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「あ、アーデルハイド様? 」
ベッドを覗きこむ顔を前にリーゼロッテは声を上げる。
「どうしてここに? こんなに早くから? 」
「ごめんなさい、あまりぐずぐずしていると出られなくなってしまうから、少し早めに出てきてしまって。
まさかまだお休みだとは思わなくて…… 」
アーデルハイドはベッドから下りるリーゼロッテに手を貸してくれる。
「わたしに何か御用でも? 」
何か約束でもしていたのではないかとリーゼロッテの脳裏に不安がよぎる。
「いいえ、お約束はしていませんわ。
ただ、リーゼロッテ様が退屈なさっているだろうから、お相手にいってあげなさいと夫から言い付かりましたの」
笑みを浮かべてアーデルハイドは言う。
「そんな、それじゃ申し訳ないわ。
アーデルハイド様だって、子供達の世話でお忙しいのに」
ヴェルナーの心遣いは嬉しいけど、子供達に淋しい思いをさせるのは忍びなくてリーゼロッテは声をあげる。
「大丈夫ですわ。
子供達の面倒を見てくれる者は常時おりますし。
却って時々はわたくしがいないほうが子供達も喜びますの。
羽を伸ばして騒ぎまわっても怒られませんでしょ? 」
リーゼロッテに気を使わせないようにとでも言うようにアーデルハイドは笑みを浮かべた。
でも退屈していたのは事実だ。
あの日以来乳母は目を吊り上げて何処にでもついてくる。
少しでも目を離せばまた誰かに連れ出されては適わないとでも言うように。
おかげで城外どころか庭への散歩さえ制限される始末だ。
それを見通したかのようなヴェルナーの配慮はとても嬉しい。
「……ありがとう」
手元にあったぬいぐるみを引き寄せてそれを抱きしめながらリーゼロッテはアーデルハイドを見上げる。
「それですか? 先日のぬいぐるみ」
「お話聞いたのね。
きっと呆れられてたわよね。ヴェルナー様。
ぬいぐるみも知らなかったなんて」
恥ずかしくてリーゼロッテはくまの背中に顔を埋めた。
「いいえ。
お国の事情ですもの仕方がないって言ってましたわ。
却ってあんなものを持ち帰って乳母様にまた小言を言われたんじゃないかってご心配なさっていましたわ」
「ううん。
子供のおもちゃにそんなに喜んでって笑われたけど、本当に嬉しかったの」
その時のことを思い出すとまた自然と顔が綻ぶ。
「さぁさ、姫様。
いつまでもそのようなお姿でいないで早くお着替えになってくださいな」
側に控えていた乳母が遠慮がちに促した。
「では、わたくしは先にダイニングに行っていますわ。
朝食をご一緒いたしましょう」
ふわりとした笑みを浮かべ優雅な足取りでアーデルハイドは部屋を出て行った。
手にしたお茶のカップを傾けると、豊かな香りが口の中に広がる。
「……おいしい! 」
カップの中で揺れる澄んだ水色を目にリーゼロッテは声をあげる。
「お気に召していただいて何よりですわ」
ティーポットを手にアーデルハイドが笑みを浮かべた。
「これ、何処の銘柄?
いつものとは違うみたいだけど」
首をかしげて箱を見る。
「いつもリーゼロッテ様がお召し上がりになっているものと同じですわ」
「そうなの? 随分味が違うように感じたんだけど」
「淹れ方なんですよ。
奥様は本当にお茶を入れるのが上手で、私共も近づけるように努力しているのですが、なかなか…… 」
いつもお茶を淹れてくれる若いメイドが苦笑いをこぼした。
「ごめんなさい!
