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Ⅸ もう後悔なんてしない

127. さすがの奥様

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「知りたいのは、エイドリアン伯爵の婚約のことかしら」

 奥様は直球で返してきた。私は少し動揺する。

「いえ。――そう。ええ、そう……そうですね」
「それに答えるのなら私も、あなたに聞いておきたいことがあるわ」

 ごくりと唾を飲んだ。一体何を言われるのだろうか。

「なぜ今ごろになって、リングドルに、ディダに行きたいとおっしゃったのかしら」

 これまで行こうなどとは考えていなかったのでしょう、と。
 私は頷いた。そして、ここに来た目的の一端を話し始める。

「きっかけは、ご領主様にいただいた言葉でした」

 時の解決を待っていては、その時間を使って他に得られたかもしれない何かを失ってしまうかもしれない、という言葉。
 私に時間を与えてくれる人ばかりの中で、唯一投げかけられた別の考え方だった。

「それで、リングドルを出てからはじめて、過去を振り返ったんです」

 思い浮かんだのはベイル様のことばかりだったこと。
 復縁を望んでいるわけではないけれど、ベイル様が大切で、幸せになってほしいと思っていること。
 けれど――。

「思い出してしまったんです。一つだけ、憂いというか、気になっていることがあるって」

 確認せずにベイル様の幸せが失われたら嫌だと思い、この町に来たのだと告げると、奥様は小さく頷いた。

「その憂いというのは何かしら」
「それは……」

 どうしよう。メリッサさんのことを話すべきだろうか。話して、嫉妬だやっかみだと言われてしまうのは避けたい。それになにより、彼女が入れ替わりにかかわっていたという確証はなかった。

「ただの憂いなのでしょう? 証拠などいらないわよ? 推測でいいの。話してちょうだい」
「ですが、相手の方の不名誉になってはいけませんので」

 すると奥様は、さっとハンドサインで控えていたメイドたちを下げてしまう。私は逃げ場を失った。

「秘密は守るわ。さあ、おっしゃって」

 一拍おいて覚悟を決めた。奥様なら――きっと悪いようにはしないだろう。

「ベ…エイドリアン伯爵の婚約者であるメリッサさんはおわかりですか? ええと、ドビオン伯爵令嬢なのですが。実は、私……ミュリエル様との入れ替わりのその瞬間に、メリッサさんを見た気がするんです」

 だから入れ替わりにかかわっているかもしれない、と言ってしまうのは短絡的過ぎだろうか。どう言うべきか迷っていると、奥様が続きを引き取った。

「だからドビオン伯爵令嬢が何かを仕掛けたのではないかと疑っている、ということね?」
「そ、そこまでは。ただ、もし関係していて、そのときの行いのせいでベイル様に不利益が生じたらと思うと……嫌だなって」

 結局は、自分のエゴか。何もせずに放っておくのが一番なのかもしれない。もし、メリッサさんが本当に何かしていたとしても、公にならなければ問題にならないのだから。
 私は今気づいた事実に顔をうつむけた。むしろ、過去を掘り返す私のほうが、ベイル様の害になりかねない。婚約者の評判が落ちたら、ベイル様にも傷がついてしまうだろうから。
 奥様にもそう指摘されるかもしれないと思ったけれど、奥様はそれについては特に言及しなかった。

「あなたの考えはわかったわ。今日の成果はいかがでらしたの?」
「今日は……目撃した場所に行って、やっぱりそこにいたのはメリッサさんだったと、確信したところまでです」
「それだけではないでしょう? それだけなら、あなたはこんなに早く戻ってきていないはずだもの」

 さすが奥様のご慧眼。結局、ここに行きつくかと思いつつ、重い口を開いた。

 
 
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