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六章 探求の魔女アンタレス

113.孤独の魔女と宣戦布告

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…薄っすらと目を開く、いつも この瞬間が嫌いだった、昔を思い出すから 

奴隷だったあの頃を、そして 味方のいない地獄に丸腰で突き出される恐怖…二つの記憶が重なって、エリスに途方も無い嫌悪感を与えていたから

でも、今日は不思議とスッキリ起きられる、それはきっと昨日 ラグナ達と再会できたからだろう

エリスと同じく魔女様に命令を受けてこの学園へ転入してきたラグナ達、エリスが今までの旅で出会ってきた友達と邂逅することが出来て、みんなに救い出してもらったから こうしてエリスは落ち着いた心持ちで目覚めることが出来た

本当に、みんなには感謝しかない

「んん…はぁ」

外を見れば まだ空は青黒い、時刻は未明といったところか …いつも通り早起き出来たようだ、安堵しながら立ち上がれば

「…うん、体調も回復したようですね」

長い時間かけて衰弱させられたエリスの体は、一日健全に飯を食い健全に眠っただけでかなり回復したようだ、己の回復力の高さに些か呆れながら部屋を見回す

…メルクさんの用意した邸の一室をエリス用に塗り替えた部屋、寮の部屋よりも一回り大きくスペースもかなりある、置かれている机も家具もみんな豪華なものばかり ただ設置された本棚は空っぽだ 、まぁこの中身はこれから埋めていくとしよう

エリスの部屋はオーソドックス、というか こう家具の配置とかを改めて見てみると アジメクの惑いの森にある師匠の自宅に似ている、無意識のうちに影響されていたのかな

ちなみに他のみんなの部屋も昨日見せてもらった

ラグナの部屋はベッドと机以外何も置かれていない、後は何処からか持ってきたトレーニング器具とかが置いてある、本人曰く寝る前に軽く運動するのに使うらしい

メルクさんの部屋は豪華だ、貴族の人が置いていった天蓋付きのベッドと豪奢な机 椅子 絵画、なんか…趣味がフォーマルハウト様に似ているような気もするが、彼女も師匠に影響されているのだろう

そしてデティの部屋は、これでもかってくらい魔道書の詰め込まれた本棚と魔術道具の並べられた長机、愛用の羽ペンと山積みの書類が重ねられたもう自室兼仕事部屋みたいな状態だ

あれをみるとデティもちゃんと魔術導皇をやってるんだなと思えるが、ベッドに置かれたクマのぬいぐるみも見るとほっこりする、デティ…貴方はどうしてそんなに可愛いのですか

ちなみに仕事の関係でデティの部屋は四人の中で一番大きい、とはいえ仕事道具の関係であまり広さを感じないのだが

「みんな…自分の国で成長していたんですね」

みんなの部屋をみると みんなが過ごしてきた時間を垣間見ることができる、エリスは所詮彼等の人生のほんの一部分しか知らないのだから、そう感傷に浸りながら窓際に立つ

エリス達の自室は全て屋敷の二階に存在する、二階の部屋はみんなの部屋 余った空き部屋は倉庫兼用途検討中の部屋だ、そして一階にはダイニングにリビング 書斎になんかよくわからない個室と選り取り見取り、その上 地下には広大な地下倉庫も存在しており 四人で住むには広過ぎる

…昔貴族が住んでいたのも頷けるな…、まぁ今はエリス達の家なんだ ゆっくり使わせてもらおう

「……おや?」

ふと窓の外に目を向ける、外には庭がある 庭一つ取っても広い 庭にもう一軒屋敷を建てられそうなくらいだ、この住宅地でも随一の敷地を持つ屋敷なだけのことはある、あんな広い庭何に使うんだってレベルだ

そんな庭に…人影が見える、こんな朝早くから …誰だ?、目を凝らして それを見る、すると


「フッ…!、ハッ…!」

ラグナだ、こんなお日様がやっとつむじを出したかどうかってくらいの時間帯から、外でトレーニングをしている、あれは武術の型の訓練か? 綺麗な動きだ 無駄がないのが素人目にも分かる

どうやらかなりの時間トレーニングしているようで、体からは汗が吹き出ており 服を汚さないように上着は脱ぎ捨てて 引き締まった筋肉の鎧を纏う体を晒している、…制服の上からでは分からなかったが、ラグナ あんなに鍛えていたのか

「ハッ…!」

ラグナが拳を振るえば、その身の汗が舞い 陽光に照らされキラキラと光る、…かっこいいな…

気がつけばエリスは部屋を出て下に降り、玄関先からラグナのトレーニングを見学していた

ラグナはエリスに気がつく様子もない、エリスもまた夢中になってそれを眺める 

鋭い突き、あれを身につけるためラグナはどれだけ鍛えたのだろう

刃のような蹴り、あれを打つためにラグナはどれだけ過酷な修行をこなしたのだろう

…王としての仕事の傍、彼もエリスに負けないくらい いやそれ以上の修行をしていたんだ

「…フッ…!、…ん? エリス?」

「あ…」

見つかってしまった、玄関から身を乗り出してラグナの方を見ているエリスの顔を、彼がチラリと見る、先程まで剣呑な凛々しい顔つきで修行をしていたラグナの顔が エリスを捉えた瞬間 いつもので温和な優しい目つきに変わる

「ああ ごめん、うるさかったか?」

「いえ、エリスはいつもこのくらいの時間に起きているので、それよりもラグナ …朝早くから修行ですか?」

「ん、そうだな 王としての仕事があるから昼間はどうにも体を動かせないから、このくらい早い時間からじゃないと修行に打ち込めないんだ、だからかな どうしても習慣として体動かさないと気が済まなくて」

はははと汗で湿った髪を揺らしてラグナはトレーニングを終える、そうか 彼はちゃんと仕事と修行の両立が出来ているんだな、しっかりした人だ…憧れる

「凄いですね、ラグナは」

「そうでもないさ、俺は…ってエリス!?お前その格好!?」

「え?、寝巻きですよ?、普段の旅では着替えませんが 家を構えて落ち着いたわけですし、しっかり寝るならと 昨日買っておいたんですよ、似合いますか?」

「う…うん、似合う…凄く」

なんだよう…その反応、急にラグナの動きがギクシャクし始める…というかラグナ 、トレーニングの所為で汗びっしょりだ

「ラグナ、汗拭きますよ」

「い いや、いいよこれくらい」

「そんなこと言わず、修行を邪魔してしまったお詫びです」

そう言ってタオルを用意し、それを水で濡らし 絞る…ラグナは遠慮するが、修行を邪魔してしまったという責はあるからね、エリスがタオルを持てば彼も観念したのか芝の上に座り込み

