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第二譚:灼銀無双の魔法譚

歩く大災害

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 まだ依然としてエミルの引き起こした激しい地揺れが続く中、アゼルはユリウスとカタリナの拘束を外し、二人を両脇に抱えて大広場を脱出する。

 大広場を抜けた先ではエミルとイリアが大通りで彼らを待っていた。


 いかなる神業か、エミルの引き起こした地揺れの被害は大広場の中だけに留まっている。


 そして未だその激しい揺れの中にいるアスキルドの王、ラヴァン・パーシヴァルはその年齢からは想像もつかないほどの怒号を上げる。

「ヤツらを逃がすなぁ!! 必ず捕らえて殺セェ!!!」


 その声は既に大通りに出ているアゼルたちにもはっきりと聞こえた。

「おいおい、さっさとこの国から逃げ出した方が良さそうだぞ。」

 奴隷王の怒号を耳にしたアゼルは、両脇の二人を抱えたまま走り出す。


「まあ、といってもしばらくは揺れが続くはずだからあっちも大規模には動けないんじゃない?」

 エミルも同様に魔法使いの子供たちの腰の辺りを両手でそれぞれ捕まえて俊敏に大通りを駆け抜ける。


「ですが、子供連れではいずれ馬の足に追いつかれます。どこかで荷馬車でも手に入れられたらいいんですが。」

 イリアも疲弊している身体に鞭を打って、必死にエミルに追い縋る。


 アスキルドにおける最大の厄ネタ、『歩く災害』、最強の魔法使いエミルが現れたことで、アスキルドの国民はみんな屋内に非難しており、ほとんど人のいない大通りは非常に走りやすくなっていた。

 そんな中をイリアたち一行は可能な限り高速で走り抜け、もう少しで大通りを抜けるといったところで、のんきに手入れをしている一台の荷馬車に遭遇する。

「あれ、おじさん?」


「お、勇者の嬢ちゃんじゃねえか。なんでも例の魔法使いが現れたらしくてよ、街ん中は大騒ぎでぇ。俺たちも必要な品は補充したからトラブルに巻き込まれない内にこの国を出て行こうと思ってたとこよ。」

「…………って、勇者の嬢ちゃんがちょっと大人になってるってことは、─────聞きたくはねぇが何かトラブルでも起こしちまったのか?」

 野盗改め運び屋となったオヤジは随分とカンの良い質問をする。


「大したトラブルじゃないわよ。ただ、この国の王さまにケンカ売って、魔族と魔法使いの子供奴隷を強奪して、くだんの『歩く災害』の魔法使いと一緒に軍から逃げてるだけよ。」

