上 下
35 / 58
第二章

閑話3.不信の芽生え

しおりを挟む
 王宮で数か月も暮らせば、慣れ親しんでくるもの。
 気に食わない人間は一睨みで追い出せるし、欲しいと思ったものも言葉一つで手に入る。こんな好みのイケメンにちやほやされて、好きなことだけをしている日々は何て素晴らしいんだろう。

 みんなの闇はなんとなく分かってるから、それっぽいシチュエーションを用意すればそっこーでわたしに落ちたわ。だって、みんなが何よりわたしを優先してくれるの。
 ……やっぱり、天才魔導士のミハイルを追放しなきゃよかったかな。傾国のイケメンを侍らせたら最高だったのに。でもやっぱりわたしを悪く言うのは許せないわね。


「オトヒメ、まだ心の傷が治らないのか?」
「うん。エドがひめをもーっと甘やかしてくれたら元気になるかも」
「ははっ、言うようになったな」


 隣で風に当たっていたエドワードが笑う。その笑顔はとっても格好いいんだけど、わたしはまたこの話かとうんざりする。最近、エドワードたちも聖女の話ばかりするようになった。直接とは言わないけど、遠回しでも毎日聞かれたらイライラする。
 私が息をしているだけでアンタたちのためになっているんだから、もっと感謝して欲しい。


(何なの!?たまにゲーム知識予言教えてあげてるじゃない!治癒魔法が使えてるんならとっくに使ってるわよ!!)


 そう。何よりもわたしをいら立たせているのは、聖女の象徴ともいえる治癒魔法がいつまでたっても使えないという事だった。
 ゲームでは終盤に、聖女が治癒魔法を使ってピンチを乗り越えて攻略対象たちと仲を深める描写が各ルートにある。ヒロインに覚醒シーンはなかったからてっきり序盤から使えているのだと思っていたが、そうじゃないのだろうか。


(まあ、今のところゲームよりずっと好感度が高いから問題ないか。やっぱりコハクちゃん消しておいてよかった!)


 さもなくば、今ごろヒロインの座を奪われないかヤキモキしているところだったはずだ。


「まったくあの偽物には本当に困ったものだ。あれが居なければ今頃、俺たちは婚約して世界を回っているというのに」


 嫌なことを思い出したという風にエドワードは顔をしかめた。反応に困っていると、タイミングよく扉がノックされた。


「入れ」
「お休みのところ失礼します。先ほどロムルド氏がまた嘆願書を提出されました。何でも黒い死にかかっている人の増加が激しく、どうか聖女様に慈悲を示していただきたいそうで、」
「黙れ!聖女は心に傷を負ってまだ魔法が上手く扱えない。それを公にするわけにもいかないだろう!」
「ですが、このままでは税金が払えないそうで……」
「ふん、税も払えないような奴は我がヨークブランの民であるものか!突き返せ!」
「しかし……」


 まだ食い下がろうとする騎士にこっそり舌打ちをする。このまま食い下がられてしまえば困るのはわたしだ。


「うう、貴方もひめを責めるのね……仕方ないよね、まだ魔法を上手く扱えないひめが悪いもん」
「そんなことがあるものか!全てはあの偽物が悪い!おいお前、こんな弱った聖女を見てまだそんなことが言えるのか!」
「も、申し訳ありません!ロムルド氏にはそのように伝えておきます!」


 エドワードに睨まれ、騎士は慌てて出ていく。やっぱり持つべきは偉い恋人よね。
 まったく……黒い死がなんだか知らないが、そんなことでわたしの手を煩わせないで欲しい。ゲームに出てこなかった言葉だし、クリアに関係ないよね。というかモブ以下の存在の生死なんてどうでもいいんだけど。

 まあ、ヤバくなったら聖女の力が覚醒していい感じに解決するでしょ。なんたってわたしヒロインだし、ご都合主義なるものでなんとかなるよね。


「最近の兵は躾がまるでなってないな。あとでレオナルドに言っとかないとな」
「みんなレオみたいに頼れる騎士様になればいいのにね」
「俺が居れば十分だろ」
「エドってば、やきもち?」
「ばっ、そ、そういうのじゃない!」


