転生ペンギン

大石或和

文字の大きさ
上 下
1 / 9
第一章.転生、ペンギンになる

ペンギンに喰われて死んだ

しおりを挟む
 学校が冬休みへと入り少し経った頃、涼雅は友人の柄津に誘われ水族館へ足を運んだ。
 二人が来ている水族館は国内ではそこそこ有名な方で、来場者数は年間百万人位だそうだ
 冬休みというリア充が大量発生しそうな時期に、その巣窟とも言える水族館へ行くのには、涼雅は少し気が引けた。

(なんで、男二人で来るのが水族館なんだよ)
 
 そう思う程には。
 とは言え、水族館へ入ってみるとなかなかに広い館内が広がっていた。
 メインホールでは中央に巨大な水槽が配置されており、その中では魚達が悠々と泳いでいる姿が伺える。
 水槽内部には無数の照明があり、パターンを変えて水槽を照らすことによって幻想的な風景を表現していた。
 涼雅はこの演出に心を惹かれ、水槽を、何も考えずにじっと見つめる。

「西園寺、あっちにペンギンがいるぞ。お前確かペンギン好きだったろ?」

 あまりにも視点をピクリとも動かさない涼雅に、柄津は手を振って、溜め息混じりに呼びかける。

「あぁ、今行く」

 ゆっくりと体を動かし、柄津の元へ向かう。
 瞬間、歯車のような物がカチッと動くような音が脳内に響いた。

(‥‥‥‥ん?)

 水族館の演出とかではないようで、一度は足を止めたものの、涼雅は再度進み出す。
 何か嫌な予感を感じたが、特に気には止めなかった。
 二人は学校の長期休暇での課題の事などの何気ない話を交わしながらペンギンの展示場所へ移動する。
 展示場所に到着すると、多くの来場客で賑わっていた。

「なんか人多くないか?」

「そうだな。あ、そう言えば確かペンギンのイベントがあるとか言ってたな」

「納得した」

 聞いていると親子のように聞こえる会話を繰り広げている内に、先のイベントは始まった。
 大音量で軽快なリズムの音楽が流れ、舞台裏から一人のスタッフが登場し、観衆の拍手を浴びる。

「皆様お待たせいたしました!それでは、ペンギンたちに登場してもらいましょう。大きな拍手でお迎えください!」

 スタッフの声に合わせて、舞台裏から五羽のペンギンが姿を現した。
 ペチペチとステージ中央へと向かうその姿に、観衆の視線が一気に集まった。
 一方で涼雅の脳内では先程と同じような、歯車のような音が鳴り響く。
 カチッ、カチッと事が何かに近づいているように、ゆっくりと。

(これは何かの暗示か?)

 そんな事を考えるようになった涼雅に追い討ちをかけるかのように、事態は急変する。
 先のペンギンたちの中で、一羽だけ妙な個体がいた。
 目は充血していて、落ち着きもない。
 しかし、誰もそれには気づかない。

────刹那。

 それがスタッフに飛び付いた。
 突然の出来事にスタッフも対応が出来ず、体勢を崩し転倒する。
 スタッフの悲鳴なんて聞こえない。
 一見、ペンギンがスタッフに飛び付く愛らしい姿のようにも捉えられるが、実際は違う。
 倒れても尚、ペンギンはスタッフの胸部と腹部の間で頭を動かし続けている。
 同時に、スタッフは動く様子を見せない。
 誰も気づかない。
 この最悪の状況に。
 自身らの身に危険が迫っているという事実に。
 多少時間が経って、ペンギンは顔を上げた。
 
「!?」

 涼雅は一方後退りしてしまった。
 ペンギンの嘴には赤い"何か"が付着しており、濁った赤色に染まっている。
 更に嘴から何かを吐き出す。
 高校生という立場にある涼雅や柄津からしてみれば見覚えのあるそれに、恐怖を覚えた。
 吐き出された物は、人の臓器。
 二人からは細かく確認する事は出来ないが、確かに人の臓器の一部。
 ペンギンはスタッフを捕食していた。

