57 / 58
第三章
50.契約成立
しおりを挟む
「……人の命がかかっているから、今は嘘ついたことを見逃すわ。貴方たちの様子を見るに、陛下の状況が良くないというのは本当みたいだから」
「寛大な対応に感謝する。今更だけど、これからは誤魔化しなしで話すよ」
私も素性を隠している上、敵国の魔導士だったミハイルもいる。
クロヴィスも襲われたわけだし、慎重になる気持ちは理解できる。ひとまず納得して、話を進めることにした。
「もう一度確認するけど、陛下が倒れたのは七日前でいいのよね?」
「それは確かだよ。症状が出てからすぐに上級ポーションを与え続けているけど、私が王城を出た頃には黒い模様が体に出ていたんだ」
私が実際に見たわけじゃないから正確性には欠けるけど、良いポーションを湯水のように浴びて黒い死から回復した人はいる。回復まではいかずとも、一か月以上は耐えたという話がほとんどだ。
だけどクロヴィスの話が正しいのなら、国王にはポーションが効いていないということになる。ポーションの作り手はエダだから、粗悪品ということもないはず。
「王城を出たのはいつ?」
「三日前だよ」
「……っ」
その時点で斑点が出ていたのなら、確かにのんびりしている場合ではなさそうだ。
表情を険しくする私に、クロヴィスは再度深々と頭を下げた。今度はジェラルドもそれに声を荒げることはなく、むしろより深く腰を折った。
「コハクに信頼してもらえるようなことを一つもできていないけど、私たちがここに訪れたのは本当に薬師を探すためなんだ。国民と父上を救ってくださるなら、どんな条件も受け入れる」
「どんな条件も?」
「もちろん、治せなくとも責任は追及しない」
顔を上げたクロヴィスは、オウム返しする私の目をまっすぐ見つめている。一国の王子が口にするその言葉の重みは、クロヴィスが一番知っているだろう。むしろあえて制限を設けていないように思える。
私は注意深くクロヴィスの表情を観察しながら『目標』を口にした。
「私、王都でお店を持つのが夢なの。でもすごく遠いところに住んでたから、お金も人脈も足りないの」
別に嘘は言っていない。ずっと雑貨屋を開きたかったし、日本はもう帰れないくらい遠いところだ。
特にクロヴィスは私と村長の話を盗み聞きしていたはずだから、あの時に話したことと齟齬が出ないように気を付けないと。
「だから私が出す条件は王都でお店を開く権利よ。報酬と言った方がいいのかしら」
「――――は?」
私の条件がよほど意外だったようで、クロヴィスとジェラルドはお手本のように驚いて見せた。その顔はあまりにも面白く、いつだったか日本で流行った猫の反応を思い出した。
「報酬と言った方がいいって、まさかコハクの望みは『王都で店を開く』だけなのかい?」
「あ、でも使った丸薬の分のお金は貰うわよ」
「それは当然だ!って、いや、声を荒げてすまない……あまりにも想定外のことで、ちょっと考えが追い付いていないんだ」
小さく咳払いをしたクロヴィスは、戸惑ったようなまなざしを私に向けている。その代わりというように、ジェラルドが信じられない物を見る目で私に問いかけた。
「念のために説明するが、殿下のおっしゃる『どんな条件も』というのは文字通りなんでも与えるという意味だ。地位も権力も……それこそ何件も店を開けるだけの金銭を望むこともできる」
ジェラルドは一度迷うように視線を彷徨わせるが、すぐに意を決したように言葉を続けた。
「コハクは薬師としての腕はもちろん、魔法の才能もあるように思う。わざわざ殿下にそれを望まなくても、数年もあればお金は十分に溜まると思うのだが」
要するに、めったにないチャンスだからもっといいモノをねだれということだろう。