「じゃ じゃあ、背中を頼む」

「はい、頼まれました」

ひんやりした濡れタオルがラグナの火照った体を冷やし 汗を拭き取る、こうやって触っていると 彼の筋肉の硬さに驚く、こんなにも筋骨隆々なのに 引き締まっていて彼の動き自体を遮らないようになっている、流石はアルクトゥルスさん 体作り一つとっても無駄がない

そして、その修行にしっかりついていったラグナの真面目さと一徹さも…流石だ

「硬いですね、ラグナ」

「え!?ああいや…まぁな、師範からは筋肉一つで剣を弾き返せって普段から言われてるから」

「ふふふ、アルクトゥルス様らしいですね…」

ラグナの背中をタオルで撫でれば こんなにも硬い背中がブルリと震える、ちょっと可愛い

それにしても大きな背中だ、…昔はエリスとあんまり変わらなかったのに もうすっかりラグナの方が大きい、ベオセルクさんもラクレスさんも大きかったし 彼もそりゃ大きくもなるか、頼もしい背中だ…

「はい、拭けましたよ」

「ありがとう、後は自分で拭くよ」

「分かりました、では エリスはそろそろ制服に着替えて…ひゃっ!?」

ふと 視界が反転する、ラグナの方を見ながら屋敷戻ろうとした所為で 余所見をして歩いていた所為で、足元に置かれていたラグナの上着に足を取られて滑ってしまったのだ、普段ならしない不覚なのに どうやらエリスの体はまだ完全に元に戻ったわけでは

って 悠長に分析してる場合じゃ!?受け身を!?

「エリス!危ない!」

手を取られ エリスの体が空で止まる、滑って転びそうになったエリスの体をラグナが咄嗟に支えて助けてくれた、エリスの手をラグナが取り もう片方の手でエリスの腰を支えて、おかげでエリスは朝っぱらからすっ転ぶなんて間抜けなことをせずに済んだ

「あ ありがとうございます、ラグナ おかげで助かり…はわっ!?」

「あっ…いや、その…」

ラグナの顔が 目の前にあった、もう 息と息が触れるくらいの 至近距離に、当然だ ラグナは身を出してエリスを助けてくれたんだから、お礼を言わないと お礼を…なのに 言葉が出てこない

ラクレスさんやベオセルクさんのように、鋭い切れ目に 宝石のような三白眼、口も目も鼻も…どれもが綺麗に整っている、もしエリスが美男子の彫刻を作れと言われたら こんな風に作ってしまうかもしれない

「…ぁぅ………」

「っ………」

時間が止まる、エリスもラグナも…そのままの姿勢で静止して…見つめ合う

綺麗な顔が目の前にあって、息が止まる 顔が熱くなる…いや よく見てみればラグナの顔も赤くなっている気がして…


「ラブコメだ…」

「ッ……!?」

ふと、聞こえた第三者の声に咄嗟に二人とも 神速の速さで飛ぶように離れる、だ 誰!?いやこの声…!?

「メルクさん!?」

声の方向を見て見れば、二階の窓から顔を出しているメルクさんが見える 彼女は楽しそうにこちらを見て

「まるでラブコメだ…小説の中のようだ、私に構わず続けてくれ」

「い いやいや、続けるも何も起こってないから」

「そうですよ、エリス達は何も ただ修行をしていただけです」

そういえばメルクさん、この手の恋愛小説が大好きだったな 全く、いくらそういうのが好きだからって、エリスとラグナをそういうれ れ…恋愛小説のように捉えて見るのはやめてほしい

…ラグナは王様で、エリスは流浪の旅人 立場も何もない、こんな二人じゃあ そんなお話の中の人達のように結ばれることなんかないんだから、い いやいや?エリスはそんな結ばれたいとか思ってるわけでは

「ごほん!、…修行も終わったし 俺は朝食の準備に入るよ」

「あ え エリスも手伝いましょうか?」

「いや、朝飯くらいなら俺にも作れるよ、簡単なものだけどね」

「なんだ、もう終わりか?小説ならここで一発行くぞ?キスを」

「メルクさん…、からかうのはいい加減にしてください、ああ エリス 制服の準備をしたらデティにも声をかけてあげてくれ、あの子も夜遅くまで仕事をしていたから朝は起きられないだろうし、ギリギリまで寝かせてやりたいが それで遅刻したら余計かわいそうだ」

「分かりました、……メルクさん!いつまで見てるんですか!」

「ははははは、若いのはいいなぁ」

メルクさんもそんなに変わらないでしょ!、全くもう 全く…ああ、なんだこの動悸は 顔の熱は、まだ呪いが残ってるのか?分からない、ええい!今は気にするな!、それより朝の支度だ

エリスは自室へ、ラグナは上着を羽織い 屋敷へ、メルクさんは窓辺に肘杖をつきながら一人風を浴びていた

……………………………………………………


「さぁ、朝食ができたぞ、たんと食べてくれ」

あれからエリスもメルクさんも制服に着替え、寝ぼけるデティを二人で着替えさせ 一階に降りるとラグナが朝食を準備してくれていた、がしかし その内容たるや

「…中頃で切ったクロワッサンの間に焼いたチーズと分厚いベーコンをサンドしたものですか」

「朝からこれは重くないか?」

「えぇっ!?そうかな」

いや一個二個ならいいよ、でもそれが皿に山のように並べられているんだ、朝起きたばかりの胃袋じゃこれは受け付けないよ、油を塗ったくったクロワッサンに油まみれのチーズと脂だらけのベーコン…食べたそばから太りそうだな

「アルクカースじゃこのくらい普通に食べるんだが…そうか、他の国は違うのか」

アルクカース目線から見ても異常だと思うが、ラグナの体に何か起こっているのか?、末恐ろしい …まぁセーブしようと思えばセーブ出来るみたいだし 食費の方は問題なさそうだが

「むにゃむにゃ…いただきまーひゅ…、うまうま」

「でも、量は少し多いですが 物自体はとても美味しそうですね」

「あむ…、というか普通に美味いぞ、ただ焼いてあるだけに見えるのに、…これはあれか 肉がいいのか?」

「ああ、美味しそうな肉があったからな アルクカースじゃ、肉の良し悪しを見抜ける奴が一人前なのさ」

クロワッサンを口に入れれば丁度よく焼かれたパンがさくりと音を立て 溶けたチーズがふわりと香りを運び お肉の味がガツンと調和する、美味い 流石肉の国アルクカース出身、良い肉を一目で見抜くとは

