス様が背中越しに言う、アンタレスの弟子と アマルトと戦っていると、…その通りだ、エリス達の学園生活は彼らとの戦いの中にある、長期休暇が終われば 本格的に奴らも仕掛けてくる、再び戦いの火蓋が切って落とされる
「はい、師範」
「アンタレスの弟子…アマルトだったか?、アイツ 中々やるぜ?弟子入りして日が浅いが、お前らと対して差がねぇ…それに コルスコルピにいるからアイツはお前らと違っていつでも師匠の指導を受けられる、…気を抜いて差をつけられるなよ」
そうだ、エリス達は師匠と離れて暮らしているが アマルトはそうじゃない、学園に通いながらでも師であるアンタレス様から教えを賜れる、彼は今この時も強くなっている
…このままエリス達が気を抜いていたら、あっという間に差をつけられる可能性もある
きっとアルクトゥルス様が長期休暇の間にエリス達に指導を与えたのは、そこを危惧してのことなのかもしれない
アマルトに負けないよう、体と心を引き締める意味合いを持っての…
「問題ありませんよ師範」
「だから!ラグナ!気ぃ抜くなつってんだろ!、こっちが四人であっちが一人 確かに数の上では優ってるがここは相手のホームグラウンドで…」
「それでもです、俺達 師がいいので」
「………あーあ、やな奴弟子に取っちまったよ、師匠を弄ぶとはなんて嫌な弟子なんだろうなぁ」
とは言いつつも 髪を掻き毟るアルクトゥルス様 顔がにやけていますよ、エリス達とはまた違った師弟関係、なんと言うか 弟子であるはずのラグナの方が主導権を持っているような気がするのは気のせいか
「まぁいい、今度こそ帰る!油断して負けましたって報告は聞きたくねぇ!負けたらテメェ!アルクカースに入れないからな!、そこの屋敷に住めよ!」
「それも悪くないかもしれませんが、多分負けることはないと思いますよ」
「不敵に笑いやがって 、クソガキがマセるな」
そう言うとアルクトゥルス様はフッと煙のようにその場から消える、目にも留まらぬ跳躍 大国二つを数秒で飛び越す音速の跳躍によって生まれる風に、エリス達は髪をはためかせる…さて 後は
「レグルス師匠も行ってしまうのですか?」
レグルス師匠だ、…せっかく会えたのに また別れの日々が続くのか、そう思うとそれだけでエリスは…
「…ラグナ メルクウリス デティフローア、エリスと二人きりで話したい、先に屋敷に入っていなさい」
「ん、分かりました、じゃあエリス…師匠とゆっくりな」
ラグナはエリスの肩をグッと叩き屋敷へと帰っていく、有無を言わず ただ察してくれた、…ありがとうございます、ラグナ みんな
みんなが立ち去り、屋敷の庭に エリスと師匠だけが取り残される
「師匠…」
「ああ、分かってる…正直に言おう、私も寂しかったし お前に会えて嬉しかった、一時は 一年だけで学園生活をやめさせようか…なんて暴論さえ浮かんでくるほどにな」
師匠はただ、自傷気味に笑う 己の不甲斐なさを、八千年を生きる師匠からすれば一年も三年も瞬きであることに変わりはない、ただ そんな瞬きの時さえエリスを意識して寂しさを覚えてくれたという事実に、エリスの悪い部分がほくそ笑む…敬愛する人に愛されていることを実感して
「エリスも同じです、学園生活が辛くて 師匠に無断で逃げ出そうとさえしました」
「…そうか、すまなかったな…、だが」
「はい、そうです…今はみんながいます、エリスはまだ みんなと一緒にいたいです」
師匠よりもみんなを取るのか と言われれば難しいところだが、このまま何もかも投げ出して エリスの為に立ち上がってくれたラグナ達を放り出す事なんて、エリスには出来ない
エリスはまだ みんなと共にこの学園にいたい…、師匠に寂しい思いはさせるが
「良い友を作ったな…、並び立てる親友 朋友 盟友を…」
「みんな大切なエリスの友達ですから」
「…ああ、分かるさ 私にもその気持ちはな、だからこそ嬉しいよ」
師匠にも 友と呼べる存在がいる、悠久の時を隔ててもなお、友として笑いあえる言い合える 分かり合える友が、エリスにとってのラグナ達 師匠にとってのアルクトゥルス様達、どちらも掛け替えのない存在だ
「友との絆は大切にしろ、どんな苦難艱難も 友となら乗り越えられるからな、…私が学園で作って欲しかったものを、お前はもう持ち合わせていたんだな」
そう言うと師匠は笑い踵を返す、やはり 師匠も帰ってしまうのだな、長期休暇はまだあるが…、多分師匠はエリス達の生活に 水を差したくないんだ、エリスとしては全然構わないが、こう言う時師匠は譲らない…私よりも友を大切にしろと言うんだ
でも
「師匠…最後に一ついいですか?」
「ん?、何だ?」
「エリスはこれからアマルトと戦います、ラグナ達と一緒に…その戦いは切って苦しいものになります、だから…勇気をください」
勇気を分けて欲しい、そう言えば師匠は驚き…そして笑い、再びこちらを向き直り、その両手を広げる
「ああ、おいで」
「っ…」
エリスを受け入れる言葉に、この体は突き動かされ レグルス師匠の元へ走る、飛びつく、抱きしめる…この温もりがエリスに勇気を与える、師匠の優しさが エリスを励ましてくれる
ラグナ達は大切な友だ、だが 師匠もまたエリスにとってはこれ以上ないくらい大切な人なんだ
「師匠…大好きです」
「私もだよ」
師匠がエリスを撫でてくれる、友のいないこの空間でエリスは 一人の弟子として師匠に甘えられる、これが終わればまた師匠とは数ヶ月は会えないだろう、だけど…
だけど…、この抱擁を思い出して、やっていこう 師匠の優しさと信頼に応えるために、エリスは 他のどの魔女の弟子にも負けない、孤独の魔女こそが至上であることを、証明するんだ
暖かな数が薙ぐ庭先で、エリスと師匠は抱き合う、再び訪れる別れの前に少しでも相手の存在を確認しようと…、エリスにとっては 唯一無二の存在を 大切にするように
…師匠、もう一回言わせてください
エリスを拾ってくれた師匠、育ててくれた師匠、愛してくれた師匠、ここまで連れて来てくれた師匠、導いてくれた師匠…エリスは師匠が、大好きです
…………………………………………………………………………
暗く、じめついた地下室…奈落とも言えるほど深い地下に存在する石室の中、山積みとなった本に腰をかけるアンタレス
百年も二百年も、一千年も二千年も こうやって過ごし続ける彼女は…ふと、開いていた本を閉じる
体から溢れるのは警戒だ、これからこの地下に訪れる存在は、他の何よりも警戒しなければならない相手だからだ
…ほら、来るぞ…悪夢が、アンタレスは振り返らずに言葉を発す
「…こんな所に一人でくるなんて てっきりもう用は全部済んだと思ってましたよ」
靴音が 乱雑な靴音が背後で響く…そいつは答えるように私の後ろに立ち、見下ろす
「何ですか?アルクトゥルスさぁん」
「そう警戒すんなって、別にとって食ったりはしねぇからよ」
