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六章 探求の魔女アンタレス

121.孤独の魔女と地獄の合宿地獄

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争乱の魔女アルクトゥルス、魔女 つまり魔術師でありながら稀代の武術家でもある彼女は 魔力と共に筋力も高め、その拳で敵を打倒する異質な魔術師

その弟子であるラグナの戦い方を見れば分かるが、もはや魔術はおまけと言ってもいいレベルでその体術のレベルは高い

エリスも体術と魔術を掛け合わせて戦うからこそ分かるレベルの高さ、殴り合いだけで言えば師匠すら上回る力の権化 アルクトゥルス様、彼女から武の指導を受けられると言うのならこれ以上に光栄なことはない

普段のエリスなら言うだろう、だが…実際 それを目の前にすると、尻すぼみしてしまう


……長期休暇に入ったエリス達はレグルス師匠とアルクトゥルス様の誘いにより観光村デルフィーノへとバカンスへとやってきたのだ

楽しかった、四人で海辺の村を回り 思い出を作るように巡り、笑い合って 羽を伸ばして…

だが、そんな楽しい時間も直ぐに終わる、屋敷の前に立っていたアルクトゥルス様が言うのにはこのバカンスはただのバカンスには在らず

その正体はアルクトゥルス様による弟子四人の強化合宿だと言うのだ、学園生活で衰えたであろうラグナとエリス そしてチビのままデティとデブったメルクさんを矯正する肉体強化合宿、それをこの海辺で行うために連れてきたと

有無を言わせてはくれなかった、弟子に拒否権 決定権 人権はない、アルクトゥルス様がやれと言えばエリス達は首を縦に動かすことだけしか出来ない

そのまま問答無用で陽気なティーリーフスタイルから着替えさせられ動きやすいスウェットな服に着替えさせられると

「とりあえず今日は遅いから 挨拶代わりにこの砂浜一周で許してやる」

そうアルクトゥルス様は言うのだ、その言葉を受けエリス達四人はぐるりと周囲を見回す…この砂浜って どこからどこまで?、夕日を受けて赤く輝く砂浜は 遥か彼方まで続いている、もしかしてここを端から端まで?

「ちなみに分かってると思うが魔術は禁止だ、体を鍛えるのに魔術を使ってちゃ意味がないからな、使ったら海に沈める」

つまり旋風圏跳はなし…か、使った瞬間アルクトゥルス様が追ってきてエリスを海に沈めると言うのだ、きっとエリスが全速力を出してもあえなく捕まり海の藻屑にされるだろう、やるなと言われてやるほど馬鹿ではない

「そしてラグナ、お前はエリス達と違ってもう体が出来てるからな、お前はこれを引っ張っていけ」

そう言ってアルクトゥルス様は近場の大岩をトントンと叩く、エリス達の五倍くらいはある見上げるような大岩、よく見ればそれには鎖が括り付けられており 引っ張れるようになっている、頭おかしいのかな…

「まぁ、そのくらいなら」

どのくらいだよラグナ、何でなんの疑いもなく鎖体に巻いてるの?平気なの?それ…

「よし、行くか みんな」

「ここまで来ては仕方ないか、…それに考え方を変えれば魔女様からの指導を受けられると言うこと、高みを目指す我等からすれば願っても無い申し出だ」

「うぅ、運動苦手なんだけどなぁ」

みんなも覚悟は決まったようだ、うん メルクさんの言う通りだ、この合宿を終えればエリスはより一層強い体術を扱えるようになる、戦術の幅も広がると言うものだ 

「はい!、頑張りましょう!」

「おう、頑張んな」

踏み出す 走り出す、夕日の波打ち際を四人揃って走り出す デティは慣れない走り方でメルクさんは鈍っても元軍人 機敏な動きで足を回転させ、ラグナは平気な顔で岩を引っ張ってエリス達と同じペースで走り出す

「デティ、もう少し腕を振った方がいいぞ」

「こ…こう?」

「そうそう、慣れてないこといきなりさせられて辛いと思うが、教えられることはなんでも教えるから頼ってくれ」

「懐かしい…昔はこうやって体を鍛えたものだ、机仕事が多くなって衰えたが やはり私はこうやって体を動かす方が好きだな」

なんだかんだ言ってここにいる四人 デティを除いて普段から動いていた人間ばかりだ、エリスも旅慣れして体力はあるし メルクさんも元々休みなく軍人として働いていた身、ラグナは言わずもがなだ というかラグナこんなめちゃくちゃな事毎日やってたの?

「フッ…フッ!」

しかし、アルクトゥルス様が態々この海を合宿先に選んだ理由がわかる、砂浜は歩き辛い…想定以上に体力を持っていかれる、一か月程度の修行だが かなり鍛えられそうだな

チラリとラグナの走法を見て真似をする、彼の走り方 腕の振り方 全てが理に適っている、真似したからと彼みたいに急に体力がつくわけではないが、それでも下手な走り方をしていては直ぐに体力を持っていかれる

「やはり、修行は楽しいですね」

「わだじだのじぐない~」

「文句を言うなデティ、泣くとバテるぞ」

「もゔばででる~」

スピカ様はあんまり体力重視の鍛え方をしたいからな、彼女には辛かろうな…

ふと、後ろに目を向ければ アルクトゥルス様とレグルス師匠はそこから動かずこちらを見ている、遠視の魔眼を使えばエリス達の様子を見ているのだ、今のエリス達の体力がどの程度かを

それにしちゃ厳しい気がするが、だってこの広大な砂浜を一周だよ?、とりあえずで言っていい範囲じゃない、まぁやるけどさ!

「よーし!みんな頑張れー!」

「大岩抱えてるわりには元気ですねラグナ」

「前は山引っ張らさせられたしな、この位の岩なら訳ないさ」

「どんな修行してるんですか」

エリスとデティとメルクさん 小さな足跡と岩を引っ張った大きなラインを残しながら砂浜を走る、見えない果てまで向けて…そうこうしている間に 太陽は完全に海に沈んでしまうのであった

……………………………………………………

「………………」

レグルスはただ、立ったまま砂浜を走る弟子達の後ろ姿を見る…、曰く アルクトゥルスの肉体強化合宿らしい、この筋肉馬鹿らしいトレーニング内容だ、バカンスで釣って トレーニングをさせるとは

事の始まりはアンタレスに呼び出されたあの日、地下に赴いた私が見たのはアンタレスの地下室に集う魔女達の姿だ、皆揃って長期休暇に入った弟子達の様子を見に来たらしい

魔女にとっては大国を挟んだ向こうにある場所も 『ちょっとそこまで』って感覚で出向けるから不思議はなかったがな、問題は その後だ

みんなであれこれ弟子の育成について話している間に いつのまにかアルクトゥルスが四人を鍛えるって話になっていた、スピカもフォーマルハウトも特に反対はしていなかったのが話の進んだ原因だ

私も反対はしなかった、アルクトゥルスはこれでも列記とした武術家 、魔女になっていなければゾーエー家の武術道場を引き継いで 何万人と言う弟子に修行をつける総師範の座に就いていただろう女だ、四人の面倒を見るくらいは訳ないだろう

それに、私達魔女は魔術の修行をメインにしている、がもしこの先弟子達が何かしらの戦いに巻き込まれるなら、それでだけでは不足だ 体も鍛えておかなければならない、となったり適任はアルクを置いて他にいない

だからみんなでアルクトゥルスに弟子を預けることになったのだ、弟子達に無断で決めた話だが 弟子も師匠が言えば従うから問題はない

そして、今に至る トレーニング初日としてまずはこの砂浜の踏破を言い渡したのだ

「…アルクトゥルス、いきなりこれは些か厳しくないか?、特にデティは体を動かすのに慣れていない、このペースで修行を続ければ体を壊すぞ」

「別に砂浜踏破させんのが目的じゃねぇからな、あいつらの基礎体力とどこまでオレ様に従順に従うからを見る、それに一番最初にきつい事させときゃ 後でどんなトレーニング言い渡しても『まぁあれよりマシなら』と思えるだろ?」