何だかんだ言いつつもこちらを気にかけてくれたその姿に微笑ましくなるものの、私は小さく首を振った。
「人は未知な物を素直に受け入れられないの。私の丸薬を怪しんでいた貴方もよく分かっていると思うけど」
「そ、それは!」
「別に責めているわけじゃないよ。どれだけ優れていても、ポーションとは違う私の薬を受け入れてもらうにはかなり時間がかかるってことを伝えたかっただけなの」
「なるほど、王家が手を貸すことで信用問題も解決するつもりか」
私の理由に納得したのか、クロヴィスは何やら考え込むような素振りをする。
地位や権力を望んで、変に貴族に囲い込まれても困る。夢野乙姫に復讐した後はのんびり暮らしたいのだ。
これ以上探られたくなかったので、私はもう少し条件を追加することにした。
「どうやら割に合わない提案だったみたいね。薬師としての活動を支援する、に値上げしてもいいかしら。私にそこまでしてもらう価値はないかもしれないけど」
クロヴィスは狐に化かされたような顔をしたかと思えば、からからと愉快そうに笑った。
ミハイルも意外そうな顔をしている。ちょっと図々しかったかな……。
慌てて冗談だと誤魔化そうとしたところで、クロヴィスが私に手を差し出した。
「いいや、そんなことないさ。コハクほどの薬師は国の安全と発展に大きな影響を与える。むしろこちらから申し出たいくらいだよ」
差し出された手をそのままに、クロヴィスは是ととれる返事をくれた。
これは、契約成立の握手ということで良いのだろうか。
「未熟者ですが、よろしくお願いします」
クロヴィスの手は私のより一回りも大きくて、剣だこがたくさんあった。
王子というよりも騎士のようなその手のひらに、私はわずかにうろたえる。
(今はそんな事より国王の治療に集中しないと。ここまで来たんなら失敗なんてできないわ!)
気を引き締める私に、クロヴィスが声をかける。
「すぐに王城に向かうから、コハクは準備してきておいて」
「寛大な対応に感謝する。今更だけど、これからは誤魔化しなしで話すよ」
私も素性を隠している上、敵国の魔導士だったミハイルもいる。
クロヴィスも襲われたわけだし、慎重になる気持ちは理解できる。ひとまず納得して、話を進めることにした。
「もう一度確認するけど、陛下が倒れたのは七日前でいいのよね?」
「それは確かだよ。症状が出てからすぐに上級ポーションを与え続けているけど、私が王城を出た頃には黒い模様が体に出ていたんだ」
私が実際に見たわけじゃないから正確性には欠けるけど、良いポーションを湯水のように浴びて黒い死から回復した人はいる。回復まではいかずとも、一か月以上は耐えたという話がほとんどだ。
だけどクロヴィスの話が正しいのなら、国王にはポーションが効いていないということになる。ポーションの作り手はエダだから、粗悪品ということもないはず。
「王城を出たのはいつ?」
「三日前だよ」
「……っ」
その時点で斑点が出ていたのなら、確かにのんびりしている場合ではなさそうだ。
表情を険しくする私に、クロヴィスは再度深々と頭を下げた。今度はジェラルドもそれに声を荒げることはなく、むしろより深く腰を折った。
「コハクに信頼してもらえるようなことを一つもできていないけど、私たちがここに訪れたのは本当に薬師を探すためなんだ。国民と父上を救ってくださるなら、どんな条件も受け入れる」
「どんな条件も?」
「もちろん、治せなくとも責任は追及しない」
顔を上げたクロヴィスは、オウム返しする私の目をまっすぐ見つめている。一国の王子が口にするその言葉の重みは、クロヴィスが一番知っているだろう。むしろあえて制限を設けていないように思える。
私は注意深くクロヴィスの表情を観察しながら『目標』を口にした。
