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第八章 天使のアルコール、悪魔の囁き

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「あっ」

 急いでティッシュの箱に手を伸ばした。

 俺の意識と関係なく体内から出てくる液体をティッシュで拭き取る。

 まだ絞り足らないのか、再度ティッシュに手を伸ばし二、三枚素早く取って押し当てる。

「フンッ」

 勢いよく出して今取れる分だけでも拭き取った。また時間が経ったら出てくるのだろうか心配になる。

「……やっちまった……」

 上体を起こしたまま、ため息交じりで呟いた。自然と出た言葉だったのだろうか。

 隣で寝ている雪実の乱れた髪が時の経過を知らせてくれる。

 時が未来にしか進まないように、行為に至ることは結果でしかない。

 後はその結果に対してどう対処していくかだ。

 覆水盆に返らずではないが、やってしまった事は元には戻らない。ただそれが取返しがつく事なのか取返しのつかない事なのかが問題なのだろう。

 例えば、ふたごのくまたんオムライスが出来上がり、持ってくる最中にメイドさんが落としてしまったら。

 当然作り直しかキャンセルになるが、時間さえ待てば同じ物が用意される。

 だが、ふたごのくまたんオムライスの器が国宝級のくまたん柄で、製作者はもうこの世にいない最後の一品だったとしたら取返しがつかない。

 時間と金を掛けて取り戻せるものとそうでないもの。

 俺の行為はどっちなんだろうか。フッ、またバカなことを考えてしまって、これはアルコールのせいなのだろうか、それとも……。

 俺は喉の渇きを潤す為に冷蔵庫を開け、コップに水を汲んで一気に飲み干す。

 だがまだ物足らず、二杯目を汲んだ。

「フー……」

 大きく息を吐く。これからのことが頭を過ったため、滅入りそうになるのを打ち消すかのように吐く。

「……参ったな」

 空になったコップを流しに置いて振り向いたときにまた急いでティッシュに手が伸びる。

「フンッ! こんなに出るなんて、本物だなこりゃ」

 勢いよく出してもまた出るのではないかと不安になりながらも、今ある物を全部とにかく絞り出す。

 ティッシュで拭きすぎて先端が赤くなっているのではないかと不安も増える。トナカイじゃあるまいし。

 手鏡を持って見るとやはり穴の周りが赤くなっているようだが、部屋の中が暗くてわかりにくい。電気を点けてもいいが、気持ちよく眠っている雪実が起きてしまうかもしれないと思いそのままにする。

 本当に気持ち良いのかどうかは、雪実本人に聞かないとわからないけど、それを聞くために起こすなんて本末転倒。

 それに今は雪実には優しくしておきたい気持ちが勝っている。ひょっとしたら俺は寝てるだけで雪実に色々としてもらいたい、頼みたいことが出るかもしれなかったからだ。

 しかし柔らかい高級ティッシュだとこんなに赤くならないのだろうかと思うも、ティッシュに贅沢をする程家計に余裕はない。

 そもそも赤いというよりピンクという表現の方が適していると思うのだが、世の中は信号が青と言ってるようなものか。

 トナカイで思い出したけど、今週末はクリスマスなのにこんな様子で大丈夫なのだろうかと一抹の不安が過る。

 折角の天野さんと二人っきりになれるというのに、ティッシュ箱片手に登場したのでは今後の関係に支障が出るだろうに。

 しかし垂れ流しではこれまた不衛生で不快感を与えること山の如し。

 週末までに落ち着いてくれれば良いのだが、最悪の場合やはり雪実の協力が必要になってくる。

 それより雪実自体は大丈夫なのか見て確認をするも、薄暗くてよくわからない。起こさないようにそっと触れてみるが乾いているので大丈夫か。

 女の子の肌はこんなにも柔らかいものだと、昨日の自分に教えてやりたいものだ。

 肌が火照っているように感じたがコタツの熱が影響してるのか、それとも……。

「う、うぅん……」

 目が覚めたのかとドキッとしたが、寝返りをしただけの雪実を見て強い後悔の念を抱き、俺達は二度としてはならないと心に強く誓った……。
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