「西園寺、あれって‥‥」

「あぁ、分かってる」

「早く逃げた方が良さそうだよな」

「了解」

 混乱が大きくなる前に展示場所から逃げようとするが、大きな困難が立ち塞がる。
 二人が今いるこの場所は、メインホール等がある本館に併設された別棟で、そこの区切り目にはドアがありイベント時には閉じられている。
 設計者に何故このような設計にしたのか講義したい二人だが、本格的に不味い状況に陥る今では、そんな事を考えている余裕と暇はなかった。

「くそっ、開かない」

「本当に面倒だな」 

 いくらドアを開けようと試みても、頑丈にロックされたドアの前では無意味に等しい。
 タイムリミットは刻一刻と迫っていた。

「あ、あれは臓器だ!」

 ようやく気づいた観衆の一人が、叫び声を上げる。
 これが大きな混乱を招き、出口となるドアに多くの人が押し寄せた。
 とは言っても、結果は誰が開けようとしても二人と同じになるだけで、出ることは出来ない。
 人の波に流されるままに、二人は集団の外に放り出される。
 もう、脱出出来る見込みは皆無だ。
 その最中、涼雅の運命の歯車は大きな動きを見せていた。
 涼雅がステージに目線を移すと、そこには恐怖で体の自由が奪われた少女がおり、数十センチ先にはペンギンの姿。
 少女に死が訪れるのは時間の問題であった。

(あぁ、もう。これが、あの歯車が暗示してた事か)

 少女の元へ駆け出した。
 涼雅自身、自分よりも歳の低い子が捕食される様子なんて見たくないからだ。
 ただそれだけの理由で、見返りは求めない。

「西園寺、お前どこに行くんだ!?」

「すまん、お前だけでも逃げてくれ」

 自身が今出せる全速力で、助けに向かう。
 その優しさが運命の歯車を"死"に直結させたのかも知れない。
 但しこの場にいる全員の中で、誰よりも優しく勇敢であることは明確だった。
 死という強大な敵に屈しず、少女の元へたどり着いた。

「大丈夫?」

「は、はい。でも、あなたは?」

「ただの高校生だよ」

 決して恐怖を顔に出さないで、笑顔で接し場を和ませる。

「早くここから逃げるんだ。俺が止めるから、振り返らないで、早く」

「は、はい!」

 涼雅の指示に従い、少女は出口へ逃げる。
 それを見て少し安心していた。

「さて、時間は稼ごうか────」

 そう、後ろを振り返ると。

「────ッ!?」

 背後に迫るペンギンに気づかず、スタッフと同様にして腹部をその嘴に貫かれた。
 走る激痛、飛び散る血液。
 痛みに思考が阻害される。
 次の行動を考える暇すら与えられずに、涼雅の体はえぐられていく。
 一つ一つの臓器が食され、見るに堪えない姿となるまで、ペンギンは補食を止めなかった。
 最悪なのが、即死ではないため徐々に増す痛みに耐えながら死ななければならないこと。

「────ッ!!」

 涼雅は声にならない叫びを上げ、悶え苦しんだ。
 体が焼けるように熱く、今までに味わった中で最大の苦痛を長時間に渡り味わう。
 最悪な時間。
 微かに聞こえる銃撃音、目の前で崩れ落ちるペンギン。

(あぁ、警察が‥‥‥‥来たのか‥‥)

 最期に一安心し、解放されたように涼雅は意識を喪った。

「西園寺!」

「お兄さん!!」

 柄津と少女は警察に安全を確保されながら、涼雅に駆け寄った。
 二人ともその悲惨さに呆気にとられる。
 流れる音楽の軽快なリズムが、トラウマを植え付けた。

───────────────────────

 果てなく続く暗闇の中から、自然と意識は涼雅の体に戻った。
 先程まで体を攻撃し続けていた痛みも、嘘のように綺麗サッパリなくなっている。
 目を開けば視界一杯に広がる青空。

(は?)