「私、王都でお店を持つのが夢なの。でもすごく遠いところに住んでたから、お金も人脈も足りないの」
別に嘘は言っていない。ずっと雑貨屋を開きたかったし、日本はもう帰れないくらい遠いところだ。
特にクロヴィスは私と村長の話を盗み聞きしていたはずだから、あの時に話したことと齟齬が出ないように気を付けないと。
「だから私が出す条件は王都でお店を開く権利よ。報酬と言った方がいいのかしら」
「――――は?」
私の条件がよほど意外だったようで、クロヴィスとジェラルドはお手本のように驚いて見せた。その顔はあまりにも面白く、いつだったか日本で流行った猫の反応を思い出した。
「報酬と言った方がいいって、まさかコハクの望みは『王都で店を開く』だけなのかい?」
「あ、でも使った丸薬の分のお金は貰うわよ」
「それは当然だ!って、いや、声を荒げてすまない……あまりにも想定外のことで、ちょっと考えが追い付いていないんだ」
小さく咳払いをしたクロヴィスは、戸惑ったようなまなざしを私に向けている。その代わりというように、ジェラルドが信じられない物を見る目で私に問いかけた。
「念のために説明するが、殿下のおっしゃる『どんな条件も』というのは文字通りなんでも与えるという意味だ。地位も権力も……それこそ何件も店を開けるだけの金銭を望むこともできる」
ジェラルドは一度迷うように視線を彷徨わせるが、すぐに意を決したように言葉を続けた。
「コハクは薬師としての腕はもちろん、魔法の才能もあるように思う。わざわざ殿下にそれを望まなくても、数年もあればお金は十分に溜まると思うのだが」
要するに、めったにないチャンスだからもっといいモノをねだれということだろう。
何だかんだ言いつつもこちらを気にかけてくれたその姿に微笑ましくなるものの、私は小さく首を振った。
「人は未知な物を素直に受け入れられないの。私の丸薬を怪しんでいた貴方もよく分かっていると思うけど」
「そ、それは!」
「別に責めているわけじゃないよ。どれだけ優れていても、ポーションとは違う私の薬を受け入れてもらうにはかなり時間がかかるってことを伝えたかっただけなの」
「なるほど、王家が手を貸すことで信用問題も解決するつもりか」
私の理由に納得したのか、クロヴィスは何やら考え込むような素振りをする。
地位や権力を望んで、変に貴族に囲い込まれても困る。夢野乙姫に復讐した後はのんびり暮らしたいのだ。
これ以上探られたくなかったので、私はもう少し条件を追加することにした。
「どうやら割に合わない提案だったみたいね。薬師としての活動を支援する、に値上げしてもいいかしら。私にそこまでしてもらう価値はないかもしれないけど」
クロヴィスは狐に化かされたような顔をしたかと思えば、からからと愉快そうに笑った。
ミハイルも意外そうな顔をしている。ちょっと図々しかったかな……。
慌てて冗談だと誤魔化そうとしたところで、クロヴィスが私に手を差し出した。
「いいや、そんなことないさ。コハクほどの薬師は国の安全と発展に大きな影響を与える。むしろこちらから申し出たいくらいだよ」
差し出された手をそのままに、クロヴィスは是ととれる返事をくれた。
これは、契約成立の握手ということで良いのだろうか。
「未熟者ですが、よろしくお願いします」
クロヴィスの手は私のより一回りも大きくて、剣だこがたくさんあった。
王子というよりも騎士のようなその手のひらに、私はわずかにうろたえる。
(今はそんな事より国王の治療に集中しないと。ここまで来たんなら失敗なんてできないわ!)
気を引き締める私に、クロヴィスが声をかける。
「すぐに王城に向かうから、コハクは準備してきておいて」
21
お気に入りに追加
968
あなたにおすすめの小説
ほらやっぱり、結局貴方は彼女を好きになるんでしょう?
