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第三譚:憎悪爆散の魔人譚

彼らの苛立ち、別離

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 イリアたちが奴隷大国アスキルドを脱出し、追い迫るアスキルドの大軍を最強の魔法使いエミル・ハルカゼが大規模魔法にて撃退したその後、

 彼女らはアスキルドで救出した魔法使いの姉妹を隠れ里近くの森まで送り届けた。

「一応ウチの里の場所は秘密だから、ここから先は一緒にはついていってやれないけど、この森の中は魔素に溢れてるから普通の人間は入れないし、この子たちもガンガン魔法が使えるからむしろ安全なくらいさ。」

 とはエミルの言である。

 イリアたちはエミルだけでも隠れ里まで一緒に行くことを薦めたのだが、エミルはそれを嫌がった。

「あの子らを連れて帰ったら、また里で英雄扱いされるからねぇ。これ以上目立って里長なんかを押し付けられたらたまったもんじゃないよ。」

 風のような生き方を旨とする彼女にとって、里に縛られてしまうのはこの上ない苦痛なのだろう。


 そんなこんなで魔法使いの姉妹を送り届け、本来の目的であるかつての仲間探しのために商業連合国アニマカルマへと馬車を進めていたその途中で事は起きた。


「ん、あぁ……?」
「ぁ、ユリ…ウス?」
 
 アスキルドを脱出して以来、衰弱のために意識を失っていたユリウスとカタリナが目を覚ましたのだった。

「ん? 目を覚ましたか。どうだお前たち? 身体に異変は感じないか? 気になるところがあればすぐに言え。」

 道中、二人にずっと魔素を与え続けて看病していたアゼルが二人の覚醒にすぐに気がついた。
 衰弱している彼らを回復させるために、アゼルは妖精の姿ではなく今も魔王モードのままである。


「え!? 魔王様!? どうして? ここはどこなのですか?」

 燃えるような赤い髪の少年、ユリウスはこの状況に追いつけず頭が混乱しているようだった。

「あれ? 魔王様だ。さっきの夢の続きかな。……それとも私たち、死んじゃったのかな?」

 水の流れを封じ込めたような深い青色の髪の少女、カタリナは未だ夢うつつといった表情をしている。


「安心しろ、お前たちは生きている。もうここはお前たちを苦しめたあの国ではない。お前たちは既に助け出された。もう、…………安心しろ。」

 アゼルの慈しむような言葉を受け、

「? 俺たちは、……助かったのですか?」
 ユリウスは呆然と呟き、その瞳には涙が浮かんでいる。

「あれ? 魔王様? 夢じゃ、ないんですか?」
 同様に状況を理解し始めたカタリナも大粒の涙を流し始めた。

 二人がアスキルドに囚われてから半年以上、それだけの期間、緊張と絶望を強いられた彼らの精神は、今ようやく安堵を得たことでとめどない涙が溢れだしているのだった。


「─────────」
 アゼルはそんな様子の二人を見て、かける言葉を探していた。

 いや、そんな優しい言葉をかける資格があるのかと自身に問い質す。

 彼らがアスキルドにて地獄のような日々を送った原因は、辿り辿れば自分自身にあるのではないか。

 アゼルが魔王として君臨し、軍を取り仕切っていれば、人間たちへの無理な侵攻を行うこともなく、彼らは苦しみとは無縁の生活を送れていたのではないか。


 アゼルが頭の中でそんな問答をしていたところに、アミスアテナから冷たい声がかけられる。

「あら、その子たちの目が覚めたのね。─────それなら、もうその姿でいる必要はないわよね、魔王。早速だけど力を封印させてもらうわよ。」


「あ、なんだと?」

 空気を読まない勇者の聖剣、アミスアテナの発言にアゼルは苛立ちを示す。


「いくら凄んでもダメよ。私だって今回はかなり譲歩したんだから。その子たちの治療ってことですぐに封印するのだって我慢した。イリアたちがあなたの仲間を助けたことに少しでも恩義を感じているなら、ここで素直に封印されてくれないかしら?」

 アミスアテナの言葉は冷たく適格にアゼルの心の負い目に突き刺さる。

「くっ。」


「それとも、それが嫌ならここでイリアとまた戦ってみる? その余波でそこの子供たちが巻き込まれないとも限らないけど。」
 

「ちっ、冷血駄剣め。」


「あら? この剣の身体に暖かい血が流れてるなんて思ってたなんて可愛いわね。」
 アゼルの悪態すら、アミスアテナは冷ややかに切り捨てる。


「ホントホント。このナマクラに人間らしい情なんて期待しちゃダメだよアゼル。」

 先ほどまで馬車の外の様子を眺めていたエミルが会話に参加してきた。

「ちょっと、あんたはうるさいのよ。 黙ってなさい。」


「えー、わざわざ魔王を封印しなくていいじゃん。もったいないし。」


「─────あんたこそ、もうちょっと人間らしい感性を身に付けなさいよ。……それで魔王、どうするの?」

 アゼルはアミスアテナからの目配せ(のような気配)に対して、


「ふん、確かに今回の件で貴様らに恩を感じていないわけじゃない。…………礼の代わりだ、大人しく封印されてやるさ。」

 アゼルは諦めたように立ち上がりイリアのもとへと歩いていこうとする。


「魔王様、どうされたのです? 何故あいつらの言葉に耳を傾けられるのですか?」

 絶対たる魔王が人間側の言葉に従うなどあり得ない。アゼルの行動が理解できないと、ユリウスが抗議の声を挙げる。カタリナもユリウスの後ろから心配そうにアゼルを見つめていた。

