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四章 栄光の魔女フォーマルハウト

外伝・争乱と栄光の饗宴

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争乱の魔女統べる魔女大国 軍事国家アルクカース、世界一凶暴と言われる戦闘民族のみで構成された大国であり、その軍事力はアガスティヤ帝国にも匹敵すると言われる恐るべき国である

その隣国 栄光の魔女統べる魔女大国 デルセクト国家同盟群、凡そ数十もの国家が寄り集まり生まれた一大同盟、強固な繋がりはもはや一つの国とも言え 内包する技術力資金力は世界随一とも言われる国である

カストリア大陸に存在する二つの魔女大国は凡そ数年前までその関係は最悪の状態にあったと言う、互いの魔女が戦争を辞さない程強硬な姿勢をとり続けていたこともあり 一時は戦争寸前にまで関係は悪化したとされている


がしかし、とある人物の尽力により双方の魔女も互いに態度を改め…、その関係性の修復にあたることとなった

軍事大国アルクカースの大王ラグナ・アルクカースが持ちかけた関係修復の会談を、次期同盟議長メルクリウス・ヒュドラルギュルムが受け入れた事により実現した二大魔女大国の会談が 今日…行われる



………………………………………………

軍事大国アルクカースとデルセクト国家同盟群の狭間にある非魔女国家の小国ホーラック、一年ほど前までソニア・アレキサンドライトによって締め付けられ 借金に喘いでいたこの国も、ソニアの失脚に伴い 彼女の持ちかけていた高利がなくなり 徐々に本来の活気を取り戻し始めたこの国の一角

とある街の中に存在する 豪勢な館が存在する、かつてアレキサンドライト家が別荘として作り出した館 そこは今、大量のデルセクト軍によって包囲警備されている

普段では考えられぬ物々しさと厳重な警備、それもそのはずだ 今日この場所にてデルセクトのトップとアルクカースのトップ、その双方が揃うのだから

「はぁ、…まだ同盟議長でもない私が、アルクカースの大王の対談…か、とんでもない事になったな」

その館の中で 青髪の軍人 メルクリウスは紅茶を仰ぎながら溜息を吐く、次期同盟議長に正式に任命されたものの飽くまで次期 まだ同盟議長でもない自分が果たして大国アルクカースを統べる大王と対等に話せたものかと不安になっているのだ

エリスがデルセクトを発ってより一年、あれからメルクリウスも多くの修行や勉強をした、錬金術の修行 国家運営の学術から帝王学…この一年で色々叩き込まれたものだ

『メルクリウス!錬金術とはこの世の全てを利用する魔術ですわ、故にとりあえず手始めにこの世の全てを頭に叩き込みましょう、大丈夫 簡単ですわ、わたくしには』

『メルクリウス!同盟議長として国王を相手にするならまずは同盟内全ての法を理解する必要がありますわ、悪い奴ほど法に詳しいもの、なら悪い奴より法に詳しくなるしかありません!、大丈夫 簡単ですわ、わたくしには』

『メルクリウス!王族とは嘘をつくものですわ いつも嘘ついてきますわ、だから貴方は嘘に惑わされぬ眼力と根性を得てもらいます、大丈夫 簡単ですわ、わたくしには』

…無茶とも言える修行の数々、メルクリウスは魔女の修行というものを初めて見たが エリスは毎日あんなことをしているのか?、だとするならあの強さも納得だ

まぁ、おかげで一軍人でしかなかったメルクリウスはこの一年でメキメキ実力をつけ こうして仕事を任されるまでになったが、…それでもこれは少し私には荷が重すぎるのではないか?

オマケに…

「おーい、まだ来ねえのかよ…暇だぜ」

「ザカライア、なら僕と外に遊びに行こう 大丈夫、ちょっと抜け出してデートするだけさ」

「はぁ、全く 子供はやはりこのような場にはふさわしくないですね」

国を代表する者として 五大王族ザカライアとレナード  セレドナの三人も同席しているのだ、いや本当はセレドナ様だけだったのだ、だがそこにアルクカースと関わるなら俺もとザカライア様が、ザカライアが行くなら僕もとレナード様もくっついてきた形になる

「大変ねぇメルクちゃん」

「他人事みたいに言わないでくださいニコラスさん」

そして同じく脇に立つニコラスさんは他人事のようにウフフと笑っている、彼もエリスが去ってから 直ぐにまた我々に関わるようになってきた、何をしていたかまでは教えてくれなかったが まぁ今はいい

今問題なのは、我々がデルセクトの面子を背負っているということ、ここでアルクカースにナメられるようなことは絶対に許されない、メルクリウスの次期同盟議長としての資質が今試されているのだ

なのにザカライカ様もレナード様もお気楽で、セレドナ様くらいしか頼れる相手がいない現状だ、上手くやれるかなぁ いや上手くやるしかないんだけどさ

「…しかし、遅いですね アルクカース側」

「そうね、…ところで今日会談する相手 アルクカースの大王様ってメルクちゃんと同じ魔女の弟子なのよね」

「はい、ラグナ・アルクカース…齢を十で継承戦を勝ち抜き国王となった人物ですね」

ラグナ・アルクカース…実力こそが全てと言われる弱肉強食の国でトップに立った人物、争乱の魔女の弟子…彼が国王になってからというものアルクカースは以前のような戦乱は落ち着き、国内はかなり安定しているらしい 余程の傑物なのだろう…

「あのベオセルクの弟なんだよな!、ベオセルク来るかなー」

「今ベオセルクは大王直属の護衛隊長をしていると聞きます、今回の会談にも同行してくるでしょうね」

「ひょー!楽しみー!」

「………………」

お気楽に笑うザカライア様と嫉妬に満ちた目をしているレナード様を見るに、この二人はあまり頼りにならなさそうだ…

すると

「た 大変です!メルクリウス様!、街の郊外に魔獣が出たようです!」

「何…!?」

いきなり扉をあけて入ってくる軍人の声にメルクリウスは飛び起きる、魔獣か…デルセクトには殆ど出ないから失念していたが、ここはホーラック 普通に魔獣くらい出るか…!

「チッ、会談の場を邪魔されては敵わん、ニコラスさん!行きましょう」

「ええいいわよ、運動代わりに暴れましょうか」

「あ!俺も行く!俺も行く!」

「ザカライアが行くなら僕も!」

「妾は待ってますわ、くだらない」

もう好きにしろ!、壁に立てかけてあるニグレドとアルベドを取り ニコラスさん達を連れ館の外へと飛び出る


するとそれはすぐに見えてきた、魔獣だ…薄汚い歪な人型 ゴブリンと呼ばれる魔獣が大挙して街に押し寄せていたのだ、連合軍もまた銃で応戦している些か数が多い

なんだあの数は、襲撃か?…いやそれにしてはゴブリン達の様子がおかしい、まるで何かから逃げているような、いやもう考えても仕方あるまい

「援護に入る、街には決して入れるな!隊形を整えろ!しっかり陣形を組めば倒せぬではない!」

慌てて交戦中の部隊に指揮を飛ばしながら駆けつける、既に隊形は崩されており ゴブリン相手に引っ掻き回されている、…チッ 軍人とは言うが我々の戦闘経験は浅い、ましてや魔獣の相手など始めての者が多いからな

ここは私達が頑張らねばならないな

「ニグレド!アルベド!行くぞ!」

黒白の銃を構えながらゴブリン達の群れに突っ込む、この一年で私も強くなった…フォーマルハウト様から多くの錬金術を賜った この程度相手ではない

「…燃えろ魔力よ、焼けろ虚空よ 焼べよその身を、煌めく光芒は我が怒りの具現『錬成・烽魔閃弾』」

ニグレドの銃口から放たれるは赫色の閃光、熱を持った弾丸は真っ赤な線を虚空に残しながら次々と目の前のゴブリン達の体を焼き穿っていく、破壊を司るニグレドの属性が乗った弾丸は一発かするだけで肉体を崩壊させていく

