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「ロナルド様。こちら今回応募してきた魔術師の資料です。」


 どさりと置かれた膨大な資料を見て、ロナルドは小さく溜息をついた。サイモン第二王子の尽力のお陰で、革命派の力は縮小されている。行き場の無くなった魔術師たちが魔術協会へ続々と応募してくるのだ。紹介状を書いているのは勿論サイモン第二王子である。


「こうやって見ると、この国には考えていた以上に魔術師がいたのだと気付かされますね。」


 部下の言葉にロナルドは頷いた。魔術協会に応募しているのは元革命派の者だけではない。聖女アンの活躍を知った、フリーで魔術師をしていた者たちも国のために力になりたいと応募してきているのだ。これは魔術協会に限ったことではない。神官見習いや治療士の応募も軒並み増えているという。魔術師や神官、治療士が増えることで、民を困らせている病へ太刀打ち出来る。応募者が増えているのは嬉しい悲鳴だった。



「はぁ……、私の仕事を増やしたアン様を恨みますよ。」


 憎まれ口を叩くのはロナルドの十八番だ。慣れっこの部下は苦笑いを浮かべ、話題を変えようとロナルドの机に無造作に置かれていた招待状を指さした。



「アン様と言えば、もうすぐですね。」


「ああ。忙しい時に困ったものだ。」


 眉間に皺を寄せたロナルドだが部下は知っている。この上司が机の上に招待状を無造作に置きっぱなしにすることなんて無いということを。




◇◇◇◇



 パタパタと走る足音が響く。


「レイ。神殿の中では走ってはいけませんよ。」


「あ、グレッグさん!」



 娘の治療費の為にアンへの誘拐未遂を起こしたデニスとその娘レイは、アンやグレッグの温情から神殿の敷地内で暮らしている、デニスは神官見習いとして働き、レイはアンのように人の病を治したいと治療士を目指している。



「走ってごめんなさい。新人さんたちの案内、もう終わったから伝えに来たの。」


 グレッグは「ああ、ありがとう」と頷いた。レイは空いた時間に神殿の雑用も手伝っている。毎日忙しく働いているレイを神殿内の大人たちはみんな可愛がっている。



「レイ。今日はもう良いよ。」


「でも……。」


「明日は大切な日だ。しっかり準備してゆっくり休みなさい。」


 まだあどけない少女はへにゃりと笑った。アンからプレゼントされたドレスのことを思い出しているのだろう。アンは、聖女として得られる報酬の殆どを孤児院や治療院へ寄付している。だが、最近になって報酬の一部を手元に残すよう婚約者から言われたようだ。


「孤児院や治療院への支援は俺も応援している。だが、本当に使いたいときの為に手元にも少しあった方が良い。」


 大金を持つことに不安のあったアンだが、管理をギルバートが一緒にしてくれることになりアンは安心して自分用に残すことが出来るようになった。そして初めて聖女の報酬を使ったのが、レイへのプレゼントだった。



「あんな素敵なドレス、私がもらっても本当に良かったのでしょうか。」


「ああ。アン様がそうしたいと思ったんだ。喜んで着ることが一番喜ばれるよ。」


「はい!」


 嬉しそうに返事をし家に向かう彼女の背中を、グレッグは微笑ましく見送っていた。


 
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