あなたの淹れてくれるお茶がおいしくないわけじゃないのよ。
だけどこれは別格って言うか…… 」
リーゼロッテは慌てて言う。
「恐れ入ります」
メイドは目を伏せて押し黙る。
悪いことを言ってしまったのかも知れない。
リーゼロッテは視線を落す。
「それにしてもリーゼロッテ様も大変ですね。
こんなところに来てもお勉強だなんて」
重苦しくなってしまった空気を払おうとするかのようにアーデルハイドが言う。
「あ、ごめんなさい。
わたしの勉強にまでつき合わせてしまって…… 」
顔を起こすとリーゼロッテはアーデルハイドを見上げた。
「ミス・スワンったらこんな時にも休ませてくれないんだもの」
「いいえ、楽しかったですわ。
正直、帝国の皇女様がどんなお勉強をなさっているのか興味もありましたの」
アーデルハイドは満足そうに頷く。
「ごく普通でつまらなかったでしょ? 」
リーゼロッテは手にしたカップを傾ける。
「いいえ、あまりに多岐に渡っていて驚きました。
わたしがリーゼロッテ様なら音を上げそうです」
同じようにアーデルハイドがカップを傾ける背後で不意にドアが開いた。
「姫君、今日のエスコートは…… 」
メイドが開けたドアを潜りヴェルナーが大またで窓辺に置かれたティーテーブルに歩み寄ってくる。
それを出迎えるようにアーデルハイドが慌てて立ち上がった。
「今日はご苦労だったね」
妻の耳もとでヴェルナーが声を抑えて囁いた。
その光景を目にしただけでリーゼロッテの胸が絞られる。
「それで、今日の晩餐会のエスコート。
俺でいいか? 」
次いでヴェルナーはリーゼロッテに向き直る。
「えっと、あの…… 」
思っても見なかった言葉にリーゼロッテは男の顔を呆然と見上げた。
確かに今夜はクリーゼル公爵邸の晩餐会の予定が入っている。
いつもなら城内で行われる以外の催し物への招待は皆断っているのだが、クリーゼル公爵が前王弟と言うことで、断ることができなかった。
そのパートナーを王子の誰かにとお願いしておいた。
「俺じゃ、何か不都合でも? 」
戸惑ったままのリーゼロッテの反応に、ヴェルナーが訊いてくる。
「そうじゃないんだけど、てっきりヴィクトール様が勤めて下さるとばかり思っていたから……
ヴェルナー様にはきちんとパートナーがいらっしゃるし…… 」
言いながら視線をアーデルハイドに向ける。
「それなら、心配しなくていい。
どうせこいつは出席しないし」
決まりきったことのようにヴェルナーは言う。
「でもっ…… 」
アーデルハイドのことだ。
きっと自分の為に出席を断ったのだろう。
そう思うと心苦しい。
「気にするなよ。
こいつちょっと事情があって、そういう公の席にはめったに出ないんだ。
顔を出すと必ず騒ぎになる」
「あ…… 」
そういえば、以前ウルリヒがそんなことを言っていた。
「そういうことですの。
だから、リーゼロッテ様はわたくしを気にする必要はありませんわ。
むしろ、助かります」
アーデルハイドは柔らかな笑みを浮かべる。
「じゃぁ……
旦那様お借りしますね」
まだ軽い罪悪感を抱えながら、おずおずとリーゼロッテは口にする。
「じゃ、そろそろ身支度に掛かってもらっても?
