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3・一振りの剣を手に
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しおりを挟む人気のない道を歩いていると、突然黒い鳥が突進してくる。
「うわっ! 」
声をあげ襲い掛かってきた鳥の攻撃からアースは身を交わす。
「これで何羽目だ?
気が立ってるにしたって程があるだろう。
それとも錯乱してるのか? 」
子を護るときのように執拗という訳ではないが、動くものにたいして闇雲に攻撃を仕掛ける鳥の数をアースは指を折って確認する。
こんな状況でも、力を持たない人間の目に見える妖魔の姿はごく僅かだ。
ぼんやりと視界が曇ったようにしか見えないはず。
しかし、この鳥の異常行動に恐れをなしてか、マーケット同様往来にもほとんど人の姿がない。
ただ気を抜いてぼんやりと歩いていると、さっきのように鳥の翼に顔面を直撃される。
「もし…… 」
ひっきりなしに視界を横切る鳥を腕で振り払いながら先を急いでいると、突然声を掛けられた。
「んぁ? 」
細長い布包みを抱え、何か言いたそうな中年男の様子にアースは足を止めた。
つられてヴレイも立ち止まる。
一見穏かそうだが、どこか掴み所のない妙な雰囲気をもった男に面識はなく、アースは頭を捻った。
「だれだ? 」
もしかしてヴレイの知り合いかと思い視線を送る。
「恐らくは魔術師か、その弟子か。
ただ、それを生業にはしていなさそうだが」
ヴレイが目を細める。
「恐れ入ります。
大変ぶしつけですが、『夢使いの魔女』のお連れの方でしょうか? 」
男は一つ頭を下げたあと訊いてくる。
「『夢使いの魔女』って誰だ? 」
アースが訊き返す。
「間違っていたら申し訳ありません。
銀の髪のかわいらしい魔女さんをご存知ではありませんか? 」
「って、アイツのことか?
でも、アイツ『夢使いの魔女』じゃなくって、ま…… もごっ」
言いかけたアースの口は突然呟かれたヴレイの呪文でふさがれた。
思考は普通だが、声が出ないだけでなく躯が動かない。
「確かにそうだが。
何か用でも? 」
アースの口を塞いだままヴレイが答えた。
「これを……
お届けにあがりました。
お約束の品物です」
男は抱えていた細長い包みを差し出す。
「頼んだ憶えはないが? 」
「実はですね。
先日お嬢さんが当店にお見えになりまして、この剣をご所望になったのですが。
一足先に売れてしまいまして。
返品がきた場合には必ずお譲りしますとお約束していたものですから」
「知らぬな」
ヴレイが不満そうに片眉を寄せる。
妙なやり取りだけが耳に入りアースは躯を縛る呪文に抵抗してみるが無駄のようで、指先ひとつ動かすことができない。
「お約束の証文もございますよ」
男はアースの腰の辺りを指差す。
それを受けヴレイが背後で指を鳴らした。
「ん、げっ…… 」
言いかけていた続きの言葉を二三音吐いてから、アースは男の指差した腰のポケットを自由になった手で探る。
その指先がカサリと何か乾いたものの感触を捉えた。
つまみ出すと一枚の紙片が丁寧に折りたたまれている。
「何だ、これ? 」
呟いて広げると、紙片はかすかに魔力の気配がする。
先ほどの男の言葉と共に、少女と男のものと思われる見慣れぬ名前のサインが書き連ねてあった。
「また、アイツの買い物かよ? 」
アースが不満の声をあげた。
「……確かに」
それをアースの肩越しに覗き込んでヴレイが顔をあげた。
「法術をもっての契約とは。
これでは惚ける訳にはいかなそうだな」
「いえ、それはお約束を縛るものではなくて、居場所を特定するためのものでしたので。
お気に召さなければお買い上げいただかなくても結構なのですが」
言いながら男は包みを開く。
中から出てきた大ぶりの剣を良く見せるように差し出した。
男の口調はあくまでも丁寧だが、どこか否と言わせない雰囲気を漂わせている。
「いくらだ? 」
諦め半分のため息をついてヴレイが財布を引っ張り出す。
「さしあたりこれだけいただければ」
ヴレイが掌に乗せた金貨の一部を男は摘み上げた。
「これだけの品物だ。
それでは少なかろう」
明らかに魔剣とわかる品物を目にヴレイが言う。
「お嬢さんからは先日、実にいいものを買い取らせていただきました。
実は破格の値でそれが売れましたので。
それと、こんな時に有効な手段を出し惜しみしたとあっては魔道具商の名に関わりますので、お気遣いなく」
空を見渡して男は頷いた。
「なら、これでいいか? 」
ヴレイは男のつまみ出した金貨の他にもう五枚差し出す。
「ちょっと待て、ヴレイ。
なんだって、アイツの買い物に俺達の財産渡さなくちゃならないんだ? 」
アースは慌てて声をあげた。
「ああ、もう。
この先の宿代とか、食事代とかどうするんだよ。
あんたってそう言うの考えないとこあるよな? 」
アースは頭をかきむしる。
「そう言うな。
この金貨の半分以上はあれの稼いだものだ。
宿や食事の費用はその場で何とかすれば言いだけの話だろう」
「うっ」
それを言われると、反対の言葉が出ない。
正直今回仕事がなくほとんど稼ぎのなかったのは自分だ。
アースは仕方なく口を閉じた。
「わざわざ届けさせて、悪かった」
「いえ、使い時は今かと思いましたもので……
良いお取引をさせていただきありがとうございました。
それでは私はこれで。
ご武運をお祈りしております」
男は剣をヴレイに手渡すと深深と頭を下げたかと思ったら、次の瞬間まるでこの場からかき消えるように姿を消していた。
「本当にいいのかよ?
あんな得体の知れない男の言いなりに買い物なんかして」
「アレが欲したのだ。
この先必ず必要になるものだぞ。
無駄にはならない」
男の姿を捜すでもなく言うアースにヴレイは先ほど男から受け取った剣を差し出してくる。
「持っていろ。
お前のものだ」
「俺じゃ、なくてあいつのだろ?
俺は嫌だぜ。
こんな得体の知れない物、持つだけで昼間からアイツに入れ替わられそうだ」
胡散臭そうにアースは眉根を寄せた。
「持っておいて損はないと思うがな」
ヴレイはアースをひと睨みすると呟いて再び歩き出した。
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