風穴を開けられたゴブリンは かすり傷を負ったゴブリン達は、その傷口から忽ち体が隅に変わり崩れていく

そして

「爆ぜろ!」

メルクリウスの言葉に従うように弾丸は煌めき大爆発を巻き起こす、通常の錬金弾では起こし得ぬ爆裂は幾多のゴブリンを消しとばし 射線上にいたゴブリン全てを消し飛ばしていく

フォーマルハウト様より賜った術、古式錬金術だ 通常の錬金術と違いまるで神が生命を生み出すが如く この術は創造物に意思を与える、己で考え私の意に従い敵を撃滅する、当然だが破壊力もまた段違いだ、こうしてぶっ放した私自身 ちょっとビビるくらいだ

「す、すげぇ…たった1発で」

「あれが魔女の弟子…!」

「やるぅ!メルクちゃん!また強くなったわね!」

周囲の軍人達はメルクリウスの威容に圧倒され呆然とし 、体を鋼に変えゴブリンを叩き殺すニコラスさんも口笛を吹き 賞賛する

魔女の弟子としてこの程度のこと出来ずしてなんとするか、その上我が手にはニグレドとアルベドがある 、これなら奥の手も使わず済みそうだ

「さぁ!、陣形は整えた!奴らに近づかせる暇も与えず掃射しろ!」

「了解!」

メルクリウスの号令で軍人達も態勢を整え 皆一列に並び迫りくるゴブリン達を次々と始末していく、一旦形が整えば突撃してくるだけのゴブリン程度相手では…

「お おい!メルク!デケェのがくるぞ!」

「むっ…」

ザカライア様の言葉に反応し視線を移すと共に我が身が影に飲まれる、この大きさゴブリンじゃない!

「ウグォォォォォオ!!!ニンーゲン!ジャマァァァ!!」

「チッ、大物がきたな…こいつは オーガか!」

刹那叩き込まれる丸太のような腕を飛んで避ける、オーガだ …大型のゴブリンとも言われその体躯はゴブリンの何倍も大きく、戦闘能力はそれ以上に差がある、事実奴は連合軍の銃弾を幾多に受けても物ともせずここまで突っ込んできた、確か協会指定の危険度はBランク 数十人規模で倒さねばならない程の大物だ


「仕方なし、私が相手をするか」

「ゥガァァァァアアアアア!!!」

ニグレドを構え 暴れるオーガに狙いを定める、このままいけば街が破壊され会談どころではなくなってしまう、被害が出る前に一撃で消し飛ばす そう心に秘めながら引き金に指を当てると

「その必要はねぇよ」

「…ッ!?なっ!?」

「ウグ…グゴォオェ!?」

突如として、上空から暴れ狂うオーガに向けて雷鳴の如く高速で物体が飛来し、その一撃により家屋程の大きさのオーガが まるで腐ったトマトのように軽く叩き潰されてしまい、その血飛沫が我が頬に跳ねる

「い 一撃!?、大砲か…!?」

「一応俺達は国賓…お客様だぜ、他人の家で大砲ぶちかます程粗野じゃあねぇよ」

人影だ、高速で砲弾の如くオーガに飛来したそれは、人間であった その人影は血のように赤い髪と餓えた獣のような眼光を秘めた、人である

それはゴキゴキと軽く首を鳴らしながらメルクリウスの方へと歩いてくる、ただ 歩いてくるだけだというのに構えてしまう、助けてもらったことは理解しているが コイツの漂わせる風格は、メルクリウスの闘争本能と防衛本能を刺激する …要するに見てわかるほどにこの男は危険なのだ

「構えんなよ、怪しいもんじゃねぇ」

「素性の知れん相手を世間では怪しいという、名乗れ」

「はぁ、ベオセルク…っていや分かるか?、軍事国家アルクカースの大王、ラグナ・アルクカース直属部隊 王牙戦士団団長 ベオセルクだ、敵じゃねぇ」

漂わせる風格とは裏腹に男は…ベオセルクは気怠げに、それでいて丁寧な対応でメルクリウスを落ち着かせる、というかこいつ…

「アルクカースの戦士だと!?」

「ああ、悪いな…道中ゴブリンの群れに喧嘩売られたから取り敢えず全員殺して 序でに集落が近くにあったからそこ攻め落としてたら遅れた、お前デルセクトの軍人だろ」

ほれ と言いながら首を後ろにやるベオセルクに釣られて彼の後ろに目をやれば

「やれェーッ!殺せェーッ!」

「うぉりやぁぁぁあ!!!!」

「タ タスケテー!タスケテー!」

鬼のような形相の戦士達がゴブリン達を追いかけ回して殺して回っていた、戦士達は目を真っ赤に染め まるで獲物に食らいつく猟犬の如く容赦なく襲いかかる、あの人間と見れば誰でも襲いかかるゴブリンが涙を流しながら逃げ回っている辺り もう既に戦意を喪失する迄叩きのめされた後なのだろう

というかこのゴブリン アルクカースの戦士達に追いかけ回されてここまで来ていたのか

「ははははははは!、なんだこれ!なんだこれ!ホーラックの魔獣ってこんなに弱いの!?これじゃあ殺し甲斐がないなぁ!」

「死ねやオラァァッッ!!」

「逃スナァァァ!!!すり潰セェーッ!」

槍を構えた赤髪の女とメイスを振り回す女戦士、そして奇妙な民族衣装を着込んだ戦士…とバリエーション豊かな戦士達がまさしく鎧袖一触の勢いでゴブリンを駆逐していく、まるで猟犬と子鹿だ


「とんでもない連中だな、これがアルクカース戦士か…」

ゴブリンを物の一撃で跡形もなく吹っ飛ばす腕力 踏み込んだ地面が叩き砕ける脚力、同じ人間とは思えない身体能力だ、これがアルクカースの戦士か…こんなのと戦争しようとしてたのか、ソニアは…

「街まで巻き込むつもりはなかったんだがな、…どうせすぐ終わる お前等はそこで見てろ」

ベオセルクの語ったように アルクカースの戦士達はまるで芝でも刈るかのように次々ゴブリン達をなぎ倒している、これならものの数分で殲滅してしまうだろう

「べ…べべ、ベオセルク?」

「ああ?」

そんなベオセルクを見て感激の声を上げる男が一人、そうだ 何よりもベオセルクに憧れ 誰よりもベオセルクに会いたがっていた男が一人いた、ザカライア様だ

彼はベオセルクを見るなり口元に手を当てワナワナ震え、目元に涙を浮かべながらもそそくさとこちらへ向かってくる

「べ ベオセルクだよな、偽物じゃないよな?本物だよな??」

「はぁ?、偽物なんか見たことねぇけど、というか誰だテメェ」

「俺だよ俺!ザカライア・スマラグドス!昔お前に決闘挑んでボコボコに負けた!ザカライア!覚えてないか?」

「覚えてねぇ、負かしたやつの事なんかいちいち覚えてたらキリがねぇだろ」

覚えてない 憧れ続け目指し続けた憧憬の対象から突きつけられた残酷な一言、そりゃそうだ ザカライア様がベオセルクと出会ったのは十数年も前に一度きり、それで覚えているわけがない…そんな言葉を前にザカライア様は

「か…かっけぇ」

相変わらず感激していた、もはやベオセルクが咳するだけでも感動しそうな勢いだな、本気で彼の事を尊敬しているんだろうな

「お 俺!ベオセルクみたいになりたくて!憧れてんだ!アンタに!」

「俺に?、…変な奴だな まぁ好きにしろよ」

「君が…ベオセルクなんだね」

するとベオセルクに会えてキャッキャ騒ぐザカライア様の隣に立ち、嫉妬と憎悪を込めた目で見つめるのはレナード様だ、まるで愛しの彼は渡さない そんな目を受けベオセルクもまた顔が険しくなる

「今度はなんだ、ガン飛ばすなら相手選んでやれ」

「…君には絶対に負けないからな、絶対彼は渡さない」

「なんのことかさっぱりだが、勝ちと負けがあるなら…こっちも譲るつもりはねぇ」

睨み合い両名、ザカライア様を賭けた男と男の睨み合い いやベオセルクはなんのことが分かってはいないが、だがやめてほしい 他国の戦士長とうちの国の王子が睨み合うなんて 悪夢のようだ、今すぐやめてくれないと胃が痛くなる

