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六章 探求の魔女アンタレス

114.孤独の魔女と王の恋心

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ラグナ・アルクカース…若くして大国アルクカースの大王の座に就いた風雲の麒麟児にして魔女の弟子として名を轟かせる若き王

力自慢ばかりだったアルクカース大王にしては珍しく思慮深く、無駄な闘争よりも国内の安定と繁栄に力を注ぐ賢王としても有名だ

自国さえも傷つけかねない闘争の数々を為して尚強大だったアルクカースが、ラグナの手によって闘争を封じられ 今アルクカースは徐々に最盛期を迎えようとしている、武器の質は上がり国力は増大し アジメクとデルセクトとも密接な関係を築き、カストリア大陸の四大魔女大国の中で頭一つ飛び抜けつつあるほどだ

他国の人間はラグナを賢き王と呼ぶ、自国の人間はラグナを強き王と呼ぶ、未だ若く未来ある賢王の寵愛を受けようと日々国内外から美女が集う

当然だ、ラグナの寵愛を受けられれば これから世界の中心になるかもしれないアルクカースの王の妃になることが出来れば、その手の内に入る影響力は計り知れない ともすれば帝国にさえ口聞出来るかもしれないほど

だが、ラグナは誰にも靡かない 誰に誘惑されても暖簾に腕押し、常に公務と修行に明け暮れ誰も相手にしない…何故か?

それは既に、ラグナには…俺には…、心に決めた相手がいるからだ、…初恋の相手がいるからだ

名はエリス、まだラグナが小さく誰からも相手にされていない頃 ラグナに唯一味方し、俺を勇気づけ俺を励まし 俺と共に戦ってくれた、気高き少女

俺は彼女の美しくも気品高い強さに心惹かれた、戦いを通じて彼女の愛おしさに気づくことができた、とはいえエリスは旅の身 引き止めることは出来なかったし俺もまた彼女についていくことが出来ず、一時離別することとなる…次会えるのはいつかもわからない離別

俺は一人アルクカースで王として研鑽を積む間も、エリスに恋い焦がれ続けた 彼女は今どこで何をしているだろうか、無事でいるだろうか…元気にしているだろうか、時折風に紛れて聞こえてくる彼女の噂話にいつも聞き耳をたてる毎日

エリスはいつも俺の中心にあった、叶うなら会いたい 一目会いたい、顔を突き合わせて茶でも飲みながら 出来るなら…彼女の微笑みをもう一度見たい
されど思えど思えど叶うことはなく、一年経ち二年経過し…遂には五年経ち俺は大人の入り口に立つまで彼女に会うことはできなかった

がしかし


そんなある日、俺はひょんなことからエリスと偶然再会することとなる

始まりは師範の言葉だ、いきなりディオスクロア大学園への入学を勝手に取り決め、半ば飛ばされるような形で俺はカストリア大陸の端 学術国家コルスコルピへ留学することとなった

道中、俺と似たような理由で留学することになったメルクさんとデティと合流し、彼女達と共に向かった学園で…俺は遂に再会した、エリスと 恋い焦がれた彼女と

そこで見たエリスはやはりというかなんというか 美しくなっていた それもとても、俺の妄想に出てくる大人になったエリスよりも何倍も綺麗で その明眸は輝く程に美しく 唇は俺の心をかき乱す言い知れない何かを秘めていた、前会った時はまだ子供だったのに

…だがまぁ、再会をその場で喜ぶことはできなかったがな、彼女はどうやらこの学園で面倒ごとに巻き込まれていたみたいで、…髪を掴まれたり頭を踏みつけらたりしていたよ

正直今こうして冷静に話していられるのも不思議なくらいだ、怒りが一周回って冷徹な何かに変じてしまうほどに俺は激怒し、この学園の権力者達 ノーブルズに宣戦布告してしまったのだが、まぁ今はそれはいい 置いておく

…何が重要かっていうと、俺は流れで他の魔女の弟子達同士で共同生活をすることになった、なってしまったんだ

いや、デティもメルクさんも俺にとってはいい友人 それと一緒に住むことが出来るなら楽しいのだが…、そこにエリスもいるのが問題だ



「…おはよう、エリス」

俺が朝稽古を終えて 汗を拭きながらメルクさんの用意してくれた屋敷に入れば、彼女がパタパタ走ってきて甲斐甲斐しく出迎える、今日の朝食当番は彼女だったか

エリスは制服の上からフリルのエプロンを巻きながらこちらを見て軽く微笑む、なんというか制服エプロン…言い知れない背徳感がある

「おはようございます、ラグナ」

…これは夢か?、妄想しすぎて俺は妄想の世界に落ちてしまったのか?、今俺がおはようって言ったら エリスが微笑みながらおはようって言ってきたぞ?、何度夢想したかこの場面を それが…現実に、ってか 可愛いにも程がある

「…?、ラグナ?何ぼーっとしてるんですか?」

「ああいや、ちょっと考え事をしてたんだ」

「そうですか、あ 今コーヒー淹れるので席に座って待っててください、メルクさんが今デティを起こしに行ってるので」

「悪い…ありがとう」

エリス…エプロン姿も似合うな、前少し見たパジャマ姿も良かった いつも凛々しいコートを着込み戦っている彼女が、こう…隙のある姿をしてるのはなんだか来る物がある

しかし、…しかしだ いかん、この状況は非常にいかん 俺は極めて冷静を装いながらも、エリスに促されるがままダイニングの椅子に座る、俺の指定席だ

「…………」

エリスが慣れた手つきでコーヒーを淹れる その後ろ姿を見ながら思わず口元が緩みそうになるのを感じ引き締める、エリスと共同生活できるようになったのははっきり言って飛び上がりそうなくらい嬉しいが

いくらなんでも緩みすぎだろう俺、初恋の人 今現在絶賛恋をしている相手と共同生活…弛みすぎだ、師範にこんなところ見られたらまたからかわれるかもしれないし、何よりこのままじゃエリスに情けないところを見せてしまうかもしれない

「はい、ラグナ 出来ましたよ」

予め用意しておいたこともあってか、エリスは俺のカップにコーヒーを注ぎ 手前のテーブルに置く、エリスの料理の腕は知っていたが、コーヒーを淹れる腕もいいのか…いや アルクカースじゃあんまりコーヒー豆は出回ってないし、あの国で作らなかっただけか

しかし、彼女は基本的にみんなに甲斐甲斐しく尽くしてくれる、それは俺達が偉いからではなく 恐らく師匠との二人旅で身に染み付いたお世話根性に起因するものだろう

その献身的な姿勢とエプロン姿はまるで新妻のようで…ってまた緩みかけた、俺はすぐこういう邪な妄想をするから良くない…

「ありがとうエリス、…うんいい匂いだ」

「ふふ、美味しいですか?ラグナ?」

「ん?、ああ…毎日飲みたいくらいだ」

コーヒーを啜りながら礼を言う、彼女は持ち前の物覚えの良さで俺の好みも瞬く間に把握して 今じゃあこれ以上のコーヒーはないんじゃないかってくらい美味い、というか 俺の舌に合っている

「へぇっ!?、ま…毎日ですか?」

するとエリスはなんか顔を赤くしてモジモジし始める、んぇ?俺なんか変なこと言ったか?失礼なこと言ったか?

