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2・囚われた先で、

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「では、数代前の領主の叔父が謀反の罪を着せられ断首されたのが事の起こりと? 」

 家令の長いややこしい話のあと、ヴレイはやっと口を開くことができた。

 この一帯を治める領主クラギオンの屋敷を取り仕切る家令だと名乗る男は、まるで出し惜しみをするかのように語るのを拒んだ。

 しかし話を聞けば、名のある王家や領主の家では良くある話だ。
 跡目争い、領地の奪い合い無くして貴族はありえない。
 時に休戦協定を結んだ娘の婚家に戦を仕掛け娘も同時に殺害し領地を奪うなどと言う非道なことをやってのけた先祖を持つ家もある。
 故に古い貴族の屋敷では幽霊や妖魔騒ぎは日常茶飯事だ。
 その怪異払いに手を貸したのは一度や二度ではない。
 
 ただ、今回の件は少しだけ様子が違っているように思える。

「主人、何か他に言い忘れていることはないか? 」

 重苦しい空気が垂れ込める室内でヴレイは正面に座した男を睨みつけた。

「いいえ、祟りの件ではお話したことで全てでございます」

 主人の代わりに家令が首を横に振った。

「嘘ではなさそうだな」

 その様子を目にヴレイは呟いて考え込んだ。
 先祖が背負った業。
 通常ならそれは代を重ねるほどに薄れて行くはずだった。
 数代も経っていれば住まいする人を驚かせる、その場所の空気が不安定になって妙な音が響く。

 恨みの募った淀んだ空気に引き寄せられた低級の妖魔が悪戯をする程度の他愛のないものになっている事が多い。
 だが、目の前の男のいかにも病みやつれた様子や、先日の姫の様子などをみるとごく最近誰かが強烈な悪意を持って仕掛けた呪いとしか考えられない。

「ただ…… 」

 家令はまだ何か言いたそうにしながら主の様子を伺う。

「ただ、何か? 」

 ヴレイはイライラとしながら目の前の男を交互に睨みつけた。

 諦めたように小さなため息を漏らすと、主人が頷く。

「はい、ただ。
 これはその後のお話なのですが。
 ジェイド公の身に降りかかった災難が、二人の娘を甥に手篭めにされたうえでその妃に身篭った子供共々嬲り殺され、自らも無罪でありながら投獄拷問の末に断首さると言ったすさまじいものでしたから。
 公の恨みはすさまじく…… 
 運悪くジェイド公は近隣にその名の知れ渡るほどの高名な魔術師でございましたので」

「それで、生きながらにして死ぬほど躯が腐り落ちる奇病ですか。
 おまけに家督を継ぐものだけがかろうじて癒えることで絶えることなく家系が続く。
 まさに末代まで祟ろうと言う執念の固まりのようだな」

「左様でございます。
 呪いは何代にも渡り、この家の血を引く人間に及びまして。
 どうにか怒りを治められないものかと手を尽くし、三代ほど前の当主がようやく公を神として祀ることで祟りを軽くすることに成功したのです。
 ですがすれもごく数年の間で、当主が家督を継ぎクラギオン十二世を名乗るのと同時に、再び祟りの威力は強さを増しました。
 病ばかりではありません。
 住まいにしている屋敷は焼け落ち、街の中には妖魔が巣食い、領地ではあちこちで不作が続き暴動が発生。
 もはや手の打ちようがないところまできてしまっているのです。
 お察しください。
 もうどんなに高名な神官や魔術師に相談しても渋い顔をされるばかりで。
 祟神をなだめるのに失敗したなどという噂が世に流れたら、当家の恥」

「なるほど…… 
 それで仔細は話せぬと」

 男の話にヴレイは息を吐く。
 生半可な若い魔術師や神官では話を聞いただけで逃げ出すだろう。
 ただ尻尾を巻いて姿をくらますだけならいいが、行く先々でその話を大げさに広げられでもしたら、家の名誉に関わる。
 仔細を話さずに起こった事にだけ術者を対処させようと考えたのだろう。

「並みの魔術師以上のお力をお持ちらしいあなた様に対してご無礼は重々承知しています。
 災厄の対処を引き受けてくださいましたら、そのうちに折りをみてその先もお願いしようかと考えておりました」
 家令は申し訳なさそうにまた深く頭を下げる。

「わかりました…… 
 お受けいたしましょう」

 ため息混じりに言うと、ヴレイはしぶしぶ頷いた。
 正直気は乗らないが、聞いてしまった以上は黙って見過ごしていい話ではなさそうだ。
 呪いの主は今はまだかろうじて怨念をぶつける先を理解している。
 ただこのまま放っておいたら、やがて主は矛先を見失い、誰それ構わず攻撃し始めるだろう。
 既に、領地のあちこちで起こっているという飢饉や暴動がそれを物語っている。
 そうなってしまってはこの街は終わりだ。

