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四章 栄光の魔女フォーマルハウト
79.対決 戦車のヘット
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サフィール…海に面した蒼の国、その海に面した港の外れ 崖に隠れて普段人が立ち寄らぬ入り江がある
太陽が沈み 月が顔を出し始めた頃、エリスはようやくそこへと到着する
グロリアーナさんの視線からも影になって見えないその空間、何もない筈のその場所まで風となり飛んだエリスの目に入ってきたのは、衝撃の光景だった
入り江の影、その海に…鉄の城が浮いていた、いくつもの砲門を兼ね備えた超々巨大な城、それがこうやって近づくまで存在にすら気がつかないほど巧妙に隠されていた
「っと、なんですか…これは、デルセクトの海にこんなものが」
鉄の城の上に着地するエリス、ヘットが逃げたという場所へと飛んで来たわこれだ…ジョザイアさんの言った事は正しい、恐らくこれが奴らの本拠地だ…しかし、海の上に浮く鉄の城?
いや違う、これ この形…これってもしかして超巨大な
「船?…艦ですか これ」
「超巨大戦艦『ウィッチハント』、俺達魔女排斥派の限りなき願いを以って生まれた超兵器さ」
「ッ……!」
巨大鉄甲戦艦の甲板へ降りたエリスを待ち構えるように立つ人影が答える、まるでエリスが追いかけてくることを理解してきたかのように ヘットは一人、甲板に佇んでいた
「お前なら、俺を追いかけてくると思ってたよ…俺達はどうしようもないくらいの敵同士だ、相容れないくせにぶつかり合う…きっと お前なら俺を倒す為に、ここに来てくれると信じていた」
「……こんなものを作って、何を企んでいるんですか」
「俺たちの願いは徹頭徹尾魔女殺しだけさ、それしか頭にねぇ ソニアと組んでカエルムを売っぱらったのだって、この戦艦の建造費を稼ぐ為…、この国ならこれを作る金と技術があるからな、それでも 結構かかっちまったがな」
今までの 飄々とした雰囲気はない、静かに 彼はエリスを睨んでいる、感じるのは純粋な敵意だけ…ここでエリスを打ち倒す、その強い決意が 彼の鋭い目から伝わってくる、…彼もまたエリスと決着をつけるつもりなんだ
「超巨大戦艦…、ジャガーノートなんか目じゃねぇ破壊力を持ち これ単騎で国ぐらいなら三日で滅ぼせる火力を搭載している、それが海を駆け…世界中の国々を破壊して回る、魔女の作った偽りの秩序を壊し 魔女の無力さを世界に知らしめ人の力 人の技術こそが世を統べるってのを分からせてやるのさ」
確かに、出来るだろう…この船は今現在帆船が主流となっているこの世界において、圧倒的強さを誇るだろう、全て鉄で作られた 見たこともないくらい巨大な砲門をいくつも備える、海戦になってもこの船に敵う船は 今の世界には存在しない筈だ
それが海を駆け回って手の届かないところから国を攻撃し回る…ジャガーノートよりも余程恐ろしい
「そして、ニグレドとアルベド…これによって生まれる創造と破壊の力をこの船に搭載すれば、ウィッチハントは無敵になる もう誰にも止められねぇ…相反する二つのエネルギーを巨大戦砲でぶち込めば 魔女だって無傷じゃいられねぇ」
創造の力は 船を無限に再生させる、破壊の力は 砲撃1発であらゆる物を破壊する、相反するエネルギーは魔女の守りさえ貫く…ニグレドとアルベドが、この巨大戦艦に積まれれば、もう誰にも止められない
だが、そのニグレドとアルベドは 今、奴の手にある…スーツケースに収められ、ヘットの手に握られている、まだ搭載されてはいないということだ
「これを搭載するのは、お前を倒してからだ 魔女の意志…お前を潰し、邪魔者を消し…俺は 俺の願いを叶える」
「させません、絶対に…貴方がどれだけ魔女を恨もうと、魔女に生かされ魔女と共に生きるエリスには、決して受け入れられませんから」
「だろうな、こればかりはお互い譲れねぇ…俺の願いとお前の願い、対極にあるからこそ 受け入れられない、俺を消さなきゃお前の願いは叶わない お前を消さなきゃ、俺の願いは叶わない…魔女の意志 エリス、ここらではっきりさせようぜ」
ヘットが スーツケースを地面に起き、蹴飛ばして奥へと滑らせる…
「魔女は生きるべきか 死ぬべきか、この世界は正しいのか否か…俺とお前で、生き残った方が!それを確かめようぜ!」
「無論です!、…この魔女世界の未来を決めましょう!」
ヘットが両手をフリーにする、エリスが構え 極限の集中を開眼させる、ぶつかり合う魔女への殺意と憧憬、この世界を今の文明を 続けるべきか 滅ぼすべきか、それを決められるのは 今、エリスとヘットを置いて他にいない
ここで、相手を倒す ただそれだけを胸に 二人は今、向かい合う
「『マグネティックジフォース』」
「『旋風圏跳』!!」
戦艦建造の為の鉄材が宙へと浮かび上がり エリスの周りに風が舞、二つの意志が 激突する
「行くぜ!エリス!」
「っ!!」
ヘットが豪快に腕を振るえば 鉄材の中に紛れたネジや細かな部品が正に弾丸のように弾かれ、エリスに向けて飛ぶ 早い上に範囲が広い、もはや弾幕と言っても良いほどだ…
避けられない、なら避けずにこのまま突っ込む!、籠手を前に突き出し防御しながら鉄の雨を突っ切る
「ほう、根性あるじゃねぇか!」
「貴方に褒められても嬉しくありません!」
高速で飛び交う鉄の雨…いくら防御しているとはいえエリスの体を打つ激痛は止むことはない、だが引けばそのまま鉄の波に飲まれることになる 抜くしかない 突き抜けるしかない、一気に魔力を解き放ち急加速し 鉄の雨を抜け…拳を握る
「炎を纏い 迸れ轟雷、我が令に応え燃え盛り眼前の敵を砕け蒼炎 払えよ紫電 、拳火一天!戦神降臨 殻破界征、その威とその意が在るが儘に、全てを叩き砕き 燃え盛る魂の真価を示せ『煌王火雷掌』!!」
「はははっ!」
拳を纏う紅蓮の閃光、舐めるような赤い炎が噴き上がり、闘志を込め握られた拳を勢いのままヘットに叩き込むが、瞬時に鉄材がエリスとヘットの間に割り込み攻撃が防がれる
鉄材は熱により熱と衝撃によって大きくひしゃげ 彼方まで吹き飛び海の中へ消える、チッ どんなに渾身の一撃を放とうともこの攻防一体の陣を崩さない限りエリスはヘットに触れることもできない
「がむしゃらに攻めてなんとかなるといいなぁ!」
ヘットが指を鳴らす ジャラジャラと音を立ててエリスの背後に飛んで行ったネジが急停止 急転換しまたエリスの方へ戻ってきて…
「あぐぅっ…!?」
吹き飛ばされる、雨霰のように高速で降り注ぐそれは ただ触れるだけでエリスの小さな体を吹き飛ばす、痛みに喘ぎながら地面を転がれば…頭に違和感が走る、なんだ?あれ?これ…
「あれま、カツラ外れたみたいだぜ?やっぱお前金髪の方が似合ってるぜ、エリス」
見ればさっきの衝撃に黒色の毛が取れてしまったようで エリスの金色の髪が視界で揺れる、…カツラが取れただけか まぁ今この場には誰もいない、気にすることはあるまい
しかし、やっぱり…あの守り がむしゃらに攻めても抜ける気がしないな、さっきの一撃…熱と強い打撃で鉄材を一つ潰せたが 直ぐまた新たに鉄が追加されて元通りだ
…もっと、もっと己を研ぎ澄ませ、もっと集中しろ もっともっと動きを機敏にするんだ
「はぁー…、もう一回!」
「やってみな、無駄とは言わねぇ!」
再びヘットの周囲で幾多の鉄が踊る あの鉄の動きを見極めるんだ、…鉄より速く動け ヘットの想像を超えろ、魔力を火炎のように滾らせ再び風を纏う …行くぞ…!
「フゥッ!」
息を吐き旋風圏跳で突っ込む、飛ぶのではなく 地を這うような低空飛行で連続で地面を蹴りながら加速していく、イメージするのはメルカバの高速移動 あれほど速くは走れないが、こうすれば今まで以上のスピードで走れる!
「真っ向から迎え撃ってやるよ、鉄壊雨!」
飛んでくる鉄柱が 振るわれる鉄材が、阻むようにネジが高速で飛び回る…一つ一つが別々の動きでエリスを排除しようと暴れ狂い殺しにかかる、それでも…止まるわけにはいかない
槍の如く飛んでくる鉄柱を飛び避けさらにその上を走る、空を舞うネジが敵意を持って雨のようにエリスに降り注ぐ、それをさえも身を捩り捻り回転するようにしてギリギリで避ける
塊のように飛んでくる鉄塊の間をすり抜け、突き刺すような鉄の棒を寸でのところで避け 頬に一筋の赤い線が走る、汗と血を空に舞わせながら走る走る ひた走る
「やるねぇ、だがおかわりはまだまだあるぜ?」
ヘットの周囲を舞う鉄骨がその場で高速で回転を始める、回転し回転し 一枚の円盤に見えるほどの速度で回転した幾多の鉄骨は回転を保ったまま轟音を鳴らしながらエリスに降りかかる
受け止められない 、籠手で受け止めればいくら籠手が頑丈でも衝撃でエリスの体はバラバラだ
低く屈めた体を更に下へ、勢いに任せスライディングするように床を滑り、回転する鉄骨の下を行く、頭の上を通過する旋風に背筋を冷たくしながら回転する鉄骨を避け…抜けた!
「お?、今のも避けるか」
鉄の包囲を抜け再びヘットの座まで辿り着く、さっきと違う点があるとするなら 今さっきの攻撃でヘットは完全に無防備であるという事、奴の魔術は攻防一体だが攻撃にも防御にも使えるからこそ 、攻撃後は完全に無防備になる
攻撃を全て抜ければ 奴は無防備、鉄さえなければコイツに出来ることはない
「鉄さえなければ 俺に出来ることはない、そう思ってるな?」
ニタリと笑う、ヘットがエリスの思考を読んだようにそう笑うのだ
何が そう思う事さえ儘ならぬ程の速度でエリスと体はヘットに突っ込む…その刹那
エリスの前に黒い壁が現れ エリスの体を弾き返す、な 何故!?鉄は全部攻撃に使ったはず、もうコイツに使えるものは何も…!
「ぐぅっ!…」
弾き飛ばされた体を空中で整え着地する…、遠くから見れば その正体が確認できた、いや…マジか…
「そんなの…ありですか…」
エリスの前に突如現れた壁 ヘットを守るように生えてきた壁、それは…甲板だ 鉄で出来た甲板がベリベリと剥がれヘットを守るように聳え立っている
思えばこの戦艦は鉄製だ、至る所…というかその大部分が鉄で出来ている、即ち今エリスが立っているこの戦いの場そのものが ヘットにとっては全て剣にも盾にもなるという事で……せっかく弱点を見つけたと思ったのに、そんなのありか
この船にいる限り 地面も壁も全てヘットを守るように動き回る、いくら鉄の包囲網を抜けても …絶対にヘットにダメージを与えられない
どうする、どうすればいい どうやってこの状況を打開すればいいんだ…分からない
「お前はよくやっていると思うよ、そんなガキで俺達と渡り合って メルカバを倒しソニアを上回り、俺の計画を悉く潰して回った お前一人居なきゃアジメクもアルクカースも今頃俺の計画でめちゃくちゃだったのによ」
「エリスは…くっ」
飛んでくる鉄柱達 旋風圏跳で飛び退けばエリスがさっきまで立っていた場所に次々と突き刺さっていく、ダメだ また逃げに回ってしまった、このままじゃ捕まる
「そんなに魔女が好きか?そんなに魔女に心酔してるのか?、分からないね…俺には」
「エリスは…魔女に感謝はしています、しかしそれだけで国を 世界を守ろうとしているわけじゃありません!、アジメクにもアルクカースにもこのデルセクトにも!、掛け替えのない友人が居るから…エリスは守るために戦ってるんです!」
「なら、その友人が魔女に殺されたら お前はどうなる、魔女がお前の友人に牙を剥いたら、お前は魔女の為に戦うのか?友のために戦うのか?」
降り注ぐ鉄柱の雨の隙間からネジや小さな歯車が高速で飛んでくる、避けられない 幾重にも重なる攻撃 何重にも連なる連撃にエリスは対応しきれず、腕や胴にネジが食い込み、ミシミシと骨が悲鳴をあげる
「それは…、ぐぅっ…」
「魔女はいいもんじゃねぇぞ、アイツらは神を気取って人を支配する、人の価値を定めようとする、人の価値なんてそれぞれだろ?だがアイツらは自分の価値観を押し付け 人を型にハメ世界の形を維持しようとし続ける、維持出来ないなら殺そうとする それが誰であってもない」
「…そんな、型に嵌った世界が…嫌だと?、変えたいと?それが人の世の為だと?」
「マレフィカルムの信条的にはな、マレフィカルムはこの世界を人の手に奪い返せばより世界は人間にとって進むと信じてる、が 俺は違う 別に他の人間がどうなろうとも知ったこっちゃねぇ」
「なら何故、この国をめちゃくちゃに出来るんですか…!こんな兵器を作って世界をめちゃくちゃにしようとするんですか!」
「言ったろ、嫌いだからさ…魔女も魔女に寄りかかる人間も、何もかもが!」
食い込む鉄に呻き声を上げながらも足を止めず今度は反転しヘットに向かう、しかし今度はそれさえも許さないと言わんばかりに次々と振るわれる鉄柱がエリスの行く先を遮る
「そんな八つ当たりのためにですか!ただ嫌いだから 貴方は壊すんですか!」
「そうさ!、これは俺の復讐さ…俺の大切な物を壊した魔女に 同じ苦しみを味あわせる為に、俺はこの世界を壊してやりたいんだよ、そこにマレフィカルムの信条も何も関係ねぇ」
爆発するようにヘットの周囲の鉄が周囲へ弾け飛び、エリスの体ごと吹き飛ばす…全身がギリギリと痛み 時を経つにつれて体が動かなくなる、攻めることも守ることも出来ない
憎しみだ 彼が魔女に何をされたのかは分からない、だけど…どれだけ辛い目にあっても それを理由に他人の営みを壊しいい理由になんかならない
「お前が…消えれば魔女の希望は潰えることになる、お前がいなくなれば 魔女の世界を継ぐ人間はいなくなる、奴が守った世界は終わりを告げる…」
「ぐっ…うぅ」
「…なぁ、もっかい聞くぜ どうしてお前はそこまで魔女を守ろうとする、そりゃ魔女様は立派だからとか 世界を守った英雄だからだとか、そんな不確かな理由で魔女を守ろうとする奴はごまんといる、だけどお前はなんか違う気がするんだよな…弟子だから ってんでもないんだよ?」
「エリスは…昔、奴隷でした…危うく 死ぬところだったエリスを、絶望の底にあったエリスを、助けて人間にしてくれたのは…師匠…魔女なんです、エリスの命は魔女の為にある だから魔女の為に戦うんです」
「ふぅん、…助けてくれたから助けると…そうかい、やっぱ相入れるようで相容れないな 俺達は」
呻きながら 痛みに喘ぎながらも立ち上がるエリスを前にヘットはポリポリ首をかきながらそういうのだ、相容れない そうだ…エリスとヘットはどうやっても向かい合うようになっている
魔女のいる世界といない世界 どっちが正しいということは、きっと無いんだろう 世界のあり方の正しさを決められる人間なんていない、でも それでも エリスは魔女の居る世界を望み、ヘットは魔女の消える未来を望んでいる
だから負けられないし 譲らない
「まだ立つか、そりゃ立つよな」
「エリスはまだ負けてませんからね…っっ…」
負けてない負けてないと言えど、戦況は火を見るより明らかだ エリスは傷だらけ、ヘットは無傷、力の差がある以上 こうなることは読めていた
ふと頭に激痛が走り、額を血が伝う…鉄に打ち据えられたエリスの体は所々青く染まり 服は至る所が血で赤く染まっている、息が上がる、手足の力が抜ける エリス自身今どうやって立ってるのかも分からない始末だ
さっきから逆転の一手を模索しているが 何も浮かばない…、極限集中は常に使っている 魔術だって全霊で撃ってる、エリスに『これ以上』はない…策も結局浮かばなかった、ヘットの防御を潜り抜け 奴に打撃を与えるにはどうすればいい
電撃は効かない 風も弾かれる、炎も消される…エリスの使う魔術は悉く奴に効かない、…いや まだ試してない魔術があった、水だ…水 水でどうにか出来るか…?
