やさしい異世界転移

第1章 転移！学園！そして……

【16話】 帰り道

　赤く染まった空の下、試験会場からヴァーリンとその執事であるセバスの2人が歩いて出てくる。

　執事のセバスは自分の主人である少女の事を心配そうに見ている。

　いつものお嬢様なら、無理をして言っているお嬢様言葉を使って文句を言っている筈だ。
　お嬢様は常に、貴族としての品格を保つ為に自分が上品だと思う言葉遣いに、他から見下されないような態度を取ってはいるが、本当は優しい普通の女の子なのだと小さい頃からの付き合いであったセバスは知っていた。

　しかし、こういう時のお嬢様は誰にも自分の弱さを見せまいとあえて、強気な態度をとる筈なのだが、今日に限っては何も話さずにただ俯いて顔を見えないようなっていた。

　やはり、さっきあの男に負けた事をまだ悔しがっているのだろうか？

　あの男、異世界から来たという話だが、お嬢様に非があったとはいえあれほど馬鹿にした挙句、更にあんな大勢の前で屈辱的な敗北を与えた事は、絶対に許されない。

　あの男、どうしてくれようか？

　自分の主人に対しての酷い仕打ちを受けたセバスには、ユウトに対しての深い敵対心が芽生えた。

　お嬢様とあの男を同じ学園に通わせるのを避けさせた方がいいだろう。
　かと言って、あの男の度量ならば試験は合格出来るだろう。
　お嬢様もあの学園には特別待遇で通う事は確定している、ならやる事はひとつだ。

「お嬢様、あの男をウォルノン家の力で不合格に致しましょうか？」

　こちらで仕組めばあの男を試験に落とす事など、容易だ。
　お嬢様にあんな屈辱を味わらせた報い、きちんと受けてもらおう。

「いいえ、その必要はありません」

　けれどお嬢様はそれを是としなかった。

　そういえばお嬢様は、去り際にあの男に対して学園でのリベンジを宣言していた。
　理由はわからないが、お嬢様も何かお考えを持ってその決断をしたのだろうか？

　すると、お嬢様は。

「けれど……ムカつく！
あの男！私をあんなに馬鹿にして！確かに！私が失礼なことを言ったのは悪いですけれども！私にあんな仕打ちをして！
ムカつく！ムカつきます！！」

　と突如として怒りを発露させ地面を何度も踏みつけるように足踏みをした。

「ムカつきます……のに、なんで彼の事を考え思い出すと、こんなにも胸が熱くなってしまうんでしょうか……」

　お嬢様の発した言葉に固まる、その表情は赤く、可憐なものであった。
　その表情を見ればお嬢様があの男にどんな感情を抱いたのか察することが出来た。

　しかしお嬢様はご自身の気持ちに気付いてはいないようだ……

　お嬢様は同じくらいの男性との交流が昔からないいわば箱入り娘……
　それがこんなところで出るとは……

　この事をアベーレス様に知れたらどうなるか……考えただけでも恐ろしい。

　といっても何故自身をアレほどの目に合わせた彼なのだろうか？
　全く、乙女心は老いぼれにはわからない。

　これからも、お嬢様には何度も苦労させられる事になるだろう。
　けれども、私はお嬢様の執事としての使命を一緒まっとうするつもりだ。
　何故なら私は、お嬢様の事を心の底から尊敬しているからだ。

　困ったお嬢様だが、それでも私にとっては最高の主人である。
　だからこそ、お嬢様をあの男の毒牙から護らなければ。

　まったく、本当に困ったお嬢様だ。

　そうため息つきながらも、清々しい顔をして自分の主人と共にセバスは夕焼け空の下、歩いて屋敷まで帰って行った。