朝から活力の湧く料理だ、なんて舌鼓を打っているとラグナは皿にあるクロワッサンをバクバクと口に入れていく、そこそこ大きなクロワッサンなのに殆ど丸呑みだ、恐ろしい食欲だな

彼を養うのは大変そうだ

「むひゃー…おいちい…」

「デティ、いつまで寝ぼけてるんですか…ほら口の周りにチーズが着いてますよ」

「んむむ、移動中できなかった仕事を片付けてたから昨日はちょっと夜更かししちゃった…、でもでも!気合い入れるよ!だって今日は初登校日だもんね!」

パッキリと目を見開き立ち上がりクロワッサンを小口でサクサク食べながらそういうデティ、…そうだな 今日は初登校日だ、デティ達にとって…

するとラグナとメルクさんの目つきが険しくなる

「今日から登校日、昨日のことを考えれば…」

「ああ、間近いなくノーブルズとやらが我々に接触してくるだろうな、もしくはピエールが報復に来るか…エリス もう呪いはないとはいえ、私達から離れるなよ」

「は…はい、分かりました」

「…探求の魔女の弟子アマルトか…、さて、どんな奴なのやら」

ラグナはそれだけ言うと最後のクロワッサンをガブリと噛みちぎる、アマルト…ピエール…ノーブルズ、さて 彼らはどう出てくるんだ みんながいるとはいえ、やっぱり少し怖いな

やや剣呑な空気のまま朝食は終わり エリス達は皆バッグを持って登校を開始する、エリスにとっては一日ぶりのみんなにとっては初めての学園生活が始まる

………………………………………………

「ここがディオスクロア大学園か、いや昨日もきたんだが授業を受けると思うと緊張するな」

エリス達は大学園の前 校門付近にエリス達は横に並び学園を見上げる、エリスにとってはなんの感慨もない だって一応毎日登校してたし

なのでエリスはみんなと違い周りをキョロキョロ見る、そこにはエリス達と同じように登校してくる生徒達がいる、昨日の騒ぎを知らない者達は 『あのエリスと一緒にいるなんて変な奴ら』と冷たい視線を向ける

昨日の騒ぎを知る者は即ちラグナ達の正体を知る者達、故に怖がる…怖がる理由までは察することはできないが、まぁ色々だろうな やはりと言うかなんと言うか目立ってる、悪い意味で

「エリス、周りの目など気にするな」

「そうそう!周りは周り 私達は私達!、早く教室に行こうよ!学校楽しみだなぁ エリスちゃんとずっと学校に通いたかったんだよねぇ」

そう言いながらデティはぴょんぴょこスキップしながら学園へと向かう、そう言えばそんなこと昔言っていたな、まさかこんな形で叶うとは思ってなかったが そう思うと今の状況は悪くないのかもしれない

全くデティはしょうがないな なんて末妹でも見るかのような目でメルクさんもラグナも釣られるように学園へと入り込む、…廊下には生徒が溢れかえっているが、ピエール達の姿はない 昨日のことで懲りたのか?、いやあいつは懲りる質じゃない 絶対どこかで仕掛けて来るはずだ

「誰あの人たち…」

「さぁ?、見ない生徒だけど…」

「って言うかあれエリスじゃない?、アイツまた別の生徒にくっついてんの?」

「あいつらもエリスの友達なの?ならロクな奴らじゃないのは確かだろう」

「そうだねぇ」

…周りの生徒の視線が痛い、エリスのせいでみんなも同じ目で…と俯くと その瞬間メルクさんがエリスを抱き寄せ肩と肩を触れ合わせ

「そう見られるなら見せてやろう、我々は友だとな」

「メルクさん…そうですね、うん そうですよね」

「グルル、アイツら好き勝手言って…」

「デティ、気にするなよ 周りの目なんて霧雨と同じだ、気にしなければ無いのと同じってな」

四人揃って歩くだけで、こんなにも頼もしいものか…やっぱり みんなと一緒だと、この敵だらけの学園でもやっていける気がする

そう思っているうちにエリス達は魔術科の教室へとたどり着く、今日は座学だ…この中に入ると いつものように針の筵だろう、だけど今日は…みんながいる 守ってもらってばかりで、みんなの陰に隠れるようで情けないけれど

するとラグナは遠慮なく教室の扉をガラガラ開けると

「ここが教室…で間違い無いんだよなエリス」

教室を開けた瞬間、注がれる視線 最初はエリスに対する侮蔑の視線、次いでその隣にいるラグナ達への疑問の視線、どちらにしても良い感情はどこにも無い 部外者と外れ者を見る目だ

「は はい」

「うむ、思ったよりも酷い目線だな…エリスは毎日こんなものを浴びてたのか」

「ひどーい」

すると、教室の入り口で立ち止まるエリス達に向けて 一人歩見よる者がいる…

「これはこれは、君達はもしや件の転入生かな?転入生初日に問題児を連れて帰って、いきなり授業をサボった不良生徒として有名だよ君達は」

クライスだ、髪を七三で分けたエリート思想の魔術師、嫌味な態度で知識をひけらかし 圧倒的自尊心で誰彼構わずマウントを取って回る男、そんな彼がラグナ達に近寄ってきて 君達もエリス同様問題児だよ?と言うのだ…

「なんだお前」

「転入生なら知らないのは無理もない 、僕はクライス 将来七魔賢入りが確実と言われるエリート中のエリートさ、こんな僕と一緒に学べる事を誇りに思って欲しいなぁ」

ラグナ達相手にいつものようにマウントを取り始める、この男は勤勉なのはいいが それによって得た知識で相手を卑下にし自分の格をあげようとする悪癖がある、それによってこのクラスではエリスだけでなく 多くの生徒がやる気を削がれたりと嫌な思いをしてるのだが

そんな事、彼はどこ吹く風だ…正直彼の自慢話地味た理屈話はうんざりする

「…七魔賢?」

するとデティがその話に反応して前へ出る

「おや?君も転入生かい? 随分チビだね」

「何をー!チビじゃないやい!これから伸びるやい!」

クライス…お前…、魔術師のエリートを自称するのに デティが誰か知らないのか?、いやもしかして昨日の時点でまだ転入生の名前を聞いてないとか?

