62 / 188
Ⅴ いざ、帰らん!
61. ミュリエルの足跡を見て
しおりを挟む丘での穏やかな時間を過ごしたあと、私たちは麓の村へと足を運んだ。そこは僻地でありながらも、活気のある村だった。
「小さな村のようですけれど、賑やかですね。ここには何かあるのですか?」
「やっぱり覚えてないか。ここはミュリエルが目をかけて発展させた村――なんだが……」
「目をかけて……」
ほら、と言って見せられたのは店先に並ぶ工芸品。小物やアクセサリーに、まるで本物のような花の飾りが――。
「あれ?」
「気づいたか。これは本物の花だ。何でも特殊な樹液でコーティングすることで、この状態を維持できるんだとか」
近くで見てみると、指先ほどの小さな花が、咲いた形のまま樹液で固められていた。光を通す、透き通った花びらがきれいで、触れたら壊れてしまいそうな繊細さもまた、目を惹きつけて離さない。
まったく同じものではないけれど、それは日本でも見たことのあるものだった。UVレジンとかいうものを使って作るやつだ。私は以前、手芸好きの友人が作ったのを見せてもらったことがあった。
「ミュリエル、こっち。この工房。ここがミュリエルがこの村に目をつけたきっかけになった工芸師の店だって聞いてる。入ってみよう」
ベイル様に手を引かれ、入り口をくぐる。入ってすぐのところは木の棚やテーブルが置かれ、商品が並べられていた。そして店の奥に大きな机や機材が雑多に置かれた作業場がある。
そして、そんな売り場と作業場を仕切るカウンター、そこに、頬杖をついて眠そうにしている少年がいた。
「こんにちは。工房長はいるか?」
「……あ? ねーちゃんは出かけてんぞ。何か用?」
「工房長を彼女に紹介したかったんだが……」
「んー、採集に行っちゃったから、多分、日暮れまで帰ってこないと思う」
「そうか。日暮れまではいられないな……残念だが仕方ない、か」
そんなベイル様と少年のやり取りを遠くに聞く一方、私の目は棚に並べられた商品に釘づけだった。
これはぜひレイラ様たちにも見てほしい。たぶん一度、花びらを全部抜いて作ったのだろう。それも一種類だけじゃなく、十種類近くの小花を集めて。
いろんな花びらを重ねあわせて作られたこの花の飾りは、まるで楽園に咲く幻の花のようだった。合わせた花びらの彩りも、形も、重なり方も、全部がきれいに調和していて、何も知らずにこれが楽園の花だと言われて見せられたら、きっと信じてしまうだろうというくらい美しかった。
すごいのはそれだけではなかった。花を引き立たせるために作られたであろう金の飾りも手が込んでいて、レースのような緻密さの繊細な飾りだった。もしこれを自分でやれと言われたらたぶん発狂するだろう。
この村で見た他の工房のアクセサリーも素晴らしかったが、ここはその比ではなかった。
「すごいすごいすごいすごい! ベイル様、これすごいです!」
興奮しきりの私に、ベイル様が優しい眼差しを向ける。
「気に入ったのあった?」
「はい! ありまく――っと、ど、どれも素敵で! これとか、あれとか……あ、あの棚の上のも――」
「わかった。ならそれら全部買おう」
「え!?」
「気に入ったんだろう? 買ってあげるつもりで入ったんだ。遠慮せず他も選ぶといい」
え!それは、申し訳ないし……こういうのなら自分で買えるはず――。
私に付き従っているはずのシンディーの姿を探せば、すぐに見つかる。私のお小遣いはシンディーが持ってくれているはずなので買い物には困らない。だから、大丈夫と断ろうとして――思い直す。ここで自分で買えると言ってしまうのは、かなり可愛げのない言葉じゃなかろうか。茉莉であれば通常運転だけど、ミュリエルだったら……たぶん違う。
「ええと、では……買ってくれます、か?」
「ああ、もちろん」
私としては精一杯の甘え口調で尋ねれば、ベイル様は躊躇いなく頷いた。
「あ、でも、今言った全部はいりませんからね?」
「そうか……」
今度はがっかりとした声が返ってきた。顔だけ見ているとわかりにくいが、声や纏う雰囲気から、本気でがっかりしていることがわかる。私はそれには気づかないふりをして、真剣に選び始めた。
カラフルなもの、淡い色のもの、同系色でまとめられたもの……どれもきれいで目移りする。何より日本の既製品と違って、まったく同じというものは存在しない。同じデザインであっても色合いや大きさなどが微妙に違っているから、ある程度絞ってからもさらに迷う。
「どれで迷ってる?」
「この白いピアスか、こっちの薄水色のか……」
ベイル様は私が示したピアスを手に取るを、そっと私の耳にあてがう。
「……両方買おう」
「え、それは駄目」
「何故?」
そんな贅沢できないというのもあるが、なんとなく二つ買うと価値が半分になってしまいそうな気がする。できれば一つだけのものを今日の思い出として大事にしたい。
「ええと、それは……。あ、あの! き、決めてもらってもいい、ですか?」
「私が決めてしまっていいのか?」
「ぜひ」
それからベイル様は真剣な表情で見比べて、白いほうを手に取った。
「では、これにしよう」
会計を済ませると、それをベイル様自らつけてくれる。
遠慮がちに、優しく耳に触れるベイル様の指。私の全神経が耳に集まってしまったかのようで、指が動くたびにゾクゾクとする。私はただただ息を詰めて、ベイル様がつけ終わるのを待った。
「うん、よく似合ってる」