アルクトゥルスだ、私にとって最重要警戒人物、昔からこいつは苦手だ…嫌いではないが こいつの体育会系のノリを受けると蕁麻疹が出る
てっきりもう用事は済ませて、国に帰ったものと思っていたが、帰るフリをしてここにやって来ていたのか、レグルスさぁんにも告げず 一人で
「何か用ですか」
「ああ、聞きたいことがある…ってもお前のことならわかってんだろ、オレ様の用件がよ」
アルクトゥルスの声音はいつになく真剣だ、この声音を聞いたのはいつぶりか、そう…大いなる厄災の時 シリウス達とバチバチにやり合っていた頃の、真剣そのものの声…、まぁ彼女の聞きたいことはわかる
「聞かせろ、お前 魔女の暴走についてどこまで知っている」
「どこまで?…そんなもの決まってるじゃないですか全部ですよ全部」
「…だよなあ、なら何でそれをレグルスに伝えない、アイツは魔女の暴走を何とかしようと奔走してるんだぞ?」
確かにレグルスさぁんは今世界を旅し 魔女の暴走やそれに起因する問題を解決しようとしている、彼女の努力はよく知っている、…だが
「レグルスさぁんにだけは言いません…いえ レグルスさぁんにだけは言えないと言った方がいいでしょうか」
「なんでだ?、レグルスのことを信用してないのか?」
「そんなわけないでしょう少なくとも貴方よりも信頼してますよ彼女の事は…でもそれとこれとは別問題なんです」
言えるなら すぐにでも言いたい、だがこれを言えばおしまいな気がする、私の持つ情報をレグルスさぁんにも共有するのは、恐ろしくリスクが伴うのだ、ともすればもう打てる手が無くなってしまうほど 致命的な悪手となる
「魔女の暴走とレグルスさぁんはあれを呼んでいますが実際は違います…その実態をレグルスさぁんは掴めない 掴めるわけがない …」
「…………実態か、まぁオレ様も薄々感づいちゃいるが、確かにあれは 暴走じゃない、いくら魔女と中に魔力が溜まっても 魔女は狂わない、魔力暴走が起こるならもっと早くに起こってるしな」
そう あれは暴走ではない、じゃあレグルスさぁんが間違っているかというと、ちょっと違う 『本来の魔女レグルス』なら、それも直ぐに理解できるだろうが…
「じゃああれはなんなんだ?、オレ様達は一体何に狂わされたんだ?」
「…その件についてお話する前に約束してくださいこの件は絶対にレグルスさぁんには伏せると」
「…なんでだ?」
「なんでってそんなの決まってるでしょう…レグルスさぁんは…いやレグルスさぁんが」
そう、レグルスという女は…もうどうしようもないくらいに、呪われているからだ、彼女だけは魔女の中でも特別だからだ
なんとも、皮肉な話であるとアンタレスは嗤う、こんな悲劇があって良いものかと、識を持つエリスと レグルスさぁんが師弟になるなど、これが運命というならなんで過酷で残酷なのか
……何せ、レグルスさぁんは 他でもない、シリウスの…いやシリウスと同じ……
照り返す 陽の中、熱を帯びる砂浜に二の足を突き、ただ波音を立てる白浪を背に、エリスは息を整える
両手を腰ために構えて、精神を集中させ…今!
「はぁっ!」
振り下ろす 拳を、打ち付ける 眼下の石に、エリスの頭よりもなお大きな石に、硬く握り締めた精神一到の拳を叩きつけ…
砕く、大きな石はエリスの拳に打ち負けばきりと音を立てる四方に割れる…よし!、割れた!
「割れました!」
「おう、この一ヶ月の合宿でかなり体を鍛えられたみたいだな、そこんとこはオレ様も想定外だぜ、レグルスが手塩にかけて育てるだけはあるな」
エリスは目の前の岩に胡座をかき 頬杖をつくアルクトゥルス様に報告する、この方の肉体強化修行のおかげでエリスの体もかなり鍛えられた、たった一ヶ月でここまで力がつくとは 流石はアルクトゥルス様だ
…エリス達は、アルクトゥルス様の合宿修行を受け 早一ヶ月の時が経とうとしていた、当初は困惑したが 直ぐにこの筋トレづくめの生活にも慣れ、寧ろ日々鍛えられる肉体に楽しささえ覚えつつあるぐらいだ
アルクトゥルス様もあれから暇を見てはこの砂浜にやってきて エリス達に頭のおかしい課題をいくつも投げかけてきた
最初のマラソンが可愛く見えるくらいの無理難題だ、時にエリス達の体重の三倍はある岩を持ち上げスクワット
時に海に足をつけたまま兎跳び
時に突きだけで砂浜に大穴を開けろとか…、肉体だけじゃなく精神も鍛えられるような壮絶な筋トレの末、こうしてエリスは岩さえ穿つ拳を得た
エリスは今 少しでも強くなりたい、魔術でこれ以上の進歩が直ぐに望めないなら、こちらを鍛えるのも悪くない
「今日で合宿は最終日…これでオレ様の面目も保たれたってもんよ」
「いえ、アルクトゥルス様の指導が良いからですよ」
彼女は無理難題は押し付けるが 不可能なことは絶対にやらせない、エリス達が限界ギリギリまで力を出せば確実に乗り越えられるものしか与えない、だからこそエリス達もアルクトゥルス様を信じて修行に打ち込める
…今日で最終日なのが勿体無いくらいだ、だが エリスの師匠はあくまでレグルス師匠だけ、これ以上の浮気は許されまい
「…アルクトゥルス様の修行で私も昔の勘を取り戻せたよ」
するとエリスの隣でメルクさんが笑い、目の前に掲げた拳を開く、すると 握りられた石が砂になり砕けている、握力だけで石を砕いてみせたのだ
彼女もアルクトゥルス様の修行を共に受けた仲、特にメルクさんはエリスと同じくらいの領域にいることもあり、二人揃って同じ修行に打ち込む事も多かった為 彼女の努力はよく知っている、今はお腹もバッチリスレンダー
元軍人…それも真面目な彼女だ、同盟首長に就任する前は毎日のように筋力トレーニングを繰り返していたらしい、故に今回の筋トレは寧ろ昔を思い出して楽しかったとさえ言うのだ
「メルクお前はやはり筋がいい、フォーマルハウトの弟子にしとくにゃ勿体ねぇ」
「いえ、それでも私にはマスターが必要です…彼の方からは戦いの強さ以外のことも多く学ばせて頂いているので」
「そうかい、まぁ そう言うと思って誘ったんだけどなけどな」
「やったー!」
するとそんなエリスとメルクさんの間に割って入る小さな影が現れる、デティだ エリス達の中で唯一体を鍛えた経験のない彼女が嬉しそうに跳ねながらエリスに抱きつくんだ
「わわ、どうされたんですか?デティ」
「ふふん、腹筋50回できた」
ズバッ!と広げる指五本 、出来たというのだ腹筋が50回も、ここにきたばかりの時は3回が限度だったのに、この筋肉地獄生活に晒されてデティの可愛らしいマシュマロボディは今グミくらいの硬さにはなっている
「凄いじゃないですかデティ!」
「えへへーん、でしょ~?これで私もみんなに追いつけたかな?エリスちゃん達は腹筋何回できるの?」
「数えた限りだとエリスは300回ほど」
「私も限界までやったことはないが350回は出来たぞ」
