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〜4杯目 ちゅうぶらりんのソルロンタン〜

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「あー……それで、さ」

 詩瑠は頭を預けたまま、平安の声を聞く。
 なんだか少し遠慮がちというか、バツが悪そうな声音だ。

「なに?」
「俺、一つ謝らなきゃいけないことがあるんだ」
「やだ」
「え……?」
「謝らなくて良いよ。ヘイ兄ちゃんがそんなこと言い出したら『私は何百回謝らなきゃいけなくなるの?』って思う気がするから」
「まだ何も言ってないのに?」
「うん」

 今度は、決まりが悪そうに自分の後頭部を掻く平安。
 まくら言葉を撥ね付けられて、面食らっているに違いない。でも本心なのだから、仕方ない。
 それがどんなことでも、彼の優しさを疑うことにはならないだろうし。
 
「……そっか。じゃあ、単なる事実を話すよ」
「うん」
「詩瑠に連れられてあったか荘へ行ったとき。すぐにわかったんだよね。あぁ、人じゃないなって」
「……うん」
「知ってると思うけど、俺、大ムジナの血のお陰で人より鼻がくんだ。『ムジナ化』しなくても、ある程度。そのせいかな、昔から人に紛れてるあやかしの臭いが分かるんだよな。まぁ流石に東京ぐらい人で溢れてると、混ざりすぎて個人の臭いまではわからなかったりするけど。でも、あったか荘は建物全体からなんとなくそんな臭いがした」

 平安の特性については詩瑠も良く知っていた。
 幼馴染だからなのはもちろんのこと、自分と明確に違うところだったから特に印象的だった。
 
 化け狸と同じく、獣の身でありながら人に化けることで知られる妖怪・大ムジナ。平安はその血を半分受け継ぐせいで鋭敏な嗅覚と聴覚を持っている。
 詩瑠と違うのは、彼の場合、ベースの姿が人間でありムジナ化をすることでその特徴が現れるというもの。
 頑張って妖を抑えて生きてきた詩瑠にとって、あまりにも近い隣の芝はより一層青く見えたものだ。
 ただ、彼なりに努力して向き合ってきたのを知ってからは、純粋な尊敬の念に変わっている。

「なんだぁ。私、全然気が付かなかったなぁ」
「いや、仕方ないだろ。詩瑠は見た目の変化だけだし、普段から気張って人間化してるし。俺が逆の立場だったら、お客さんの前で簡単に出してるだろうよ」

 ――そう、こういうところもだ。
 彼は他人を素直に尊敬するし、こうして躊躇なくサラっと口にする。私みたいに、比較して落ち込んでウジウジなんてせずに。

「そんで、会話してるとどうも……同居人たちも『わかってる』風な感じだったからさ。明らかに一人だけ気付いてない詩瑠を見て、あれ? って思ったんだよ。
 ほら、もし詩瑠が初めっから知ってたら、絶対俺に言うだろ?」
「そう、だろうね」
「だからさ。気になって、帰り道にすぐ電話をかけたんだよ。……お前の親父さんに」
「へ?」

 詩瑠は思わずパッと頭を上げて、平安の顔を見た。
 至近距離で目が合う彼の顔は、声音通り遠慮がち。眉を下げて申し訳無さそうだ。
 
「本当にすまん、勝手なことして」
「う、ううん! 大丈夫、ちょっとびっくりしただけだから。お父さんの連絡先、知ってたんだね」
「実は一回、東京案内してくれってあっちから連絡きて会ったんだよ。そん時にウチの親父経由で連絡先を交換してさ。二年ぐらい前かな?」
「そうだったんだ」
「遅い時間だったけど、すぐ出てくれたよ。晩酌してたのかな? ちょっと酔っ払ってる風でさ」

『――おうおうおう、だぁれかと思えば、平安くんじゃないかぁ!』
『実は、詩瑠が住む『あったか荘』の事でどうしても聞きたいことがありまして』
『……はぁ。そうか。君が言いたいことは何となくわかるよ』
『すみません、不躾に』
『いいや。いずれは知れるだろうと思ったが、まさか君から来るとは思わんかったな』
『ということは親父おじさんも……あったか荘がどんな人が住む所か、知ってたんですね?』
『答える前に確認したい。このことは、詩瑠も知っていることなのか?』
『いえ。気づいていない様子でしたし、俺から話すのも違うと思ったので』
『そうか。ますますスマンな、余計な気遣いをさせてしまって』
『俺のことは良いんで。どうなんです?』

「――って聞いたんだけど、それっきり唸ったまま返事が来なくてさ」

 当時のやり取りを細かに伝えてくれる平安の言葉で、詩瑠は父の声を幻聴する。
 熱血漢の行動派。他人思いの家族思いで優しいものの、大事なことを独断専行しがち。そんな父だったが、たまに決断を迷う時は、まるで獣のように唸るクセがあった。
 長く長く唸って考え込み、そして周りが『まだかな?』と思い出すぐらい経ってから、一段低い声で決定を下すのだ。
 思えば、詩瑠が東京行きの希望を伝えたときもそうだった気がする。

「しばらくしてからようやく返ってきた答えが『電話で話すような内容じゃないな。今度東京に出向くから、直接会って話さないか?』って」
「お父さんが言いそうな感じだね。変なとこ真面目で融通きかないから」
「そうだな。日程がなかなか決まらなかったんだけど……それが、今日突然連絡が来てさ」
 
 言うなり、平安はスマホを差し出す。
 画面に表示されていたのは、父から送られてきたメッセージの文面。

『突然すまない。急だが、明日東京へ行く。例のことを話したいので、会えないだろうか?』

「明日……」
「平日だし本当に急だよな。親父さんも普通なら仕事だろうに」
「うん、そのはずだけど」
「詩瑠には何も言わずこっそり会ってこようかとも思ったんだけど……なんかこう、気持ち悪くってさ。悩んだんだけどやっぱり言っておこうと思って連絡をしたんだけど」
「あっ……!」

 詩瑠はそこで思い出す。
 混乱して忘れていたけれど、そういえばそもそも平安からかかって来た電話に出たのが、ここへ来ることになったキッカケだったと。
 そして確かに彼は言っていた。『メッセージを送ったのに見ない』と。
 ローテーブルの上の詩瑠のスマホはすでに電池切れで沈黙しており、今その内容を確認することは叶わない。

「ごめんヘイ兄ちゃん、私見てなかった」
「言っておきたかったのは俺のワガママでもあるから、気にしないでくれ。でも今日こうして、先に詩瑠の気持ちを聞けて良かったよ」
「私の、気持ち」
「ただ親父さんの意図や経緯を聞いても、きっと詩瑠の気持ちとのすれ違いには気がつけなかったと思うし。それに俺が分からないってことは、きっと親父さんも知れないまま解散することになってたんじゃないかな」
「そっか」

 お父さんが東京に来る。
 ヘイ兄ちゃんと、あったか荘のことを話しに。
 ドクン、と心臓が大きく跳ねた。

「それで、提案なんだけど……詩瑠」
「うん?」
「明日、一緒に親父さんに会わないか?」
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