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~2杯目 がんばったねのミネストローネ~

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 気合満点の詩瑠が、野菜を次々と作業台に並べていく。

「たまねぎさん、セロリさん、パプリカさん、アスパラさん、おじゃがさん、キャベツさん、エリンギさん、ニンニクさん、そしてトマトさん!」

 冷蔵から次々に出された、山をなしていく野菜たち。どれも見るからに瑞々しく新鮮で美味しそうだ。
 歌うような詩瑠の呼び掛けに、まるで踊るように転がっていく。

「春のお野菜がいっぱいだから、甘くて美味しいスープになるよ」
「そりゃ楽しみだ。えっとミネストローネっていうのは……トマトスープだっけか?」
「うん、そういうのが多いよね。でも、名前の意味は『賄いの汁物』みたいな感じで、元々はトマトが入ってなかったらしいよ」
「へぇ、知らなかった」
「ふふふー。ヘイ兄ちゃんが知らないことを知ってるのは嬉しいなー」
「そんなの幾らでもあるだろ?」

 平安の言葉に詩瑠は返事をせず、くるっと回って冷蔵庫に向かう。

 彼女は昔からそうだった。どうも、平安に対する信頼が厚すぎる。
 五歳も人生の先輩だし、十六歳から東京で暮らしているし、自分より何でも知ってるだろう――とでもいう風に。
 正直、時折それがプレッシャーに感じることもあった。でも一方、励みになることもあった。
 詩瑠の前では彼女の想像通りカッコイイ兄ちゃん、凄い兄ちゃんで居続けよう。そう思って努力が出来た。
 ……ただその結果として、平安が望んでいた二人の関係からは、少し遠ざかっている気もする。
 飾らない素直な感情を見せられる、そんな関係。

「あとは、今日はこれも入れるよっ! 良い出汁が出るんだよねー。野菜と合わさって最強だよきっと」

 そう言って詩瑠が取り出したのは、袋詰めされた鶏肉。
 ふっくら丸くて、細長い突起が伸びている。いわゆる、手羽元と呼ばれる部位だ。
 袋を切った詩瑠は、一本ずつ取り出して骨に沿って切れ込みを入れていく。味が染みやすくなるし、後で解れやすくなるのだ。
 しかし、用意された手羽元は中々の量。全てに仕事をするのは、だいぶ骨が折れそうだ。

「……俺も手伝うよ」

 きっと詩瑠は一人でやりたがるだろう。でも有無を言わせず包丁を手に取り、隣で手羽元に刃を入れていく。
 案の定、詩瑠は何か言おうと口を開き……しかし、ふっと微笑んで手元の作業に戻っていった。
 そうだ、任せて欲しい。自分だって一人暮らし歴は長い。役に立つだろう。

 二馬力になったお陰で、袋に入っていた手羽元は残らずボウルの中に収まった。

「ありがとう、ヘイ兄ちゃん」

 一声かけてから、詩瑠はそこへ塩とタイムを振りかけて揉み込む。平安からしたら小さい手だが、力強い手つきだ。
 しばらくしたら手を止めて、ラップで覆っていく。
 どうやらそのまま少し寝かせるらしい。

「じゃあお野菜切っていくね」
「俺もやるぞ」
「うん、ありがとう!」

 今度は素直に応じる詩瑠。
 かわりに、平安へピーラーを差し出してくる。

「じゃあ、これで皮剥いてね! にんじんと、セロリと、アスパラの下の方」
「ジャガイモは良いのか?」
「新じゃがだから、皮ごと食べられるよ」

 なるほど。言われてみれば積まれたジャガイモはどれも小粒だ。
 確かに、新じゃがの皮は薄くてパリパリしていて、食感も楽しいもの。
 平安が言われた通りの野菜を剥き終えると、詩瑠は玉ねぎを1センチほどの賽の目に切っているところ。慣れた手つきでどんどん刻んでいっている。
 意外な手際の良さに、平安は目を見開いた。
 
「……驚いた。お前、いつの間にそんな包丁さばき上手くなったんだ」
「えへへ。実は、和尚さんに教えて貰ってたんだよね。学校帰りにお手伝い。それでちょっとお駄賃も貰ったりして。ほら、ウチの高校、田舎のクセにバイト禁止だからさ」
「そっか。あの和尚ひと、料理のこだわりすごかったもんな」
 
 詩瑠の母親も料理好きのハズだから、てっきりそちらの影響だと思ったら違ったらしい。
 ずんぐりむっくりの袈裟姿を思い出し、再びなるほどと頷く平安。

「そしたら、他の野菜も同じくらいの大きさに切っていくよー。あ、ニンニクは芽を取ってみじん切り。トマトは湯むきしてからね」
「はいよ」

 言われた通りに、手分けをしてにんじん・セロリ・パプリカ・じゃがいも・アスパラ・キャベツ・エリンギを刻んでいく。
 指示通り、ニンニクは潰してからみじん。トマトは三十秒お湯に通して皮を剥いてから切る。