「オレ様は無限に出来る」
「あぅー!、壁が高い…いきなり自信が木っ端微塵」
そんなこと言ったって、デティの仕事は体を動かすものではない、それでもそうやって真摯に取り組めるのは凄いことだと思いますよ、そう言ってデティの頭を撫でてあげればその顔がみるみる笑顔になっていく、可愛い
「まぁ、壁の高さや自信の話をするなら…我々も彼との差に愕然としているよ」
そう言いながらメルクさんは砂浜の奥、大きな岩が転がった岩場を後ろで指を指す、…そこには、一つ 影がある
「ハァー…スゥー…」
ラグナだ、呼吸を整え構えを取りながら瞑想をする、その様は武における静の心得を体現するが如く、まさしく静水 一点の揺らぎさえもなく 一縷の乱れもない
明月すらも写す水鏡は、刹那 大きな波を立てる
「…ッッ!」
振るわれる…否 振るわれた、既に振るわれていた、エリス達の意識さえ追いつかぬ程の速さで拳が振るわれ目の前の巨岩に叩きつけられる、その激しい動きはまさしく激流 されど拳を叩きつけられた岩は微動だにすることはない、あんなに激しく拳を一発叩き込まれたというのに 小揺るぎもしない
…そう、思われた…ほんの一瞬前までエリスもそう思っていた
「ほう…」
走ったのは亀裂…いや そんな汚い物ではないな、岩は突如真っ直ぐ断面が入り 綺麗に真っ二つに割れたのだ、まるで上から包丁で切った蕪のように真っ二つに岩が割られた
拳でだ、拳で殴りつけてああなるものか?少なくともエリスは出来ない、足元の岩を見れば弾けるように割れている、ラグナのものとは全く違う
恐らくあれは拳を叩きつけた時の衝撃が分散せず、真っ直ぐ衝撃が一点に集中して飛んでいるんだ、だからあんな風に岩が割れる、衝撃が乱れればエリスのようにバラバラになってしまう
それに、もしあれが人体に打ち込まれれば…、真っ直ぐ衝撃が体を突き抜け内臓を叩き、一撃で人間を昏倒させられる、腕力以上に技量が凄まじい…流石はアルクトゥルス様より武術の手解きを受けている男だ、いや それ以上にラグナの才覚も凄いのか?
「フッ!ハッ!せりゃっ!」
その様はまるで演舞、流れるように無駄のない動きで拳を蹴りを放つ、極めた術技は何事も美の輝きを帯びると聞くが、彼の武術はまさしくそれだ
綺麗だ、…ただ 振るわれた手足の先にある岩がバカンバカンと音を立てて真っ二つにされていなければ…、美というよりギャグだなあれは
「フゥー…よし 準運運動終わり!」
「今ので!?」
「え?、あ 悪い…トレーニングに夢中になりすぎた、なんか話してた?」
ふと、ラグナの視線がこちらに向く、いやみんなラグナを見ていたからか…まぁ見るなって方が無理だろう、街中でやったら銭投げられそうだ
「甘いなラグナ、オレ様なら割らずに岩の中身だけ砕けるぜ」
「流石に師範の技量には及びませんよ」
「もう原理が分かりませんよ…」
「おいアルク、今日のトレーニングは朝のうちで打ち切るという話だろ、いつまでやっているんだ」
「あ!師匠!」
するとそんな様を見て呆れたようにため息をつく師匠の姿が見える、師匠もまたこの特訓に付き合ってくれたのだ、アルクトゥルス様も四六時中ここにいることができるわけじゃないから、アルクトゥルス様がいない間は師匠がエリス達の修行を受け持ってくれていたりと
エリス達はこの合宿の間 二人の魔女から修行を受けたのだ
それも…今日で終わりだが
「お前達、荷物はもう纏めてあるか?」
「はい師匠!昨日のうちに!」
「と言っても俺たち、ここに必要最低限のものしか持ってきてないしな」
「纏めなければならんほど物も持っていない」
「ほぼ着の身着のままだよね」
エリス達は今日 家に帰る、長期休暇の期間は一ヶ月半あるが、合宿は今日この一ヶ月目で終わりだ、というのもアルクトゥルス様の事情があるのだという、いくら直ぐに帰れる 時折帰っているとはいえ、この往復生活をあまり長いこと続けられないのだ 彼女も仕事のアある身
特にアルクカースは魔女が見張ってないとすぐ戦争する、今はラグナもいないし アルクトゥルス様が取り締まらねばならないのだ
だから、このデルフィーノでの生活も今日で終わり 色々苦労もしたが、終わるとなれば些かながら寂しいものだ
「では今から…と言いたいところだが、別に今から移動しても数分で帰れる、最後に四人で出歩いて遊んでこい」
「おいレグルス、そんな話してねぇだろ 勝手に決めんな」
「構わんだろ、この子達は私達と違いまだ若い その人生全てを修行に打ち込ませるのは可哀想だ」
「修行とは人生だ 人生とは修行だ、己の命かけて取り組むもんだろうが」
「だから!、そう言う価値観の押し付けは師の傲慢だ!」
「テメェは尊重しすぎだよ!甘いんだよ半端に!」
…レグルス師匠とアルクトゥルス様の仲は険悪ではない、ただ二人とも素直ではないだけだ、こうして言い合う様は合宿中…いやアルクカースにいる時から垣間見えたが 仲は悪くないとは思うんだよなぁ
「はぁ、師範達はああなると長い、遊んでいいなら遊びに行こう、土産も買わなきゃならんしな」
「じゃあお魚を買いましょう、今日は海魚でパーティです」
「やったー!じゃあ私はお菓子買うー!」
あのまま師匠達に付き合っていたら 夕方になってしまう、どうせエリス達がいようがいいがあの二人は今お互いのことしか目に入ってない、ならこのまま抜けても問題はなかろう、トレーニング用の衣服から着替え 最後にデルフィーノ村へ行くため準備を進め
「じゃあ師範、俺達村の方に行ってますね」
「レグルス!大体テメェ 昔から変わりすぎだろ!なに人の事慮るような口聞いてんだよ!昔のお前ならもっと…こう!あれだ!人のこと気にしなかったろう!」
「それは関係ないだろ!、私だって変わるんだよ!」
「変わりすぎだろバカ!」
「筋肉バカに言われたらおしまいだな!」
「ンだとテメェ!」
「事実を言われてキレるな!」
「行ってもいいってさ、行こう」
「はい、ラグナ」
「行こう行こう」
「さて、何を買おうか…」
いがみあい睨み合う師匠達を置いてエリス達は砂浜を後にする、近くにいたら巻き込まれかねない ここはおとなしく退散するに限る、まぁ 帰って来る頃には仲直りしてるだろう
…………………………………………………………
デルフィーノ村…、この地方の領主の多大な努力と尽力により、この村の文化は観光客を楽しませるよう改修されている、それに その観光のお金によりこの村の廃れかけた文化は根付き広まりつつある、文化保存という観点から見ても このデルフィーノ村は良い成功例とも言える
まぁ、見世物にされることを嫌い 村から離れた所に居を移した者もいるようだが、観光に来てしまったエリス達が気を回す事ではないしな
なのでそういうことは気にせず 楽しむことにする
村には多くの店がある、食べ物もある 衣服もある土産もある、この村の文化を体験するコーナーまであるんだから選り取り見取りだ
