上 下
45 / 58
第二章

39.様子確認

しおりを挟む
 村は穏やかな様子だった。
 私の言いつけをしっかり守っているようで、家から出ている人はいない。正直村の建物はどれも通気性が良すぎて隔離する意味が薄いけど、薬を配ったところとか覚えやすいからね。
 今は薬局にあの二人がいるわけだし、我ながらいい判断だったと思う。

 村人に私が来たことを知らせる前に、私たちはこっそり薬局に向かった。クロヴィスたちにこの村の状況を教えて出歩かないようにするためだが、黒い死を治せる私に興味を持ってほしいという下心もあったりする。
 ここで彼らの目に留まって王都で薬師として動き、ヨークブランに復讐するチャンスを伺う。急ぎの計画だが、ミハイルは何も言わなかったから大きなデメリットはないはずだ。
 意を決して、クロヴィスたちを泊めている休憩室の扉を開ける。


「おや、君が私たちを助けてくれた薬師かな?」
「わ」
「うわ血みどろじゃん!こりゃ派手にやられたねぇ」


 まさか起きているとは思わず、部屋に入るのと同時にかけられた甘い声に驚く。
 顔を上げれば、ベッドの上で上体を起したクロヴィスがにこやかにこちらを見ていた。体全体は汚れたままだったが、その顔色はいい。ちらりとその隣を見れば、同じような状態のジェラルドがいた。
 二人とも一晩で起き上がれる傷じゃなかったはずだが、これも魔法の力のおかげだろう。特にクロヴィスは直に治癒魔法をかけたからか、ジェラルドより元気そうだ。


「もう目覚めたんですね。私はここで薬師をしているコハク・ヒジリカワです」


 名前を先に言うことに抵抗があるが、これもクロヴィスたちに違和感を抱かせないためだ。
 ミハイルは顔がばれているから、透明化したまま。フブキも聖女の使い魔でのフェンリルと気づかれてないので、わざわざ藪蛇しない。


「ああ、ジェラルドから聞いたよ。君がいなければ私たちは死んでいた。寝泊りするところも貸してくれて、本当になんてお礼を言ったらいいか」


 何というか、とても爽やかな人だ。ヨークブランのクソ王子を見たせいで余計にそう感じているだけかもしれないけど。


「改めて助けてくれてありがとう。私はクロヴィス……貴族だけど、しがない男爵だから気軽にクロヴィスって呼んでくれ」
「王族ですって正直に言えないって分かってるけど、こうも笑顔でサラッと噓疲れるとムカつくよねー」
『同族嫌悪か?』
「ぼくは噓はつきません!こんな腹黒軟派と一緒にするんじゃないよ」


 予想通り身分を偽ったクロヴィスに、見えないのをいいことにミハイルは冷たい視線を向けた。どうやらこの世界でも中指を立てる文化があるらしい。
 しかし私は鑑定でクロヴィスの苗字や身分を知っているが、名乗られていない以上勝手に呼べない。もしかして、私に王子を呼びせてにさせるつもりか?


「俺はジェラルド。護衛だ」


 こちらもっと簡潔だ。やはり呼び捨てにしろってことか?


「怪我人を助けるのが薬師の仕事ですので。ところで、診察の前にクロヴィス様たちは、」
「恩人に様で呼ばせるわけにはいかないな。あと敬語もやめてくれ。私たちの仲じゃないか」


 昨日知り合ったばかりだよ!
 のどまで出かかった言葉を飲み込む。不敬罪が怖いのでまことに遠慮したいが、あんまり食い下がっては怪しまれてしまう。
 私は少し考え込んで、そこまで言うなら仕方がないですねえというスタンスでうなずいた。こうなったら呼びタメを公開させるレベルで馴れ馴れしくしてやる。


「それで、どうしたの?」
「ああ、その恰好では治るものも治らなくなるから、身を清めた方がいいって言おうとしたの」


 昨日は二人ともそれどころじゃなかったし、治癒魔法にばい菌は関係ないから治療優先したけど。そんな泥と血でパリパリな状態じゃあ気持ち悪いだろう。しかしその提案に、二人とも困ったような顔をした。
 ……まさか、自分じゃお風呂入れないっていう貴族あるあるを出してくるんじゃないでしょうね。


「そうしたいのは山々だけど、正直まだそこまで体力が回復してないんだ。この小屋……薬局にはお風呂がないみたいだし、川まで行って帰るのは厳しいかな」
『まあ、あんな事があった後じゃ気軽に外いけないか』


