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少女たちの恋
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教室を橙が染め上げる中に、一人の少女がいた。窓際の席に座り、夕陽に何かを透かしながら眺めているようだった。
少女の座る席には、花が生けられている。その席の持ち主は、先日亡くなった。親しかったわけではなかったけれど、私も同じクラスだったからお葬式に参列した。
とても悲しい空間だった。
若かったのに、なんでこんな、と皆が口々に言い、さめざめと泣く。事故で呆気なく、彼女はこの世を去ったのだ。
そんな彼女の席に、お葬式でずっと涙を堪えた表情をしていた少女が座っている。
私は気になって声をかけた。
「それ、なあに?」
逆光で見えなかったものが気になって、そんなふうに声をかけた。すぐに他にも声のかけようがあったなと思ったけれど、後の祭りだ。
無視されるかな、と思ったその問いに、少女は躊躇いもせずに答えてくれた。
「これ? これはフィルムケース」
「フィルムケース?」
デジタルカメラの普及してる今、フィルムを使う人のほうが稀だ。名前は知っていても実際に目にすることは珍しい。
返答をもらい調子に乗った私は、教室の入り口から窓際へと近付く。夕焼けに溶けそうに見えた彼女の表情は、この間の張り詰めたものとは一変して穏やかだった。
少女は人差し指と親指でフィルムケースを摘み、ゆっくりと彩度を失っていく橙の光に透かして眺めていた。中には砂が入っていて、少女が揺らすたびにケースの中を緩やかに移動する。
「中に入ってるのは砂?」
「いいえ、違うわ」
「砂に見える」
「そうね、でも違うの」
近くに寄り眺めれば、確かに砂と呼ぶには粒子が細かすぎた。
それはまるで灰のような……、とそんなふうに考えた自分が恐ろしくなり、慌てて言葉を紡ぐ。動揺が上ずる声となって吐き出された。
「そこ、濃之 早希さんの席だよね。あまり話してるところを見かけなかったけど、仲が良かったの?」
「ええ。でも、学校ではあまり話さないようにしてたの」
「え? どうして?」
私はどちらとも挨拶をする程度で、仲は良くなかった。それなのに、こんな込み入ったことを聞くのはよくない。
ごめん、と言おうとした時、こちらを向いた少女が笑った。その泣き笑いの表情から目が離せない。少し首を傾げた少女の豊かな黒髪が、橙から藍色に、そして闇へと色を変え始めた空と融ける。
少女の表情はとてもきれいだった。それに見惚れていたため、形の良い唇が紡ぎだした言葉への反応が遅れた。
「早希のことが好きだったの」
「え?」
「でも、内緒だったから。親しく接していたら友情以上の想いだと、周りにそれとなく伝わってしまうでしょ」
だから学校では話さないようにしていた、と少女は呟く。
知らなかった。
挨拶程度の私が気付くはずもなかったけれど、少女の告白に驚く。でも、嫌悪感はなく、少女の言葉がすんなりと胸に落ちた。
「そう、そうだったの」
「それでね、聞いてくれる?」
少女は一番の秘密を告白したからか、さらなる秘密を私に聞いてほしくなったという。
日が短いため、この時期はあっという間に暗くなる。黄昏時の夕闇は、すぐに世界を覆い尽くすだろう。なんとなく、背筋が寒くなるような感覚に身を震わせる。
下校時間までなら、という無粋な言葉が出かけたけれど、それを飲み込み私はただ頷いた。
「早希ね、死んだら私に魂をくれるって言っていたの」
「二人でいつもそんな話を?」
「違うわ。何がきっかけだったかしら。普段は他愛のない話をして二人でくすくす笑っていたけれど、あの日はたまたま自分が死んだらっていう話をしたの」
少女は目の前に濃之さんがいるみたいに、嬉しそうに話し続ける。
「私は自分が死んだときのことなんて考えられなくて、頭が真っ白だった。でも早希は迷い無くそう言って笑ったの。まさか、こんなに早くその日が来るなんて思わなかったけれど」
そう言いながら、少女は愛おしそうにフィルムケースを眺める。嫌な考えが脳裏を過るけれど、私は気にしないようにしながら先を促す。
どんどん闇が深くなる。教室の暗い隅から何か得体のしれないものが這い寄る、そんなイメージが浮かんでは消えた。