「エリスちゃん!私あれ欲しい!」
村に着いたエリス達はさて何をして楽しもうかと村を歩いていたところ、デティが目を輝かせながら指をさす、その先にあるのは…
「ヤシの実ですか」
ヤシの実、温暖な地方の海岸沿いに生えると言われる木の実だ、外殻は硬く石を叩きつけても割れない恐ろしい硬さを持つが 中にはなんとたっぷり果汁が詰まっているというのだ、腹の足しにはならないが 喉を潤すことができる面白い実だ
そのヤシの実に穴が開けられ筒を突き刺した物が売られている、なるほど ヤシの実が飲めるのか…美味しそうだ
「私あれ買ってきていい?」
「いいですよ、お金は…」
「持ってるよ!私を誰だと思ってるの!」
まぁ、彼女も魔術導皇だしな、年収という一点を見ればエリスなんかとは比べものにもなるまい、デティは可愛らしいがま口のお財布を取り出しテケテケとヤシの実の出店の方へ走っていく
「…あれ?、ラグナは?」
ふと、振り返るとラグナがいない エリスの隣にいるのはメルクさんだけだ、おかしいな さっきまで居たのに、と思っているとメルクさんが苦笑いしながら後ろを指差す
「見ろエリス、…ラグナはさっきからこの村の伝統的な漁具とやらを見てニマニマしている」
メルクさんの言う通り、ラグナは少し離れたところでこの村で使われる漁具…銛や網などを見ながら何故かニマニマしている、ああいう物にロマンを感じるのか エリスにはよく分からないが、少なくとも 彼も男の子ということだろう
「あれ止めなくていいですかね、…漁具とか買ってこられても、家じゃ使い道ありませんよ」
「ラグナとて王だ、そんな無駄使いはせんだろう…多分な」
多分ね、ということでエリス達はヤシの実を買いに行ったデティを待つついでに、エリス達も何かないか辺りを探してみることにする、思えばメルクさんと二人きりというのは懐かしいな
「こうしているとデルセクトを思い出しますね」
「そうだな、二人であちこちの国を行き来して、苦しかったが 今となっては良い思い出だ」
エリスもですよ、あの旅でたくさんの人と出会った…ニコラスさん ザカライアさん レナードさん セレドナさんジョザイアさん、…ソニアやヒルデブランドとも出会った
みんな今何をしているんだろう、どうしているんだろう 元気かな
「デルセクトの皆さんは元気ですか?」
「皆変わりないよ、まぁ 問題は山積みだがな」
「問題?」
「ソニアの国クリソベリアの生産量が落ちたせいで国内の銃のレベルが下がったんだ、あそこはソニアあって回る国、兵器関連を全てソニアに一任していたこともあり…、彼女なきデルセクトは軍事力が停滞しているんだ」
ソニアは外道だが天才でもあった、銃を扱うのも 作るのも、彼女との決戦の際持ち出した銃火器は全て魔術級か ともすればそれ以上の破壊力を持っていた、そしてそれを量産するクリソベリアも今は国内の維持で手一杯…か、覚悟の上だったが…それそれとしてままならないな
「ソニアが作っていた銃を流用して今は凌いでいるが、何か手立てを考えねばな…軍事力とは抑止力だ、カストリアを統べる魔女大国の一員として、弱いところは見せられんからな」
「でもどうするんですか?、ソニアの才気は現状の技術力の数十年先をいってるんですよね」
「かといって奴を解放すれば奴はまた同じことをする、…何より アイツがいなければ銃が作れないとソニアに知らしめるのは良くない、より増長し ソニアは更なる力を得る、それだけは避けたい」
「ソニアは反省しないでしょうしね」
「間違いなくな」
あれはそういう生き物だ、侮蔑も唾棄も意味はない 彼女はそれを良しとして嗤う、あれは力を持ってはいけない部類の存在なんだ
「すまん、せっかく遊びに出ているのに お前にこんな暗い話をして」
「いえ、エリスもデルセクトの改革に関わった身、無関係じゃありませんからね」
「本当なら 相応の地位を与えたいくらい君は貢献してくれたよ」
なんて話していると、ふと 人混みの向こうから 怒鳴り声が聞こえてくる
「お前!俺を誰だと思ってんだよ!」
怒鳴り声…それも嫌な類の声、そう こんな風にピエールも怒鳴るし、なんなら同じようなことを言っていた
「で ですから領主様や村長はご多忙で…」
「俺が来たのに多忙も何もあるかよ!、俺が会いに来たって言えばすぐに出てくる!」
「いやしかし…」
「なんだ?、騒ぎか?」
「行ってみましょうか、看過は出来ません」
人混みを掻き分け騒ぎの中心に行くと、チンピラが騒いでいた ラフな格好をしてグラサン掛けたチンピラだ、それが領主に合わせろと騒いでいるんだ…全く なんと迷惑な
「このデルフィーノ村の改修に…いったい誰が金出してやったと思ってんだよ、そこんとこ分かってんのか?」
「な 何を言っているんですか、貴方誰なんですか!」
「あれ?、名乗ってなかったっけ?、普通に分かってない感じ?」
「いきなり現れ騒いだんでしょう貴方は!」
「いやそんなの良いから とっとと会わせろって」
あの男、感じ的に貴族か?この村にはよく貴族が訪れるという その部類だろう奴も、しかし迷惑であることに変わりはない、ここは貴族以外もいるんだ
「止めるぞ、エリス」
「行きますか?」
「ああ、…ここの改修にはデルセクトも多大な金を出している、謂わばここはデルセクトも同然、あんな奴の無体を許して良いわけがない」
「分かりました、ではエリスが行きます」
怒鳴りつけ 騒ぎ立てる貴族の元へ、エリスは一人で歩み出す 貴族だろうとなんだろうと、許されること許されないことは他の人間と同じ 言い含めて退散させる、そう意気込み肩を掴む
「ちょっと貴方、大声出して迷惑ですよ」
「ああ?、口出すんじゃねぇよ 俺はここの領主に貸した金返してもらいに来たんだよ」
肩を掴めば 男はサングラス越しに此方をギロリと睨む、全く怯む気配はない 寧ろやってやると言わんばかりに闘志に満ちていて、…ん?この声…そしてこの顔、サングラスをしていてよく分からないが エリス会ったことある?
刹那の疑問を抱くとともに、どうやらチンピラの側も気がついたのか顔をしかめて
「…お前、エリスか?」
「え?、なんでエリスのことを…」
「なんだよ!エリスかよ!、悪いな睨んで!お前もここ来てたのかよ!いやぁ懐かしいなぁ!」
「ど どちら様ですか貴方は」
「え…忘れられてる?、いやいやお前の記憶力なら忘れっこないだろ、ほら俺だよ俺」
というとチンピラサングラスをクッと上へあげて…、その目元 その顔 ああ!ようやくわかった!この人会ったことある!この人!
「ザカライアさん!?」
「そうそう!久しぶり!」
そう満面の笑みで答えるのはザカライアさん、エリスがデルセクトで出会った人物の一人にして デルセクト五大王族の一人 翠龍王ザカライア・スマラグドス その人だ!