 とても切実な悩みだった。それに彼らは敵襲から逃げてきたんだから、たとえお風呂に入っても着替えがない。
 二人とも、特にジェラルドはかなり体格に恵まれているから、ミハイルのお上品な服じゃ入らないだろう。とはいえ、清潔面から考えても綺麗にさせてあげたい。


「魔法を使えばいいんだよ。ほら、最初にコハクちゃんが森で目覚めたときも服は綺麗だったよね?」


 そういえばそうだった。
 あの時はそれどころじゃなくて流してしまったけど、ミハイルはエダに吹き飛ばされたときもそういう魔法を使っていたような。


「加減間違えると服が爆散しちゃうけど、ちゃんとイメージさえできていれば大丈夫だから」


 服が爆散するの?そんなギャグ漫画みたいなことが??
 思わずミハイルを見上げるが、彼はいたって真剣な顔をしていた。


(いや待って。それってつまり、失敗したら王子様を全裸にしちゃうってことだよね?不敬どころか死罪では。恩人かと思ったら痴女だったとか最悪すぎない?)


 しかしミハイルが姿を隠さねばならない以上、何とかできるのは私だけ。全裸のイケメンを見たくないが、この黒い死が存在しているところでそんな病気の温床を放置したくない。
 ……まあ、全裸になったらでシーツで包むか。

 見た目より健康を取った私は、さも簡単なことですよいう顔を作る。大丈夫だ魔法はイメージ。超汚れ落ち君が私の見方だ。


「そういうことなら、魔法できれいにするよ?薬を作るには繊細なコントロールが必要だから、こういう魔法も得意なの」


 嘘である。私は少し渋られるのかと思ったが、クロヴィスは以外にもすんなりとうなずいた。やっぱり気持ち悪かったらしい。
 それに対して、薬湯を飲んだジェラルドは少し顔を曇らせた。でも主がうなずいた以上、断れないらしい。真面目で結構だが、あの薬湯は薬草の組み合わせの問題で私の魔法コントロールと関係ないから。


「洗浄魔法は水の中位魔法だよ。呪文は洗浄クリア


 ミハイルの澄んだハイトーンボイスに耳を傾けながら、洗濯機やら漂白のイメージを固めていく。
 そしてボディーソープなどのCMも混ぜつつ、私は魔力を練り上げた。


洗浄クリア

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

『完結』孤児で平民の私を嫌う王子が異世界から聖女を召還しましたが…何故か私が溺愛されています?

灰銀猫
恋愛
孤児のルネは聖女の力があると神殿に引き取られ、15歳で聖女の任に付く。それから3年間、国を護る結界のために力を使ってきた。 しかし、彼女の婚約者である第二王子はプライドが無駄に高く、平民で地味なルネを蔑み、よりよい相手を得ようと国王に無断で聖女召喚の儀を行ってしまう。 高貴で美しく強い力を持つ聖女を期待していた王子たちの前に現れたのは、確かに高貴な雰囲気と強い力を持つ美しい方だったが、その方が選んだのは王子ではなくルネで… 平民故に周囲から虐げられながらも、身を削って国のために働いていた少女が、溺愛されて幸せになるお話です。 世界観は独自&色々緩くなっております。 R15は保険です。 他サイトでも掲載しています。

殺された聖女は最強の古代龍に転生したようです 〜誰にもバレていないようなので、元の自分を演じながら復讐します〜

超高校級の小説家
恋愛
オニキス侯爵令嬢アビゲイルは神託により聖女見習いとなりジェダイト王国で修行中の身です。 修行も終盤に差し掛かり王族に挨拶に訪れた際に、王命で王太子ワイアットと婚約することになりました。 しかし、アビゲイルは試練の洞窟で聖女の最終試練を受けている途中で、何者かの手により命を落とします。 気がついたアビゲイルは広げると天を覆い尽くす程の翼を持ち、1000以上存在すると言われる全ての魔法を使いこなす知性を持った、人知を超える存在に生まれ変わっていました。 アビゲイルはその知識を頼りに自分を魔法で元の姿に変えてジェダイト王国に戻りました。 しかし、戻ったアビゲイルは王太子から聖女の最終試練に失敗したなどと言われ、それを理由に婚約破棄を突き付けられたのです。 その横には王太子と親しげに話すエピドート公爵令嬢イザベラの姿がありました。 アビゲイルが死んだのはイザベラの陰謀?でも突然の婚約破棄と王太子とのその親し気な態度は何? アビゲイルが力を使えば二人を殺すのは簡単ですが、折角誰にもばれていないので、元の自分を演じながら復讐の機会を窺うことにしました。 ※12/13、お母様の名前をイライザ→コーデリアとしました。エピドート公爵令嬢イザベラと名前が混同してしまうための措置です。 全27話

