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第一章

14.聖女は復讐を決める

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 ひとまず基本的な文化的生活を確保できたところで、私にとって一番重要な問題が浮き彫りになった。
 それはもちろん、日本に帰る方法である。


「あの、私はどうやって元の世界に戻ればいいのでしょうか?いつまでもお世話になることもできませんし、長期戦ならお金の問題も解決しないと」


 私がそう言った途端、ミハイルとエダ、そしてフブキまでもが複雑そうに目をそらす。
 そして数秒の沈黙のあと、最初に口を開いたのはミハイルだった。


「……残念だけど、帰る方法はないよ」
「ヨークブランに記録が残ってないだけじゃないんですか?都合が悪いから消しちゃったんじゃ」


 告げられた事実を認めたくなくて、必死に可能性を探す。だけど、エダもが首を振って否定した。


「召喚された以外でも、ふらっとこの世界に迷い込んでくる存在がいるんだ。彼らは“渡り者”と呼ばれているが、誰一人として帰ったものはいないよ」
『俺の先代から受け継がれた記憶にも、聖女が元の世界に帰った例はない。……希望を持つのは止めないが、期待はしない方がいいだろう』
「そんな……」
「世界を渡るとき、魂は時空の変化に存在を消されないように自分を強化するんだ。だから世界を渡った人間はすごく強くなるけど、これが結構エネルギーを消費する行為なんだよ」


 ミハイルはためらうように一度言葉を区切った。


「結論をいうと、魂が世界を渡れるのは一度だけ。次に世界を超えようとすれば、エネルギー不足で魂が霧散してしまう」
「ミハイル、言葉を濁すんじゃないよ」
「分かってる、分かってるよ。……残酷なことを言うけど、元の世界に帰ろうにも、たどり着く前にコハクちゃんの魂が消えるよ」


 それはつまり、死んでも帰れないという事だ。
 ミハイルたちの言葉を理解した瞬間、頭が働くことを拒否した。目の前が真っ暗になっていくのに、腹の底に湧いた怒りは絶望を取り込んで膨らんでいく。


 階段から突き落とされたかと思えば異世界に連れて来られて、ろくに調べもせずに無能扱い。あげくに冤罪で森に捨てられて、殺されかけて、今度は元の世界にも帰れないときた。


(どうして私だけがこんな目に遭わなきゃならないの!)


 しかもほとんどの元凶である夢野は今この瞬間も王宮生活を満喫している。私の死を喜びながら。
 突然俯いた私を心配したのか、エダが少し声を明るくして話題を変えた。


「そうそう、お前さんは自立の心配をしていたね。アタシの話相手だけでも十分だが、外に出るなら森の南にあるグロスモントがいいだろう。あそこは実力主義だから、よそ者でも差別なく暮らせる」


 その名前に心当たりがあると思えば、確かヨークブランと戦争している国だったと思い出す。


「そんな近いんですか?」
「グロスモントは数十年前までヨークブランの属国だったんだ。政治への不満が爆発して反乱が起きて、見事独立までして見せたんだよ」
『独立したのに戦争が続いているのか?』
「実は戦争の原因がこの反乱なんだよね。プライドが許さないのかな。そろそろ百年経つから、最近いよいよ手段を選ばなくなってきたって感じ」


 そういう理由でヨークブランと対立しているのなら、比較的まともそうだ。
 ヨークブランには簡単に踏み込めないが、グロスモントになら紛れ込むことはできる。そこでチャンスを窺って、あわよくば同時に夢野とヨークブランに復讐できないだろうか。


(このまま夢野の思い通りになんてさせるもんか!)


 私が本物の聖女だというなら、その力を利用して私を偽物だと捨てた奴らに復讐してやる。幸い、父に仕込まれた知識は癒しの魔法と相性がいいみたいだし。


(お礼も、いえないんだね……)


 目標が決まれば、私のやるべきことは一つ。
暗くなりそうな気持ちを頭の隅に押しのけて、私は立ち上がってエダに深く頭を下げた。


「ただでさえ居候させていただいてる身の上で図々しいのは承知していますが、どうか私を弟子にしてください!掃除洗濯料理芝刈り何でもしますので!」
「えっ、突然どうしたの?まさか本当にすぐに出ていくつもり?」
『こ、コハク、何もそう投げやりになる必要はないんじゃないか?焦る気持ちも分からなくはないが、少し休んでから考えても誰も怒らないぞ?』
「二人とも何を勘違いしてるの。私はちゃんと考えていますよ」


 この世界の知識があるらしい夢野に復讐したいなら、私もこの世界の事を知る必要がある。そして運のいいことに、先生にピッタリな人材が目の前に居るんだ。これを逃す意味はない。


「へえ。知識と魔法は教えてやるって言ったのに、わざわざ弟子になる必要があるのかい?」
「はい、私はこのままやられっぱなしでいたくないんです。でも、今の私じゃ弱すぎる。私は異世界人として最低限の義務ではなく、弟子としてちゃんと学びたいんです」


 確かにエダの言う通り、弟子じゃなくても彼女はいろいろ教えてくれただろう。
 でも、それではうわべだけの知識しか学べない。実力重視だというグロスモントでやっていきたいのなら、きっとそれだけでは足りないのだ。
両隣でミハイルとフブキが静かに見守っているので、間違ったことは言っていないはず。


「……お前さんの気持ちは、よく分かったよ」
「それじゃ、」
「だが、アタシも先が短い年寄りでね。お前さんには、そんな貴重な時間をかけてやるだけの価値があるのかい?」


 そう言ったエダの顔はそれこそ山姥ごとき恐ろしさだったが、私にはこの状況を楽しんでいるように見えた。


(エダさんを納得させるだけの価値の証明、か)


 私が持っている武器は現代の知識と鑑定スキル、そしてまだ一回しか使ってない治癒魔法だ。
 知識系は明確な証拠がなければ信頼性に欠けるから除外だとして、ミハイルの師匠相手じゃ鑑定スキルは少し心もとない。他の魔法やスキルは試したこともないので論外だし……そう考えると癒しの魔法が一番効果的だが。


(そういえばエダさんを鑑定したとき、病患ってステータスにあったけ)


 原因を見つけられたら、治癒魔法で治せたりしないかな。内臓や骨を悪くしているのなら怪我と同じ要領で治せるし、ウィルス系だったら菌が減っていく様子を想像して治せないだろうか。

 鑑定を使って相手の体調を探り、そして現代の知識で病気の原因を見つけて聖女の力で治す。
 ……これ、結構聖女っぽいのでは!


「分かりました。そういう事でしたら、私にエダさんを治療させてください」


 そう言った私は、狐につままれたような顔をしたエダに頭を下げた。
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