「おいレナード!ベオセルクにそんな口聞くんじゃねぇ!失礼だろうが!」

そう言って二人の間に入ろうとするザカライア様、しかし…ふと 気がつく

「ゲゲ…ニンーゲン…」

彼の後ろでゴブリンがナイフを構えていることに、戦士達が相手では敵わないと見て一番弱そうなザカライア様に狙いを定めたのだろう、しかも最悪なことにザカライア様はそのゴブリンに気がついてすらいない

「ッ…テメェ!周りをよく見ろ!」

「ザカライア!危ない!」

「へ…?なんで俺怒鳴られてるの?」

咄嗟に銃を抜きゴブリンを撃ち抜こうとするが 、ダメだ位置が最悪だ、この位置ではどうやってもゴブリンに当たる前にザカライア様に当たってしまう、それはレナードもベオセルクも同じこと ここでゴブリンを倒そうとしてもゴブリンの方が一手早い、ザカライア様を避難させようにも今からでは間に合わない

まずい…まずいぞ思ったより状況が悪い、ゴブリンの凶刃により血を吹き 倒れるザカライアの姿を、誰もが幻視したその瞬間



「ゴギュアッ!?」

…弾け飛び 鮮血が舞う、ザカライア様の背後でナイフを構えていたゴブリンが刹那の断末をあげ細かな肉塊となり汚らしい血を地面へとぶちまける

まるで一陣の風のように飛んできたそれは 目にも留まらぬ速さでゴブリンを蹴り砕いたのだ、影も残さぬ速度 弾丸にさえ迫る勢いで飛んできたそれはゴブリンの血だまりの上に立ち 、風で乱れた炎のような赤い髪をかきあげ 息吐く

「ふぅ、間一髪だったな…怪我はないかな」

赤い髪と赤い目をした青年…いやギリギリ少年かと言えるほどの男がザカライア様の背後でにこやかに、今先程魔獣を一匹消しとばしたとは思えないほどの爽やかさで軽くこちらに声をかけてくる

「え?あれ?え?何?誰?って血ィッ!?」

「すまんラグナ、俺としたことがトチった」

「いえ、こんな乱戦ですからね、仕方ありませんよ」

ラグナ…?この人が 大国アルクカースの大王 ラグナ・アルクカースか!、思ったよりも若い上に爽やかなんだな、あのアルクカース戦士達の王だからもっと乱暴な人かと思ったが…

「 貴方が、アルクカースの王 ラグナ様ですか?」

「ん?、はい…あれ、まさかデルセクトの…」

「はい、連合軍所属…って今は違うか、次期同盟議長 メルクリウス・ヒュドラルギュルムと申します、以後宜しくお願いします」

ラグナ様に向け敬礼をしながら挨拶をすればラグナ様は顔を青くしながら顔を青くし始め…

「ああ、やっぱり遅刻だったか…だからゴブリンなんて放っておけって言ったのに…まさか会談の場に遅刻するなんて…最悪だ」

「あの?ラグナ様?」

「ああ!いえ!、ラグナでいいですよメルクリウスさん 俺も貴方も同じく魔女大国を統べる身…それに、魔女の弟子とも聞いています 同じ魔女の弟子同士、仲良くしましょう」

そう言ってラグナ様…いやラグナは慌てて私に手を差し出すが、その手が血で汚れているのを目にし慌ててズボンで拭いてから差し出し直す、どうやら緊張しているのは私だけではないらしい…

「はい、なら…私もメルクで構いません、こんなところで立ち話もなんですから どうぞこちらに、館を用意しておりますので」

「あ ありがとうございます、メルク…さん?でいいのかな」

ラグナは些か緊張しながらもメルクさんと呼んでくれる、しかしメルクさんか エリスを思い出す懐かしい呼び方だ、ゴブリン騒ぎもおさまったあたりでそろそろ館の方に移動するとしよう

私は連合軍を ラグナは戦士団を伴って館へと向かう、両国の名を背負って…

今、栄光と争乱の二大大国会談が始まる

………………………………………………

アルクカースとデルセクトの関係性の修復は急務である、ラグナは大王に即位する前より常々そう感じていた

理由は単純、両国の戦争云々以前の問題だ、アルクカースという国は事戦争や軍事に於いては世界トップクラスだが それ以外の点では他の非魔女国家にすら上回られる程に脆弱だ

生産性…とでも呼ぼうか、アルクカースでは戦争に関係ない事をする者は軟弱者 恥ずべき事という古い悪習がある、それ故に戦争に関係ない点での仕事や生産が全く無い状態なのだ

木を切り出して建物を作ることはできるが 建築様式は何世紀も前の古いもの、畑を開墾したり家畜を育てたりはするが 全て兵糧に回される、お世辞にも我が国は豊かであるとは言えないのが現状だ

だができない事を今すぐやれとは言えない、生兵法で事を挑んで失敗したら 返って国民に苦手意識を持たせる恐れもある、故に戦争に関係ない部分は輸入に頼る事になる そしてその輸入先として最も頼りになるのがデルセクトだ

蒸気機関を抱え 他の追随を許さぬ生産能力を持ち かつ多大な資源を持つあの国は取引先としては優良だ、何より近いのがいい 近ければ互いに親密な付き合いが出来る


…だがその為にはまず関係性を修復せねばならない、何せこの間まですわ戦争かという間柄だったのだ エリスが両国の戦争の火種は取り除いてくれたが、戦争しないなら仲良しに…なんてわけにはいかない

半世紀近い間冷え切った両国の関係を元に戻す、アジメク同様 カストリア大陸を統べる大国として共に肩を並べていきたい、そう思い一年 いや二年ほど前から着々と続けてきたやり取りが功を奏し

やっと、今日 デルセクト側と会談するという絶好の機会を得た、しかも相手は一年ほど前魔女に次期同盟のトップに任命された未来のデルセクトの主 メルクリウス・ヒュドラルギュルム…俺と同じ魔女の弟子でもある人だ、この人と親密になれれば デルセクトとの関係は一気に縮まると言っていい

重要な会談だ、相手を待たせるよりも先にこちらから出向いて むしろこっちが相手を出迎えるくらいの意気込みで行かねば、そう思い多くの護衛を伴って急いでホーラックに向かったのだが…

「申し訳ない…」

「いえいえ、アルクカースからホーラックに向かうには相当時間がかかると聞きます、対してこちらは鉄道がありますので、こちらの方が早く着くのは仕方ありませんよ」

遅れてた、もう既にメルクリウス様…いやメルクさんは会場に着いて我々を待っていたのだ

いや、間に合う計算だった、寧ろ一ヶ月くらい余裕を持ってつく予定だった…が、護衛に連れてきたホリン姉様 リバダビアさん テオドーラの三人娘が道中の魔獣に喧嘩を売りまくるのだ

いや近寄ってきた魔獣を追い返すだけならそれでいい、だが態々逃げる魔獣を追いかけて 巣まで突っ込んでって皆殺しにするのだ、悪魔かあの三人は…

さっきもゴブリンが喧嘩を買うって来るなり嬉々としてそれを迎え撃ち、逃げた先にあった集落を焼き 剰え逃げ出したゴブリンを追い回して…見ているこちらが流石に心が痛む仕打ちをしていた、お陰で一ヶ月の猶予は瞬く間に溶けるように消え、こうして近くする羽目になってしまった

はぁ…いきなりやってしまった…、一応三人娘には罰として街の清掃をお願いしてる、というかあの三人が会談の場にいたらもう話し合いどころの騒ぎではなくなってしまう

「しかし、アルクカースの戦士は精強とは聞いていたが、想像以上ですな …対する我が軍は些かばかりに実戦経験が乏しく、あのような魔獣にも引っ掻き回される始末、あの場で助けに入っていただけなければ被害が出ていたでしょう」