「ど どうした?エリス?俺なんか変なこと言ったか?」

「い…いえ、何も…」

「何もって、絶対何かあるだろ 気を害したなら言ってくれ」

「そんな何も気なんか…」


「ラブコメだ…」

「ぐっ!!メルクさん!?」

俺とエリスが二人きりで話していると、この人は…メルクリウスさんは決まってそういう 何処からともなく現れて、俺たちの関係をラブコメだなどという

彼女はどうやら恋愛小説を読むのが趣味らしく、男と女の関係が全てそれに見えるらしい、それはつまり俺とデティの関係もそう見えてるのか?この人は

「私に構わず続けてくれ」

「続けるも何も、何も始まってませんよメルクさん」

メルクさんはぐぇーんと伸びるデティを猫のように抱えながら現れる、デティを起こし終わってダイニングに降りて来るなり…全くこの人は、悪い人じゃあないんだが ちょっと俗世離れしたところがあるのが玉に瑕だ

「あー、ラグナだけずるーい…エリスちゃん私にもデティスペシャル一丁~」

「朝からあれはダメです、我慢してください 直ぐにサンドイッチ作ってしまうので、デティもしっかり目を覚ましておいてください」

「うぇ~い…」

エリスに言われて寝ぼけ目をこすりながら自分と椅子に座るデティ、彼女はなんというか…すごく小さいんだ 身長が、以前会った時から小さかったが あれからあまり背が伸びているようには見えない、成長し辛い体質なのだろうか

だが、その小さな姿と子供っぽい振る舞いから、どう見ても子供にしか見えない というかエリスもメルクさんも彼女を一番下の妹として扱っている節がある、俺もだが

「ラグナ、朝から鍛錬とは気が入っているな」

すると俺の正面にメルクさんが座る、この人はラブコメ好きという点以外はかなり頼りになる、あの策謀渦巻くデルセクトで頂点を務めるだけあり、彼女の冷静な部分には俺も多く助けてもらっているよ

「ああ、学園生活では師範達がいない分 こういう基礎修行で補う必要がある、幸いここにいる限り公務をする必要はないし、基礎鍛錬に打ち込めるしな」

「真面目だな君は、…なぁラグナ 君は例のアマルトやノーブルズ達をどう見る」

エリスがキッチンへ向かうのを横目に、俺たちは話し込み…メルクさんの目が鋭く輝く、ノーブルズ…数日前俺たちが宣戦布告した相手だ、この学園を仕切る連中というだけあって、学園にいる間は俺さえも凌駕する影響力を持つ奴らだ

それに恐らくだが実力面も相応のもの、特にアマルトに限ってはエリスに勝利してさえいる、油断ならない相手だ

「どう見るも何も、まだアイツら 何も仕掛けてきませんからね」

あれから数日経ったがノーブルズ達が俺達にちょっかいをかけてくる素ぶりは見えない、エリスの時は瞬く間にエリスへの嫌がらせが横行したようだが、流石に普通の生徒達も俺たち相手にはそんな真似できないみたいだしな、たまにちょっかいをかけようとしてくるやつはいるが 俺が睨めばスゴスゴ逃げる雑魚ばかり

ここ数日は平和な日々を過ごせている

「そこだよ、…奴らは完全に我等を標的として見ているにも関わらず何もしてこない、これが不気味で仕方なくてね」

「そうですか?、案外裏で何か手を回して俺たちをハメようとしてるのかも」

「それが不気味だと言っているんだ、…いや 争乱の中で生きる君にとってはこの程度不気味のうちにも入らんか、頼りになるな」

そうかな、いや ここは素直に受け取っておこう…

アマルト達にもメンツがある、あんな啖呵切っておいて 音沙汰なしじゃあ周囲の生徒達に『ノーブルズ達は恐れをなして逃げ出した』なんて言われても仕方ない、奴らもそれは避けたいはずだし、そろそろなんか仕掛けてくる気はするんだよなあ

「んん~~、私的には手を回すとか仕掛けるとか嵌めるとか、そう言うのを警戒したりすること自体アイツらの術中にはまってる気がするなぁ~、私達の目的はこの学園で学ぶこと 勝利条件があるとするならそれはノーブルズの撃滅じゃなくて、笑って卒業してやることだと思うなぁ」

するといつの間にか目を覚ましていたデティが涼しい顔でそう宣う、その通りだ この子は加熱しがちな俺を諌め 警戒心強いメルクさんを落ち着かせ、話をうまく着地点へ持って行ってくれる 小さいが彼女も彼女で頼りになるな

「まぁ…そうか、何もしてこないなら来ないでいいのか…ん?」

ふと目を台所の方に移すと エプロンをフリフリ揺らすエリスが慣れた手つきで料理をしているエリスの後ろ姿が見える

…なんか、いいなぁ…彼女がお嫁さんになったら さぞ幸せだろうなぁ、毎日料理なんて作ってもらっちゃって

(って、いかんいかん また顔が緩んでいる…)

緩む頬を叩いてコーヒーを飲む、ともあれ 俺達はノーブルズに負けるわけにはいかない、エリスの踏みにじられた尊厳と流された涙に誓って 俺達は奴等に分からせないといけない

手前らが手を出した女が…誰の女なのかをな

………………………………………………

エリスの作ったモーニングメニュー…卵とレタスとハム それぞれの調和がとれたサンドイッチをぺろりと平らげ 俺たち四人は揃って登校を始める、元々学園に通うために用意された屋敷だけあり 学園からはそう遠くないためまぁまぁ余裕を持って出れるのはありがたい限りだ