クライスはエリスの戦慄を無視してデティ達相手に胸を張り

「ところでいくつか君達に聞きたいなぁ、君達がこの魔術科で学ぶに相応しい存在がいくつか質問をしたい、君達は今現在認可されている炎系魔術の総数を知っているかな?」

出た、質問…ここで間違った答えをすると彼は水を得た魚のように自分の叡智を誇り相手の無知をバカにする、正直その魔術がいくつあるかなんて知らない、下手なことは答えてはいけない 

「エリス、知ってるか?」

「え?、い いえ…」

ふと、ラグナのなんでもない質問のパスに答えてしまう、するとクライスの目が輝き

「なんだそんなことも知らないのか?、バカだねぇ君達はそんなの常識だろう?708種類さ、君達が扱う魔術の知識くらい持っていてくれよ 、第一魔術の種類とは…」

「違うよ、炎系魔術の総数は716だよ 708は炎を生み出す火炎創造系魔術の総数、炎系魔術と一括りにするなら炎を操作する事象操作系も含まれるから 正しくは716が正しいの」

「へ…?」

クライスの目が点になる、答えたのはデティだ …いや考えてみれば当然のこと、何せデティはただの魔術師ではない、クライスの言う魔術を認可する側 魔術導皇だ、マウントを取る相手を間違えている

「な 中々詳しいね君、今のは…そう、君達を試したんだよ 僕の引っ掛けに気付けるかどうかね、まぁこの程度は常識かな」

「だよね、知ってない方がおかしいよね」

「うぐ…、と 所で先月公開された魔術論文にはちゃんと目を通したかい?、魔術師たるもの常に最新の魔術理論を理解し読み込むのはまさに使命と言ってもいい、いやぁあの魔術論文はまさに革命的 魔術師たるものああいう論文を書けるくらいの存在を目指さなければ…」

「え?、私の書いた魔術論文ちゃんと読んでくれたの?、偉いね 君」

「……へ?、あれ 君が書いたの?…そ そんなまさかぁ」

「うん、ただあれちょっと難解すぎるってみんなに言われちゃってさ あれを理解してくれる人初めて見た!、それでどこまで理解出来た?革命的っていうけどあれは初歩的な部分の改訂で…、そもそも四属性って言うのは」

「ああ!、そろそろ授業の時間だ 僕は自習に入るから君達も真面目に勉強してくれよ~?」

…クライス 敗北…、相手が悪かったよ…こと魔術知識じゃエリスはデティの足元にも及ばないんだから、もしかしたらこの学園の誰よりも魔術に詳しいかもしれないんだ、何せ デティは教科書に書いてあることを決める側…ただ学ぶだけでは彼女には絶対に勝てない

「ほーっほっほっほっ、無様ですわねぇクライスぅ 転入生にいいようにやられるとは本当に無様、エリートが聞いて呆れる ヘソでアフタヌーンティーが沸いてしまいますわ」

「またなんか来たぞ…」

あれはミリア!、このクラスのマウント三人衆の一人!、成金家系の娘で 毎日のように自分の財力をひけらかす女、私はセレブ 貴方は貧乏とレッテルを貼りまるで他人を小間使いのように扱う嫌味な女

エリス相手にもよく財力を自慢してきたものだ、私の家にはやれ何がある 父上とどこへ行っただのなんだの、彼女の話もまた辟易とする

「あらまぁ、見るからに貧乏そうな三人組ですこと 、このクラスで学ぶなら貴方達と私は遥か違う世界に住んでいることを理解してくださいませ?」

「目の前にいるように見えるが」

「物理的に異世界にいるわけではありませんわ!、貧乏人にはもっと分かりやすい例えの方がよろしいかしら?、…貴方達 蒸気船カナロア号と言うものをご存知かしら?、世界最先端の技術を詰め込まれ作られた巨大客船 限りれた富豪しか乗ることが許されないセレブリティの極みたる船ですわ」

ミリアの財力マウントが始まった、これが一度始まると延々と自慢話を聞かされるのだ、私はセレブだからどんなことも許されるし何処へでもいける 貴方達とは違いますわ~お~ほっほっほっ!てな具合に

「カナロア号か?知っているぞ?」

すると その話にメルクさんが食いつく、なんか逆に申し訳なくなる…別にエリスは何にもすごくはないが メルクさんは別だ、この人は何せ…

「お~や!貧乏人にしては詳しいではありませんの、ところでそのカナロア号には貴方乗ったことは?」

「ん?一度だけな」

「お~ほっほっほっ!まぁ貧乏人にしてはよくやる方ではありませんの!、どうせ私財掻き集めてようやく乗った程度でしょうがねぇ!、ちなみに私はもう8回も乗りましたわ、私にかかればあの船くらい軽く乗れるんですの もうあの船の船長とも顔見知りですわ」

「ほう、ロバートとも知り合いなのか、彼は気難しいだろう」

「…?、貴方ロバート船長と知り合いですの?、彼は一部の客にしか顔を見せない人ですのに」

「いや、知り合いというか 私は彼の雇い主だからな、高給取りだが 腕はいいだろう?私が直々にスカウトしたんだ」

「…今なんと?」

さっきと同じ流れだ、ミリアさんの目が丸くなる …そう、メルクさん相手に財力の自慢をしてはいけない、だって…この人は 世界一の富豪国家デルセクトでも随一の金を持つ女…同盟首長メルクリウスなのだから

「カナロア号の建造を企画したのも出資したのも私なんだ、将来の航海技術の向上の為にな、それを客船に転向する時に私がロバートを雇ってな、カナロア号完成記念の初航海の時に一度乗ったんだ あれは良い船だよ、まぁ 一人で乗るには些か広すぎたが」

「しゅ…出資?企画?雇い主…初航海に…一人で…」

「次は別の蒸気船も作ろうと思っているんだ、その時は是非君も乗ってくれ 私が招待すれば金など払わなくても良いからな」
 
「…あ…ありがとうござますわ…ほほほ…ほほ」

ミリア…撃沈…、メルクさんはあんまり自分の財をひけらかさない というのも彼女が謙虚というよりは、それがフォーマルハウト様から譲り受けた金であることを理解しているから、自分の財でないことを理解しているから、だからミリアのように他人に言いふらさないのだろう 逆に恥に感じるから