「人間の魂って二十一グラムって説があるでしょう? だから、閉じ込めるならフィルムケースがちょうど良いねって話をしたの。あの子、写真部だったからたくさん持ってたわ」
そこまで聞いて私は確信する。先程から考えないようにしていたことは、最初から当たっていた。
フィルムケースの中にある砂は遺灰だ。どうやって遺灰を手に入れたのかは分からないけれど、少女は愛しい者の魂をあの小さなケースの中に閉じ込めた。
「遺灰ペンダントなんてのもあるけれど、それじゃ魂の重さは入らないし、砂時計はたくさんの遺骨が必要で、家族ではない私には無理だもの」
うっとりと呟く少女は、満足そうにフィルムケースをユラユラと動かした。
「早希のお母さんに少し二人にさせてほしいって頼んで、その時にこっそり遺灰を貰ってきたの。だって、早希は私に言ったもの。魂をくれるって」
これを聞いた私は、なんと答えるのが正解なのだろう。
「濃之さんの魂は、これからもあなたと一緒だね」
「そう、そうなの!」
少女の花がほころぶような笑みは、闇の中で輝く。私は答えを間違えなかった。間違えなかった。
そして、ちょうど下校のアナウンスが校内に流れたのに感謝し、私は教室を後にする。
教室を出ようとした瞬間、背後から声がかかった。
「この話は内緒よ?」
二人分の声が重なって聞こえたような気がして、私は勢い良く振り返る。そこには、フィルムケースを人差し指と親指でつまみ、顔の横で振っている少女の姿があった。
中の遺灰が動くときに音なんてしていなかったのに、耳に砂がこぼれ落ちるような音がまとわりつく。
恐怖に体が震えるけれど、私は壁に背を預けながら無理に笑顔を作る。内緒話を誰かに漏らしたら、きっと私はただではすまないだろう。
「ええ、内緒ね」
「ありがとう」
二人分のありがとうを聞きながら、私は校門まで足をもたつかせながら走る。
私は最後に見てしまった。少女を背後から抱きしめ、にんまりと笑う濃之さんの姿を。長く黒い濃之さんの髪は、途中から夜の闇に溶けこんでいた。背後の闇が、すべて濃之さんの髪のようだった。
私は好奇心に負けた己を呪う。
彼女たちの秘密は、私の秘密にもなり、私を生涯縛り続けるのだ。
ーーーーーーーー
おまけ
【sunanokoi】
▼
nouno
saki
少女の座る席には、花が生けられている。その席の持ち主は、先日亡くなった。親しかったわけではなかったけれど、私も同じクラスだったからお葬式に参列した。
とても悲しい空間だった。
若かったのに、なんでこんな、と皆が口々に言い、さめざめと泣く。事故で呆気なく、彼女はこの世を去ったのだ。
そんな彼女の席に、お葬式でずっと涙を堪えた表情をしていた少女が座っている。
私は気になって声をかけた。
「それ、なあに?」
逆光で見えなかったものが気になって、そんなふうに声をかけた。すぐに他にも声のかけようがあったなと思ったけれど、後の祭りだ。
無視されるかな、と思ったその問いに、少女は躊躇いもせずに答えてくれた。
「これ? これはフィルムケース」
「フィルムケース?」
デジタルカメラの普及してる今、フィルムを使う人のほうが稀だ。名前は知っていても実際に目にすることは珍しい。
返答をもらい調子に乗った私は、教室の入り口から窓際へと近付く。夕焼けに溶けそうに見えた彼女の表情は、この間の張り詰めたものとは一変して穏やかだった。
少女は人差し指と親指でフィルムケースを摘み、ゆっくりと彩度を失っていく橙の光に透かして眺めていた。中には砂が入っていて、少女が揺らすたびにケースの中を緩やかに移動する。
「中に入ってるのは砂?」
「いいえ、違うわ」
「砂に見える」
「そうね、でも違うの」
近くに寄り眺めれば、確かに砂と呼ぶには粒子が細かすぎた。
それはまるで灰のような……、とそんなふうに考えた自分が恐ろしくなり、慌てて言葉を紡ぐ。動揺が上ずる声となって吐き出された。
「そこ、濃之 早希さんの席だよね。あまり話してるところを見かけなかったけど、仲が良かったの?」
「ええ。でも、学校ではあまり話さないようにしてたの」
「え? どうして?」
私はどちらとも挨拶をする程度で、仲は良くなかった。それなのに、こんな込み入ったことを聞くのはよくない。