特徴的な緑髪 乱暴な口ぶり、鋭い犬牙…あの時のままだ、ただちょっと格好が違ったので分かりづらかったが、間違いなくザカライアさんだ
「何してるんですかこんなところで」
「さっき言ったじゃんかよ、俺ここの領主とダチでさ、ただアイツここの改修に金がねぇからって、デルセクトに借金しようとしてな、そん時ソニアが揚々と金を貸そうとしたから 慌てて俺が代わりに金貸してやったんだよ」
なるほど、メルクさんも言っていたな デルセクトも金を出したと、それは恐らくザカライアさんのことなんだ、確かにここをこれだけ改修するには金がかかる、ならば金を借りるには世界一の金持ち国家のデルセクトしかあるまい
しかし、…デルセクトの金融といえばソニアさんだ、彼女ならばいくらでも金を貸してくれる、だが その後は悲惨だろう…掏り取られるだけ掏り取られてここの領主もあの地下室行きだったかもしれない
そう考えると、ここの領主はザカライアさんの好意に助けられたとも言える
「金ならいくらでもやっても良いが、向こうは借金でいいっていうから貸したんだが、いつまで経っても返しやしねぇから こうしてここに来たんだよ」
「なるほど、そう言うことだったんですね」
「そうそう…、でエリスはなんでここに ああ、旅の最中にここに寄ったんだな、よかったら久しぶりに飯でも…」
「ザカライア様?…、だからと言って 大声で喚き立てていい道理はないでしょう」
ふと、エリスの後ろから怒りに満ちた声が聞こえる…鬼のような怒りの声、それにザカライアさんは身震いしながらそちらに目をやり…、叫び声を上げる
「うげぇっ!!メルク!?、お おま お前なんでここに!学園に行ったんじゃ」
メルクさんだけだ、チンピラを止めに行ったと思ったら、そのチンピラが知り合いで 剰え自分のところの王様の一人だったんだから、そりゃキレるし呆れる メルクさんは腕を組み…ザカライアさんを下から睨みつけるようにこちらに歩んでくる、怖い
「今は長期休暇です」
「あ、やべ 今その時期か…」
「その時期です…、さてザカライア様 謝罪を」
「え?」
「いくら金を貸し優位な立場にあるからと それを理由に周りに迷惑をかけていい理由はない!、…謝罪をするんです この村の人に…迷惑をかけた人に」
「わ わりぃな、でっかい声出して」
「そうじゃない!」
「おっきな声出してすみませんでしたー!」
綺麗な直角を描き 頭を下げるザカライアさん、メルクさんが同盟首長で偉いから…ではなく単純に彼女が怖いからだろうな、ある意味 気安い関係とも言えるかもしれない、と言うかザカライアさん全然変わらないな
謝られた村人もやや困惑しながらも分かって頂けたなら と謝罪を受け、面倒臭いことになりつつある空気を察知しそそくさと逃げる、多分その判断は正解だ
チラリ…とザカライアさんがこちらを見る、あの顔は許してくれた?と伺うような目だ 、それを受けメルクさんもため息をつき
「はぁ…、まぁいいでしょう」
「よっしゃー!、しかし奇遇だよなあ メルクがここにいてエリスもいて、あとはニコラスがいりゃあの時のメンバー勢揃いだぜ」
「ですね、懐かしいです ニコラスさんは元気ですか?」
「あんま変わってねぇよ、ただまぁ…最近男に話しかける回数が減ってる…なんて噂話は聞くがな」
どうしたんだろう、同性と同衾するのが大好きなあの人が男性に話しかけていないと?、結構異常事態じゃないか?、とはいえ あの人もよく分からない人だ、彼自身の中で何かあったのだろう そして エリス達がそれを伺ってもカケラも表には出さず誤魔化すはずだ
「そうだ、なぁメルク エリス、俺ここらで一番いい宿取ってんだ 遊びに来いよ」
「すみません、エリスもメルクさんも今日帰る予定で…」
「えぇーっ!、せっかく会えたのにもう帰るのかよぉ~寂しいなぁおい」
仕方ないよ、そう言う予定だったし 知り合いに会えたからって日数を伸ばせばみんなに迷惑がかかる、会えたのは嬉しいが 仕方ないことなのだ
「…ザカライア様」
「あん?、どうしたメルク怖い顔して…ま まだ怒ってる?」
「いえ、怒ってはいません、ただ ザカライア様に相談とお願いがありまして」
その顔と言葉を受け、ザカライアさんの顔もまた引き締まる、メルクさんがこのような口ぶりでもったいぶる時は大体大ごとだからだ、彼もまた佇まいを直し…
「なんだよ」
「実は私達はこのコルスコルピで…大いなるアルカナの幹部と接敵しました」
ヨッドのことだ、ザカライアさんにもそれを共有…いや お願いとはもしかして…
「なんだと!アイツらこの国にもいんのかよ!、言っとくが俺ぁヘットの野郎許してねぇからな!、俺の国メチャクチャにしやがって…!」
「はい、そしてそれと同じことがこの国でも起ころうとしています、どうやらアルカナはこの国でも何やら企んでいるようで…」
「マジかよ、まぁここも魔女国家だからな、いてもおかしくねぇし企んでてても不思議はない、で?どうすんだ?まさか放置なんてねぇよな」
「勿論、ですが我等にも我等の問題がありまして、学業との折り合いもあり直ぐには動けないのですよ」
「こう言うとき学園とるか?普通、まぁいいけどよ」
「ですので、アルカナの調査はザカライア様にお任せしても良いですか?」
ザカライアさんにアルカナの調査をお願いするのだ、彼はこの国の王ではないが 何やらここの領主に恩があるようだし、エリス達が動くよりも彼の方が動けるはずだ…まぁ彼もいつか帰らなきゃいけないからあんまり多くは望めないことに変わりはないが
「そういうことか、なら任せろ ここの領主に借金チャラにする代わりに調べるよう言ってやる、それに何人か人も雇って裏も探らせよう、それでいいな?」
「ありがたいです、ですが 借金はいいのですか?」
「どうせ端金だし構わねぇよ、どの道恩は残るしな それ以上にアルカナの奴らを許せねぇ、俺の手でアイツらに泡吹かせられるなら万々歳だぜ」
へへへと拳を鳴らし笑うザカライアさん、やはりこの人は味方にすると頼りになる 何だかんだ友達とみなした相手には義理深いし、本当に ありがたい限りだ
「ありがとうございますザカライア様」
「だはははは!、いいっていいって!俺とお前らの仲じゃんかよ、それに奴らは俺の敵であることに変わりはないしな!どはははは!」
すげー自慢げに笑ってる、調子に乗らせすぎたかな…いやいいんだ調子に乗ってもらって、彼の助けを受けるのだ 彼のことを信頼しよう
すると、エリス達の背後の人混みが割れていき…
「おいエリスーメルクさーん、なんの騒ぎだ~?」
「あ、ラグナ」
「なんかこれ、…思ってたのと違う、甘いけど…豆感が思ったより強い…もっと爽やかな味かと思ってた…」
ラグナ…と難しい顔でヤシの実をちゅうちゅう吸っているデティが現れる、というかデティ…豆感も何も それ豆ですよ…
「ん?おお!、アンタ!ラグナ大王!」
「え?、ああ ザカライアさん、お久しぶりです」
「あれ?ラグナとザカライアさん知り合いなんですか?」
「ん、ああ メルクさんと会談した時 ザカライアさんも付いてきていてね、その時知り合ったんだ」
