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第二章

23. 流行り病の噂

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 ここ最近ずっと考えていたのは、ケイン村で聞いた流行り病のことだ。


「それならぼくもお師匠様から聞いたけど、この辺りでかかった人はいないんだよね?」
「はい。主に都市部で流行っている病気みたいで、田舎ではまだ噂程度です。どこまで本当かは分かりませんが、全身が激痛に襲われたり、体に変な模様が浮かんだりするって。これは瘴気だって言っていた人もいるみたいで」


 そういう噂が立つくらい、みんな怯えているという事だろう。
 だってここより生活レベルが高い都市でも治せないなら、薬師も少ない田舎ではどうしようもない。

 そもそも今回の流行り病にポーションはあんまり効かないようで、他に治療方法もないせいでかかったら治らないとまで言われている。
 上級であれば回復例があるみたいだが、そんな高価な物は貴族しか手を出せない。でも、意味がないとまで言われている下級ポーションも品切れしているそうだ。


(藁にも縋りたいってことかな。でもこれ、あんまり良くない状況よね)


 元の世界でも治療法がない病気は対処が大変だったのに、唯一薬と言えるポーションが効かないという事実はどれだけ混乱を招いているのだろう。


「薬屋で暴動もあったって聞いたよ。ヨークブランもグロスモントも戦中だから騎士もポーションも足りないだろうに、タイミング悪いねえ」
「特にヨークブランの方が酷いと聞きました。帰らずの森を挟んでるから大丈夫と思っている方が多いけど、グロスモントでもそこそこ流行ってはいるので……」


 すでに余裕がある人は都市から避難し始めているそうだ。ヨークブランの人が帰らずの森を超えることはないだろうが、グロスモントの人がケイン村付近に来ることは十分にありえる。

 たとえここまで来なかったとしても、ウィルスというのは簡単に広がるものだ。
 彼らに感染知識がないから仕方ないかもしれないけど、この辺りまでウィルスが飛んでくるのは時間の問題だろう。


「コハクちゃんがそう言うなら、きっとそうなるだろうね。でもそうやって考えているってことは、コハクちゃんはこの流行り病を何とかしたいってこと?」
「……そう、ですね。無くすことは出来なくても、せめてケイン村を守りたいです」


 この世界で初めて私を認めてくれた人たちというのもあるが、顔見知りが流行り病で倒れるのは見たくない。

 まだ風邪のような症状を診たことはないけど、今の私の魔力量であれば何とかできるはずだ。ケイン村は100人もいない小さな集落だから、最悪全員流行り病にかかってもその日のうちに治せるだろう。

 まあ、そんな力を見せたら今後の計画を改める必要が出てくるけど、人の命には変えられないよね。


「別に、あの人たちは本気でコハクちゃんに何とかしてもらうつもりはないと思うよ?」
「それでも、かけられた期待は本物です」
「損をする生き方だねえ」
「私を助けるために追放された人に言われたくないですね」
「ぼくにはちゃんと下心があったよ!」
「それなら私にも自分の力を見せつけるという下心がありますよ」
「それ絶対今取って付けたよね!?」
「いやですね、紛れもない本心ですよ」


 じとっとした視線を寄越すミハイルに満面の笑みを返す。さらに悔しそうな顔をされたので、私はこれ以上追求される前に話を変えることにした。


「でも、話を聞いただけじゃまったく見当もつきませんでした」
「所詮はただの噂話だしね。お師匠さまも首をひねっていたよ」
「実際に患者さんを診られたらよかったんですけど、さすがに今すぐ城下町に行く気にはなりませんでした」
「うん、いい判断だと思うよ」


 もし感染力がとても強い病気なら私もかかる可能性があるし、ミハイルたちにも移してしまうかもしれない。エダも結構ご高齢だし、フブキだってかかる可能性はある。
 まだ治す手立てのない病気のために、そこまで積極的に動けない。


(ミイラ取りがミイラになったら困るもんね。そもそも今の私じゃあ話も聞いてもらえなさそうだし、申し訳ないけどしばらくは様子見かな)


 もちろんできることは精一杯するつもりだが、自分の命あっての物種だ。いのちだいじに。
 今のうちに信用度を稼いでおいて、何かあった時に私の指示通りに動けるようにしたい。病気の対策って、速さが肝心だからね。

 少しばかり芽生えた罪悪感から目をそらし、私は丸薬を丸める作業を再開した。
 しばらくは毎週村の様子を見にいくとエダが言っていたので、次の往診までに新作の丸薬を完成させたい。ミハイルも太鼓判を押してくれたので、早くこの効果を確かめてみたいのだ。


 心が決まってすっきりした私はまさか、次の往診でさっそく新作の丸薬が大活躍するとは思いもよらなかった。

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