その辺も考えているか、些か強引な気もするが 期間は一ヶ月だ、修行の期間にしては短すぎる…そこである程度の成果をあげようと思うとどうにも急造になってしまうのは否めないか

「私に出来ることはあるか?」

「オレ様もいつもここに居られる訳じゃないからな、オレ様のいない間アイツらが修行をサボらねぇか 監視を頼む」

「分かった…、しかし こうして弟子が並んで修行しているのを見ると思い出すな」

「オレ様達の修行時代をか?」

そうだ、あの頃は八人ともがむしゃらに修行した 魔術も体術も含めて何もかもを鍛える為に、時に無茶と取れる修行を八人で手を取り合い踏み越えてきた

エリス達の関係はまさにそれだ、私達の頃よりも関係性はかなりいいがな

「アルク、お前の修行は師匠のそれと似ているな、特に無茶苦茶な辺りがな」

「シリウスと似てるって?…バカにすんなと言いたいが、あの人は師匠としては尊敬できる人だった、こうやって弟子を持って分かる あの人は本当にオレ様達の事を思って修行をつけてくれていたんだとな」

シリウス…今でこそ敵対しているが、かつては私達に修行をつけてくれた師匠でもある、今はあんな風になってしまったが 昔は尊敬できる人だったな、無茶苦茶なところは変わらんが

「…オレ様も…師匠のことは尊敬してたんだがな…」

アルクトゥルスは悲しげに空を見上げる、アルクトゥルスは…いや 魔女達は全員 シリウスによって命を救われ拾われた子達の集まりだ、アルクもまたシリウスに拾われ命を救われた者の一人として、師匠を慕っていた

それがあんなことになって…、アルクだけじゃない みんなショックを受けていたんだ

「なぁ、前の話の続きしていいか?」

「前?」

「ウルキが生きてたって件だよ、間違い無いのか?アイツはお前が殺しただろう?」

その件か、当然ながらみんなと合流した時 マレウスであった一件を話した、ウルキが生きていてシリウス復活のために動いていた件とシリウスの意思が未だに蠢動し その意思と邂逅した事を

「間違い無い、この目で生存は確認した…奴は生きている」

「偽物って線は?」

「無い、あれは間違いなく ウルキだ、お前の技を使ってきたからな」

「そうか、じゃあ間違いないな…ウルキのヤロー まだ生きてたか、しぶとい奴だぜ 全く」

「すまんな、仕留め損なったよ」

「二度もな、だが悪くは言わねぇ アイツの強さは羅睺十悪星でも指折りだ、それといきなり邂逅して 決着なんかつけられねぇ」

そうだ、ウルキは羅睺十悪星の中でも三本の指に入る…

妖天ウルキ・ヤルダバオート

識天ナヴァグラハ・アカモート

皇天トミテ・ナハシュ・オフュークス

この三人は十悪星の中でも際立って強かった、ともすれば我々魔女さえ上回るのでは無いかと思える程に、奴らともう一度戦えと言われたら 頭を抱えて蹲るよ そのあと戦うけど

…そして、そのうち一人が生きていて もう一人の意思がエリスを蝕もうとしている、…奴らの魔の手はまだ死んでないんだ

「…ウルキが生きている以上、また 似たような大戦が起こるかもな」

「そうか?原因たるシリウスも 引き金のナヴァグラハも火を大きくしたトミテもいないんだ、あれほど大きくはならないと思うが」

「いや、オレ様の直感が言っている、起こる…間違いなくな」

そうか、なら起こるだろうな アルクの直感は外れたことがない、…だとしたら嫌だな あんな戦い二度とごめんだ、衰えたのは私達もなんだ 今一度あんな厳しい戦いに身を投じれば 今度は勝利できないかもしれない

いや、そうか その為のエリス達か…

「もしもう一度あんな大戦が起こっても大丈夫なように、オレ様達は弟子を鍛えておかないといけない」

「そうだな、出来るなら 魔女の弟子八人を揃えたいが…」

「アンタレスも弟子を取ったし リゲルも弟子を取った、これで六人揃った、後はカノープスとプロキオンの二人だが…」

「カノープスは難しいだろうな…」

カノープスは己の軍を己の手で鍛えているが それは弟子ではない、飽くまで鍛えているだけ、何せカノープスの最たる武器である魔術を伝授していないからだ

いや、したくとも出来ないのだ、奴の魔術は奴にしか使えない 私にさえ難しい、故に弟子を取っても魔術を教えられないんだ、なら弟子を取るのは難しいか…?

「ま、この辺は気にしなくてもいいだろう…ここまできたら運命としか言いようがない、必ず魔女の弟子は八人揃う、そして弟子達はかつてのオレ様達のように手を取り合い 世界の危機に挑む、ここまでは間違いないんだ」

「運命か…私達が揃ったのも運命か?」

「或いはな、だが勝敗までは分からん だから鍛えるんだ、悔いが無いように オレ様達の後を託せるようにな」

多少厳しくなっても仕方ないぜ そう語る彼女の目は、厳しくも弟子達の未来を見据えていた、その時 何が起こるかは分からない、だが何が起こっても戦えるように鍛えてあげるのが 去りゆく先人の出来る最後の仕事なのだろうな

夜空に星が出始めるなか 我々はただ、ジッと 砂浜を走る弟子達の背中を見つめ続ける、それはまさに 未来へと駆け出す若人達の道行きを見据えるようで、私は少し 物悲しくも嬉しい心物なのであった

…………………………………………………………

エリス達が砂浜を踏破する頃には すっかり暇沈み、夜も夜 真夜中であった、運動慣れしていないデティを気遣って都度都度休憩を挟んでいると、師匠達が氷や水を持ってきてくれたりとサポートもしてくれた

そんな事もありエリス達は四人揃って砂浜マラソンを踏破、最後は屋敷の前で四人でこっそり海で水浴びをしてから 屋敷に戻ることになった…のだが

「………………」

死人のように真っ青な顔のデティ

「………………」

疲労で感情の消えたメルクさん

そして

「………………」

窓に映る己の顔、見てるだけで運気が下がりそうなほど顔つきが悪い、疲れた…足が棒のようだ、疲れた…本当に本当に疲れた こんなことになるなんて

そう思いながら屋敷の扉を開けると

「お待ちしておりました、メルクリウス様 そのご学友の方々」

屋敷に入ると身なりのいい執事が出迎えてくれた、そう言えば別荘とは言え 屋敷の主人のフォーマルハウト様がいない時も人が常駐して屋敷の管理をしているのだとか、この人たちは恐らくそれだろう

執事やメイドの人達はエリス達の様を見るなり綺麗なタオルを持ってきてくれて 体を拭いてくれる

『大丈夫ですよ、エリスがやります』

と普段なら言えたが、今はそんな事も言えないくらい疲れてしまった…マラソンをしている時はハイになってるからか マラソン終わりに海で水浴びをする元気があったが、終わったと思うとどっと疲れてきた、寝たい

「ご夕食の準備が出来ております」

「夕食…今からか?、喉を通る気がしないのだが」

「いいや、メルクさん 腹に詰め込むだけでも入れておいた方がいいと思うぜ?、明日もトレーニングがあるだろうしな」

とはラグナの談、彼…慣れているからかあのマラソンをしてもいい汗かいたくらいの感覚なのが恐ろしい

「それに、お部屋では魔女様達もお待ちです」

「レグルス様とアルクトゥルス様か…なら行かねばなるまい」

「そうですね…行きましょう、デティ歩けますか?」

「…ぁーー…………」

「俺が背負っていくよ」

虚ろな目で廊下の一点を眺めるデティをラグナが背負い、エリスは棒のような足を引きずり部屋の奥へ進む、すると

「おう、お疲れさん 流石に根性あるな」

「お疲れ様、薬草で疲労回復の茶を入れておいた、私も按摩の心得がある、後で体の疲労を取ってやろう」

アルクトゥルス様とレグルス師匠がダイニングの椅子に座り待っていた、何弟子に走らせて呑気に座ってんだとは言わない、この人達も昔はこれと同じかそれ以上の修行をしてきた人達、エリス達の苦しさはこの人達も理解してくれているはずだから

