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Ⅸ もう後悔なんてしない
133. とうとう言われてしまった
しおりを挟むお手伝い生活七日目。
思いのほか平穏な日々が続いていた。どの店の店主たちも私を責めることはなく、淡々と仕事を教え、仕事する毎日だった。
ただ、なぜかどの店でも私は表に回された。それが一番、予想外のことだった。
平穏とは言ったものの、ひやっとする機会がないわけではない。きっかけは主にお客さんで、毎日二、三人は知った顔を見かけていた。幸い、相手はみんな気づいておらず、問題になることはなかったけれど。
「いら……しゃいませ」
まただ。また見覚えのあるお客さんがやってきた。日に日に知った顔が増えている気がするのは気のせいだろうか。
「これくれ」
「……はい。ただいま」
乱暴に古着を放ってきたその男は、金物屋の店主だっただろうか。金物屋には一度か二度、ナイフを盗みに入ったことがある。
「今までどこ行ってたんだ」
その言葉で、相手も私認識しているのだと知る。私は顔を青ざめさせた。
「も、申しわけ――」
「んなのどうでもいいんだよ。それより答えは?」
「それ、は……」
頭の中は真っ白だ。何も言葉が思い浮かばない。
「わかった。出直して来る」
男はあっさりと引き下がり、帰って行った。
私はゆっくりと深く息を吐きだす。明日が終われば折り返しというこのタイミングで、とうとう過去を持ち出されてしまった。怒っているようには見えなかったけれど、出直してくるということは、追及を諦めたわけではないということだろう。
けれどどこに行っていたかなんて、何のために知りたいのだろうか。聞いたところで、誰の特にもならないというのに。
「――そうか。聞いていなかったな、そのこと」
奥から出てきた古着屋の店主もまた、そんなことを言い出した。
金物屋とは違い、引き下がらない。けれど落ち着いて考えたところで、この質問には答えられないのだ。王都で別人の体に入って暮らしていたなど、話せるわけがないし、話したところで信じられないだろう。
私は古着屋に背を向け、商品を整え始める。ハンガーから外されて放置された服をかけなおし、ワゴン内の乱れた古着は回収する。ワゴン内は山積みで放置が基本だけれど、日本の店を知っている身としては、どうしてもたたみたい。自己満足でしかないが、一通り回収して作業台に戻った。
けれど。古着屋はまだそこにいた。
店主たちは責めない。何も言わない。聞かない。けれど、ずっと何か聞きたそうにしていることには気づいていた。古着屋も先程、そうか、と今気づいたかのように言ったけれど、本当はたぶん、最初から気になっていたのだろう。
古着屋と視線がかち合う。その眼差しに負けたのは私のほうだった。
「……王都にいました」
これが私の精一杯の答えだった。
潮時かもしれない。ここでお手伝いをしていても、結局は期間限定だし、どの店も人手が足りていないわけでもない。償う気持ちがあるということを示すためだけの手伝いなら、むしろ彼らにとっても迷惑だろう。
償う気持ちはあるけれど、許されなくていい。もう、私は彼らに迷惑はかけないと決めているから。
だから、いいかげん私は、本来の目的を果たしたい。
宿に戻っても私の心はざわついていた。夕食を終えたタイミングで、奥様に話を切り出す。
「奥様。お手伝いを続けなくてはいけませんか? 私、やっぱり情報収集をしたいんです」
緊張で声が震えた。奥様はせっかく用意した機会なのにと憤るだろうか。いや、むしろ自分勝手な私にあきれるのではないだろうか。ほんの二週間ほどの期間も我慢できないのか、と。
「どうぞ? 存分に、情報収集なさいな」
奥様はあっさりと言った。私は困惑する。
「では、あの……お手伝いを終了すること、伝えていただけますか?」
「ああ、違うわ。お手伝いをしていても情報収集はできるでしょう? という話よ。それとも、お客さんと世間話の一つもしてはいけないと言われてるの?」
お店には町の人がたくさんくるでしょう、と。せっかく向こうから人が来てくれるのだから、むしろチャンスじゃない、と奥様は言った。
目からうろこが落ちた。考えてもみなかった。償い以外の行動は許されないと思っていたから。
けれど思い返してみれば、世間話も仕事のうちなどと言われることもあって、必ずしもそれが両立しない状況ではなかった。私の頭が固かったということか。
「心配なら、ご主人に許可をとってからすればいいのよ」
「……そうですね。明日、聞いてみます」
あんなやりとりをしたあとだから、正直、気は進まなかったけれど、背に腹は代えられないと思った。
翌日、勇気を出して聞いてみる。すると、古着屋は躊躇なく頷いた。
「あんたと話したがってるやつは多い。むしろ少し相手してやってくれ」
無事に許可を得て、私の心は少し軽くなった。
奥様に話してよかったと、安堵と共に感謝した。
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