 やや呆れたようにアミスアテナが言う。


「な~んだそりゃ、トラブルの役満じゃねえか!! おい、あれだけ問題を起こすなって約束しただろうが。」

 さすがに怒った様子でオヤジはイリアに詰め寄る。

 詰め寄られたイリアは、

「………………テヘッ。」

 渾身のあざとさで誤魔化そうとする。


「てへっ、じゃねぇんだよ。こりゃいよいよ急いで逃げ出さないとやべえな。」


「あ、それなんですが。私たちも荷馬車に乗せていってくれませんか? 子供連れだと追いつかれそうで。」


「…………あんたもたいがい図々しいな。まあいいさ、ここで問答する時間が惜しい。これで貸し借りはなしだぜ。全員乗んな!」

 荷馬車のオヤジは親指を立てて荷台を指す。

「ありがとうございます! これお代です!」
 イリアが以前は受け取って貰えなかった金貨の袋をオヤジに渡す。


「ちっ、このピンチだしな、今回は受け取ってやるよ。ってもう向こうにはアスキルド軍が来てるじゃねえか。出すぞ!」

 イリアたちがやりとりをしている間に大通りの向こうにはアスキルド軍の一部兵士たちが馬に乗ってイリアたちを追い始めていた。

 急発進した荷馬車とともに、オヤジの部下たちも次々と馬を走らせ始める。


「ありゃ、思ったよりも体制を立て直すのが早かったね。こりゃあのジジイも相当お怒りみたいだ。」

 ハハハと笑うエミルに対して、


「いや、さすがにあそこまでコケにされて怒らないやつなんていないだろ。あいつらは国の威信に賭けて追ってくるぞ。」


「ハハハ気にしない気にしない。国とか人とかほんの些細な違いだよ。ま、さしあたっての問題はアスキルドの玄関門をどう突破するか、……だけど」


「それもそうです。人は追い払えても、アスキルドの門は簡単には開きません。……あとは強引に壊すくらいしかないですが、それも簡単とは…………。」

 イリアは苦肉の策として、門の破壊を提案する。
 しかし、近づく兵士たちを追い払いながら堅牢な門を破壊することはイリアたちの力でも決して簡単とは言えない。


「あー、それなんだけどね。ま、見た方が早いかな。もうじき門だし。」

 エミルの言葉通り、荷馬車を走らせているとアスキルドの入国門が見えてきた。


 …………物の見事に破壊され、巨大な穴の空いた門が。



「えー、エミルさん。──あれは?」

 イリアは唖然としながら容疑者に問いかける。


「いや~、アタシがこの街に入るときに中々開けてくれなくてさぁ。頭にきたもんだから、つい壊しちゃった。…………まあでもこれで強行突破できるから調度良いじゃん。」

 つい出来心で一国の要たる正門をぶち壊したと、犯人は供述している。


「そ、そうなんですけど。エミルさんと一緒にいると私たちにもとんでもない勢いで悪名が積み重なっていくような気がするんですが。」


「イリアは真面目だねぇ。アタシにとっちゃこんなの日常茶飯事なんだから気にしても仕方ない。さ、周りの邪魔な兵士どもをぶっ飛ばそうか。」

 かわいそうなくらいに巨大な穴を開けられた門にイリアたち一行が突っ込んでいく。

 アスキルドの門兵たちも突如現れた不届き者たちを通すまいとするが、エミルとアゼルが乗り出してその悉くを蹴散らしていく。

「うわぁ、何だコイツらは!?」

「おい、黒いローブの女だ。最凶最悪の魔法使いが乗ってるぞ!」


 口々に驚愕の声を挙げる平然たちを尻目にイリアたちの馬車はアスキルドの門を潜り抜けていく。

「誰が最凶最悪だっての! ちょっとアタシ、今悪口言った奴ぶちのめしてくるから。」

 エミルは腕まくりして荷馬車から降りていこうとする。

「ほぼ間違ってないからいいだろ。放っておけよ。一個人で国にこんだけ損害与えてれば、そりゃ最悪だろよ。」

 今にも飛び出しそうなエミルを、すぐさまアゼルが引き止める。これ以上の揉め事は勘弁といった顔である。

 門を抜けたイリアたちの荷馬車は追手を撒く為に全速力で街道から逸れた道を駆け抜けていく。


「まったく、人が転職を決めた先でトラブルを起こしてくれるとか、てめえらやってくれるじゃねぇか。おかげでしばらくはアスキルドに寄り付けねぇよ。」

 しばらく馬車を走らせて気が落ち着いたのか、運び屋のオヤジは愚痴をこぼす。


「あらら、安心するにはまだ早いみたいだよオジちゃん。後ろを見てみなよ。」

 エミルが後方を指差すと、なんと千に届くであろう騎馬隊が砂ぼこりを上げてイリアたちに迫ろうとしていた。

「なんだよあの数は! アスキルドの騎兵を全部つぎ込んでんじゃねぇのか!?」


 いまだ距離はあるものの、騎馬と荷馬車では速度が違う。
 このままでは瞬く間に囲まれてしまうだろう。

「おいおい冗談じゃねえよ。お前らでどうにかできねえのか?」

 運び屋のオヤジは今にも世界が終わりそうなひきつった表情をしている。


「あの規模の人間の兵士相手じゃイリアは相性が悪すぎるわねぇ。原因の大半はアンタたちにあるんだし、なんとかなんないの?」

 アミスアテナはアゼルとエミルに向けて話を振る。

「あん? 別に俺が一掃してやってもいいが、その時はあいつらの命の保証はないぞ。それに俺の技は広範囲の魔素汚染を伴う。無関係な連中や自然環境に被害が出るのは俺はあまり気が進まんな。」


