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第八章 天使のアルコール、悪魔の囁き

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「わらわのお蔭じゃろ?」

「何処の方言だよ、じゃろって。あやかしのイメージには合ってる気もするけど」

 早速今日の出来事を夕飯を食べながら雪実に話してやると、鼻高々に自慢してくる。自慢したいのは俺の方なのだが。

「俺の機転が効いた話術を雪実にも見せてやりたかったなぁ……っておい、聞けよ!」

「なぁに言ってんの、わらわの特訓のお蔭に決まってるじゃない」

 それはどうだろうか、と素直に喜べない自分がいる。

 苦痛でしかなかったトレンディドラマを一時停止してセリフを書いたり巻き戻して何度も見直したりしたが、実際役に立つことがあったのだろうかと聞かれたら、あったと即答はできない。

 しかし、内容はさて置き特訓を雪実とすることによって女性に対する免疫力が高まったとするなら、雪実のお蔭ということになる。

 確かな証拠はないが出会った頃のままだったら、今日も天野さんに何を言われても脳内で返答して現実には愛想の無い返事しかしてなかったかもしれない。

「まぁなんにせよ、クリスマスイブまで一週間を切った所でどんでん返しのミラクルだよホント」

「サッカーで言ったら、ロスタイムのオフサイドよね」

「よく知らんが、お前知ってる単語並べただけじゃないのか?」

 二人は浮かれながら夕飯を食べる。普段は飲まないのだが今日だけはなんだか気分が良くビールを買って帰って来た。本当は発泡酒なのだが。

 天野さんと飲むなら発泡酒とはいかないが、かと言って洒落たワインなんか飲んだこともないし無難な何かを飲めるように考えておかないといけないかな。

 帰宅したらすぐにお風呂に入るのを日課にしている。独りの時は当然自分で準備をしないといけなかったが、今は雪実が作ってくれているので帰宅後直ぐに入れて助かっている。

 ゆっくりと入浴し一日の疲れを落としたら夕飯の用意が出来ている。至れり尽くせりとはこのことなのだろうが、同棲する時の条件が家事全般だったので当然なのだが。

 少ない給料で雪実を養っているのでそれなりの働きをしてくれないと心が折れる。まぁ所得が少ないのは自分の今までの責任なのは承知している。

 朝は相変わらず弱く、アテにしてて慌てるのも嫌なので今まで通り自分で朝食の準備をしているが、雪実の作る夕飯は期待以上のものだった。

 いや、正直期待はしてなかったというのが正しいかもしれない。あやかしの能力を使って人から見えないのを良いことに長年つまみ食いをして生きてきたのだから、料理なんてしようと思ったこともないのじゃないのかと疑っていた。

 しかし門前の小僧習わぬ経を読むではないが、本人曰く百年も旅館の厨房でつまみ食いをしていたら料理そのものが頭に入っているというのだ。

 包丁など道具を使いこなすのには努力があったかもしれないが味は抜群に良かった。

「今日も美味しいね」

 これは毎日本音の言葉だった。

「そうでしょ? わらわの能力は料理にあったのかもしれないわ」

 などと即調子に乗るが、料理に関しては調子に乗せても構わないレベルにあるだろう。

「ポイントは下味と一手間加えることよ」

 恐らく料理長か誰かの受け売り言葉だと思うが、それを忠実に再現しているのならば言葉に重みを感じるのが不思議なところだ。

 実際に料理はしていなかったが、レシピの歴史は長いのだから。
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