住宅街を抜け大通りに入れば学園は目と鼻の先、俺達と同じように鞄を抱えた制服姿の学生達が見える 寮暮らし以外の人間も結構いるんだな

なんて思いながら俺たちは雑談しつつ学園を目指す

「え?、ってことはデティもうすぐ仕事がひと段落するんですか?」

「うん、私が最近夜遅くまで起きて仕事してたのは移動中片付けられなかった仕事が大半だしね、そりゃ毎日のように仕事は舞い込んでくるけど 片手間に片付けられるようなものばかりになるから、もうすぐ落ち着くと思う」

「すごいよなデティは、公務と魔術導皇の仕事両立させてんだから こんなに小さいのに」

「小さいのは余計でしょー!、くぅっ!ラグナもメルクさんもなんでそんなに背ぇ高くなるかなぁ」

「まぁまぁ、デティは可愛いですよちっちゃくて」

「えへへ、そうかなぁエリスちゃあん…え 小さいから可愛いの私」

横に並び 和気藹々と会話する俺達、こういう風にしてると 俺達も一介の学生みたいだ…いやまぁ学生なんですけども

なんて話をしていると、ふと、背後からこちらに向けて走ってくる足音に気がつく 明確にこちらに向けて走ってきている、何者か そう目を向ければ…

「エリス君!」

「え?、あ!アレクセイさん!」

緑髪のメガネの男子がいた、知らない顔だ アレクセイ…知らない名前、いや少し聞いたな 確かこの学園でのエリスの数少ない友達の、最近学園に姿を見せてなかったという彼か

エリスに味方してくれたのはありがたいが、肝心な時に消えてそのままなのはいただけない…まぁ 彼にそこまでのことを求めても仕方ないから

「どうしたんですかアレクセイさん、急にいなくなって心配したんですよ!」

「ごめんよ、バーバラ君があんなことになって僕怖くてさ…暫く休んでたんだ、それより君 平気かい?、聞けば物凄いいじめにあってるって…」

「まぁ…酷い目にあわされたのは事実ですが、皆さんに助けられたので」

「皆さん?、知らない人達だね 君達がエリス君を守ってくれたのかい?ありがとう」

守ったんじゃなくて 守る為に俺は力を手に入れエリスの元に向かったんだが、まぁいい というか彼女が俺の知らない男と楽しそうに話しているだけで心が穏やかじゃない

俺も…心が狭いな

「私デティフローア!よろしくね!アレクセイさん!」

「私はメルクリウスだ、彼女の盟友さ」

「…俺は、俺はラグナ 俺達の朋友を助けてくれてありがとう、アレクセイ」

そう、自己紹介しながら握手を求めれば…

「うんうん、デティフローアちゃんにメルクリウスさんにラグナ君…ってぇ!?全員魔女の弟子じゃないかい!、今世界で確認されている魔女の弟子の内四人が一堂に会するなんて!き 奇跡だ!、是非とも話を聞いてもいいかなぁ!」

ズズイッ!と目を輝かせ俺に接近してくる、な なんだこいつ?急に興奮して、ってか顔近い近い!

「ああ、ごめんなさい 彼魔術オタクで、古式魔術に関して研究もしているので…」

「なるほど、古式魔術に…」

「エリス君だけでも貴重な取材対象だったのに、それがこんなに…!、魔女の弟子がこんなにも!、今確認されている魔女の弟子が君達とこの学園のアマルト そしてオライオンのネレイド将軍の六人だから…半数以上!奇跡だ!」

確かに、魔女の弟子がそんな人数一度に同じ場所にましてや同じ学園で過ごすなんて奇跡もいいところだな、ここにいないのは唯一大陸外にいるオライオンの夢見の魔女の弟子 闘神将ネレイド・イストミア

俺も会ったことはないがその強さは聞き及んでいる、この中の誰よりも早く魔女に弟子入りしていることもあり、現時点では魔女の弟子の中で最強の力を持っているとも言われている、まだ見ぬライバルさ

「ともあれまた会えて嬉しいです、アレクセイさん…アレクセイさんも一緒に登校しませんか?」

「あ…ああー、その」

するとアレクセイはエリスの誘いを受け、妙にしどろもどろに目を右往左往させる、とてもいい辛いんだけど…を口以外で表現するならまさにこれだろう

「ごめんね、実はノーブルズに怯えて学園に行かなくなった後別の生徒達と仲良くなってね、今は彼らと行動してるんだ、君の顔が見えたから声をかけただけで…その…」

「そうですか、いえ すみませんでした、アレクセイさんにもエリス以外の知り合いができたのなら嬉しいです、エリスと一緒にいるとまた何か酷い目にあわされるかもしれませんしね」

「そ…そうかい?!そう言ってくれると嬉しいよ、じゃあまた…後でまた話しに行くね」

そういうとアレクセイは背を向ける、そうか エリス以外の知り合いができていたか、エリスが苦しんでいる間逃げ出して その隙に別の友達と仲良くしてたのかと責めることはない、彼は強くないんだそこまで その強さを求める権限は俺たちにはない

そして俺達は…俺は強い、強くなった エリスを守るために地獄の修行を乗り越えてきた、だから側にいることが出来る、そう思えば些かの優越感で気持ちよくなる…本当に心が狭いな俺は、嫌になる

「そうだ、…一つだけいいかな」

すると、アレクセイはこちらをゆっくりと向きながら一ついいかと、その目は陽光を反射するメガネのせいで伺うことはできないが、深刻なものであることは声音から分かる

「君達ノーブルズに宣戦布告したそうだけど、気をつけてくれよ ノーブルズはピエールなんかよりずっと怖いし容赦がない、学園の看板背負ってるからね…、逆らえばいじめられる なんて可愛い終わり方は絶対しない」

「…わかってます、覚悟の上です」

「そうかい?、今まで君達のように徒党を組んでノーブルズに対抗する勢力が生まれたことはこの学園の歴史上何度もあった、だがそのどれもが悉く破られてきた…ノーブルズには下部組織がいくつもあるんだ そいつらによって対抗勢力は撃滅されてきた」

「下部組織、穏やかじゃありませんね…それも生徒ですか?」

「ああ、暴力や策謀といった薄汚い部分を担当する奴等だね…今のノーブルズのメンバーは歴代最高にして最強だ その下部組織の面々も最高の人材が揃っていると言ってもいい、何をされてもいいよう 覚悟だけはしておくんだ、僕から出来る最大限のアドバイスはそれしかない」
それだけ言うとアレクセイはそそくさと俺たちから離れていく、きっと彼はその恐ろしさを知っているから距離を置くんだ、それならそれでいい 巻き込まないで済むならな

