2 / 41
~前菜 ありし日のトウモロコシスープ~
Pr-2
しおりを挟む
食卓から立ち上る甘く香ばしい匂い。空腹の面々は、もう堪らない。早足でそれぞれの席へ滑り込む。
全員の体が止まり、息が揃ったとき。
「いただきます!」
声が重なり、皆一斉にスプーンを手に。
たっぷりと掬い、口へ頬張る。
「あちちっ……んーっ!」
熱々のトロリとした柔らかい液体が、舌にじんわり溶け込む。
感じるのはトウモロコシ。
優しい味わいなのに、そのものを食べているような力強さもある。
それを支えているのは出汁と、ジャガイモ・玉ねぎの旨み。ただ甘いだけじゃない、深みと奥行きが加わっていた。
美味い。
香りもやはりトウモロコシがメインだが、奥から中華スープの鶏ガラや昆布が追いかけてくる。
若干ケンカしているような気もするが、他ならぬトウモロコシが力づくでまとめ上げている。不思議な味わいだ。
とろみのせいか、余韻は深く長い。
味も、匂いも、温度も。
ゆっくりと口から鼻に回り、染み込むように胃へと落ちていく。
その余韻の中、汁と共に入ってきたトウモロコシの粒を噛み締めれば。
プチ、ジュワ。
軽快な歯触りと、弾ける果汁。再びトウモロコシの強い甘さが口中に広がった。
風情の違う二面のトウモロコシの味わい。互いが追い付き追い越し、やがて一つになっていく。
「なぁ、この焼いたお麩入れたの誰だよ? めちゃくちゃ美味いんだけど?!」
そんなシェアメイトの驚愕と感嘆の声に誘われて、同じく仙台麩を口に運ぶ。
するとどうだろう。
「おぉ……本当、めちゃくちゃ美味しいです」
汁に浸かっていない半分はサクサク、残りは汁を吸ってふわトロ。
油の香ばしさも加わり、スープにまた別の旨みを与えていた。
中華風揚げパンの代用に添えたとの事だが、本式を食べたことが無いから比較は出来ない。
ただただ純粋に美味い。そう感じる。
最後に乗せられたハムとサヤインゲンもまた、スープの表情変化に一役買っている。
肉の旨味と塩味、豆の渋みと青み。トウモロコシに無いものを補い、新たな魅力へと昇華させて。
「はふぅ」
誰からともなく。そして誰もが、満足気に温かい息を吐く。
飢えていた腹もいつの間にか満たされている。
代わりに、スープが並々注がれていた椀たちは、綺麗さっぱり空っぽとなっていた。
「ごちそうさま」
「冬のトウモロコシもぉ、良いもんねー」
「旬のときにまた作ってみたいね」
「その時は昆布不要だな」
「いいえ、今回は中華スープが強すぎたので和風にすべきです」
「なんだとぉ?」
シェアメイトたちの感想の述べ合い、じゃれ合いが始まり、居間が笑いに包まれる。
いつの間にか日は昇っていて、外から陽の光が差していた。
バラバラな個性を持つ食材も、一緒に鍋で込んで一つにするような場所。
スープみたいに中から優しく温める、そんな居場所。
ここは、寄宿舎『あったか荘』。
スープから始まる、あったかいけど少し変わった日常がそこにはあるのだ。
――あったのだ。
重機が唸りを上げ、無骨なアームが軋む。
冬の冷たい風から皆を遮ってくれた木製の壁も。皆の笑い声を空に帰さず包んでくれた瓦屋根も。
毎日スープを生み出し、皆を一つにしてくれたあのキッチンも。
鉄の腕の一振りで、あっけなくあっさりと粉々になる。
ただの瓦礫の山と成り果てるまで、彼は無言で見つめていた。
そこにはもう、あんなにあった人の気配は無い。
やがて作業の人々も消え、日が沈み、まん丸な月が上がっても、彼はずっと立っていた。
その後ろに、もう一つの人影。
月の光を背から受けて顔に影を落とす。
そして整った形の唇を薄く開け、彼に問いかけた。
「寂しいかい?」
「……そうですね」
「名残惜しいかい?」
「……仕方ないです」
「キミは行かないのかい?」
「…………まだ、もう少しだけ。あなたは大丈夫なんですか?」
「はは、満月だからね。でももう行くよ。皆んなのところへ」
「そうですか」
「先に行って待ってるよ」
「はい」
ヒラヒラと手を振って、人影は闇の中に溶けて消えていった。