想起する、今までの戦いを 今までの戦い中にヒントが…
あった、水を使えば 奴に…あの防御を抜けて奴に攻撃を通すことが出来る!
「っっ!…」
「そのガッツは認めるが、今更何が出来る 俺の魔術の防御も抜けず 攻撃も捌き切れない、ここらで終わりにしようぜ、エリス…俺の勝ち それでいいじゃねぇか」
「認められません、エリスはやっぱり 貴方のやり方とあり方を認められません!」
「子供みたいに駄々こねるんじゃ…ねぇよ!」
再び 鉄骨や鉄柱が空高く舞い上がり、その全てがエリスの方を向いて降り注ぐ…自由落下ではなく、明確な敵意を持って…殺しにきた
「颶風よ この声を聞き届け給う、その加護 纏て具足となり、大空へ羽撃く風を 力を 大翼を、そしてこの身に神速を 『旋風圏跳』!」
風を纏い走る、地を這うようにして鉄骨を避ける、右へ飛び 左へ走り 後ろへ飛んで降り注ぐ鉄骨の隙間を縫って、前へ!
「バカの一つ覚えは好きじゃねぇな!」
エリスが向かってくるのを見て、ヘットは再び自分の周りに鉄骨を浮かし待ち構える
エリスがどんな攻撃をしても ヘットは磁力で鉄を巧みに操り、防御するだろう 風は壁を作り 電撃は避雷針を作り 炎は鉄を旋回させ、どんな攻撃さえも奴には通用しない
だが…一つ、奴に攻撃を通せる手段があるのなら!
「水界写す閑雅たる水面鏡に、我が意によって降り注ぐ驟雨の如く眼前を打ち立て流麗なる怒濤の力を指し示す『水旋狂濤白浪』!」
水だ、エリスの魔力が水に変わり 荒れ狂う波となって 波濤となって甲板に溢れ巨大戦艦が重みによって揺れる、莫大な水 それが今ヘットに向かって撃ち放たれるのだ
「効かねぇよ!、そんなもん!」
しかしヘットとて無抵抗ではない、鉄を集め 壁のように ダムのように防壁を作り、エリスの水を防ぐ、どんな攻撃にも対策を取っているようで 水を使おうが無駄だと言わんばかりに防ぎ切られる
…だが、そこじゃない エリスの狙いは水を…この空間に充満させる事、事実ヘットは水による攻撃は防げたものの水そのものは防ぎ切れなかった、彼の足元には この甲板全体には、絨毯のように水が敷かれている
今なら、道がある 攻撃を通す道が!
「厳かな天の怒号、大地を揺るがす震霆の轟威よ 全てを打ち崩せ降り注ぎ万界を平伏させし絶対の雷光よ、今 一時 この瞬間 我に悪敵を滅する力を授けよう…『天降 剛雷一閃』」
飛び上がり雷を放つ 手をかざしエリスの出せる最大の電力を放つ、電気は…そのまま撃てば鉄骨に吸い寄せられてしまう、だが撃つのはヘットにではない…地面、いや水浸しになった甲板にだ!
「む、電気か…!」
水は電気を通す、それはメルカバの襲撃の際利用した戦法だ…水を通して通電させれば如何に鉄柱を立て避雷針にしようが慌てて壁を作ろうが防ぐことはできない、剰え奴自身も水浸し…電気はよく通る
防げない 避けられない、この甲板にいる限り電撃は必中にして必殺となる、磁力しか扱えないあいつには対応策など 無い!
空中で態勢を直し、ヘットを睨みつける…如何にしようともこれは防げな…………
「いない…」
居なかった、さっきまでヘットが立っていた場所には誰もおらず、エリスの這わせた電撃は無駄だと虚しく虚空で光り輝き散っていく…
何処へ、そう疑問に思うと共に エリスの頭上に輝く月が、影によって遮られる
「悪い手じゃなかった」
上を向く、居る 奴だ ヘットだ、浮かせた鉄骨を足場にエリスより高く エリスの頭上を、奴は飛んでいる…
「だが経験に、差があったな…」
上回られた、策は完璧だった 防ぐ手立てはなかった だが、だが奴はそれさえも読み 電撃が通る前に空へと飛び上がり逃げていたのだ
人間として 戦う者として、エリスの上を ヘットは行ったのだ…必殺にして最後の策が、破られた
「じゃあな、魔女の意志…いやエリス 、この世界は約束通り、きっちりぶっ壊しておくぜ」
ヘットが拳を握ると共に周囲の鉄が集まり…巨大な鉄拳を作り上げていく、あれを防ぐ手は エリスには…無い
「だから後腐れなく、死んでくれや!滅神降鋼拳!」
降り注ぐ 振り下ろされる鉄拳、月の光を覆い尽くすほどの拳は容赦なくエリスの体へと飛んできて…
ああ、師匠…すみません、…最後に一目…会いたかったです
そんなエリスの思考にも、鉄は無慈悲に答え その巨大な拳はエリスを吹き飛ばし 押し潰し、甲板に大穴を開け…エリスの意識は、甲板に開いた穴の闇に飲まれていった……
……………………………………………………
人を殺した、成り行きだったが 人を殺した
生きていくためには仕方なかったと言い訳をするつもりはなかった
盗みを働いて それが店主にバレて なんとかする為に手元にあったナイフで刺して殺した
後悔はない 悔いても居ないし懺悔も告解もする気もない
それでも 何かが違えばこんなことにならなかったのかもしれないと、誰かがどこかで助けてくれればこんなことにはならなかったのではと、小さな少年は 血の海に沈む死体を見て…血塗れの己の手を見て、呆然と思い尽くしていた
結果として、助けてくれる人間はいなかった 俺が悪に手を染めれば染めるほど、周りの人間は冷たく 恐ろしくなっていき、それに呼応するように俺自身もまた悪どくなっていった
人を殺してもなんとも思わなくなった、盗んでも壊しても何も感じなくなった…けど、そんなある日 俺にも仲間が出来た
というより、拾ってもらった…街の闇を仕切る犯罪組織が危うく捕まりかけた俺を助けて、拾ってこう言った
『随分悪い事やってるみてぇだな、まだガキだってのに 将来有望だな、こりゃ』
組織の親分は俺を拾って そう言った、笑いながら肩を叩き 一人ならこっちに来いよと言ってくれた、初めてだった 誰かが俺を必要として受け入れてくれたのは
親分は俺を息子代わりとして育ててくれた、組織のみんなも俺を可愛い子分として扱って可愛がってくれた、色んなことも教えてくれた
人の騙し方 スリのやり方、法の抜け方 人の綺麗な殺し方、この残酷な世界で上手く立ち回る方法を…みんなみんな教えてくれた
『おい、お前も一端の悪人になってきたじゃねぇか、ほれ コイツをくれてやるよ、大切にしな』
ある日ボスは俺を組織の組員として認めると共に、一本のナイフを送ってくれた…無骨でまだ子供の自分には大きすぎるくらいのナイフ、人の血を吸ったような汚いナイフを貰った時…俺は 初めて嬉しくて泣いた
ナイフを抱きしめて泣いた、俺はどうしようもない下劣な悪人さ 俺を育ててくれた奴らもみんな犯罪者さ、だけどさ それでも悪人だって人間なんだ 俺だって人間なんだ、そう思えて…嬉しくて嬉しくて、堪らずに泣いたよ
そのナイフを片手に俺はもうそりゃあとびっきり悪いことやりまくったよ、人を騙した 文句言う奴は殺した、金をたんまり稼いで一夜で使い切ってまた奪って飲んで
本を読んで勉強して 魔術覚えて強くなって、それでまた一層悪いことしまくって…、悪行三昧だったが 俺達はあの時確かにこの世界を生きる存在として、確かに幸せだったと思う、今思い出しても 目の端に涙が浮かんじまうぜ
俺達は国を転々としながら あっちこっちで犯罪を犯し、ある時は街一つ潰しちまうこともあったな
だけど、…俺が背丈も伸びて立派なチンピラになった頃 それは起きた、現れたのは魔女だった、いや俺達が踏み込んじまったのか 魔女の国に
奴は軍を率いて現れて 『我の国に汚れは要らぬ』そう言うと共に、俺達悪人を俺の家族を殺して回った 俺達だって抵抗したさ、みんな腕に覚えはあったから 戦ったり上手く逃げたりしようとしたが…まるで相手にならない、全員が全員異常なレベルで強いんだ 今の俺があの場にいても結末は変わらなかったであろう程に
特に魔女のその隣に立つ眼帯の男、奴はとてつもなく強かった、俺達だって修羅場は幾度と潜り抜けてきたがアイツは別格だった、後になって知ったよ そいつが魔女を除いたこの世界における 人類最強の男なんて呼ばれてる男だってな、喧嘩売らなきゃよかったぜ
俺達組織は魔女とその部下によって瞬く間に滅ぼされた、壊滅状態になった組織で…親分は若い俺だけを逃がしてくれた、貨物船の荷物にボロボロの俺を紛れ込ませて
『俺達は十分生きた 十分楽しんだ、…だからお前だけでも生きろ』
そう言って、親分は俺を逃がして…親分は 組織は…俺の家族はみんな魔女に殺された、実の親が死んだってなんとも思わなかったのに、俺は…俺は初めて涙も出ないほどに泣き喚いたさ
慟哭し、そして誓った …魔女が俺の大切なものをぶっ壊したなら、俺も魔女の大切なものをぶっ壊してやるって
悪人を汚れと言って 排除しようとする奴らに思い知らせてやるんだ、悪人は 確かにここにいるんだ、ここで生きているんだ…俺達は 俺達だって人間なんだってな
それからか、マレウス・マレフィカルムに入って 培った技術で俺だけの組織を立ち上げ、魔女に対する復讐の為に動き始めたのは…
長かった、ここまで…だがもう直ぐだ、もう直ぐ俺の復讐を始められる、俺を生かしたみんなの意志を俺が継ぎ 魔女が残そうとした魔女の意志を…殺す
そうやって、俺の 人生最大の悪行は始まるのだ
………………………………………………………………
「かひゅっ…かはっ…」
闇の中血を吐く、全身が痛む…どこの骨がどう折れてるのか 体の損壊具合を把握できないほどに、エリスの体はボロボロだ…
でも、生きてる…不思議なことに生きている、あの鉄拳に押しつぶされる直前 再び水を展開して衝撃を逃がしていたが、それでも無事でいられるような威力じゃなかった
「こ…ここは…」
ビリビリと痛み起きるなと悲鳴をあげる体を無視して立ち上がる、見渡せば …闇だ、一面鉄の世界だ …エリスの体は甲板を突き破り下へ落ちていったことから考えると、ここはあの巨大戦艦の内部なのか?
「やっぱり 生きてたか、ヒーローってのは こうギリギリで生き残るように出来てるもんなんだな」
「ッ…ヘット…!」
鉄骨の上に立ち、数多の鉄を侍らせながらヘットが上からゆっくりと降りてくる、油断ならない男だ エリスの死をちゃんと確認するとは…ポーションを飲んで傷を治す暇もなさそうだ
「あーあ、大穴開けちまった…こりゃまた直さねぇと」
「貴方は…何故そうまでして魔女を恨むんですか…、貴方だって魔女の世界で生きて育った身でしょう」
別に この質問に意味なんかない、ヘットの過去を知りたいとか 話をして回復の時間を稼ごうとか、そんな意図はない…ただ 口が勝手に動いたのだ、エリスの意思を無視して
「お前と同じさ、俺は俺を助けてくれた人を魔女に殺されたから 魔女を恨むのさ、結局 ここにいない人間のために戦ってんのさ、俺たちは」
「魔女に殺された…?、魔女が意味もなく人を殺すとは思えません」
「ああ、俺達が悪人だったから この世界の汚れだから、殺されたんだ…だが、悪人にはこの世界に居場所はねぇのか?」
「貴方は…根本的なところで間違えてますね…」
「はぁ?、…いや 相容れないからこそ、理解も出来ないか」
ソニアも…ヘットも、いやともすればメルクさんさえ 間違えている…根本的な部分を、その理屈は その理屈だけは間違いであると声高に言える
だが、今そんなこと指摘しても意味がないな…
「何にせよ、俺は今からお前を殺す それで何の遺恨もなく、清々した気持ちで魔女に復讐が果たせる…いい加減終わりにしたいんだぜ俺は」
「それは…エリスも同じです、決着を…つけにきたんですから、エリスは ここに」
とはいえ、生きていたとはいえ エリスの体はボロボロ…虫の息と言ってもいい、もう1発貰えば 確実に死ぬ、されどヘットのあの魔術を抜く方法は未だに思い浮かばない、瀬戸際の策も破られ エリスにもう手はない
もはや戦いにもならないだろう、だけど…この命ある限り 負けを認めるわけにはいかないんだ
「そうかい!、なら 遠慮なく行くぜ!」
「っ…ぐぅっ!」
飛び交う鉄柱、容赦なく降り注ぐ攻撃、旋風圏跳を使う暇さえなくエリスは傷だらけの体を庇うように 逃げる、ギリギリで避け 寸でのところで躱し 逃れる…が もはや鉄柱の作り出す衝撃波さえ、エリスに取っては命取りだ
「あぁぅっ!?」
地面に突き刺さり揺れる地面に足を縺れさせ転ぶ…、咄嗟に転がりエリスの上に落ちてくる鉄柱を避け、慌てて体を起こす…
…打つ手なし、そんな言葉さえ頭に浮かぶ…エリスに使える全ての魔術も思いついた策もアイツには通用しなかった、…もう…エリスに出来る事は
「くっ!」
咄嗟に飛んできたネジを籠手で弾き飛ばした瞬間、エリスの体の中で異音が鳴り響く…ダメだ 今の一撃で 骨が筋が完全にやられた 左腕がダランと垂れ下がり動かなくなり、右腕にもうまく力が入らない
動くのは足だけ…立ち上がって逃げてるうちにこれもそのうち動かなくなる、そうなればエリスは終わりだ
籠手を見れば 思い浮かぶのはラグナやデティ…エリスを信じてくれた親友達の顔だ、信じてくれたのに エリスはもうダメそうだ…心折れるなと負けを認めるなてどれだけ思っても、弱った体に比類するように心も衰弱する…
エリスはもう…もう……
そう、籠手を見ている時…ふと、脳に電撃が走る ピリピリと…
なんだ、この違和感 …ヘットの攻略を考えている時にも感じた違和感、それがより一層強くなる この籠手を見ていると、何か 何かとてつもない違和感を…
「うぐっ!」
「おいおい、逃げるばっかか?戦うんじゃなかったのか?」
降ってくる鉄柱から走り逃げながら、再度籠手を見る 何だこの違和感…何を見落としているんだ、…そう言えば これ…金属だ
周りを飛び交う鉄柱同様、この籠手も特殊な鉱石で出来ているとは言え金属だ、なのに今の今までヘットの磁力に吸い寄せられる気配もないし ヘットもこれを動かそうとする気配もない、動かそうと……
「あ…ああ!そうか!」
…今度は電雷が走る、脳内に 閃きという電雷が、この籠手を見て それに紐付くようにいろんな記憶が脳内を巡る 巡る!、そうか!そういう事か!
ヘットと戦った時の記憶 ニコラスさんがヘットと激突した時の記憶、そして…そして!師匠の言葉!、分かった!理解した!この籠手をヘットが動かさない理由!否!動かせない理由が!
「ッ…!そういう事だったんですね!」
「お?、何か妙案が浮かんで…って何やってんだ?」
動かない右腕を必死に動かして、籠手を 腕輪を外し両足に装着する、使用者の体格に合わせて形を変えるという天輪は物の見事にエリスの足に吸い付き 装着される
分かったんだ、ヘットの磁気魔術 その弱点が…
思えばヘットは鉄を操れると言いながらも 、よく考えると操っていない鉄もいくつかあった、まずはエリスの腕輪 宝天輪ディスコルディア 、そしてニコラスさんの体だ…ニコラスさんは体を鋼鉄に変えて戦っていたが…それならニコラスさんの体もヘットは操れる筈だろう?