テーブルの上を見ると、ティーカップに茶色のお茶が入っている、懐かしいな レグルス師匠が昔入れてくれた疲労回復のお茶だ、これを飲んで寝ると明日には体がスッキリしている代物、魔術薬学を応用して作られているから その効き目も抜群だ

修行の後のアフターケアも万全というわけか

「今日のトレーニングで大体お前らの限界が分かった、明日からは個々人に分けて限界ギリギリを攻めるトレーニングをしていく」

「一ヶ月毎日こんな修行してたら壊れちゃうぅ~」

「安心しろデティ、毎日はしない ちゃんと休みも取る、というか休みもトレーニングの一環だ、筋肉に疲労を残しちゃ元も子もねぇからな、オレ様はスパルタだが根性論は嫌いなんだ」

そんな言葉を聞きながらエリス達はレグルス師匠のお茶を飲む、苦い…苦いが喉を伝い全身に薬草の成分が伝わるのを感じる、明日に疲労が持ち越されることはあるまい

「取り敢えず、喉を通るかわかんねぇが ちゃんと飯食っとけよ、飯は力の種だからな」

「はい……」

促されるがままにエリス達は椅子に座る…、ご飯か 食べる元気もないけれど、お腹が空いているのも事実だ、ちゃんと食べて 明日に備えておかないと、なんて思っているうちに奥の扉からいい匂いが漂ってくる

「美味しそうな匂いですね…」

「どれだけ疲れても腹は減る、飯を食う元気というのは残ってるもんだな」

「疲れたーお腹すいたー眠たいー足痛いー」

「そう言えば師範、こんな夜遅くまでここにいてもいいんですか?、いくらすぐに帰れるからって 今日一日アルクカースを空けて…国は大丈夫なんですか?」

比較的元気なラグナは席に着くなりアルクトゥルス様に問う、国は大丈夫なのかと…確かに 王もいない魔女もいない そんな日が一日も続いて大丈夫なのかとはエリスも思うが

「大丈夫だ、最近じゃ大臣の層も厚くなってるしな、それにベオセルクもいるし 安心だろう」

ベオセルクさんか…、確かにあの人戦い一辺倒に見えて結構真面目だし、あの人も一応は元王族、国王の不在くらいなんとか出来るだろうし、何より国王の不在に託けて何かを企むような人でもないしな

「って言ってもベオセルク兄様は今大切な時期じゃないですか、あんまり仕事を押し付けるのは…」

「大切な時期…ですか?」

「ん?ああ、エリスには言ってなかったか、実はベオセルク兄様の奥さんのアスクさんが妊娠してね、子供が出来たんだ」

「えぇっ!?ベオセルクさんにですか!?」

疲れた体が反射的に飛び上がる、子供!?子供できたの!?いや、エリスと別れた時 確かあの人達は19や18だった…そこから五年経ってるし、まぁ 出来ていてもおかしくはないが

子供か、あの餓獣と呼ばれた男に子供が…なんか意外だ、むしろ知り合いに子供が出来たのは初めての経験だから、なんというか…こう 嬉しい?嬉しいのか?分からない

「それなら2ヶ月くらい前に生まれたぞ」

「産まれたんですか!?え!?、ど どうなったんですか!?大丈夫何ですか!?」

「大丈夫だよ、女の子と男の子の双子だったぜ 女の名前がクレイで男の名前がリオス…らしいぜ?、女のクレイの方が先に出てきたから 双子の姉弟だな」

「無事に産まれたんですね…よかった…、よかったぁ」

ラグナはホッとしたように汗を拭う、そうか もう産まれたのか、アスクさんも頑張ったんだな、しかも双子…会ってみたいなぁ、まぁ エリスが会う頃には大きくなってそうですけれど

「おめでとうございます、ラグナ」

「それはベオセルク兄様に言ってあげてくれよ、エリス」

「でもめでたいじゃないですか」

「そうだぜ?祝いの言葉は素直に受け取っておけよ、ラグナ叔父さんよ」

そっか、兄のベオセルクさんに子供が出来たと言うことは ラグナはもう叔父さんというわけか、ラグナもまだまだ若いのに…年の離れた兄妹くらいの差しかないのに叔父さんとは

「…エリス、俺叔父さんになっちゃったよ、と言うか!なら尚更大事な時期じゃないですか!、アルクトゥルス師範!明日は帰って仕事してください!それでベオセルク兄様に休日を!いいですね!」

「えぇ、…わーったよ…ったく、じゃあレグルス 明日は任せるぜ?」

「ああ、トレーニングの内容は最初に聞いている、それをこなせばいいんだろ」

「おう、任せたぜ」

なんて話をしている間に奥から次々と料理が運ばれてくる、どれも豪華 かつどでかい魚料理の数々だ、何人前だよと突っ込みたくなるが、先ほどの話でみんな疲れが吹っ飛んだのか、もう完全に食欲が復活している

昼間たくさん食ったが、そんなものとっくの昔にエネルギーとして消費し尽くしてしまったからな、食べるぞぉ と腕まくり舌舐めずりをしていると

「ガツガツ…むぐむぐ…んくっ…んめぇ」

相変わらずラグナがすごい勢いで食べてる、エリスがまだ皿に手をつける前だと言うのにもう空皿が二枚三枚

「昼も言いましたがすごい食欲ですね」

「悪い、でも腹減ってたから」

「流石に心配になりますよ」

「大丈夫だよエリス、ラグナの体はオレ様の特殊な訓練で改造し尽くされてるんだ」

「え?」

改造?なんて驚いていると ラグナもまた手を止める、どうやら改造云々は彼も初耳らしく…

「ラグナの体でオレ様の教える武術を使おうとすると、如何にもこうにもエネルギー不足になるからな、長い時間をかけてラグナの胃袋や内臓を改造して、食ったそばから魔力やエネルギーに変換される無敵の肉体に作り変えたんだ」

「俺それ初耳なんですけど!?」

「言ってないからな、食えば食う程無尽蔵の力を発揮出来る事と引き換えに、ラグナはこれからの人生 満腹感という感情を味わえなくなったが…まぁいいだろ、邪魔なだけだし」

とんでもない話だ、だがそう言われれば納得だ ラグナは食べても食べてもまるで満足する様子はないし、ましてやあれだけ食べてるのに太る様子もない、それは食べたそばから食べ物が彼の体に吸収され エネルギーに変換されていたからだ

食べて食べて エネルギーを保管して、戦闘時それを爆発させる…ということか、普段の食事の大部分がエネルギー貯蔵に加えられているのだろう、今ラグナの体の中に どれだけのエネルギーが眠っているか…想像もつかない

「俺に内緒でなんてことを…」

「でもその力のおかげでお前は人並み外れた力を手に入れたし、それに 普段食ってる食い物のエネルギーを体内に長く貯蔵出来るから餓死もしない、いいこと尽くめじゃないか」

「師範!あんた倫理感ってもんがないのか!」

「無いな、武の道の前に小賢しい理屈は要らん」

とんでもない人に弟子入りしましたねラグナ、…でも 多分だがそれがラグナの強さの一因となっているのは間違いない、これからは彼の分の食事はより多めに作ることにしよう、いざって時にガス欠になっちゃったら困るしね

「くそう…でも美味い飯が山ほど食えるからいいや」

「いいんだ…」

「いいんだろう、ラグナがそれでいいなら我等の言うことはないのだ」

なんて話も程々に、エリス達は食事に取り掛かる 山のように食べるラグナとアルクトゥルス様を除いて、エリス達は普通に食べる お魚一匹食べれば 腹は満たされる

お腹が満たされれば眠くなるのは必定、腹を押さえて満腹感の中微睡みながら エリス達は食事を終え、この屋敷の使用人の方々に部屋を用意されていることを伝えられ 席を立つ