 涼雅の頭上に疑問符が浮かび上がる。
 それもそうだろう。
 あの状況から生き残ったとも考え難いし、本当にそのパターンがあったとしても、目覚めたらまず病院の天井を拝むことになる。
 青空の元で放置されているのは例外であるし、訳が分からなくなっていた。

(という事はここは‥‥)

 天国か地獄か、そう考えるのが妥協だろう。
 しかし、体の自由は利くようなので取り敢えず体を起こし、本格的にどうするかを考えることにした。
 ゆっくりと体を起こす。
 瞬間、体に生じる違和感。
 まるで体の構造が丸っきり変わっているかのように、動きづらい。

「な!?」

 ようやく起き上がることに成功し、涼雅は自身の体の変化に驚愕の声を発した。
 手足が青く、立っているのに目線が低い。
 おまけに、体がモフモフだ。
 驚くべき点はまだ有り、今いる場所は何処かも分からない謎の氷河地帯。
 澄んだ空気が体に取り込まれ、とても心地が良いく、地球上の空気とは思えない。

(本当に、天国なのだろうか?)

 そう思って氷河地帯を歩いていると、巨大な氷塊を発見する。
 今の目線からして、体全体を映す事が容易いであろうそれの前に立ち、自身の体を見た。
 そして。

「こ、これって」

 目の前にあるのはまごうことなき、ペンギンの姿。
 とは言っても涼雅を捕食したあのペンギンとは全く別の見た目をしており、とても愛らしい。
 アホ毛までついている。
 涼雅の意思に反応して、頭についているアホ毛はくるくると動き、愛らしさを増幅させる。
 嫌な記憶を思い出してしまうが、それは仕方ない。
 ここまで来ると、さすがの涼雅も気づいた。
 生きている実感すらあるし、思考判断すら出来るこの現状、死んでいる確率は低い。
 ならば間違っていても今は、こう仮定する。

「俺は、どうやら転生しているのだろう。しかし、しかしだ。これだけは何度でも抗議しよう。何故、何故、何故!これじゃ、涼雅じゃなくて、ペンガだろうが!!」

 涼雅改めペンガの誰宛てでもない抗議の声が、氷河地帯に漏れることなく轟いた。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

悪役令嬢の騎士

コムラサキ
ファンタジー
帝都の貧しい家庭に育った少年は、ある日を境に前世の記憶を取り戻す。 異世界に転生したが、戦争に巻き込まれて悲惨な最期を迎えてしまうようだ。 少年は前世の知識と、あたえられた特殊能力を使って生き延びようとする。 そのためには、まず〈悪役令嬢〉を救う必要がある。 少年は彼女の騎士になるため、この世界で生きていくことを決意する。

公爵夫人アリアの華麗なるダブルワーク〜秘密の隠し部屋からお届けいたします〜

白猫
恋愛
主人公アリアとディカルト公爵家の当主であるルドルフは、政略結婚により結ばれた典型的な貴族の夫婦だった。 がしかし、5年ぶりに戦地から戻ったルドルフは敗戦国である隣国の平民イザベラを連れ帰る。城に戻ったルドルフからは目すら合わせてもらえないまま、本邸と別邸にわかれた別居生活が始まる。愛人なのかすら教えてもらえない女性の存在、そのイザベラから無駄に意識されるうちに、アリアは面倒臭さに頭を抱えるようになる。ある日、侍女から語られたイザベラに関する「推測」をきっかけに物語は大きく動き出す。 暗闇しかないトンネルのような現状から抜け出すには、ルドルフと離婚し公爵令嬢に戻るしかないと思っていたアリアだが、その「推測」にひと握りの可能性を見出したのだ。そして公爵邸にいながら自分を磨き、リスキリングに挑戦する。とにかく今あるものを使って、できるだけ抵抗しよう!そんなアリアを待っていたのは、思わぬ新しい人生と想像を上回る幸福であった。公爵夫人の反撃と挑戦の狼煙、いまここに高く打ち上げます! ➡️登場人物、国、背景など全て架空の100%フィクションです。

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

生まれ変わったら飛べない鳥でした。~ドラゴンのはずなのに~

イチイ アキラ
ファンタジー
生まれ変わったら飛べない鳥――ペンギンでした。 ドラゴンとして生まれ変わったらしいのにどうみてもペンギンな、ドラゴン名ジュヌヴィエーヴ。 兄姉たちが巣立っても、自分はまだ巣に残っていた。 (だって飛べないから) そんなある日、気がつけば巣の外にいた。 …人間に攫われました(?)

処理中です...