何故そうしなかったか、エリスの腕輪とニコラスさんの体に共通する点は一つ …魔力だ、否魔力を使う人間の体に触れているかだ、触れているものは動かせないんだ
しかし、他の人間に触れただけで磁力を失うなら磁気を纏った鉄で打撃など出来よう筈もない、それだとエリスの体に触れた途端 ヘットの鉄は制御を失うことになる
理由は単純だ ただ触れているだけではダメ、…エリスの腕輪もニコラスさんの体も 両者とも体に触れているから、その者の魔力を纏っているんだ
思い返すのは師匠の言葉…師匠は汽車を見た時 あれは魔力で動いていると勘違いしていたが、その時こう言っていた
『魔力を用いて物を動かし それに乗るという発想は昔からあったが、動かす物の質量が大きくなればなるほど使用魔力が大きくなる…という法則のせいで上手くいかなかったんだ』
動かす物の質量が大きくなれば使用魔力もまた上がる、たしかに旋風圏跳も大きな物を飛ばそうと思えば思うほど 使用魔力は大きくなる、とは言えあれは風を纏わせ射出しているだけだ…ヘットのように魔力を使って自在に操るとなれば その負担は旋風圏跳以上だろう
デティはこの磁気魔術の使い手は強力な魔力を持つ者ばかりだと言っていたが、恐らくこの法則があるから 大きな鉄を動かそうと思えば思うほど魔力が強くないといけないんだ
ヘットは強い魔力を持っている、だから動かせる だから高速で動かせる、だからエリスの攻撃は防がれるしエリスの防御を抜いてくる
しかし、魔力もまた質量として捉えられるなら エリスの魔力を纏うこの腕輪を操るには それ以上の魔力が必要になるんじゃないか?、他人の魔力が邪魔をして 動かすには割に合わないんじゃないのか?
つまり…つまり!
「ぜぇ…ぜぇ、魔力…解放ッ!!!」
体から魔力を解き放ち この室内にエリスの魔力を充満させる、外ではできなかったが 室内なら出来る、魔力でこの室内を満たすことが!
「魔力?…っ…重…!」
そして、解き放った魔力を制御し空を漂う鉄骨達に纏わりつかせる、重りのようにのしかかった魔力によりヘットの魔術による負担を大きくする、鉄骨の見た目は変わらないが魔力が染み渡った分ヘットには鉄骨一つ一つが急激に重くなったように感じるだろう
動かす物が大きくなればなるほど、魔力負担は大きくなる そしてそれは動かす物に付随する魔力にも適用される、動かす物が魔力を纏っていれば…ヘットの負担はどんどん大きくなる
「ぐっ…マジか、そんなことまで出来んのかよ」
出来る、普通に魔力を飛ばしても 魔力は空に散るだろうが…エリスの師匠から賜った魔力制御があればそれも出来る!
エリスの魔力が染み渡った鉄骨達は 目に見えて遅くなる、動きが重く なりヘットの顔も歪む、このスピードなら…行ける!突破出来る!
「颶風よ この声を聞き届け給う、その加護 纏て具足となり、大空へ羽撃く風を 力を 大翼を、そしてこの身に神速を 『旋風圏跳』ッ!!」
走る、最後の力を振り絞り 全力で跳躍する、この魔力散布も長く持たない エリスの魔力で奴の魔術を阻害している間に、倒す!
その覚悟と共に 開眼するは極限集中、そして極限の集中の中 詠唱を省略して…もう一つ 追加の魔術を使う、それは…
(…『眩耀灼炎火法』!)
炎だ、風を纏い飛ぶエリスの周りに炎が漂い、エリスの足に装着した宝天輪ディスコルディアへと纏わりつく、エリスの足はディスコルディアは炎を纏い火炎を噴き出し 紅蓮の脚と化し赤熱する
「ぐっ、…やられてたまるかよ もう目の前まで来てんだよ!、こんなところで負けられるかよ!」
ヘットが吠える、意地で 動かない鉄骨を動かしエリスの前に幾重も突き立て壁にする、だが 遅い!防御の展開が目に見えて遅い!これなら!
「はぁぁぁあぁっっっ!!!」
旋風圏跳で加速しながら炎を纏い、捲き上げるように全霊で回転し…目の前に突き立てられる鉄骨へ、炎の蹴りを打ち付ける…すると鉄骨はエリスの炎の蹴りの打撃により赤熱し 焼けるようにへし折れる!
旋風圏跳の加速とスピード それに炎を焚べる、風は炎を煽り火力を増大させディスコルディア に纏わせる、ディスコルディアは強烈な熱を帯び鉄さえも焼き切る…見事なのはディスコルディアの性能だ 赤熱しているというのにエリスには全く熱が伝わってこない!
旋風圏跳と眩耀灼炎火法 そして宝天輪ディスコルディアを掛け合わせた合体魔術、名付けるならば合体古式魔術『旋風灼刀 天輪脚』!
「なっ、防壁が…!」
「ぐぅぁぁぁあああ!!!!」
雄叫びを上げながら体を回し 次々飛んでくる鉄柱を蹴り裂く、炎の斧のように鉄を次々と切り裂くエリスの足は 回るほど時間が経つほどに加速し熱を帯びていく
ヘットの鉄柱達は遅くもはやエリスには追いつけない、エリスの魔力が充満したこの空間では床や壁を操って防御に回すことも出来ない!もう ヘットを守るものは何もないのだ
「俺の…魔術が、破られた…!」
「ここまでです!ヘット!」
防御を抜け無防備なヘットまで辿り着く、鉄柱は届かない壁はない、完全に手を塞がれたヘットの体へと、エリスの炎の脚は…!
「ぐぉぁっっ!!」
撃ち抜く!、回転しながら蹴りを撃ち放ち ヘットの体を 腕を顔を足を、回転し撃ち抜き叩き込み
蹴る ただひたすら蹴る、蹴り続ける 反撃も許さずただひたすらに 高速で加速し、炎の竜巻となりながら烈火の蹴りを見舞い続ける
「はぁぁぁぁっっっ!!!」
「ぐがぁっ!?…ぁ…がぁ…!」
その身に何十という炎の蹴りを受け 、トドメとばかりに顎を一撃蹴り抜かれヘットの体が揺れ、力無く崩れ…倒れ…
「ぐっ!、まだだ まだだぁっ!!」
……ない!、傷だらけになり テンガロンハットは焼き飛びながらもヘットは立ち続ける、その懐から大振りの 使い込まれたナイフを引き抜き、エリスに向け構え
「負けられねぇんだよ!俺は負けるわけにはいかねぇんだよ!」
ヘットは叫ぶ、叫びながら炎を纏うエリスに向け 牙を剥き ナイフを振るう、ああもう攻め立てられて尚 彼の瞳は揺るがない、それどころかその瞳はより一層 燃え上がる
「そんなに、そんなに俺が憎いか!エリス!」
エリスの蹴りをヘットが躱し カウンターで振られる斬撃をエリスは避ける、それでもヘットは止まらない、憎々しげにエリスを睨み 怨みをこぼすように叫ぶ
「恨むことは悪いことか…欲することは悪いことか!」
偽善者は皆言う、復讐は何も生まないと
聖人気取りは皆言う、欲深いことは良くないと
「くだらない あまりにくだらない、なら偽善者の前で最愛の者を殺してやろう 聖人気取りの前で金貨の山を築いてやろう、そしてこう言ってやるんだ『結局人間は欲深く執念深い生き物なんだ、この感情に背を向け生きる奴らは人ですらない』となぁっ!」
ヘットの魂の叫びだ、武器がなくなろうとも 傷つこうとも戦うことをやめない
ヘットの信念の叫びだ、今まで飄々とやり過ごしてきた男の胸に秘めた燎原の如き怒りが 彼を動かすのだ
「それでもお前は…、それでも…それでもこの感情を 俺を否定するのか、俺とお前 一体何が違うんだ、お前の目的はそんなに高尚か!俺の生き様そんなに下劣か!」
ナイフを持ち エリスに向ける、ここで殺す ただ純粋なまでの敵意が向け…強く踏み込み 万断の一撃が振るわれる
「最愛の師を奪われ失い…怒りに狂い、戦い抜いた果てにここに辿り着いたお前と、復讐に生きる俺の何が違うんだ!」
エリスもまたその敵意に答えるように、ヘットを見据え 体を一層速く 速く速く回転させ蹴りを放つ
「言ってみろ、答えてみろ!…エリスッ!!!!」
「くだらないッッ!!!」
交錯する刃と紅蓮の蹴り、影は叫びと共にぶつかり交錯し…闇を照らす炎は 消え去る
「何が悪いか 何が違うか、そんなもので自分を測るから 周りが憎くて仕方なくなるのです、この世に善はあれど善人なく 悪はあれど悪人はなし、自分で自分を決めつけ 善を憎むから、全てが憎くてしょうがなくなるんです、悪と善で この世は測れません」
炎が消え 元の黄金を取り戻す天輪を、纏った足で エリスはヘットの背後に立つ、その肩にはナイフでつけられた傷が深々と残り 血が滲んでいる
「…悪人と…善人じゃこの世は語れないって…?、その理屈じゃ 俺は悪人じゃなくなっちまうぜ?」
ヘットもまた語る、しかし その手に持つナイフは既に焼き切られ 中頃で消え去っている
「ええ、貴方は悪い人ですが 悪人ではないんでしょう」
「へっ、…説教かよ…こんなガキに、…なら なんで俺が悪人じゃないなら何故俺をそうまで躍起になって倒す、俺が魔女の敵だからか?」
「いいえ、貴方がエリスの敵だからです…エリスの意思とぶつかり合う意志を持った敵だから、激突し…倒すのです」
「なんだそりゃ…意味わかんねーよ」
その瞬間ヘットの体が揺れ 膝をつく、エリスの一撃が 奴の芯を捉えたのだ
「あーあ、こんな咄嗟に…土壇場で…、逆転の一手なんか思いつくかね 普通…まるで物語だぜ、こりゃ…、ったくヒーローってのは…いいねぇ、…悪モンってのは…つくづく…損だよ」
「…………」
「…もう、ちょっとだったのにな…打倒ヒー…ロー……」
闇に響く、男の倒れる音が…顔は向けない 振り向かない、エリスにはまだ すべき事があるから、戦いはこれで終わりじゃないから
エリスは歩む、ヘットと約束したから 勝った方が世界の行く末を決めると、だから勝った者の責任として エリスは…進み続けるんだ
…………………………………………………………
旋風圏跳で船の甲板まで飛べば、甲板にはヘットの置いたスーツケースがあった、中にはちゃんと白い宝石アルベドと 黒い宝石ニグレドが存在していた、これさえあれば…師匠を助けられる
魔力解放の所為で殆ど残っていない魔力と体力で、体を引きずるように船を降り…とりあえず休む、何をすべきか 何からすべきか、ヘットはどうするべきか この巨大戦艦はどうするべきか…考えなきゃいけないこと、やらなきゃいけないことは山ほどあるのに…今は体が動かない
少しの間だけでいいから、休ませてほしい…
「エリス!無事か!」
「メルクさん…」
ふと声がして振り向けば慌てて駆けてくるメルクさんがいる、青い顔して息急き切って エリスの後を追って走ってきたみたいだ、…だが幸い もう事は済んでいる
「大丈夫か、傷だらけだが…ヘットは」
「倒しました…ニグレドもアルベドも、ほら…ここに」
「本当か!、…こんな傷だらけになって…よくやってくれた」
スーツケースを押しのけ エリスの体を抱きしめてくれるが、ごめん 身体中がもうズタボロで 抱きしめられるだけで死にそうなんだ…
「早速これ持ち帰ろう…いやその前に治療か、と言ってもこんな傷どうすれば…」
「ポーションがあるので大丈夫ですよ、それはそれとして…もう体力も魔力も残ってないので、少し…休ませてください」
「ああ、あとは私に任せろ」
そう言ってスーツケースとエリスの体をメルクさんに預けようとした瞬間…大地が轟音と共に揺れる
「な なんだ!?この音は…!」
鉄の軋む音 波が揺れ それに伴い大地が揺れているんだ、…まさか いやまさかも何もない、音の正体になんて 一つしかない…!
「戦艦が 動いている!?」
轟音を響かせ 戦艦が揺れ動き、巨大な砲門が起動し始める…動いている、国を崩し魔女を殺し世界を壊す超兵器 巨大戦艦『ウィッチハント』が!
「ヒーローってのはつくづく損だよなぁ!、エリス!悪役を殺せないんだもんなぁっ!」
艦橋に姿を見せるのはズタボロのヘットだ、傷を抑え片手で壁に手をつきながら外へ出てきたのだ、…いや そうか…ヘットなら!
「お前が命を尽くして戦うように!俺も最後まで!命尽きるまで戦うつもりだぜ…!、詰めが甘かったな!エリス!」
磁力を操る無理やり戦艦を起動させる、こんな巨大なもの動かすなんて…出来るわけがない、おそらく起動だけさせ 砲門や一部だけを磁力で操っているんだ
それでも奴の体には相当な負荷がかかっているのだろう、口から目から傷口から血が噴き出している、だがそれでもヘットは止まらない エリス達を消すために…
「くっ、こんな巨大なもの どうすれば…!」
「エリスが…責任を持って…ぁぐぅ…」
立ち上がろうとするがもはや体は限界だ、何かをしようにも もう魔力がない…せっかく勝ったのに、ここまでなのか…
ヘットが無理矢理戦艦の砲門をエリス達に向ける、あんな巨大な大砲を受ければ ここら一帯が消し飛んでしまう…当然 エリス達諸共
もはやヘットはニグレドもアルベドもどうでもいいようだ、ヤケクソになりエリス達だけでも殺してやろうと言うのだ、まさに捨身の攻撃…
動かない体で 砲門を見上げる、せめてメルクさんだけでも…そう思いメルクさんの方を見ると
彼女は、決意したかのように目を閉じていた
「すまないエリス、そのケースを…ニグレドとアルベドを渡してくれ」
「え?、メルクさん…何を」
そう言いながらメルクさんはケースを開ける…、中には凡ゆるものを結晶化させる白い宝石…第二工程・アルベドと万物を崩壊させる黒い宝石 第一工程・ニグレドが収められている
究極の錬金機構と呼ばれるそれは ただ空気に触れているだけで結晶化させ 崩壊させる、それをメルクさんは迷いなく…掴んだ
「ぐぅっ!?…ぅ……あがぁ…」
空気に触れただけで物質を変容させるそれを素手で掴めばどうなるか、アルベドを掴んだ手はパキパキと指先から結晶に変わり ニグレドを掴んだ手は指先から黒く染まり崩壊していく
危険だ、あれは生身で触れていいものではない、だからこそケースに入れつつ保管しているんだ!、こんなもの自殺に等しい!このままじゃメルクさんと言う存在そのものが跡形もなく消えてしまう!
「メルクさん…!」
「君にばかり命をかけさせる訳にはいかない、君も…私を信じてくれ」
するとメルクさんはそのまま自分の銃、錬金機構を搭載した銃にニグレドとアルベドを押し当て…
「『Alchemic・Magnum opus』!!」
唱える 発動させる、錬金術を メルクさんの手の中でニグレドとアルベドと銃が…いやそれだけじゃない、メルクさんの体そのものもまた強く 強く光輝き始める
「ぅ…ぐぉぉぉぉぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「メルクさん!メルクさん!!」
迸る魔力の奔流と目を潰すような強烈な光に思わず目を瞑る、聞こえてくるのはメルクさんの苦悶の声 、目を閉じていても分かるほどにバシバシ強い力を感じる こんなものの中心にいるメルクさんの苦痛はどれほどのものか…一体何を考えて!、出来るなら今すぐ割って入って止めたいが エリスの体は動かない
……そして、光と共に メルクさんの悲鳴も止まる、まさかと背筋が冷たくなり慌てて目を開け確認すると、そこには
「ぜぇ…はぁ、…エリス…」
メルクさんが 立っていた、冷や汗をかきながら…その手にそれを握りながら
「なんですか、メルクさん…それ」
メルクさんの両手には二丁の同じ形の拳銃が握られていた、片方はニグレドのような色合いの漆黒の銃 もう片方はアルベドのような純白の銃、先程まで一丁だった銃が二つに増えて …色も変わって
「ニグレドとアルベドを錬金術で銃に搭載されている錬金機構に合成した、とはいえ破壊と創造 相反する力を持つ故か、二つに分かれてしまったが…問題ない 、これを使えば 奴を止められる」
究極の錬金機構 ニグレドとアルベドを銃と合成したと言うのだ、恐らく一つに合成された時の衝撃で破壊のニグレドはそのまま銃と一体化 押し出された創造のアルベドはその力と機能をそのままにもう一つの銃を作り出し、二丁の銃へ姿を変えたのだ
二つの錬金機構の力をそのままに、それを武器に変えたのだ…
「ニグレドとアルベドを…お前!」
「ヘット、貴様の負けは決まっている 今更生き汚く足掻くな!」
そういう時メルクさんは創造の力を宿した純白の銃 アルベドをヘットが手繰る巨大な砲門に向けると
「認め…られるかよ!そんなもん!、お前らに勝つためならプライドだろうがなんだろうが捨ててやる!」
対するヘットも咆哮する、認められるかと力を解放し砲門を起動させる、来る…あのどデカイ砲門から 砲弾が…!!