しかし歴代最高にして最強か…

「まぁ、想定の範囲内だな、権力とは庇護にあって力を増す、ならその庇護を担当する暴力的な組織があることは容易に想像できた」

「結局荒事になるのかぁ、強いのかな?怖いのかな?その下部組織って、しかもよりによって歴代最強最高って…ねぇ?ラグナ」

「いいじゃないか、歴代最高?最強?上等だ 逆に燃えてくる、半端なのを相手するより百倍いい、…その歴代最高の奴らを撃ち倒せば奴らも文句は言えないはずだしな」

どうせ相手取るなら強い方がいい、どうせ倒すなら強力な方がいい、そいつらを倒した時の快感はより一層強くなるからな、ククク…退屈しなさそうだ

「ラグナ?ベオセルクさんみたいに笑ってますよ?」

「ええっ!?」

エリスに注意され、思わず顔を確かめる…確かに、俺今凶暴に笑っていたな、…思えばラクレス兄様もホリンズ姉様も似たように笑うな、俺たち兄弟みんな ああ言う笑みを浮かべる兄弟なのか…なんかやだな、こんな笑みじゃエリスに嫌われる

「さ、我々も行くぞ ノーブルズにせよ何にせよ、遅刻すれば元も子もないからな」

メルクさんがそれだけ言うとエリスとデティを引き連れ学園へと向かう、そうだな俺たちも授業を受けないとな…

そう思いはすれど、俺は一人立ち止まり アレクセイの去った方を見る、エリスは彼を信用していたが俺はどうにもいい感情を抱けない、これはアレクセイに対する嫉妬か?それとも…

「どーにも、きな臭いと感じるのは俺だけかね」

アレクセイが…ではない、ではないが 師範仕込みのこの鼻からは妙な匂いを感じ取っていた、この学園に この街に…この生徒達に、こりゃ まだ何か裏があるな

「どうしました?ラグナ」

「ん?、ああいやなんでもないよエリス」

俺個人の不信感でみんなを振り回すわけにはいかん、今は取り敢えず胸に秘めておこう…なんて考えていると、まただ また何かが駆け寄ってくる、明確にこちらに 今度はなんだ?」

「あ!、エリスさん!あの人達じゃないですか?ラグナ大王って」

「は?」

ふと、後ろから声がする そこには男女の一団がいる、まぁそれはいい それはいいとして、その中の一人の女子が言うのだ、エリスさんと…

エリスに声をかけてるのか?、でもエリスは俺の隣にいる だと言うのにあの女子が見る先には金髪で背の高い女しかいない、誰に声かけてんだ?

「え ええ、そのようね…」

「どうしたんですかエリスさん、知り合いですよね?」

「そ そうとも言えるかしら」

エリス と呼ばれる背の高い女は俺の顔を見るなり何やらドッと冷や汗をかきしどろもどろに曖昧なことを話す、エリス…って呼ばれてるが あの子もエリスって名前なのか?、まぁこんだけ生徒のいる学園だ 同姓同名くらいあり得るか、エリスってのは古風じゃあるが よくある名前でもある

しかし、…知り合いではないだろう

「どうした?ラグナ、遅れるぞ」

「もうラグナー!置いてくよー」

「ああ悪い、けどなんか 俺に用事がある生徒がいるみたいでさ」

「用事?」

メルクさんとデティも寄ってくる、あのエリスという金髪の生徒 明らかに俺を見てるよな、俺の名前を言って 知り合いとかなんとか、どこかで会っていたか?覚えがないぞ、と思っているとエリスが徐に俺の耳に口を当て

「すみませんラグナ、彼女 エリスの偽物みたいで…」

「偽物?…なんで?」

「エリスは有名ですがラグナ達のように立場ある人間じゃないですからね、そのネームバリューを使おうって生徒が 何人もいるんですよ」

「ああ、なるほどね」

つまりの目の前の偽エリスはエリスの名を使って人気者になってるってわけだ、 俺と知り合いとか言っていたのも多分嘘だな、俺とエリスが知り合いなのは有名だし 何よりアルクカースでの逸話もある、それを自分の手柄のように吹聴して回ったんだろう

「すごいですエリスさん!、あのラグナ大王とも知り合いなんて!」

「デティフローア様とは親友なんですよね!尊敬するなあ」

「あ…あははは、で でもみんな忙しいみたいだし、あまり関わらないほうがいいわ 避けていきましょう」

しかし、今更真実を言えるわけもない、流石に俺を相手にしたらバレると踏んだのか 偽エリスは取り巻きを連れてそそくさと脇を通り抜けようとする

このまま見過ごしてもいいが、…面白くない話だな

「おい、待てよ」

「ッッ……!?」

呼び止める、偽エリスを すると彼女もビクリと肩を揺らしこちらを見て…

「な 何かしら…、その ラグナ?」

「大王様をつけろよ、俺とお前じゃ 立場に差があんだろ?…なぁ?エリス」

「ヒィッ!?」

ギロリと念を押すように睨む、俺の親友の名ぁ使って何好き勝手やってんだよ…と、ここで真相を明らかにしてもいいが、彼女にも学園生活がある エリス自身に迷惑がかからないならいいが、かけるならお前分かってるよな?

「ご ごめんなさい!ごめんなさいラグナ大王様ぁー!?」

「あ ちょっ!エリスさん!どうしたんですか!?友達じゃなかったんですかぁ!?」

慌てて逃げる偽エリスの背中を見て、鼻で笑う もし他に偽エリスがいるなら軽く脅しとくか、俺の愛するエリスまでこの世に一人だけ 他はいらない

「面倒な偽物だな」

「すみませんラグナ大王、助かりました」

すると本物のエリスが何やら横で恭しく跪いて…ヴッ!、胸が痛い!エリスに敬われると辛い シンドい…、彼女とは対等でありたい

「や やめてくれよエリス、俺と君は対等だろ?」

「でも立場が違うんですよね?」

「からかわないでくれよ…」

「ふふふ、ごめんなさいラグナ でもありがとうございます、エリスのために怒ってくれて」

なんて、悪戯に微笑むこの子の笑顔もやはりかわいい、やっぱ 俺にとってのエリスはこの子しかいない…

…………………………………………………………

文字にするなら ワイワイ ガヤガヤ、一言で表すならば 喧騒

授業前、あらゆる科の人間が移動するこの自由時間の廊下は何よりも騒がしい

「しかし凄い数の人間だよなあ」

「世界中から生徒たちが来ていますからね、総生徒数はこの都市の人間よりも多いそうですよ」

そりゃ凄い、エリスの言葉を聞いてやや驚く…流石は世界一の大学園 こうやって廊下を歩くだけでそれを実感できる、何せ 恐らくは百にも登るだろう人間達がこうやって一度に移動しても全く苦にならないくらい廊下がでかいんだから、一個の都市に住まう人間よりも数の多いそれらを収めて余りある学園か…凄まじいな

「それでも凄い人の数ですからね、デティ?逸れないように手を」

「はーい、エリスちゃん」

…エリスとデティが手を繋ぐ、こうやってみると親子…いやまだ都市の離れた姉妹か、今後エリスの背が伸びてデティがこのままなら分からないけどな、…となると俺は旦那か?なんて…いやいやそれじゃあメルクさんのポジションはどうなるんだ?叔母?

