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第一章
12.森の屋敷
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「廃墟じゃん」
オノマトペで”ボロ……”なんて付けられそうなほどに古い建物は、そこそこ広く大きかったがそれを補って余る程度には老朽化していた。
(家の形をしてる分洞窟よりマシだろってこと?洞窟で野宿かお化け屋敷って、デッドオアダイ過ぎませんかねミハイルさん!)
そんな疑問は口に出せず、私は二人の様子を窺う。
『人の気配はしないが、屋敷の周りに結界が張られているな。……いや、これは中の存在を覆い隠すものか』
「あははっ、一瞬で見破られてる。鬼婆の渾身の結界もフェンリルの前じゃあ型なしだねぇ」
耳をぴーんと立てたフブキに、ミハイルは笑いをこらえるように答えた。
「お、鬼婆……?」
「待って、今コハクちゃんに誤解されている気がする」
「そうですね……場合によってはフブキをけしかけるのも辞さないですよ」
『任せろ』
「コハクちゃんはもう少しぼくを信用しても良い気がするなあ!」
ふざけている空気じゃないと分かったのか、ミハイルは不満そうな顔をしながらも説明してくれた。
「あの屋敷に住んでいるのはぼくの魔法の師匠だよ。魔女みたいに怖くて厳しい婆さんだから、ぼくがこっそり鬼婆って呼んでるだけ」
(師匠になんて呼び名をしてるんだこの人は)
愛ゆえの暴言みたいだが、別に親しみがあれば鬼婆と呼んでいいわけではないと思う。
「というか、この屋敷に人が住んでるんですか……?」
『この外観はまやかしのようだ。中はちゃんとした屋敷だと思うぞ』
目くらまししてるってことかな。でもそれって、人を遠ざけるために作るものじゃ……。
「人が近づかないように、幻術を応用した結界が屋敷の周りに張ってあるんだ。認識阻害、簡単にいえば知ってる人しか立ち入れないってこと」
『ついでに言えば術者より弱い存在も立ち入れないようになっているが……まあ、これは問題ないな』
問題しかないが??
(それってつまり強行侵入では)
引き返すべきなんじゃないかと迷いながら進んでいくと、突然薄い膜を通り抜けたような違和感に襲われる。それに驚く間もなく、私は一瞬で様変わりした景色に言葉を失った。
「め、めちゃくちゃ綺麗な庭付き洋館だ……?」
なんということでしょう。すきま風でセルフ換気していた廃屋が、あっという間にレンガ造りの真新しい洋館になっているではありませんか。
思わず目をこするという古典的な反応をしてしまった私に、ミハイルがいたずらに成功した子供のような顔をした。
「どう?驚いた?」
「それはもう!」
遠目に見えるイングリッシュガーデンには東屋と噴水があり、私たちの頭上には薔薇のアーチが連なっている。女の子の夢を詰め込んだような美しく穏やかな空間は、あまりにも外観とかけ離れていた。
「お師匠さまはね、ちょっと人が苦手なんだ」
結界に入ったからだろうか、ミハイルが再び鬼婆と呼ぶことはなかった。しかし私の脳内ではすっかり黒ずくめの魔女が定着してしまい、住人と屋敷のミスマッチに笑ってしまいそうになる。
「引きこもるために帰らずの森に姿隠しの結界まで張ったくらいだしね」
「あの、本当に私をここに連れてきてよかったんですか?話を聞く限り招かれざる客ですけど、私」
「お師匠さまは別に人間が嫌いっていうわけじゃないからだいじょうブッ!?」
もしかして無許可で連れてきたのかと心配していると、のほほんと笑っていたミハイルが突然吹き飛んだ。そして綺麗な放物線を描き、ギャグ漫画のように頭から低木の間に突っ込んでいった。
「ミハイルさん!?」
「大丈夫かどうかはアタシが決めることだよ。この顔だけの馬鹿弟子が」
『風魔法か。なかなかの腕だ』
恐る恐る視線を前に向けると、そこにはローブをまとったその老婆が立っていた。この人がミハイルの言うお師匠さまなのだろう。
やはり無断侵入に怒っているのか。ゆっくりとした足取りで近づいてくる老婆に思わず身を固くするが、その表情は思いのほか優しいものだった。
「あんたがコハクちゃんだね。アタシはエダ、この森で隠居暮らしを楽しんでいるただの老人だ」
「!どうして私の名前を」
「北の方が随分と騒がしかったんでね。悪いとは思ったんだが、話は聞かせてもらったよ」
『コハク、下がれ』
フブキが、低く唸る。
オノマトペで”ボロ……”なんて付けられそうなほどに古い建物は、そこそこ広く大きかったがそれを補って余る程度には老朽化していた。
(家の形をしてる分洞窟よりマシだろってこと?洞窟で野宿かお化け屋敷って、デッドオアダイ過ぎませんかねミハイルさん!)