「そんなことはありませんよ」

と言いつつ内心は思う 被害は出ていただろうなと、デルセクト軍の武器は強力だが 扱う兵の練度が低すぎる、止まったマトは撃てても動き回る相手に当てる事は出来ないのか、刻々と変化する戦況に対応できないのか あんなみそっかすみたいな魔獣にも苦戦していた

だがそこで尊大な態度をとったりマウントをとったりしない、だって元を正せばあの魔獣を街側に追いやったのは俺達だ、デルセクト軍が足止めをしてくれなければあのゴブリン達は街を襲撃していただろう

「我が軍ももう少し胆力を得てほしいものだ」

「それをいうならこっち物の分別と理性を得てしほしいですよ」

「ふふふ、互いに大変ですね」

メルクさんは悠然と笑う、俺より年といっても2~3歳しか変わらないだろうに、その振る舞いは凛々しく 大人びている、まるでこの場においても緊張していないかのようだ…この人もまた俺やエリス デティと同じ魔女の弟子なのか…

なんだか、この若さで次期同盟トップに抜擢されたのも分かるというか…

「メルクさんは若いのに 、なんというか凄い人ですね」

「凄い?私が…あまりそう感じたことはないな、今も緊張しっぱなしで 上手くやれているか不安だよ」

そう言いながらメルクさんは苦笑いしながら紅茶を一口飲む、緊張してるのか…全然そうは見えないけれど

「それに、私より年若くしっかりした人間がこの間まで近くにいたからかな、私なんてまだまだと思う毎日ですよ」

「メルクさんより若い…ですか?、それはかなり若いのでは」

「確かラグナよりも若かったはずだ」

メルクさんや俺より年下となると俺と同じくらいか?、メルクさんは見たところ15~6だよな 俺が13だから、そいつは12歳以下ということになる…めちゃくちゃ子供じゃないか、そんな人がデルセクト側にはいるのか 向こうは有望そうだな

「名前を伺っても?」

「ああ、エリス…という少女の魔術師で」

「エリス!?」

思わず立ち上がってしまう、今エリスって言ったよな まさかこの人エリスと関わりがあるのか、確かにエリスは俺より2歳年下だ それに確かにあの子は俺よりもしっかりしている、うん 何もかもが符合するが…まさかメルクさんがエリスと関わりがあったなんて

「……ああ、そう言えば 確かエリスも昔アルクカースで継承戦を勝ち抜いたと言っていたな、もう一年以上も前のことだからすっかり忘れていた…、そうか というとエリスが共に戦ったというのは」

「俺です、彼女にはこれ以上ないくらい世話になって…、エリスは今どこに?デルセクトにはまだ居ますか?」

「いや、一年ほど前に旅立っていったよ、デルセクトの問題を軒並み解決してな」

そうか、もう旅立っていったか…いや一歩遅かったとか思ってない、あわよくばエリスにもう一度会えるかもとか期待してない…嘘だほんのちょっぴりくらい一眼会えればなとは思ってたけどさ

でもこうやってエリスの知り合いに出会えたのは嬉しいな

「私も彼女には世話になった、私にとって無二の盟友と言ってもいい程にあの子には世話になった…幾多の敵を共に倒し数多の危機を共に乗り越えた」

アルクカースで俺と行動を共にしたようにデルセクトではメルクさんと行動を共にして 友達になったんだろうな

「そして、共に暮らし…」

「えっ!?一緒に暮らしてたんですか!?」

座り直した椅子をまた跳ね飛ばして立ち上がる、いやだって今一緒に暮らしてたって 一緒に暮らしてたってことは…一緒の家に住んでたってこと!?

「え?ああ、色々事情がありまして 彼女には一時期私の執事として働いてもらっていたのですよ」

執事…!、確かにエリスは料理も何も一通りできる、その上物覚えもいいから従者としてか働いても過不足なく活躍できる筈だ、なんでそんなことに なんて疑問はもういい、重要なのはエリスが執事服を着ていたという事実

くっそ…見たかった…見てみたかった、さぞ可憐だろうに いや凛々しいのか……

脳裏に浮かぶのは執事服姿の麗しいエリスが紅茶を入れ俺に差し出し『ご主人様』なんて言いなざり跪く場面、ダメだ…背徳的過ぎる 、俺はエリスにそんなことをされたらいろんな感情が混ざり合って最終的に吐くかもしれない…

死ぬ…こうして妄想しているだけで死んでしまうかもしれない

「ぐっ…」

「だ 大丈夫か?ラグナ」

「大丈夫…大丈夫、しかしメルクさんもまたエリスと共に戦っていたんですね」

「ああ、…エリスもラグナの頼みだからと必死に戦っていたよ、デルセクトの混乱を収めるためにエリスをこちらに向かわせてくれたラグナには、感謝してもしきれない」

「いや、彼女は俺が頼まなくてもデルセクトに赴き デルセクトの為に戦っていたと思いますよ」

エリスは誰に頼まれるでもなく俺に手を貸し 共にアルクカースの為に戦ってくれた、きっと俺が何も言わなくてもエリスは同じようにデルセクトで戦っていたと思う

そして、それはきっとこれからも変わらない コルスコルピでもエトワールでもアガスティヤ帝国でも、彼女は彼女の信じるものの為に戦う筈だ

「…エリスは今何処にいるのでしょうね」

「旅立った日や距離から考えてもうマレウスにいると見ていいが…、…そうだ ラグナ」

「はい?」

ふとメルクさんの顔を見てみると先程までとは打って変わり その目つきは険しくなっている、なんだろうかと椅子に座りなおす

「君はアルクカースで黒服の組織と戦ったと聞いたが」

黒服…!、ラクレス兄様と結託し国家転覆を企んだ謎の組織だ、奴らデルセクトにもいると聞いていたが もしかして…

「はい、アルクカースで一度戦いましたが、まさかその黒服の組織 デルセクトにも」

「ああ、エリスとの調査の過程で奴らが我がデルセクトに根を張っているのが判明してな、彼女と共にデルセクトにいる分だけは打ち払えたのだが…」

「奴らの名前はなんというのですか?奴らの目的は…!」

「落ち着け、それを伝えようというのだ…奴らの名は『魔女排斥機関マレウス・マレフィカルム』、その名の通り魔女をこの世から排する事を目的とした組織だ、目的の為には国家転覆すら辞さない連中だ」

マレウス・マレフィカルム…それが奴らの名前、目的は魔女を消す事…いや恐らく魔女世界そのものの破壊か、だからジャガーノートなんてものを兄様に作らせた…あのゴーレムも魔女に対抗するための兵器だったんだろう

まぁ、結果としては魔女に通用しないどころか一蹴されたわけだが…だがもしあれが起動して暴れていたらとんでもないことになっていたのは事実だ

「そんな奴らが…」

「ああ、アジメク アルクカース デルセクトの三国での事件の真相に関わっていた黒幕をエリスが打ち倒したものの、言ってしまえばそいつも一幹部に過ぎない、組織はまだ稼働しているだろう またいつ奴らが動き出すのか分からないのが現状だ」

「なるほど…」

顎に指を当て考える、魔女の否定云々はこの際どうでもいい エリスは魔女を否定されたら許せないかもしれないが、俺としてはそこまで気にしない

人は一人一人が思想を持つもの、それが相容れる事もあれば相容れない事もある、自分とは違う意見を持つ者を徹底的に撃滅すれば 返って混乱を生む、相容れずとも ある程度相手の意見も飲み込むことは必要だろう

魔女が気に入らない 消えて欲しいというのなら行動はともあれその感情まで否定するつもりはないが、その過程として如何なる犠牲も厭わないというのなら話は別

ましてや魔女の統べるこの魔女世界にまで敵意の矛先が向いているなら、王として見過ごすわけにはいかない

「なんとかしないといけませんね」

「ああ、奴らがまた同じように多くの人を犠牲にする行動をするというのなら、国家を統べる人間として対策をしなければなりません」

「ですね…」

どうしたもんか、国の中を警備し 奴らの侵入を防ぐこと自体は出来る、だが…例えば魔女大国外でジャガーノートみたいな大兵器を大量に作られていたとしたら、手に負えない というのが実態だ、出来るならマレフィカルムそのものの力を削ぎたいが…さて

