上 下
33 / 49
2・囚われた先で、

- 11 -

しおりを挟む


「早いところ、これ外してもらっていい? 
 もう身体中痛いのよ」
「あ、ああ」
 声に促されヴレイは少女の背後に駆け寄った。
「これ毒よ。あんまり吸わないほうがいいわ」 
 耳もとに寄せられたヴレイの顔に少女は囁いた。
「ああ、わかっている。
 それにしても、珍しい様だな」
 取り出した小刀で少女を拘束するロープを切りながら言う。
「わたしのせいじゃないわよ。
 アースが鼻の下伸ばして、ぼんやりしているから」
 少女は正面に立つ女に視線を送った。
「誰だ? 」
 見知らぬ女の姿にヴレイは首を傾げる。
「ティフィカさん」
「いや、名前なんかどっちでもいい。
 どういう立場の人間なんだ? 
 何故ここにいる? 」
 ヴレイの言葉に少女が笑みを漏らす。
「何だ? 」
「その反応アースとそっくり。
 ご領主の第三妃なんですって」
 戒めを解かれた少女は立ち上がると確認するように腕を上げ、付いてしまった傷を労わるように舌を這わせる。
「な、ぜ…… 
 どうして? 」
 呆然と少女の顔を見ながら女は呟いた。
「だから無駄だといったはずよ」
 その女を見据えて少女はきっぱりと言い切る。
「儀式は完璧だったはずよ。
 あの方の言った通りに、なにひとつ間違えなくやったわ。
 なのに、何故? 」
 言葉と共に女は自分の胸を掴みその場に蹲る。
 苦痛からかその整った顔をゆがめ呼吸を荒くする。
 抜けるように白い肌が指の先から褐色に染まって行く。
「ひっ…… 」
 それを目に女は狂ったかのように自分の腕を激しく撫で擦り振り払おうとする。
「助けて! 
 何かがわたくしの中にっ…… 
 いやぁ! 」
 女の口から悲鳴が上がる。
「助け…… 」
 僅かな希望にすがるかのように女は少女に弱々しく手を伸ばす。
「残念だけど、無理よ。
 あなたこれを下ろしてしまったんだもの」
 その姿を少女は冷静に見据えていた。
「おい、何が起こったんだ? 」
 訳がわからずヴレイは動きが取れずに訊く。
「この人ね、わたしにここの神様を下ろそうとしたのよね」
「おまえの身体にか? 」
 ヴレイは呆れたように目を見開く。
「ろくに調べもしないで男にも女にもなれる適当な人材だって勘違い? したみたい」
 少女は首を傾げながら言う。
「それは…… 
 無謀だな」