そういえばラグナは他の大国間との関係強化に勤しんでいたな、その時知り合ったのか…というか、ザカライアさんのラグナを見る目が なんかこう…やけに輝いていて
「ラグナ大王!アンタがいるってことは ベオセルクは!」
ああ、そういうことか…ザカライアさん、ベオセルクさんに憧れたままなのか
「あー、兄様は今アルクカースですよ、子供も生まれたようなので忙しいでしょうし」
「子供生まれたの!?やっべー…ベオセルクJr.じゃん、今度会いに行こうっと…、で?そこのチビは?」
「チビ言うなー!」
なんだこいつ とザカライアさんはデティを見下ろす、デティとは面識がないのか…と言うかこのメンツを見たらなんとなく予想がつきそうだが
「ザカライアさん、この人はデティフローア…アジメクの魔術導皇ですよ」
「えぇー!あの魔術導皇がこんなチビなの!?」
「チビ言うなーッッ!」
「へぇー…これが…、すげーチビ」
「チビ言うなって!、…いきなり会って失礼な奴!」
グルルルと喉を鳴らすデティの頭を撫でて宥めつつ、彼女にエリスとザカライアさんの関係を説明する、どうやらラグナもザカライアさんは知っていても エリスとの関係は知らなかったようで、ほうほうと息を吐いている
ザカライアさんとの関係…そして、ザカライアさんに先ほどしたお願いの件だ
「なるほど、外部の人間に協力してもらってアルカナを探る…か、確かに放置よりもそちらの方が良いですね、メルクさん」
「だろう?、ザカライア様はこれでも頼りになる人だ、任せても問題ないとは思う」
「これでもって…まぁいいが、それよりメルク やるんだったらアイツ借りてもいいか?」
「アイツ?…」
「シオだ、アイツはこの手の仕事上手そうだしよ、何より お前のいないデルセクトじゃ仕事がないってボヤいてたぜ」
「シオが?、そうかあの子にも何か仕事をやらせないと可哀想だな…分かりました、ではシオをお貸しします、こき使ってやってください」
「おうよ」
…シオ?、聞いたことのない名前だ、感じ的にメルクさんの部下か?おそらくエリスがデルセクトを出てからメルクさんの下についた子なんだろうけど、…なんか エリスの知ってる二人がエリスの知らない人の話をするのは、ちょっと寂しい
いい、やっぱりエリスはみんなと時間を共有できていないんだな と感じてしまうから
「んじゃ、そういうことで…またなエリス!今度はお前の方からうちに遊びに来いよ!絶対だからな!絶対絶対…」
「分かってますよ、必ず行きますから」
「おうおう、じゃ 待ってるからな」
とだけ言うとザカライアさんはガニ股でズカズカと肩で風切歩いていく、…エリスだって 久々に会えたんだからもう少しお話ししたかったですよ、ザカライアさん…貴方にはとてもお世話になりましたから
「エリス…ザカライアさんと仲良いんだな」
「え?」
ふと、ラグナの声に反応し振り向くと 彼がなんだか面白くなさそうな顔をしていた、…なんでそんな顔するの?…、ああ いや そうか
エリスがザカライアさんとメルクさんの二人に疎外感を感じたように、ラグナもまた エリスとザカライアさんの関係に疎外感を持ってしまったのか、だからそんな目を…
「すみませんラグナ、でもザカライアさんは…」
「いや、別にいいんだが ちょっと気になることがあってな」
「気になること?」
どうやら ラグナが嫉妬していると言うのはエリスの思い過ごしだったようだ、恥ずかしい
「いや、…多分 ただの思い過ごしだから別にいいんだけどさ」
「ええ、そんな言われ方すると気になりますよぉ」
「またいつか言うよ、多分来年くらい」
えらく具体的だな、まぁ ラグナが言うと言ったなら本当にいつか言うんだろう、ならその時を待つか、胸ぐら掴んででも聞き出さなきゃいけないことでもないしね
「じゃあ、次はどうする?このままショッピングといくか?」
「いや、メルクさん 俺やりたいことあんだ、さっきエリスが魚捌いてくれるって言ってたろ?、だからさ 今から釣りに行かないか?」
釣り?釣りって 魚を買うんじゃなくて、エリス達の手で捕まえると言うことか?、…面白そうじゃないか
「いいですね、でもエリス海釣りの経験ないですよ」
「俺もだよ、みんな初体験でちょうどいいだろ?」
「いいねぇー!釣り!楽しそう!」
「ああ、では私は餌と釣り具を買ってくるから いい場所を見つけておいてくれ」
「アイアイ!」
とラグナが威勢良く返事をし、エリス達は釣りをすることとなった…釣り、この海での最後の思い出を作るために
………………………………………………………………
それからエリス達はしばらく、海で釣りをすることになった
みんな初体験で、あれこれ模索しながらやったから、効率がいいとは言えなかったが、それでも良かった、楽しかったからね
みんなで磯で釣り糸を垂らし、他愛ない話をして 中々かからない魚を待って…待ち続けた、結局 成果はゼロ、当然だ素人が四人集まったところで魚は見向きもしてくれまい
餌が悪かったのか はたまたやり方か場所が悪かったのか、それさえエリス達にはわからない、でもまぁこんなもんさとエリス達が諦めたその時、今日の晩御飯に海魚を期待していたデティが暗い顔をしているのが目に入った
これではいけない、何としても魚を手に入れねばと焦ったエリスとラグナは二人して海に潜り、素潜りででかい魚を何匹か捕らえ 海での魚取りは終了した
釣りでは何も捕まえられなかったが、まぁ いいじゃないかいいじゃないか…こう言うのも思い出だ、きっと 一生の
「んじゃ、魚捕まえたし帰るか」
「そうですね」
びしょ濡れになったエリスとラグナは魚を袋に入れ立ち上がる、うう いくら浜は暑いとはいえ、濡れた体に磯風は厳しい…寒い
「ありがとうエリスちゃん!ラグナ!」
「いえいえ、早く師匠達のところに戻って帰りましょう、魚が悪くなってしまいます」
「そうだな、…ラグナ?どうした?」
ふと、メルクさんが海を呆然と見て立ち尽くすラグナを見て、首を傾げる、ラグナ…どうしたんだろう
潮風を受け、濡れた髪を揺らし 陽光を顔に受け、心なしかキラキラと輝くラグナの横顔…、か カッコいい
「いや、この海での生活を思い出しててさ…、結局海賊現れなかったなぁって」
「現れてたまるか、現れたら私達は海賊と戦わねばならないんだぞ」
「うん、退治してみたかった…それで船奪ってさ、みんなで宝島か探したりもしてみたかったな」
「宝島ですか?あるんですか?」
「わかんねぇ、だから探すんだよ」
どうしたんだろうラグナ、今日はえらくこう…物言いが曖昧と言うか、不確かと言うかふわふわと言うか、するとラグナのその横顔に…エリスは言い知れぬ、悲しさのような悲哀のような…そんなものを見る、ああ…惜しんでいるのか
「ラグナ…」
「こうして見るとみんなとやってみたかったことはたくさんある、悔いがあるわけじゃないが まだまだみんなとこうしていたいんだ」
「…………」
「俺達がこうして何も気にせず集まれるのは、きっとこの三年が最後だろう…それが終われば皆生涯をかけて国を守る人柱として尽くすことになる、海で遊ぶなんて はっきり言っちまえばこれが最後かもしれない、別に国に尽くすのが嫌なわけじゃないが…もう少し 呑気にしてたかったなぁってな」