「ご馳走様でした」

「あぁー!私もう眠いよ!もう寝るぅー!」

「ああ、たっぷり寝よう 明日もトレーニングがあるようだしな」

「んじゃ、とっとと部屋に行くか」

「師匠!師匠も一緒に寝ましょうよ!」

「そうだな、久し振りに一緒に寝るか」

「やったー!」

そう…席を立ち廊下へと歩き出したエリス達四人とレグルス師匠、アルクトゥルス様はその足でアルクカースに帰ると言い屋敷を出て行った

師匠と一緒、トレーニングは厳しいが 久し振りに師匠と一緒に居られるのは嬉しいな


…廊下を歩く、外はすっかり真っ暗で 廊下を照らす仄かなランプの灯りを頼りに五人は歩く、この屋敷は広い…おまけに管理する使用人は必要最低限しかいない為人気がなく、こうやって歩いていると些かの気味悪さを感じてしまう

「なんか…怖いね」

そう言いながらデティがレグルス師匠に掴まるエリスの服の裾を掴む、可愛らしいな ほらデティ?怖がらなくても大丈夫ですよ 手を握りましょう

「暗闇とは ただそれだけで恐怖心を煽る物、怯えるのも無理からぬものだ」

デティと手を繋ぐエリスを見て 師匠はなんだが嬉しそうに微笑む、そうだね エリスもみんなと一緒でなければ怖がってたかもしれない、それくらい この屋敷の廊下は薄暗く怖い、物陰から誰か飛び出てきたら口から心臓出ちゃうかもしれない


そんな中 ラグナがふと…足を止める、廊下のど真ん中 暗いその場で、足を止めて 振り返る

「どうしたんですか?ラグナ?」

「ん?…んー?…」

くるり くるりとラグナは廊下のど真ん中で首を動かし、そのまま眉をひそめ、考え込むように腕を組む

「気のせいか?今誰かがいた気がしたんだが」

「ちょっとラグナ!脅かさないでよ!!」

「わ 悪いデティ、脅かすつもりはないんだが…てっきり使用人か誰かがいるもんだと思ったんだが、誰も居なかったからな」

ラグナが振り返る先には闇が広がるばかりで誰もいない、気のせい と言いたいが、ラグナが何かを察知したのは間違いないだろう、根拠はないが この中でそういう気配に一番敏感なのは 戦士たる彼を置いて他にいないから

「おかしいな、誰かいると思ったんだが…」

「ああ、そう言えば聞いたことがあるぞ、この屋敷…マスターが買い取る前は、曰く付きの物件だったと」

「メルクさぁん!それ以上言わないでぇーっ!?」

そうだ と言わんばかりにメルクさんが手を打つ、この屋敷には曰くがあると…それを聞いた瞬間、この場の空気が一気に冷たくなり デティが叫び声をあげる

「なんでもな、この屋敷では昔…持ち主の貴族とその妻…そして息子娘、家族揃って惨殺された、という恐ろしい噂があるのだ」

「家族揃って、穏やかではありませんね」

「噂でしょ!噂!、真実じゃないよ!」

「確かに真偽の程は分からんが、それ以来 夜になるとかつての屋敷の主人が 己を殺した人間に復讐する為、夜な夜な暗い廊下を徘徊するらしい…血みどろの幽霊の姿となって」

「ひぃーぃぃぃぃぃ!!」

聞きたくない聞きたくないと蹲り耳を塞ぐデティ、幽霊か…怖いなぁ エリスもお化けは苦手だ、師匠の手を握る手が 自然と強くなるのを感じる、迷信話と信じたいけれど…

「ゆ 幽霊なんてありえないよ!死んだ人間の魂は即座に魔力となってこの世界に溶けると魔術理論で証明されているんだよ!、幽霊なんているわけ…」

「いや、幽霊はいるぞ」

とは 師匠の言葉、いるというのだ 幽霊は…

「いるのぉぉぉーーーっっっ!?!?」

「し…師匠?何を言ってるんですか?幽霊はいないですよね?」

「エリス、お前も見ただろう 元気な幽霊を」

「元気な幽霊…あ…」

あ、見たわ やっぱエリス見てたわ 幽霊、シリウスだ…あれも一応死人、魂だけの存在 幽霊と言えばあれも幽霊だ、そう思うと急に怖くなくなってきたぞ…いやシリウスは怖いが、こう あからさまに幽霊を見てしまった以上、なんか 神秘的な怖さがなくなっていく

「それにな、死んだ人間の魂は世界に溶けるのではなく幽世という世界へ招かれるのだ、エリスが奴と邂逅したのも 幽世の世界の一歩手前だ」

あれ精神世界じゃなくて 『幽世』と呼ばれる世界の入り口なのか、幽世が何かは分からないが ニュアンス的に死後の世界なのだろうか、あるんだ 死後の世界…

「え、じゃあ…レグルス様…幽霊いるの?…この屋敷に」

「幽霊はいるが、この屋敷にはいないだろうな…幽世への誘惑を跳ね除けられる程の魂と言ったら、それこそ魔女レベルでなければありえない、ましてや現世に留まり続けられるなど 考え難いな」

史上最強の存在であるシリウスでさえ 幽世一歩手前にいるようなのだ、その辺の人間が 恨み辛みだけで現世に留まれるわけがないな、そう理論的に考えると やはり幽霊はこの世にはいない ということになる、シリウスを幽霊扱いするなら別だが、奴は幽霊云々以前に怖いからな

「そ そそ そうだよね、幽霊いないよね 、うん 分かってた 分かってたよ…」

「デティ、怖ければ今日は私と眠るか?」

「お お願いメルクさぁん、私怖くて夜中トイレ行けないかもだし…」

するとデティはエリスの手を離れてメルクさんの所へと行ってしまう、寂しい…でもエリスは今日師匠と寝るし、師匠に迷惑はかけられないし…やんぬるかな やんなるかな

「まぁ、幽霊がここにいないならそれでいいじゃないか、俺は寝るよ、おやすみ」

「ああ、私ももう寝る…行くぞデティ」

「ああ!待って~!」

するとラグナやメルクさん デティもそれぞれの部屋へと消えていき、廊下には エリスとレグルス師匠の二人が残される…

…久しく二人だ、再開してからと言う物、こうして二人きりになる瞬間は終ぞなかった

「…良い友が出来たな、エリス」

「え?…」

「お前は一人ではないんだ、ラグナ メルク デティ…掛け替えのない友等がお前を成長させる、こればかりは師である私では出来ない事だ」

そんなことはない と言いたいが、それでも みんなと出会ってみんなと過ごして、得たものは多い、学んだものも感じたものも…師匠と生きる時とは違う幸せを、エリスは感じているんだ

「みんな…大切な友達ですから」

「フッ、…あの森で 傷だらけのお前を拾った時は、どうなることかと思ったが、キチンと友達を作れたようで何よりだよ」

「あの日 あの場で師匠が拾って助けてくれなければ、エリスは今 みんなとここにいません」

それもこれも全部師匠のおかげだ、エリスの最初は師匠なんだ…敬愛 憧憬 様々な感情を持ちながら師匠の顔を見上げると、ふと 師匠の顔色が変わる

「そう言えば、私のあげたコートはどうした?、何時もは夏場の蒸し暑い日でも着ているのに、今日は着ていないのか?」

「えっ…」

思わず肩がすくみ上る、コート…他の生徒の悪意によりズタズタに引き裂かれてしまったコート、一応 御守り代わりに今も持ち歩いてはいるが、もう着れない ダメにされてしまった、師匠はそれを聞いたら どんな顔をするか…それが恐ろしかった