そんなこと知らないミリアは『私のアイデンティティが…』と茫然自失になり、ミリアの財が目当てで集ってきた取り巻き達も皆ミリアからメルクさんに鞍替えしようと目を光らせている

「うぉぃす、君達が転入生っすか 思ったより小さいっす」

「小さいっていうなぁーっ!、人に向かって小さいっていうやつの器が小さいんじゃーい!」

「また出たぞ、これ何回続くんだ」

これで最後ですよラグナ、何せ彼こそこのクラスのマウント三人衆の一人 ゴレイン、バーバラさんに並ぶ膂力を持つマッチョマン、青瓢箪の多い魔術科において端然と輝くマッシヴ、筋肉ハラスメントとでも言おうか 腕力にものを言わせてみんなに筋トレを強要するのだ

彼は自慢話というか 単純に面倒だ、だが力だけならエリスよりあるかもしれない、なんで魔術科にいるかのは本当にわからないが

「ほう、いい筋肉だな さては相当鍛えてるな?」

「むぉ?、わかるっすか オラ毎日鍛えてるだよ、毎日全身に250キロの重りをつけて生活して普段から鍛えたおかげで…この筋肉っす!」

そう言いながら腕の重りを外すとどしんと地面が軽く震え 服を脱いで隆々の筋肉を晒す、それを見てラグナは…何故か嬉しそうに笑う

「うん!いいマッシヴだ!、やっぱ魔術師たるもの体も鍛えないとダメだよな」

「おお おお!、君とは気が合うっすね!君も重りつけてみるっすか?」

「いや、俺も重りはつけてるよ 君と同じ、全身に250キロの重りだ」

おや、そこは同じなんだ ラグナならもっとすごい重りつけてそうだけど…

「おや君もっすか、流石っすね この両腕に50両足50 胴体に50!、合わせて250の重りに耐えられる人間を他に見たことが」

「え?、ああ 全身に合計で250なのか 悪い俺は」

そう言いながらラグナが腕輪を外すと その腕輪が地面にめり込み 穴が開く…おいおい

「俺は全身に250なんだ、腕や肩 足にも250、トータルでいくらになるんだ?これ?なぁエリス」

「知りませんよ、知りませんけどその重りつけたまま屋敷の二階に上がらないでくださいよ、床が抜けます」

「わ…悪い、いや 気をつけます」

ラグナ…轟沈、ついでにゴレインも…と思ったがゴレインはむしろ逆に燃えている、自分以上の存在を初めて見たのかすげーっす!すげーっす!と目を輝かせている、彼は純粋だな…

「ラグナは尻に敷かれるタイプか…」

「どーでもいいけどもう授業始まるよ、そろそろ席に付かせてくれなーい?」

「そうだな、…なぁ もう俺たちに言いたいことがある奴はいるか?、いないならもういいよな」

ラグナの眼光に 彼らを敵視する目線は全て背けられる、クライスもミリアもゴレインも このクラスでは際立って優秀な方だ、そんな彼らがまとめて敗北したのだ、実力を見せつけられて彼らも黙るしかないようだ

…エリスには出来ないやり方だ、とはいえエリスが大きい顔は出来ない 寧ろ余計情けなくなる、なんかみんなの陰に隠れて虎の威を借る狐のようで、なんか余計に縮こまってしまう

「ふぃー、やっと座れた」

ラグナの威圧に押され 道を開ける生徒の間を通ってエリス達は席に座る、ラグナはエリスの右側 デティは左 メルクさんは正面、見事に囲まれた 別にいいけど

「というか今更ですけどみなさん魔術科なんですね、それも同じクラス」

「君が居ると知って直前で変えたんだよ、正直科目に関してはどこでもよかったしどうせなら知り合いのいるところに集まりたいしね、クラスに関しては教授が気を利かせてくれたんだ」

なるほど、エリスに合わせてくれたんだ みんなと一緒に授業を受けられるならエリスも嬉しいけど、ならなおのこと気張らねば 友達がいるからこそ気を張って友達がいるからこそ真面目にやる

エリスはみんなの親友であると共に孤独の魔女の弟子 他の魔女の弟子に遅れをとることは即ち師匠の恥に繋がる


「えぇー…、あ じゅ 授業始まるので 準備お願いします」

すると教室に先生が入ってくる、様子がおかしい あの先生はいつももっと厚顔な態度で怒鳴り散らすタイプの先生なのに、今日は妙にオドオドしながら入ってきてさっきからペコペコこちらにお辞儀をしている

エリス達に?違う、彼はデティを見てお辞儀しているんだ デティフローアがいるから妙にワタ付 ついているんだ、デティフローアは言わば魔術界の頭領 魔術科の教師からすれば雲の上の存在、それが自分の教室にいる …きっと今あの先生の心臓は緊張で張り裂けそうなのだろうな

「えっと、その…みみ みんなももう気がついていると思うが、今日から新しく三人の生徒達がこ ここ このクラスに転入されることになった、正式な発表は明日大々的に行われる予定だが 皆には先に知っておいてもらおう…、あ あのー自己紹介って…お願いできますでしょうか」

「いいよー!」

デティが元気よく立ち上がると その動きに反応してビクッと先生とクライスの方が揺れる、するとデティは いや魔術導皇デティフローアは慣れた手つきで丁寧に一礼すると

「皆様 御機嫌よう、先程の先生からご紹介された通り 今日よりこの学園 このクラスに転入することになりました、デティフローア・クリサンセマムです…普段は魔術導皇として研鑽する物の未だに若輩たる身、どうかこの未熟な身に学友の皆様と教師の皆様からのご鞭撻の程を よろしくお願いします」

教室がどよめく、魔術導皇!?とクライスがひっくり返る、それと一緒に先生が痛そうに胃を押さえて冷や汗を拭う、魔術導皇と言えば全ての魔術師の頂点に立つ存在 将来の魔術師を志す生徒達からしてみればいつかお目にかかりたいと願っていた存在

それが今 同じ教室で優雅に一礼しているのだから、驚かない人間はいない

そしてそれに次ぐように立ち胸に手を当て会釈するのはメルクさんだ

「では 続いて私が、私はメルクリウス・ヒュドラルギュルム、デルセクト国家同盟群の裁定と管理を魔女様より任されている、とは言えここにいる以上私も一介の生徒 一人の人間、どうか 何も気にすることなく気軽に声をかけてほしい」

