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Ⅹ 集まる想い
145. 詩集ってどう楽しめばいいんだろう
しおりを挟む養子の話から数日、私はまだベルネーゼ侯爵家にいた。
というのも、一連の出来事について、奥様が裁判を起こすと決められたからだ。準備にはまだ時間がかかるそうなので、どのくらい滞在することになるかはわからないけれど。
あてがわれた客室は、侯爵家にふさわしい立派な部屋だった。
ミュリエル様のお部屋に比べれば狭いが、寝室と居室とがきちんと分かれた広い部屋だ。全体がライトグリーンで統一されており、寝具やカーテンはリーフ柄。テーブルやちょっとした書き物をするための机はダークブラウンで、大人の女性向けという印象の部屋だった。
気後れする私に、奥様は「ここが嫌ならミュリエルの部屋にするけれどどうする?」なんて意地悪なことをおっしゃって、私はやむなくこの部屋を借りることにした。
広さに反してとても落ち着くその部屋で、一人ぼーっとしている今は、実は真昼間だ。
奥様はお茶会にお呼ばれしていて外出中。着いていってメリッサさんたちに動きを察知されても困るので、私はお留守番だ。
少し前までは屋敷に花を飾ったり、宝飾品の手入れをしたりしていた。侍女と名乗っているからには働かねばと、メイドたちと一緒に仕事をしていたのだけれど。
「あとはもうメイドの仕事にございます。どうぞお部屋にお戻りください。いえ、そもそも、マリ様は動き過ぎなのです。読書や刺繍をして過ごすのも淑女の仕事にございますよ」
タイムによって、なかば強引に部屋に帰されてしまったのだ。
奥様たちが動いてくれているというのはわかっているけれど、私自身は完全な待ちの状態。とてもじっとしてなどいられなかった。
奥様が戻られるのは夕方の予定。それまで耐えられるだろうか。
「失礼いたします。お茶をお持ちいたしました」
「あ……りがとうございます。あの、あとは私が」
半分腰を浮かせたところで、メイドから有無を言わせぬ視線が返された。言葉よりも明白な意思表示で、私はおずおずとソファに体を戻す。
「気持ちを落ち着かせるハーブティーとベリーのスコーンです」
「ええと」
「遠慮はなさらないでくださいね。料理人がマリ様のためにご用意したものですので」
先手を打って私の言葉を封じるメイドはシンディーだ。彼女は基本、ミュリエル様と一緒に王城にいるのだけれど、奥様が留守にされるときはなぜかいつも戻ってきていて、私の世話を焼く。
奥様が旅の間一緒だったアイリスを連れていってしまうからだろうけれど、ミュリエル様は大丈夫なのだろうか。
「先日お渡しした本はいかがでしたか?」
「……楽しく読ませてもらいました」
「詩集も?」
何日か前にシンディーが持ってきてくれたのは、巷で話題の恋愛小説と、令嬢必読の詩集だった。シンディーの指摘通り、詩集のほうはあまり興味が持てず、ほとんど読んでいない。
「先日、領地から取り寄せた植物図鑑と異国の料理本がございますが、ご興味ございますか?」
「それは……私が見てもいいものでしょうか」
図鑑や異国の本というのは、書物の中でも特に高価なものだ。
本の複製をする際、図や挿絵は神秘の器具を使ってコピーするらしいのだけれど、それがかなりの力を消耗するらしく、数を作れないのだという。異国の本はそれにさらに輸送費がかかる。
文字のみなら簡単に複製できるため、本自体は市井にも広がっているのだけれど。
「そのためにお取り寄せしましたから。では、のちほどお持ちいたしますね」
「あ、ありがとうございます」
さて、わかるだろうか。これが私とシンディーの日々の会話だ。ミュリエルだったときのことは一度も話していない。けれど、この淡々としたやりとりから、きっと私のことは聞かされているだろうと思っていた。他のメイドたちはもっと気さくに接してくれるし、シンディーとメイドたちとの会話ももっと和気あいあいとしたものだったから。
とはいえ、シンディーと過ごす時間が気まずいわけではない。私がミュリエルだったことを知っていて普通に接せられるのはメイドの鑑と言っていいに違いなかった。
ただ少し……少しだけ寂しく感じてしまう。憎悪をぶつけられないだけでも幸いだというのに。
「お茶のおかわりをお注ぎしましょうか?」
「あ……お願いします」
見事な手つきで入れられたのは、先ほどとは違うお茶だった。
さわやかな香りがふわりと広がった。
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