「何かあったのか?」

「いえ…その、エリスの部屋で話してもいいですか?、少し長くなるので」

「それは…いや、分かった 聞こう」

師匠は何やら思い至ったようだが、直ぐに首を振りエリスの話を聞いてくれる…

そして、直ぐそこの エリスの部屋に入るなり、それを説明する

…それを、今までの ラグナ達が来る前までの学園生活での、顛末を……



「そんな事が…」 

師匠はエリスの部屋の椅子に座り、絶句している…手にはズタズタに引き裂かれたコートが握りれており、唖然と 口を開けている

「すみません、師匠からもらったコートなのに 守りきれませんでした」

「そんなことはいい…!、すまん お前がそんな事態に陥っているとは露知らず、私は…なんと見通しの甘い…、くっ こんな事ならば入学などさせなければよかったか」

師匠はコートを握りしめて、怒りを露わにする 誰に対してではない、己に対して…歯を噛み締めギリギリと、学園へ入学させる…そのことについてなんと楽観的だったのかと

「師匠は悪くありません、エリスが選択を誤っただけです」

「…例えそうだとしても、人の大切な物を傷つけていい理由にはならん、すまなかった お前の気持ちを察してやれず、…今は大丈夫か?」

「はい、ラグナ達がいてくれるので」

「そうか、…なんと情けない師か、…想像出来なかった訳ではない 私もかつては同じ立場にいた事がある」

「そうなんですか?」

かつて、というと魔女になる前の学園生活のことだ、師匠は学園に馴染めなかったと言っていたが、そうか、師匠もあんな地獄を味わったのか

「まぁ、私の場合何をされたわけではない、ただ何もされなかった…完全に居ないものとして扱われ無視され続けただけだから構わないが、こうして実害が伴うとはな…」

「すみません、せっかくもらったコートを壊してしまって」

「こんなもの直せば済む話だ、明日中に直し……いや、そうだな もう少し時間を貰おうか、私がじっくり時間をかけて編み込み 、このコート自体を強化しておく、今度はそんじょそこらの人間には傷一つつけられないくらい頑強なものにしておくよ」

直るのか!それも強化もしてもらえるとのことだ、いや…それは良かった もう二度と着れないものと思っていたから、もう一度あのコートに袖を通せるならなんでも…、良かった

「では、お前も明日は早い もう寝てしまいなさい」

「はい師匠…、一緒に寝ましょう?」

「ああ…分かったよ」

そうして、エリスと師匠は同じベットに入り込み、身を寄せ合い眠りにつく…

こうして一緒に寝るのも久しぶりだが、やっぱり師匠の隣は落ち着くな…、疲れていることもあり 瞬く間にエリスの瞳はくっついて…意識は微睡みの中へと消える、明日のトレーニングに備えて ゆっくり休もう……


…………………………………………………………

肉体強化合宿、二日目 昨日のは飽くまで挨拶代わりの軽い下見 今日こそが本番であるとアルクトゥルス様は語った

エリス達は朝起きて、ダイニングで合流し 軽い朝食を済ませた後 昨日のトレーニングウェアに着替えて砂浜に集合、陽に照らされた砂は燻されたかのような熱を持ち、とても熱いが我慢する これもトレーニングの一環だ

「アルクトゥルスは今日から三日ほど仕事の関係上来られない、故に今日は私がトレーニングを見ることにする、アルクが居ないからと手を抜く私ではないから安心しろ」

砂浜で弟子達に点呼を取る師匠、凛々しい顔つきだが 四人一度に見る経験が初めてなのか、若干緊張してるように見えるのは内緒だ

「まずデティ、お前は昨日のトレーニングで他とは大幅に基礎体力が落ちる事がわかった、お前は私と基礎トレーニングからだ」

「基礎トレーニングって何するんですか?」

「トレーニングをするためのトレーニングだ、基礎体力の筋力をつける、走り込み 腕立て 腹筋、お前がトレーニングと聞いて思い浮かぶものがそれだ、それを限界までやる」

「うへぇ、キツそう…」

デティは他とは違う特別トレーニングらしい、まぁ デティは体を動かすタイプではないから仕方ないのだが、先ずはトレーニングをするための体力をつけるところから…らしい

「そしてエリス メルクリウスは凡そ体力などの身体的部分では変わりがない事がわかった、お前達は筋力を重点的につけていく、これを持て」

「これって…スコップですか?」

そう言ってエリスとメルクさんが渡されたのはスコップだ、それも片手で持つような 砂場遊び用の

「これで穴を掘れ、ここに 人一人入れるくらいの」

「えぇっ!?たった二人でそんな大きな穴をこんな小さなスコップで開けられるわけ…」

「何を勘違いしている、一人で一つの穴を開けるのだ」
 
「え…えぇ…」

思わずメルクさんと目を見合わせる、筋力トレーニングって…ただの苦行では?これは

「そして、ラグナ」

「はい!俺は何をしますか?」

「お前はこれを着て 海に潜って魚を取ってこい」

そう言ってラグナが渡されたのは、まるで風船のように空気がパンパンに詰まった服、それを着て 海に潜れというのだ

「そのトレーニング考えたの師範ですね」

「ああ、アルクが考案したトレーニングだ」

「魚を取れって、どうせ五百匹とかでしょう?」
 
「そうだが…っておい!」

するとラグナは渡された風船のような服を握り潰して割ってしまう、な 何をしているんですか?ラグナ…、なんて唖然としているとラグナはエリスとメルクさんの手からスコップを取り上げると

「そらよっと」

「ら ラグナ!何するんですかいきなり!」

小枝でも折るかのようにペキリと二本纏めて鉄製のスコップをへし折る、これじゃあトレーニングが出来ないよ…何考えているんですか、ラグナ

「…ラグナ…どういうつもりだ」

「はっきり言いましょうレグルス様、俺は師範の言うことに従うつもりはないです あの人が決めたトレーニングに意義を見出せません」

「貴様それでも弟子か」
 
「弟子にもトレーニングの選択権はあります、こんな馬鹿げた特訓 するだけ無駄です」

「そうかもな、だが私は友に任せろと言ってしまった以上半端は出来ん、逆らうと言うのなら 他所様の弟子でも他国の王でも容赦はせんぞ」

レグルス師匠は激烈に怒る、エリスは基本師匠には逆らわないから見たことがないが、弟子に反逆された師匠はああも怖いのか 、ただの怒気一つで師匠の姿が何倍にも大きく見える、そんな威圧の中ラグナは

「じゃあ力尽くで言うこと 聞かせてみてくださいよ」

「…………はあ?」

力尽くで言うこと聞かせてみろよ ラグナは挑発するのだ、ちょっと待てラグナ 流石にその態度はエリスは看過できない、ラグナが相手でもエリスは怒るぞ?師匠の代わりにラグナを叩きのめすぞ?エリスが

と思っていると師匠は何やら合点がいったように笑いながら

「はぁ…そう言うことか」

「分かってもらえました?」

「なら最初からそういえばいいのに、分かりづらい奴め 本気で殺すところだったぞ」  

「レグルス様なら分かってくれると踏んでいたので」

「え?え?、ラグナ?師匠?どう言う意味ですか?」

「ラグナは言っているんだ、トレーニングよりも私と手合わせをした方が余程特訓になるとな」

その言葉を受けラグナはうんうんと首を振る、つまり…あれか?ラグナはトレーニングメニューの内容変更の為抗議していたと?、なんて強引かつ恐ろしいやり方…いや多分普段からこうやってアルクトゥルス様を煽って 自分としたいトレーニングにするよう舵取りをしていたんだろうな…

「基礎トレーニングも大切です、ですけど 俺としてはせっかくの機会に 弟子達四人の連携を高めておきたいんです、いつかきっと 個々人では対応出来ない強敵に出会うこともあります、その時のために 全員で戦えるよう練習をと」

「なるほどな、だから昨日 ベオセルクの件に託けてアルクトゥルスを国に返したのか」

「はい、あの人は加減が出来ませんからね その点レグルス様なら寸止めで加減が出来ると思いまして、基礎を固める前に 俺は基盤を固めたいです」
 
「…理に適っているな、よろしい 許可しよう、アルクのメニューは一旦無しだ、今からお前達四人と私の模擬戦闘を行うこととする」

よしっ!とラグナはガッツポーズをする、何が何やら分からないうちにトレーニングの内容が変わってしまった…が、確かにラグナの言うことも分かる

エリスはここにいる三人と共闘した事がある、だが四人同時はないし エリス以外の人達はそれも無い、今後 弟子達で何か強大な困難に立ち向かう時 連携が求められる時 その場合に備え、四人の繋がりを強化したい…と言うのだ