そんな疑問は口に出せず、私は二人の様子を窺う。
『人の気配はしないが、屋敷の周りに結界が張られているな。……いや、これは中の存在を覆い隠すものか』
「あははっ、一瞬で見破られてる。鬼婆の渾身の結界もフェンリルの前じゃあ型なしだねぇ」
耳をぴーんと立てたフブキに、ミハイルは笑いをこらえるように答えた。
「お、鬼婆……?」
「待って、今コハクちゃんに誤解されている気がする」
「そうですね……場合によってはフブキをけしかけるのも辞さないですよ」
『任せろ』
「コハクちゃんはもう少しぼくを信用しても良い気がするなあ!」
ふざけている空気じゃないと分かったのか、ミハイルは不満そうな顔をしながらも説明してくれた。
「あの屋敷に住んでいるのはぼくの魔法の師匠だよ。魔女みたいに怖くて厳しい婆さんだから、ぼくがこっそり鬼婆って呼んでるだけ」
(師匠になんて呼び名をしてるんだこの人は)
愛ゆえの暴言みたいだが、別に親しみがあれば鬼婆と呼んでいいわけではないと思う。
「というか、この屋敷に人が住んでるんですか……?」
『この外観はまやかしのようだ。中はちゃんとした屋敷だと思うぞ』
目くらまししてるってことかな。でもそれって、人を遠ざけるために作るものじゃ……。
「人が近づかないように、幻術を応用した結界が屋敷の周りに張ってあるんだ。認識阻害、簡単にいえば知ってる人しか立ち入れないってこと」
『ついでに言えば術者より弱い存在も立ち入れないようになっているが……まあ、これは問題ないな』
問題しかないが??
(それってつまり強行侵入では)
引き返すべきなんじゃないかと迷いながら進んでいくと、突然薄い膜を通り抜けたような違和感に襲われる。それに驚く間もなく、私は一瞬で様変わりした景色に言葉を失った。
「め、めちゃくちゃ綺麗な庭付き洋館だ……?」
なんということでしょう。すきま風でセルフ換気していた廃屋が、あっという間にレンガ造りの真新しい洋館になっているではありませんか。
思わず目をこするという古典的な反応をしてしまった私に、ミハイルがいたずらに成功した子供のような顔をした。
「どう?驚いた?」
「それはもう!」
遠目に見えるイングリッシュガーデンには東屋と噴水があり、私たちの頭上には薔薇のアーチが連なっている。女の子の夢を詰め込んだような美しく穏やかな空間は、あまりにも外観とかけ離れていた。
「お師匠さまはね、ちょっと人が苦手なんだ」
結界に入ったからだろうか、ミハイルが再び鬼婆と呼ぶことはなかった。しかし私の脳内ではすっかり黒ずくめの魔女が定着してしまい、住人と屋敷のミスマッチに笑ってしまいそうになる。
「引きこもるために帰らずの森に姿隠しの結界まで張ったくらいだしね」
「あの、本当に私をここに連れてきてよかったんですか?話を聞く限り招かれざる客ですけど、私」
「お師匠さまは別に人間が嫌いっていうわけじゃないからだいじょうブッ!?」
もしかして無許可で連れてきたのかと心配していると、のほほんと笑っていたミハイルが突然吹き飛んだ。そして綺麗な放物線を描き、ギャグ漫画のように頭から低木の間に突っ込んでいった。
「ミハイルさん!?」
「大丈夫かどうかはアタシが決めることだよ。この顔だけの馬鹿弟子が」
『風魔法か。なかなかの腕だ』
恐る恐る視線を前に向けると、そこにはローブをまとったその老婆が立っていた。この人がミハイルの言うお師匠さまなのだろう。
やはり無断侵入に怒っているのか。ゆっくりとした足取りで近づいてくる老婆に思わず身を固くするが、その表情は思いのほか優しいものだった。
「あんたがコハクちゃんだね。アタシはエダ、この森で隠居暮らしを楽しんでいるただの老人だ」
「!どうして私の名前を」
「北の方が随分と騒がしかったんでね。悪いとは思ったんだが、話は聞かせてもらったよ」
『コハク、下がれ』
フブキが、低く唸る。
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