気軽に声をかけてね とは言うが、生徒達の顔は硬いまま ミリアさんに至っては青い顔をして口をパクパク開閉している、世界一の金持ち国家であると共に 世界一の商業大国でもあるデルセクトのトップ、いくら成金とは言え 商人をしているミリアの家からしてみれば決して機嫌を損ねてはいけない相手

そんな方にあんな口をと眩暈を感じふらりと机に倒れこむ

最後に立ち上がるのはラグナだ、片手をもう片手で包む 抱拳礼…アルクカースの伝統的な敬礼をすると共に彼は声をあげ

「俺はラグナ・アルクカース、アルクカースにて大王をさせてもらっている が、まぁいいたいことはさっきの二人と変わらない、いくら立ち位置が上にあろうとも若く経験のない身であることに変わりはない、この学園で 多くを経験できることを望む、故に宜しく頼む」

アルクカース 世界最強の戦闘国家、そこの大王が今 頭を下げる、いやラグナだけではない 既にカストリア大陸を覆う三大魔女大国の大主達が一堂に会しているのだ、本来なら厳重体制の下行われる世界的な会合の場でしか揃わない面子が 学園の教室に集まっているんだ

空気が凍る、きっとこの生徒達の中には彼らの治める国の国民もいるだろう、そうでなくとも圧倒される 教師も普通に生徒として扱っていいのか理解出来ずにいる、そんな空気を知ってか知らずか彼らはなんでもないように座る

「な なんで大王がこんなところに…」

「魔術導皇…?本物?え?あれが…」

「め…メルクリウス様、一度パーティで御目見していたから、もしやと思ったが…」

いや、気にしてないんだ この空気に慣れているんだ、エリスとなんでもないように話しつつも 彼らは王なのだ、エリスが本来口を聞いていい相手ではないのだ…

…ゴクリと誰かが固唾を呑む音が消える、奇妙な沈黙が数秒続く…

「先生、授業始めません?」

デティの言葉に先生が飛び上がる

「ぇっ!?、あ ああ!すみません!、で では自己紹介も終わったことだし授業を開始する!、みんな教科書を開いて 今日は魔術式の…」

「あ!ここ私が書いたところだ!、ちゃんと書けてるかなぁ エリスちゃん」

…授業受けなくていいんじゃないですかデティ、あなたどっちかっていうと教師側では…ほら、先生もビクビクしながら授業してるよ、何かいう都度『ですよね?あってますよね?』って目でデティの事見てるし

「これが授業か、なんか新鮮だなぁ…」

ラグナはそんな教室の光景をなんだかニマニマしながら見つめている、生まれてすぐ王子としての役目を背負いここまで戦い続けてきた彼には新鮮なのだろう

「学校か、あの頃は考えもしなかったが…世の中わからないものだな」

メルクさんは感慨深そうに教室を眺める、幼くしてこの世の地獄へと堕ちた彼女はきっと、あの地下にいる頃はこんな煌びやかな学園で学ぶとは思っても見なかっただろうな

「…みんな授業中だから集中しよう」

「あ…はい」

「む、すまん」

対するデティは真面目だ、珍しく…というよりそもそも彼女は魔術に関しては誰よりも真面目だ!既に知っていることでも 既に会得していることでも、学ぶことに何よりも貪欲だ

デティはエリスみたいな記憶能力を持たない、だからきちんと復習する そして再確認し再発見しまた先に進む、彼女の姿勢はエリスも見習わないと

デティに習ってエリス達はみんな襟を正して先生の方を見る、さぁ 授業だ!と気合を入れたはいいものの三大国の主からの眼光を食らった先生はフリーズしてしまうのだった…


……………………………………………………

鐘が鳴り 授業が終わり、生徒達の休憩時間が訪れる 生徒達は皆こぞってある一点を目指し歩き出す

食堂だ、…最近はあまりいい思い出のない空間だが 今日エリスはお弁当を作れていない、故に否が応でも向かわなければならない、まぁ 今までと違い今はみんなと一緒にいることが出来るから 向かう勇気も湧いてくるんだが…

…だが、食堂の入り口に それはあった、存在していた


壁、人の壁 もはや見慣れたピエール達による取り巻きウォール、いわゆる通せんぼがエリス達の前に横たわっていた

「…ピエール…」

「お仲間を得て、真っ当になったつもりかよ エリス…!、お前が僕の奴隷であることに 未だ変わりはないんだよ」

取り巻きの中心で 怖い顔をするピエールはエリスを睨みつけ怒声をあげる、見れば他の生徒達はピエールを怖がって遠巻きに見つめたり遠回りをしている

「なぁ、俺達食堂で飯が食いたいんだ、話があるなら貴方もそちらでどうですか?ピエール第二王子」

するとラグナが前へ出る、エリスの耳元で君は下がっていろと言い エリスの体をその背中で隠す、…守ってもらってばかりで申し訳ないと思う気持ちと共に、ラグナのその行動に鼓動が激しく鳴る

「君達は僕に逆らったんだ、この学園の食堂の使用許可なんか出せるわけないだろう」

「む?、この食堂は全ての生徒に開かれているもので 使用権利は誰にでもあるはずだ、それを何人たりとも犯すことはできないのではないか?」

「そうそう!、というか私お腹空いたの!話なら食べながらでもいーじゃん!」

「くっ、…聞いたよ 君達みんな魔女大国の大主だと、とんでもないメンツだ、認めたくないが 僕と同格と言ってもいいかもしれない…」

「同格じゃない、君とはね 俺達が同格なのは君の兄…あるいは父とだ、そんなイオ殿下の弟である君にも節度ある行いが求められるんじゃないか?、君が横柄な態度を取れば 兄であるイオ殿下に迷惑がかかるだろうに」

「に 兄さんはいいんだよ!、僕は僕だ!僕も偉いんだよ!」

「平行線だな、…だが 道を譲る気もない、俺の行く道はアルクカースの王道だ、そこを曲げるわけにはいかない…、すまないが道を譲ってもらえるかな ピエール 第二王子」

ラグナの言葉を理解する、ラグナはピエールを第二王子と必ず呼ぶ、だがそれはきっと敬称などではなく、蔑称だ

第二王子…王位継承権を持たないお前と 王である俺は立場が違うと言いたいのだ、それはそれで横暴である気はするが、ピエールと違いラグナのメンツは国のメンツだ そこを曲げるわけにはいかないんだろう