「模擬戦闘ぅ?、…まぁ 私はいいけれど…」

「私も構わない、確かにアルクトゥルス様は加減とか苦手そうだしな、そう言う面では レグルス様しかいない今は好機とも言えるか」

「分かりました…四人で模擬戦闘をしましょう、ただしラグナ!師匠にあんまり不遜な口を聞くのはやめてくださいよ!、流石にラグナと言えど許せませんから!」

「ご ごめんごめん、でもこうでもしないと一蹴されそうだったからさ」

魔女に耳を傾けさせるため一芝居打ったと、ラグナ…恐ろしい男、ともあれ トレーニングの内容は変わった 模擬戦闘と言うのなら、基礎トレーニングより気合を入れねば

「とりあえず、模擬だからな 私も本気は出さん、魔術は使わないでいてやる」

「ありがとうございます」

「お前達の敗北条件は四人全員の戦闘不能…私の敗北条件は尻餅 と言うことにするか」

とんでもないハンデだ、魔術を使わず 尻餅一つつかせればエリス達の勝ち ナメてるとしか思えない内容、だが 実際それくらいの実力差はある 四人で十全にかからなければ勝負にすらなり得ない

「もし私から一本取ることが出来ればアルクトゥルスが帰ってくるまで この三日間の修行は免除しよう、だが負けたら お前ら全員さっき言ったトレーニングよりキツイの覚悟しろよ」

「上等ぅ!みんな行くぜ?」

「はわわぁ…魔女様とハンデありとは言えマジバトルとか、緊張するわぁ」

「こちらも全力でかからねばな…」

「というわけで師匠!作戦タイムするので耳塞いで向こう見ててください!」

「ん、分かった 手早く済ませろよ」

師匠はエリスの言うことを聞いて 耳を塞いで後ろを向く、その間にエリス達四人は円陣を組んでヒソヒソと段取りを合わせる、みんな何が出来るか 何をするかを事前に打ち合わせをする、ラグナが提案し メルクさんが整え エリスが戦術を考案し デティが黙って頷く、そして…



「師匠!準備完了です!」

「ん、分かった…、ほう いやまぁそうするよな、私の予想通りだ」

耳栓を解いてこちらを見るレグルス師匠、それが目にしたのは 既に陣形を組むエリス達の姿


遥か後方で構えを取るデティ その少し手前で黒白の双銃を持つメルクさん、そして 師匠の前で並ぶエリスとラグナ…、後衛にデティ 中衛にメルクさん 前衛にラグナとエリス、これがエリス達四人が取れる最適解の陣形、攻め 守り 援護 全てを全員が発揮出来るポジションを取り レグルス師匠の前に立つ

「面白い、…自然とその形を取るとはな、やはり弟子は弟子か…くく 面白い、やってみるがいその陣で!師を超えてみろ!」

「ああ、行くぞ!みんな!」
 
ラグナの号令に従い 全員が声を発する、魔力を隆起させ 挑むは最強の存在、腕を組みこちらを待ち構えるレグルス師匠に向けて 全員が全員 己の全霊を出す

「砕拳遮る物は無く、 斬蹴阻む物無し、武を以て天を落とし 武を以て地を戴く、我が四肢よ剛力を宿せ  『十二開神・来光烈拳道』!」

「開化転身…フォーム・アルベド」

「極限集中…開放」

エリスは極限集中を ラグナは付与魔術を、メルクさんは…よくわからない 聞いたことのない技を使い、全身に白い装束を纏い 髪さえも淡い白へと変じる、何あれ見たことないんだけど、いや…あの白は見たことがある

その言葉の通り ニグレドだ、まるでメルクさんの体全体が想像を司るアルベドに変わったように、白く そして、周囲の砂を結晶に変え 両手に持った銃も双方純白へと変じる

なるほど、究極の錬金機構の力、完全に使いこなせるようになったか メルクさん!

「え?え?、みんなそういうパワーアップフォーム的なの持ってるの?私持ってないんだけど…、ズルいんだけど…」

「いいから!、頼むぜデティ!」

「はいはい、分かりましたよ…じゃあ行くよ!、『ガストリザウンド』!!!」

手を掲げ 詠唱を叫ぶデティ、それはこの戦いの嚆矢となり響き 答えるが如く一陣の風が吹く、そよ風とも取れるそれは レグルス師匠の元まで渡り…急速に旋回 凝縮 縮小を図り

「ほう…」

爆裂した、風の爆弾 そよ風のように舞い 敵の目の前で爆発する不可視の爆弾、本来ならこの一撃で戦士だろうがなんだろうが吹き飛ばす威力はあるだろう、だが相手は 受け止める相手は魔女レグルスだ、世界最強の一角 それにかかれば、爆風もまた元のそよ風と変わらぬと受け止めるだろう

だが、目的はそれではない

「目眩しか、エリスのアイディアだな」

風は 砂を舞い上げる、自然の摂理 世界の道理、この砂浜というフィールドを考えれば打って然る一手 やって当然の初手、レグルス師匠は今魔術を禁じている 透視の魔眼も禁じている

つまり、視界は封じた

「『旋風圏跳』!」

「っっ!!」

飛ぶラグナとエリス、風に乗る飛ぶ先は舞い上がる砂塵の中、突っ切り狙うはレグルス師匠の身…!

エリスは風に乗り 体重を乗せ、回転を加えた蹴りを 

ラグナは付与魔術により強化された肉体での体術、砂が弾け飛ぶ勢いでの踏み込みとそれによる突き、それを レグルス師匠に向ける

「お前達二人で私の相手をするか?、些か厳しいと思うが?」

「くっ!…やはり通じませんか」

二重の轟音が響く、エリスの足が ラグナの拳が レグルス師匠の手により止められる、砂の中にあり視界など無いに等しいのに、まるで最初からそこに来るのが分かっていたかように容易く手で止められる、分かっちゃいたが 全く通用しないとは

「俺とエリスのコンビなら!貴方にだって届くはずさ!エリス!」

「はい!」

即座に一歩引き互いに構える、エリス達四人にはそれぞれ役目が割り振られている、みんながそれぞれのポジションで攻めに出るわけじゃない

前衛のエリスとラグナ、これにも役割がある 最前線のアタッカーはラグナ エリスはそれのサポートだ

「アルクトゥルスに鍛えられた体術か!、確かに随所から奴の匂いが滲み出る戦い方だ!」

振るわれるラグナの神速の拳、両の足を大地にしっかりとつけ 腰を軸に回転させ、拳を振るう 、力任せの戦い方に見えて その実合理を突き詰めた連撃、一撃一撃が家屋すら倒壊させるそれが何度も何度も振るわれる

がしかし

「チッ、壁に打ち込んでるみたいだぜ」

全て、丁寧に受け止められるのだ ラグナがどれだけ早く どれだけ巧妙に どれだけ強く打ち込もうと、その拳がレグルス師匠の体を捉えることはない、全て手で しかも掌の真ん中で受け止められている、見切られている証拠だ

空気の壁を撃ち抜くような突きがレグルス師匠の手によって音もなく受け止められる、間髪入れぬ蹴り いつのまに体勢を変えた そんなことさえ気がつかぬ速度の蹴りは師匠の延髄めがけ放たれるが、布で包むようにやんわりと受け止められる

「クソっ!」

「いい線はいっているが まだ私と殴り合える程ではないな」

「ラグナだけではありませんよ!」

背後で風の爆発を起こし 砂を纏い、まるで飛燕の如き鋭さを伴った蹴りがラグナと師匠の綿密な攻防の最中に割り込む、エリスははっきり言ってラグナと比べれば接近戦の巧みさは一段階劣る