「『Alchemic・Albedo』!!」
輝く白光は一条の線を引くように純白の銃より放たれ、闇を切り裂き 一直線に向けられた砲門へと飛んでいく、放たれたのは銃弾じゃない 凝縮された魔力そのものだ…創造の魔力が込められた魔力が砲門の中へ消え…
瞬間、戦艦が爆ぜる いや砲門の内部から次々と鋭利な結晶が飛び出て 内側から引き裂いているのだ、あの鋼鉄で出来た艦体を易々と引き裂く結晶は瞬く間に数を増やし巨大戦艦をズタズタに引き裂いてしまう
「なぁっ!?ウィッチハントが…銃弾の1発で!?、これがアルベドの…魔女に届きうる究極の錬金術の力かよ…!」
たったの一撃で巨大な戦艦は揺るがされ、轟音を巻き上げあちこちで爆発が起こり始める、これが あの銃弾1発で引き起こされた現象だと言うのだ
驚愕するエリスとヘットを差し置き、メルクさんは続くように 今度は漆黒の銃 ニグレドを向けると
「…『Alchemic・Nigredo』」
今度は先程の真逆、銃口から禍々しい黒色の光が放たれる 、ニグレド…万物を破壊するその力が込められた1発の銃弾…否 あれはもはや魔力の奔流だ、太く巨大な魔力の奔流は一筋に纏められ…今 巨大戦艦を貫いた
「ぐっ、くそ…反則だろ こんなもん…畜生!」
……消えていく、巨大な魔力の奔流を受けた戦艦は大穴を開けて静かに沈みながら、消えていくのだ、海の中にじゃない 虚空にだ、ニグレドによって傷つけられた穴が だんだん広がるように戦艦は朽ちるように塵になって消えていくのだ
破壊…ニグレドの持つ万物を崩壊させる力、それは相手がどれだけ大きくとも関係ない、一撃でも当たれば どんなものさえ消し去ってしまう、底冷えする程に恐ろしい力…
いやニグレドだけじゃない アルベドもだ、もしこれがヘットたちの手に渡っていたら 良からぬ者達の手に渡っていたら、そう考えれば考えるほどに恐ろしい
だが
「終わったぞ、エリス」
塵となり消える巨大戦艦、ヘットの姿は見えない…崩壊に巻き込まれ消えたか…
ともあれヘットの目論見はこうして完全に潰えた事になる、ニグレドとアルベド…究極の錬金機構を手に入れた 正義を志す者によって、メルクさんの手によって マレフィカルムのデルセクトでの企みは今…消え去り、文字通り海の藻屑となった
「メルクさん…」
「フッ、上手くいって良かったよ…この力 下手に使えばどうなるか分からないな、だが だからこそ悪の手に渡らなくて良かったよ」
そう言いながら消えた戦艦に背を向けこちらを見るメルクさん
手には黒と白の二丁の銃、恐ろしいその力を目の当たりにしたのに…不思議とその力に対しては恐怖を抱かないのは 彼女がその力を無闇に使わないと理解しているからだろう
「ありがとうございます、メルクさん」
「それはこちらのセリフだ、君がいなければ私はここまで来れなかった ここ奴ら打ち倒すことが出来なかった、…帰ろうエリス、我らに出来ることは終わった」
銃を一丁ホルスターに戻し、メルクさんはこちらに手を差し伸べる…終わったか、うん…終わったな 奴らの企みは完全に潰した、終わったんだ…長かった戦いが…
「はい、メルクさん」
そうして、エリスは若干の安堵と共にメルクさんの手を取る、こうして エリスのデルセクトでのマレフィカルムの戦いは終わったのだった
………………………………………………………………
『申し訳ない!なんと詫びれば!』
開口一番に彼女は グロリアーナさんはエリス達に謝罪した…
ヘットとの激闘を終えたエリスとメルクさんはそのままジョザイアさんのところに戻りジョザイアさんを回収し、後にこちらにすっ飛んできたグロリアーナさんとも合流した
彼女はヘットにハメられ見事に全然関係ないところに誘き出され、今の今まで対グロリアーナ用に編成された軍と戦っていたようだが、伊達にデルセクト最強ではない 迫る軍を一蹴しサフィール中を駆け回ってエリス達を探してくれたようだ
まぁ合流した時点ではもう全て終わっていたのだが…、お詫びに至高の玉肌をご覧に入れますとかいってたけどお断りした、何も詫びる程のことじゃないしね
一応ヘットの企みの全容と それを潰しヘットを倒したこと、その過程でメルクさんがニグレドとアルベドを使用し、その二つが銃になってしまったことを報告した
正直怖かった、だって国家機密級の兵器を勝手に使ったばかりか銃に変えてしまったのだ、メルクさん曰く元に戻せる気配もないし、もしその責任を取って出世の話もパァになったら…と思ったが
『むしろ貴方が管理してくれるなら都合が良いです、これからは貴方がニグレドとアルベドを使い その二つを守りなさい』
そう言ってくれた、まぁ この二つは元々盗み出されてしまった物、それをまた同じ場所に戻しても意味がないし、何よりメルクさんには腕っ節がある 彼女が実力で守るならこれ以上の守りはないだろう
ただ、ニグレドとアルベドは未だ未知の部分も大きい超兵器、それを使ったリスクは計り知れないので一応帰ったら検査を受けるようにとも言われていた、使った結果寿命が縮んでいました!とかにならなければいいが…
ともあれグロリアーナさんはこのままジョザイアさんを連れてミールニアに戻るらしい、彼女が護衛についてるならジョザイアさんも安心だろう
ジョザイアさんはエリス達と別れる際こちらに向き直り、深々と頭を下げ
『助けに来てくれたこと、感謝する…そして、このデルセクトを守ってくれて…ありがとう、この謝礼はいつかする」
そう言って彼はミールニアへ帰っていった、…傍若無人なだけでなく 義理堅い人だ、伊達にデルセクト一の王ではない、彼もまた 己の国とデルセクトを愛する者のうちの一人なのだろう
立ち去る彼の背中を見て、そんな風に思った…やはり 悪い人ではなかったな…
そしてエリス達はそのままサフィール城へ戻った、エリスも己の怪我をポーションで治し元気満タン、というわけではないが ある程度真っ当に動けるようになった
後はザカライアさんを回収して終わり…と、思ったのだが 何やらサフィール城の方が騒がしい、というより …
「いぃぃぃぃやぁぁぁあぁぁぁ!!!!」
ザカライアさんの絹を裂くような悲鳴が聞こえる
まさか…と、顔が蒼ざめる まさかヘットが約束を反故にしザカライアさん達に襲撃を?もしくは残ったヘットの部下が敵討ちにザカライアさんを…
エリスとメルクさんが大慌てで城に転がり込み、ザカライアさん達がいた来賓室に駆けつけると…そこには
「ぎぃぃぃぃゃぁぁぁぁぁ!!!た たた 助けてくれるメルクぅぅぅぅうう!!!エリスぅぅぅぅぅぅ!!!」
涙を流し悲鳴をあげるザカライアさんが突っ込んできた、彼がここまで怯えるとは 一体何が、しかし襲撃を受けたにしては城内がなんかこう…いつも通りだ、とても襲撃を受けたようには見えない
「どうしたんですかザカライアさん!襲撃ですか!」
「おう!、襲われてんだ!助けてくれ!」
襲われてる!?やっぱり襲撃!?、と反応するよりも前に 奥の扉が乱雑に開かれ…中から
「ザカライア!どうして逃げるんだい!」
「追ってくるからだよ!!!」
レナードさんが出てきた、…なんか服をはだけさせ 顔を紅潮させてる、いっちゃ悪いとても正気には見えない、…何?襲撃じゃないの?何があったの?、首を傾げながらエリスの背後に隠れるザカライアさんとレナードさんを交互に見る
「あ あの、何があったのですか?」
「ああすまないねエリス君、ザカライアをこっちに渡してくれ 僕は今日彼と共に大人になる」
「馬鹿じゃねぇの!?馬鹿じゃねぇの!?、何言っての!?急に!なんでいきなり俺のこと押し倒したのねぇ!?」
「君のことを愛しているからさ!!!」
愛…してる?、あれ?お二人は 仲が悪かったのでは?、目を点にするエリスに説明をするように レナードさんの後ろから現れるのは…多分、いや話を聞かなくてもわかる この事態の元凶であろうニコラスさんだ
「あらあら、ごめんなさいね まさかこんなことになるなんて思わなかったのよ」
「ニコラスさん!何したんですか!」
「何って、ただちょっとレナード様とお話ししたのよ、彼 自分の本当の気持ちに気がついてないみたいだったから、軽く人生相談をね?」
「そうです、…僕は 今の今までザカライアに対して湧き上がるこの謎の感情の正体が分かっていませんでした、その正体を…ニコラスさんに教えてもらったんです、即ち愛です!」
「何言ってんだよ!急に!、お前俺のこと嫌ってたんじゃないのかよ!」
「嫌ってない!急でもない!、…ただ 昔から君を見ていると心が掻き乱されて、意地悪をして君の気を引きたくなってしょうがなくなるんだ、君が他の女と話しているのが気に食わないから引き離したり 意地の悪いことを言って言い合いをしたり…、今思えば全部 君のことが好きだったからこんなことをしていたんだ」
「女性を抱くのもザカライア様に嫉妬して欲しかったから、彼の周りの女性を奪おうとしたのも ザカライア様に自分だけを見て欲しかったからなのよ、可愛らしい男心ってやつね」
なるほど、…つまり今までのあの態度は好意の裏返しだったわけか、女性を侍らせている時も彼が全く別のところに意識をやっていたのにも合点が行く!きっと意識は常にザカライアさんに向いていたんだ
意地悪をするのも文句を言って突っかかるのも、全ては彼に構ってもらいたいから…なんだ 事態はえらく単純な話だったんだな
「良かったじゃないですか ザカライカ様、嫌われてなくて」
「いやおいメルク、他人事だと思ってお前…まぁ嫌われてないのはいいとしてよ、いきなり押し倒されたら怖いだろ、恐怖するだろ 普通」
「確かにいきなり押し倒すのは順序立てがなってなかったね、じゃあザカライア 僕とお付き合いしよう」
「話聞いてた?」
ともあれ喧嘩とか襲撃とかじゃなくて ニコラスさんが場をしっちゃかめっちゃかに掻き乱して事態をややこしくしただけでよかった、だって人は誰も死なないんだもん…うん、そう思うことにしよう
とりあえずザカライアさんとレナードさんを落ち着かせ、話をすることにした 来賓室に行き、皆座って…状況の整理をする
…というか、そういえば
「レナードさん 今エリスのことをエリスって呼びましたよね」
「ああ、大丈夫 事情も含めてニコラスさんから聞いているよ、大変だったね そうとは知らず紅玉会では冷たく当たってすまなかったよ」
「お前何自然に俺の隣に座ろうとしてんだよ!お前はあっち!おいエリス!俺の隣来い!」
ザカライアさんに押し退けられるレナードさんはどうやらニコラスさんからエリスの身の上を聞いていたようだ、まぁ彼なら話しても問題ないと判断してのことだろう、勝手にバラされたとかそんなことは考えてない
ザカライアさんの隣に座りながら息を整える
「さて、では状況の報告ですが…端的に言うと全部終わりました」
「全部って…全部か?、マレフィカルムは」
「グロリアーナさんにより壊滅状態 メルカバは捕縛されヘットもエリスが撃破しました、その狙いであった超兵器も完全に消し去り、もうマレフィカルムにはこの国で何かしようとする力はないと言ってもいいでしょう」
「実際奴らの希望でもあったニグレドもアルベドも今は我が手にあります、…ヘットは消息不明ですが、奴自身の傷も深い…もう何もできないでしょう」
「ほーん、カエルムも潰した 奴らの目的も潰した 本拠地も潰したボスもその協力者も潰した、ってことはもう終わりか…なんか呆気ねぇな」
確かに…終わってみれば呆気ない、思えば激戦の連続ではあったものの終わって仕舞えばそんな感想が湧いてくる、メルクさんは出世できて この国を蝕むカエルムは無くなった、ソニアさんがいなくなったことでアルクカースとの戦争は起きないし ヘットがいなくなったからこの国の危機もなくなった
もうエリスがこの国でしなくちゃいけないことは何もない、オールクリアだ
「付いてきたはいいが、あんま役に立てなかったな俺」
「そんなことないですよ、とても頼りになりましたよ ザカライアさん」
「マジか?ベオセルクみたいになったか?」
ベオセルクみたいになったか…、まぁ エリス達と旅をする前よりはなんだか逞しくなった気もする、何だかんだ途中で根を開けず最後まで付いてきたり この人はこの人なりに優しく芯の強い人なのだと、エリスもよく理解できた
「はい、ちょっとだけ」
「ちょっとか…まぁ十分さ、あの城で燻ってる時よりも 幾分も色んな経験ができたからな、やっぱごっこ遊びじゃダメだな」
「おい!ザカライア!誰だそのベオセルクって!お前の男か!」
「くっつくんじゃねぇ!、俺の憧れの人だ!」
「憧れ…!?!?、…絶対に負けん」
この人 自分の気持ちを理解した途端豹変したな、まぁ変に女性を侍らせたり 周りに嫌味なことを言いまくったり、敵意を向けたりしない分 今の方が幾分やりやすいと言うのはある、ザカライアさんには酷かもしれないが まぁ頑張って欲しい
「で?、これからどうすんだよ…もうすることねぇんだろ」
「はい、とりあえず私とエリスはミールニアの家に帰り、また明日から仕事に戻ろうと思います」
「アタシもミールニアにお家あるし 普通に帰るわ、諸国行脚の旅ってのも風情があったけど、お家のベッドに勝るものはないわね」
「ふぅーん…、そっか…俺だけスマラグトスに帰るの寂しいから俺もしばらくミールニアの別荘に居ようかな」
「じゃあ僕も一緒に行こう」
「来るな!、ったく…やり辛れぇ…調子狂う」
じゃあ何か、結局帰りもこのメンツでミールニアに帰るってことか、…なら なんだかよかったな、事件が終わったから またバラバラに ってのは寂しいから…
ザカライアさんもエリス達と一緒にミールニアに来てくれるなら、それはそれで嬉しい、彼を調子に乗らせない手前 あまり口にはしないが、エリスは彼の事がとても好きだ
「じゃあ待っててくれ、僕も荷物をまとめてくるから」
「来るなって言ってんだろ!話聞け!」
なんて、すったもんだもありエリス達はそのままミールニアのあの家に帰ることとなった、サフィールでの…いやデルセクトでの決戦は終わった、やるべき事は終えて 後は…そうだ
後は師匠を救出するだけだ…、ようやく ようやく再会できますよ、師匠
思う師匠の温もりに焦がれ逸る気持ちを抑えながらもエリスはミールニアへと帰還する、エリスとメルクさんの家 あの、地下の家へと…
………………………………………………
こうして、…事件を解決し帰還したエリス達の活動は一旦終わりを告げ、平和な日々が訪れた、師匠を直ぐに助けに向かいたいところだが 実際はそうもいかず逸る気持ちを抑え…機会を伺う間に時間はただ闇雲に過ぎ去り…そして
半年以上の月日が経ってしまうのであった
太陽が沈み 月が顔を出し始めた頃、エリスはようやくそこへと到着する
グロリアーナさんの視線からも影になって見えないその空間、何もない筈のその場所まで風となり飛んだエリスの目に入ってきたのは、衝撃の光景だった
入り江の影、その海に…鉄の城が浮いていた、いくつもの砲門を兼ね備えた超々巨大な城、それがこうやって近づくまで存在にすら気がつかないほど巧妙に隠されていた
「っと、なんですか…これは、デルセクトの海にこんなものが」
鉄の城の上に着地するエリス、ヘットが逃げたという場所へと飛んで来たわこれだ…ジョザイアさんの言った事は正しい、恐らくこれが奴らの本拠地だ…しかし、海の上に浮く鉄の城?