「莫迦だと思わない? 
 この身体に宿れる訳ないのに。
 アースの身体にわたしがいるから見た目が変わるんじゃない。
 これはね、わたしが貰った供物なの。
 わたしのものなのよ。
 むしろアースの人格が残っているほうが不思議なんだから」
 女に向かって少女は言い放つ。
「いつもの奴らのようにルナの持つ魔力だけで我慢しておけばよかったものを」
「それは、それで迷惑だけどね」
 少女は苦い顔をする。
「どうしても肉体が欲しかったみたいよ」
「精神体がこの世にとどまろうと思ったら、肉体に入るしかないからな」
 ヴレイは納得して頷く。
「それで、お前に降りようとしてはじかれた。か…… 」
「それでね、入るところが無かったものだから手近な身体にもぐりこんだみたいなのよね」
「おい、そんな他人事みたいに言っていていいのか。
 不味いぞ、絶対。
 この女に乗り移った者を、ルナ、今『神』だって言ったよな? 
 おまえのことだからわかっていると思うが、ここの神というのは祀られることなく放置されたことで悪霊に戻りかけている厄介な奴だ」
 焦りに任せて言うヴレイの額から汗が滴り落ちた。
「だから、何? 」
 少女は冷めた視線を焦るヴレイに送る。
「わたしには関係ないもの。
 帰りましょう、ヴレイ」
 くるりと振り返ると、少女は先ほどヴレイの降りてきた階段の方へ足を向けた。
「悪霊が肉体を持つと言うことが、どういう結果をもたらすか知らないわけではなかろう」
 ヴレイは腕を伸ばすと少女の手首を掴み引き止めた。
「それだったら、ヴレイだって知っているでしょう? 
 こういった怨念持ちの魂をなだめられるのは、その怨念に関わった系譜の者で無ければ駄目だってこと。
 わたしじゃ役不足よ」
「無関係みたいに言うがな、無関係じゃいられなくなっているんだよ」
 ヴレイは唸るような声をあげた。
「嘘。
 もしかして引き受けちゃったのぉ? 」
 あからさまに呆れた顔を少女は浮かべる。
「それ、もっと早く言ってよね。
 もう少しだけ早ければ手が打てたのに、もう手遅れよぉ」
 全身を走る痛みからだろうか、それとも美しかった自分の姿が強制的に変えられてゆく嫌悪感からか、床をのた打ち回る女を目に少女が呟く。
「確かに、今手を出すことが一番危険だが」
 ヴレィは戸惑った顔で、床の上にすでに動かなくなりつつある女を見る。
 雪のように白い肌は褐色に染まり、闇で染めたような見事な黒髪はまるで霜を置いたかのように白く色を変えている。
 振り乱されたその髪でよく見えないが、恐らく顔つきも変化しているだろう。
 換わり行く容貌を見つめているヴレイの目の前で突然女はその身体を二三度大きく痙攣させた。
 そして先ほどまで痛みからか硬く閉じ合わせていた瞼を、しっかりと開く。
 ゆっくりと大きな動作で身体を起こすと、立ち上がった。
 初めての場所を観察するように周囲を見渡す紅い瞳が自分自身の手に向けられる。
「…… 」
 目の前にかざした手を握り締め、ゆっくりと開いた後あげた顔は歓喜に満ちていた。
 
『ツイニテニイレタゾ…… 』
 遥か昔の神の言葉で呟く。
 その声は先程までの女の物ではなかった。
『セキネンノ、怨ミガコレデハタセル』
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

[恥辱]りみの強制おむつ生活

rei
大衆娯楽
中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。 保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

〈完結〉妹に婚約者を獲られた私は実家に居ても何なので、帝都でドレスを作ります。

江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」テンダー・ウッドマンズ伯爵令嬢は両親から婚約者を妹に渡せ、と言われる。 了承した彼女は帝都でドレスメーカーの独立工房をやっている叔母のもとに行くことにする。 テンダーがあっさりと了承し、家を離れるのには理由があった。 それは三つ下の妹が生まれて以来の両親の扱いの差だった。 やがてテンダーは叔母のもとで服飾を学び、ついには? 100話まではヒロインのテンダー視点、幕間と101話以降は俯瞰視点となります。 200話で完結しました。 今回はあとがきは無しです。

名前を書くとお漏らしさせることが出来るノートを拾ったのでイジメてくる女子に復讐します。ついでにアイドルとかも漏らさせてやりたい放題します

カルラ アンジェリ
ファンタジー
平凡な高校生暁 大地は陰キャな性格も手伝って女子からイジメられていた。 そんな毎日に鬱憤が溜まっていたが相手が女子では暴力でやり返すことも出来ず苦しんでいた大地はある日一冊のノートを拾う。 それはお漏らしノートという物でこれに名前を書くと対象を自在にお漏らしさせることが出来るというのだ。 これを使い主人公はいじめっ子女子たちに復讐を開始する。 更にそれがきっかけで元からあったお漏らしフェチの素養は高まりアイドルも漏らさせていきやりたい放題することに。 ネット上ではこの怪事件が何らかの超常現象の力と話題になりそれを失禁王から略してシンと呼び一部から奉られることになる。 しかしその変態行為を許さない美少女名探偵が現れシンの正体を暴くことを誓い…… これはそんな一人の変態男と美少女名探偵の頭脳戦とお漏らしを楽しむ物語。

処理中です...