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第一譚:無垢純白の勇者譚
衝突の前触れ
しおりを挟む─────────数秒、意識が飛んでいた。
全身が恐ろしいほどの疲労感と倦怠感で満たされている。
伏せていた顔を上げると、既に眼前にいたはずの敵は消失していた。
周囲一帯は勇者が張った謎の白いベールで覆われているため、遠くを見渡すことはできない。
黒騎士アベリアを跡形もなく消し飛ばしてしまったのかとも思ったが、あれだけの装備と加護に守られているやつを完全に消滅させるのは難しい。
せいぜい遥か遠くまで吹き飛ばしたといったところが関の山だろう。
周りを見ると野盗たちは気を失っていた。
おそらくは最後の俺の技の余波に触れたのだろう。ただの人間に俺の魔素は毒気が強い。
もう少し溜めを短くすれば影響も少なかったのだろうが、あの男を相手にしてそこまで周りを気遣う余裕はなかった。あいつはそれだけの覚悟で俺の命に迫っていた。
4秒。こちらが持ち堪えられる限界であったし、黒騎士を確実に倒すのに必要な時間でもあった。
まあ、よく考えれば俺が野盗たちの命に気を遣う義理もないが。
激しい剣戟を交えた影響でまだ両腕が痺れている。
確かにあの黒騎士は強かった。
……強かったが、ここまで苦戦するのは想定外だ。
聖剣の妙な封印が解けた直後だからだろうか。未だに身体が本調子にならない気がする。
勇者は封印の仕組みを良く知らないようだったし、あのいけ好かない聖剣にでも確認してみるか。
少し、考えを巡らせている間に疲労は軽減してきた。
これならあと数分で体力は全快にまで戻るだろう。
気になるのはあちらの様子だ。
未だに勇者の白いベールが機能していて向こうの状況が分からない。
もしかしたら俺の攻撃の射線に入って勇者も巻き添えを食らったかもしれないが、あの時点でそれを気にする余裕はなかったし、まあそれならそれで厄介な敵が一人消えるのだから問題はない。
呼吸が落ち着くのを確認してゆっくりと白いベールをくぐる。
通り抜けた際にビリッと身体の中を電流が走り抜けたような感覚を受ける。なるほど、これが魔を弾く結界か。良くできているものだ。
ベールを抜け、視界が開けた先には、勇者一人のみが立っていた。
彼女の周囲には魔法使いたちが倒れ伏し、足元にはさっき俺が倒した黒騎士が転がっている。
「あ、そちらも終わったんですね。驚きましたよ! 突然後ろから黒騎士アベリアが吹き飛んでくるんですから。」
素直に驚いた様子で勇者は話してくる。
……それに、俺はどう答えれば良かったのか。
当然のように一人で魔法使いの手練れたちを片付けている少女。
だが、驚くべきところはそこではない。
黒騎士が飛んできたということは、俺の攻撃の直線上に勇者がいたということだ。黒騎士アベリアに放った俺の技は軽く放っても数百メートルの射程範囲を誇る。仮にあの白いベールで威力が減衰されたにしよ、少なくともその余波は届いたはず。
彼女の周囲の地面を遠目で観察する。……そこら一帯の草木に一切の変色は見られない。
俺の技は基本的に周囲への魔素汚染を伴う。魔素の存在しないこちらの世界では、俺の魔素に触れると動植物はすぐに変質してしまう。そのため極力こちらの環境に影響を与えないように、普段は十分に注意を払っていた。
先ほどは自分の身を守る為とはいえ、広範囲への魔素汚染を伴う技を使ってしまったのは自分の落ち度なのだが、その魔素汚染の跡がどこにも見当たらない。倒れている魔法使いもアベリアが乗ってきた馬も至って健康そうである。
……実に嫌な想像なのだが、俺の攻撃はこの勇者には脅威とすらみなされずに掻き消えてしまったのか?
その疑問を投げかけようとした瞬間、
突然白い煙幕が周囲を包んだ!
「御免!」
煙の中から白い騎士が突如現れて俺に斬り込んで来た。
「くっ、伏兵か!」
完全に油断していた。
打ち込まれる激しい剣圧、この白い騎士も黒騎士アベリアと同様の手練れのようだ。
先ほどまでの黒騎士たちと同じように姿隠しの魔法でも使って伏せていたのか、煙幕で姿は見えないが白騎士の他にも周囲で多くの足音が聞こえてくる。
完全に体力が回復していなかったところに虚を突かれたこともあり、白騎士の勢いある剣撃に押し込まれて後方へと下げられてしまう。
しかし、俺が僅かに後ろへとバランスを崩したところにも白騎士は追い打ちをかけることなく、後方へと大きくバックステップをして距離をとり、近くに倒れている黒騎士を抱えてそのまま黒騎士の連れてきた馬に乗って駆けていった。
「な、何だったんだ?」
あまりの早業にあっけにとられる。
白い煙が晴れた頃には、転がっていた魔法使いたちさえも皆この場から消えていた。
視線を遠くにやると、魔法使いたちを抱えて走る大きな人形たちの姿があった。
そこに白騎士が乗った馬が追いついていく。
「……今のは白騎士カイナスでしたね。王の双剣が揃っていたにも関わらず、同時に現れなかったということは、いざという時の保険で控えていたのでしょうか?」
とくに慌てた様子もなく、落ち着いた様子で語る勇者。
聖剣を握った腕を下ろして、棒立ちでいる様子を見ると、逃げていく奴らをボーと見ていたのだろうか。
「それにあの大きな人形たちはオートマタみたいね。まったく、魔法使いの正規兵や大量のオートマタを気軽に投入してくるんだから、さすがに人類圏最大の国は軍備へのお金の使い方も贅沢だわ。」
補足として聖剣からも説明が加わる。
オートマタとは鉄や石など様々な素材でできた人形に、プログラムが組み込まれた魔石を埋め込んで、自律式の戦闘兵にしたものだ。
詳しい仕組みは俺も把握するところではないが、これが実戦に投入された時のことは覚えている。何しろ人間と違って核である魔石を破壊しない限り動き続けるものだから大変に厄介なものだった。
最近では魔族側でもオートマタへの対策がマニュアル化されたことと、その対策にも耐えうるオートマタを作成する為には、一般兵を一人育てるより遥かにコストがかかって割に合わないということらしく、戦場ではあまり見かけなくなっていたが。
「まあ、あんな逃げ方した以上彼らが引き返して襲ってくることもないだろうし、ひとまずこれで一件落着でいいんじゃない? さてそれじゃあ魔王様、もう一回封印するからこっちにいらっしゃい。」
さも当然のように聖剣が俺に言ってくる。
「───────────────あ˝ぁ?」
何馬鹿なことを言っているんだコイツは、という視線を放つ俺。
「───────────────ん?」
何を簡単なことを理解できないんだこのポンコツは、という圧を出す聖剣。
ひとつの戦いを終えて弛緩していたはずの空気は再度、魔王と聖剣の間で緊張が高まっていった。
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