彼は振り返らず、ただ前を見ていた。
あったか荘が、あったか荘だった頃を思い出しながら。
全員の体が止まり、息が揃ったとき。
「いただきます!」
声が重なり、皆一斉にスプーンを手に。
たっぷりと掬い、口へ頬張る。
「あちちっ……んーっ!」
熱々のトロリとした柔らかい液体が、舌にじんわり溶け込む。
感じるのはトウモロコシ。
優しい味わいなのに、そのものを食べているような力強さもある。
それを支えているのは出汁と、ジャガイモ・玉ねぎの旨み。ただ甘いだけじゃない、深みと奥行きが加わっていた。
美味い。
香りもやはりトウモロコシがメインだが、奥から中華スープの鶏ガラや昆布が追いかけてくる。
若干ケンカしているような気もするが、他ならぬトウモロコシが力づくでまとめ上げている。不思議な味わいだ。
とろみのせいか、余韻は深く長い。
味も、匂いも、温度も。
ゆっくりと口から鼻に回り、染み込むように胃へと落ちていく。
その余韻の中、汁と共に入ってきたトウモロコシの粒を噛み締めれば。
プチ、ジュワ。
軽快な歯触りと、弾ける果汁。再びトウモロコシの強い甘さが口中に広がった。
風情の違う二面のトウモロコシの味わい。互いが追い付き追い越し、やがて一つになっていく。
「なぁ、この焼いたお麩入れたの誰だよ? めちゃくちゃ美味いんだけど?!」
そんなシェアメイトの驚愕と感嘆の声に誘われて、同じく仙台麩を口に運ぶ。
するとどうだろう。
「おぉ……本当、めちゃくちゃ美味しいです」
汁に浸かっていない半分はサクサク、残りは汁を吸ってふわトロ。
油の香ばしさも加わり、スープにまた別の旨みを与えていた。
中華風揚げパンの代用に添えたとの事だが、本式を食べたことが無いから比較は出来ない。
ただただ純粋に美味い。そう感じる。
最後に乗せられたハムとサヤインゲンもまた、スープの表情変化に一役買っている。
肉の旨味と塩味、豆の渋みと青み。トウモロコシに無いものを補い、新たな魅力へと昇華させて。
「はふぅ」
誰からともなく。そして誰もが、満足気に温かい息を吐く。
飢えていた腹もいつの間にか満たされている。
代わりに、スープが並々注がれていた椀たちは、綺麗さっぱり空っぽとなっていた。
「ごちそうさま」
「冬のトウモロコシもぉ、良いもんねー」
「旬のときにまた作ってみたいね」
「その時は昆布不要だな」
「いいえ、今回は中華スープが強すぎたので和風にすべきです」
「なんだとぉ?」
シェアメイトたちの感想の述べ合い、じゃれ合いが始まり、居間が笑いに包まれる。
いつの間にか日は昇っていて、外から陽の光が差していた。
バラバラな個性を持つ食材も、一緒に鍋で込んで一つにするような場所。
スープみたいに中から優しく温める、そんな居場所。
ここは、寄宿舎『あったか荘』。
スープから始まる、あったかいけど少し変わった日常がそこにはあるのだ。
――あったのだ。
重機が唸りを上げ、無骨なアームが軋む。
冬の冷たい風から皆を遮ってくれた木製の壁も。皆の笑い声を空に帰さず包んでくれた瓦屋根も。
毎日スープを生み出し、皆を一つにしてくれたあのキッチンも。
鉄の腕の一振りで、あっけなくあっさりと粉々になる。
ただの瓦礫の山と成り果てるまで、彼は無言で見つめていた。
そこにはもう、あんなにあった人の気配は無い。
やがて作業の人々も消え、日が沈み、まん丸な月が上がっても、彼はずっと立っていた。
その後ろに、もう一つの人影。
月の光を背から受けて顔に影を落とす。
そして整った形の唇を薄く開け、彼に問いかけた。
「寂しいかい?」
「……そうですね」
「名残惜しいかい?」
「……仕方ないです」
「キミは行かないのかい?」
「…………まだ、もう少しだけ。あなたは大丈夫なんですか?」
「はは、満月だからね。でももう行くよ。皆んなのところへ」
「そうですか」
「先に行って待ってるよ」
「はい」
ヒラヒラと手を振って、人影は闇の中に溶けて消えていった。
彼は振り返らず、ただ前を見ていた。
あったか荘が、あったか荘だった頃を思い出しながら。