「マレフィカルムの本拠地は分かっていないのですよね、名前的にマレウスにありそうなものですが」

「私としてはありそう というより あると見ています、あそこは領土も資源も豊富で、何より魔女の目がない」

マレウス…別名『魔女亡き国マレウス』、魔女からの自立独立を掲げ 人間だけで生きる事をさ目的としており多種多様な文化が入り混じる不思議な国だ

アルクカースにせよデルセクトにせよ、そこを統べる魔女の価値観が国そのものに反映されているが、マレウスにはそれがない 各地で思うがままの文化体系が築かれており 、一個の国は思えないほどに多様性を抱え あそこ一つで一個の世界のように様々なものがあると言われている

そんな多様な文化性の中でならマレフィカルムという組織も力を存分に付けられる

「出来るならマレウスの中を改めたいところですが…」

「出来ないでしょうな、奴らは魔女国家からの干渉を酷く嫌う、魔女からの自立を掲げている手前 下手に魔女に関わられるのは奴らにとっても面白くないんでしょう」

ともすればそれは国内のマレフィカルムを匿っている 庇っているとも取れる、もしマレフィカルムという組織が国ぐるみの組織だとするなら面倒だ

マレウスの国力は魔女大国にも引けを取らない、それが丸々魔女排斥を掲げているとしたら…

「何にしても、こっちからは大規模に仕掛けるわけには行かない、今は後手に回るのも仕方ないでしょう」

「そう…ですよね、エリスがマレウスに居るなら…とも思いましたが、敵の規模が未知数である以上 彼女にばかり無理させるのは危険だ」

とは言え、さっきも言ったがエリスは魔女を否定される事を極度に嫌うだろう、エリスは他の魔女の弟子とは違う…彼女にとって師匠とは 魔女とは全てなのだ、何故そこまで魔女に固執するのかは分からないが 彼女は魔女排斥組織の存在を許すことが出来ないだろう

もし、奴らの影をマレウスに見たなら エリスは身の危険も厭わず突っ込み戦いを挑むだろう…それが、いささか心配だ

…………マレウス・マレフィカルム、俺たち魔女の弟子 延いてはこの世界に生きる人間として、いずれ相対するであろう相手を前に 答えの出ない議論は平行線のまま沈黙を迎える

何かしなくてはいけない気がするけど、何も出来ない…今は手を出すべき時ではないのか?でも放置するわけにもいかないが

「はぁ、…今は答えは出ませんね」

「だな、だが もし問題が起こっても次は対処出来るはずだ、何せこうしてデルセクトとアルクカースは再び繋がることが出来た、魔女大国同士の繋がりが強くなればなるほど奴らも手を出し難い」

「なるほど、…結局 俺たちは俺たちに出来る事をやるしかない という事ですね」

「ああ、出来ることがあるなら まずはそこから手を出すべきだ」

そうすれば自ずとやれることは広がっていく そう言いながらメルクさんは再度紅茶を口に含む、頼りになる人だ 年上ということもあるが、彼女には迷いのようなものが感じられない、自分のやっていることが最善と信じている

それが本当に最善かどうか それは問題ではない、大事なのは疑わない事 自分を疑わず信じ続ける事、トップに立つ人間に何より求められる資質だ

そういう面では彼女は頼りになる

「…じゃ、真面目な話はここで終わりにして、どうだろうか 我々は共通の知人を持つ、まずはそこから話題を広め我々自身もまた親密になるというのは」

「つまり、エリスの話 というわけですね」

エリス…あの子にはどこまでも助けられる、アジメクと関係改善が簡単にいったのもエリスがデティと友達になっていたから、メルクさんとこうして警戒もなく話せているのもエリスのおかげだ

かといって俺が話せることは少ない、エリスとは一緒にいた時間はあるがその殆どが戦い関連 話しても面白いものでもないだろう

「ああ、ズバリ聞かせてくれ、君はエリスのことが好きか?」

「ブフーッ!?なななな 何をいきなりそんな事を!?」

目をキラキラ輝かせたかと思えば何をそんな、す 好きか?好きかってつまり 好きって事!?、いやまぁ嫌いではない 特別な存在だと思っている、というか濁さず言えば好きだ…夜な夜な彼女の笑みを思い浮かべれば胸は高鳴る…

そりゃ好きだが…それを口に出す勇気は俺にはない

「流浪の少女魔術師と若き大王の恋物語…行けるな!」

「何処へ!?」

「遠い地に旅立つ彼女を城郭で想う王…美味しい!」

「何処が!?」

「まるで恋愛小説…私に文才があれば本にして世に売り出しているところだ」

「文才がなくて助かりましたよ」

メルクさんはどうやらこの手の話が好きらしい、悪いとは言わないが巻き込まないでくれ…それにまだ俺もエリスも子供だ…、こういう話はまだまだ早い なんて言い訳をして今はとりあえずこの話題から目を逸らし逃れる

ふと、目を逸らして周りを見れば 頭目の我々が真面目な空気をダレさせたからか、周囲にいる者たちの緊張も徐々に打ち解け始めているのが見える

「ベオセルクー!俺を弟子にしてくれー!」

「うるせぇな、くっつくんじゃねぇよ」

「俺あんたみたいに強くなりたいんだー!」

「なりゃいいだろ勝手に」

特に騒いでいるのは緑色の髪の男…確かデルセクト随一の権力を持つ国王 五大王族翠龍王ザカライア・スマラグドス様だ、荒々しく粗野な性格をしていると聞いていたんだが ベオセルク兄様にくっつき弟子にしてくれと頼み込んでいる

兄様に憧れているのか?、まぁ気持ちは分からなくもない 俺も一時期兄様の天衣無縫の強さを目指して修行した時期もあった、故にこそザカライア様の気持ちもよく分かる

「じゃあさ、兄貴って呼んでもいいか?」

「弟子じゃねぇのかよ、呼び方なんざ好きにしろ」

「兄様!?」

驚いて声を上げてしまう、いやいや何言ってるんだ兄様 、兄様を兄様と呼んでいいのは世界でたった一人の弟の俺だけじゃないんですか?、ぐっ…割り込んで兄様を引っぺがしたい気持ちにかられるが我慢だ

そうだ、兄貴分 弟分 そういう話だ、俺は血で繋がった本物の弟…それでよし よし…

「どうした?ラグナ」

「ああいえ、なんでも…」

いきなり声を上げた俺にメルクさんは訝しげな声をあげる、いやまぁ話の途中でよそ見して奇声を上げたらそうなるか

「…メルクさん、エリスの話をするなら 彼女のデルセクトでの活躍を聞かせてもらえませんか?」

「む?、私的には恋バナの方が…いや、そうだな 分かった…」

些かつまらなそうに唇を尖らせながらも彼女は話してくれる、メルクさんとエリスの出会いとその果てにどんな戦いを経験したか…、そのあとは俺がアルクカースでのエリスの話を…

それが終わる頃には互いに互いの人となりが分かってきたので、エリス以外の 例えば己の目指す国とは何か、統べるとは何か 魔女の弟子としての苦労、今のこと今までのことこれからのこと 語り明かし語り合った…俺とメルクさん アルクカースとデルセクトの関係を少しでも縮めるように


………………………………………………

「もう日が暮れてきましたね」

「随分話し込んだからな、どうだろうラグナ この街に宿を取ってある、今日はそちらの方で休んで行くのは」

「あはは…何から何まで」

話終わる頃には窓から差し込む光は赤く代わり、照明がポツポツ止まり始めてきた、一応会談は数日に分けて行われる予定だ、とりあえず今日は互いに理解しあうために適当に話し合い 明日から国家間の取り決めなどの細かいところを調整する 仕事に入る予定だ

メルクさんはどうやらこの街にアルクカース側の為に宿を取ってくれていたようだ、何から何まで周到に準備し我々を出迎えてくれている、ありがたいが 本当はこういうのも俺がやらなきゃいけなかったんだよなぁ、不甲斐ない

