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~2杯目 がんばったねのミネストローネ~

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 夜の道。
 淡い下弦の月の光に照らされて、平安は歩く。
 地蔵がやたら多く立つ角を小走りで曲がり、駅を目指す。

 あの後、あったか荘の住人である蘭々美とバス子に絡まれそうだったが、終電の時間を理由になんとか抜け出すことができた。
 でも気がついてよかった、本当に終電を逃すところだったから。
 ミネストローネで補給したエネルギーのせいか、駆ける平安の足取りは軽い。

「美味かったなぁ」

 思わず口に出るほど、あのスープは美味しかった。
 温かく、優しく、飾らない味。
 まるで詩瑠らしさが溶けだしているようだ。
 あんなスープを飲めるシェアメイト達が羨ましい。

 あったか荘が安全な場所かは、結局よく分からなかった。
 最後に会った二人の勢いに面食らったものの、確かに悪い人たちではなさそうだ。なさそう、なのだが……。

「うーん……どうしたもんかな」

 平安は気がついてしまった。だから、疑問が新たに浮かぶ。
 美容室でした詩瑠との会話を今一度思い出す。

「私、ずっと『普通の人』と同じ世界で生活してみたかったんだよね」

 ――普通の人。
 タヌキ的性質を持つ詩瑠が言うなら、意味だろう。
 しかし、平安の鼻は違和感を訴えていた。
 念の為、もう一度確かめる。
 
「……すうっ」

 最後に蘭々美・バス子と握手を交わした掌を顔につけ、大きく吸い込む。
 すると――。

 ザワザワ。

 平安の頭頂部が、手の甲が、尻が膨らみ、変化していく。
 フサフサで硬そうな獣毛、小さく丸い獣耳、ズボンの向こうで丸まる尾。

 加藤 平安もまた、詩瑠と同様に人ならざるモノの血を引く男である。
 見た目はタヌキに似ているが、少し違う。
 近縁の種族……平安の父は『大ムジナ』だった。
 詩瑠よりも混ざる血が濃いせいだろうか、平安は獣の性質をより強く扱うことができる。だから、このように『ムジナ化』すれば、嗅覚は普通の人間の数倍に跳ね上がるのだ。
 その恩恵で二人の匂いを嗅いでみるのだが。

「やっぱりそうだよな」

 何度確かめても同じ。
 二人の残り香からも、のような匂いがする。全く同じではないが、やはり純粋な人間とは少し違う。

 平安は困った。
 詩瑠はきっとこの事に気がついてない。みんな『普通の人』だと信じきっている。
 何故そんな事態になったのだろうか?

 詩瑠がただ単に鈍いというのもあるかもしれないが、それにしたっておかしい。
 たまたま住んだシェアハウスの住人二人が、どちらとも世にも珍しい『混ざりモノ』なのだから。偶然とは信じ難い。もしかしたら、ほかの住人も。

 ――このことを詩瑠が知ったら、どう思うだろうか。
 傷つくだろうか、逆に安心するだろうか。
 わからないが……前者の可能性は高そうである。

「とりあえず、まずは経緯を調べないとな」

 不動産屋か、彼女の両親か、それとも。
 聞いてみなければわからない。なら、聞くしかない。
 決意して歩みを進める平安の体から、段々とムジナが消えていく。
 そして、平安はスマホを操作して電話帳を探る。
 選んだのは……詩瑠の父の名。
 
 今の平安なら、なんでも出来そうだった。
 大丈夫。
 あのミネストローネのように飾らず、シンプルに。ただ思ったことを聞けばいい。
 詩瑠が無用に傷つくことがないように。できることをするのだ。

 プププッ。
 接続の小さな電子音と、数回のコール音。

「……あぁもしもし、おじさん? 俺です、平安です。……はい、ご無沙汰してます。夜分にすみません。……はは、お陰様で何とか。いや実は、詩瑠が住む『あったか荘』の事でどうしても聞きたいことがありまして――」

 電話の向こうへ平安が語りかける声が、闇夜に消えていく。

 そのはるか後方で、あったか荘の居間の光も静かに消えるのだった。
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