「さすがにそれは止めてもらえると私も嬉しいです。自分たちが助かるために大勢の命を危険に晒すようなことはできません。エミルさん、どうにかできませんか?」


「ん~、どうにかっていってもアタシも肝心の魔力がほぼスッカラカンだからなぁ。……どこかに都合よく魔素の塊でもあれば話は違うんだけどなぁ。」

 エミルはわざとらしくそう言ってアゼルに流し目を送る。


「何だ? 俺の魔素を吸いたいのか? まあ、状況が状況だし別に構わんが。またお前に魔剣でも撃ち込めばいいのか?」


「あ、アタシの言いたいこと分かっちゃった? いやぁ、悪いねぇ。あと面倒な手順はいらないから大丈夫。直接吸いとるから。」

 そう言ってエミルはアゼルの手をとる。


「何だそんなことでいいのか? …………でもさすがに効率悪くない、んむ!」

 アゼルの厚意に甘えてさっそくエミルは彼から魔素を吸い上げた。

 直接、唇同士を吸い合わせて。


「わわ、エミルさん!?」

 目の前でキスをする様が気恥ずかしいのかイリアは動揺している。


「……はあ、とことん口づけに縁のある男ね。」

 反してアミスアテナからは実に冷たい声が響く。


「ん、ん、む〰️。」

 瞬く間の内にエミルに大量の魔素が流れ込んでいき、彼女の全身が再び灼銀に輝きだしていく。


「ぷはー、美味しかった。やっぱり魔王の魔素は格別だねー。」


「て、てめえ! 好き放題吸いやがって。」

 さすがのアゼルも一度に大量の魔素を吸いとられたのは堪えたのか、唇をぬぐいながらも少しふらついている。


「いやいや美味しいって褒めてんだからいいじゃん。…………ねぇ、良かったらアタシと付き合わない?」 


「ふざけんな! 俺の身体だけが目的じゃねえか!」

 
「いやっはっは。身体だけの関係もアタシは悪くないけどね。」


「ガキが生意気言ってるなよ。」


「ガキってアタシのこと? 失礼ね。確かに長生きしてる魔王と比べたら若造なんだろうけど、これでも成人してんだからね。」
 

「何? 嘘だろ?」

 エミルの見た目はどう見ても12、3歳くらいの少女だ。
 ふてぶてしさや、偉そうな発言も多くあったが、若くして異常な強さを身に付けてしまったが故の弊害だとアゼルは思い込んでいた。


「はい、確かエミルさんはもう23歳じゃなかったでしたっけ?」


「そだよ。よく覚えてたね。胸が成長しないのは動きやすくていいんだけど、いくつになっても手足が伸びないのは本当悲しいんだよね。リーチが短いのは格闘者としてひどいハンデだよ。」


「十分すぎるほど強いからいいじゃないですか。────私は、今のエミルさんが大好きですよ。ずっと、ずっとそのままでいてくださいね。」

 イリアの視線はエミルのまっ平らな胸に注がれている。

「…………イリアって案外性格悪いよね? 他人の胸見て安心してんじゃないよ。」

 慈愛の瞳をエミルの胸に向けているイリアの頭を軽く小突く。


「!? いえいえそんなこと思ってないですよ。」
 図星を突かれてイリアの目が右に左に泳ぐ泳ぐ。


「あ、今のうちにこの子たちの首輪外しておかないとね。」

 唐突に思い出したのか、魔法使いの姉妹たちのもとへとエミルが近寄る。


「えっ、エミル様?」

 二人の少女はエミルの行動に驚き、そして怯えていた。

 それはそうだろう。今エミルは、扱いを間違えたら爆発するという少女たちの首輪をそれぞれしっかりと握りしめている。


「エ、エミルさん、鍵は?」

 そんなイリアの疑問にエミルは答えず、ただ一言、


「ごめんね。」


 ボンッ!!!

 次の瞬間には激しい爆発音が辺りに響く。


「エミルさん!! 何を!?」

 血がしたたっている。


「エ、エミル様? 血が!」

 エミルの両拳から。


 カラン。


 床に、二つの首輪か転がり落ちた。
 

 エミルは今の一瞬で、爆発ごと首輪を握り潰したのだった。

 本来なら首が吹き飛ぶ程の爆発を片手ずつで抑え込んだのだ、当然ながら、エミルの両方の手のひらは血だらけになっている。

 いや、血だらけで済むこと事態がおかしいのだが。


「エミルさん、何で!? せっかく鍵を手に入れたんじゃなかったんですか?」


「鍵ってこれのこと?」

 エミルは奴隷王から入手した鍵を雑にイリアに投げ渡した。

「捨てていいよ。それ、もし使ってたらこの子たちは生きてなかっただろね。その鍵には火のジンが含まれてて、首輪の鍵穴に入れたら爆発する仕組みになってたんだよ。」


「──そんな、ひどい。」

 渡された鍵を握り締めて、奴隷王の非道に悲嘆するイリア。


「この子たちを助けようとして、目の前で爆死するところを見せてアタシを絶望させたかったのかもね。まあ、それだけあのジジイの憎しみが深いってことでもあるのかな。」

 奴隷王のこの悪逆な行為に対してもとくに思うところはないと、エミルの涼しげで無感情な瞳が告げていた。


「エミル様、申し訳ありません。私たちのせいでお怪我を、」
 魔法使いの姉妹がエミルへと駆け寄る。


「ん、いいんだよ。アンタたちがアタシに負い目を感じる必要はないし、感謝もしなくていい。なんたってアタシはアンタたちを助けることよりも魔王と戦うことを優先した人でなしなんだから。ただ、自分が助かった幸運をありがたがってればそれでいいさ。」

 彼女には珍しく、自らの非人間性への後ろめたさと慈愛のこもった眼差しで少女たちに語りかける。


「さてと、アホな話しをしてる間に結構向こうとの距離が縮まったね。」

 この話題を続けたくなかったのかエミルは迫る問題へと話を切り替える。


 ドドドドドドドドドドドドッ!!