「やってみろよ、今日は人数連れてきたんだ…ただで進めると思うなよ」

するとピエールが取り巻き達を前に出す、…アルバートの姿もあるが 、彼は少し消極的だ

「やめましょうピエール様、彼らはみんな王である前に魔女の弟子…一人一人がエリスと同格かそれ以上と見てもいい、一人でさえ敵わなかったのに四人纏めてなんて」

「うるさいなぁ!アルバート!あんな恥をかかされて黙ったままなんて僕は許さないよ!、腰抜けのガードなんて必要ない!怯えるんだったら君はクビだ!、僕の護衛をじゃないぞ 騎士団をだ!」

「なっ!?…くっ…」

そう言われては致し方ないとアルバートも渋々腰の剣に手を当てて…

「荒事をしたいわけじゃないんだが、…ダンスのお誘いは受けるぜピエール第二王子、言っとくが吐いた唾は飲めんぜ」

「…初日からこれか、楽しい学園生活になりそうだ」

「えぇー、やるのー…ご飯食べてからじゃだめー?」

するとラグナも拳を鳴らし メルクさんは懐から宝石のついた手袋を取り出し デティはグダッーとしながらも体から魔力を溢れさせる、始まる 始まってしまう、でもいいのか?ここでピエールを迎え撃っても

ラグナは荒事は避ける だがもし向かってくるなら遠慮なくぶっ潰すと言っていた、正当防衛に託けてぶっ飛ばすと、その上でピエールは向かってくる …戦端が開かれる

止めるべきか否か 再びエリスは躊躇する、バーバラさんの時のように…

すると

「ピエール!、やめないか!昨日あれほど言ったろう!ラグナ陛下やメルクリウス首長 魔術導皇様には手を出すなと!」

「に 兄さん!」

すると取り巻きを割ってイオが現れる、いや イオだけじゃない…まるでこの騒ぎを予感していたかのように、アマルト ガニメデ カリスト エウロパの中心メンバー達もゾロゾロと現れる

…アマルトだ、エリスに呪いをかけた エリス達と同じ魔女の弟子が、こちらを見て 鼻で笑っている、どうやらエリスの呪いが解かれたのを彼は見抜いたようだ

イオは取り巻きを割って来るなりピエールの頭をグイと下げさせ

「ラグナ陛下、この度は我が弟がとんだ無礼を…!ピエール!お前も謝罪しないか!」

「い いやだよ兄さん!僕は謝りたくなんかない!」

「いや、いいよ 俺達も言葉遣いが過ぎたところがある、煽り立て荒事に持っていった責は俺達も同じ、謝るのはこちらも同じだ」

「…そう言っていただけると有難い」

ピエールに一頻り頭を下げさせると彼は襟を正し おほんと咳払いをして前へ出るとラグナ達に礼をする

「ラグナ陛下 メルクリウス同盟首長殿 そして魔術導皇様、お初にお目にかかります、私はイオ、このコルスコルピを統べる王家 イオ・コペルニクスです 初対面がこのような場でなければ握手を求めたいところですが」

「そんな気に病まなくても 悪いのは俺達も同じだって言ってるでしょう、おほん…丁寧にありがとうございます イオ殿下、この度 この国に留学させて頂いたラグナ・アルクカースです 、これからどうぞ よろしくお願いします」

ぺこりとラグナが頭を下げ メルクさんもデティもまた頭を下げる、…イオはこの学園で唯一ラグナ達と同格と言える存在、故にラグナ達も同等の敬意を払う もしかしたら今後、手を取り合っていく仲になるかもしれないし

特にラグナは最近カストリア大陸の魔女大国間の関係強化に勤しんでいる、となればイオとの関係は大切にしたいはずだ

「…この学園のことはラグナ陛下も理解してくれていると思う、この学園にはノーブルズという特権階級が存在し私もピエールもそこに属している」

「知ってますよ、ただ それ故権利の乱用が横行し、風紀が乱れているという話もね」

「耳の痛い話だ、だが ノーブルズの威厳はこの学園に必要なものであることは理解いただきたい、…そして そのノーブルズに入れるのはほんのごく一部の限られた生徒達だけであることも」

するとイオはラグナに手を差し出すと

「貴方達はその限られた生徒だ、我々ノーブルズは貴方達三人を歓迎する 既にノーブルズの中核に位置する椅子を三つ用意してあるので、これから聖域の方で 今後のそれぞれの国に関するお話でもどうでしょう、勿論 お食事もご用意させていただく」

ノーブルズはの誘いだ、考えてみれば当然…ラグナ達がノーブルズに誘われない方がおかしいんだ、国外とはいえこの国に並ぶ大国を王達 それが所属しなければノーブルズの意味がない

そうだ、イオ達は今日ラグナ達をノーブルズはに誘いに来たんだ、この学園でも問題なく特権階級であれるように

「なるほど、俺達をノーブルズに」

「ええ、もう手続きは済ませてあります どうぞ、こちらへ」

するとラグナは前出てイオの手に同じように手を差し出し…

「悪い、イオ殿下 俺はアンタとの関係を大切にしたいが今その誘いを受けるわけにはいかん」

払った、手で 軽くパンっと打ち据え払った…、ただそれだけでイオの手は赤く腫れ上がり 痛そうに顔を歪める

断った ノーブルズ入りを、この学園の頂点の椅子を 蹴ったんだラグナは

「…何故か、聞いてもよろしいですか?」

「ケジメがまだだ、アンタの弟ピエールがしでかしたこと はっきり言って俺は怒っている、彼が俺の国の少女を虐げていたとも聞いたし…何より 俺は…俺の友にしたあの行いをまだ許していない、俺が国王でなけりゃ この学園ごとアンタの弟のドタマカチ割ってるとこだよ」

「……王として、狭量としか思えませんが」

「だろうな、立派な王であるなら ここで怒りを抑えて後々話し合いで解決するべきなんだろうが、悪いね 未だ未熟な若輩者なもんで、手前の怒り 抑えられんのですわ」

ラグナがさらに詰め寄りイオにキスするんじゃないかってくらい近づき 睨みつける、その背からは炎のような怒りが溢れいて

「エリスは、俺にとって何にも変えがたい存在だ 、そのけじめをつけてもらうまで 俺ぁアンタ達を受け入れられそうにない」

「私も同意だ、先日の件は水に流すには度が過ぎている、あれを黙認するというのは そちらも王としての器の底が知られてしまうぞ」

「というか難しい理屈抜きで私は許せーん!」

「…つまり皆 ノーブルズ入りは断られると」

「その通りだ」

「…これは困った」

「ああ、困ってくれ…」

イオとラグナが睨み合う、互いに一歩も引かない イオもイオで引けないメンツがあるんだと、一歩も引かずバチバチと火花を散らす

「こちらにも、引けないメンツがあるんです、そのメンツを踏み躙るというのなら…」

「はーい待ったぁ、イオ 退け そっからは俺の役目だ」

するとイオの体がグイと後ろに引かれ、控えていた男が代わりに前に出る…高身長なラグナよりもなお背の高い威丈高、茶色の髪を揺らし歯を見せ笑うのは…アマルトだ、探求の魔女の弟子 この学園を統べるノーブルズのさらに頂点に立つ男

