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第三章

51.ミハイルと下準備

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 話がまとまったところで、私は急いでエダの屋敷に戻って準備をしたかった。
 誰でも入れるこの薬局には大事なものは置いていないのだ。


「待ってコハクちゃん。あいつらはどうするの?」


 足早に薬局から出ようとする私の肩に手を置いて、ミハイルは面倒そうな表情をクロヴィスたちに向けた。


「どうするって?」
「あの二人はお師匠さまのお屋敷に連れて行けないよ。ぼくたち三人一緒に戻ったら、ここで野放しになっちゃうけど」
「野放しって……一応エダさんの雇用先で王子様ですよ」


 遠慮のない物言いに、思わずクロヴィスたちに視線を向ける。
 幸い何か話し合っている二人は気づかなかったが、協力関係を結んだ手前露骨に警戒するのもよくないだろう。
 だけど、ミハイルの心配も最もだ。ここに見られて困るものは何もないが、万が一ということもある。
 一人は薬局に残してもいいだろう。


「フブキ、さりげなく二人を見張ることってできる?」
『それくらい造作もない』

 大変頼もしい二つ返事に思わず笑顔が浮かぶ。
 普通の魔獣は人間の会話を理解できる知性を持っていないらしいから、クロヴィスたちに変に警戒されることもないだろう。
 白いフェンリルが聖女の使い魔だと知っているのなら話は別だが、ミハイルいわくその情報は失われたに等しい。
 あの日、私を殺そうとしていた兵士たちもただの魔獣だと思っていたみたいだし……クロヴィスたちもフブキを気にしている様子はないから、きっと大丈夫だろう。


(エダさんの屋敷から持ち出していいものも、ミハイルさんにしか分からないしね)


 結界を張っているくらいなのだから、持ち出されたら困るものも多いだろう。
 恩人であるエダさんに迷惑をかけたくないから、慎重にならないといけない。


「私は一度戻って必要なものを用意してくるけど、二人ともここで待ってて。だいぶ回復したとはいえ、あんな怪我をした人に山登りはさせられないわ」
「うーん、こう見えて結構頑丈なんだけど」
「殿下、俺もコハクの意見に賛成です。お気持ちはよくわかりますが、ここは体力を温存した方がよいかと」


 一緒に来たそうなクロヴィスを止めたのは、意外にもジェラルドだった。
 困ったように太いまゆを下げているその表情はまるで大型犬のようで、いつもの凛とした力強い雰囲気もなりを潜めている。夢野乙姫と違って自然体でやっているからこそ、ものすごく断りにくいだろう。
 案の定、クロヴィスは仕方なさそうに肩をすくめると首を縦に振った。


「……そうだね。ここ数日分の仕事が王宮で待っているだろうし、ここで大人しくしてるよ」


。。。



 フブキを診察室に残して、私とミハイルと一緒にワープでエダの屋敷に戻った。
 ミハイルにも手伝ってもらって、ストックしていた丸薬を全部容器に詰めて鞄に入れる。
 黒い死は根絶しないと意味がないから、王様だけ直しても意味がない。寝具や王城、使用人が持っているウィルスを完全に消さなくいてはならないのだ。
 村でやったのと同じように、無敵時間の間で王宮にいるすべての人に丸薬を飲ませてから王宮全体に浄化魔法をかけたいところだけど……時間との闘いだろう。


(村人とは信頼関係があったし、そもそも人数が少なくて指示が通りやすかった。でも王宮にいる人たちはみんな貴族で、私の話を素直に聞き入れてくれるかどうか……)


 悪いことを考え始めそうな頭を振って気持ちを切り替え、私は下準備を終えていた丸薬に魔法をかけて追加で何個か作る。
 ネガティブなことを考えるよりも、自分にできる下準備をしっかり整えよう。


「コハクちゃん、下準備してない薬草も持ってくの?」
「はい、なるべくストックあった方がいいかなって」
「完成品だけでも数百はあるし、ぼくは十分だと思うなあ」


 そう言ったミハイルは、難しい顔で私の手元を見ている。
 処理できてない薬草は持って行って欲しくなさそうな雰囲気だ。


「腕はお師匠さまに劣るけど、王宮には他にも薬師がいるからね。使っている薬草に目をつけられたりするの、面倒じゃない?」
「あ……確かにそうですね」


 この丸薬自体の主成分は健康促進の薬草がほとんどだ。
 下準備で変わったことをしていると誤魔化すにしても、下手に説明して勘ぐられるのはこちらに不利。
 それに王様が口にするものだ。一度材料に不信感を覚えられてしまえば、秘蔵レシピだけで言い逃れるのは不可能だろう。クロヴィスのサポートがあるとはいえ、今後のためにも不信感はあまり与えたくない。


「でも、これだけの丸薬で足りるんでしょうか?」


 思い出したくはないが、ヨークブランにはたくさん人がいた。
 召喚された教会には最低でも千人はいた気がするし、あの偉そうな貴族たちは何人も使用人を抱えてそうだ。
 人手不足とは言っていたけど、グロスモントも王宮にはたくさん人がいるのではないだろうか。


「うーん、むしろ余ると思うなあ。お師匠さまの話じゃ、五百人もいないと思うね」
「えっ!?」
「あはは、ヨークブランの人はお城に集まりたがるからね。あれでも歴史ある大国みたいだから?」


 今の言葉、間違いなくすべてに『(笑)』がついていた。
 日本人特有の誤魔化し術でその場を濁して、私はミハイルの意見も聞きながら素早く荷物をまとめる。
 そうしてとっくに準備を整えていたミハイルと共に、ワープを使って村まで戻っていく。
 一日に何度もワープを使ったのは初めてだから、少しだけ足元がフラッとする。


「コハクちゃん、気分悪い?王城に行くにはもう一回ワープするんだけど、移動酔いなら無理しちゃダメだよ」
「大丈夫ですよ!荷物が重くて、少しバランスが崩れただけです」


 目ざとく違和感を見つけたミハイルを安心させるように笑う。
 よろついたのは一瞬だったし、今は何ともない。それよりも一刻も早く、黒い死と戦っている王様のもとに行かなきゃ。


「ならいいけど、ワープによる酔いって結構辛いからね。少しでも違和感感じたら、すぐに言って」
「わ、わかりました……!」


 真剣な目で念を押すミハイルに、私はコクコクと頷いた。
 それでも考えを見透かすようにじっと見つめられて、いろんな意味で気まずくなって目をそらす。
 そうするとため息とともにミハイルが離れた気配を感じて、そっと胸を撫でおろした。


(いつまでたってもあの綺麗な顔は見慣れないな……)


 早くなった鼓動から気をそらすように、私は早足でクロヴィスたちが待つ薬局の中に入った。
 
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