「あ、ありがとうございます」
耳から離れていく熱。それを寂しく感じながらも、向けられる視線に気分は高揚する。束の間見つめ合い、はっと我に返って、視線を反らせた。
「あ、え、ええと、こ、このあとは――」
「あ、ああ。遅くなったが食事にしよう。すぐそばに山の幸を売りにした評判の店があるんだ」
気恥ずかしいけれど不快ではない。私はもう一度ベイル様と視線を合わせ、照れながら少しだけ笑った。
それから遅めの昼食をとって、また別のお店を冷かして――まだ日は高かったが移動に時間がかかるため、早々に馬車に乗って帰路に着く。
馬車の外へと視線を向ければ、すでにかなり遠くになってしまった丘に、点々と広がる白が見えた。
――うん。ベイル様に、返事をしよう。
0
お気に入りに追加
218
あなたにおすすめの小説
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
冤罪から逃れるために全てを捨てた。
四折 柊
恋愛
王太子の婚約者だったオリビアは冤罪をかけられ捕縛されそうになり全てを捨てて家族と逃げた。そして以前留学していた国の恩師を頼り、新しい名前と身分を手に入れ幸せに過ごす。1年が過ぎ今が幸せだからこそ思い出してしまう。捨ててきた国や自分を陥れた人達が今どうしているのかを。(視点が何度も変わります)
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
元侯爵令嬢は冷遇を満喫する
cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。
しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は
「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」
夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。
自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。
お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。
本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。
※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
お飾り公爵夫人の憂鬱
初瀬 叶
恋愛
空は澄み渡った雲1つない快晴。まるで今の私の心のようだわ。空を見上げた私はそう思った。
私の名前はステラ。ステラ・オーネット。夫の名前はディーン・オーネット……いえ、夫だった?と言った方が良いのかしら?だって、その夫だった人はたった今、私の足元に埋葬されようとしているのだから。
やっと!やっと私は自由よ!叫び出したい気分をグッと堪え、私は沈痛な面持ちで、黒い棺を見つめた。
そう自由……自由になるはずだったのに……
※ 中世ヨーロッパ風ですが、私の頭の中の架空の異世界のお話です
※相変わらずのゆるふわ設定です。細かい事は気にしないよ!という読者の方向けかもしれません
※直接的な描写はありませんが、性的な表現が出てくる可能性があります
【完結】初恋の彼が忘れられないまま王太子妃の最有力候補になっていた私は、今日もその彼に憎まれ嫌われています
Rohdea
恋愛
───私はかつてとっても大切で一生分とも思える恋をした。
その恋は、あの日……私のせいでボロボロに砕け壊れてしまったけれど。
だけど、あなたが私を憎みどんなに嫌っていても、それでも私はあなたの事が忘れられなかった──
公爵令嬢のエリーシャは、
この国の王太子、アラン殿下の婚約者となる未来の王太子妃の最有力候補と呼ばれていた。
エリーシャが婚約者候補の1人に選ばれてから、3年。
ようやく、ようやく殿下の婚約者……つまり未来の王太子妃が決定する時がやって来た。
(やっと、この日が……!)
待ちに待った発表の時!
あの日から長かった。でも、これで私は……やっと解放される。
憎まれ嫌われてしまったけれど、
これからは“彼”への想いを胸に秘めてひっそりと生きて行こう。
…………そう思っていたのに。
とある“冤罪”を着せられたせいで、
ひっそりどころか再び“彼”との関わりが増えていく事に──
愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。
私達、政略結婚ですから。
黎
恋愛
オルヒデーエは、来月ザイデルバスト王子との結婚を控えていた。しかし2年前に王宮に来て以来、王子とはろくに会わず話もしない。一方で1年前現れたレディ・トゥルペは、王子に指輪を贈られ、二人きりで会ってもいる。王子に自分達の関係性を問いただすも「政略結婚だが」と知らん顔、レディ・トゥルペも、オルヒデーエに向かって「政略結婚ですから」としたり顔。半年前からは、レディ・トゥルペに数々の嫌がらせをしたという噂まで流れていた。
それが罪状として読み上げられる中、オルヒデーエは王子との数少ない思い出を振り返り、その処断を待つ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる