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Ⅵ 決断は遅きに失し

73. それでも私は怖い

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 次が剣術の授業だというセーファス様と早めに別れた私は、普段よりだいぶ早く教室に戻っていた。そこでは食事を終えたクラスメイトたちが会話に花を咲かせている。
 周囲とのギャップに居たたまれなさなどを感じることはもうなくなっていたけれど、手持無沙汰ではあった。何をするでもなくぼーっと机の木目をなぞっていると、ふいに声をかけられた。

「こちらにいらっしゃいませんか、ミュリエル様」

 声のしたほうへと顔を向ければ、そこには席を立ってこちらを見るメリッサさんがいた。私が学院に復帰した当初、レイラ様と一緒によくしてくれた友人――だった少女だ。
 さっと目を走らせるが、教室内にレイラ様の姿はない。完全にメリッサさんの意思で声をかけたのだとわかる。

 ただ、メリッサさんの机の周りには、子爵家の令嬢が二人、不安げな面持ちで座っていた。メリッサさんだけならともかく、そこに混ざるのはさすがに迷惑だろう。


 そんな私たちはクラス中の視線を集めていた。私とメリッサさんの席はちょっとだけ離れている。立ち上がったメリッサさんの動作も、声の音量も、注目を集めるには十分だった。

「よろしければ、また一緒にお話をしたりしましょう?」
「い、いえ。私は大丈夫――」
「っ……ご、ごめんなさい。私ったら余計なことを。真っ先に距離をとったのは私のほうですものね。お嫌なのも当然ですね……」

 メリッサさんが悲しげに目を伏せた瞬間、一斉に非難された。「セーファス様が戻ってらしたからって、いい気になって」、「お優しいドビオン伯爵令嬢の厚意を無下にするなんて」、「何様のつもりかしら」、などと言いたい放題だ。

 そしてそれらの言葉からもわかるように、私に拒否権はないらしかった。答えを言い切るのを待たずして、すでに私は悪者扱いだ。
 けれど、周りも周りだと思う。メリッサさんの提案は、メリッサさんたちには何の得にもならない。状況を見てから非難しろと言いたい気分だった。


 とはいえ、メリッサさんはおとなしく控えめな方なので、この状況を意図していたわけではないだろう。結果的に、周囲の同情を煽ることになった振る舞いはもんだいだけれど。できるならばもう少し、周囲の反応に敏感であってほしかった。
 私は小さくため息をついて、それから口を開く。

「あの、やっぱりご一緒していいかしら」
「ええ! よろしいのですか? 嬉しいです」

 メリッサさんはぱっと顔を輝かせた。その邪気のない反応に、私はもう一度ため息をついた。


 けれど、まったく嬉しくないかといわれるとそうではない。なにせ一人ぼっちではなくなるのだから。
 ただ、またすぐに離れて行ってしまうのではないかという恐怖は強く、素直に喜ぶことはできなかった。


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