なんてくだらないことを考えていると

「きゃー!カリストお姉様ぁ~!」

「お鞄お持ちしまーす!」

目の前から黄色い歓声をあげる女性の波が向かって来る 凄い数だ、しかもその凄まじい数の女子生徒がたった一人に群がっているのだから なんか逆に恐怖を感じる

「ありがとう愛しい子猫ちゃん達?」

「きゃーっ!カリストお姉様~!」

中央にいるのは一人の女子生徒、豪華な制服に煌びやかな装飾をつけた麗美な女子生徒、…胸につけたるはノーブルズの証銀のバッジ、みんな名を呼んでるからすぐ分かる カリストだ、確かこの国の財務大臣の一人娘だったか?

アマルトに並ぶノーブルズの中心メンバーの一人だ

「凄い人気だな、彼女」

「ええ、カリストさんの女子人気は凄まじいですし 本人も女子生徒にはとても優しいので、噂じゃ学園の中にハーレムを作ってるらしいですよ」

学園の中にハーレムを?、文字通りこの学園はノーブルズの王国だな…、別に女性を好みそれで周囲を囲むのは悪いことではないと思うけどな、他の女子生徒も権力で無理矢理いうことを聞かされてる感じじゃないし 本人達が楽しいならあれでいいか

「でも噂じゃ、昨日までカリストさんに反抗していた女子生徒が次の日には急に彼女を信奉するようになっていたりと、色々黒い噂がある人ですよ」

と思ったら何やら裏で何かやっているようだ、女子生徒を従える為なら手段を選ばないか…一日で人間の思考が変わってしまうとは恐ろしい話だ

「あら?、そこにいるのは…」

するとカリストがこちらに気づき足を止める、その目は俺ではなくエリス達女性陣に向けられ ニタリといやらしく舌なめずりをする、対する周りの女子生徒達の目は険しい まるで俺たちを親の仇でも見るかのように睨みつけ 中には拳を握る奴らもいる始末、おっかないなぁ

「あらあら、こんなところで会うなんて奇遇ね?エリスちゃん デティちゃん メルクリウスちゃん」

「…おはようございます、カリストさん」

エリスが二人を守るように立ち、警戒したような険しい目を向けるもカリストは余裕の笑みを崩さない、寧ろまるで喜ぶような目つきで笑うと

「ああん、そんな怖い顔しないでエリスちゃん、他のノーブルズ達は貴方達を敵視しているけれど、私は違うわ?周りが嫌ってるから私も嫌い なんて周囲に流される人間じゃないもの、寧ろ 私は貴方達のことが大好きなの」

「大好き…ですか?」

「ええ、顔は勿論だけど 心の強さと気高さが滲み出る瞳…、反骨心に溢れるところもたまらない」

するとカリストはエリスに対し歩み寄ると、その腰を抱き寄せ 顔を覗き込んで…っておい!何するんだよエリスに!、くそっ!いくら同性だからってやっていいことと悪いことがあるんじゃないのか?、なぁ二人とも?と思うとメルクさんはカリストの顔を見てほうと悩ましい溜息を吐き デティは鼻くそほじってる、俺だけ?俺だけ気にしてるの?

「なっ!?」

「ねぇ、…私とお友達にならない子猫ちゃん?、私は味方よ…私と共に来れば アマルトを説得するし こんな下らない対立姿勢なんか崩してあげる、だから…ねぇ?」

「や…やめてください、エリスは貴方達ノーブルズを信用出来ません」

「じゃあ私のこと、ノーブルズじゃなくてカリストとして見て?…ねぇ 私個人をそんなに信用出来ない?」

「あぅ…」

カリストの目が妖しく輝く、輝きがエリスの顔を照らせば彼女の体から力抜けて…マズい、何がマズいか分からんがとにかくマズい、直感が告げている このまま見ていてはいけないと

直感に突き動かされた俺は思考など介在する余地もなく動き、カリストの手を払い エリスを逆にこちら側へ寄せて抱き止める

「なっ!?」

「ちょ ちょっと!」

「悪いが、そちら側からの休戦交渉は そっちの親玉がエリスを傷つけたことに関して頭下げてからだろう、アンタも分かってるはずだ これは高尚な戦争なんかじゃなくて、互いに互い 意地張っただけの愚かな喧嘩だってな」

エリスを腕の中へ隠し、渡さないと言う意思表明をしながらカリストを睨みつける そりゃ戦いが終わるならそれで一番だ、終わるならな… こいつが本当にノーブルズを止められる保証もないしそれをやってくれる信用もないのに、明け透けとエリスを渡せるか

「…クソ男が、汚らわしい…アタシの子猫ちゃんに触れんじゃねぇよ!」

「まだエリスは誰の物でもないだろう、俺から言わせりゃ アンタの言葉遣いの方がよほど汚いぜ」

俺を見るなり声を荒げるカリストと睨み合う、こいつ 女には優しいが男にはこれか、人の好みにどうこう言うつもりはないが ちっとばかし性別で人を見過ぎじゃないか?エリスは女である前にエリスだ そこを忘れて物にしようとしちゃいけない

「この…!、まぁ…まぁいいでしょう、私もこんなにあっさり手に入っちゃ拍子抜けですもの、お預けを食らえばその分得た時の快感も一入と言うもの、今日は見逃してあげます 今日はね」

「ああ、そうしてくれると嬉しいよ」

そういうとカリストはフンッ!と敵意剥き出しで鼻息を吹き鳴らすと 俺達を通り過ぎて廊下の果てまで消えていく、おっかない奴だ

「…麗しい見た目だったな」

「えぇ~?、メルクさんあんなのが好きなの?趣味悪くない~?」

 「いや、ああいうのはタイプじゃないはずなんだが 見ているだけで胸が高鳴ってな…何だろうな」

去っていくカリストの後ろ姿を見てメルクさんがまたため息を吐く、彼女がここまで夢中になるとは…いやまぁ美しいのは認めるが、些か性格が悪くないか?デティもカリストを見てうぇと舌を出しているし