それから、君はいい加減帰らないと。子供達が待っているよ」
ヴェルナーはそれぞれに声を掛ける。
その言葉を受けて、側に控えていたメイドが慌てて動き出した。
「じゃ、リーゼロッテ様。
楽しんでいらしてくださいね」
メイドとは反対にアーデルハイドはゆったりと腰を上げた。
「うん。
今日はありがとう。楽しかったわ」
身支度に手を貸そうと飛び込んできた乳母を目にリーゼロッテはアーデルハイドを送り出した。
夜半過ぎ一台の馬車が城のエントランスに滑り込む。
開けられたドアから身を乗り出しリーゼロッテは身を竦めた。
さすがにこの時間になると空気が冷えてきて剥き出しの肌を刺す。
「姫君…… 」
「あ、ありがとう」
差し出されたヴェルナーの手を取って馬車を降りる。
「今夜はどうだった? 」
乱れたドレスの裾を軽く直してリーゼロッテはヴェルナーの顔を見上げた。
月の光に浮かび上がるその整った顔はやはり何か人をひきつけて止まない雰囲気をかもし出している。
そのせいで思わず目が離せなくなってしまいそうだ。
ベッドを覗きこむ顔を前にリーゼロッテは声を上げる。
「どうしてここに? こんなに早くから? 」
「ごめんなさい、あまりぐずぐずしていると出られなくなってしまうから、少し早めに出てきてしまって。
まさかまだお休みだとは思わなくて…… 」
アーデルハイドはベッドから下りるリーゼロッテに手を貸してくれる。
「わたしに何か御用でも? 」
何か約束でもしていたのではないかとリーゼロッテの脳裏に不安がよぎる。
「いいえ、お約束はしていませんわ。
ただ、リーゼロッテ様が退屈なさっているだろうから、お相手にいってあげなさいと夫から言い付かりましたの」
笑みを浮かべてアーデルハイドは言う。
「そんな、それじゃ申し訳ないわ。
アーデルハイド様だって、子供達の世話でお忙しいのに」
ヴェルナーの心遣いは嬉しいけど、子供達に淋しい思いをさせるのは忍びなくてリーゼロッテは声をあげる。
「大丈夫ですわ。
子供達の面倒を見てくれる者は常時おりますし。
却って時々はわたくしがいないほうが子供達も喜びますの。
羽を伸ばして騒ぎまわっても怒られませんでしょ? 」
リーゼロッテに気を使わせないようにとでも言うようにアーデルハイドは笑みを浮かべた。
でも退屈していたのは事実だ。
あの日以来乳母は目を吊り上げて何処にでもついてくる。
少しでも目を離せばまた誰かに連れ出されては適わないとでも言うように。
おかげで城外どころか庭への散歩さえ制限される始末だ。
それを見通したかのようなヴェルナーの配慮はとても嬉しい。
「……ありがとう」
手元にあったぬいぐるみを引き寄せてそれを抱きしめながらリーゼロッテはアーデルハイドを見上げる。
「それですか? 先日のぬいぐるみ」
「お話聞いたのね。
きっと呆れられてたわよね。ヴェルナー様。
ぬいぐるみも知らなかったなんて」
恥ずかしくてリーゼロッテはくまの背中に顔を埋めた。
「いいえ。
お国の事情ですもの仕方がないって言ってましたわ。
却ってあんなものを持ち帰って乳母様にまた小言を言われたんじゃないかってご心配なさっていましたわ」
「ううん。
子供のおもちゃにそんなに喜んでって笑われたけど、本当に嬉しかったの」
その時のことを思い出すとまた自然と顔が綻ぶ。
「さぁさ、姫様。
いつまでもそのようなお姿でいないで早くお着替えになってくださいな」
側に控えていた乳母が遠慮がちに促した。
「では、わたくしは先にダイニングに行っていますわ。
朝食をご一緒いたしましょう」
ふわりとした笑みを浮かべ優雅な足取りでアーデルハイドは部屋を出て行った。
手にしたお茶のカップを傾けると、豊かな香りが口の中に広がる。
「……おいしい! 」
カップの中で揺れる澄んだ水色を目にリーゼロッテは声をあげる。
「お気に召していただいて何よりですわ」
ティーポットを手にアーデルハイドが笑みを浮かべた。
「これ、何処の銘柄?
いつものとは違うみたいだけど」
首をかしげて箱を見る。
「いつもリーゼロッテ様がお召し上がりになっているものと同じですわ」
「そうなの? 随分味が違うように感じたんだけど」
「淹れ方なんですよ。
奥様は本当にお茶を入れるのが上手で、私共も近づけるように努力しているのですが、なかなか…… 」
いつもお茶を淹れてくれる若いメイドが苦笑いをこぼした。
「ごめんなさい!