「ではお言葉に甘えて、今日はそちらで休ませていただきますね」

「ああ、長旅だったろうから ゆっくり休め」

そう言って 二人で館の外に出た瞬間 背後から…

「おい!待てテメェら!」

ベオセルク兄様の制止の声が飛ぶ、怒号と捉えてもいいくらいの勢いだ その声にメルクさんと共に肩を跳ねさせ立ち止まった瞬間…

夕日…そう、目の前で輝く真っ赤な輝きを超えて、何かがこちらに向けて飛んでくるのが見え…たと思ったのもつかの間

「ッ…な なんだ!、襲撃か!」

突っ込んできた、俺たちが出ようとした館の庭先に 夕日の向こう側からすっ飛んできた何かが、墜落するように地面をえぐり飛ばし土埃を巻き上げ大地を揺らす、砲撃…いや最早隕石と言っていいそれは 立ち上る土煙の中 むくりと立ち上がる

「メルクさん、銃を下ろして 刺激しちゃダメだ」

「何?…だがしかし」

土埃の中立ち上がる人影を警戒し 静かに銃を構えるメルクさんの手を取り銃を下される、警戒する気持ちは分かるが あれを無闇に刺激する方が危険だ

分かるのだ 何が飛んできたのか、夕日の向こうから…否 アルクカース側から飛んできたその影の正体に

「チッ、煙いなぁ」

人影は煩わしそうに腕を振るえば ただそれだけで巻き起こる突風が俺たちの髪を揺らし煙を吹き飛ばす

埃の合間から露わになるのは赤い髪 俺たちアルクカース王族の持つ赤髪よりも尚赤い髪、猛禽のような瞳 黒い軍服に隆々の筋肉と浅黒い肌 日を反射し輝く苛烈な光、俺には何よりも見覚えのある姿…今日は来ないと言っていたのだが、さてどういう風の吹きまわしだ

「アルクトゥルス師範 今日はこちらに来られない筈では?」

「アルクトゥルス…!争乱の魔女アルクトゥルス様か!」


「おう、ラグナぁ 堅い事言うなよ、オレ様が来たいときに行きたいところに行く、悪いか?」

争乱の魔女アルクトゥルス、八人の魔女の中で最強の近接戦能力を持ち 軍事国家アルクカースを統べる最強生物にして、俺の師範だ それがいきなりアルクカースからすっ飛んでここまで飛び込んで来たんだ

この人にかかれば国家間の移動など物の数秒で出来るだろう…、しかし だとしてもなんの打ち合わせもなしにすっ飛んでくるとは、相変わらず無茶苦茶な人だ

「そっちの青髪がフォーマルハウトの弟子か?、アイツもまた弟子を取ったか」

「っ…デルセクト同盟国家群 次期同盟議長にして栄光の魔女フォーマルハウト様の弟子 メルクリウス・ヒュドラルギュルムと申します、争乱の魔女アルクトゥルス様 お目にかかれて光栄です」

アルクトゥルス師範がメルクさんを一瞥した瞬間 、弾かれるようにメルクさんは飛び アルクトゥルス師範の足元に跪く、その敬虔な態度を見て気を良くしたのか歯を見せ笑うと

「おう、メルクリウスだな オレ様はアルクトゥルス…お前の師匠のダチでラグナの師範やってる、行儀が良くて態度もいい 如何にもフォーマルハウトが好きそうな感じだな」

ニタニタとメルクさんを舐め回すように見ると近くの木を蹴り倒しその上にどかりと座ると

「いやな、せっかくフォーマルハウトの弟子が来るんだったら 一目見とこうと思ってよ」

「師範なら遠視の魔眼でいつでも見れるじゃないですか」

「そう言う意味じゃねぇよ、顔を見に来たわけじゃねぇ…見たいのは、腕前さ メルクリウス…お前弟子入りしてどのくらいだ」

「およそ一年程です」

「ほぉーん…ってぇと?ラグナの方が一日の長があるか、おいラグナ お前ちょっとメルクリウスと戦え」

「はぁっ!!???」

いきなり何言ってんだこの人は、戦えってメルクさんは会談の相手だぞ!?関係修復のために来てるのになんでそんなことしないといけないんだ!

「師範、…そんなことできるわけないじゃないですか、彼女は同盟のトップですよ?それをボコボコに負かしたりなんか出来るわけないでしょう、下手したら国際問題です」

「ラグナ…、戦う前から勝ったつもりか?随分な自信だな」

すると俺の物言いにカチンと来たのか、メルクさんが語気を強めながらこちらを見る、勝ったつもりか?と…別にそんなつもりはないが、はっきり言えば 負ける気がしない、相手を侮っているとか俺の方が早く魔女に弟子入りしたから俺の方が強いとか そんなことを言うつもりはない

ただ、俺は誰と戦っても負けない 相手が同じ魔女の弟子でもメルクさんでも、なんだったらエリス相手にも負ける気はしない、何に対しても勝つ その覚悟で今日まで修行を積んで来たんだから

「お、いい感じに睨み合ってるな!」


「ラグナ、どうだろうか…同盟の議長や大王としての立場は一旦忘れて、魔女の弟子同士として 手合わせをするのは悪いことではないと思うが」

「いいんですか?、…俺不器用なんで 寸止めなんか出来ませんよ」

「関係ない、必要ないからな」

そう言うとメルクさんはコートを脱ぎ捨て身軽になりながら黒と白の銃を手に握り庭先へと歩んでいく、やる気か…ならば応じなければなるまい、互いに師の名を背負った以上 引くことは許されない

「お?、メルク!やるのか!」

「野蛮だが、余興としてはいいんじゃないかな」

「栄光の魔女様の弟子と争乱の魔女様の弟子の戦い、面白いことになりそうですわね」

騒ぎを聞きつけたのかデルセクトの王族たちも外へ出て観戦モードに入る、すると俺の隣にベオセルク兄様がやってきて

「他国のトップぶっ飛ばすなんてのは以ての外だが、…アルクカースの王が敵前を前に逃げるなんてのはそもそも論外だ、かましてこい」

「はい、ベオセルク兄様」

俺もまた国王としてのマントを脱ぎ捨てベオセルク兄様に預け 庭先へと出る、気がつけば周囲にアルクカースの戦士とデルセクトの軍人が寄ってくる、もはやムードは観戦一色…どっちが上か それを確認したいのだ

「私もどれだけ強くなったか確かめたかったんだ、本気で行くぞ」

「はい、加減したら許しませんから」

首を鳴らし拳を握ると共にメルクさんもまた二丁の銃を構える…


静寂…、これだけの人数がこの場に集まっていると言うのに皆が息を呑みながら押し黙る、鼓動や固唾を呑む音さえ聞こえそうな静かな空間の中、メルクリウスとラグナは目を鋭く尖らせ睨み合う

息を吐く 息を吸う、目を輝かせ 相手の隙を伺う…逸る事なく慌てる事なく

「ッ…!」

先に踏み込んだのはラグナだ、先手を取る いやラグナは先手を取らねばならない、メルクの獲物は銃 対するラグナは徒手、射程に絶対的な差がある以上 メルクに先手を取られればそこからはメルクのペースに持っていかれる

ならばと一気に踏み込み 地を這うような低空のまま飛び肉薄する、手の届く距離まで接近する…が

そんなもの、メルクとしても読めないわけがない、相手が先手を取らねばならないことを理解した上で後手に回る選択をしたのだ

「フッ!」

放たれる銃 二丁の銃口がラグナ向けて火を噴く、錬金術は用いない 用いずとも銃弾ならば当たればそれだけで決定打になり得る

メルクリウスはこの一年でフォーマルハウトに修行をつけられ学んだことが一つある

戦いとは即ち分析にある、相手を分析し 状況を分析し 自分を分析する、さすれば何が出来て何が出来ないか 相手と自分の選択肢が分かるようになる、相手の選択が分かれば迎え撃つのは容易だ 自分の選択を理解すれば悪手を打つことはない