ごめん、と言おうとした時、こちらを向いた少女が笑った。その泣き笑いの表情から目が離せない。少し首を傾げた少女の豊かな黒髪が、橙から藍色に、そして闇へと色を変え始めた空と融ける。
少女の表情はとてもきれいだった。それに見惚れていたため、形の良い唇が紡ぎだした言葉への反応が遅れた。
「早希のことが好きだったの」
「え?」
「でも、内緒だったから。親しく接していたら友情以上の想いだと、周りにそれとなく伝わってしまうでしょ」
だから学校では話さないようにしていた、と少女は呟く。
知らなかった。
挨拶程度の私が気付くはずもなかったけれど、少女の告白に驚く。でも、嫌悪感はなく、少女の言葉がすんなりと胸に落ちた。
「そう、そうだったの」
「それでね、聞いてくれる?」
少女は一番の秘密を告白したからか、さらなる秘密を私に聞いてほしくなったという。
日が短いため、この時期はあっという間に暗くなる。黄昏時の夕闇は、すぐに世界を覆い尽くすだろう。なんとなく、背筋が寒くなるような感覚に身を震わせる。
下校時間までなら、という無粋な言葉が出かけたけれど、それを飲み込み私はただ頷いた。
「早希ね、死んだら私に魂をくれるって言っていたの」
「二人でいつもそんな話を?」
「違うわ。何がきっかけだったかしら。普段は他愛のない話をして二人でくすくす笑っていたけれど、あの日はたまたま自分が死んだらっていう話をしたの」
少女は目の前に濃之さんがいるみたいに、嬉しそうに話し続ける。
「私は自分が死んだときのことなんて考えられなくて、頭が真っ白だった。でも早希は迷い無くそう言って笑ったの。まさか、こんなに早くその日が来るなんて思わなかったけれど」
そう言いながら、少女は愛おしそうにフィルムケースを眺める。嫌な考えが脳裏を過るけれど、私は気にしないようにしながら先を促す。
どんどん闇が深くなる。教室の暗い隅から何か得体のしれないものが這い寄る、そんなイメージが浮かんでは消えた。
「人間の魂って二十一グラムって説があるでしょう? だから、閉じ込めるならフィルムケースがちょうど良いねって話をしたの。あの子、写真部だったからたくさん持ってたわ」
そこまで聞いて私は確信する。先程から考えないようにしていたことは、最初から当たっていた。
フィルムケースの中にある砂は遺灰だ。どうやって遺灰を手に入れたのかは分からないけれど、少女は愛しい者の魂をあの小さなケースの中に閉じ込めた。
「遺灰ペンダントなんてのもあるけれど、それじゃ魂の重さは入らないし、砂時計はたくさんの遺骨が必要で、家族ではない私には無理だもの」
うっとりと呟く少女は、満足そうにフィルムケースをユラユラと動かした。
「早希のお母さんに少し二人にさせてほしいって頼んで、その時にこっそり遺灰を貰ってきたの。だって、早希は私に言ったもの。魂をくれるって」
これを聞いた私は、なんと答えるのが正解なのだろう。
「濃之さんの魂は、これからもあなたと一緒だね」
「そう、そうなの!」
少女の花がほころぶような笑みは、闇の中で輝く。私は答えを間違えなかった。間違えなかった。
そして、ちょうど下校のアナウンスが校内に流れたのに感謝し、私は教室を後にする。
教室を出ようとした瞬間、背後から声がかかった。
「この話は内緒よ?」
二人分の声が重なって聞こえたような気がして、私は勢い良く振り返る。そこには、フィルムケースを人差し指と親指でつまみ、顔の横で振っている少女の姿があった。
中の遺灰が動くときに音なんてしていなかったのに、耳に砂がこぼれ落ちるような音がまとわりつく。
恐怖に体が震えるけれど、私は壁に背を預けながら無理に笑顔を作る。内緒話を誰かに漏らしたら、きっと私はただではすまないだろう。
「ええ、内緒ね」
「ありがとう」
二人分のありがとうを聞きながら、私は校門まで足をもたつかせながら走る。
私は最後に見てしまった。少女を背後から抱きしめ、にんまりと笑う濃之さんの姿を。長く黒い濃之さんの髪は、途中から夜の闇に溶けこんでいた。背後の闇が、すべて濃之さんの髪のようだった。
私は好奇心に負けた己を呪う。
彼女たちの秘密は、私の秘密にもなり、私を生涯縛り続けるのだ。
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