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第一章

18.ワープ

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 ミハイルに追い出されるように屋敷から出た私たちは、少し早めではあるものの麓の村に向かうことにした。


「エダさん、村ってどこですか?この付近で採取したときはぜんぜん人の気配とかなかったんですけど」
「そりゃ、帰らずの森のど真ん中に居を構える物好きがアタシくらいだからだよ。普通は近寄りたくもないらしいからね」
「ここって森のど真ん中だったんですか!?じゃあ、麓の村までってどれくらいですか?」
「そうさね……。歩いて行ったら一週間ってところだな」
『まあ、この森はかなり広いからな。あの無能兵士どもも移動補助の魔法を使っていなければ、あんな森の奥までたどり着けなかっただろう』


 未だに帰らずの森の地理を把握していない私だが、ここに来て改めてその面積を実感した。
 地図は見せて貰ったのだが、比較の基準がないのでいまいちぴんと来なかったのだ。


「一週間!?それに兵士って、私をここに捨てたやつらだよね?」
『ああ』
「ということは、まさか移動補助の魔法と馬車を使っていた以上の距離を歩くんですか……?」


 それりゃあエダも足を悪くするよ。
 少し顔色を悪くした私に、エダは呆れたようにため息をついた。


「そんなわけないだろう。アタシにそんな元気があるように見えるのかい?村にはワープポイントがあるから、それを使っていくんだよ」
「ワープポイント!」


 突然のファンタジーにテンションが上がる私を無視して、エダは屋敷の結界を出て裏に移動する。
 そして小さな納屋の鍵を開けて中に入ると、入口で戸惑っていた私に手招きをした。


「ここの床に魔法陣があるんだ。中心に乗って魔力を流せば指定した場所にワープできる」
『埃っぽいな。鼻がムズムズして気持ち悪い』


 何も置かれていない少し埃っぽい納屋の床には、緑色の魔法陣が端まで広がっていた。
 そして奥には、バスケットボールほどの大きさのエメラルドグリーンに輝く球体がある。


「それはワープポイントを繋ぐ目印のようなものだ。そこに登録されている場所ならどこでも行けるよ」
「それは便利ですね。あれ、何か書いてある……ケイン村?」
「今日往診にいく村の名前だよ。ほら、うろうろしてないで早く真ん中に来な」
『俺もあんまりここに長居したくない』
「はーい」


 他に気になる物もなかったので、素直にエダの側に行く。その隣では、顔をしかめているように見えるフブキができるだけ埃が舞わないように大人しくお座りしている。
 つい笑いそうになったが、ふとエダがとても身軽なことが気になった。


「何も持っていかなくていいとは言われましたが、エダさんも手ぶらですか?」
「必要な物はちゃんと持っているよ」


 エダはよくケイン村に行っていたみたいだし、そこに必要なものがそろっているのかもしれない。
 そうと分かれば、私の気持ちはまだ見ぬ異世界の風景に持っていかれてしまう。そんなに大きな村ではないらしいが、初めてたくさんの人がいる場所に行けるのだ。


「準備はいいね、飛ぶよ」


 それに返事をする間もなく、私はエレベーターが下がるときのような浮遊感に襲われる。
 この世界に召喚されたときのそれよりずっと小さいのに、反射的で目をつぶってしまったが、立ったままでいられた。

 浮遊感は数秒で終わり、足がちゃんと地面についていることを感じてゆっくりと目を開ける。


「!ここは」


 私の目の前に広がっていたのは、RPGのはじまりの村のような景色だった。
 木柵に囲まれた村の入口と思われる場所には門番が立っており、私の背後には森が広がっている。森の中央は大きな山が見えているが、おそらくあの山の中腹にエダの屋敷があるのだろう。

 中にいると分からないが、こうして外から見るととんでもない大きさだ。しかも今は昼間にも関わらず、森側は不気味なほど暗い。
 フブキもミハイルもよくこの中から私を見つけ出したと驚くとともに、自分がどれだけギリギリだったのかと思い知る。


「ケイン村の外、ですか?」
「怪しいやつを通さないために、ワープポイントで中に入れないようになっているんだ。あそこに関所が見えるだろう。だいたいはこうやって関所の近くに転移されるんだ」
「なるほど。言われてみれば、屋敷のワープポイントも結界の外でしたね」


 うんうんとうなずく私の隣で、フブキが頭をブルブルと振った。埃が相当嫌だったのだろう。今後も使うなら、掃除をした方が良いかもしれない。
 励まそうとその頭に手を伸ばすが、ふと違和感を覚えてじっとフブキを見つめる。


「あれ、小さくなってる……?」
『あの大きさでは目立つからな。白いのは誤魔化せないから我慢してくれ』
「なんていい子なの……!」


 少し耳が垂れてしまったフブキを抱きしめて思いっきり撫でる。
 いつものサイズ感に慣れると少し物足りなく感じるが、可愛さで胸がいっぱいだから問題ない。


「いつまでそうしているんだ。ほら、関所に行くよ」
「はーい」


 再び呆れた表情を浮かべたエダはさっさと門番のところに行ってしまったので、慌てて後を追いかける。
 頑張って覚えた”私の設定”を頭の中で繰り返し、できるだけ優しい笑顔を浮かべた。


「アンタの身元は打ち合わせ通りだよ。くれぐれも間違えないように」
「はい。ばっちり覚えました」
「よし、じゃあ声をかけるぞ」


 エダは満足そうにうなずくと、表情を引き締めて門番に声をかけた。


「やあ、久しぶりだね。変わりないかい?」
「へ……え、エダ先生ですか!?ほ、ほんもの!?」
「なんだい、その魔女にでもあったような反応は。失礼だね」
「そっ、その言い方は本物だー!ああ!急いでみんなに知らせないと!おーーいッ!誰かーッ!」


(その言い方では緊急事態だと思われませんか、門番よ)


 大声でそう叫びながら走り去った熱い門番に、私たちはぽつねんとその場に立ち尽くすことしかできなかった。
 なお、説明を求める私とフブキの視線はエダに黙殺されているのであった。

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