「あの…あのラグナ?」

「ん?、ああエリス いきなり引っ張って悪かった、怪我とかないか?」

俺の腕の中でプルプル震えるエリスに気がつく、しまった 勢いで引っ張ってしまったけど、怪我させてないかな…最近師範との修行で益々力の加減が出来てないし、骨とか抜けてなければいいけれど

「近いです…その、こ 公衆の面前で…抱きつくのは」

其れは神速であった、未だ嘗て ここまで速い後方移動を成した人間はいただろうか

残像も影も置き去りにする瞬速の身のこなしの後、ラグナは頭を下げた 見る者が見ればその余りにも無駄のない動きに溜息を吐く程に、一切の無駄を削ぎ落とした平頭

遠巻きにこの様を見ていた剣士を志す生徒は、生涯この体裁きを模倣することに生涯をかけたことは、ここで語るべき話ではなかろう

「ごめんなさい!」

「い いえ!いいんです…、助けていただいたわけですし、…ラグナがいなければ振りほどけませんでしたから」

エリスから離れ咄嗟に頭を下げたラグナは気がつかない、頭の上で頬に手を当て赤面するエリスの顔に

「イチャイチャしてんなー…」

「デティ、静かに…もう少しこの関係性を観察するんだ、部外者が口を挟んではいけない」

「メルクさん楽しんでんなー…」

辟易とするデティはため息を吐く、この二人の関係性に…ラグナどう見てもエリスちゃんのこと好きじゃん、エリスちゃんどう見てもラグナの事好きじゃん、なのに何でこんな面倒くさいのかね…と、鼻くそをほじる

……………………………………………………

今日の授業も座学だった…、魔術の歴史とは という興味深い内容ではあったが、その歴史の大部分に『クリサンセマム』と名のつく人間が関わっていた つまりデティのご先祖様達だ というかデティの名前さえ出てきた

先生が『デティフローア・クリサンセマムにより制定された魔術方式で…』と紹介した途端デティが立ち上がって照れ臭そうにペコペコ頭を下げ出した時は 俺まで恥ずかしくなったよ

直ぐにエリスが立ち上がり申し訳ありませんとペコペコ頭を下げてデティを座らせる様はまさに親子だったな…

まぁそんなこんなで授業を受けていて思った事なんだけどさ


「これ、俺たち強くなれてんの?」

食堂で机を囲みながら 俺は口を開く、その言葉にエリスもデティもメルクさんも動きを止める、ピタリと…やっぱりみんな同じこと考えてたか

「…ラグナ、何言ってるんですか」

「いや、授業を受ければそりゃ魔術師として知識は増えるが…正直強くなれてる気がしない」

「考えないようにしてたのに…ラグナぁ」

「…やはりそうか、ラグナもそう思っていたか…いや私も薄々疑問に思っていたのだ、これデルセクトに留まっていた方が余程修行になったのでは…とな、師を疑いたくないから考えないようにしてたのだが」

みんな 疑問に思いはすれど師の命令だからと考えないようにしていたようだ、デティは旗の立ったチキンライスをもごもご食べながらジト目でこちらを見てメルクさんもまたシチューを食べる手を止める

「みんなとこうやって会えたのは嬉しい、けれどこのまま無為に三年間過ごしていいものか?、師範達は何か意図があって俺達をこの学園に来させたんじゃないかな、やはりそこは考えるべきだと思う」

「無為に…ですか、一応エリスには目的はありますよ、これを開けられるようになることです」

というと、エリスは懐から小さな箱を取り出す まるで黒水晶で作られたような不思議な箱、ってこれ

「魔響櫃か?それ?」

「え!?ラグナも知ってるんですか!?」

「知ってるも何も、俺も持ってるぜ」

「私も私もー」

「ああ、それなら私も持っている」

第一段階を履修した者に課される第二段階の試練 その名も魔響櫃、それなら俺も持っている 懐から取り出すのは赤色の水晶櫃、デティも金色の水晶櫃を取り出し メルクさんも青色の水晶櫃を取り出す

「師範にこれ渡されてさ、これ以上強くなりたいならこのくらい開けてみろってな」

「みんなも第一段階を終えていたんですね、…それで 皆さんは開けられたんですか?それ?」

「いや、私はまだ開けられていない…というかビクともしていない」

「私もー、全然開かないよー…ラグナは?」

「俺か?、俺は一瞬だけなら開けられたぞ」

「え?」

皆の目が点になる、いや …いや言い方を間違えたな

「すまん、開けられたというより一瞬内側から開けられそうになっただけで完全に開封出来たわけじゃないんだ、しかも一回だけだし」

一度だけ、本気で集中してあれこれ試した時 内側からされている施錠のようなものが一瞬だけ緩んだんだ、なんでかは分からない 如何してかも分からないから同じことはできなかったんだが

「す 凄いですよラグナ!、エリスも一瞬だけ しかも無意識にしか開けてないのに」

「ってエリスちゃんも開けてるかーい!、くぅぅ…ラグナとエリスに先に行かれるなんて…悔しい、エリスちゃんはともかく後で弟子入りしたラグナにまでぇ」

「いや、私はある意味納得だ、エリスとラグナならな…」

「そんな、…いえ ここで謙遜するのはやめましょう、…ラグナ」

するとエリスの目がこちらを向く、相変わらず綺麗な目で 宝石みたいでキラキラして、でも…その目は確かな対抗意識に燃えていて…

「負けませんよ」

それは、宣戦布告か 或いは挑戦か、同じ魔女の弟子として 他の魔女の弟子には負けるわけには行かないという言葉、…そうだ 俺達は無二の友であると共に、互いに負けられないライバルなんだから

「ああ、受けて立つ…」

見つめ合う俺とエリス、面白い エリスのことは好きだがそれとこれとは別だ、エリスやデティ メルクさん…そしてアマルトにもネレイドにも、俺は負けられない 争乱の魔女の弟子として 最強の魔女は俺の師範だと証明するために

「…いつまで見つめあってんの?」

「え?いや 見つめ合ってたわけでは」

「そ そうだよデティ!直ぐにそうやって冷やかすのは…」

そう、デティの言葉に二人でワタワタと慌てた瞬間…食堂に喧騒が響き渡る


「何がノーブルズだよ!いい加減にしてくれ!」

「ん?」

ふと、食堂の一角で騒ぎが起きる…騒ぎを起こしたのは模造剣や鉄の棒などで武装した生徒の一団だ、数は十人くらいか それが手近なテーブルを叩き割り怒号を響かせる

怒鳴る相手は食堂でも一等豪華なテーブルに陣取るノーブルズ達、いや イオとアマルトだ、二人は目の前で怒鳴る生徒達を冷ややかな目で見ている

…俺たち以外にもノーブルズに反感を持つ生徒がいたのか?