10
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
後宮物語〜身代わり宮女は皇帝に溺愛されます⁉︎〜
菰野るり
キャラ文芸
寵愛なんていりません!身代わり宮女は3食昼寝付きで勉強がしたい。
私は北峰で商家を営む白(パイ)家の長女雲泪(ユンルイ)
白(パイ)家第一夫人だった母は私が小さい頃に亡くなり、家では第二夫人の娘である璃華(リーファ)だけが可愛がられている。
妹の後宮入りの用意する為に、両親は金持ちの薬屋へ第五夫人の縁談を準備した。爺さんに嫁ぐ為に生まれてきたんじゃない!逃げ出そうとする私が出会ったのは、後宮入りする予定の御令嬢が逃亡してしまい責任をとって首を吊る直前の宦官だった。
利害が一致したので、わたくし銀蓮(インリェン)として後宮入りをいたします。
雲泪(ユンレイ)の物語は完結しました。続きのお話は、堯舜(ヤオシュン)の物語として別に連載を始めます。近日中に始めますので、是非、お気に入りに登録いただき読みにきてください。お願いします。
ちょっと不思議なツアー旅行店 〜日本は魅力がいっぱいですよ!〜
ねっとり
キャラ文芸
高校2年生の『天童結花(てんどうゆか)』。
彼女はつまらない日々を過ごしており、新しい刺激を欲していた。
ひょんなことからバイト募集の張り紙を発見しそこへ向かう。
駅から徒歩圏内。
近くにはコンビニもご飯を食べる場所もある。
仕事の時間以外は何をしてもOK。
出勤は土日祝だけ。
時給は650円。
背の高いハンサムなイケメン店長『天上呂攻(あまがみりょこう)』が出迎えるお客様は……地球人ではない!?
予想外のお客さんや店長相手に結花か奮闘していく物語。
「結花、悪いけど今月のバイト代待ってくれ」
「本当に最低ですね!?」
ほのぼのしつつ、ちょっとクスっとするストーリー。
まったりと更新。
カフェひなたぼっこ
松田 詩依
キャラ文芸
関東圏にある小さな町「日和町」
駅を降りると皆、大河川に架かる橋を渡り我が家へと帰ってゆく。そしてそんな彼らが必ず通るのが「ひより商店街」である。
日和町にデパートなくとも、ひより商店街で揃わぬ物はなし。とまで言わしめる程、多種多様な店舗が立ち並び、昼夜問わず人々で賑わっている昔ながらの商店街。
その中に、ひっそりと佇む十坪にも満たない小さな小さなカフェ「ひなたぼっこ」
店内は六つのカウンター席のみ。狭い店内には日中その名を表すように、ぽかぽかとした心地よい陽気が差し込む。
店先に置かれた小さな座布団の近くには「看板猫 虎次郎」と書かれた手作り感溢れる看板が置かれている。だが、その者が仕事を勤めているかはその日の気分次第。
「おまかせランチ」と「おまかせスイーツ」のたった二つのメニューを下げたその店を一人で営むのは--泣く子も黙る、般若のような強面を下げた男、瀬野弘太郎である。
※2020.4.12 新装開店致しました 不定期更新※
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
骨董品鑑定士ハリエットと「呪い」の指環
雲井咲穂(くもいさほ)
キャラ文芸
家族と共に小さな骨董品店を営むハリエット・マルグレーンの元に、「霊媒師」を自称する青年アルフレッドが訪れる。彼はハリエットの「とある能力」を見込んで一つの依頼を持ち掛けた。伯爵家の「ガーネットの指環」にかけられた「呪い」の正体を暴き出し、隠された真実を見つけ出して欲しいということなのだが…。
胡散臭い厄介ごとに関わりたくないと一度は断るものの、差し迫った事情――トラブルメーカーな兄が作った多額の「賠償金」の肩代わりを条件に、ハリエットはしぶしぶアルフレッドに協力することになるのだが…。次から次に押し寄せる、「不可解な現象」から逃げ出さず、依頼を完遂することはできるのだろうか――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる