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第三章 密かに想いを寄せた彼女の前で良い所と妄想を

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「お兄ちゃん待ってよ、お兄ちゃんってばぁ」

「ったく、早くしろよ置いて行くぞ……はぁ、はぁ」

「もう、お兄ちゃん意地悪言わないで」

 言葉だけ聞いていればまるで俺が先に走っているかのように聞こえるが、現実は全く逆であった。

 腕を組んで後ろから追いかける俺を見ながら浮いて進む雪実。

 こっちは日頃からの運動不足が祟って、少し走っただけで足首が痛む。捻挫かしら。息切れは当然のように早くからしているし、参ったものだ。

 売り言葉に買い言葉ではないが、雪実の冗談に付き合って言ってるだけだが、正直喋りながら走るのはとても苦しい。

「お前、浮いてるから全然疲れていないだろ!」

「念力もちょっとは疲れまーす」

「腹立つ、腹立つぞその言い方!」

 人にはない能力を使って、人にはこの疲労がわからないだろうなって言い方。

「結局、体力は疲れないってことだろ!」

「あはは」

 図星かよ。後ろ向きで器用に進んで頭に目が付いているのか? まさか後頭部にお母さんが埋め込まれているとかないよな?

「人に見られる前に普通にしろよ」

 はいはいと渋々地に足を降ろし、立ち止まって俺を待ってくれる。

「やっと追い付いたね」

「さぁ行くぞ、はぁ、はぁ」

「凄い息切れしてるけど大丈夫なの?」

「運動不足はヲタクの専売特許だ。運動神経の良いヲタクなど、はぁ、はぁ、羨ましい」

 息切れしそうでつい本音が漏れてしまう。

 それを聞いた雪実は笑いながら俺と同じ速度で走ってくれていた。

 小学生は運動神経が良い男がモテて、中学生は勉強ができて、高校生の頃は面白い奴がモテる。

 これは俺の勝手な分析だが、一つ言えることはどの時代もヲタがモテる時期は無いということだ。

 せめて運動だけはしとけば良かったなと思う。思ったなら今からでもすれば良いのだろうが、しないのが運動不足の運動嫌いのサガなのだろう。

 角を曲がり、天野さんがいた店の前にまで来たが人影は無かった。

 息切れまでして急いで来たのに、いないとは何処に行ったんだろうか。

「店の中に戻ったか、あっちに行ったか二択よね」

「すれ違ってないからこっちには来てないだろうからな。まず店内を見てみよう」

 楽器関係のその店内は薄暗く、本当に営業しているのか不思議に思うような雰囲気だった。

「奥からも声がしないし、人が居そうな感じじゃないよね」

「だとしたら向こうに行ったのかもしれん。行ってみよう」

 こんな事になるなら、雪実に熱くヲタクのことを語らなかったのに。

 遠くに行かれては見失ってしまう。そうなればあやかし退治どころではない。

 後日、会社に行って天野さんに『貴方の連れあやかしですから退治します』なんて言ったら変な人いますって警察呼ばれるな。その前に上司に言われて説教か。

 偶然な出会いに加えてあやかしに騙されて困っている天野さんを助ける。

 こんな奇跡的なイベントも当の本人が見つからなければ始まらない。それを後日会社で同じことをしますって言えば変質者扱いか。

 同じことをするのでも、時と場所が違えば正反対な結果になるんだな。

 迷子の幼女をイケメンが助けると英雄だが、ヲタクが助けると容疑者扱いになるのと一緒だ。気を付けねば。
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