だからこそ、分析したからこそ 銃で迎え撃つ選択を取った、事実その選択は正しかった メルクの計算は対ラグナの選択としては最適だ

ただ一つ誤算があるなら

「おっと!」

ラグナという人物が、メルクの目を上回る実力を有していた事、メルクがラグナの行動を見てから後出しで撃った銃を更に見てからラグナは体を反らして銃弾を避けたのだ

メルクはアルクカース人を相手にするのは初めてだ、だからこそ知らなかった アルクカース人を同じ人間として見てはいけない、事戦闘に関してアルクカースという人種は 絶対的なセンスを持ち合わせており ラグナもその例に漏れない、いや彼の場合

「銃弾を見てから避けただと!?」

「そんなことは出来ませんよ!ただ!」

体を反らした状態のままラグナは不規則な姿勢で蹴りを放つ 理外の蹴りにメルクはタタラを踏みながらも二丁の銃でとっさに防ぐが、これまた理外の威力に姿勢を崩す

見てから避けたのではない ただなんとなく避けたのだ、アルクカース人が全員持ち合わせる 第六感、虫の知らせとでも呼ぼうか…勘がいいのだ 彼らは

なんとなく攻撃が来そうだからこう避ける 、なんとなくこう避けられそうだからここを攻める…それを無意識でやってのけるのがアルクカースという人種 国なのだ

それがあるからこそ、アルクカース人は 世界最強の戦闘民族足り得るのだ

「チッ、なんという威力…!」

真後ろにすっ飛びながらラグナ目掛け、今度は全弾当てるつもりで連射するも それもまた避けられ空を切り、地面に風穴を開けていく

アルクカース人相手に高速戦闘を持ちかけてはいけない、彼らは通常の人間が目で見て頭で考えて行う行動を 肌で感じ行う、アルクカース人はどうしたっても一手先を行くのだ

だからこそ彼らは商売といった頭を使う活動はてんで出来ないのだが、今は関係ない 今は戦闘中だ

メルクリウスの放つ銃弾の合間を縫い、前進するラグナ 当たるかも なんで恐怖は一切脳裏を過ぎらない、あるのは一つ 敵の撃滅のみ

「シィッ!」

銃弾の雨を抜けたラグナは拳を握り 放つ、まるで銃弾の如き威力を持ったそれはメルクリウスの防御の上から衝撃を与え、再度彼女の体を吹き飛ばす

「ぐぅっ…がは、これが…アルクカース人か ヒルデブランドもデタラメだったが、比較にならんな」

メルクリウスは戦慄する、ただの拳だ 人は非力故武器を持つ 魔術を使う、だというのにどうだ ラグナのあの膂力、まるで丸太ほどの大きさの鉄柱で殴りつけられたかのような衝撃がメルクリウスの全身を駆け抜けた、あれがアルクカース人…エリスはあんなものと戦っていたのか

当然、今のラグナはエリスと共に戦っていた頃よりも格段なんて言葉じゃ言い表せないほど強くなった、ヒルデブランドとも比較にならないほど強い 通常のアルクカース人が皆彼と同じ動きができるわけじゃない

だとしても、魔術も使わずあのレベルの強さだという事実にメルクリウスは震える

恐怖にではない、歓喜に

(同じ魔女の弟子として嬉しいぞラグナ、そうだ 我々はこんなものじゃ足りないくらい強くなくてはならない、君のおかげで目が覚めたよ!)

メルクリウスは歓喜する、デルセクトに強者は少ないが故に自分の力量が測れなかったのだ、だからこそ理解する 自分が今どの程度の実力で まだまだ上に登れる素質がある事に

「行くぞ、ラグナ 君に恥じぬ戦いをしよう、燃えろ魔力よ、焼けろ虚空よ 焼べよその身を、煌めく光芒は我が怒りの具現『錬成・烽魔閃弾』!」

放つ 古式錬金術による魔術弾を、赤熱した銃弾は熱を帯び燃え盛るままにラグナへと向かう、当然彼とて避けるだろう 避けて然るべきだろう、されど

「ッ…!これ 追ってくるのか!?」

ラグナに避けられた赤い銃弾は虚空で急停止すると再び折り返しラグナへ向かって飛ぶのだ、古式錬金術は創造物に意思を与える 考える知恵を与えるのだ、フォーマルハウト様のように命を持つが如く自在に…とはいかないが、敵を自動追尾するくらいならメルクにも出来る

「確かこれ、触れると爆発したな…!厄介な!」

ラグナは折り返してきた銃弾をなんとか避けるが、そうなんども続かない、そもそも銃弾とラグナには決定的な速度差がある、いくら来ると分かっていても 避けられない時が来る、だからこそ彼も使わねばならない時が来る

同じく 古式付与魔術を

「疾風我が手に宿り 颶風この身を走らせる、押し寄せ 押し退け 駆け抜けろ旋風『碧天・五風連理』…!」

刹那、ラグナの速度が銃弾の認識速度を超える、否 メルクリウスの視界から完全に消えたのだ、一陣の風を伴い消える…これは

「風による高速移動か?、エリスの旋風圏跳を思い出すな」

慌てず振り返れば後方にラグナが佇んでいた、その身は風を侍らせる様はまるでエリスの旋風圏跳…いや

(エリスの旋風圏跳より幾分速いか)

旋風圏跳と言えばエリスが高速移動の際用いる魔術、あの小柄な体躯からは考えられない機動力を発揮する魔術、対するラグナの速度はそれを大幅に上回っているのだ エリスの数倍は早いと見ていい、だが同時に精密な動きは出来ないようで 足元には大きく地面が抉れ返った跡がある…

「っとと、くそっ 速度が出過ぎるな…うまく制御が効かない」

「そのようだな、エリス以上の速度だが その精密さはかなり劣るようだ」

「彼女は自分に反応出来る限界速度でうまく飛んでるんだ…、俺も 自分の限界を見極めなくちゃあな」

そう言いながらもラグナは構える、今度はより精密に綿密に緻密にこちらを狙って飛んでくるだろう、対処法はある …私が奥の手と呼ぶものだ、ニグレドとアルベドを手にし その上でフォーマルハウト様の修行を受け開花した私だけの固有錬金術それを使えばラグナを止められる

しかしそれを使えばラグナとてただでは済まない、死に至りはしないだろうが 彼の人生に暗い影を落とすような後遺症を残す可能性があるのだ、そんな事出来るわけがない

はてさていかにしたものか、その悩みはまたラグナも抱えていた 己の古式付与魔術に内心 驚嘆していたのだ、この二年半でラグナは完全に古式付与魔術を肉体に付与できるようになった…がしかし、それを制御できるかはまた別の話

もし 制御出来ずメルクリウスの命を奪うようなことがあれば…それはもはや決闘でもなんでもない、これは手合わせであって殺し合いではないのだ

されど潮時を見つけられないのは互いに互い 師の名を背負っているが故に自分からは決して引けない、ここで引けば敬愛する師の名に傷をつける それだけは避けねばなるまい

「…………」

風を纏うラグナとメルクリウスは互いに構える、命を取り合う一歩手前まで白熱した戦いは止まらず止まれず 今、堰を切ったように互いに魔力を解放し…


「そこまで!」

たところで、ラグナとメルクリウスの間に幾重にも長剣が降り注ぎ壁を作り、両者のにらみ合いを阻止する

「師の名を賭けている以上 互いに引けないのは理解できますわ、されどその手を不名誉な血で汚す事は 師より賜った技の侮辱に他なりません、自重なさい」

その長剣の塚の上にひたりと裸足で降り立つ影がある、夕日を受けキラキラと輝く金の髪は まるで水中にあるかのように広がり漂い 、神秘的 幻想的 或いはその両方を掛け合わせたかのような不可思議な風格を持ち合わせており…まさしく 栄光の名を具現化したような威容である