望月 或
恋愛
ベラトリクス侯爵家のセイフィーラと、ライオロック王国の第一王子であるユークリットは婚約者同士だ。二人は周りが羨むほどの相思相愛な仲で、通っている学園で日々仲睦まじく過ごしていた。
ある日、セイフィーラは落馬をし、その衝撃で《前世》の記憶を取り戻す。ここはゲームの中の世界で、自分は“悪役令嬢”だということを。
転入生のヒロインにユークリットが一目惚れをしてしまい、セイフィーラは二人の仲に嫉妬してヒロインを虐め、最後は『婚約破棄』をされ修道院に送られる運命であることを――
そのことをユークリットに告げると、「絶対にその彼女に目移りなんてしない。俺がこの世で愛しているのは君だけなんだ」と真剣に言ってくれたのだが……。
その日の朝礼後、ゲームの展開通り、ヒロインのリルカが転入してくる。
――そして、セイフィーラは見てしまった。
目を見開き、頬を紅潮させながらリルカを見つめているユークリットの顔を――
※作者独自の世界設定です。ゆるめなので、突っ込みは心の中でお手柔らかに願います……。
※たまに第三者視点が入ります。(タイトルに記載)
【完結】身売りした妖精姫は氷血公爵に溺愛される
鈴木かなえ
恋愛
第17回恋愛小説大賞にエントリーしています。
レティシア・マークスは、『妖精姫』と呼ばれる社交界随一の美少女だが、実際は亡くなった前妻の子として家族からは虐げられていて、過去に起きたある出来事により男嫌いになってしまっていた。
社交界デビューしたレティシアは、家族から逃げるために条件にあう男を必死で探していた。
そんな時に目についたのが、女嫌いで有名な『氷血公爵』ことテオドール・エデルマン公爵だった。
レティシアは、自分自身と生まれた時から一緒にいるメイドと護衛を救うため、テオドールに決死の覚悟で取引をもちかける。
R18シーンがある場合、サブタイトルに※がつけてあります。
ムーンライトで公開してあるものを、少しずつ改稿しながら投稿していきます。
自称ヒロインに「あなたはモブよ!」と言われましたが、私はモブで構いません!!
ゆずこしょう
恋愛
ティアナ・ノヴァ(15)には1人の変わった友人がいる。
ニーナ・ルルー同じ年で小さい頃からわたしの後ろばかり追ってくる、少しめんどくさい赤毛の少女だ。
そしていつも去り際に一言。
「私はヒロインなの!あなたはモブよ!」
ティアナは思う。
別に物語じゃないのだし、モブでいいのではないだろうか…
そんな一言を言われるのにも飽きてきたので私は学院生活の3年間ニーナから隠れ切ることに決めた。
【R18】清掃員加藤望、社長の弱みを握りに来ました!
Bu-cha
恋愛
ずっと好きだった初恋の相手、社長の弱みを握る為に頑張ります!!にゃんっ♥
財閥の分家の家に代々遣える“秘書”という立場の“家”に生まれた加藤望。
”秘書“としての適正がない”ダメ秘書“の望が12月25日の朝、愛している人から連れてこられた場所は初恋の男の人の家だった。
財閥の本家の長男からの指示、”星野青(じょう)の弱みを握ってくる“という仕事。
財閥が青さんの会社を吸収する為に私を任命した・・・!!
青さんの弱みを握る為、“ダメ秘書”は今日から頑張ります!!
関連物語
『お嬢様は“いけないコト”がしたい』
『“純”の純愛ではない“愛”の鍵』連載中
『雪の上に犬と猿。たまに男と女。』
エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高11位
『好き好き大好きの嘘』
エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高36位
『約束したでしょ?忘れちゃった?』
エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高30位
※表紙イラスト Bu-cha作
よくある婚約破棄なので
おのまとぺ
恋愛
ディアモンテ公爵家の令嬢ララが婚約を破棄された。
その噂は風に乗ってすぐにルーベ王国中に広がった。なんといっても相手は美男子と名高いフィルガルド王子。若い二人の結婚の日を国民は今か今かと夢見ていたのだ。
言葉数の少ない公爵令嬢が友人からの慰めに対して放った一言は、社交界に小さな波紋を呼ぶ。「災難だったわね」と声を掛けたアネット嬢にララが返した言葉は短かった。
「よくある婚約破棄なので」
・すれ違う二人をめぐる短い話
・前編は各自の証言になります
・後編は◆→ララ、◇→フィルガルド
・全25話完結
義兄に告白されて、承諾したらトロ甘な生活が待ってました。
アタナシア
恋愛
母の再婚をきっかけにできたイケメンで完璧な義兄、海斗。ひょんなことから、そんな海斗に告白をされる真名。
捨てられた子犬みたいな目で告白されたら断れないじゃん・・・!!
承諾してしまった真名に
「ーいいの・・・?ー ほんとに?ありがとう真名。大事にするね、ずっと・・・♡」熱い眼差を向けられて、そのままーーーー・・・♡。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる