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Ⅴ いざ、帰らん!
58. もうすぐ春ですね
しおりを挟むいつもお読みいただきありがとうございます。
あまり更新できていませんが、ゆっくりとでも進め続けて行きたいと思っています。
今後もよろしくお願いいたしますm(__)m
-------------------
「そこ違う。やり直し」
お兄様の厳しい声が響く。私は泣きそうになりながら手を動かしていた。
そして、何度目かのやり直しを言い渡されたそのとき、ドアがノックされる。
「はい。どな――…」
「誰だ、あとにしてくれ。ミュリエルは勉強中だ」
返事をする私を遮って、お兄様が答えた。そのお兄様の視線で勉強を続けるよう促され、私は再び手元に目を落とす。
「ではご報告だけさせていただきます。アディーラ公爵家御子息、ベイル様よりお手紙が届きました。また後程お持ち――」
「ちっ」
お兄様が舌打ちをしながらドアを開ける。差出人が公爵家だった以上、後回しにすべきでないと判断したのだろう。執事から手紙を受け取り、いかにも気に入らないといった様子でミュリエルに差し出す。
一連の様子から、本当に受け取っていいものかと不安になる。とはいえ、このままというわけにもいかず、おずおずと手を伸ばした。
「このまま休憩にしよう。庭にお茶を用意させるから、それを読んだらおいで」
「はい。あの、ありがとうございます」
「ん」
お兄様はふっと笑みを浮かべ、私の頭をよしよしと撫でる。それから、先に行っていると言って部屋を出た。
お兄様を見送ってから、私は視線を手元に落とす。几帳面さが垣間見える丁寧な宛名書き。思わずそれを指でなぞり始め――はっと我に返って頭を振る。私は一体何をやってるんだろう。
とにかくお兄様がしびれを切らす前に目を通さなくちゃと、私は一度大きく深呼吸をして、それから緊張に震える手で手紙を開いた。
そこには前回、別れ際に約束したデートのお誘いが書かれていた。
『遅くなってすまない。やっと君に会う時間が取れそうだ。一緒に春告げの花を見に行こう』
春告草というと日本では梅になるが、ここでは何の花になるだろうか。
私はあまり植物に詳しくないけれど、花を見るのは好きだった。だから自然とわくわくし始める――楽しみだ。
ベイル様に指定された日は、王都に戻るために領地を離れる日の二日前。ベイル様がこちらに来てくれるそうだ。アディーラ公爵領は王都に比べれば近いが、それでも半日以上かかってしまう距離だ。そうまでしてきてくれることを申し訳なく思うけれど、同時にそれを嬉しく思う自分もいた。
「なにかお礼ができるといいんだけど」
「――それなら、お土産を用意しましょうか」
誰もいないと思っていた室内から、答えが返ってきて驚く。振り返ればそこには、従僕の少年、ボルトがいた。
「びっくりした……」
「驚かせてしまい申し訳ありません。先ほどのお話ですが、アディーラ公爵令息へのお礼ですよね? でしたら、うちの特産品の詰め合わせなどいかがでしょう」
「そうか……そうね、それを差し上げたいわ」
「かしこまりました。ではご用意させていただきます」
「ありがとう」
お礼を言うと、ボルトは当然の提案をしたまでです、とにこやかな笑みを浮かべた。
「あ、それで、なにか用があったのかしら」
「はい。お庭でお待ちになられている若様から、「早くおいで」とお伝えするよう申し付かりました」
「そ、そうだった! ごめんなさい。今行きます!」
勢いよく立ち上がり、私は慌てて部屋を出た。
そんな私を、ボルトが厳しい眼差しで見ていることに気づかずに――。
ちなみに。お兄様にベイル様とのデートの日のお勉強をなしにしてほしいとお願いしたところ、条件をつけられ、ベイル様より先にお兄様とデート(お勉強デートじゃなくて、ちゃんとしたデートだった)するはめになったというのは余談だ。
……いや、楽しかったけどね。
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