「ま マスター!」

「マスター…師匠?、メルクさんの師匠って事は…」

すっかり戦う気をなくした二人は呆気を取られ、ラグナは呆然と メルクリウスは跪いてこうべを垂れる、その存在に向けて…師に向けて

「この決闘、栄光の魔女 フォーマルハウトの名において 引き分けとします、此度はこの幕引きで良いでしょう」

魔女 フォーマルハウトの降臨により二人の戦いは決着を迎える、その審議に異議を唱える者はいない、唐突に現れたとは言え魔女の裁定は絶対なのだから

「全く、二人で競い合うまでは良いにしても…命のやり取りにまで発展するとは、二人とも!引き際を弁える事も魔女の弟子には重要な事ですよ!」

声を荒げ怒鳴り散らす、元々フォーマルハウトはこの会談にもいきなり行われた決闘にも、関与する気は微塵もなかった

アルクカースの大王との会談が決まった際は、フォーマルハウトもこれ幸いとメルクリウスを送り込み 自分は無干渉を貫く心算だったのだ、相手のラグナは比較的穏健な性格でありよっぽどのことが無い限り大ごとにはなるまい メルクリウスに次期同盟の議長としての自覚を芽生えさせるいい機会だと

故に遠視の魔眼でこっそりメルクリウスのことを監視しつつも手出しはしなかった、魔獣に襲われても弟子のことを信じたし 会談の際にもじっと見守った、しかし これなら心配あるまいと思った矢先いきなり現れたアルクトゥルスが二人に決闘を持ちかけたのを見てフォーマルハウトの顔色も変わった

メルクリウスには確かに錬金術を教えはしたが まだ戦術面に至っては手付かずだ、対するラグナは持ち前の天賦の感性でメルクリウスを徐々に追い詰めていった

フォーマルハウトの見立てでは若干ラグナ有利 当然だ、向こうは戦いの天才アルクカース人 それに一日の長もある、ここでメルクリウスが負けるにしても仕方がない そう納得しかけていたが

戦いが白熱し 危険な領域にまで突入しても二人は一向に戦いをやめない、未熟故引き際が分からないのだ、それを止められる立場にいるはずのアルクトゥルスもそれを止めずに放置をしている

このままでは取り返しのつかないことになるかもしれないと フォーマルハウトは大慌てでこの場に馳せ参じ今に至るというわけだ

フォーマルハウトに怒られるラグナもメルクリウスも反省して 互いに戦意を治めている…しかし

「フォーマルハウト、いいところだったんだから止めるなよ」

一番の原因たるアルクトゥルスは続行を希望したのだ、このまま続ければラグナに後遺症が残るような怪我を負わせるか メルクリウスの片腕が無くなる可能性もあるというのに、なんと無責任な師かと激怒する

「アルクトゥルス!、貴方正気ですの!このまま続けていればどうなるかわからないあなたではないでしょうに!」

「マジでヤバそうならちゃんと止めたよ!、魔女の弟子との戦闘なんてまたとない経験の機会だろうが、多少痛い目見ても成長につながるならそれでいいだろ」

アルクトゥルスとて何も考えなしで止めなかったわけではない、ラグナとメルクリウス…互いに魔女の教えを受けた者同士古式魔術を手繰る者同士、通常の戦闘では得られない経験ばかりだ

事実ラグナもメルクリウスも 修行では得られない体験が出来たし、それにより成長へのきっかけを得られたとも言える、確かに今の状況は危険ではあるが 成長不足で今後の危機に対応できないよりは遥かにマシである 

最悪どっちかが致命傷を負いそうになったり寸でのところで止められる自信も腕もアルクトゥルスは持ち合わせていた、だから静観したのだが…

「成長の余地を潰すほどの訓練は修行とは言いません!ただの苦行です!」

「ぬるま湯に浸して甘やかすのも修行とは言わねぇ!、ただのお守りだぜ!」

「無事に生きてこそ強くなれるのです!」

「強くなれる時間にゃ限りがあんだよ!、ラグナもメルクリウスも今が伸びる時期なんだ!」

言い合いになる、どっちが正しいかとか どっちが間違ってるとかじゃなくて、単純にお互いの育成理念が真っ向から相反するだけ、アルクトゥルスもフォーマルハウトも強さの極致を見出したが故に 自分の中に確たる強さを持つ、そこだけはいくら友とはいえ譲れないのだ

「久々に会ったと思ったら 貴方は本当に変わりませんのね!」

「テメェもな!、相変わらず堅いのなんのって、この石頭」

「なら貴方も石にして差し上げましょうか?」

「やってみろや、無理だろうがな」

睨み合う、魔女がただ怒気を込めて睨み合う たったそれだけで血は揺れ空は陰り 突風が草を波立たせる、風雲は荒れ 雷が近くにゴロゴロと落ち始め 世界は瞬く間に終焉の景色へと色を変える

魔女と魔女のぶつかり合違反もはや天災と言っても過言ではない、ここでもし…本気でないにしても 魔女が喧嘩の一つでもしようもんなら、ホーラックは地図から消えることになるだろう

だが

「師範 そこまでにしてください」

「マスター、皆の目があります」

ラグナがアルクトゥルスの裾を引っ張り メルクリウスがフォーマルハウト様の脇に佇む、もしこのままぶつかり合えば笑い話では済まなくなる、如何に本人達にその気がなくとも 軽く小突き合いをしただけでここら周辺は焦土と化すのだから

「んぁ、ラグナ…いや別に本気で喧嘩してたわけじゃねぇよ?誤解するなって、なぁおいそんな目でみんなよ」

「メルクリウス…申し訳ありませんわ、わたくしとしたことが…貴方の師にあるまじき失態ですわ」

弟子に諌められる、それは理由がどうあれ恥ずかしいものなのだ 、弟子が師の面目を背負いように師は常に師としての面目を弟子に示し続けねばならないもの、例え見栄でも虚勢でも弟子だけにはかっこよく見られたい そんな心理が無意識で働いてしまうのだ

ましてや弟子に諌められてまで喧嘩を続けるなど生き恥だ、アルクトゥルスもフォーマルハウトもすぐ様向き直り もう喧嘩はしませんよとポーズで示す、情けなくも見えるが師としての面目を保つため、社会的立場など安いものだ


「凄いな、魔女様が弟子の前じゃ形無しだぜ」

「弟子の前だけ形が決まればいいのさ、ああいうのは」

「ああして見ると魔女様も人であると分かりますわね」

ザカライア レナード セレドナのデルセクト組はメルクリウスの前で取り繕うフォーマルハウトを見て、何やら微笑ましいやら驚愕するやら、今まで天の上の存在と思っていたフォーマルハウトの人間らしい一面を見て、親近感のような何かが湧き始める

「情けねぇ、おい!魔女殿よ!なんだその情けねぇアホヅラは!」

「うるせぇよベオセルク!、テメェぶっ殺すぞ!」

「師範?」

「……………くそ」

対するアルクトゥルスは既に威厳も何もない、親近感が湧きすぎるのも考えものか、ともあれアルクトゥルスにより巻き起された争乱の気配は消え失せ 後には祭りの後のような独特な特別感が漂う、考えてみれば二大魔女国家のトップ同士が互角に戦いあった、それは双方にとっても有益な結果だ

この決闘により生み出された結果は『対等』、どっちが上とかどっちが下とかではない 、互角 同等 それはお互いにとって最良の結果だ、対等ならば肩を並べ手を取り合える


……………………………………………………………………

その後弟子によって闖入者たる魔女は追い返され、一週間にも及ぶデルセクトとアルクカースの会談は恙無く終了した、互いの国に危機が訪れれば協力し合うという協定の帰結 、魔術導国アジメクも交え 三国間での商業ラインの確立、その全てが大王ラグナ主導の下取り決められた

それは即ち、歴史上類を見ないほどの強固な協力関係が魔女大国三国で築かれたことを意味していた

後世は語る、この会談で 世界は間違いなく動いたと、最後の魔術導皇デティフローア 英雄大王ラグナ 神合元帥メルクリウス、歴史に名を残す三名の伝説の始まりと

魔術導国アジメクの消滅 同盟国家群の解体 軍事国家の変化 とある国の台頭はここから始まったと、この日こそが『歴史上最大の転換点』であったと…

八千年止まり続けた時計の針を動かすための十の歯車が徐々に重なり噛み合い、動き始める時は近い



魔女世界の終わりは近い



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