ラグナは王だ デティもメルクさんも、学生という本分がある故今はこうして呑気にしていられるが、それも終われば みんな仕事がある、こうしては遊べない
ましてや今回は魔女様のご厚意で連れてきてもらったものだ、また行こうといくら口にしても…いけるものではないからな
これが最後、みんなで海辺に立つ時はこれが、そう思うとエリスも無性に悲しくなってきて…
「ラグナよ…」
するとメルクさんがラグナの隣に立ち、ゆっくりと その手を優しげに上げ、ラグナの頭に…
「ていっ!」
手刀をかました
「………あの、メルクさん?これは一体…俺は何故今叩かれているので?」
「ラグナよ、気が早い そう言うのは卒業の日にとっておけ、まだ我らは一年目だぞ、一年目からそんな悲哀に満ちていてどうする、残された先の時間を数えるよりも 今はただ漠然とこの時間を楽しんだ方が、余程いいだろう」
「そうそう!、それになんかの拍子にまたみんなで海に来れるかもしれないしね、これが最後って考えるのはそれこそ気が早いよ」
「…確かにそうだな、これが最後と諦めるより、次もあると信じるか、これからどうなるかなんで誰にも分からないしな」
「そうですよ、どれだけ時間が経ってもいいですから、またみんなで海に来ましょう」
その時は出来ればアマルトやネレイド…未だ見ぬ弟子達も一緒に、いつか揃う八人で 海で遊びたいな
「よーしっ!、じゃ 遊び終わったし、今度こそ帰るか」
「はい、ラグナ 帰りましょう」
そして、…エリス達は帰路につく、四つ並んだの足跡を砂浜に残して、またいつか この海を見ようと誓い合いながら…、また友と一緒に呑気に過ごそうと誓い合いながら、エリス達は前へ進むのだ…
こうして、エリス達の一夏の合宿生活は幕を閉じる、またいつか この生活が幕を開けることを信じて、今は一旦 思い出として持ち帰ることにする、きっとまた 来れるだろうから
ちなみに、この後合流したレグルス師匠達はまだ言い合いをしてました、本当に…元気な人達だ
……………………………………………………………………
「帰ってきた…」
「なんかこの屋敷を見るのも久しぶりだね」
そうしてエリス達は中央都市ヴィスペルティリオに師匠達に連れられて帰還、エリス達四人の住む屋敷の前まで帰ってきた
…なんか、この屋敷はもうエリス達の家 日常の象徴になりつつある、故に屋敷を見るとこう …いつもの毎日が戻ってきた感じというか、押し寄せる日常になんだか圧倒される
「よしっ!、お前ら!一ヶ月間の合宿ご苦労だった!、騙すような真似して連れて行って悪かったな!」
するとエリス達を連れてきたアルクトゥルス様が腕を組みながら謝罪する、いや謝るも何もエリス達はカケラも恨んでいない、寧ろ礼を言いたいくらいだ、アルクトゥルス様は自国とコルスコルピを毎日のように行ったり来たりさせた、一番苦労したのはこの人なんだ
「いえ、アルクトゥルス様のおかげで海で遊べましたし、何よりとても鍛えられました」
「うん!見てよこれ!ふんぬー!力こぶー!」
「アルクトゥルス様には礼をしてもしきれません、本当にありがとうございました」
なんでエリス達の礼を聞くとアルクトゥルス様も照れ臭そうに鼻をかき
「そ そうか?、喜んでもらえたならオレ様も嬉しいぜ、へへへ」
「次は合宿関係なしに お前達全員をどこかに遊びに連れて行ってやりたいな」
師匠もなんだか嬉しそうだ、だが嬉しいのは師匠だけじゃない、久々に師匠と共に暮らせたエリスもまた嬉しいのだ
「それじゃあオレ様は帰るぜ、次の長期休暇でまた会おうぜ」
「はい、師範 お気をつけて」
するともう帰るのか アルクトゥルス様は踵を返し、背中をこちらに向ける…
「…聞いたぜ、お前ら アンタレスの弟子とやり合ってんだよな」
ふと、アルクトゥルス様が背中越しに言う、アンタレスの弟子と アマルトと戦っていると、…その通りだ、エリス達の学園生活は彼らとの戦いの中にある、長期休暇が終われば 本格的に奴らも仕掛けてくる、再び戦いの火蓋が切って落とされる
「はい、師範」
「アンタレスの弟子…アマルトだったか?、アイツ 中々やるぜ?弟子入りして日が浅いが、お前らと対して差がねぇ…それに コルスコルピにいるからアイツはお前らと違っていつでも師匠の指導を受けられる、…気を抜いて差をつけられるなよ」
そうだ、エリス達は師匠と離れて暮らしているが アマルトはそうじゃない、学園に通いながらでも師であるアンタレス様から教えを賜れる、彼は今この時も強くなっている
…このままエリス達が気を抜いていたら、あっという間に差をつけられる可能性もある
きっとアルクトゥルス様が長期休暇の間にエリス達に指導を与えたのは、そこを危惧してのことなのかもしれない
アマルトに負けないよう、体と心を引き締める意味合いを持っての…
「問題ありませんよ師範」
「だから!ラグナ!気ぃ抜くなつってんだろ!、こっちが四人であっちが一人 確かに数の上では優ってるがここは相手のホームグラウンドで…」
「それでもです、俺達 師がいいので」
「………あーあ、やな奴弟子に取っちまったよ、師匠を弄ぶとはなんて嫌な弟子なんだろうなぁ」
とは言いつつも 髪を掻き毟るアルクトゥルス様 顔がにやけていますよ、エリス達とはまた違った師弟関係、なんと言うか 弟子であるはずのラグナの方が主導権を持っているような気がするのは気のせいか
「まぁいい、今度こそ帰る!油断して負けましたって報告は聞きたくねぇ!負けたらテメェ!アルクカースに入れないからな!、そこの屋敷に住めよ!」
「それも悪くないかもしれませんが、多分負けることはないと思いますよ」
「不敵に笑いやがって 、クソガキがマセるな」
そう言うとアルクトゥルス様はフッと煙のようにその場から消える、目にも留まらぬ跳躍 大国二つを数秒で飛び越す音速の跳躍によって生まれる風に、エリス達は髪をはためかせる…さて 後は
「レグルス師匠も行ってしまうのですか?」
レグルス師匠だ、…せっかく会えたのに また別れの日々が続くのか、そう思うとそれだけでエリスは…
「…ラグナ メルクウリス デティフローア、エリスと二人きりで話したい、先に屋敷に入っていなさい」
「ん、分かりました、じゃあエリス…師匠とゆっくりな」
ラグナはエリスの肩をグッと叩き屋敷へと帰っていく、有無を言わず ただ察してくれた、…ありがとうございます、ラグナ みんな
みんなが立ち去り、屋敷の庭に エリスと師匠だけが取り残される
「師匠…」
「ああ、分かってる…正直に言おう、私も寂しかったし お前に会えて嬉しかった、一時は 一年だけで学園生活をやめさせようか…なんて暴論さえ浮かんでくるほどにな」
師匠はただ、自傷気味に笑う 己の不甲斐なさを、八千年を生きる師匠からすれば一年も三年も瞬きであることに変わりはない、ただ そんな瞬きの時さえエリスを意識して寂しさを覚えてくれたという事実に、エリスの悪い部分がほくそ笑む…敬愛する人に愛されていることを実感して
「エリスも同じです、学園生活が辛くて 師匠に無断で逃げ出そうとさえしました」
「…そうか、すまなかったな…、だが」
「はい、そうです…今はみんながいます、エリスはまだ みんなと一緒にいたいです」
