上 下
148 / 188
Ⅸ もう後悔なんてしない

140. 貴族の雇用事情?

しおりを挟む
 

 書き置きは残っているかと尋ねた奥様に対し、さすがにないだろうと答えつつも、グラッセラ子爵は執事を呼んだ。
 執事は主の問いかけにあっさりと頷く。

「ございます」
「そうか。やはりないか――は? 今、なんと?」
「書き置きは残しております。急な離職となりましたので、離職願の代わりに保管しておりました」

 貴族の家では使用人を多く雇っている関係上、退職関係のいざこざは少なからずあるという。あとで揉め事になった際に、不利益を被ることがないよう、こういったものは用心深く保管しているそうだ。

「見せていただいても?」
「ええ。もちろんです」
「では、ご用意させていただきます」

 執事は一旦そばを離れ、すぐに戻ってきた。

「こちらでございます」

 シンプルな便箋だ。便箋自体はグラッセラ子爵が部屋に置いていたものだという。その場で書いたのか。

「ミュリエルの字、ではないわね。似てはいるけれど」

 グラッセラ子爵が目を見開いた。普段、感情を出すことのない執事までもが、わずかに表情を変える。

「これは預からせてちょうだい」
「は……一体、何が」
「詳しくは、まだ。ただ、間違ってもグラッセラ子爵に不利益が及ばないようにはするわ」
「――わかりました。あの侍女がご息女だと気づけなかったのは私の不徳といたすところ。侯爵夫人の望まれるとおりにいたしましょう」

 奥様は筆跡鑑定でもするつもりだろうか。そもそも、ここに筆跡鑑定という考え方があるかというところからしてわからないけれど。
 ただ、もし書き置きとメリッサさんの筆跡を比較して、一致したら――確かなの証拠となるに違いなかった。入れ替わりの手引きをした証拠とまではならなくとも、無関係でないことは示せるだろう。

「グラッセラ子爵。時が来たら、今日した話を、しかるべき場所で証言していただけるかしら」
「私でよろしければ」
「ぜひお願いするわ。わたくしが可愛がっている子からおねだりされているの」
「それはそれは、気合いが入りますな」
「ふふ、グラッセラ子爵ならわかってくださると思っていたわ」

 消えた侍女の謎。それはおそらくメリッサさんの護衛と従者が連れ出したのだろう。結果、メリッサさんは一人になってしまい、グラッセラ子爵に保護された。
 辻褄はばっちりと合った。

 入れ替わりを企んだのはメリッサさんだった。もうそれは疑う余地がない。
 あとは決定的な証拠が欲しかった。できれば、入れ替わりの秘術が書かれた本か何かが。
 メリッサさんの家か神殿に乗り込まねばならないだろうか。そんな伝手はない。でも、もはやメリッサさんを野放しにはできなかった。

 
 
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

【完結】ドアマットに気付かない系夫の謝罪は死んだ妻には届かない 

堀 和三盆
恋愛
 一年にわたる長期出張から戻ると、愛する妻のシェルタが帰らぬ人になっていた。流行病に罹ったらしく、感染を避けるためにと火葬をされて骨になった妻は墓の下。  信じられなかった。  母を責め使用人を責めて暴れ回って、僕は自らの身に降りかかった突然の不幸を嘆いた。まだ、結婚して3年もたっていないというのに……。  そんな中。僕は遺品の整理中に隠すようにして仕舞われていた妻の日記帳を見つけてしまう。愛する妻が最後に何を考えていたのかを知る手段になるかもしれない。そんな軽い気持ちで日記を開いて戦慄した。  日記には妻がこの家に嫁いでから病に倒れるまでの――母や使用人からの壮絶な嫌がらせの数々が綴られていたのだ。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

【完結】初恋の彼が忘れられないまま王太子妃の最有力候補になっていた私は、今日もその彼に憎まれ嫌われています

Rohdea
恋愛
───私はかつてとっても大切で一生分とも思える恋をした。 その恋は、あの日……私のせいでボロボロに砕け壊れてしまったけれど。 だけど、あなたが私を憎みどんなに嫌っていても、それでも私はあなたの事が忘れられなかった── 公爵令嬢のエリーシャは、 この国の王太子、アラン殿下の婚約者となる未来の王太子妃の最有力候補と呼ばれていた。 エリーシャが婚約者候補の1人に選ばれてから、3年。 ようやく、ようやく殿下の婚約者……つまり未来の王太子妃が決定する時がやって来た。 (やっと、この日が……!) 待ちに待った発表の時! あの日から長かった。でも、これで私は……やっと解放される。 憎まれ嫌われてしまったけれど、 これからは“彼”への想いを胸に秘めてひっそりと生きて行こう。 …………そう思っていたのに。 とある“冤罪”を着せられたせいで、 ひっそりどころか再び“彼”との関わりが増えていく事に──

完結 若い愛人がいる?それは良かったです。

音爽(ネソウ)
恋愛
妻が余命宣告を受けた、愛人を抱える夫は小躍りするのだが……

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

私達、政略結婚ですから。

恋愛
オルヒデーエは、来月ザイデルバスト王子との結婚を控えていた。しかし2年前に王宮に来て以来、王子とはろくに会わず話もしない。一方で1年前現れたレディ・トゥルペは、王子に指輪を贈られ、二人きりで会ってもいる。王子に自分達の関係性を問いただすも「政略結婚だが」と知らん顔、レディ・トゥルペも、オルヒデーエに向かって「政略結婚ですから」としたり顔。半年前からは、レディ・トゥルペに数々の嫌がらせをしたという噂まで流れていた。 それが罪状として読み上げられる中、オルヒデーエは王子との数少ない思い出を振り返り、その処断を待つ。

処理中です...