「なんで俺たちが退学なんだよ!、苦労して入学して もう三年も学園にいるんだぞ!、後から入ってきたクセになるさんざ偉そうにしやがって!」

どうやら彼等は俺たち972期生の先輩…三年前からいるということは969期生ってことになるのか?、彼等は後から入ってきたアマルト達にどうやら退学処分を言い渡されてしまい その件について激怒しているようだった

怒り心頭、今にも襲い掛かりそうな生徒達をアマルトは愉快そうに椅子にもたれテーブルに足を乗せながら人ごとのように観戦し、イオも 優雅に紅茶を啜ると

「三年もいて、碌に成績が良くならない…むしろ悪くなる一方だからですよ先輩、貴方達は最近 授業に出てもふざけてばかりで授業の空気を壊していると、多くの生徒達から不真面目であると苦情が来ていたのです…故に、対処させていただきました」

イオは燦然と憮然と答える、私のやったことに一部の過ちなし という具合だ、あの生徒達はあまり真面目な生徒達でないにしても、あれだけ憮然としていられるのは逆に凄いな 俺も彼に見習うところがあるかもしれない

「巫山戯んなよ!真面目にやってねぇ生徒くらい他にもいるだろ!なんで俺たちなんだよ!」

「不真面目な生徒が他にもいるなら 別途で対処します、それに 他もやっているからといって貴方達が許される理由はどこにもありません、貴方達が手始めだったというだけです」

「お前…幾ら王子だからって同じ生徒のお前に決められる筋合いはないだろうが!」

「おーい、やめとけー?ここで怒鳴ったって結論は変わらねぇーよー」

「バカにしやがって…!」

イオの不遜な態度とアマルトのナメくさった態度に 一団のリーダーと見える生徒は模造剣を強く握る、アマルトならあのくらい対処出来るだろう…だが

「…行ってくる」

「え?ラグナ助けに行くの?、あれノーブルズだよ?助けるの?」

「助ける助けないじゃない、目の前で起こる暴力を見過ごせば 俺たちはノーブルズやそれに加担する生徒と同じになる、俺はそんなの嫌だ」

「バーバラさんと同じことを言うのですね、ラグナ…分かりました エリスも行きます」

一触即発のそこへ向かう為俺とエリスで立ち上がる、きっと面倒ごとに巻き込まれるだろうが 関係ない、ここは食堂だ 公共の場だ、そこで白刃振り回すような連中を放置しておけるか

そう…向かおうとした瞬間、それは突然始まった


「そこまでだ!!!悪党ゥ!!!」

「は?」

その声を発したのは誰だったか?いや多分全員だ、緊迫した静謐な空間に突如として響く大声…この声は

「その悪事 神が許そうと魔女が許そうと天が許そうと!、この!ガニメデ・ガリレイとジャスティフォースが許しはしない!!!」

ダカダカと音を立てて現れる短髪で快活な雰囲気を持つ太眉の熱血漢…、耳が痛くなるような大声を持った男 確かあれは、ノーブルズの中核メンバー五人のうちの一人、国防大臣の息子 ガニメデ・ガリレイか

彼はいきなり現れると共に 二十人くらいの覆面の戦士達を引き連れて現れる、覆面…そしてマント なんとも珍妙な格好、いや?よく見るとかっこいいな…みんなそれぞれ赤や青と言った個別のカラーを持ってて まるでヒーローみたいだ

「なんだお前ら!」

「我等!この学園の秩序と風紀を守りし存在!、正義の味方 悪の敵!その名も ジャスティフォース!!!」

まるで背景で爆発でも起こりそうな勢いでみんな揃ってポーズをとる…、か カッコいい…チームでポーズ、なんてかっこいいんだ 俺たちもやりたい、というかアルクカースの軍でも採用しようかあれ

「ダッサ……」

「だせぇ…」

と思ったらエリスとデティには不評だった、…やめておこう、メルクさんは首を傾げているし 提案したら嫌われそうだ


「ジャスティフォース?…なんだそりゃ 遊びは他所でやんな!」

「遊びではない!、この学園の平和を守る我等ジャスティフォースの目が黒いうちは!悪の横行など許しはしない!、我が友アマルト君とイオ君を傷つけようというなら まずはこのガニメデ・ガリレイとジャスティフォースをから倒すんだな!」

「なんだと…ガニメデ、そういやテメェらも腐ったノーブルズ達の一員だったな!、構うことねぇ やって欲しいならやってやろうじゃねぇか!行くぞ!」

武器を構え 武装した生徒達の矛先はガニメデへ向かう、もはや一瞬の躊躇もない どうせ退学になるならノーブルズに攻めて一矢報いたいと襲いかかる生徒達、模造剣を持っているということは彼等は剣術科の生徒達だろう

つまり、剣術の訓練を受けているということ、素人ではない しかもヤケになった人間の馬鹿力とは恐ろしいもの、お遊び半分で相手にしていいものではない

しかし、ガニメデはゆっくりと息を吸い 四股を踏むように踏み込むと共に

「ジャァァァァスティス!!クラッシャァァァァア!!!」

叫ぶ、拳を突き出し 大声で、その拳の打ち込みははっきり言って隙と無駄だらけだ、ただ乱雑に拳を振り回しただけ 自分の力に体を振り回される始末、総評するなら素人のテレフォンパンチ…

事実、目の前の生徒はいち早く攻撃に気がつき模造剣でガードをする…だが


「ごぶふぉぁっ!?」

すっ飛んだ、刃はへし折れ 顔面に拳がめり込み 錐揉み宙を舞いまるで砲弾のように打ち出され壁にめり込むんだ、異常な力 合理の伴わないパンチのクセして なんて力だ…いや あれも魔術か?いやだが詠唱がなかったぞ…それともあの技名が

「ジャァァァスティス!キィィィィィク!」

続く蹴り上げ、あれも素人の蹴りだ だがそれを受けた生徒は血を吹きながら遥か彼方まで飛んでいく、いったいどんな原理だ 武術を扱うからこそ分かる異常性、なんだ どんな種がある…!何故あんな力が…!!

そう俺の疑問にさらなる謎を加えるようにガニメデは次々と敵を殲滅していく、後ろに控えた覆面戦士もまたガニメデ程ではないにせよ凄まじい火力で生徒をブチのめす

強い、圧倒的な強さだ 剣術の訓練を受けた生徒達がまるで熊に襲われた子犬のように叩きのめされていく

それはもはや戦いではない リンチ…一方的暴力…大多数による少数派の抑圧…

圧倒的力で生徒を組み伏せそこからさらに大勢で踏みつけ蹴飛ばし殴りあげる、数の上でも地力の上でも勝るガニメデ達は苦もなく生徒を痛めつける…

見るに耐えない 正義 秩序 そんなものを口にしながらよくもまぁこんな酷い戦いができるものだ

「や…やべでぐれ!お 俺が悪かったから!」

歯をへし折られ鼻血を流す生徒が慌てて平伏し謝罪する、命乞い 惨めな命乞いだ、プライドも誇りもない それを捨てでも助かりたい一心の謝罪…されど

「正義は悪を許しはしない!、悪の謝罪など受け入れることはない!!マジカルヒーローシリーズ第142巻にもそう書いてあるだろう!」

「ひぃぃっ!?」

ガニメデは平伏す生徒をゆっくり胸ぐらを掴み持ち上げると

「ジャァァァァァァスティス!ブラスタァァァァァア!!」

投げた、まるで生徒の体は濡れたタオルのようにしなりガニメデの力によって食堂の壁まですっ飛び 大穴を開けて何処かへ飛んでいく、…ふむ やはりおかしい、あの投げ方じゃあんな飛び方はしないはずなんだがな 、付与魔術とは違う また何か別の強化法で強化しているとしか思えん

「悪は倒した!正義は訪れた!我等!ジャスティスフォースの大勝利だ!ハハハハハ!」

一切の敵の撃滅を確認しガニメデ達は再び爆発のような勢いで最初とは違うポーズを取り高笑いをする、様は悪辣だが あのポーズはかっこいいな…

「あーあー、大穴開けちゃって…道楽も程々にしろよガニメデ、あとあの穴直しとけ」

「全く、騒々しい…埃が舞ったじゃないか」

「うん!!!分かったよ!!アマルト君!!!イオ君もごめんよ!!!」

アマルト達はその様に対して特に礼を言うわけでも咎めるわけでもなく二人して変わらず椅子に座り呆けている、…対する他の生徒はもう顔面蒼白だ ノーブルズに逆らえばあれが差し向けられると恐怖している

ジャスティスフォース…あれがアレクセイの言っていたノーブルズの下部組織か?話的にはあんなのが他にももっとたくさんいそうだな

「ジャスティスフォース…くだらない、ノーブルズにとって都合のいい正義を掲げているだけじゃないか、その正義を叩き棒に相手を一方的に殴りつける?そんな物が正義を語るなど片腹痛い」

第一声はメルクさん、かなり立腹の様子だ 何やら正義には一家言ある様子だ、まぁ俺もポーズはかっこいいと思うけど あの有様は正義とは言えない、正義とは弱い人間のためにあるもの 弱い生徒達を恐怖させるものは、少なくとも正義ではない

「ってかさ、さっきあのゲジ眉が言ってたマジカルヒーローシリーズって 何?」

とはデティの談、マジカルヒーローシリーズ…何巻とか言ってたし本だと思うんだけれどと思っているとエリスが頬をひくつかせて額を押さえている

「またマジカルヒーローシリーズですか…」

「エリスちゃん知ってるの?」

「ええ、マジカルヒーローシリーズとは いわゆる子供向けの勧善懲悪モノの本だそうですよ、魔女から力を授かった少年が悪を倒していく物語だそうで…」

「ほう、エリスも知っているか …我がデルセクトにも出回っているメジャーな本でな、かなり歴史のある本なんだ、小さい子供は大概読んでいるようでな 今も老若問わず人気の作品だ」

メルクさんがイキイキした様子で語る、本好きの彼女曰く有名な本らしいが俺は全く知らない、まぁアルクカースには娯楽本は全く出回らないしな、アルクカースの子供は絵本ではなく戦術書や武器のカタログを読むし

メルクさん曰く、彼の言うジャスティスフォースとは マジカルヒーローシリーズに登場する単語らしい、最近のシリーズでは赤 青 黄 緑 桃 の五人組からなるヒーロー達が活躍するお話が主流らしく、ガニメデはそれを模しているのだろうと言う

なるほど、だからアマルトはあれを道楽と言ったのか…正しく権力者の道楽、ヒーローごっこの延長なんだあれは、やや過激だがな

「ヒーロー物の中に登場するチームを模した組織ねぇ、本の中じゃ五人組なんだろ?あれ二十人くらいいたぞ」

「そう言う意味ではノーブルズ達五人の方がよほどそれに近いかもな」

「そう?どっちかっていうと私たちじゃないかな、ほら ラグナ赤 メルクさん青 エリス黄色ってさ」

「やめてくださいよデティ、…でも 最近のシリーズはやや陳腐になったと聞いていましたが、こう言う意味なんでしょうかね…」

「そう言えばエリス、君はこう言う娯楽的な本を読む印象はなかったんだが 何故マジカルヒーローシリーズにそんなに詳しいんだ?」

ふと、メルクさんがそう聞くとエリスははたと一瞬 何かに気付きいい辛そうに口をもごもごすると…

「え…ええと、その…彼が読んでいたんですよ、マジカルヒーローシリーズを…昔好きだったらしくて」

「彼?…」

「戦車のヘットです」

ヘット?戦車の?誰だそれと思うがどうやらメルクさんには通じたらしくギロリと鋭い目でその話はするなと怖い顔をする、…ああ 思い出した確か大いなるアルカナとか言う組織の

「胸糞の悪い名前を聞いた…」

「すみません…」

「い…いや、私の方から聞いたわけだしエリスは悪くないさ、だがまぁ ヘットは置いておくにしても、あの独善的な正義は許しがたいな」

「とは言えすぐに俺たちの方から仕掛けるわけにもいかないだろう、機会を待とう 奴らが俺たちを標的に定めている以上、確実に向こうから攻めてくる…その時が勝負さ」

そう、カリストにせよ ガニメデにせよ、いずれ攻めてくる 向こうから…攻めれば隙が生まれる、俺たちの側から攻め立てる必要性はないんだ だからじっと待とうと皆に伝えればみんなもゆっくり頷いてくれる

ノーブルズとの対立姿勢、それは静かなそれでいて確かな確執を生みながらも俺たちの学園生活に溶け込んでいくのだった
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