上 下
35 / 53

いつも通りの日常?

しおりを挟む
 翌日。 
 フィオラは目を覚ますと普通に起き上がり、いつも通りに支度をはじめた。 

「ふぁあ~……あれ?今日もレイがいない」 

 寝惚け眼に部屋を見渡した。 
 最近、朝方にレイがいないことが多くなった気がする。 

「レイのくせに……朝帰りなんて」 

 知り合いがいるわけでもないのに、どこに行っているんだろう。とか思うが、今までフィオラは何となく聞けずにいた。 

「まあ、いっか」 

 そんなことより朝食だ。 
 簡単に着られるワンピースを頭から被るようにして着替える。フィオラは、この楽ちんワンピースがお気に入りだった。 
 今日の朝食は何だろう。などと考えながら部屋を出ると、何やら空気がざわめいている。 

「騒がしいな。何だろ」 

 騒がしいのは玄関の方だった。どうやら、誰かが来たらしい。 

 こんな朝から誰だよ。 

 そういえば、今朝はミーシャが来なかったということに今更気付く。
 来客の対応をしているのだろう。使用人が少ないのだから仕方ない。 

『公爵が帰還されたようですよ』 

「ぅわっ!びっくりした。いつからいたんだよ?!」 

『幽霊ではないのですから、そんなに驚かなくても……』 

「もうっ!心臓に悪いじゃんか」 

『ひどい……傷付くじゃないですか』 

 いつの間にか隣にいたレイに、驚いて飛び上がった。レイはレイで、フィオラの驚き方に驚いている。 
 無駄に心拍数を上げてくれたレイを、恨めしげにじっと見上げた。 

 どこに行ってたんだ? 

 そう問いただすくらい何でもないはずだった。
 でも、何故かフィオラはそれが出来ず、誤魔化すように話を変えた。 

「それより、ニコライが帰って来たって?何でだろ……予定ではもっと後じゃなかったかな」 

『まさかとは思いますが。フィオラ……あなた、昨日の事を忘れたのですか?』 

 ……昨日の事? 

 呆れ顔のレイに、一瞬ムッとなったが直ぐにハッとなる。 
 フィオラは、キンバリー嘘つき事件があった事をすっかりと忘れていた。 
 確かにヒューゴは、ニコライに連絡すると言っていた。近日中にニコライが帰って来るだろう。とも。 

「ま、まさかっ。忘れるわけないじゃん!ほらっ……いくらなんでも、早いなって事だよ」 

 フィオラは視線を泳がせた。どう見ても嘘である。 
 レイは、じっとりとフィオラを見たあと、大袈裟な溜め息を吐く。 

『よく……忘れられますね』 

 フィオラとて、今回の事件にショックを受けていないわけではない。だが、一晩寝たら忘れてしまったのだから仕方がない。 
 レイのジト目に居た堪れず、フィオラはずんずんと廊下を歩いた。 

「ほんと、この屋敷って広いよな……」 

 何かしらを誤魔化すように、どうでもいい事を言いながら歩く。 
 実際に屋敷は広かった。長い廊下を歩きフィオラが玄関に到着する頃には、そこには誰の姿もなくなっていた。 
 柄にもなくニコライの出迎えをしようと思っていたフィオラを迎えたのはミーシャだった。 

「お嬢様、お早いですね。今、お迎えに上がろうかと思っていたのですよ」 

 ミーシャは少し驚いていたが、既に朝食の準備は整っているらしく、そのまま食堂へ向かった。 
 てっきりそこにニコライもいるものだと思っていたが、テーブルに準備されていたのは一人分だった。 

「どうかされましたか?」 

 微妙な表情でテーブルを見つめたまま立っているフィオラを不審に思ったのか、ミーシャが心配そうに声を掛けた。 

「公爵が……帰って来たって?」 

「えっ、何で知ってるのですか?」 

「ぅっ、ええと……」 

 ミーシャが目を丸くさせている。 
 レイから聞いただけで、フィオラはニコライと遭遇していない。もごもごと誤魔化しながら席につく。 
 しまったと思ったが、ミーシャは少し驚いただけで、特に気にする様子もなかった。が、何かを察した様に、ぱぁあっと顔を輝かせた。 

「何分、早い時間でしたので、この時間にお嬢様にご報告しようと思っていたのですが……旦那様でしたら、今は地下牢の様子を見に行かれてますよ」 

 ミーシャがスープをサーブしながらウィンクしている。 うきうきした口調と、地下牢というワードがどこか合っていないと感じるのは気の所為だろうか。 

「……そ、そっか」 

 何故ミーシャが浮かれた様子なのか分からないまま、フィオラはパンをちぎって口に運んだ。 

 それにしても、ライも……少し休めば良いのに。 

 地下牢の様子とは、キンバリーに会いに行ったのだろうが、きっと相当早い時間にこちらに向かったに違いないのだ。 

 そもそも、昨日の今日で帰って来られるなんて……割と近場にいたんだな。 

 フィオラは口をもぐもぐさせながらパンをちぎり、何となく隣に立っているレイを見上げて、はっとなった。 

「……あ」 

『ん?』 

「お嬢様?」 

 レイを見たまま、フィオラは思考の波にのまれていた。 
 パンをちぎったフィオラの手が、とぷんとそのままスープにダイブする。 
 明後日の方向を向いたまま動かないフィオラに、ミーシャは異変を感じ眉を顰め、レイはフィオラの目の前で手をひらひらとさせた。しかし、フィオラは反応しない。 

 ニコライがキンバリーの言葉の方を信じてしまったらどうしよう!! 

