上 下
59 / 188
Ⅴ いざ、帰らん!

58. もうすぐ春ですね

しおりを挟む
 
いつもお読みいただきありがとうございます。
あまり更新できていませんが、ゆっくりとでも進め続けて行きたいと思っています。
今後もよろしくお願いいたしますm(__)m
-------------------
 

「そこ違う。やり直し」

 お兄様の厳しい声が響く。私は泣きそうになりながら手を動かしていた。
 そして、何度目かのやり直しを言い渡されたそのとき、ドアがノックされる。

「はい。どな――…」
「誰だ、あとにしてくれ。ミュリエルは勉強中だ」

 返事をする私を遮って、お兄様が答えた。そのお兄様の視線で勉強を続けるよう促され、私は再び手元に目を落とす。

「ではご報告だけさせていただきます。アディーラ公爵家御子息、ベイル様よりお手紙が届きました。また後程お持ち――」
「ちっ」

 お兄様が舌打ちをしながらドアを開ける。差出人が公爵家だった以上、後回しにすべきでないと判断したのだろう。執事から手紙を受け取り、いかにも気に入らないといった様子でミュリエルに差し出す。
 一連の様子から、本当に受け取っていいものかと不安になる。とはいえ、このままというわけにもいかず、おずおずと手を伸ばした。

「このまま休憩にしよう。庭にお茶を用意させるから、それを読んだらおいで」
「はい。あの、ありがとうございます」
「ん」

 お兄様はふっと笑みを浮かべ、私の頭をよしよしと撫でる。それから、先に行っていると言って部屋を出た。
 お兄様を見送ってから、私は視線を手元に落とす。几帳面さが垣間見える丁寧な宛名書き。思わずそれを指でなぞり始め――はっと我に返って頭を振る。私は一体何をやってるんだろう。

 とにかくお兄様がしびれを切らす前に目を通さなくちゃと、私は一度大きく深呼吸をして、それから緊張に震える手で手紙を開いた。
 そこには前回、別れ際に約束したデートのお誘いが書かれていた。

『遅くなってすまない。やっと君に会う時間が取れそうだ。一緒に春告げの花を見に行こう』

 春告草というと日本では梅になるが、ここでは何の花になるだろうか。
 私はあまり植物に詳しくないけれど、花を見るのは好きだった。だから自然とわくわくし始める――楽しみだ。

 ベイル様に指定された日は、王都に戻るために領地を離れる日の二日前。ベイル様がこちらに来てくれるそうだ。アディーラ公爵領は王都に比べれば近いが、それでも半日以上かかってしまう距離だ。そうまでしてきてくれることを申し訳なく思うけれど、同時にそれを嬉しく思う自分もいた。

「なにかお礼ができるといいんだけど」
「――それなら、お土産を用意しましょうか」

 誰もいないと思っていた室内から、答えが返ってきて驚く。振り返ればそこには、従僕の少年、ボルトがいた。

「びっくりした……」
「驚かせてしまい申し訳ありません。先ほどのお話ですが、アディーラ公爵令息へのお礼ですよね? でしたら、うちの特産品の詰め合わせなどいかがでしょう」
「そうか……そうね、それを差し上げたいわ」
「かしこまりました。ではご用意させていただきます」
「ありがとう」

 お礼を言うと、ボルトは当然の提案をしたまでです、とにこやかな笑みを浮かべた。

「あ、それで、なにか用があったのかしら」
「はい。お庭でお待ちになられている若様から、「早くおいで」とお伝えするよう申し付かりました」
「そ、そうだった! ごめんなさい。今行きます!」

 勢いよく立ち上がり、私は慌てて部屋を出た。
 そんな私を、ボルトが厳しい眼差しで見ていることに気づかずに――。



 ちなみに。お兄様にベイル様とのデートの日のお勉強をなしにしてほしいとお願いしたところ、条件をつけられ、ベイル様より先にお兄様とデート(お勉強デートじゃなくて、ちゃんとしたデートだった)するはめになったというのは余談だ。

 ……いや、楽しかったけどね。


しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】ドアマットに気付かない系夫の謝罪は死んだ妻には届かない 

堀 和三盆
恋愛
 一年にわたる長期出張から戻ると、愛する妻のシェルタが帰らぬ人になっていた。流行病に罹ったらしく、感染を避けるためにと火葬をされて骨になった妻は墓の下。  信じられなかった。  母を責め使用人を責めて暴れ回って、僕は自らの身に降りかかった突然の不幸を嘆いた。まだ、結婚して3年もたっていないというのに……。  そんな中。僕は遺品の整理中に隠すようにして仕舞われていた妻の日記帳を見つけてしまう。愛する妻が最後に何を考えていたのかを知る手段になるかもしれない。そんな軽い気持ちで日記を開いて戦慄した。  日記には妻がこの家に嫁いでから病に倒れるまでの――母や使用人からの壮絶な嫌がらせの数々が綴られていたのだ。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

あなたの妻にはなりません

風見ゆうみ
恋愛
幼い頃から大好きだった婚約者のレイズ。 彼が伯爵位を継いだと同時に、わたしと彼は結婚した。 幸せな日々が始まるのだと思っていたのに、夫は仕事で戦場近くの街に行くことになった。 彼が旅立った数日後、わたしの元に届いたのは夫の訃報だった。 悲しみに暮れているわたしに近づいてきたのは、夫の親友のディール様。 彼は夫から自分の身に何かあった時にはわたしのことを頼むと言われていたのだと言う。 あっという間に日にちが過ぎ、ディール様から求婚される。 悩みに悩んだ末に、ディール様と婚約したわたしに、友人と街に出た時にすれ違った男が言った。 「あの男と結婚するのはやめなさい。彼は君の夫の殺害を依頼した男だ」

【完結】初恋の彼が忘れられないまま王太子妃の最有力候補になっていた私は、今日もその彼に憎まれ嫌われています

Rohdea
恋愛
───私はかつてとっても大切で一生分とも思える恋をした。 その恋は、あの日……私のせいでボロボロに砕け壊れてしまったけれど。 だけど、あなたが私を憎みどんなに嫌っていても、それでも私はあなたの事が忘れられなかった── 公爵令嬢のエリーシャは、 この国の王太子、アラン殿下の婚約者となる未来の王太子妃の最有力候補と呼ばれていた。 エリーシャが婚約者候補の1人に選ばれてから、3年。 ようやく、ようやく殿下の婚約者……つまり未来の王太子妃が決定する時がやって来た。 (やっと、この日が……!) 待ちに待った発表の時! あの日から長かった。でも、これで私は……やっと解放される。 憎まれ嫌われてしまったけれど、 これからは“彼”への想いを胸に秘めてひっそりと生きて行こう。 …………そう思っていたのに。 とある“冤罪”を着せられたせいで、 ひっそりどころか再び“彼”との関わりが増えていく事に──

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

私達、政略結婚ですから。

恋愛
オルヒデーエは、来月ザイデルバスト王子との結婚を控えていた。しかし2年前に王宮に来て以来、王子とはろくに会わず話もしない。一方で1年前現れたレディ・トゥルペは、王子に指輪を贈られ、二人きりで会ってもいる。王子に自分達の関係性を問いただすも「政略結婚だが」と知らん顔、レディ・トゥルペも、オルヒデーエに向かって「政略結婚ですから」としたり顔。半年前からは、レディ・トゥルペに数々の嫌がらせをしたという噂まで流れていた。 それが罪状として読み上げられる中、オルヒデーエは王子との数少ない思い出を振り返り、その処断を待つ。

処理中です...