師匠よりもみんなを取るのか と言われれば難しいところだが、このまま何もかも投げ出して エリスの為に立ち上がってくれたラグナ達を放り出す事なんて、エリスには出来ない
エリスはまだ みんなと共にこの学園にいたい…、師匠に寂しい思いはさせるが
「良い友を作ったな…、並び立てる親友 朋友 盟友を…」
「みんな大切なエリスの友達ですから」
「…ああ、分かるさ 私にもその気持ちはな、だからこそ嬉しいよ」
師匠にも 友と呼べる存在がいる、悠久の時を隔ててもなお、友として笑いあえる言い合える 分かり合える友が、エリスにとってのラグナ達 師匠にとってのアルクトゥルス様達、どちらも掛け替えのない存在だ
「友との絆は大切にしろ、どんな苦難艱難も 友となら乗り越えられるからな、…私が学園で作って欲しかったものを、お前はもう持ち合わせていたんだな」
そう言うと師匠は笑い踵を返す、やはり 師匠も帰ってしまうのだな、長期休暇はまだあるが…、多分師匠はエリス達の生活に 水を差したくないんだ、エリスとしては全然構わないが、こう言う時師匠は譲らない…私よりも友を大切にしろと言うんだ
でも
「師匠…最後に一ついいですか?」
「ん?、何だ?」
「エリスはこれからアマルトと戦います、ラグナ達と一緒に…その戦いは切って苦しいものになります、だから…勇気をください」
勇気を分けて欲しい、そう言えば師匠は驚き…そして笑い、再びこちらを向き直り、その両手を広げる
「ああ、おいで」
「っ…」
エリスを受け入れる言葉に、この体は突き動かされ レグルス師匠の元へ走る、飛びつく、抱きしめる…この温もりがエリスに勇気を与える、師匠の優しさが エリスを励ましてくれる
ラグナ達は大切な友だ、だが 師匠もまたエリスにとってはこれ以上ないくらい大切な人なんだ
「師匠…大好きです」
「私もだよ」
師匠がエリスを撫でてくれる、友のいないこの空間でエリスは 一人の弟子として師匠に甘えられる、これが終わればまた師匠とは数ヶ月は会えないだろう、だけど…
だけど…、この抱擁を思い出して、やっていこう 師匠の優しさと信頼に応えるために、エリスは 他のどの魔女の弟子にも負けない、孤独の魔女こそが至上であることを、証明するんだ
暖かな数が薙ぐ庭先で、エリスと師匠は抱き合う、再び訪れる別れの前に少しでも相手の存在を確認しようと…、エリスにとっては 唯一無二の存在を 大切にするように
…師匠、もう一回言わせてください
エリスを拾ってくれた師匠、育ててくれた師匠、愛してくれた師匠、ここまで連れて来てくれた師匠、導いてくれた師匠…エリスは師匠が、大好きです
…………………………………………………………………………
暗く、じめついた地下室…奈落とも言えるほど深い地下に存在する石室の中、山積みとなった本に腰をかけるアンタレス
百年も二百年も、一千年も二千年も こうやって過ごし続ける彼女は…ふと、開いていた本を閉じる
体から溢れるのは警戒だ、これからこの地下に訪れる存在は、他の何よりも警戒しなければならない相手だからだ
…ほら、来るぞ…悪夢が、アンタレスは振り返らずに言葉を発す
「…こんな所に一人でくるなんて てっきりもう用は全部済んだと思ってましたよ」
靴音が 乱雑な靴音が背後で響く…そいつは答えるように私の後ろに立ち、見下ろす
「何ですか?アルクトゥルスさぁん」
「そう警戒すんなって、別にとって食ったりはしねぇからよ」
アルクトゥルスだ、私にとって最重要警戒人物、昔からこいつは苦手だ…嫌いではないが こいつの体育会系のノリを受けると蕁麻疹が出る
てっきりもう用事は済ませて、国に帰ったものと思っていたが、帰るフリをしてここにやって来ていたのか、レグルスさぁんにも告げず 一人で
「何か用ですか」
「ああ、聞きたいことがある…ってもお前のことならわかってんだろ、オレ様の用件がよ」
アルクトゥルスの声音はいつになく真剣だ、この声音を聞いたのはいつぶりか、そう…大いなる厄災の時 シリウス達とバチバチにやり合っていた頃の、真剣そのものの声…、まぁ彼女の聞きたいことはわかる
「聞かせろ、お前 魔女の暴走についてどこまで知っている」
「どこまで?…そんなもの決まってるじゃないですか全部ですよ全部」
「…だよなあ、なら何でそれをレグルスに伝えない、アイツは魔女の暴走を何とかしようと奔走してるんだぞ?」
確かにレグルスさぁんは今世界を旅し 魔女の暴走やそれに起因する問題を解決しようとしている、彼女の努力はよく知っている、…だが
「レグルスさぁんにだけは言いません…いえ レグルスさぁんにだけは言えないと言った方がいいでしょうか」
「なんでだ?、レグルスのことを信用してないのか?」
「そんなわけないでしょう少なくとも貴方よりも信頼してますよ彼女の事は…でもそれとこれとは別問題なんです」
言えるなら すぐにでも言いたい、だがこれを言えばおしまいな気がする、私の持つ情報をレグルスさぁんにも共有するのは、恐ろしくリスクが伴うのだ、ともすればもう打てる手が無くなってしまうほど 致命的な悪手となる
「魔女の暴走とレグルスさぁんはあれを呼んでいますが実際は違います…その実態をレグルスさぁんは掴めない 掴めるわけがない …」
「…………実態か、まぁオレ様も薄々感づいちゃいるが、確かにあれは 暴走じゃない、いくら魔女と中に魔力が溜まっても 魔女は狂わない、魔力暴走が起こるならもっと早くに起こってるしな」
そう あれは暴走ではない、じゃあレグルスさぁんが間違っているかというと、ちょっと違う 『本来の魔女レグルス』なら、それも直ぐに理解できるだろうが…
「じゃああれはなんなんだ?、オレ様達は一体何に狂わされたんだ?」
「…その件についてお話する前に約束してくださいこの件は絶対にレグルスさぁんには伏せると」
「…なんでだ?」
「なんでってそんなの決まってるでしょう…レグルスさぁんは…いやレグルスさぁんが」
そう、レグルスという女は…もうどうしようもないくらいに、呪われているからだ、彼女だけは魔女の中でも特別だからだ
なんとも、皮肉な話であるとアンタレスは嗤う、こんな悲劇があって良いものかと、識を持つエリスと レグルスさぁんが師弟になるなど、これが運命というならなんで過酷で残酷なのか
……何せ、レグルスさぁんは 他でもない、シリウスの…いやシリウスと同じ……
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※作者独自の世界のゆるふわ設定。
※過去作のリメイク版です。過去作品は非公開にしました。
※表紙は作者作成AIイラスト。ブロッサムのイメージイラストです。
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このお話は小説家になろうにも投稿しています
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全5章、最終話まで執筆済み。
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