 首を傾げている二人をよそに、フィオラの顔が、さぁーっと、青くなる。 
 しかし、それは大いに考えられた。何故なら、キンバリーはニコライの部下。きっと付き合いも長いだろう。 それに対し、フィオラは最近出会ったばかりの、よくわからない醜女。 

「ぅ、うぬぬ……しこ、め、だとぉ?」 

『んん?』 

「お、お嬢様?」 

 フィオラはちぎったパンをスープにつけ込んだまま唸っている。フィオラは勝手にした自虐に、勝手に怒っていたが、落ち着かせようと息を吐いた。 

 私、ここから追い出されるんかな? 

 しかし、黙ったままのフィオラのその思いは、当然目の前の二人には伝わっていなかった。 
 その情緒不安定な様子に、「お通じがないのかしら」と、ミーシャが明後日の方向に心配していたなどフィオラは知る由もなかった。








しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

残滓と呼ばれたウィザード、絶望の底で大覚醒! 僕を虐げてくれたみんなのおかげだよ(ニヤリ)

SHO
ファンタジー
15歳になり、女神からの神託の儀で魔法使い(ウィザード)のジョブを授かった少年ショーンは、幼馴染で剣闘士(ソードファイター)のジョブを授かったデライラと共に、冒険者になるべく街に出た。 しかし、着々と実績を上げていくデライラとは正反対に、ショーンはまともに魔法を発動する事すら出来ない。 相棒のデライラからは愛想を尽かされ、他の冒険者たちからも孤立していくショーンのたった一つの心の拠り所は、森で助けた黒ウサギのノワールだった。 そんなある日、ショーンに悲劇が襲い掛かる。しかしその悲劇が、彼の人生を一変させた。 無双あり、ザマァあり、復讐あり、もふもふありの大冒険、いざ開幕!

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!

芽狐
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️ ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。  嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる! 転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。 新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか?? 更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

生贄公爵と蛇の王

荒瀬ヤヒロ
ファンタジー
 妹に婚約者を奪われ、歳の離れた女好きに嫁がされそうになったことに反発し家を捨てたレイチェル。彼女が向かったのは「蛇に呪われた公爵」が住む離宮だった。 「お願いします、私と結婚してください!」 「はあ?」  幼い頃に蛇に呪われたと言われ「生贄公爵」と呼ばれて人目に触れないように離宮で暮らしていた青年ヴェンディグ。  そこへ飛び込んできた侯爵令嬢にいきなり求婚され、成り行きで婚約することに。  しかし、「蛇に呪われた生贄公爵」には、誰も知らない秘密があった。

【短編】冤罪が判明した令嬢は

砂礫レキ
ファンタジー
王太子エルシドの婚約者として有名な公爵令嬢ジュスティーヌ。彼女はある日王太子の姉シルヴィアに冤罪で陥れられた。彼女と二人きりのお茶会、その密室空間の中でシルヴィアは突然フォークで自らを傷つけたのだ。そしてそれをジュスティーヌにやられたと大騒ぎした。ろくな調査もされず自白を強要されたジュスティーヌは実家に幽閉されることになった。彼女を公爵家の恥晒しと憎む父によって地下牢に監禁され暴行を受ける日々。しかしそれは二年後終わりを告げる、第一王女シルヴィアが嘘だと自白したのだ。けれど彼女はジュスティーヌがそれを知る頃には亡くなっていた。王家は醜聞を上書きする為再度ジュスティーヌを王太子の婚約者へ強引に戻す。 そして一年後、王太子とジュスティーヌの結婚式が盛大に行われた。

騎士志望のご令息は暗躍がお得意

月野槐樹
ファンタジー
王弟で辺境伯である父を保つマーカスは、辺境の田舎育ちのマイペースな次男坊。 剣の腕は、かつて「魔王」とまで言われた父や父似の兄に比べれば平凡と自認していて、剣より魔法が大好き。戦う時は武力より、どちらというと裏工作? だけど、ちょっとした気まぐれで騎士を目指してみました。 典型的な「騎士」とは違うかもしれないけど、護る時は全力です。 従者のジョセフィンと駆け抜ける青春学園騎士物語。

処理中です...