だが

「むっ…」

師匠がエリスの蹴りを防ぐ、ラグナのように手のひらではなく 腕を上げてのガードだ、ラグナの攻撃の防御を縫ったつもりだったのだが、防ぐとは流石師匠だ

「なるほど、こうやって戦うか」

「ええ、これが俺とエリスの連携です、レグルス様ッ!」

ラグナの動きが一段階速くなる、炸裂する拳はブレ幾重にも散らばり連打としてレグルス師匠を苛み、転調 リズム崩すような蹴りが時折飛んでガードの上から弾き飛ばそうとする

そして攻防の隙間を見て

「颶風よ この声を聞き届け給う、その加護 纏て具足となり、大空へ羽撃く風を 力を 大翼を、そしてこの身に神速を  『旋風圏跳』!」

二重に重ねたスクリューキックが師匠の隙を突き防御の手を邪魔する、これがエリスとラグナの戦い方…振り返るはアルクカースでの戦い

遥か格上との戦い ベオセルクさんとの激闘でエリス達が彼に勝利した陣形だ、ラグナが戦い エリスが隙を見つけ勝機を抉る、この戦い方は二人がどれだけ強くなっても変わらない

寧ろ、二人の練度が上がったからこそ より一層強力になったと言える

「なるほどな、ベオセルク相手にやった戦い方か!懐かしいものを!」

「結局はこうやって戦うのが一番やり易いんでね!、そら…飛翔柱蹴!」

「ダブル旋風圏跳ドライバーキック!」

「っと…!」

エリスの蹴り ラグナの蹴りが師匠の防御の上から打ち据える、攻める事は出来ている だが…ここまで攻めて一歩も動かせていない、あれだけ防御させているのに片足一つ動かせていない、なんて堅牢な守りだ

もし、この守りに攻めまで加わったら…

「なら、そろそろ攻めていいか?…耐えてみせろよ」

「っ…ぶへぇっ!?」

「ラグナ…あぐぅっ!?」

見えなかった、目にも留まらぬ平手打ちがエリスとラグナを叩き飛ばす、防御とか そんなレベルの話じゃない、見えない…師匠の攻め手が見えない!、こんな激烈な攻め 普段エリスと二人きりでする模擬戦じゃ絶対出してこない

少しは本気を出させることが出来ているということか…?

「くそっ、イッテェ…体を硬化してんのに 骨まで響きやがる」

「師匠はアルクトゥルス様と殴り合える腕を持ってるんですよ、攻めさせてはダメです こちらの攻めで相手の攻め手を押し潰すんです!」

「分かったよ!」

戦力の差は分かりきっている、今更それで臆さない 砂嵐を突き抜け再び攻めに転じる、攻めさせちゃダメだ 攻めさせたら

「遅い」

「ぐぅっ!」

がしかし、どれだけ攻めても 相手の攻め手の速度が速すぎる防御すると共に飛んでくる平手打ちに再びラグナの体が揺れる、どこを殴られたかさえ分からない 多分ラグナもわかってない、ダメだ 攻めきれない…攻めきれないが

こちらも攻め手はこれだけじゃない

「ほら、どうした…攻められたら一気に大人しくなるか?…む」

エリスに向けて振るわれる平手打ちが 一寸先で止まる、静止する 師匠の動き…違う 動きを止められた、何にだ

師匠の腕を 肩を見れば、幻想的な輝きを放つ結晶に覆われてその手の動きを遮っているのだ

「メルクリウスか…!」

砂煙の向こうで銃を構えているメルクさんを睨むレグルス師匠、この砂煙の真の狙いは後衛から注意を逸らさせること、そして メルクさんの役目は敵の動きの妨害 援護だ

「援護は任せろ、ラグナ!エリス!攻めろ!」

煌めき飛ぶ幾重の弾丸 、光の中にあってなお輝く一条の白光の線はレグルス師匠に着弾すると共にその体を白い結晶で縛っていく、枷をかけられ師匠の動きが鈍る  今なら

「ありがとうございます!メルクさん!」

「っ!ナメるな!」

筋肉を隆起させ白結晶を内側から砕き 即座に動きを取り戻す師匠、しかし エリスの攻め ラグナの攻め そしてその合間から飛ぶ結晶弾に師匠の動きは明確に鈍る

特にメルクさんの弾丸は触れた瞬間 体が結晶に覆われる、故に防御は出来ない 回避しかできない、しかし回避に行動リソースを割けば攻め手に割くリソースが減るのは魔女も変わらない

「燕尾周天脚!」

「振るうは神の一薙ぎ、阻む物須らく打ち倒し滅ぼし、大地にその号を轟かせん、『薙倶太刀陣風・扇舞』」

「チッ、弟子をなめすぎたか…いつまでも子供ではないか」

ラグナの蹴りが師匠の手を抑え、エリスの斬撃を纏った足が師匠の体を傷つける…いや 傷つけたのは服だけか、体には傷一つつかない メチャクチャ硬いな

「仕方ない、少し…本気出すぞ!」

その言葉の後、師匠の体が消える 来た…動いてきた、今まで一歩も動かなかった師匠が、移動を解禁して…

「ぐぇっ!?」

刹那エリスとラグナが転ばされる、足を引っ掛けられくるりと宙を回されたのだ、くそっ ダウンさせられた…っは!師匠はどこに!?

慌てて起き上がり首を回し視線を走らせる、何処へ そう思わずとも師匠の姿はすぐに見つかった

「し しまった…」

「先ずは援護の手から潰す」

狙いはメルクさんだ、エリスが目を向けた瞬間既に師匠はメルクさんの前に立ち、その両手の銃を弾き飛ばしていた

メルクさんとて戦闘の技量や心得はある、銃が無くなったから無力です なんてわけはない、当然 徒手にて応戦を図った、デルセクト連合軍が用いるマーシャルアーツ、対人無力化特化型の戦闘法とも取れるそれを即座に構え 行動に移した

だが、言ってはなんだが 彼女に近接戦を任せなかったのは、エリスとラグナがメルクさんのそれより近接に特化していたからだ、そんな二人掛かりでも攻めきれないどころか止めることさえ出来ないのだ

そんな存在を相手に メルクさんが徒手で応戦など出来るわけがない

一手、メルクさんが師匠に向けた手が 虚空で壁に当たったかのように弾かれる

二手、手を弾かれたメルクさんの胴体に三つ 一瞬で掌底の跡が浮かび上がる

三手、やっと防御に動いた手が再度弾かれ捻られる

四手、苦しみに歯を食い縛るメルクさんの頬に 師匠の平手打ちが炸裂し、メルクさんの体が大きく横にブレる、ダメだ やられた…意識を刈り取られた

事実メルクさんの体はそのまま力なく横に崩れていき…あ、師匠の目がこっちを向いた

「げぶふぅっ!!」

起き上がろうとしたエリスの体が無理矢理引き起こされ投げ飛ばされる、下が砂だからといって 叩きつけられれば痛いものは痛い、というか ヤバい…これ

「エリス!」

ラグナが叫ぶ、そりゃ叫ぶさ 何せ今エリスは師匠に腕を取られ 、払う間も無く10度 地面へ投げ飛ばされ続けているのだから、ダメだ…手を固く握られすぎて振りほどけない、というか振りほどこうとした瞬間地面に叩きつけられ 四方八方に振り回されているせいで上手く力も入らない

い…意識が…

「ぐぅぅぅっ!、させるかよ!」

地を這うようなラグナの蹴りが師匠の足に放たれるが、そんな蹴りさえ 師匠は見切り、ラグナに向けてエリスを投げ飛ばし、エリスごとラグナを吹き飛ばす

「ぐがぁつ!?」

「あぐっ…ら ラグナ、すみません」

「気を抜くな!まだ…」

ラグナが叫ぶ、がしかし その前に師匠の鉄拳が重なったエリスとラグナの体を纏めて叩き、貫通する衝撃波が二人を貫く

「げぶぁああ…」

「まだ意識があるか、だがこれで終わりだな…」

倒れるエリスとラグナに向けて師匠の足が振り上げられ…トドメが飛んでくる、だが防御も何も出来ない…やられる

そう感じた瞬間、飛んでくる 銀色の閃光、それが師匠の足を結晶で包むのだ…これはメルクさんの

「メルクさん!まだ動いちゃダメ!」

「今動かねば勝敗が決する!」

見れば 遠方でデティの治療を受けるメルクさんの姿があり、体に甚大なダメージを負ったままこちらに銃を向けている、デティが治癒魔術でメルクさんの意識を戻してくれたのだ、デティの役目は治療だ…だが

「無駄な足掻きだな…」

師匠がその場から動かず腕を一度振るうと、ただそれだけで砂浜の砂が巻き上げられ、砂嵐が引き起こされる、まさに突風 人の手で起こされたとは思えぬ神の颶風は瞬く間にデティとメルクさんを包み…

「ニギャーッ!とーばーさーれーるー!」

「ぐぅっ!?し しまっ…」

ダメージを負ったメルクさんと小さなデティは瞬く間に飛ばされ海の方へと吹き飛ばされてしまった…ん、お?お? 