え!?私が公爵令嬢なんですか!!(旧聖なる日のノック)

meimei
恋愛
どうやら私は隠し子みたい??どこかの貴族の落し胤なのかしら?という疑問と小さな頃から前世の記憶があったピュリニーネは…それでも逞しく成長中だったが聖なる日にお母様が儚くなり……家の扉をノックしたのは…… 異世界転生したピュリニーネは自身の人生が 聖なる日、クリスマスにまるっと激変したのだった…お母様こんなの聞いてないよ!!!! ☆これは、作者の妄想の世界であり、登場する人物、動物、食べ物は全てフィクションである。 誤字脱字はゆるく流して頂けるとありがたいです!登録、しおり、エール励みになります♡ クリスマスに描きたくなり☆

女性の少ない異世界に生まれ変わったら

Azuki
恋愛
高校に登校している途中、道路に飛び出した子供を助ける形でトラックに轢かれてそのまま意識を失った私。 目を覚ますと、私はベッドに寝ていて、目の前にも周りにもイケメン、イケメン、イケメンだらけーーー!? なんと私は幼女に生まれ変わっており、しかもお嬢様だった!! ーーやった〜!勝ち組人生来た〜〜〜!!! そう、心の中で思いっきり歓喜していた私だけど、この世界はとんでもない世界で・・・!? これは、女性が圧倒的に少ない異世界に転生した私が、家族や周りから溺愛されながら様々な問題を解決して、更に溺愛されていく物語。

聖女召喚に巻き込まれた挙句、ハズレの方と蔑まれていた私が隣国の過保護な王子に溺愛されている件

バナナマヨネーズ
恋愛
聖女召喚に巻き込まれた志乃は、召喚に巻き込まれたハズレの方と言われ、酷い扱いを受けることになる。 そんな中、隣国の第三王子であるジークリンデが志乃を保護することに。 志乃を保護したジークリンデは、地面が泥濘んでいると言っては、志乃を抱き上げ、用意した食事が熱ければ火傷をしないようにと息を吹きかけて冷ましてくれるほど過保護だった。 そんな過保護すぎるジークリンデの行動に志乃は戸惑うばかり。 「私は子供じゃないからそんなことしなくてもいいから!」 「いや、シノはこんなに小さいじゃないか。だから、俺は君を命を懸けて守るから」 「お…重い……」 「ん?ああ、ごめんな。その荷物は俺が持とう」 「これくらい大丈夫だし、重いってそういうことじゃ……。はぁ……」 過保護にされたくない志乃と過保護にしたいジークリンデ。 二人は共に過ごすうちに知ることになる。その人がお互いの運命の人なのだと。 全31話

転生王女は異世界でも美味しい生活がしたい!~モブですがヒロインを排除します~

ちゃんこ
ファンタジー
乙女ゲームの世界に転生した⁉ 攻略対象である3人の王子は私の兄さまたちだ。 私は……名前も出てこないモブ王女だけど、兄さまたちを誑かすヒロインが嫌いなので色々回避したいと思います。 美味しいものをモグモグしながら(重要)兄さまたちも、お国の平和も、きっちりお守り致します。守ってみせます、守りたい、守れたらいいな。え~と……ひとりじゃ何もできない! 助けてMyファミリー、私の知識を形にして~! 【1章】飯テロ/スイーツテロ・局地戦争・飢饉回避 【2章】王国発展・vs.ヒロイン 【予定】全面戦争回避、婚約破棄、陰謀?、養い子の子育て、恋愛、ざまぁ、などなど。 ※〈私〉=〈わたし〉と読んで頂きたいと存じます。 ※恋愛相手とはまだ出会っていません(年の差) ブログ https://tenseioujo.blogspot.com/ Pinterest https://www.pinterest.jp/chankoroom/ ※作中のイラストは画像生成AIで作成したものです。

【完結】異世界転移したら騎士団長と相思相愛になりました〜私の恋を父と兄が邪魔してくる〜

伽羅
恋愛
愛莉鈴(アリス)は幼馴染の健斗に片想いをしている。 ある朝、通学中の事故で道が塞がれた。 健斗はサボる口実が出来たと言って愛莉鈴を先に行かせる。 事故車で塞がれた道を電柱と塀の隙間から抜けようとすると妙な違和感が…。 気付いたら、まったく別の世界に佇んでいた。 そんな愛莉鈴を救ってくれた騎士団長を徐々に好きになっていくが、彼には想い人がいた。 やがて愛莉鈴には重大な秘密が判明して…。

処理中です...