「よう、孤独の魔女の弟子に争乱の魔女の弟子、栄光の魔女の弟子と友愛の魔女の弟子…揃いも揃ってお出ましとは凄い偶然だな」

「…お前がアマルトか」

「ああ、お前らみんなと同じ 魔女…探求の魔女アンタレスの弟子さ、よろしく頼むぜ?」

笑うアマルトはラグナ達を見下ろす、よろしくとは言いつつも仲良くするつもりはなさそうだ、何せその目はエリスに向ける敵意に満ちたものと同じ、アマルトの標的はエリスだけではなく 魔女の弟子全員に向けられているんだ

「お前がエリスに呪いをかけたと聞いたが」

「その通り、もう解かれちまったみたいだな まぁあんな軽くかけた呪いじゃあ無理もねぇか、殺しちまわないように手加減したからな」

「…苦しめるためにか?」

「それ、言う必要あるか?」

ただ 苦しめるためだけに手を抜いたと、もしその気になればあの時エリスを呪い殺せたとアマルトは言う

「…俺達は同じ魔女の弟子、互いに研鑽する立場にいるみたいだが 分かり合えはしないようだな」

「そりゃそうだろ、魔女の弟子って一括りにされても困るぜ、俺達は皆人間 人それぞれ個性がある、俺はお前らとは違うのさ…価値観も 強さのレベルもな」

それは、挑発だった ただの挑発ではない…お前達より弟子として己の方が優れていると、それは即ち師の愚弄に他ならない、ダメだ 聞き逃せない 師をバカにされたらエリス達は黙っていられない、エリス達はみんな師匠達を敬愛しているから…

「…そりゃ、宣戦布告か?」

「上手く伝わったみたいで助かるよ、…そうだ お前らが俺の軍門にくだらないんならもう争うしかないよな、俺もお前らに容赦する理由がなくなったし ノーブルズ入り蹴ってくれて助かったよ」

「何故そこまで俺達やエリスを毛嫌いする」

「その目に聞いてみな、その何不自由したことのなさそうな …人としての屈辱を知らぬ目で、生きてきた己にな」

すると、アマルトの隣にガニメデやエウロパ カリスト…そしてイオ、ノーブルズ中心メンバーが横に並びエリス達の前に立つ

「いい機会だから言っておく、俺はお前らを受け入れない この学園でノーブルズに従わねぇなら、例え神でも打ちのめす そして屈服させる、お前ら魔女の弟子全員 揃って俺達ノーブルズに平伏させる」

対するエリス達も、視線で答える…彼等は皆 ただの特権階級でありながら、全員が全員 纏うオーラは強者のそれだ、…アマルト以外の人間も かなりの力を持っているのか…

「そうかい、なら俺達は俺達で やらせてもらう、お前がいくら俺達に襲いかかろうとも、どれだけの火の粉が降りかかろうとも 俺達は折れない、やれるもんならやってみな」

「その通りだ、私達は祖国の誇りと師の敬意と…友の尊厳に賭けて君達の敵意に答えよう」

「うんうん、そっちからかかってくるなら 私達も全力で答えられるからね、やるってんなら負けないよ!」

ラグナと肩を並べるように 皆前へ立ち、ノーブルズ達と睨み合う…デディもメルクさんも、…そんな中 エリスは後ろに立ってみんなに守ってもらうだけでいいのか?

みんなの力を傘に着るだけでは ノーブルズとなんら変わりはないのでは?、友達だからって守ってもらうばかりでいいのか?、みんなはエリスの為に戦うていってくれている…それならエリスも、師の誇りとみんなの友情に答えるべきではないのか

いつまでも怯えていられない、エリスは一人じゃない もう一人じゃない、だから

みんなと戦う!

「…エリス?」

「ほう、この間まで折れた目をしてたくせに、…俺に負けた奴が随分粋がるじゃないか」

前へ出てラグナの隣に並ぶ、そうだ エリスは負けた 一人だったから、エリスは折れた 一人だったから、だけどもう折れない 負けない エリスはもう一人じゃない

だから、前へ出るんだ

「…みんながエリスの為に戦ってくれるように、エリスもみんなのために戦います、みんなをバカにし愚弄するなら エリスは貴方達を許しません」

「エリス…、フッ まぁそう言うことだ、これから三年間よろしくな アマルト」

「…ああ、楽しい学園生活にしようぜ」

睨み立つ アマルト率いるノーブルズ達五人と ラグナを中心とした魔女の弟子達四人、互いに引かず これから始まる学園での戦いを前に、目を尖らせる…

幕はもう 開かれた、後はもう やるだけだ…!

「ん?」

ふとアマルトが天井を見る、その瞬間 休憩時間を終える鐘が鳴り

「おっと、もう授業が始まるぜ?今日んところはこれでお開きにしようや」

「ああ、そうだな…って!飯食い損ねたをだけど!?」

「ははははは!いい様だな!魔女の弟子ィ!…はぁ、腹減った、おい行くぜみんな」

高らかに笑うとアマルトもまたお腹を鳴らしノーブルズ達を率いて何処かへ去っていく、まぁ戦いといってもエリス達のやることは基本授業を受けるだけなのだが、戦いにではなく学びにこの学園に来てるわけだし、その辺はアマルト達も変わらない

「…なぁエリス、俺達このまま授業受けなきゃダメか?」

「そうなるかと…」

「うぇー!?、お腹ぺこぺこなのにー!」

「あいつらの挑発にまんまと乗ったのが間違いだったか、くっ…不覚」

ともあれエリス達のご飯食べ損ねたことに変わりはなく、…空きっ腹抱えて午後の授業へと向かうことになるのであった

…今日から始まるんだ、ノーブルズ達の戦いが 気合いを入れていかねば、みんなのためにバーバラさんのために 師匠のために、エリスはアマルトだけには負けるわけにはいかない
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