エリスの体とラグナの体が急に浮いて、ってこれ!?師匠に持ち上げられて…!?」

「そら、お前らもいってこい!!」

「うぉぉぁぁぁっっ!?」

「ひゃぁぁぁぁぁっっっ!?」

一瞬で地面は遠のき 奇妙に浮遊感に手足をばたつかせる、投げ飛ばされた 師匠によって軽々とエリスとラグナは、あ ダメだ ダメージが大きすぎて受け身取れない…魔術も間に合わな……


その瞬間 エリスとラグナは海へと叩きつけられ沈む、海…たかだか水に叩きつけられた程度でと思うかもしれないが、高所から叩きつけられる水面は岩肌も同じ、ダメージを受けたエリス達には辛く

二人は意識を失い波に攫われるのであった


……………………………………………………

その後、岸辺に漂着した四人は師匠に叩き起こされ その目の前で正座をさせられた、敗北 完膚なきまでの、もう少し戦えると思っていたが、中身を開けて振り返れば 結局のところ何も出来なかった、師匠が攻めに転じただけでエリス達は打つ手もなく圧倒され

このザマだ、情けない

「さて、模擬戦は終わりだ 私の勝ちだ、文句はないな」

「はい、あのままじゃ何百回やっても勝ち目ないですね」

「俺たちじゃまだ全然届かないってことか」

「くぅ、情けない…本気でかかったのに勝負にさえならんとは」

「うへぇ~、私なんか殆ど何も出来なかったよお」

全員忸怩たる思いだ、ラグナは平気な顔をしているが、その手は指先が白くなるほど強く握られている、悔しいのだろうな 彼も…、もう少し自分がやれると思っていたからこそかの悔しさ

分かるよ、エリスももう少し強くなれてると思ってましたもの

「陣形は悪くない、だがはっきりいって連携がダメだ 穴だらけだ」

「うぐぅ…」

「まずラグナとエリス、お前達は連携を気にするあまり己自身の強みを互いで消し去っている、ラグナは綿密な計算での攻め エリスは超高速戦、いくら同じ接近戦と言っても毛色が違うのだ やり方を変えるかもっと互いの理解を深めろ」

仰る通り、師匠相手に通用する連携ではあったが はっきり言って戦い辛かった、いつもとは勝手が違う…それはラグナが邪魔だからではない ラグナを気遣い過ぎるあまり、打つ手を自分で勝手に狭めていた、いつもなら距離をとって魔術を打つ場面も、彼に合わせて体術にこだわってしまった

多分、それはラグナも同じだろう…こればかりはもっとお互いのことを知って理解を深め会うしかないな

「そしてメルク、お前は敵に接近を許したなら 迎え撃つのではなく如何に早く撤退して前衛に戦いを任せられるかを考えろ、中衛たるお前の崩壊は陣形の瓦解を意味する」

「…面目無い!」

確かに、あそこで迎え撃たず エリス達に合流するか 錬金術で目眩しして離脱すれば状況は変わったか?、いや師匠相手にはどれも無駄な気もするが…でも師匠の言う通り、中衛が倒れれば前衛と後衛が切り離される、もっと自分の立ち位置を大切にすべきだったか

「そしてデティ、お前は臆し過ぎだ 治癒魔術をするならそのつもりで駆け廻れ、後 遠距離からも治癒を撃てるよう特訓しろ、後衛のお前の援護なくして中衛も前衛も戦うことはできない」

「うう、…確かに 私あの中で一番バタバタしてたくせに、やれたこと少ないし…」

デティもデティで色々やろうとしてくれていたが、結局何も身を結ぶことはなかった、もし 治癒魔術を遠方から飛ばしまくれば、エリス達は傷を恐れることなく戦える…治癒に専念すればよかったんだとデティも呟き頷く

彼女は戦闘能力は高くない、だがやれることは一番多い、だからこそもっと色々すべきだったと反省する

「とは言えだ、この陣形は悪くない…後は前衛に二人 中衛に一人 後衛に一人と、それぞれのポジションに追加の人間が入ればより完成度の高い動きができるだろうな」

「エリス達の陣形に更に前衛二人中衛一人 後衛一人…、追加で四人入れば?、それって」

それらとエリス達の陣形を足すと、合計八人になる…それはつまり

「八人の魔女の弟子全員が揃って、今一度陣を組めば…」

「ああ、先程のハンデありの私くらいにならば 或いは対抗し得るはずだ」

「なるほど、つまり今の陣形はまだ未完成…ってことか」

ここに更に人間が入れば 弟子が入れば、さっきの師匠にさえ対抗し得ると、…今分かってる魔女の弟子でここにいないのはアンタレス様の弟子アマルトとリゲル様の弟子ネレイド

彼らもここに入れば…、か なら尚更アマルトを改心させなければなるまい、彼ともいずれ さっきみたいな連携をすることになるかもしれないのだから

「懐かしいな、昔の私達八人の魔女も、似たような陣形を取っていたことがあるんだ」

「師匠達も?」

「ああ、遥か格上…シリウスと戦うために編み出した陣…名を方陣魔女八手形、いずれお前達に伝授しようかと思っていたが、お前達にはお前達の型があるようだしな、自分達でそれは編み出していけ」

師匠達も似たような陣を…、エリス達はそれを知っていたわけではない 知らずに連携という形で今の陣を作り出したんだ、内容は散々だったが これは連携の練習というよりみんなのことをより一層理解し 信頼すれば自ずと精度も増していくだろう、後は個々人の実力を高めるとかかな…

今の課題はそれくらいだろう

「さて、話は覚えているな?、私に負けたら罰としてドギツイトレーニングをしてもらうと」

「う…、そう言えばそうでしたね」

「安心しろ、私はアルク程スパルタじゃあない…、が 容赦もしない、さぁ行くぞ、先ずは…」


そうして、敗北したエリス達はアルクトゥルス様が帰ってくるまでの三日間師匠から地獄のトレーニングを受けることとなるのであった…

時に水泳、体力を強化するため遥か向こうの岩を目指して泳がされたり

時に筋トレ、有り余る砂を袋に詰めた物を背負わされ 手を足を腹筋をひたすら鍛えさせられた

時に耐久、地獄のような暑さの砂浜の上マラソン

内容は地味だがどれも絶妙にキツく、師匠もまたエリス達の限界を見極め本当にギリギリを攻めるようにエリス達の体を鍛え上げた、一番厄介なのが疲労回復のお茶だ

どれだけきついトレーニングをしてもあれを飲むと次の日に疲労が残らない、筋肉痛も治癒魔術で治してしまえるため エリス達は三日間レグルス師匠に鍛えに鍛えられ続けた

そこにアルクトゥルス様も加わり、エリス達は地獄の合宿期間を過ごしていくことになる…

まさか…エリス達には静かに 魔の手が迫っているとも気がつかず

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