「まあ……色々あってだな。」

 アゼルは言いづらそうに頭の横を人差し指で掻いている。

「あと、お前たちを助けるのにあいつらも力を尽くしてくれた。きちんと礼を言っておけ。」


「あいつらって、……!! あいつは勇者じゃないですか! 何であいつがこんなところに。」

 ユリウスは馬車の片隅に身を寄せていたイリアに気づく。

 イリアは気まずそうに視線を逸らしたままだ。

「その勇者がお前たちを助けると決意したんだ。お前たちに思うところがあるのはわかる。だが今はまず礼を果たせ。」

 アゼルは諭すようにユリウスに言葉をかけるが、

「いえ、私には納得できません! 父を殺した勇者に頭を下げるなど、こんな、……こんな、女に。」

 イリアを睨み付けてユリウスは言葉を吐き出す。

 イリアは返す言葉もなくうつむくばかりだ。


 そのイリアの姿が、最期を覚悟していた自身に光を与えてくれた少女と重なって見え、ユリウスは慌ててかぶりを振る。


「そうか。……ならこれ以上俺から言うことはないな。ほらイリア、いつまで俯いてるつもりだ? 俺を封印するのはお前の仕事だろう?」

「え?」

 ユリウスの言葉に今なお落ち込むイリアの顎をクイッと持ち上げ、アゼルは彼女の唇を奪った。

「魔王様! いったい何をされているのですか。そこにいるのはあの勇者なのですよ!」

 状況が飲み込めないユリウス。彼の後ろからのぞき込んでいたカタリナもそれは同様であった。


「ふひょー、あれが封印なんだ。…………あれで封印なんだ。」

 対してエミルは面白可笑しそうに、そして半ば呆れながらその光景を眺めている。


「っ、アゼル。止めて、くだ、さい。」

 イリアは抵抗するが、アゼルは封印により自身の身体に激痛が走るのも関わらずくちづけを続けた。
 次第に二人を光が包み込み、光が解けた頃にはいつものように力を封印された白銀の幼い少女と黒い小さな妖精の姿があった。

「え? 魔王様? それに、何で…………?」
 驚愕で言葉を失うユリウス。

「ユリウス、……あれ、イリア、だよ。」
 勇者の代わりに現れた女の子が、以前自分たちに優しくしてくれた人間の少女であることにカタリナは気付いた。

「イリア? え、何でお前がここにいるんだ?」
 あまりの出来事にユリウスの頭が追い付かないでいる。

(勇者の代わりに現れたあの人間の少女。……そういえば先ほどからあの勇者はイリアと呼ばれていた。ということは、え? まさか。それに魔王様もあの姿は一体?)

 目まぐるしい思考と続けるユリウスに、イリアが恐る恐る声をかける。


「ユリウス? それにカタリナ。アスキルドの牢屋の中で会ったのは私、だよ。あのね、勇者と私は同じなの。アゼル、つまり魔王を封印する代償として私は子供の姿になってるだけなの。」


「それじゃやっぱり、イリアはあの勇者だったんだね。」
 カタリナの瞳の中で揺れる感情模様は複雑である。そこで揺れ動くのは歓喜なのか、嫌悪なのか。


「そういうことだ。俺はこいつらに負けて力のほとんどを封印されている。みっともない姿だと思うが、これが今の俺、魔王の現実だ。だから俺の近くにいるからといってずっと安全なわけではない。お前たちは近いうちに魔族領、アグニカルカへとどうにか返してみせる。それまでは……」

「…………な。……るな。ふざけるな!」

 アゼルの言葉を遮ったのはユリウスの怒りに満ちた声だった。

「アイツが勇者と一緒だと。俺たちに優しくしてくれたイリアと父たちを殺した勇者が一緒だと!? 何で何でそんな勇者と魔王様が一緒にいるんだ! そもそも魔王様は病気で臥せっているはずでは? 何でそのあなたが人間の世界にいるんだ。あなたが健在でいてくれたのなら、……あんたがいてくれたなら父様たちが負けることなんてなかった! あんなに人が死ぬなんてことはなかった。何で何で何で、何でなんだー!」

 ユリウスの、怒りと疑念が入り混じった慟哭、

「ユリウス、」

 それに対してアゼルは応える言葉を持ちえなかった。
 ユリウスの言うそれは、アゼルも同様に思考していたことだけに。

「魔王様、魔王様、なあ魔王アゼル! 答えてくれよ、なあ答ッガ!?」

 ユリウスが言葉を言い切るまえに、彼の意識は狩り取られていた。

「うるさい。」

 傍若無人、いやな最強の魔法使いの手によって。

「まったく、何を言われるがままにしてんのさ。あのね、私が子供の頃だったけど、その時に見た魔王はそりゃ立派に魔王をしてたよ。もちろん遠目だったし、話をしたわけじゃないけど、自分が率いる魔族たちの命に対して責任を負っている目だった。そんな奴がいなくなったって言うならそれなりの事情があったんでしょ? それをあーだこーだとうっさいね。」


「いや、俺のフォローをしてくれるのはありがたいが、そいつ気を失ってるんだが。」

 エミルが首根っこを捕まえていたユリウスは白目を剥いて四肢をぶら~んとさせていた。


「あれま? まったく、鍛え方が足りないね。」

 とくに反省する様子もなく、エミルは続けてカタリナの方へと目を向ける。

「え? 何? コワイ。」
 カタリナは目の前の光景に恐怖を隠せない。

「いやぁ、何。この子だけ気絶したんじゃバランスが悪いでしょ?」

 一体何のバランスが悪いのか。それを考える前にカタリナは脱兎のごとく逃げ出した。

「遅い!」
 ウサギを当然のように仕留める猛獣のごとく、神速で踏み込んだエミルは容赦なくカタリナの意識を刈り取った。(荷馬車の中で何をやっている。)


「おい、お前、何のつもりだ。」
 さすがに見過ごせないとアゼルはエミルに詰め寄る。


「え? この女の子だって口には出さないだけで考えてることはこっちの少年と一緒でしょ? ほうっておいたらどうせまたゴタつくんだから、対応は早い方がいいでしょ?」
 何あたり前のことを言わせるのか、といった目でエミルはアゼルを見つめ返す。


「はぁ? もしそうだとしても、気絶させたからってなんの解決にもならんだろ。むしろ状況が悪くなるだけだろうが。」


「そだよ。だからこの子たちとアンタラはちょっと離れた方がいいね。今の状態で一緒にいてもどうせ同じことの繰り返しだよ。ねぇイリア、私はこの子らと一緒に馬車を一旦降りるよ。」


「え? 降りるってどうされるんですか?」


「今から向かうアニマカルマにがいるって保証もないんだし、分かれて情報収集した方が効率いいでしょ。この辺からならハルジアが近いし、聞いた話イリアはハルジアには行きづらいんでしょ? なら私がハルジアに行ってくるよ。」

 ハルジアの賢王グシャ・グロリアスに一度は命を狙われたイリアである。
 イリア自身がハルジアに乗り込むことは不要なトラブルを招きかねないので確かに避けたいところではあった。

「それは確かに、助かりますが。」


「はい決定。あんまりもたもたしてるとこの子らが目を覚ますからね。おーいオッチャン! ちょっとハルジアの近くに寄ってもらっていい?」

 エミルはもう決まったことと、御者台にいるオヤジに進路変更を伝える。


「ああ? ハルジアだ? ったく構わねえけど、また何か出てきたら今度はお前らで対処しろよ。っほいっと。」
 オヤジは手綱を引いてあっさりと進路を変えてしまった。



「おい、こいつらもハルジアに連れていくって正気か? またこいつらが危険な目に合うだろ。」
 アゼルは心配そうになおエミルに詰め寄る。


「心配しすぎだって。普通にしてれば見た目じゃわかんないんだから。何かあっても必ず私が守るから安心しなよ。」
 気軽に話すエミルであったが「必ず守る」その言葉の時だけ、その瞳は真剣であった。


「……そいつらに何かあったら、承知しないからな。」
 そのエミルの言葉に感じ入るものがあったのか、アゼルも引き下がる。

「ん? だが見た目で分からないと言っても身体から生成される魔素ですぐにバレるだろ? そいつらは上級貴族の子供らだから、普通の魔族より遥かに魔素量が多いぞ。」


「ん? だからそれは私が逐次いただくわけだけど? いやぁハルジアって魔素がほとんどないからさ、魔力尽きると私も再補充のしようがなくて今まで行きづらかったんだよね。」


「………………………」

 ……このエミルの発言にアゼルの不安のゲージはグングンと上昇していった。


「あ、そだ、イリアのことだしお金とか預けたまんまでしょ? 預かり証と暗証番号教えてくれたらアタシが引き出しとくよ。」


「え? そういえばそうですね。それではよろしくお願いします。」
 イリアは素直にエミルへと預かり証と暗証番号を預けたのだった。


「ちょっとイリア大丈夫? さすがに不用心じゃない?」
 今までは静観していたアミスアテナがここでは口を出す。

「そうは言っても、私じゃハルジアには行きづらいし、エミルさんならきっと大丈夫だよ。」
 イリアは謎の信頼をエミルに向けていた。


「ホント失礼な駄剣だね。アタシもいい大人なんだから、そうそうそんなヘマはしないっての。アスキルドみたいに突っかかれなければアタシだって暴れたりはしないし。」


「ふ~ん。それじゃ、誰かがあんたにイチャモンつけてきたらどうすんのよ?」


「え? そんなのぶっ飛ばすに決まってんじゃん。」
 何の迷いもなく言い切るエミル。

 ここにきて皆の不安のゲージは晴れて限界突破したのだった。
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