いや違う、これ この形…これってもしかして超巨大な
「船?…艦ですか これ」
「超巨大戦艦『ウィッチハント』、俺達魔女排斥派の限りなき願いを以って生まれた超兵器さ」
「ッ……!」
巨大鉄甲戦艦の甲板へ降りたエリスを待ち構えるように立つ人影が答える、まるでエリスが追いかけてくることを理解してきたかのように ヘットは一人、甲板に佇んでいた
「お前なら、俺を追いかけてくると思ってたよ…俺達はどうしようもないくらいの敵同士だ、相容れないくせにぶつかり合う…きっと お前なら俺を倒す為に、ここに来てくれると信じていた」
「……こんなものを作って、何を企んでいるんですか」
「俺たちの願いは徹頭徹尾魔女殺しだけさ、それしか頭にねぇ ソニアと組んでカエルムを売っぱらったのだって、この戦艦の建造費を稼ぐ為…、この国ならこれを作る金と技術があるからな、それでも 結構かかっちまったがな」
今までの 飄々とした雰囲気はない、静かに 彼はエリスを睨んでいる、感じるのは純粋な敵意だけ…ここでエリスを打ち倒す、その強い決意が 彼の鋭い目から伝わってくる、…彼もまたエリスと決着をつけるつもりなんだ
「超巨大戦艦…、ジャガーノートなんか目じゃねぇ破壊力を持ち これ単騎で国ぐらいなら三日で滅ぼせる火力を搭載している、それが海を駆け…世界中の国々を破壊して回る、魔女の作った偽りの秩序を壊し 魔女の無力さを世界に知らしめ人の力 人の技術こそが世を統べるってのを分からせてやるのさ」
確かに、出来るだろう…この船は今現在帆船が主流となっているこの世界において、圧倒的強さを誇るだろう、全て鉄で作られた 見たこともないくらい巨大な砲門をいくつも備える、海戦になってもこの船に敵う船は 今の世界には存在しない筈だ
それが海を駆け回って手の届かないところから国を攻撃し回る…ジャガーノートよりも余程恐ろしい
「そして、ニグレドとアルベド…これによって生まれる創造と破壊の力をこの船に搭載すれば、ウィッチハントは無敵になる もう誰にも止められねぇ…相反する二つのエネルギーを巨大戦砲でぶち込めば 魔女だって無傷じゃいられねぇ」
創造の力は 船を無限に再生させる、破壊の力は 砲撃1発であらゆる物を破壊する、相反するエネルギーは魔女の守りさえ貫く…ニグレドとアルベドが、この巨大戦艦に積まれれば、もう誰にも止められない
だが、そのニグレドとアルベドは 今、奴の手にある…スーツケースに収められ、ヘットの手に握られている、まだ搭載されてはいないということだ
「これを搭載するのは、お前を倒してからだ 魔女の意志…お前を潰し、邪魔者を消し…俺は 俺の願いを叶える」
「させません、絶対に…貴方がどれだけ魔女を恨もうと、魔女に生かされ魔女と共に生きるエリスには、決して受け入れられませんから」
「だろうな、こればかりはお互い譲れねぇ…俺の願いとお前の願い、対極にあるからこそ 受け入れられない、俺を消さなきゃお前の願いは叶わない お前を消さなきゃ、俺の願いは叶わない…魔女の意志 エリス、ここらではっきりさせようぜ」
ヘットが スーツケースを地面に起き、蹴飛ばして奥へと滑らせる…
「魔女は生きるべきか 死ぬべきか、この世界は正しいのか否か…俺とお前で、生き残った方が!それを確かめようぜ!」
「無論です!、…この魔女世界の未来を決めましょう!」
ヘットが両手をフリーにする、エリスが構え 極限の集中を開眼させる、ぶつかり合う魔女への殺意と憧憬、この世界を今の文明を 続けるべきか 滅ぼすべきか、それを決められるのは 今、エリスとヘットを置いて他にいない
ここで、相手を倒す ただそれだけを胸に 二人は今、向かい合う
「『マグネティックジフォース』」
「『旋風圏跳』!!」
戦艦建造の為の鉄材が宙へと浮かび上がり エリスの周りに風が舞、二つの意志が 激突する
「行くぜ!エリス!」
「っ!!」
ヘットが豪快に腕を振るえば 鉄材の中に紛れたネジや細かな部品が正に弾丸のように弾かれ、エリスに向けて飛ぶ 早い上に範囲が広い、もはや弾幕と言っても良いほどだ…
避けられない、なら避けずにこのまま突っ込む!、籠手を前に突き出し防御しながら鉄の雨を突っ切る
「ほう、根性あるじゃねぇか!」
「貴方に褒められても嬉しくありません!」
高速で飛び交う鉄の雨…いくら防御しているとはいえエリスの体を打つ激痛は止むことはない、だが引けばそのまま鉄の波に飲まれることになる 抜くしかない 突き抜けるしかない、一気に魔力を解き放ち急加速し 鉄の雨を抜け…拳を握る
「炎を纏い 迸れ轟雷、我が令に応え燃え盛り眼前の敵を砕け蒼炎 払えよ紫電 、拳火一天!戦神降臨 殻破界征、その威とその意が在るが儘に、全てを叩き砕き 燃え盛る魂の真価を示せ『煌王火雷掌』!!」
「はははっ!」
拳を纏う紅蓮の閃光、舐めるような赤い炎が噴き上がり、闘志を込め握られた拳を勢いのままヘットに叩き込むが、瞬時に鉄材がエリスとヘットの間に割り込み攻撃が防がれる
鉄材は熱により熱と衝撃によって大きくひしゃげ 彼方まで吹き飛び海の中へ消える、チッ どんなに渾身の一撃を放とうともこの攻防一体の陣を崩さない限りエリスはヘットに触れることもできない
「がむしゃらに攻めてなんとかなるといいなぁ!」
ヘットが指を鳴らす ジャラジャラと音を立ててエリスの背後に飛んで行ったネジが急停止 急転換しまたエリスの方へ戻ってきて…
「あぐぅっ…!?」
吹き飛ばされる、雨霰のように高速で降り注ぐそれは ただ触れるだけでエリスの小さな体を吹き飛ばす、痛みに喘ぎながら地面を転がれば…頭に違和感が走る、なんだ?あれ?これ…
「あれま、カツラ外れたみたいだぜ?やっぱお前金髪の方が似合ってるぜ、エリス」
見ればさっきの衝撃に黒色の毛が取れてしまったようで エリスの金色の髪が視界で揺れる、…カツラが取れただけか まぁ今この場には誰もいない、気にすることはあるまい
しかし、やっぱり…あの守り がむしゃらに攻めても抜ける気がしないな、さっきの一撃…熱と強い打撃で鉄材を一つ潰せたが 直ぐまた新たに鉄が追加されて元通りだ
…もっと、もっと己を研ぎ澄ませ、もっと集中しろ もっともっと動きを機敏にするんだ
「はぁー…、もう一回!」
「やってみな、無駄とは言わねぇ!」
再びヘットの周囲で幾多の鉄が踊る あの鉄の動きを見極めるんだ、…鉄より速く動け ヘットの想像を超えろ、魔力を火炎のように滾らせ再び風を纏う …行くぞ…!
「フゥッ!」
息を吐き旋風圏跳で突っ込む、飛ぶのではなく 地を這うような低空飛行で連続で地面を蹴りながら加速していく、イメージするのはメルカバの高速移動 あれほど速くは走れないが、こうすれば今まで以上のスピードで走れる!
「真っ向から迎え撃ってやるよ、鉄壊雨!」
飛んでくる鉄柱が 振るわれる鉄材が、阻むようにネジが高速で飛び回る…一つ一つが別々の動きでエリスを排除しようと暴れ狂い殺しにかかる、それでも…止まるわけにはいかない
槍の如く飛んでくる鉄柱を飛び避けさらにその上を走る、空を舞うネジが敵意を持って雨のようにエリスに降り注ぐ、それをさえも身を捩り捻り回転するようにしてギリギリで避ける
塊のように飛んでくる鉄塊の間をすり抜け、突き刺すような鉄の棒を寸でのところで避け 頬に一筋の赤い線が走る、汗と血を空に舞わせながら走る走る ひた走る
「やるねぇ、だがおかわりはまだまだあるぜ?」
ヘットの周囲を舞う鉄骨がその場で高速で回転を始める、回転し回転し 一枚の円盤に見えるほどの速度で回転した幾多の鉄骨は回転を保ったまま轟音を鳴らしながらエリスに降りかかる
受け止められない 、籠手で受け止めればいくら籠手が頑丈でも衝撃でエリスの体はバラバラだ
低く屈めた体を更に下へ、勢いに任せスライディングするように床を滑り、回転する鉄骨の下を行く、頭の上を通過する旋風に背筋を冷たくしながら回転する鉄骨を避け…抜けた!
「お?、今のも避けるか」
鉄の包囲を抜け再びヘットの座まで辿り着く、さっきと違う点があるとするなら 今さっきの攻撃でヘットは完全に無防備であるという事、奴の魔術は攻防一体だが攻撃にも防御にも使えるからこそ 、攻撃後は完全に無防備になる
攻撃を全て抜ければ 奴は無防備、鉄さえなければコイツに出来ることはない
「鉄さえなければ 俺に出来ることはない、そう思ってるな?」
ニタリと笑う、ヘットがエリスの思考を読んだようにそう笑うのだ
何が そう思う事さえ儘ならぬ程の速度でエリスと体はヘットに突っ込む…その刹那
エリスの前に黒い壁が現れ エリスの体を弾き返す、な 何故!?鉄は全部攻撃に使ったはず、もうコイツに使えるものは何も…!
「ぐぅっ!…」
弾き飛ばされた体を空中で整え着地する…、遠くから見れば その正体が確認できた、いや…マジか…
「そんなの…ありですか…」
エリスの前に突如現れた壁 ヘットを守るように生えてきた壁、それは…甲板だ 鉄で出来た甲板がベリベリと剥がれヘットを守るように聳え立っている
思えばこの戦艦は鉄製だ、至る所…というかその大部分が鉄で出来ている、即ち今エリスが立っているこの戦いの場そのものが ヘットにとっては全て剣にも盾にもなるという事で……せっかく弱点を見つけたと思ったのに、そんなのありか
この船にいる限り 地面も壁も全てヘットを守るように動き回る、いくら鉄の包囲網を抜けても …絶対にヘットにダメージを与えられない
どうする、どうすればいい どうやってこの状況を打開すればいいんだ…分からない
「お前はよくやっていると思うよ、そんなガキで俺達と渡り合って メルカバを倒しソニアを上回り、俺の計画を悉く潰して回った お前一人居なきゃアジメクもアルクカースも今頃俺の計画でめちゃくちゃだったのによ」
「エリスは…くっ」
飛んでくる鉄柱達 旋風圏跳で飛び退けばエリスがさっきまで立っていた場所に次々と突き刺さっていく、ダメだ また逃げに回ってしまった、このままじゃ捕まる
「そんなに魔女が好きか?そんなに魔女に心酔してるのか?、分からないね…俺には」
「エリスは…魔女に感謝はしています、しかしそれだけで国を 世界を守ろうとしているわけじゃありません!、アジメクにもアルクカースにもこのデルセクトにも!、掛け替えのない友人が居るから…エリスは守るために戦ってるんです!」
「なら、その友人が魔女に殺されたら お前はどうなる、魔女がお前の友人に牙を剥いたら、お前は魔女の為に戦うのか?友のために戦うのか?」
降り注ぐ鉄柱の雨の隙間からネジや小さな歯車が高速で飛んでくる、避けられない 幾重にも重なる攻撃 何重にも連なる連撃にエリスは対応しきれず、腕や胴にネジが食い込み、ミシミシと骨が悲鳴をあげる
「それは…、ぐぅっ…」
「魔女はいいもんじゃねぇぞ、アイツらは神を気取って人を支配する、人の価値を定めようとする、人の価値なんてそれぞれだろ?だがアイツらは自分の価値観を押し付け 人を型にハメ世界の形を維持しようとし続ける、維持出来ないなら殺そうとする それが誰であってもない」
「…そんな、型に嵌った世界が…嫌だと?、変えたいと?それが人の世の為だと?」
「マレフィカルムの信条的にはな、マレフィカルムはこの世界を人の手に奪い返せばより世界は人間にとって進むと信じてる、が 俺は違う 別に他の人間がどうなろうとも知ったこっちゃねぇ」
「なら何故、この国をめちゃくちゃに出来るんですか…!こんな兵器を作って世界をめちゃくちゃにしようとするんですか!」
「言ったろ、嫌いだからさ…魔女も魔女に寄りかかる人間も、何もかもが!」
食い込む鉄に呻き声を上げながらも足を止めず今度は反転しヘットに向かう、しかし今度はそれさえも許さないと言わんばかりに次々と振るわれる鉄柱がエリスの行く先を遮る
「そんな八つ当たりのためにですか!ただ嫌いだから 貴方は壊すんですか!」
「そうさ!、これは俺の復讐さ…俺の大切な物を壊した魔女に 同じ苦しみを味あわせる為に、俺はこの世界を壊してやりたいんだよ、そこにマレフィカルムの信条も何も関係ねぇ」
爆発するようにヘットの周囲の鉄が周囲へ弾け飛び、エリスの体ごと吹き飛ばす…全身がギリギリと痛み 時を経つにつれて体が動かなくなる、攻めることも守ることも出来ない
憎しみだ 彼が魔女に何をされたのかは分からない、だけど…どれだけ辛い目にあっても それを理由に他人の営みを壊しいい理由になんかならない
「お前が…消えれば魔女の希望は潰えることになる、お前がいなくなれば 魔女の世界を継ぐ人間はいなくなる、奴が守った世界は終わりを告げる…」
「ぐっ…うぅ」
「…なぁ、もっかい聞くぜ どうしてお前はそこまで魔女を守ろうとする、そりゃ魔女様は立派だからとか 世界を守った英雄だからだとか、そんな不確かな理由で魔女を守ろうとする奴はごまんといる、だけどお前はなんか違う気がするんだよな…弟子だから ってんでもないんだよ?」
「エリスは…昔、奴隷でした…危うく 死ぬところだったエリスを、絶望の底にあったエリスを、助けて人間にしてくれたのは…師匠…魔女なんです、エリスの命は魔女の為にある だから魔女の為に戦うんです」
「ふぅん、…助けてくれたから助けると…そうかい、やっぱ相入れるようで相容れないな 俺達は」
呻きながら 痛みに喘ぎながらも立ち上がるエリスを前にヘットはポリポリ首をかきながらそういうのだ、相容れない そうだ…エリスとヘットはどうやっても向かい合うようになっている
魔女のいる世界といない世界 どっちが正しいということは、きっと無いんだろう 世界のあり方の正しさを決められる人間なんていない、でも それでも エリスは魔女の居る世界を望み、ヘットは魔女の消える未来を望んでいる
だから負けられないし 譲らない
「まだ立つか、そりゃ立つよな」
「エリスはまだ負けてませんからね…っっ…」
負けてない負けてないと言えど、戦況は火を見るより明らかだ エリスは傷だらけ、ヘットは無傷、力の差がある以上 こうなることは読めていた
ふと頭に激痛が走り、額を血が伝う…鉄に打ち据えられたエリスの体は所々青く染まり 服は至る所が血で赤く染まっている、息が上がる、手足の力が抜ける エリス自身今どうやって立ってるのかも分からない始末だ
さっきから逆転の一手を模索しているが 何も浮かばない…、極限集中は常に使っている 魔術だって全霊で撃ってる、エリスに『これ以上』はない…策も結局浮かばなかった、ヘットの防御を潜り抜け 奴に打撃を与えるにはどうすればいい
電撃は効かない 風も弾かれる、炎も消される…エリスの使う魔術は悉く奴に効かない、…いや まだ試してない魔術があった、水だ…水 水でどうにか出来るか…?