 赤くなったのを誤魔化すように、エドワードが乱暴にわたしの頭を撫でる。
 いつもならそのまま他の攻略対象の話に変わっているが、エドワードが突然止まった。


「エド?」
「……あ、ああ!すまない、ぼうとしていたな」
「最近騒ぎ立てるやつがいっぱいいるから、エドも疲れたんだよ」
「……そう、かもな」


 そっと撫でる手を引っ込めたエドワードは、少し難しい顔をしている。そして数秒の沈黙のあと、言葉を選ぶようにゆっくりわたしに問いかけてきた。


「……オトヒメ、お前の髪、前からそんなんだったか?」
「髪?」


 そう言われて鏡を覗き込めば、なるほど髪が伸びたせいで生え際が地毛の茶色に戻ってしまっている。
 乙女ゲームの世界故か、カラフルな髪色が存在しているこの世界に髪を染めるという概念がないらしい。数か月も染め直さなければプリンのようなツートンカラーになってしまうのは当然で、むしろよくもった方だろう。


「それも偽物のせいなのか?」
「これはただの色落ちよ。ピンクは染めていた色で、元は茶色だよ。この世界じゃ染め直せないから、あと数か月もすれば全部茶色に戻るわ」
「染めていた、だと……?」
「かわいいでしょー?」


 髪を整えていたわたしが、いつもより低い声でそう言った彼の表情に気付くことはなかった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

執着系逆ハー乙女ゲームに転生したみたいだけど強ヒロインなら問題ない、よね?

陽海
恋愛
乙女ゲームのヒロインに転生したと気が付いたローズ・アメリア。 この乙女ゲームは攻略対象たちの執着がすごい逆ハーレムものの乙女ゲームだったはず。だけど肝心の執着の度合いが分からない。 執着逆ハーから身を守るために剣術や魔法を学ぶことにしたローズだったが、乙女ゲーム開始前からどんどん攻略対象たちに会ってしまう。最初こそ普通だけど少しずつ執着の兆しが見え始め...... 剣術や魔法も最強、筋トレもする、そんな強ヒロインなら逆ハーにはならないと思っているローズは自分の行動がシナリオを変えてますます執着の度合いを釣り上げていることに気がつかない。 本編完結。マルチエンディング、おまけ話更新中です。 小説家になろう様でも掲載中です。

辺境薬術師のポーションは至高 騎士団を追放されても、魔法薬がすべてを解決する

鶴井こう
ファンタジー
【書籍化しました】 余分にポーションを作らせ、横流しして金を稼いでいた王国騎士団第15番隊は、俺を追放した。 いきなり仕事を首にされ、隊を後にする俺。ひょんなことから、辺境伯の娘の怪我を助けたことから、辺境の村に招待されることに。 一方、モンスターたちのスタンピードを抑え込もうとしていた第15番隊。 しかしポーションの数が圧倒的に足りず、品質が低いポーションで回復もままならず、第15番隊の守備していた拠点から陥落し、王都は徐々にモンスターに侵略されていく。 俺はもふもふを拾ったり農地改革したり辺境の村でのんびりと過ごしていたが、徐々にその腕を買われて頼りにされることに。功績もステータスに表示されてしまい隠せないので、褒賞は甘んじて受けることにしようと思う。

転生姫様からの転生は魔術師家系の公爵家

meimei
恋愛
前世は日本人、さらに次の生は姫に生まれ、 沢山の夫や子供達に囲まれた人生だった。 次の生は……目が覚めると小さな手足…うん 赤ちゃんスタートだった。 どうやら魔術師家系の公爵家の末っ子に生まれたみたい!3人の兄達に可愛がられすくすくと チート魔力、魔法を開花させ! 前世の…夫達も探さなきゃ!!! みんなどこいるの!!!! 姫様の困ったお家事情の主人公がさらに転生した話しですが、R15にしました(*^^*) 幼児スタートですので宜しくお願い致します! ☆これは作者の妄想による産物です! 登場する、植物、食べ物、動物すべてフィクションになります! 誤字脱字はゆるく流して貰えるとありがたいです♡

私は聖女になります、性女(娼婦)にはなりません

ブラックベリィ
恋愛
柳沢恵理花は、チビで地味なぽっちゃり系の女子高生だった。 ある日、エレベーターを待っているとそこに6人の女子高生が………。 それも、側にいるのはかなりの美少女達。 うわぁ~側に寄るの比べられるからイヤだなぁと思っていると、突然床に魔法陣が…………。 そして、気が付いたらそこは異世界で、神官様?が。 「ようこそ、聖女候補の姫君達……」 って、それを聞いた瞬間に、恵理花は、詰んだと思った。 なんの無理ゲーなのブスな私は絶対絶命じゃないの……。 だから、私は強く心の中で思ったのです。 「神様、私にチート能力を下さい」っと。 そんな私が、試練の森で幻獣(聖女の資格必須)を手に入れて、聖女になる話しのはず。 失敗したら、性女(娼婦)堕ちするかも…………。 冗談じゃないわ、頑張って聖女に成り上がります。 と、いう内容です…………。 ちなみに、初めての聖女モノです。 色々な人が聖女モノを書いてるのを見て、私達も書いてみたいなぁ~と思っていたので、思い切って書いてみました。 たまに、内容が明後日に飛ぶかも…………。 結構、ご都合主義で突き進む予定です。

