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~5杯 みつめなおすキノコビーフシチュー鍋~

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「ぐぅぅぅぅ」

 部屋に響き渡る唸り声のような音で目が覚めた、詩瑠。
 まだ重さの残る頭を振り、ゆっくりと起き上がる。
 時計の針は十一時ちょうど。カーテンの隙間からは昼間の強い日差しが差し込む。
 あの後寝入ったのは六時ぐらいだったから、五時間ほど寝たことになる。その時抱きしめていた尻尾や狸耳は、いつの間にか引っ込んでいた。
 疲労の割には早く目覚められたと思う。
 いつもと枕が変わったことや、男子の部屋に二人きりで寝てることに対しての緊張――は、不思議となかったように思う。
 きっと、これから直面することに対する緊張があるせい、なのかもしれない。

「それでもお腹は空くんだよねぇ……」

 唸り声の主である腹をさすりながら、詩瑠は恨めしそうにため息をついた。そんなにプニプニしてないで、今日ぐらいもっと緊張感を持って欲しいものだ。
 すると。

「お、起きたか。おはよう」
「ん……おはよう、ヘイ兄ちゃん」

 キッチンに立つ平安が振り向きつつ声をかけてくる。彼はもっと早くに起きていたらしく、すでに部屋着からシンプルなシャツとジーパンのスタイルへ着替えていた。
 目の前の鍋はフツフツと煮たち、他にも何か焼ける香ばしい匂いが漂っている。
 鍋の方は、たぶん昨日のソルロンタンの残り。もうひとつは……焦げた醤油の香り、だろうか。

「お腹空いたんだろ? 飯にしよう。朝ごはん……と言うには微妙な時間だけど、腹に何か入れた方が目が覚めるだろうし」

 どうやら、さっきの音もバッチリ聞かれていたらしい。  
 微妙に顔より下の方へ向く平安の視線に気づき、詩瑠は慌ててグッと布団を引き上げてお腹を隠す。今更にも程があるけど。
 だって仕方ないじゃないか。この部屋中に満ちる美味しそうな匂いには抗えない。

「さあ、出来たぞ」

 コトリ。
 サイドテーブルに置かれる二つの椀。そして、その中には小ぶりな茶色い三角形が鎮座している。

「わぁ、焼きおにぎり? すごい、朝からこんな手の込んだもの。」
「ただ昨日の夜の残りに白飯付けて出したんじゃ、味気ないと思ってな。今日は勝負の日だし、気合が少しでも入ればなと思って」

 ニヤっと笑う平安だったが、その眼の下にはくっきりとした隈が。
 何でもないような態度に見えても、多分ほとんど寝れていないんだろう。
 詩瑠はまた申し訳ない気持ちが湧きつつ、触れるのも野暮だと思い見て見ぬふりをしておいた。幸い、今なら置かれた「美味しそう」に目を向ければ簡単だ。
 焼きおにぎりの香りを堪能していると、今度は平安が手鍋を持ってくる。
 そのまま、お玉で白濁した熱々スープをお椀へ注ぎ、仕上げに小ねぎを散らせば。

「完成。焼きおにぎり茶漬け――まぁ、スープ漬けだけど」
「美味しそうっ! 頂きます!」

 布団を脇に押し除け、目を輝かせた詩瑠がお椀に飛びついた。
 まずはスープを一口。
 うん、昨日と同じく染み入る味だ。煮詰まってるせいか、若干濃いめにも感じる。
 次は箸を手に取り、焼きおにぎりへ。流石にかぶりつく訳にもいかないので、真ん中からパッカリ割ってやる。すると。

「あれ、何か出てきた。……梅?」
「そう。梅干しに鰹節と砂糖と醤油、少しだけニンニクを入れて叩いたんだ。味に変化が出るかなと思って」

 なるほど。さらに美味しそう。
 平安の説明を聞いて、まずは梅の無い外側のカリカリ部分だけ口に運ぶ。

「はふっ、はふっ……うま!」

 旨みたっぷりスープの染み込んだ米が、美味しくないはずが無い。
 さらに追いかけてくるのが、醤油と焦げの香ばしさ。それにカリカリの食感。噛み締める度にほどけて、口の中で重なり合わさる。
 散らした小ネギも、ちょうど良いアクセントだ。

 続けて二口目。今度は梅ペーストと一緒に啜る。

「うわぁ、これ好きぃ……」

 熱い息とともに声が漏れ、頬が緩んだ。
 さっきの一口に、さらに旨みと酸味が加わって。基本の美味しさは同じなのに、全く別の魅力が見えるようだった。
 梅有り、梅なし。どっちもそれぞれの良さがあるのだ。
 だから詩瑠は、焼きおにぎりを完全にほぐしたり梅をスープに溶かしたりせず、あえてムラを楽しむ。

 ずずっ、はふはふ。カリカリ、もぐもぐ。

 たった一杯の料理。
 サラッと食べられる一品。
 大事に堪能する詩瑠だったけど、すぐにお椀は空になった。

「……こくん。ぷはぁ」

 最後の一滴まで飲み干せば。
 お腹は満たされポカポカ、頭はしゃっきり。まさに目が覚める美味しさ。
 詩瑠が感謝の気持ちを込めて平安の方を見ると、同じように満足げな熱い息を吐いて箸を置くところだった。

「美味かったか?」
「うん、すっごく! それに元気出た! ごちそうさまでした」
「おう」

 嬉しそうに笑う平安。
 寝不足な彼の目にも、少し活力が戻ったように思えた。

 補給したエネルギーにまかせて、詩瑠は勢いよく立ち上がり、ぐっと伸びをしてみる。
 そして、閉めっぱなしだったカーテンに近づいて、パッと開け放つ。

「んっ……!」

 迎えてくれたのは、昨晩の雨が嘘のような快晴の日差し。
 暖かく、眩しく。釣られて詩瑠の気持ちも前向きになる。

 単純だなぁ、と内心思わなくもない。
 お腹が満たされて、空が晴れたら、心も晴れる。

 それでもいいんだ。
 自分が何に対してモヤモヤしてるのかは、もうはっきり分かった。
 あとは、しっかり向き合って、ぶつけるだけ。

「……詩瑠」
「うん?」
「大丈夫だから」
「うん」
「ぶつけよう、全部。一緒にいるから、大丈夫」
「ありがとう、ヘイ兄ちゃん」

 何も状況は変わっていないのに、一人じゃないだけでこんなにも力強く立ち上がれる。
 もう大丈夫だよ、ヘイ兄ちゃん。
 今の私は、スープを得た焼きおにぎりだ。

 ぐっと拳を握り、詩瑠は春の空を見上げるのだった。

 決戦まで、あと数時間。
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