 騎馬の走る地響きが聞こえるほどにアスキルドの軍勢はいよいよイリアたちに詰め寄ろうとしていた。


「よっと。それじゃ、『歩く災害』なんて呼ばれてしまうアタシの本気、ちょっと見せてあげよかな。」



 エミルは荷馬車の後方に立って、千に届くであろう迫りくるアスキルドの騎兵たちを見据えた。
 


『小さきもの』

 エミルは右手を中空に上げて、人差し指と親指を近づけて小さな電気を生み出す。


『荒れ狂う極小の奔流』

 続けて両手を広げて、掌同士の間で幾条もの電流が迸り始める。


『いと迅く駆け抜けるもの』

 エミルが詠唱を重ねる度に、生み出された電流は徐々にに大きくなり、エミルの眼前で荷馬車と同規模の電撃となって駆け抜けていく。

 しかし、その程度の魔法ではるか遠方にいるアスキルド兵の大群に届くわけもない。

「見ろ! あの魔法使いも魔力が尽きたようだ。恐るるに足らず。攻めろ~!!!!」
「ウォォォオオオオオオオオオオ!!!!!!!」

 エミルの魔法が脅威にならないと見たアスキルドの騎兵たちは、さらに鬨の声を上げて勢いを増していく。


『迅き雷土いかづち、猛る神よ』

 今度は天と地を繋ぐように雷が走る。


「エミル様! 何をやっているのですか。魔法で起きた現象に魔法を重ねることは禁呪のはずです! 魔法具の触媒もなしにそんなことをすれば、暴走して術者本人を滅ぼしてしまいますよ。」


「ん? ああ、普通はそう教えられるだろうし、危ないから本当にマネはしない方が良いよ。でも大丈夫、……見てな。」


『蒼天に響く神鳴り、大地に蠢く、恵みを忘れし愚者たち』

 いよいよ、エミルの操る雷は規模を拡大していき、アスキルドの軍の上には黒き暗雲が広がっていく。


「うぉぉおおおおお???」

 みるみる内に頭上に暗雲が広がるのを見て、流石にアスキルドの兵にも困惑と動揺が生じ始めた。 


『雷神の怒りと慈悲をもって、その裁きを示し給え! 雷神の裁きトール・ジャッジメント!』

 エミルが詠唱を終えると同時に天から幾条もの雷がアスキルドの軍勢に向かって降り注いだ。


「「「ぐわああああああぁ~~~」」」

 雷の極大魔法の直撃を受けたアスキルド兵の悲鳴が荒野にこだまする。


 何十秒と続く兵士たちの悲鳴。


「…………おいおい、アレ絶対無事じゃないだろ。」

 凄惨な光景を見たアゼルから、冷静な突っ込みが入る。


「え? いやぁ、まあ多分大丈夫じゃないかな。アタシこれでもケンカとかで勢い余って殺したこととかないのが自慢だから。」

 何の根拠もないことを堂々とエミルは言いきった。

「ああ~、でも気持ち良かったなー。あんな大魔法放ったのホント久しぶりだ!」

 随分と機嫌よさそうにエミルは語る。


「「う、うぅ~。」」

 アゼルが遠目で確認すると、身じろぎをしている連中がほとんどなので一応命は大丈夫なのだろう。…………多分。


「大広場の破壊にアスキルドの大門の破壊、おまけに騎兵が全滅だなんて。さすがにあの国の王にはお悔やみ申し上げるわ。」

 アミスアテナが唖然とした声で漏らす。


「いや、だからアミスアテナっ。誰も死んでないらしいよ。多分。」

 イリアはそうであって欲しいという願いも込めながらフォローを入れる。


 少なくとも確かなことは、大勢いた騎兵の誰一人として追撃を行なえるものはいないということだった。


 多くの兵士たちが倒れる荒野をあとにして、『歩く災害』を乗せた荷馬車は悠々と去っていった。

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