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第三章

50.契約成立

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「……人の命がかかっているから、今は嘘ついたことを見逃すわ。貴方たちの様子を見るに、陛下の状況が良くないというのは本当みたいだから」
「寛大な対応に感謝する。今更だけど、これからは誤魔化しなしで話すよ」


 私も素性を隠している上、敵国の魔導士だったミハイルもいる。
 クロヴィスも襲われたわけだし、慎重になる気持ちは理解できる。ひとまず納得して、話を進めることにした。


「もう一度確認するけど、陛下が倒れたのは七日前でいいのよね?」
「それは確かだよ。症状が出てからすぐに上級ポーションを与え続けているけど、私が王城を出た頃には黒い模様が体に出ていたんだ」


 私が実際に見たわけじゃないから正確性には欠けるけど、良いポーションを湯水のように浴びて黒い死から回復した人はいる。回復まではいかずとも、一か月以上は耐えたという話がほとんどだ。
 だけどクロヴィスの話が正しいのなら、国王にはポーションが効いていないということになる。ポーションの作り手はエダだから、粗悪品ということもないはず。


「王城を出たのはいつ?」
「三日前だよ」
「……っ」


 その時点で斑点が出ていたのなら、確かにのんびりしている場合ではなさそうだ。
 表情を険しくする私に、クロヴィスは再度深々と頭を下げた。今度はジェラルドもそれに声を荒げることはなく、むしろより深く腰を折った。


「コハクに信頼してもらえるようなことを一つもできていないけど、私たちがここに訪れたのは本当に薬師を探すためなんだ。国民と父上を救ってくださるなら、どんな条件も受け入れる」
どんな条件も・・・・・・?」
「もちろん、治せなくとも責任は追及しない」


 顔を上げたクロヴィスは、オウム返しする私の目をまっすぐ見つめている。一国の王子が口にするその言葉の重みは、クロヴィスが一番知っているだろう。むしろあえて制限を設けていないように思える。
 私は注意深くクロヴィスの表情を観察しながら『目標』を口にした。


「私、王都でお店を持つのが夢なの。でもすごく遠いところに住んでたから、お金も人脈も足りないの」


 別に嘘は言っていない。ずっと雑貨屋おみせを開きたかったし、日本はもう帰れないくらい遠いところだ。
 特にクロヴィスは私と村長の話を盗み聞きしていたはずだから、あの時に話したことと齟齬が出ないように気を付けないと。


「だから私が出す条件は王都でお店を開く権利よ。報酬と言った方がいいのかしら」
「――――は?」


 私の条件がよほど意外だったようで、クロヴィスとジェラルドはお手本のように驚いて見せた。その顔はあまりにも面白く、いつだったか日本で流行った猫の反応を思い出した。


「報酬と言った方がいいって、まさかコハクの望みは『王都で店を開く』だけなのかい?」
「あ、でも使った丸薬の分のお金は貰うわよ」
「それは当然だ!って、いや、声を荒げてすまない……あまりにも想定外のことで、ちょっと考えが追い付いていないんだ」


 小さく咳払いをしたクロヴィスは、戸惑ったようなまなざしを私に向けている。その代わりというように、ジェラルドが信じられない物を見る目で私に問いかけた。
 

「念のために説明するが、殿下のおっしゃる『どんな条件も』というのは文字通りなんでも与えるという意味だ。地位も権力も……それこそ何件も店を開けるだけの金銭を望むこともできる」


 ジェラルドは一度迷うように視線を彷徨わせるが、すぐに意を決したように言葉を続けた。


「コハクは薬師としての腕はもちろん、魔法の才能もあるように思う。わざわざ殿下にそれを望まなくても、数年もあればお金は十分に溜まると思うのだが」


 要するに、めったにないチャンスだからもっといいモノをねだれということだろう。
 何だかんだ言いつつもこちらを気にかけてくれたその姿に微笑ましくなるものの、私は小さく首を振った。


「人は未知な物を素直に受け入れられないの。私の丸薬を怪しんでいた貴方もよく分かっていると思うけど」
「そ、それは!」
「別に責めているわけじゃないよ。どれだけ優れていても、ポーションとは違う私の薬を受け入れてもらうにはかなり時間がかかるってことを伝えたかっただけなの」
「なるほど、王家が手を貸すことで信用問題も解決するつもりか」


 私の理由に納得したのか、クロヴィスは何やら考え込むような素振りをする。
 地位や権力を望んで、変に貴族に囲い込まれても困る。夢野乙姫に復讐した後はのんびり暮らしたいのだ。
 これ以上探られたくなかったので、私はもう少し条件を追加することにした。


「どうやら割に合わない提案だったみたいね。薬師としての活動を支援する、に値上げしてもいいかしら。私にそこまでしてもらう価値はないかもしれないけど」


 クロヴィスは狐に化かされたような顔をしたかと思えば、からからと愉快そうに笑った。
 ミハイルも意外そうな顔をしている。ちょっと図々しかったかな……。
 慌てて冗談だと誤魔化そうとしたところで、クロヴィスが私に手を差し出した。


「いいや、そんなことないさ。コハクほどの薬師は国の安全と発展に大きな影響を与える。むしろこちらから申し出たいくらいだよ」


 差し出された手をそのままに、クロヴィスは是ととれる返事をくれた。
 これは、契約成立の握手ということで良いのだろうか。


「未熟者ですが、よろしくお願いします」


 クロヴィスの手は私のより一回りも大きくて、剣だこがたくさんあった。
 王子というよりも騎士のようなその手のひらに、私はわずかにうろたえる。

(今はそんな事より国王の治療に集中しないと。ここまで来たんなら失敗なんてできないわ!)


 気を引き締める私に、クロヴィスが声をかける。


「すぐに王城に向かうから、コハクは準備してきておいて」


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