「つきましては守役と話をしたいのだが」

 ゆっくりと立ち上がりながらヴレイは訊いた。

「守役とは? 」

 思いもかけぬ言葉だとでも言うように家令は睫を瞬かせた。

「今、災いをなした公を神として祭ったといっていたが。
 その神殿で祈りを捧げ管理する、神官か巫女のようなものは? 」

「そのような者は、おりませんが」

 領主の男と家令は顔を見合わせた。

「では神という名を与え、神殿を作りその場所に安置しただけだと? 」

 思わずヴレイの眉がつり上がり声が荒くなる。

「何か不味いことでも? 」

 その様子に家令の男がうろたえた。

「不味いなんてものじゃない…… 
 くっ…… 」

 仮にも依頼人の前でこれ以上怒りをあらわにできずヴレイは唇を噛む。

「と、申しますと? 」

「神は名を与え神格化の儀式を行い神殿へ安置すればいいと言うものではないんですよ。
 特に怨霊上がりの神は常に祈りを捧げ祭り上げなければ己の存在を見失いやがては元に戻る。
 きっと代が替わるうちにその部分が欠け落ちてしまったのでしょう」

 これ見よがしに言ってヴレイは大げさなため息をついて見せた。

「では、知らなかったこととは言え、あの社をないがしろにしたことで呪いが復活していると?」

 ヴレィの目の前の二人の男の顔がみるみる青ざめて行く。

「簡単に言えばそうだな。
 しかも質が悪いことに一度神として祀られたことで相手は神の力も有してしまっている。
 こうなってくると、アースの呪いより厄介かも知れぬ」

 ヴレイは小さく呟いた。

「とにかく荒ぶる神は祀りなおして機嫌をとるのが一番なのだが。
 ただ、それには守役の手がいる。
 どなたか御領主の血に連なるもので…… 
 できたら未婚の娘を巫女に欲しい」

「未婚の姫ですか? 」

「先ほどの話に、呪っている主は娘を奪われたとか。
 ならば代わりの娘を差し出すのが有効だ。
 娘を奪った相手の娘に一生奉仕させれば気が済むだろう」

「当家には…… 」

 家令が渋い顔をした。

「姫がおるではないか」

 正面に座っていた当主がゆっくりと口を開く。

「ですが、旦那様! 
 姫君は病がいえたばかり。
 それにこの家の唯一の御子でございます。
 巫女として生涯を神に捧げることになってしまっては、当家が断絶してしまいます」

「良いではないか。
 血筋から言っても姫が勤めるのが当然。
 代わりの者などおらぬ。
 姫が巫女になることで当家の血が絶えるとすればそれはそれでよい。
 この災厄を終わりにできるのだからな。
 それに、神がまだ我が家を祟りたりないと言うのであれば、家督を継ぐ者を用意してくれよう。
 違うか? 」

 領主は同意を求めるように視線をヴレイに向けた。
 ヴレイは黙って頷いた。

「ですが、それでは姫様が余りにお気の毒ではございませんか」

「言うな。
 姫とてもはや無い筈の命。
 それを永らえただけでも感謝せねばならぬのだ…… 」

 領主の言葉に重なるように突然視界が黒ずみ闇に覆われる。
 僅かに開いている窓へ視線を向けると、先ほどまで雲ひとつ無かった空が墨を流したような分厚い雲で覆われ日の光を遮っている。
 その様子を目にした途端、視界に広がる黒い雲が強烈な閃光で青白く染まる。
 時を同じくして耳を劈くほどの雷鳴がとどろき、邸の建物を揺るがす。

「な…… 」

 予期せぬ出来事に、その場に居合わせた男達は目を見開き、窓の外を呆然と見据える。
 空はまだ青白い瞬きを続け、ごろごろとくごもった音を響かせ、稲妻を地面へと走らせつづけている。

「お逃げくださいませ。
 ここは危険です! 」

 家令の男が鳴り響き続ける雷鳴に負けないように声を張り上げた。

「以前の館が燃え落ちた原因となった落雷とそっくりです」

 主が立ち上がるのに手を貸しながら家令は続ける。
 稲妻に周囲が染まり空気が揺れる度に、ヴレイの肌がぴりぴりと引きつる。

「おい、先ほどの神を祀った祠は何処だ? 」

 明らかに憎悪を含んだ雷鳴の振動に、見知った鼓動を感じ取りヴレイは訊いた。
 何かが起こっている。
 それもアースやルナまで巻き添えにして。

「この街の西の区画になります。
 門を出て右手に曲がりそのまま真直ぐ伸びる通りを抜け外壁にそって左手へ向かったところです」

 鳴り響く雷鳴の中で、家令がもういちど声を張り上げた。
 
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