あなたの淹れてくれるお茶がおいしくないわけじゃないのよ。
だけどこれは別格って言うか…… 」
リーゼロッテは慌てて言う。
「恐れ入ります」
メイドは目を伏せて押し黙る。
悪いことを言ってしまったのかも知れない。
リーゼロッテは視線を落す。
「それにしてもリーゼロッテ様も大変ですね。
こんなところに来てもお勉強だなんて」
重苦しくなってしまった空気を払おうとするかのようにアーデルハイドが言う。
「あ、ごめんなさい。
わたしの勉強にまでつき合わせてしまって…… 」
顔を起こすとリーゼロッテはアーデルハイドを見上げた。
「ミス・スワンったらこんな時にも休ませてくれないんだもの」
「いいえ、楽しかったですわ。
正直、帝国の皇女様がどんなお勉強をなさっているのか興味もありましたの」
アーデルハイドは満足そうに頷く。
「ごく普通でつまらなかったでしょ? 」
リーゼロッテは手にしたカップを傾ける。
「いいえ、あまりに多岐に渡っていて驚きました。
わたしがリーゼロッテ様なら音を上げそうです」
同じようにアーデルハイドがカップを傾ける背後で不意にドアが開いた。
「姫君、今日のエスコートは…… 」
メイドが開けたドアを潜りヴェルナーが大またで窓辺に置かれたティーテーブルに歩み寄ってくる。
それを出迎えるようにアーデルハイドが慌てて立ち上がった。
「今日はご苦労だったね」
妻の耳もとでヴェルナーが声を抑えて囁いた。
その光景を目にしただけでリーゼロッテの胸が絞られる。
「それで、今日の晩餐会のエスコート。
俺でいいか? 」
次いでヴェルナーはリーゼロッテに向き直る。
「えっと、あの…… 」
思っても見なかった言葉にリーゼロッテは男の顔を呆然と見上げた。
確かに今夜はクリーゼル公爵邸の晩餐会の予定が入っている。
いつもなら城内で行われる以外の催し物への招待は皆断っているのだが、クリーゼル公爵が前王弟と言うことで、断ることができなかった。
そのパートナーを王子の誰かにとお願いしておいた。
「俺じゃ、何か不都合でも? 」
戸惑ったままのリーゼロッテの反応に、ヴェルナーが訊いてくる。
「そうじゃないんだけど、てっきりヴィクトール様が勤めて下さるとばかり思っていたから……
ヴェルナー様にはきちんとパートナーがいらっしゃるし…… 」
言いながら視線をアーデルハイドに向ける。
「それなら、心配しなくていい。
どうせこいつは出席しないし」
決まりきったことのようにヴェルナーは言う。
「でもっ…… 」
アーデルハイドのことだ。
きっと自分の為に出席を断ったのだろう。
そう思うと心苦しい。
「気にするなよ。
こいつちょっと事情があって、そういう公の席にはめったに出ないんだ。
顔を出すと必ず騒ぎになる」
「あ…… 」
そういえば、以前ウルリヒがそんなことを言っていた。
「そういうことですの。
だから、リーゼロッテ様はわたくしを気にする必要はありませんわ。
むしろ、助かります」
アーデルハイドは柔らかな笑みを浮かべる。
「じゃぁ……
旦那様お借りしますね」
まだ軽い罪悪感を抱えながら、おずおずとリーゼロッテは口にする。
「じゃ、そろそろ身支度に掛かってもらっても?
それから、君はいい加減帰らないと。子供達が待っているよ」
ヴェルナーはそれぞれに声を掛ける。
その言葉を受けて、側に控えていたメイドが慌てて動き出した。
「じゃ、リーゼロッテ様。
楽しんでいらしてくださいね」
メイドとは反対にアーデルハイドはゆったりと腰を上げた。
「うん。
今日はありがとう。楽しかったわ」
身支度に手を貸そうと飛び込んできた乳母を目にリーゼロッテはアーデルハイドを送り出した。
夜半過ぎ一台の馬車が城のエントランスに滑り込む。
開けられたドアから身を乗り出しリーゼロッテは身を竦めた。
さすがにこの時間になると空気が冷えてきて剥き出しの肌を刺す。
「姫君…… 」
「あ、ありがとう」
差し出されたヴェルナーの手を取って馬車を降りる。
「今夜はどうだった? 」
乱れたドレスの裾を軽く直してリーゼロッテはヴェルナーの顔を見上げた。
月の光に浮かび上がるその整った顔はやはり何か人をひきつけて止まない雰囲気をかもし出している。
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