上 下
92 / 188
Ⅶ 待ち受けていたのは

90. 偽物さんの正体は

しおりを挟む
 

「本当に文句を言わなくて言いのかい?」
「裁判が行われるのでしょう? でしたら、わたくしが今この場で彼女に何か言うわけにはまいりませんわ。私刑と受け取られるような行いはできませんもの」

 完全に二人きりの世界に行ってしまったかと思われていたミュリエル様とセーファス様だったが、二人は何気に話を続けていた。

「だが、ここなら私たち以外の目はないんだ。大抵のことには目をつむれる。文句でなくてもいい。叩きたければ叩けばいいんだ」
「いいの、セーファス様。わたくしは――その子が正しく裁判にかけられ、刑罰を受けることだけを望みますわ。それは叶えてくださるでしょう?」
「……まったく、ミュリエルには敵わないな。わかった、必ず叶えよう。お姫様のお望みどおりに」
「ふふ。セーファス様、大好き!」
「っ」

 途端にセーファス様のお顔が真っ赤に染まった。こんなセーファス様、私は見たことがない。

「よかったですね、ミュリエルお嬢様。――ですが」

 微笑ましげに見ていたボルトの表情が途端に険しくなる。その視線が向けられた先はもちろん私。

「大切なお嬢様の体、返していただかなくてはいけませんね」

 私は再びビクリと肩を揺らす。

「それはどういう……」
「わかっているでしょう!? そのままの意味ですよ!」
「落ち着け、ボルト。そこもきちんと考えてある」
「……さようにございますか?」
「ああ」

 遅れて私も気づく。そう、先ほどセーファス様は「見た目だけならミュリエル」と言っていた。さらに光の女神も「本物の顔と体を使っても」と。
 私はてっきり人違いが起こっただけだと思い込んでいたが、実際は、私がミュリエル様の体を乗っ取っているという問題があったようだ。

 ――でも。

 私が気づいたときには、私はこの体を使っていた。返そうにも一体どのようにすれば返せるのかわからない。
 本当にそんな方法があるのかも。

「どうやって……」
「それをお前が言うのか? 方法を知っていたから奪えたんだろう?」

 哀しいかな、彼らの中では私がミュリエルの体を奪ったことは確定事項になっているようだ。その時の記憶がない以上完全に否定はできないが、私が奪ったわけではない可能性も忘れてほしくなかった。

「ああ、そうか。その確認は必要ですね。――ってことで、あんた、どうやって知った? 神秘を使えば可能と言われてはいるが、その構成の開発は禁じられているし、当然使用も禁止だ。いざという時のために唯一、神殿の大神官だけが手法を継承しているが……何故、それを知ってる?」

 ここまでずっと黙っていたクリフォード様がおもむろに指摘した。
 でも、そう聞かれたところで、それは私にだってわからない。答えられずに黙っていると、セーファス様がさらに続けた。

「ああ、まさかと思うが――お前、悪霊なのか?」
「悪霊!?」
「過去の史書を繙けば、悪霊が人の体を奪ったという記述もなくはない。それであれば答えられないのも納得いくが……すると、急がねばならないな。怪しげな術でこの国を乗っ取られるわけにはいかない」

 私は唖然とした。悪霊だなどと、真面目に言っているのだろうか。現代日本人としては信じがたい話だが――いや、やはり彼らは本気のようだ。

「さて、吐いてもらおうか。君は何者だい? 悪霊か?」

 
 
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

【完結】初恋の彼が忘れられないまま王太子妃の最有力候補になっていた私は、今日もその彼に憎まれ嫌われています

Rohdea
恋愛
───私はかつてとっても大切で一生分とも思える恋をした。 その恋は、あの日……私のせいでボロボロに砕け壊れてしまったけれど。 だけど、あなたが私を憎みどんなに嫌っていても、それでも私はあなたの事が忘れられなかった── 公爵令嬢のエリーシャは、 この国の王太子、アラン殿下の婚約者となる未来の王太子妃の最有力候補と呼ばれていた。 エリーシャが婚約者候補の1人に選ばれてから、3年。 ようやく、ようやく殿下の婚約者……つまり未来の王太子妃が決定する時がやって来た。 (やっと、この日が……!) 待ちに待った発表の時! あの日から長かった。でも、これで私は……やっと解放される。 憎まれ嫌われてしまったけれど、 これからは“彼”への想いを胸に秘めてひっそりと生きて行こう。 …………そう思っていたのに。 とある“冤罪”を着せられたせいで、 ひっそりどころか再び“彼”との関わりが増えていく事に──

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

私達、政略結婚ですから。

恋愛
オルヒデーエは、来月ザイデルバスト王子との結婚を控えていた。しかし2年前に王宮に来て以来、王子とはろくに会わず話もしない。一方で1年前現れたレディ・トゥルペは、王子に指輪を贈られ、二人きりで会ってもいる。王子に自分達の関係性を問いただすも「政略結婚だが」と知らん顔、レディ・トゥルペも、オルヒデーエに向かって「政略結婚ですから」としたり顔。半年前からは、レディ・トゥルペに数々の嫌がらせをしたという噂まで流れていた。 それが罪状として読み上げられる中、オルヒデーエは王子との数少ない思い出を振り返り、その処断を待つ。

花嫁は忘れたい

基本二度寝
恋愛
術師のもとに訪れたレイアは愛する人を忘れたいと願った。 結婚を控えた身。 だから、結婚式までに愛した相手を忘れたいのだ。 政略結婚なので夫となる人に愛情はない。 結婚後に愛人を家に入れるといった男に愛情が湧こうはずがない。 絶望しか見えない結婚生活だ。 愛した男を思えば逃げ出したくなる。 だから、家のために嫁ぐレイアに希望はいらない。 愛した彼を忘れさせてほしい。 レイアはそう願った。 完結済。 番外アップ済。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

果たされなかった約束

家紋武範
恋愛
 子爵家の次男と伯爵の妾の娘の恋。貴族の血筋と言えども不遇な二人は将来を誓い合う。  しかし、ヒロインの妹は伯爵の正妻の子であり、伯爵のご令嗣さま。その妹は優しき主人公に密かに心奪われており、結婚したいと思っていた。  このままでは結婚させられてしまうと主人公はヒロインに他領に逃げようと言うのだが、ヒロインは妹を裏切れないから妹と結婚して欲しいと身を引く。  怒った主人公は、この姉妹に復讐を誓うのであった。 ※サディスティックな内容が含まれます。苦手なかたはご注意ください。

処理中です...