 トントン、トントン。トントン、トントントン。

 リズミカルにまな板を叩く日本の包丁。小気味良い音が響き、野菜の山はどんどん崩れていった。

 そこで、詩瑠は手羽元のラップを取る。出てきたドリップをキッチンペーパーで丁寧に拭い、水を張った鍋に次々入れていく。
 鍋には先客として、にんじんのヘタやキャベツの芯などの野菜屑が入っていた。端材からも出汁が出て美味しいのだとか。

「捨てるの勿体無いしね」
「それも和尚さんの教えか?」
「ううん、こっちは貧乏性のお母さんから。……えっと、お水から煮だしていくね」

 バチチッとコンロで火花が散り、手羽元の鍋が火にかけられた。

 その間にぃ、と歌う詩瑠が手に取るのはオリーブオイル。
 寸銅へニンニクと共に投入。じっくり弱火で炒めていく。
 次第に立ち込める、香ばしく食欲をそそる匂い。

「ヘイ兄ちゃん、玉ねぎとにんじんとセロリ、エリンギにパプリカも寸胴に入れて」
「よっしゃ」

 テンポよく返事をする平安が、指示のあった食材を鍋に流し入れていった。
 瞬間、ジュワーっと跳ねる音が響き渡る。
 塩を振って、火を強めて。詩瑠は木べらで野菜を混ぜていく。
 その度に、ジュワジュワと鍋が音を上げて盛り上げてくれた。
 
「油で野菜をコーティングして、塩で旨みのエキスを引き出すんだよ。ほら、野菜さんがじんわりと汗かいてきたでしょ?」

 言いながらかき混ぜる詩瑠の額にも、しっとり汗が滲んでいる。
 
「詩瑠、代わろうか?」
「ううん、大丈夫ありがとう。それより、お肉の灰汁を掬ってもらっていい?」
「……わかった」

 本当に大丈夫だろうか、無理をしてないだろうか。
 何度かチラチラ見ながら、手羽元の鍋に向かう平安。表情は変わらず楽しそうだけれど、心配だ。

 向かった煮立つ鍋には、確かに灰汁と脂が浮かんでいる。 
 しかし、湯気と共に鶏の良い匂いも漂ってくる。灰汁を丁寧に掬えば、薄く色付いたスープがお目見えだ。

「じゃあヘイ兄ちゃん、それもう寸銅に入れちゃって」
「肉ごと?」
「そう、肉ごと」
「わかった。ういしょっと」

 キャベツとアスパラを入れて炒めていた詩瑠が横に退き、平安が鍋を持って傾ける。
 重たい音を上げて、手羽元とスープが寸胴の野菜へなだれ込んでいった。
 二つの旨味が混ざり合い、すでに美味しそうだ。

「このまましばらく煮込んで、十分ぐらいたったらジャガイモを入れてまた十分。そして仕上げのトマトを入れてひと煮立ちさせたら完成だよ」
「シンプルだな。コンソメとかスープの素は入れないのか?」
「入れなくても、十分旨味たっぷりで美味しいんだよ。楽しみにしてて!」

 ひと仕事終えたという風に息をつき椅子に座る詩瑠は、満足げな笑顔。
 それを見て隣に腰掛ける平安も息をつくが、彼女とは違う意味合いだった。

 平安を慕い、信頼しきって後ろをついてくる故郷の幼女。小さな村から出ることに必死で、道に迷い電車を間違える危なっかしい少女。変わらない、変わっていないと思っていた。
 でもどうだろう。自信たっぷりに調理をし、平安へ指示をしながらも時に気遣いも見せる詩瑠は、思っていたよりもずっと成長しているじゃないか。
 一見すると前しか見ていないような姿勢は、足元の危うさにつながると考えていたのに。今この瞬間の彼女を見れば、何があっても前へ進むため決意した前向きさに見える。
 故郷の頃と変わらない。そう勝手に決めつけて、幼子のように扱おうとしていたのは自分だけだった。

 そんな勘違いから出た、ため息。

 コトコトコト。沸き立つ鍋が小さく揺れる。

「なぁ、詩瑠」
「なぁに?」
「…………いや、何でもない」
「ん」

 静かに静かに、時が流れる。
 ゆっくりと煮えるスープを、二人が見つめる。

 平安が思いを巡らせるように、椅子の背もたれへ顎を乗せている詩瑠もまた何か考えているのだろうか。
 わからない。
 聞けばいいのかもしれないけど、上手く出来ない。飾らず、臆せず、ただ思うがまま話せばいいのに。
 ――変わっていないのは、自分の方だったのだ。

「そろそろ、かな」

 詩瑠が立ち上がり、鍋に向かい、ジャガイモを入れて、くるくるかき混ぜる。

「ヘイ兄ちゃん」
「なんだ?」
「…………ふふ。トマトは、ヘイ兄ちゃんが入れてね」
「……わかった」

 やっぱりわからない。
 でも一つ確かなこと。

 もうまもなく、ミネストローネの完成だ。
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