想起する、今までの戦いを 今までの戦い中にヒントが…
あった、水を使えば 奴に…あの防御を抜けて奴に攻撃を通すことが出来る!
「っっ!…」
「そのガッツは認めるが、今更何が出来る 俺の魔術の防御も抜けず 攻撃も捌き切れない、ここらで終わりにしようぜ、エリス…俺の勝ち それでいいじゃねぇか」
「認められません、エリスはやっぱり 貴方のやり方とあり方を認められません!」
「子供みたいに駄々こねるんじゃ…ねぇよ!」
再び 鉄骨や鉄柱が空高く舞い上がり、その全てがエリスの方を向いて降り注ぐ…自由落下ではなく、明確な敵意を持って…殺しにきた
「颶風よ この声を聞き届け給う、その加護 纏て具足となり、大空へ羽撃く風を 力を 大翼を、そしてこの身に神速を 『旋風圏跳』!」
風を纏い走る、地を這うようにして鉄骨を避ける、右へ飛び 左へ走り 後ろへ飛んで降り注ぐ鉄骨の隙間を縫って、前へ!
「バカの一つ覚えは好きじゃねぇな!」
エリスが向かってくるのを見て、ヘットは再び自分の周りに鉄骨を浮かし待ち構える
エリスがどんな攻撃をしても ヘットは磁力で鉄を巧みに操り、防御するだろう 風は壁を作り 電撃は避雷針を作り 炎は鉄を旋回させ、どんな攻撃さえも奴には通用しない
だが…一つ、奴に攻撃を通せる手段があるのなら!
「水界写す閑雅たる水面鏡に、我が意によって降り注ぐ驟雨の如く眼前を打ち立て流麗なる怒濤の力を指し示す『水旋狂濤白浪』!」
水だ、エリスの魔力が水に変わり 荒れ狂う波となって 波濤となって甲板に溢れ巨大戦艦が重みによって揺れる、莫大な水 それが今ヘットに向かって撃ち放たれるのだ
「効かねぇよ!、そんなもん!」
しかしヘットとて無抵抗ではない、鉄を集め 壁のように ダムのように防壁を作り、エリスの水を防ぐ、どんな攻撃にも対策を取っているようで 水を使おうが無駄だと言わんばかりに防ぎ切られる
…だが、そこじゃない エリスの狙いは水を…この空間に充満させる事、事実ヘットは水による攻撃は防げたものの水そのものは防ぎ切れなかった、彼の足元には この甲板全体には、絨毯のように水が敷かれている
今なら、道がある 攻撃を通す道が!
「厳かな天の怒号、大地を揺るがす震霆の轟威よ 全てを打ち崩せ降り注ぎ万界を平伏させし絶対の雷光よ、今 一時 この瞬間 我に悪敵を滅する力を授けよう…『天降 剛雷一閃』」
飛び上がり雷を放つ 手をかざしエリスの出せる最大の電力を放つ、電気は…そのまま撃てば鉄骨に吸い寄せられてしまう、だが撃つのはヘットにではない…地面、いや水浸しになった甲板にだ!
「む、電気か…!」
水は電気を通す、それはメルカバの襲撃の際利用した戦法だ…水を通して通電させれば如何に鉄柱を立て避雷針にしようが慌てて壁を作ろうが防ぐことはできない、剰え奴自身も水浸し…電気はよく通る
防げない 避けられない、この甲板にいる限り電撃は必中にして必殺となる、磁力しか扱えないあいつには対応策など 無い!
空中で態勢を直し、ヘットを睨みつける…如何にしようともこれは防げな…………
「いない…」
居なかった、さっきまでヘットが立っていた場所には誰もおらず、エリスの這わせた電撃は無駄だと虚しく虚空で光り輝き散っていく…
何処へ、そう疑問に思うと共に エリスの頭上に輝く月が、影によって遮られる
「悪い手じゃなかった」
上を向く、居る 奴だ ヘットだ、浮かせた鉄骨を足場にエリスより高く エリスの頭上を、奴は飛んでいる…
「だが経験に、差があったな…」
上回られた、策は完璧だった 防ぐ手立てはなかった だが、だが奴はそれさえも読み 電撃が通る前に空へと飛び上がり逃げていたのだ
人間として 戦う者として、エリスの上を ヘットは行ったのだ…必殺にして最後の策が、破られた
「じゃあな、魔女の意志…いやエリス 、この世界は約束通り、きっちりぶっ壊しておくぜ」
ヘットが拳を握ると共に周囲の鉄が集まり…巨大な鉄拳を作り上げていく、あれを防ぐ手は エリスには…無い
「だから後腐れなく、死んでくれや!滅神降鋼拳!」
降り注ぐ 振り下ろされる鉄拳、月の光を覆い尽くすほどの拳は容赦なくエリスの体へと飛んできて…
ああ、師匠…すみません、…最後に一目…会いたかったです
そんなエリスの思考にも、鉄は無慈悲に答え その巨大な拳はエリスを吹き飛ばし 押し潰し、甲板に大穴を開け…エリスの意識は、甲板に開いた穴の闇に飲まれていった……
……………………………………………………
人を殺した、成り行きだったが 人を殺した
生きていくためには仕方なかったと言い訳をするつもりはなかった
盗みを働いて それが店主にバレて なんとかする為に手元にあったナイフで刺して殺した
後悔はない 悔いても居ないし懺悔も告解もする気もない
それでも 何かが違えばこんなことにならなかったのかもしれないと、誰かがどこかで助けてくれればこんなことにはならなかったのではと、小さな少年は 血の海に沈む死体を見て…血塗れの己の手を見て、呆然と思い尽くしていた
結果として、助けてくれる人間はいなかった 俺が悪に手を染めれば染めるほど、周りの人間は冷たく 恐ろしくなっていき、それに呼応するように俺自身もまた悪どくなっていった
人を殺してもなんとも思わなくなった、盗んでも壊しても何も感じなくなった…けど、そんなある日 俺にも仲間が出来た
というより、拾ってもらった…街の闇を仕切る犯罪組織が危うく捕まりかけた俺を助けて、拾ってこう言った
『随分悪い事やってるみてぇだな、まだガキだってのに 将来有望だな、こりゃ』
組織の親分は俺を拾って そう言った、笑いながら肩を叩き 一人ならこっちに来いよと言ってくれた、初めてだった 誰かが俺を必要として受け入れてくれたのは
親分は俺を息子代わりとして育ててくれた、組織のみんなも俺を可愛い子分として扱って可愛がってくれた、色んなことも教えてくれた
人の騙し方 スリのやり方、法の抜け方 人の綺麗な殺し方、この残酷な世界で上手く立ち回る方法を…みんなみんな教えてくれた
『おい、お前も一端の悪人になってきたじゃねぇか、ほれ コイツをくれてやるよ、大切にしな』
ある日ボスは俺を組織の組員として認めると共に、一本のナイフを送ってくれた…無骨でまだ子供の自分には大きすぎるくらいのナイフ、人の血を吸ったような汚いナイフを貰った時…俺は 初めて嬉しくて泣いた
ナイフを抱きしめて泣いた、俺はどうしようもない下劣な悪人さ 俺を育ててくれた奴らもみんな犯罪者さ、だけどさ それでも悪人だって人間なんだ 俺だって人間なんだ、そう思えて…嬉しくて嬉しくて、堪らずに泣いたよ
そのナイフを片手に俺はもうそりゃあとびっきり悪いことやりまくったよ、人を騙した 文句言う奴は殺した、金をたんまり稼いで一夜で使い切ってまた奪って飲んで
本を読んで勉強して 魔術覚えて強くなって、それでまた一層悪いことしまくって…、悪行三昧だったが 俺達はあの時確かにこの世界を生きる存在として、確かに幸せだったと思う、今思い出しても 目の端に涙が浮かんじまうぜ
俺達は国を転々としながら あっちこっちで犯罪を犯し、ある時は街一つ潰しちまうこともあったな
だけど、…俺が背丈も伸びて立派なチンピラになった頃 それは起きた、現れたのは魔女だった、いや俺達が踏み込んじまったのか 魔女の国に
奴は軍を率いて現れて 『我の国に汚れは要らぬ』そう言うと共に、俺達悪人を俺の家族を殺して回った 俺達だって抵抗したさ、みんな腕に覚えはあったから 戦ったり上手く逃げたりしようとしたが…まるで相手にならない、全員が全員異常なレベルで強いんだ 今の俺があの場にいても結末は変わらなかったであろう程に
特に魔女のその隣に立つ眼帯の男、奴はとてつもなく強かった、俺達だって修羅場は幾度と潜り抜けてきたがアイツは別格だった、後になって知ったよ そいつが魔女を除いたこの世界における 人類最強の男なんて呼ばれてる男だってな、喧嘩売らなきゃよかったぜ
俺達組織は魔女とその部下によって瞬く間に滅ぼされた、壊滅状態になった組織で…親分は若い俺だけを逃がしてくれた、貨物船の荷物にボロボロの俺を紛れ込ませて
『俺達は十分生きた 十分楽しんだ、…だからお前だけでも生きろ』
そう言って、親分は俺を逃がして…親分は 組織は…俺の家族はみんな魔女に殺された、実の親が死んだってなんとも思わなかったのに、俺は…俺は初めて涙も出ないほどに泣き喚いたさ
慟哭し、そして誓った …魔女が俺の大切なものをぶっ壊したなら、俺も魔女の大切なものをぶっ壊してやるって
悪人を汚れと言って 排除しようとする奴らに思い知らせてやるんだ、悪人は 確かにここにいるんだ、ここで生きているんだ…俺達は 俺達だって人間なんだってな
それからか、マレウス・マレフィカルムに入って 培った技術で俺だけの組織を立ち上げ、魔女に対する復讐の為に動き始めたのは…
長かった、ここまで…だがもう直ぐだ、もう直ぐ俺の復讐を始められる、俺を生かしたみんなの意志を俺が継ぎ 魔女が残そうとした魔女の意志を…殺す
そうやって、俺の 人生最大の悪行は始まるのだ
………………………………………………………………
「かひゅっ…かはっ…」
闇の中血を吐く、全身が痛む…どこの骨がどう折れてるのか 体の損壊具合を把握できないほどに、エリスの体はボロボロだ…
でも、生きてる…不思議なことに生きている、あの鉄拳に押しつぶされる直前 再び水を展開して衝撃を逃がしていたが、それでも無事でいられるような威力じゃなかった
「こ…ここは…」
ビリビリと痛み起きるなと悲鳴をあげる体を無視して立ち上がる、見渡せば …闇だ、一面鉄の世界だ …エリスの体は甲板を突き破り下へ落ちていったことから考えると、ここはあの巨大戦艦の内部なのか?
「やっぱり 生きてたか、ヒーローってのは こうギリギリで生き残るように出来てるもんなんだな」
「ッ…ヘット…!」
鉄骨の上に立ち、数多の鉄を侍らせながらヘットが上からゆっくりと降りてくる、油断ならない男だ エリスの死をちゃんと確認するとは…ポーションを飲んで傷を治す暇もなさそうだ
「あーあ、大穴開けちまった…こりゃまた直さねぇと」
「貴方は…何故そうまでして魔女を恨むんですか…、貴方だって魔女の世界で生きて育った身でしょう」
別に この質問に意味なんかない、ヘットの過去を知りたいとか 話をして回復の時間を稼ごうとか、そんな意図はない…ただ 口が勝手に動いたのだ、エリスの意思を無視して
「お前と同じさ、俺は俺を助けてくれた人を魔女に殺されたから 魔女を恨むのさ、結局 ここにいない人間のために戦ってんのさ、俺たちは」
「魔女に殺された…?、魔女が意味もなく人を殺すとは思えません」
「ああ、俺達が悪人だったから この世界の汚れだから、殺されたんだ…だが、悪人にはこの世界に居場所はねぇのか?」
「貴方は…根本的なところで間違えてますね…」
「はぁ?、…いや 相容れないからこそ、理解も出来ないか」
ソニアも…ヘットも、いやともすればメルクさんさえ 間違えている…根本的な部分を、その理屈は その理屈だけは間違いであると声高に言える
だが、今そんなこと指摘しても意味がないな…
「何にせよ、俺は今からお前を殺す それで何の遺恨もなく、清々した気持ちで魔女に復讐が果たせる…いい加減終わりにしたいんだぜ俺は」
「それは…エリスも同じです、決着を…つけにきたんですから、エリスは ここに」
とはいえ、生きていたとはいえ エリスの体はボロボロ…虫の息と言ってもいい、もう1発貰えば 確実に死ぬ、されどヘットのあの魔術を抜く方法は未だに思い浮かばない、瀬戸際の策も破られ エリスにもう手はない
もはや戦いにもならないだろう、だけど…この命ある限り 負けを認めるわけにはいかないんだ
「そうかい!、なら 遠慮なく行くぜ!」
「っ…ぐぅっ!」
飛び交う鉄柱、容赦なく降り注ぐ攻撃、旋風圏跳を使う暇さえなくエリスは傷だらけの体を庇うように 逃げる、ギリギリで避け 寸でのところで躱し 逃れる…が もはや鉄柱の作り出す衝撃波さえ、エリスに取っては命取りだ
「あぁぅっ!?」
地面に突き刺さり揺れる地面に足を縺れさせ転ぶ…、咄嗟に転がりエリスの上に落ちてくる鉄柱を避け、慌てて体を起こす…
…打つ手なし、そんな言葉さえ頭に浮かぶ…エリスに使える全ての魔術も思いついた策もアイツには通用しなかった、…もう…エリスに出来る事は
「くっ!」
咄嗟に飛んできたネジを籠手で弾き飛ばした瞬間、エリスの体の中で異音が鳴り響く…ダメだ 今の一撃で 骨が筋が完全にやられた 左腕がダランと垂れ下がり動かなくなり、右腕にもうまく力が入らない
動くのは足だけ…立ち上がって逃げてるうちにこれもそのうち動かなくなる、そうなればエリスは終わりだ
籠手を見れば 思い浮かぶのはラグナやデティ…エリスを信じてくれた親友達の顔だ、信じてくれたのに エリスはもうダメそうだ…心折れるなと負けを認めるなてどれだけ思っても、弱った体に比類するように心も衰弱する…
エリスはもう…もう……
そう、籠手を見ている時…ふと、脳に電撃が走る ピリピリと…
なんだ、この違和感 …ヘットの攻略を考えている時にも感じた違和感、それがより一層強くなる この籠手を見ていると、何か 何かとてつもない違和感を…
「うぐっ!」
「おいおい、逃げるばっかか?戦うんじゃなかったのか?」
降ってくる鉄柱から走り逃げながら、再度籠手を見る 何だこの違和感…何を見落としているんだ、…そう言えば これ…金属だ
周りを飛び交う鉄柱同様、この籠手も特殊な鉱石で出来ているとは言え金属だ、なのに今の今までヘットの磁力に吸い寄せられる気配もないし ヘットもこれを動かそうとする気配もない、動かそうと……
「あ…ああ!そうか!」
…今度は電雷が走る、脳内に 閃きという電雷が、この籠手を見て それに紐付くようにいろんな記憶が脳内を巡る 巡る!、そうか!そういう事か!
ヘットと戦った時の記憶 ニコラスさんがヘットと激突した時の記憶、そして…そして!師匠の言葉!、分かった!理解した!この籠手をヘットが動かさない理由!否!動かせない理由が!
「ッ…!そういう事だったんですね!」
「お?、何か妙案が浮かんで…って何やってんだ?」
動かない右腕を必死に動かして、籠手を 腕輪を外し両足に装着する、使用者の体格に合わせて形を変えるという天輪は物の見事にエリスの足に吸い付き 装着される
分かったんだ、ヘットの磁気魔術 その弱点が…
思えばヘットは鉄を操れると言いながらも 、よく考えると操っていない鉄もいくつかあった、まずはエリスの腕輪 宝天輪ディスコルディア 、そしてニコラスさんの体だ…ニコラスさんは体を鋼鉄に変えて戦っていたが…それならニコラスさんの体もヘットは操れる筈だろう?
何故そうしなかったか、エリスの腕輪とニコラスさんの体に共通する点は一つ …魔力だ、否魔力を使う人間の体に触れているかだ、触れているものは動かせないんだ
しかし、他の人間に触れただけで磁力を失うなら磁気を纏った鉄で打撃など出来よう筈もない、それだとエリスの体に触れた途端 ヘットの鉄は制御を失うことになる
理由は単純だ ただ触れているだけではダメ、…エリスの腕輪もニコラスさんの体も 両者とも体に触れているから、その者の魔力を纏っているんだ
思い返すのは師匠の言葉…師匠は汽車を見た時 あれは魔力で動いていると勘違いしていたが、その時こう言っていた
『魔力を用いて物を動かし それに乗るという発想は昔からあったが、動かす物の質量が大きくなればなるほど使用魔力が大きくなる…という法則のせいで上手くいかなかったんだ』
動かす物の質量が大きくなれば使用魔力もまた上がる、たしかに旋風圏跳も大きな物を飛ばそうと思えば思うほど 使用魔力は大きくなる、とは言えあれは風を纏わせ射出しているだけだ…ヘットのように魔力を使って自在に操るとなれば その負担は旋風圏跳以上だろう
デティはこの磁気魔術の使い手は強力な魔力を持つ者ばかりだと言っていたが、恐らくこの法則があるから 大きな鉄を動かそうと思えば思うほど魔力が強くないといけないんだ
ヘットは強い魔力を持っている、だから動かせる だから高速で動かせる、だからエリスの攻撃は防がれるしエリスの防御を抜いてくる
しかし、魔力もまた質量として捉えられるなら エリスの魔力を纏うこの腕輪を操るには それ以上の魔力が必要になるんじゃないか?、他人の魔力が邪魔をして 動かすには割に合わないんじゃないのか?
つまり…つまり!
「ぜぇ…ぜぇ、魔力…解放ッ!!!」
体から魔力を解き放ち この室内にエリスの魔力を充満させる、外ではできなかったが 室内なら出来る、魔力でこの室内を満たすことが!
「魔力?…っ…重…!」
そして、解き放った魔力を制御し空を漂う鉄骨達に纏わりつかせる、重りのようにのしかかった魔力によりヘットの魔術による負担を大きくする、鉄骨の見た目は変わらないが魔力が染み渡った分ヘットには鉄骨一つ一つが急激に重くなったように感じるだろう
動かす物が大きくなればなるほど、魔力負担は大きくなる そしてそれは動かす物に付随する魔力にも適用される、動かす物が魔力を纏っていれば…ヘットの負担はどんどん大きくなる
「ぐっ…マジか、そんなことまで出来んのかよ」
出来る、普通に魔力を飛ばしても 魔力は空に散るだろうが…エリスの師匠から賜った魔力制御があればそれも出来る!
エリスの魔力が染み渡った鉄骨達は 目に見えて遅くなる、動きが重く なりヘットの顔も歪む、このスピードなら…行ける!突破出来る!
「颶風よ この声を聞き届け給う、その加護 纏て具足となり、大空へ羽撃く風を 力を 大翼を、そしてこの身に神速を 『旋風圏跳』ッ!!」
走る、最後の力を振り絞り 全力で跳躍する、この魔力散布も長く持たない エリスの魔力で奴の魔術を阻害している間に、倒す!
その覚悟と共に 開眼するは極限集中、そして極限の集中の中 詠唱を省略して…もう一つ 追加の魔術を使う、それは…
(…『眩耀灼炎火法』!)
炎だ、風を纏い飛ぶエリスの周りに炎が漂い、エリスの足に装着した宝天輪ディスコルディアへと纏わりつく、エリスの足はディスコルディアは炎を纏い火炎を噴き出し 紅蓮の脚と化し赤熱する
「ぐっ、…やられてたまるかよ もう目の前まで来てんだよ!、こんなところで負けられるかよ!」
ヘットが吠える、意地で 動かない鉄骨を動かしエリスの前に幾重も突き立て壁にする、だが 遅い!防御の展開が目に見えて遅い!これなら!
「はぁぁぁあぁっっっ!!!」
旋風圏跳で加速しながら炎を纏い、捲き上げるように全霊で回転し…目の前に突き立てられる鉄骨へ、炎の蹴りを打ち付ける…すると鉄骨はエリスの炎の蹴りの打撃により赤熱し 焼けるようにへし折れる!
旋風圏跳の加速とスピード それに炎を焚べる、風は炎を煽り火力を増大させディスコルディア に纏わせる、ディスコルディアは強烈な熱を帯び鉄さえも焼き切る…見事なのはディスコルディアの性能だ 赤熱しているというのにエリスには全く熱が伝わってこない!
旋風圏跳と眩耀灼炎火法 そして宝天輪ディスコルディアを掛け合わせた合体魔術、名付けるならば合体古式魔術『旋風灼刀 天輪脚』!
「なっ、防壁が…!」
「ぐぅぁぁぁあああ!!!!」
雄叫びを上げながら体を回し 次々飛んでくる鉄柱を蹴り裂く、炎の斧のように鉄を次々と切り裂くエリスの足は 回るほど時間が経つほどに加速し熱を帯びていく
ヘットの鉄柱達は遅くもはやエリスには追いつけない、エリスの魔力が充満したこの空間では床や壁を操って防御に回すことも出来ない!もう ヘットを守るものは何もないのだ
「俺の…魔術が、破られた…!」
「ここまでです!ヘット!」
防御を抜け無防備なヘットまで辿り着く、鉄柱は届かない壁はない、完全に手を塞がれたヘットの体へと、エリスの炎の脚は…!
「ぐぉぁっっ!!」
撃ち抜く!、回転しながら蹴りを撃ち放ち ヘットの体を 腕を顔を足を、回転し撃ち抜き叩き込み
蹴る ただひたすら蹴る、蹴り続ける 反撃も許さずただひたすらに 高速で加速し、炎の竜巻となりながら烈火の蹴りを見舞い続ける
「はぁぁぁぁっっっ!!!」
「ぐがぁっ!?…ぁ…がぁ…!」
その身に何十という炎の蹴りを受け 、トドメとばかりに顎を一撃蹴り抜かれヘットの体が揺れ、力無く崩れ…倒れ…
「ぐっ!、まだだ まだだぁっ!!」
……ない!、傷だらけになり テンガロンハットは焼き飛びながらもヘットは立ち続ける、その懐から大振りの 使い込まれたナイフを引き抜き、エリスに向け構え
「負けられねぇんだよ!俺は負けるわけにはいかねぇんだよ!」
ヘットは叫ぶ、叫びながら炎を纏うエリスに向け 牙を剥き ナイフを振るう、ああもう攻め立てられて尚 彼の瞳は揺るがない、それどころかその瞳はより一層 燃え上がる
「そんなに、そんなに俺が憎いか!エリス!」
エリスの蹴りをヘットが躱し カウンターで振られる斬撃をエリスは避ける、それでもヘットは止まらない、憎々しげにエリスを睨み 怨みをこぼすように叫ぶ
「恨むことは悪いことか…欲することは悪いことか!」
偽善者は皆言う、復讐は何も生まないと
聖人気取りは皆言う、欲深いことは良くないと
「くだらない あまりにくだらない、なら偽善者の前で最愛の者を殺してやろう 聖人気取りの前で金貨の山を築いてやろう、そしてこう言ってやるんだ『結局人間は欲深く執念深い生き物なんだ、この感情に背を向け生きる奴らは人ですらない』となぁっ!」
ヘットの魂の叫びだ、武器がなくなろうとも 傷つこうとも戦うことをやめない
ヘットの信念の叫びだ、今まで飄々とやり過ごしてきた男の胸に秘めた燎原の如き怒りが 彼を動かすのだ
「それでもお前は…、それでも…それでもこの感情を 俺を否定するのか、俺とお前 一体何が違うんだ、お前の目的はそんなに高尚か!俺の生き様そんなに下劣か!」
ナイフを持ち エリスに向ける、ここで殺す ただ純粋なまでの敵意が向け…強く踏み込み 万断の一撃が振るわれる
「最愛の師を奪われ失い…怒りに狂い、戦い抜いた果てにここに辿り着いたお前と、復讐に生きる俺の何が違うんだ!」
エリスもまたその敵意に答えるように、ヘットを見据え 体を一層速く 速く速く回転させ蹴りを放つ
「言ってみろ、答えてみろ!…エリスッ!!!!」
「くだらないッッ!!!」
交錯する刃と紅蓮の蹴り、影は叫びと共にぶつかり交錯し…闇を照らす炎は 消え去る
「何が悪いか 何が違うか、そんなもので自分を測るから 周りが憎くて仕方なくなるのです、この世に善はあれど善人なく 悪はあれど悪人はなし、自分で自分を決めつけ 善を憎むから、全てが憎くてしょうがなくなるんです、悪と善で この世は測れません」
炎が消え 元の黄金を取り戻す天輪を、纏った足で エリスはヘットの背後に立つ、その肩にはナイフでつけられた傷が深々と残り 血が滲んでいる
「…悪人と…善人じゃこの世は語れないって…?、その理屈じゃ 俺は悪人じゃなくなっちまうぜ?」
ヘットもまた語る、しかし その手に持つナイフは既に焼き切られ 中頃で消え去っている
「ええ、貴方は悪い人ですが 悪人ではないんでしょう」
「へっ、…説教かよ…こんなガキに、…なら なんで俺が悪人じゃないなら何故俺をそうまで躍起になって倒す、俺が魔女の敵だからか?」
「いいえ、貴方がエリスの敵だからです…エリスの意思とぶつかり合う意志を持った敵だから、激突し…倒すのです」
「なんだそりゃ…意味わかんねーよ」
その瞬間ヘットの体が揺れ 膝をつく、エリスの一撃が 奴の芯を捉えたのだ
「あーあ、こんな咄嗟に…土壇場で…、逆転の一手なんか思いつくかね 普通…まるで物語だぜ、こりゃ…、ったくヒーローってのは…いいねぇ、…悪モンってのは…つくづく…損だよ」
「…………」
「…もう、ちょっとだったのにな…打倒ヒー…ロー……」
闇に響く、男の倒れる音が…顔は向けない 振り向かない、エリスにはまだ すべき事があるから、戦いはこれで終わりじゃないから
エリスは歩む、ヘットと約束したから 勝った方が世界の行く末を決めると、だから勝った者の責任として エリスは…進み続けるんだ
…………………………………………………………
旋風圏跳で船の甲板まで飛べば、甲板にはヘットの置いたスーツケースがあった、中にはちゃんと白い宝石アルベドと 黒い宝石ニグレドが存在していた、これさえあれば…師匠を助けられる
魔力解放の所為で殆ど残っていない魔力と体力で、体を引きずるように船を降り…とりあえず休む、何をすべきか 何からすべきか、ヘットはどうするべきか この巨大戦艦はどうするべきか…考えなきゃいけないこと、やらなきゃいけないことは山ほどあるのに…今は体が動かない
少しの間だけでいいから、休ませてほしい…
「エリス!無事か!」
「メルクさん…」
ふと声がして振り向けば慌てて駆けてくるメルクさんがいる、青い顔して息急き切って エリスの後を追って走ってきたみたいだ、…だが幸い もう事は済んでいる
「大丈夫か、傷だらけだが…ヘットは」
「倒しました…ニグレドもアルベドも、ほら…ここに」
「本当か!、…こんな傷だらけになって…よくやってくれた」
スーツケースを押しのけ エリスの体を抱きしめてくれるが、ごめん 身体中がもうズタボロで 抱きしめられるだけで死にそうなんだ…
「早速これ持ち帰ろう…いやその前に治療か、と言ってもこんな傷どうすれば…」
「ポーションがあるので大丈夫ですよ、それはそれとして…もう体力も魔力も残ってないので、少し…休ませてください」
「ああ、あとは私に任せろ」
そう言ってスーツケースとエリスの体をメルクさんに預けようとした瞬間…大地が轟音と共に揺れる
「な なんだ!?この音は…!」
鉄の軋む音 波が揺れ それに伴い大地が揺れているんだ、…まさか いやまさかも何もない、音の正体になんて 一つしかない…!
「戦艦が 動いている!?」
轟音を響かせ 戦艦が揺れ動き、巨大な砲門が起動し始める…動いている、国を崩し魔女を殺し世界を壊す超兵器 巨大戦艦『ウィッチハント』が!
「ヒーローってのはつくづく損だよなぁ!、エリス!悪役を殺せないんだもんなぁっ!」
艦橋に姿を見せるのはズタボロのヘットだ、傷を抑え片手で壁に手をつきながら外へ出てきたのだ、…いや そうか…ヘットなら!
「お前が命を尽くして戦うように!俺も最後まで!命尽きるまで戦うつもりだぜ…!、詰めが甘かったな!エリス!」
磁力を操る無理やり戦艦を起動させる、こんな巨大なもの動かすなんて…出来るわけがない、おそらく起動だけさせ 砲門や一部だけを磁力で操っているんだ
それでも奴の体には相当な負荷がかかっているのだろう、口から目から傷口から血が噴き出している、だがそれでもヘットは止まらない エリス達を消すために…
「くっ、こんな巨大なもの どうすれば…!」
「エリスが…責任を持って…ぁぐぅ…」
立ち上がろうとするがもはや体は限界だ、何かをしようにも もう魔力がない…せっかく勝ったのに、ここまでなのか…
ヘットが無理矢理戦艦の砲門をエリス達に向ける、あんな巨大な大砲を受ければ ここら一帯が消し飛んでしまう…当然 エリス達諸共
もはやヘットはニグレドもアルベドもどうでもいいようだ、ヤケクソになりエリス達だけでも殺してやろうと言うのだ、まさに捨身の攻撃…
動かない体で 砲門を見上げる、せめてメルクさんだけでも…そう思いメルクさんの方を見ると
彼女は、決意したかのように目を閉じていた
「すまないエリス、そのケースを…ニグレドとアルベドを渡してくれ」
「え?、メルクさん…何を」
そう言いながらメルクさんはケースを開ける…、中には凡ゆるものを結晶化させる白い宝石…第二工程・アルベドと万物を崩壊させる黒い宝石 第一工程・ニグレドが収められている
究極の錬金機構と呼ばれるそれは ただ空気に触れているだけで結晶化させ 崩壊させる、それをメルクさんは迷いなく…掴んだ
「ぐぅっ!?…ぅ……あがぁ…」
空気に触れただけで物質を変容させるそれを素手で掴めばどうなるか、アルベドを掴んだ手はパキパキと指先から結晶に変わり ニグレドを掴んだ手は指先から黒く染まり崩壊していく
危険だ、あれは生身で触れていいものではない、だからこそケースに入れつつ保管しているんだ!、こんなもの自殺に等しい!このままじゃメルクさんと言う存在そのものが跡形もなく消えてしまう!
「メルクさん…!」
「君にばかり命をかけさせる訳にはいかない、君も…私を信じてくれ」
するとメルクさんはそのまま自分の銃、錬金機構を搭載した銃にニグレドとアルベドを押し当て…
「『Alchemic・Magnum opus』!!」
唱える 発動させる、錬金術を メルクさんの手の中でニグレドとアルベドと銃が…いやそれだけじゃない、メルクさんの体そのものもまた強く 強く光輝き始める
「ぅ…ぐぉぉぉぉぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「メルクさん!メルクさん!!」
迸る魔力の奔流と目を潰すような強烈な光に思わず目を瞑る、聞こえてくるのはメルクさんの苦悶の声 、目を閉じていても分かるほどにバシバシ強い力を感じる こんなものの中心にいるメルクさんの苦痛はどれほどのものか…一体何を考えて!、出来るなら今すぐ割って入って止めたいが エリスの体は動かない
……そして、光と共に メルクさんの悲鳴も止まる、まさかと背筋が冷たくなり慌てて目を開け確認すると、そこには
「ぜぇ…はぁ、…エリス…」
メルクさんが 立っていた、冷や汗をかきながら…その手にそれを握りながら
「なんですか、メルクさん…それ」
メルクさんの両手には二丁の同じ形の拳銃が握られていた、片方はニグレドのような色合いの漆黒の銃 もう片方はアルベドのような純白の銃、先程まで一丁だった銃が二つに増えて …色も変わって
「ニグレドとアルベドを錬金術で銃に搭載されている錬金機構に合成した、とはいえ破壊と創造 相反する力を持つ故か、二つに分かれてしまったが…問題ない 、これを使えば 奴を止められる」
究極の錬金機構 ニグレドとアルベドを銃と合成したと言うのだ、恐らく一つに合成された時の衝撃で破壊のニグレドはそのまま銃と一体化 押し出された創造のアルベドはその力と機能をそのままにもう一つの銃を作り出し、二丁の銃へ姿を変えたのだ
二つの錬金機構の力をそのままに、それを武器に変えたのだ…
「ニグレドとアルベドを…お前!」
「ヘット、貴様の負けは決まっている 今更生き汚く足掻くな!」
そういう時メルクさんは創造の力を宿した純白の銃 アルベドをヘットが手繰る巨大な砲門に向けると
「認め…られるかよ!そんなもん!、お前らに勝つためならプライドだろうがなんだろうが捨ててやる!」
対するヘットも咆哮する、認められるかと力を解放し砲門を起動させる、来る…あのどデカイ砲門から 砲弾が…!!
