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第一章 たった一人の温泉旅行中に

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「グヘヘヘヘ、グヘヘヘヘヘ、グヘグヘ」

「出たな、妖怪グヘ!」

「誰がグヘじゃい! 俺は狒々ヒヒ。その雪女は俺の物だ。死にたくなかったらさっさと寄こしな」

「どぞ」

「ちょっと!」

 雪女と呼ばれるあやかしを差し出すと、すぐさま俺の後ろに回り込む。

「わらわは嫌じゃ! あんな者になんか抱かれとうない!」

「まぁそれは好みの問題だから俺に言われても困るんだけどな。とりあえず二人ともこの部屋から出てってくれないかな? 俺の大事な有給休暇が終わってしまうんだよ」

「殺生なこと言わないでよ! 休暇と私どっちが大事なの!」

 俺の浴衣の首元を掴んでガンガン力強く前後に振る。

「脳震盪起こすわ」

 あいにく、あやかしを助けるために大事な休暇を消化するほど俺はお人好しではない。

「あいつはね、とんでもないくらい女好きなのよ! あんな醜い見た目の癖に女好きで嫌われても無理やりなんだから!」

「まぁ確かにあいつは醜い。だけど見た目が悪くても女好きな奴は山ほどいるだろ」

「お前も見た目悪いが、女が好きなのか?」

「おいおい、人に助けを求めておいてなかなか心をエグルようなことを言うじゃないか。俺は見た目など気にしていないのだ。それがたまたま悪いってだけだ、勘違いするな」

 見苦しい言い訳をしながら俺はその女を狒々の方へ差し出した。

「ちょ、ちょっとちょっと!」

「グヘヘヘヘ、もう観念しろ。そんなヤワなヲタクみたいな男より俺の方がたくましいだろ?」

 腕の力こぶを見せつけてくる。見た目も野蛮だが脳みそも野蛮のようだ。

 筋肉で女を落とせるのなら皆、筋トレに励めば良いだけだろうに。やはりあやかし程度の脳内ではそんなものか。

「この人は、わらわのお兄ちゃんなの!」

 いきなりなにを言っているのだろうか、この雪女は。

「助けてよお兄ちゃん! あのあやかしがわらわを滅茶苦茶にするのよ!」

 お兄ちゃんに助けを求めるこのシチュエーション、萌える展開ではないか。

 実の妹はこんな風に助けを俺に求めることはないというのに。

「お前、すると雪男か? そんな不細工に化けてなにしてんだ。さっさと雪山にでも帰ってアニメでも観てろ、この糞ヲタクが!」

 よだれを垂らしながら完全にイッてる目つき。女という獲物を前にしたら周りが見えないのだろうか。邪魔しようものなら容赦なく殺しに掛かってくる。無類の女好きで凶暴なあやかし狒々。

「お前、言ってはならんことを言ってしまったな」

 会社の同僚と関わりを持たない三つ目にして最大の理由。

 立ち上がり部屋につむじ風が吹く。相変わらず狒々はよだれをたらしたまま怯んでいない。

「俺はヲタクをバカにされると、ブチ切れてしまうんだよぉぉぉ!」
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