嫌われ聖女さんはとうとう怒る〜今更大切にするなんて言われても、もう知らない〜

𝓝𝓞𝓐
ファンタジー
13歳の時に聖女として認定されてから、身を粉にして人々のために頑張り続けたセレスティアさん。どんな人が相手だろうと、死にかけながらも癒し続けた。 だが、その結果は悲惨の一言に尽きた。 「もっと早く癒せよ! このグズが!」 「お前がもっと早く治療しないせいで、後遺症が残った! 死んで詫びろ!」 「お前が呪いを防いでいれば! 私はこんなに醜くならなかったのに! お前も呪われろ!」 また、日々大人も気絶するほどの魔力回復ポーションを飲み続けながら、国中に魔物を弱らせる結界を張っていたのだが……、 「もっと出力を上げんか! 貴様のせいで我が国の騎士が傷付いたではないか! とっとと癒せ! このウスノロが!」 「チッ。あの能無しのせいで……」 頑張っても頑張っても誰にも感謝されず、それどころか罵られるばかり。 もう我慢ならない! 聖女さんは、とうとう怒った。

【完結】聖女を害した公爵令嬢の私は国外追放をされ宿屋で住み込み女中をしております。え、偽聖女だった? ごめんなさい知りません。

藍生蕗
恋愛
 かれこれ五年ほど前、公爵令嬢だった私───オリランダは、王太子の婚約者と実家の娘の立場の両方を聖女であるメイルティン様に奪われた事を許せずに、彼女を害してしまいました。しかしそれが王太子と実家から不興を買い、私は国外追放をされてしまいます。  そうして私は自らの罪と向き合い、平民となり宿屋で住み込み女中として過ごしていたのですが……  偽聖女だった? 更にどうして偽聖女の償いを今更私がしなければならないのでしょうか? とりあえず今幸せなので帰って下さい。 ※ 設定は甘めです ※ 他のサイトにも投稿しています

男女比がおかしい世界にオタクが放り込まれました

かたつむり
恋愛
主人公の本条 まつりはある日目覚めたら男女比が40:1の世界に転生してしまっていた。 「日本」とは似てるようで違う世界。なんてったって私の推しキャラが存在してない。生きていけるのか????私。無理じゃね? 周りの溺愛具合にちょっぴり引きつつ、なんだかんだで楽しく過ごしたが、高校に入学するとそこには前世の推しキャラそっくりの男の子。まじかよやったぜ。 ※この作品の人物および設定は完全フィクションです ※特に内容に影響が無ければサイレント編集しています。 ※一応短編にはしていますがノープランなのでどうなるかわかりません。(2021/8/16 長編に変更しました。) ※処女作ですのでご指摘等頂けると幸いです。 ※作者の好みで出来ておりますのでご都合展開しかないと思われます。ご了承下さい。

婚約者のいる側近と婚約させられた私は悪の聖女と呼ばれています。

鈴木べにこ
恋愛
 幼い頃から一緒に育ってきた婚約者の王子ギルフォードから婚約破棄を言い渡された聖女マリーベル。  突然の出来事に困惑するマリーベルをよそに、王子は自身の代わりに側近である宰相の息子ロイドとマリーベルを王命で強制的に婚約させたと言い出したのであった。  ロイドに愛する婚約者がいるの事を知っていたマリーベルはギルフォードに王命を取り下げるように訴えるが聞いてもらえず・・・。 カクヨム、小説家になろうでも連載中。 ※最初の数話はイジメ表現のようなキツイ描写が出てくるので注意。 初投稿です。 勢いで書いてるので誤字脱字や変な表現が多いし、余裕で気付かないの時があるのでお気軽に教えてくださるとありがたいです٩( 'ω' )و 気分転換もかねて、他の作品と同時連載をしています。 【書庫の幽霊王妃は、貴方を愛することができない。】 という作品も同時に書いているので、この作品が気に入りましたら是非読んでみてください。

処理中です...