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〜4杯目 ちゅうぶらりんのソルロンタン〜

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 時刻は深夜の3時を過ぎた頃。
 あったかいシャワー、生姜たっぷりのソルロンタンと食後のお茶。そして、平安の終始ちょうどいい気遣いで。
 打ちひしがれ、雨に打たれ、冷え切っていた詩瑠はすっかり温まっていた。
 時間はかかったけれど、暗い泥が詰まっていた頭も随分とスッキリしてきている。
 
 ちなみに平安はお茶を入れてくれた後、元通り拳二つ分空けた隣に着座。
 詩瑠に合わせて何も喋らずに、ただそばに居てくれている。
 宙を見つめる瞳を横目に見るけれど、視線が交わることはない。時折彼の指先がハサミを握った形で動くのは、仕事のシミュレーションでもしているのだろうか。
 とても真面目だし、とても勤勉だし、何より仕事がとても好きなのだろう。自ら言っていたように、詩瑠の目を通しても天職に感じる。

「それに比べて、私って本当に中途半端だよね」
「ん? なんのこと?」

 思わずこぼれた言葉に、平安が指を止めて反応する。
 しまった。口にするつもりなんてなかったのに。
 詩瑠は慌てて「いや、あのその、違くて」と取り繕いを試みて――すぐにやめた。
 ふぅっと諦めの一息をついて、自分のふさふさ尻尾を一段強めに抱き直す。

「ヘイ兄ちゃんはすごいよ。小さい頃から天職の美容師をまっすぐ目指して、身一つで東京に出てきて、一心不乱の一生懸命に頑張って、それで今も一人の足で生きていて。本当にすごいなって。心から尊敬してる。……それに比べて、私は何もかも中途半端。ただ東京に出てきて、まだ大学も始まる前にこんなグズグズなっててさ」

 彼に比べたら。
 自分なんて、東京に出てみたい気持ち、「普通の人」の社会で暮らしてみたい気持ち、が先行して大学や将来の夢なんて後付け。小さい頃からの努力や希望とは全く繋がってない。
 空を漂う雲みたいに、地に足着かずのふわふわで宙ぶらりん。
 考えれば考えるほど、平安と比較した自分が嫌いになっていく気がした。でも彼のせいで自分が嫌いになるなんて、それだけは絶対口にしたくないけど。

 しかしそんな詩瑠の台詞に、平安は首を傾げながら答えた。
 
「……んー、いや、俺も最初から美容師を天職だなんて思ってなかったぞ」
「え?」

 意外そうに目を丸くする詩瑠に、平安は頭をかく。

「美容師としての基礎技術は親父からスパルタで叩き込まれたもの。確かに適正はあったかもしれないけど、半分以上は嫌々だったよ。自分では頑張ってるつもりでも、練習でも本番でも失敗しまくったし。親父にもいっぱい叱られて、時には殴られて。でもさ、出来ないことが悔しくてやってる内に、なんかできるようになってたんだよ。これも親父の思惑通りかと思うと悔しいけど……でも結局こうして役に立ってる」
「そう、だったんだ」

 平安の原動力は「早く独り立ちしたい」という願い。美容師はただそのための手段。選べる近道の一つに過ぎなかったのだ。
 人に言ったことはなかったし、言うのも恥ずかしかった。想い人である詩瑠には、特に。
 それが功を奏したのか、詩瑠は全く気が付いていなかった。ただひたすら、幼少からの夢を努力して叶えた人に見えていた。
 だから、彼の言葉はとても意外だった。
 詩瑠のそんな視線に合わせることなく、平安は言葉を続ける。

「小さい頃から努力できることがすごい、とか褒めてくれる人もいるけどさ。俺はたまたま出来る環境に居ただけだよ。何も特別じゃない。ただそういう状況になるタイミングが、人より多少早かっただけ」
「そんなことない、と思うけど……」
「お前もさ、今自分がそうできてないと思ってるのかもしれないけど、そんなことないよ。俺から見たら、俺には出来ない努力を十分してるし。現場に迷いがあるのかもしれないけど、決めるタイミングがまだ来ていないだけだよ、きっと」
「努力……」
「自分では当たり前だと思ってるけど、実はすげぇことっていっぱいあるぞ?」

 平安は、ようやく隣の詩瑠に顔を向けて視線を合わせる。
 不安そうに尻尾を抱く彼女の向こうに、何回りも小さい幼少期の彼女の姿がダブって見える。

 そう、まさに。
 幼い平安が見た詩瑠の姿こそ、努力そのものだったのだから。
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