「『Alchemic・Albedo』!!」
輝く白光は一条の線を引くように純白の銃より放たれ、闇を切り裂き 一直線に向けられた砲門へと飛んでいく、放たれたのは銃弾じゃない 凝縮された魔力そのものだ…創造の魔力が込められた魔力が砲門の中へ消え…
瞬間、戦艦が爆ぜる いや砲門の内部から次々と鋭利な結晶が飛び出て 内側から引き裂いているのだ、あの鋼鉄で出来た艦体を易々と引き裂く結晶は瞬く間に数を増やし巨大戦艦をズタズタに引き裂いてしまう
「なぁっ!?ウィッチハントが…銃弾の1発で!?、これがアルベドの…魔女に届きうる究極の錬金術の力かよ…!」
たったの一撃で巨大な戦艦は揺るがされ、轟音を巻き上げあちこちで爆発が起こり始める、これが あの銃弾1発で引き起こされた現象だと言うのだ
驚愕するエリスとヘットを差し置き、メルクさんは続くように 今度は漆黒の銃 ニグレドを向けると
「…『Alchemic・Nigredo』」
今度は先程の真逆、銃口から禍々しい黒色の光が放たれる 、ニグレド…万物を破壊するその力が込められた1発の銃弾…否 あれはもはや魔力の奔流だ、太く巨大な魔力の奔流は一筋に纏められ…今 巨大戦艦を貫いた
「ぐっ、くそ…反則だろ こんなもん…畜生!」
……消えていく、巨大な魔力の奔流を受けた戦艦は大穴を開けて静かに沈みながら、消えていくのだ、海の中にじゃない 虚空にだ、ニグレドによって傷つけられた穴が だんだん広がるように戦艦は朽ちるように塵になって消えていくのだ
破壊…ニグレドの持つ万物を崩壊させる力、それは相手がどれだけ大きくとも関係ない、一撃でも当たれば どんなものさえ消し去ってしまう、底冷えする程に恐ろしい力…
いやニグレドだけじゃない アルベドもだ、もしこれがヘットたちの手に渡っていたら 良からぬ者達の手に渡っていたら、そう考えれば考えるほどに恐ろしい
だが
「終わったぞ、エリス」
塵となり消える巨大戦艦、ヘットの姿は見えない…崩壊に巻き込まれ消えたか…
ともあれヘットの目論見はこうして完全に潰えた事になる、ニグレドとアルベド…究極の錬金機構を手に入れた 正義を志す者によって、メルクさんの手によって マレフィカルムのデルセクトでの企みは今…消え去り、文字通り海の藻屑となった
「メルクさん…」
「フッ、上手くいって良かったよ…この力 下手に使えばどうなるか分からないな、だが だからこそ悪の手に渡らなくて良かったよ」
そう言いながら消えた戦艦に背を向けこちらを見るメルクさん
手には黒と白の二丁の銃、恐ろしいその力を目の当たりにしたのに…不思議とその力に対しては恐怖を抱かないのは 彼女がその力を無闇に使わないと理解しているからだろう
「ありがとうございます、メルクさん」
「それはこちらのセリフだ、君がいなければ私はここまで来れなかった ここ奴ら打ち倒すことが出来なかった、…帰ろうエリス、我らに出来ることは終わった」
銃を一丁ホルスターに戻し、メルクさんはこちらに手を差し伸べる…終わったか、うん…終わったな 奴らの企みは完全に潰した、終わったんだ…長かった戦いが…
「はい、メルクさん」
そうして、エリスは若干の安堵と共にメルクさんの手を取る、こうして エリスのデルセクトでのマレフィカルムの戦いは終わったのだった
………………………………………………………………
『申し訳ない!なんと詫びれば!』
開口一番に彼女は グロリアーナさんはエリス達に謝罪した…
ヘットとの激闘を終えたエリスとメルクさんはそのままジョザイアさんのところに戻りジョザイアさんを回収し、後にこちらにすっ飛んできたグロリアーナさんとも合流した
彼女はヘットにハメられ見事に全然関係ないところに誘き出され、今の今まで対グロリアーナ用に編成された軍と戦っていたようだが、伊達にデルセクト最強ではない 迫る軍を一蹴しサフィール中を駆け回ってエリス達を探してくれたようだ
まぁ合流した時点ではもう全て終わっていたのだが…、お詫びに至高の玉肌をご覧に入れますとかいってたけどお断りした、何も詫びる程のことじゃないしね
一応ヘットの企みの全容と それを潰しヘットを倒したこと、その過程でメルクさんがニグレドとアルベドを使用し、その二つが銃になってしまったことを報告した
正直怖かった、だって国家機密級の兵器を勝手に使ったばかりか銃に変えてしまったのだ、メルクさん曰く元に戻せる気配もないし、もしその責任を取って出世の話もパァになったら…と思ったが
『むしろ貴方が管理してくれるなら都合が良いです、これからは貴方がニグレドとアルベドを使い その二つを守りなさい』
そう言ってくれた、まぁ この二つは元々盗み出されてしまった物、それをまた同じ場所に戻しても意味がないし、何よりメルクさんには腕っ節がある 彼女が実力で守るならこれ以上の守りはないだろう
ただ、ニグレドとアルベドは未だ未知の部分も大きい超兵器、それを使ったリスクは計り知れないので一応帰ったら検査を受けるようにとも言われていた、使った結果寿命が縮んでいました!とかにならなければいいが…
ともあれグロリアーナさんはこのままジョザイアさんを連れてミールニアに戻るらしい、彼女が護衛についてるならジョザイアさんも安心だろう
ジョザイアさんはエリス達と別れる際こちらに向き直り、深々と頭を下げ
『助けに来てくれたこと、感謝する…そして、このデルセクトを守ってくれて…ありがとう、この謝礼はいつかする」
そう言って彼はミールニアへ帰っていった、…傍若無人なだけでなく 義理堅い人だ、伊達にデルセクト一の王ではない、彼もまた 己の国とデルセクトを愛する者のうちの一人なのだろう
立ち去る彼の背中を見て、そんな風に思った…やはり 悪い人ではなかったな…
そしてエリス達はそのままサフィール城へ戻った、エリスも己の怪我をポーションで治し元気満タン、というわけではないが ある程度真っ当に動けるようになった
後はザカライアさんを回収して終わり…と、思ったのだが 何やらサフィール城の方が騒がしい、というより …
「いぃぃぃぃやぁぁぁあぁぁぁ!!!!」
ザカライアさんの絹を裂くような悲鳴が聞こえる
まさか…と、顔が蒼ざめる まさかヘットが約束を反故にしザカライアさん達に襲撃を?もしくは残ったヘットの部下が敵討ちにザカライアさんを…
エリスとメルクさんが大慌てで城に転がり込み、ザカライアさん達がいた来賓室に駆けつけると…そこには
「ぎぃぃぃぃゃぁぁぁぁぁ!!!た たた 助けてくれるメルクぅぅぅぅうう!!!エリスぅぅぅぅぅぅ!!!」
涙を流し悲鳴をあげるザカライアさんが突っ込んできた、彼がここまで怯えるとは 一体何が、しかし襲撃を受けたにしては城内がなんかこう…いつも通りだ、とても襲撃を受けたようには見えない
「どうしたんですかザカライアさん!襲撃ですか!」
「おう!、襲われてんだ!助けてくれ!」
襲われてる!?やっぱり襲撃!?、と反応するよりも前に 奥の扉が乱雑に開かれ…中から
「ザカライア!どうして逃げるんだい!」
「追ってくるからだよ!!!」
レナードさんが出てきた、…なんか服をはだけさせ 顔を紅潮させてる、いっちゃ悪いとても正気には見えない、…何?襲撃じゃないの?何があったの?、首を傾げながらエリスの背後に隠れるザカライアさんとレナードさんを交互に見る
「あ あの、何があったのですか?」
「ああすまないねエリス君、ザカライアをこっちに渡してくれ 僕は今日彼と共に大人になる」
「馬鹿じゃねぇの!?馬鹿じゃねぇの!?、何言っての!?急に!なんでいきなり俺のこと押し倒したのねぇ!?」
「君のことを愛しているからさ!!!」
愛…してる?、あれ?お二人は 仲が悪かったのでは?、目を点にするエリスに説明をするように レナードさんの後ろから現れるのは…多分、いや話を聞かなくてもわかる この事態の元凶であろうニコラスさんだ
「あらあら、ごめんなさいね まさかこんなことになるなんて思わなかったのよ」
「ニコラスさん!何したんですか!」
「何って、ただちょっとレナード様とお話ししたのよ、彼 自分の本当の気持ちに気がついてないみたいだったから、軽く人生相談をね?」
「そうです、…僕は 今の今までザカライアに対して湧き上がるこの謎の感情の正体が分かっていませんでした、その正体を…ニコラスさんに教えてもらったんです、即ち愛です!」
「何言ってんだよ!急に!、お前俺のこと嫌ってたんじゃないのかよ!」
「嫌ってない!急でもない!、…ただ 昔から君を見ていると心が掻き乱されて、意地悪をして君の気を引きたくなってしょうがなくなるんだ、君が他の女と話しているのが気に食わないから引き離したり 意地の悪いことを言って言い合いをしたり…、今思えば全部 君のことが好きだったからこんなことをしていたんだ」
「女性を抱くのもザカライア様に嫉妬して欲しかったから、彼の周りの女性を奪おうとしたのも ザカライア様に自分だけを見て欲しかったからなのよ、可愛らしい男心ってやつね」
なるほど、…つまり今までのあの態度は好意の裏返しだったわけか、女性を侍らせている時も彼が全く別のところに意識をやっていたのにも合点が行く!きっと意識は常にザカライアさんに向いていたんだ
意地悪をするのも文句を言って突っかかるのも、全ては彼に構ってもらいたいから…なんだ 事態はえらく単純な話だったんだな
「良かったじゃないですか ザカライカ様、嫌われてなくて」
「いやおいメルク、他人事だと思ってお前…まぁ嫌われてないのはいいとしてよ、いきなり押し倒されたら怖いだろ、恐怖するだろ 普通」
「確かにいきなり押し倒すのは順序立てがなってなかったね、じゃあザカライア 僕とお付き合いしよう」
「話聞いてた?」
ともあれ喧嘩とか襲撃とかじゃなくて ニコラスさんが場をしっちゃかめっちゃかに掻き乱して事態をややこしくしただけでよかった、だって人は誰も死なないんだもん…うん、そう思うことにしよう
とりあえずザカライアさんとレナードさんを落ち着かせ、話をすることにした 来賓室に行き、皆座って…状況の整理をする
…というか、そういえば
「レナードさん 今エリスのことをエリスって呼びましたよね」
「ああ、大丈夫 事情も含めてニコラスさんから聞いているよ、大変だったね そうとは知らず紅玉会では冷たく当たってすまなかったよ」
「お前何自然に俺の隣に座ろうとしてんだよ!お前はあっち!おいエリス!俺の隣来い!」
ザカライアさんに押し退けられるレナードさんはどうやらニコラスさんからエリスの身の上を聞いていたようだ、まぁ彼なら話しても問題ないと判断してのことだろう、勝手にバラされたとかそんなことは考えてない
ザカライアさんの隣に座りながら息を整える
「さて、では状況の報告ですが…端的に言うと全部終わりました」
「全部って…全部か?、マレフィカルムは」
「グロリアーナさんにより壊滅状態 メルカバは捕縛されヘットもエリスが撃破しました、その狙いであった超兵器も完全に消し去り、もうマレフィカルムにはこの国で何かしようとする力はないと言ってもいいでしょう」
「実際奴らの希望でもあったニグレドもアルベドも今は我が手にあります、…ヘットは消息不明ですが、奴自身の傷も深い…もう何もできないでしょう」
「ほーん、カエルムも潰した 奴らの目的も潰した 本拠地も潰したボスもその協力者も潰した、ってことはもう終わりか…なんか呆気ねぇな」
確かに…終わってみれば呆気ない、思えば激戦の連続ではあったものの終わって仕舞えばそんな感想が湧いてくる、メルクさんは出世できて この国を蝕むカエルムは無くなった、ソニアさんがいなくなったことでアルクカースとの戦争は起きないし ヘットがいなくなったからこの国の危機もなくなった
もうエリスがこの国でしなくちゃいけないことは何もない、オールクリアだ
「付いてきたはいいが、あんま役に立てなかったな俺」
「そんなことないですよ、とても頼りになりましたよ ザカライアさん」
「マジか?ベオセルクみたいになったか?」
ベオセルクみたいになったか…、まぁ エリス達と旅をする前よりはなんだか逞しくなった気もする、何だかんだ途中で根を開けず最後まで付いてきたり この人はこの人なりに優しく芯の強い人なのだと、エリスもよく理解できた
「はい、ちょっとだけ」
「ちょっとか…まぁ十分さ、あの城で燻ってる時よりも 幾分も色んな経験ができたからな、やっぱごっこ遊びじゃダメだな」
「おい!ザカライア!誰だそのベオセルクって!お前の男か!」
「くっつくんじゃねぇ!、俺の憧れの人だ!」
「憧れ…!?!?、…絶対に負けん」
この人 自分の気持ちを理解した途端豹変したな、まぁ変に女性を侍らせたり 周りに嫌味なことを言いまくったり、敵意を向けたりしない分 今の方が幾分やりやすいと言うのはある、ザカライアさんには酷かもしれないが まぁ頑張って欲しい
「で?、これからどうすんだよ…もうすることねぇんだろ」
「はい、とりあえず私とエリスはミールニアの家に帰り、また明日から仕事に戻ろうと思います」
「アタシもミールニアにお家あるし 普通に帰るわ、諸国行脚の旅ってのも風情があったけど、お家のベッドに勝るものはないわね」
「ふぅーん…、そっか…俺だけスマラグトスに帰るの寂しいから俺もしばらくミールニアの別荘に居ようかな」
「じゃあ僕も一緒に行こう」
「来るな!、ったく…やり辛れぇ…調子狂う」
じゃあ何か、結局帰りもこのメンツでミールニアに帰るってことか、…なら なんだかよかったな、事件が終わったから またバラバラに ってのは寂しいから…
ザカライアさんもエリス達と一緒にミールニアに来てくれるなら、それはそれで嬉しい、彼を調子に乗らせない手前 あまり口にはしないが、エリスは彼の事がとても好きだ
「じゃあ待っててくれ、僕も荷物をまとめてくるから」
「来るなって言ってんだろ!話聞け!」
なんて、すったもんだもありエリス達はそのままミールニアのあの家に帰ることとなった、サフィールでの…いやデルセクトでの決戦は終わった、やるべき事は終えて 後は…そうだ
後は師匠を救出するだけだ…、ようやく ようやく再会できますよ、師匠
思う師匠の温もりに焦がれ逸る気持ちを抑えながらもエリスはミールニアへと帰還する、エリスとメルクさんの家 あの、地下の家へと…
………………………………………………
こうして、…事件を解決し帰還したエリス達の活動は一旦終わりを告げ、平和な日々が訪れた、師匠を直ぐに助けに向かいたいところだが 実際はそうもいかず逸る気持ちを抑え…機会を伺う間に時間はただ闇雲に過ぎ去り…そして
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