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本編

6. 研磨姫は策を巡らす

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「王子ーーー! お待ちくださいませーーー! わたくしの原石様ーーー!!」

 同じクラスにエリオ王子がいると知って、ケイティの奇行は落ち着くかに思われたが、それははかない夢だった。
 授業中こそ、席に着くようになったが、休み時間は以前と大して変わりない。むしろ、タチの悪いストーカーになっていた。

「王子ーーー!!!」
「う、うわぁぁぁん、ヤダ、こ、怖いよーぅ」
「あ、殿下、危ない! 転びまっ」

 休み時間になった途端、教室を飛び出したエリオ王子。今日もケイティの魔の手から逃れようと走り出し――三秒もせずにバランスを崩した。
 そして転びかけた王子をさっと救済するのが護衛のジェス。護衛官だけあってその動きは機敏だ。

「殿下。お怪我はございませんか」

 そんな二人の正面で、ケイティは進路をふさぐように仁王立ちをする。

「フッフッフッ。王子、やっとわたくしの愛を受け取る覚悟ができましたのね!」
「黙れ、研磨姫! 今日という今日は許しません。危うく殿下が怪我をなさるところだったではありませんか!」

 元々虚弱体質のエリオ王子。日頃から体を動かしていないこともあり、その運動能力の低さはクラス内外問わず有名だ。
 ゆえに、エリオ王子を走らせるという危険行為をさせたケイティは、ジェスの敵であり、いつになく険悪な空気が醸し出されていた。


「……まぁ、転びますわよね」
「姫王子ですもの」
「ジェス様ナイスでしたわ。ああ、これで王子はジェス様に惚――」
「あんたはその腐った頭をどうにかしなさい」

 教室から首を出して見ているのはクラスメイトたち。
 新たな境地を開拓してしまった一名を除いたとしても、ケイティたちのやり取りは、もはや完全に愉快な見世物と化していた。


「大体、その手に持っているものは何ですか!」

 ジェスによる追及はまだ続いている。だが、対する研磨姫は相変わらずけろりとしていた。

「え、ハサミ?」
「え、ハサミ、ではありません。それは立派な凶器です。第三王子の殺害未遂で捕まえますよ」
「あら、殺意はありませんわ。ただ王子の鬱陶しい前髪を切りたかっただけですもの」
「そのような言い訳は通用しません。あなただって、わかっていたでしょう。追いかければ王子が転ぶと。あなたは初めから事故を装うつもりだった。違いますか?」
「ジェ――」
「何をおっしゃってるのやら。わたくしにはさっぱり、ですわ」

 二人を止めようとエリオ王子がささやかな努力を見せるものの、消え入りそうなほど小さなその声は、ケイティの声によってあっさりとかき消されてしまった。
 ジェスもジェスでむきになっているため、エリオ王子の様子には気づかない。エリオ王子は今にも倒れそうなほど顔を青ざめさせていたのだが。

「白々しい。転んだ殿下にそのまま突っ込んでいってグサリと刺すつもり――」
「ジェスっ」

 意を決して叫んだエリオ王子。その声は他の人の通常の音量よりも小さくはあったが、それでも何とか二人の耳に届いた。
 ジェスは慌てた様子で、背の低いエリオ王子に合わせて身をかがめ、ケイティはふんっと顔を背けながらうっすらと笑みを浮かべた。

「あ、あの……ジェス。怖いこと、言わない、で…ほしい、の……」
「申し訳ございません、殿下」
「うん。もう、いいよ。だから、早く戻ろ……?」
「殿下の仰せのままに。――チッ、運のいいやつめ。殿下に感謝するんだな」

 ジェスは捨て言葉と共に立ち上がる。だが――。

「お待ちなさい」
「……まだなにか?」
「一つ提案がありますの。おっしゃる通り危険なようですから、ひとまず、髪を切るのはあきらめようと思いますわ」

 それは、ケイティにとっては戦場で武器を放棄すると言うに等しい宣言だった。だが、その怪しさ満点の提案に、ジェスは眉を顰める。

「何考えて――」
「そのかわり! よろしいかしら? そのかわり、一日一回、わたくしとお茶をしてくださいませ。いかがです、王子」
「そ、それくらいなら――」
「いけません、殿下!」

 安易に頷くエリオ王子にジェスは慌てるが、時すでに遅し。返事はしっかりとケイティの耳に届いており、ケイティは満面の笑みを浮かべた。

「ありがとうございます、王子。楽しみにしておりますわ」
「く、まだ殿下は承諾してな――」
「あら、嘘はいけませんわよ。王子は快諾してくださったではありませんか。ねぇ? ふふっ、一介の護衛官ごときが口を挟まないでくださいまし」
「くそっ」

 こうして、エリオ王子とケイティの奇妙なお茶会は、開催が決定された。


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